短編集

紫苑色のシオン

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予知夢

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  1


 ある時、私の親友が何の前触れもなく、突然に、唐突に、私にこう言った。

「私、予知夢を見たわ」

 昔から突拍子の無い事を言ったりしたりする私の頭の残念な幼馴染み。
 先月は「この世界は山羊に支配されてる事に気付いたのよ」とか言っていた。
 今回は予知夢を見た、との事。こういう頭のおかしい幼馴染みを持つと様々な要らない知識ばかり身についていくもので、オカルト的な知識もこの幼馴染みのせいで私は多少なりとも持ち合わせている。予知夢とは未来に起きる出来事などを夢という形で見て予知する特殊能力。信憑性は知らないけど、過去にも世界の色々な所で予知夢の能力を持った人の話があるという。
 だけど私は予知夢という能力については多少なりとも懐疑的である。占いと同じようなものだと思っている。よく起きそうな事をいくつか言って、そのうち一つでも的中すればいい、そういうタネだろうと。

「で、どんな内容なの?」

 幼馴染みとは幼馴染みだからこそ、長い付き合いだ。扱いにはなれてる。こういう時の幼馴染みは無駄に否定すると駄々を捏ね始めて余計に長引く。適当に乗っかって満足するまで付き合ってあげれば、まぁ、二週間程で飽きるだろう。

「あのね」

 幼馴染みはいつも突拍子のない事を言ったり、したりする。大事な事だから二回言っておく。
 だけど、だけども、私の知る限り最低限の人として間違った事はしない。そういう子だ。だからこそ、今回ばかりは驚いた。

「三日後、この教室で○○ちゃんが誰かに殺されるの」

 あまりに不謹慎。冗談にしては質が悪い。いくらなんでも言っていい事と悪い事がある。これはどう考えても悪い事だ。だから私は幼馴染みを少しばかり説教してやらねばなるまい。
 はぁ、と溜め息を一つ吐いた。いくら私が正しいとはいえ、幼馴染みを説教するのは気が滅入る。

「あのさ、言っていい事と悪い事が____」
「本当なの」

 怒ってるような声色に泣きそうな表情。あまりにちぐはぐな幼馴染みの様子に言葉が詰まる。切羽詰まった苦しそうな雰囲気は今までの突拍子も無い冗談じみた話とはどうやら少し訳が違うようだ。

「でもね、本当も何も、夢でしょ?」

 きっと幼馴染みは今回は嘘も虚言も言ってない。クラスメイトが殺された夢を見たのは本当なのだろう。そして幼馴染みは頭がちょっと夢心地な出来だからそれを予知夢だと思い込んでしまったのだろう。

「そうだけどぉ......。でもやけにリアルだったし......」

 幽霊を見たのにそれを信用してくれない子どもという例えが頭に浮かんだ。
 来年には大学生になるというのに、まだまだ子どもみたいで、放っておけない。突拍子も無い事ばかり言うから幼馴染みの私以外に友達がいない。私まで見捨ててしまったらこの子は本当に独りぼっちになるのだろうな、と。これが母性というやつなのかもしれない。

「この教室で、殺されてたんだね?」
「うん」

 この子にずっと付き合っていると変人二人組と後ろ指を指される。つまり私も変人とされ、この子以外友達がいない。
 つまり、友達でもない人にいきなり「貴女近いうちに殺されます」なんて言われて信用できるものか。むしろ煙たがられて、嫌悪されて、これ以上悪くなるはずのない立場が余計に悪くなる。直接伝えるのは愚策というものだろう。

「具体的な日付や時間は分かるの?」
「それが、殺されてる所しか見えてなくて、分からない。でも夜だったと思う」

 場所しか分からない。近いうちにというのも、きっと感覚的に感じ取ったものでしかないのだろう。
 情報があまりに少なすぎる。

「あれ?『殺されてた』ってどうして分かるの?」

 てっきりその前提で話を進めていたから見落としてた。誰かがそこで死んでいたとして、まず外的要因なのか内的要因なのかを判別する「何かが」あるはずだ。

「あのね、すっごい血が飛び散ってたの。黒板とか机とか教壇とか。それでね、首が切られてたの。こう、頸動脈なのかな?ここをザックリと」

 幼馴染みはそう言いながら自分の首元左側を手刀でスパッと切る動作を行う。
 なるほど、刃物で切られたのか。

「でも首元を切るなら自分でもできるよね。まだ他殺と言い切るには」
「その死体の近くに誰かが立ってたの。包丁を持って。でも顔とかは暗くて見えなかったけど、制服を着てた」

