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紫苑色のシオン

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11本の黒い薔薇

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私/僕/俺達には親がいない。様々な理由があれど、そういう子供たちが集まるのがここ、孤児院だった。
でも孤児院にいる事を悲観した事は無い。血の繋がりはないが、確かな強い絆で繋がっていると、みんな確信していたから。
みんなで支え合い、助け合い、裕福ではなくても幸せな毎日を過ごしていた。
そんなある日のこと。
「みんなでこれを育てよう」
そう言ったのは一番の年少のアンリエッタ。
手に持っているのは珍しい黒い薔薇の種だ。市場に買い物に行った時に、とある店主に貰ったそうだ。
ここでは自分達で基本的にできることはする、というのが院長の方針であるため、買い物や家事等もみんなで分担して行っていた。その方針の結果、簡単な野菜なども自分達で育てようとなり、孤児院の庭にちょっとした菜園がある。その菜園の端の方は耕しこそしたが、使っていない部分があり、そこに薔薇を植えることにした。
この孤児院には十一人の子供たちがいる。植えた黒い薔薇の数も、もちろん十一本であった。

それから数週間がたった。
突然、孤児院に一人の男が現れたのだ。長身で真っ黒なコートに全身をつつみ、これまた黒い帽子を被っており、目元が見えにくい。
だが、その帽子の奥にあるであろう瞳が子供たちをじろりと睨んだ気がした。
やがて、院長が出てきて子供たちには外で遊ぶように伝え、男と二人で孤児院の奥に消えていった。
子供たちは不気味に思いながらも薔薇の様子を見に行った。
一番初めに芽を出した薔薇はアンリエッタ。
もう蕾が開きそうな薔薇がイーサン。
一際黒い色が濃い薔薇がヴァイオレット。
一番棘が激しい薔薇がエリン。
そのエリンの薔薇に寄り添うように伸びている薔薇がオラクル。
一番背の低い薔薇がカイン。
逆に一番背の高い薔薇がキアヌ。
色が少し淡い薔薇がクウリ。
棘が少なく虫食いが危ぶまれた薔薇がケリドウェン。
芽の出が遅く危ぶまれていた薔薇がコイヤード。
一番面倒見が良く、綺麗な成長の仕方をしている薔薇がサーヤ。
もう明日にでも蕾が開き、花として完成を見せようとする薔薇もあり、みんなが楽しみにしていた。来客が帰るまで特にできることもないため薔薇の剪定と、肥料替えをすることにした。
全員で協力し、重い肥料を運び、土に撒き、余分な蔓を剪定している時に、院長が現れた。
「すまない、ちょっと来てくれ」
そういって連れて行かれたのはイーサン。イーサンは歳が上から三番目のこの中では最年長組に入る。
そんなイーサンを連れていく時の院長の辛そうな顔がアンリエッタの印象に強く残った。
それからまた少し時間が経ち、全員が孤児院の中に入れられた時だった。
「イーサンはこの人の子供になる事になった」
院長はそう言った。孤児院ならいつその時が訪れてもおかしくない。でも、それでも、全員がいきなり過ぎて驚いていた。
別れの言葉を告げる事もままならないまま、イーサンは黒服の男に連れて行かれた。
これで子供たちは十人になった。

一年後、その黒服の男は現れた。今度はキアヌが連れて行かれた。
その翌年にもまた現れ、ヴァイオレットを連れていった。
更にその翌年に、また次の年と、次々と一年周期に子供たちを連れて行った。
気付けば残りはアンリエッタとクウリだけになっていた。
「寂しくなったね」
もうすっかりあんなに幼かったアンリエッタも成長していた。流石にあの黒服の男がおかしい存在だと勘づいていた。
そしてまた、あの黒服の男が現れる日になっていた。
「やぁ、院長」
「また、ですか...」
毎年の様に院長と黒服は院長室に消えていった。
アンリエッタはあの二人にバレないようについていき、扉の前で話を盗み聞きしていた。
「今度...どちら...でも...」
「だが...金が...だろう...?どれ...いい...」
途切れ途切れにしか聞こえない会話。悔しい事に何もわからなかった。
そして今年連れていかれたのはクウリだった。

次の年はアンリエッタの番だろうか。
そう思ったアンリエッタはある決断をした。
「ここを、出ていく?」
「はい。私ももう働ける歳です。街に出て、働こうと思います。お世話になりました」
聞く耳を持たないと言わんばかりにアンリエッタの横には荷物をまとめている鞄があった。
「そうか。分かった」
院長も全てを察したかのように首を振った。
「アンリエッタ、君にも、謝らなければいけないことがある。付いてきてくれ」
君に「も」というのが、あまりに引っかかった。不安が胸を支配する。
そして院長がアンリエッタを連れて行った場所は____。
「な...なんですかこれ...」
アンリエッタの目の前に並ぶのは石碑のようなものだった。
ようなもの、というのは目の前にある石に刻まれた文字を受け入れたくなかったからである。

「君達家族の...お墓だ...」

下唇を噛みながら院長が言う。
アンリエッタ以外のみんなのお墓...。
「どういう事...ですか...。あの黒服の男は何者なんですか!!!」
院長の胸ぐらを掴みかかる。今までこんなに激昴したことは無かった。院長に逆らう事もしてこなかった。だが、今のアンリエッタは父親のように思っていた院長でさえ、敵と認識していた。
「あの男は、いわゆる奴隷商人なんだ。連れて行かれた子たちは____」
院長が何を言っているか分からなかった。分かりたくも無かった。
すぐにでも出ていくつもりだったが、しばらくお墓の前から動けずにいた。
(みんな、連れて行かれた後、どうなっていたんだろう)
考えたことが無いわけではなかった。毎年来る意味も考えたこともあった。嫌な予感ばかりが過ぎていくのを無理矢理振り払い、きっと幸せになっていると思い込むようにしていた。
でも。でも、でも。でもでもでもでもでも。
奴隷商人。何をされたのかなんて、想像もしたくなかった。
街で働きながら、みんなの行方を探そうと思っていた。だが、その意味も無くなった。
なら私がする事は____。

次の日。
アンリエッタはまたお墓の前に訪れた。
手には、ドライフラワーにして保存していた「最初の黒薔薇」。みんなで植え、みんなで育てた黒い薔薇。思い出にとドライフラワーにして取っていた。
それを一輪ずつみんなの墓に供える。どの薔薇が誰のかなんて、一番咲くことを楽しみにしていたアンリエッタにとって判別は容易だった。
「みんな、私が、あの男を......。みんなの復讐、果たすよ」
アンリエッタの黒い薔薇で作った、黒薔薇の髪飾りを髪に刺し、孤児院から去っていった。
黒い薔薇の花言葉は、「恨み、怨恨」「貴方はあくまで私のもの」「決して滅びることの無い永遠の愛」
十一本の意味は「最愛」
最愛の家族への愛は決して無くならない。それを奪ったあの黒服の男は許さない____。
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