 死体を見た、というより殺害現場を見たに近い。
 なら殺されるのは夜なのだろう。
 それなら次の疑問が湧いてくる。殺される人はどうして夜の学校に来たのだろうか。こればっかりは殺害現場を見ただけの夢では分からないはずだ。その原因さえ分かれば良かったのだけど。

「とりあえずは分かった。夢に過ぎないならそれでいい。もし本当に予知夢だったら......うん、怖いね」
「だから予知夢だってば」

 幼馴染みは頑なに主張する。でもそれは今までも同じ事だった。


  2


 直接的な友好関係が無い以上、私は彼女に危険を勧告する事はできない。できたとしても悪質な悪戯か冗談とされて、ろくに取り合ってもらえないだろう。
 ならできる事は観察すること。夜に学校に来る、もしくはその時間まで滞在する何かしらの原因が必ずあるはずだ。
 幼馴染みの話では彼女の傍には殺人犯と思しき人物とそれを見ていた自分の計三人しか教室に居なかったという。しかも幼馴染みは夢だからその場に居ない。ということは計二人。なら、友達同士で夜の学校に肝試しとかそういう類では無いだろう。
 私なら一人で夜の学校に来るとしたら、どんな理由が思いつく?
 真っ先に思いつくのが忘れ物。だけど夜に取りに来るほどの忘れ物とは何だろうか。
 失礼だけど彼女は真面目な生徒ではない。むしろ不真面目で授業もあまり聞いてないし、なんなら寝ている。彼女にとって学校は学びに来る場ではなく、友人との交流の場なのだ。だから教科書やノートを忘れたぐらいでは「明日でいいや」となって取りに来るはずが無い。夜に取りに来る必要性、必然性がある忘れ物......ちょっと私には思いつかないな。
 次に思い付くのは誰かに呼び出された場合。だとしたらあの場には二人しかいなかった。呼び出したのは殺人犯という事になる。制服を着ていた、という情報から呼び出したのは教員ではなく、生徒。呼び出すには連絡先を知っておかないといけないから身近な友人。友人同士で殺す殺されるの話が出る理由というなら、高校生という事から恋愛絡みだろうか。同じ人を好きになってしまい、相手が邪魔になった。若さゆえに選択肢がおかしくなっており、間違った狂気の道を進んでしまった。とかかな。
 でも見てる限り彼女は女同士でしかつるんでいない。男の影はない。学校の外や当人でしか知らない友好関係があるなら私には察知できないけど。
 でも夜の学校に一人で来る要因といえばこの二つぐらいしか思いつかない。しかも後者は見てる限り無さそうに思う。
 前者であればどうにかなりそうだけど、何なのだろう、夜になっても取りに来る程の忘れ物。
 うーん、と頭を悩ませる私をずっと、いちごミルクを飲みながらアホ面で幼馴染みは見ていた。

「引っ張叩くよ」
「なんで!?」

 彼女ほど阿呆という言葉が似合う人間はいないと思う。

「私の言った事でここまで真剣に考えてくれるの初めてだなって思ったから」
「......はぁ?」

 全く、何を言っているんだ、この子は。

「今回ばかりはね。ちょっと、内容が内容だし」

 流石に、気を引き締めておかなくては。


 3


「はぁはぁ、はぁはぁ......」

 まさかいつも肌身離さず持っているスマホを学校に忘れてくるとは思わなかった。下校途中にもお喋りに夢中で気づかなかったし、帰った後は昼寝をしてしまった。
 ご飯ができたという合図で起こされて、食べて、お風呂に入る前に誰かから連絡が来てないかチェックしようとして、そこで無い事に気付いた。
 記憶を掘り返して言った所、学校で触ったのが最後。しかも自分の席で。だから机の中にでも入れたのだろう。今日は金曜日だから次の登校日は月曜日になる。三日間も友人と連絡が取れないのはマズイ。だって、無視したと思われる。そうしたら、私は。
 嫌な予感が胸を蝕んでいく。私は中学生の時、虐められていた。その虐めから逃れるために遠い学校を選んだんだ。結果的には友達ができて、今のところ何とかなっている。
 でも私は知っている。きっかけは些細な所から始まる。そして唐突に始まる。虐めというのはそういうものだ。連絡が付かなかった。たったそれだけだと思うかもしれないが、虐めとはそういうものとしか言えない。
 だから私は徹底して高校でできた友人達との連絡は欠かさないようにしていた。連絡が来れば五分以内に返すように。こちらからもこまめに連絡するように。そして何とか成り立っている今の関係。私はそれが崩れるのが怖い。正直、放課後から今まで連絡できてない時点でかなり危うい気がする。
 そう思うと更に足を酷使させる。太ももが痛い。脇腹が絞まる。息がしづらい。
 遠い学校を選んだせいで、学校に行くには電車を使う。何とか二十二時前の電車には間に合った。電車に乗ってる間はどうしようも無いから、暫し休憩できる。
 ちゃんと、学校に忘れてきた事を言えば、大丈夫だよね。みんな、私を虐めたりしないよね。謝れば、許してくれるよね。信じて、いいんだよね。
 息を切らしただけではなく、別の理由でも肩が揺れる。暑さで流れる汗の中に、確かに冷たい汗も流れてくる。
 呼吸が苦しい。あんな想いは嫌だ。
  そんな事を考えているといつもより早く最寄り駅に着いた気がする。実際にかかった時間は変わらないのに。
 そこからまたダッシュで学校に向かった。
 校門はとっくに閉まってる。でも関係ない。飛び越える。私は知っている建付けが悪い教室の窓が一つある事を。何度か上下に揺らせば鍵は開いた。そこから校内に忍び込む。
 私の教室は三階。階段を一段飛ばしながら駆け上がる。すぐに私の所属するクラスの教室に辿り着く。
 しまった。教室の鍵を持ってきてない。取りに行かなきゃ。
 そう思って踵を返した所で。


 なぜか、教室の電気が付いた。


 4


 おそるおそる、教室に入る。中には誰も居ない。
 なぜ、電気が付いたのかは分からない。でも、鍵が開いているのはラッキーだと思うことにした。
 私の机の中を覗くと、やっぱりあった、私のスマホ。
 取り出して電源を付けると、十件近くの通知が来ていた。いずれもSNSからのもので、名前は友人達のものだ。
 最初は他愛もない連絡だったけど、返信が無い時間が伸びるにつれ、内容は「無視すんの?」とか、私に対する敵意や悪意が募った言葉が入ってきている。すぐに謝らなきゃ。
 普通ならまず学校を出なきゃいけない。だってこんな時間にいるのはおかしいから。でも私は虐めに発展する恐怖の方が強かった。
 急いで返信を入れ、念入りに電話も掛けた。

「あのね、ごめんね、私スマホを学校に____」

 ギィ。

 私は謝罪の言葉を述べるのに必死だったため、声量が大きくなっていた。だから気付けなかった。その音に。

 コッ、コッ、コッ。

 その、足音に。

「ふぅ」

 その、ため息に。

 友人は私の弁解を言い訳と言い切り、無視したと決め付けてきた。私の言葉を信じてくれない。どうして。
 私の声が必死さを帯びるのに比例して、友人の声は冷たく、鋭いものになっていった。このままだと虐められる、また。
 その悪寒が鳥肌となって襲ってくる。
 それと同時に、更に寒気が走った。
 そこで私は、初めて背後を見た。

「きゃああああああああああああ」

 そこには包丁を掲げる、クラスメイトがいた。

「良かった、来てくれて」

 通話は繋がったまま、だけど、私は一瞬で友人のことが頭から吹っ飛んでいった。
 このクラスメイトの事を私は知っている。いつも変人二人で一緒にいる。

「来てくれなかったら、また一から考え直しだったよ」
「な、なんの話......」

 相変わらず包丁をいつでも振り下ろせる体制でジリジリと私との距離を詰めてくる。もう一メートルも離れていない。

「ん?あぁ、こっちの話、だよ」

 このクラスメイトの名前......はちょっと思い出せないけど、だって、話した事ないし、気味悪いし、だけど、関わった事ないから殺されるような事なんて。

「やめて......」

 声が、歯が、震える。ガタガタと、カチカチと煩い。

「あの子がね、言ったの」

 あの子、というのはもう一人の変人の事だろう。

「予知夢を見たって」
「......は?」
「でも、そんなのあるわけないよね」
「......え?......え?」

 理解が追いつかない。だから言葉も出ない。

「でも私はあの子を嘘つきにしたくない」
「私はあの子を守ると決めたの」
「私はあの子の言う事は本当だと信じる事にしたの」
「私はあの子のためなら何でもするって誓ったの」

 壊れたラジオのように、勝手に、独りでに喋り始める。

「あの子ためなら何でもする。そう、何でも。あの子を馬鹿にする奴なんて誰もいないようにしてみせる。だからあの子は嘘つきになっちゃいけないんだ。だから私が実現させるんだ。あの子の、『予知夢』を」
「待っ」

 私が言い切る前に、その腕は振り下ろされた。


 5


 意外と大変だったな。
 確実に彼女が夜遅くに学校に来るためにはやはり忘れ物を取りに来る以外の理由が思いつかなかった。
 不真面目な彼女が取りに来ざるを得ない程のもの。それはやはり友人とのやり取りに必須のツール、スマホだろう。
 私は放課後に、彼女とすれ違う振りをして、彼女の右ポケットからスマホを盗った。彼女がいつも右ポケットに入れてるのを私は観察して知った。だからあまり難しくは無かった。今まであの子の言った事を本当にするために、いくつもの、様々な技術を身につけてきたから。
 そして彼女の机の中に入れる。
 ここからは賭けだった。途中で無いことに気付いて戻ってきてもアウト。気付いても取りに来なければアウト。
 まぁ、アウトだったらまた別の手段を考えよう。それでいい。
 だけど、少しでも取りに来る可能性を高めるために金曜日を選んだんだ。学校でもずっとスマホを弄っている彼女が金土日の三日間をスマホ無しで過ごせるとは思えないからだ。
 最初はずっと箒などをしまう用具入れの中に隠れて、彼女が来るかを観察した。やがて生徒全員が居なくなった頃合を見て、用具入れから出る。後は彼女が来るかを校門を見て見張る。
 何時間も待って、待って、待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って。


 そして、彼女はやって来た。


 後は足音が近くに来た時に教室の電気を付け、すぐに隠れる。また用具入れの中だ。いきなり電気が付けば怖いだろう。ビビってしまい、すぐには入ってこない事は確信していた。問題は私を探すかどうかだ。
 しかし彼女は私を探す素振りも無く、一直線に自分の机に向かった。
 それどころか、すぐに電話し始めたぐらいだ。肝が座っているのか単に馬鹿なのか。
 しかし彼女の謝罪の言葉と声は必死だった。まるで正体不明の私に怯えているのではなく、友人に怯えているような......。まぁ、いいか。関係ないや。
 念の為にゆっくりと用具入れを開け、ゆっくりと歩く。背後一メートルに近付くまで彼女は気付かなかった。
 何も知らないまま殺されるのは少しばかり可哀想か。少しだけ、理由を教えてやろう。
 彼女は私が何を言っているのか分からないという顔をしている。それもそうか。私にしか分からないもんね。
 でも、もう考えなくていいよ。貴方はもう、死ぬのだから。
 包丁を振り下ろす。彼女が避けようとしたのがいけなかったのかもしれない。彼女の左胸に深く刺さった。
 悲鳴をあげられないように口が大きく開いた瞬間、私の左腕を彼女の口に突っ込む。思いっきり噛まれたせいで、肉を千切られた。構うもんか。
 そうだ、確か予知夢は首を切られてたんだっけ。しかもあちこちに血を飛び散らせなきゃいけない。
 左胸に刺さった包丁を抜き取り、首の頸動脈を念の為深く切った。
 わぁ、凄い。真っ赤な噴水だ。えーと、黒板とか教壇にも付いてたんだよね。
 もう動かなくなった彼女の身体をあちこちに連れ回して、噴水を飛び散らせる。これは結構綺麗かもしれない。
 あの子が言っていた予知夢を大分再現できたかな。じゃあ終わりでいいか。
 狭い用具入れの中に長い時間ずっと居たから身体中がギシギシと痛む。

「帰ってお風呂入ろっと」



彼女のスマホは通話が繋がったままだった。


 終
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