不明瞭なディティール

紫苑色のシオン

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春 至って健全な暗号

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 とうとう部長達が卒業し、新聞部は二年生の人がエスカレーター式に部長となった。その人と私はそこまで密接に関わってきた訳ではないので、新聞部は最低限顔を出すだけになった。
 楽しかったとは思う。だけどそれ以上にバイト先の先輩、近野沙月さんに部長の沢藤健吾さんに他の異性が近づかないか見張っておけ、なんて命令をされたらそっちの方が勝ってしまい、自分の感情なんて二の次になってしまうものだった。
 でも部長は一年を通して、いくつか起きた些細な謎を解き明かしてくれた。それを持ち込んだ私としてはそれらの時間は中々に楽しいものだった。
 そんな時間は奇特なもので、もう期待できないものだろう。
 しかしそれはそれ。普通の高校生らしい学園生活は立派に楽しいものだ。至って普通の同級生と至って普通の会話。他愛もない笑いで休憩時間や放課後を潰す。まぁ、私に放課後は無いのだけど。
 嫌味や卑屈ではない。
 私、三河加奈はスペックにおいてはそこら中にいる女子高生となんら変わりはない。少しだけ違うのは家事全般私がこなしているため、友人と遊ぶ時間を設けられていないという点ぐらいなものだ。それを嫌に思った事はない。
 だって、なぜなら。私には命に替えても惜しくない可愛い弟が三人もいるからだ。その弟達が私の作ったご飯で美味しいと笑ってくれる。とても良き幸せ。私の干した布団でぐっすりと寝る。その寝顔のなんと可愛い事か。
 と、こういう話をしていると友人からは「ブラコン」と何とも不名誉なレッテルを貼られた。この美しい家族愛をそんな俗な物に一括りにしないでもらいたいものだ。
 さて、何故私が家事全般をしているかというと、決して両親が他界しているなんてことはありません。健在です。元気です。ただ、お仕事が忙しく、ほぼ家にいないから。
 私達一家は昔、悪徳な詐欺の被害にあい、貧しいながらも仲良く暮らしてきた。私が成長するにつれ、両親が家にいる時間が少なくなってきた。高校生となった今ではもはや、両親の顔を見たのは何日前になるのだろうかという程だ。
 私は平気だけど、弟はどうなのだろう。特に三男の樹。樹はまだまだ幼い。甘えたい盛りだろうに、そんな苦言を呈する所を私はまだ一度も立ち会ってはいない。我慢しているのかもしれない。長男の智也はもう中学三年生ですっかり大人びている。もうワガママなんて言うような年頃は過ぎている。次男の翔太はもうすぐ中学生になる。翔太も少しは両親に甘えたいだろうに、そんな事は一切言わない。
 私の弟達、みんないい子過ぎないだろうか。自慢しちゃう!
 私の紹介は以上だろうか。こんなもんだろう。ざっと千字程度で収まる程の取るに足らない一女学生なのである。私は高校生活、残り二年は極めて穏やかな生活になるだろうと本気で信じ込んでいた。

 1

 私の仲の良いグループはあまり進級してもクラスが離れる事なく、二年生になっても仲良く休憩時間や放課後を過ごしていた。
 一年も一緒でクラスの中心人物、軽そうに見えてやはり軽いユウ。サバサバした性格の反面、面倒見が良すぎて周囲から「おかん」と呼ばれるサキ。陸上部に所属しているため身体付きは非常にゴツいのに中身は大変ビビりで小心者というギャップが皆に愛されてるシンジ。他にも二人ほど一緒にいた元クラスメイトは今年は残念な事に別のクラスになってしまった。今年はこの四人で過ごす事が増えそうだ。
 いつもと変わらない時間が流れる、という私の幻想はちょっとした事で瓦解する。

「あのさ、ひょっとしたら彼女ができるかも」

 頬を赤らめながらシンジがこれでもかというぐらい明るい笑みを浮かべる。
 ほほう、やはり春が訪れるのはいつも突然というものか。

「えー、やったじゃん。同じ部活の人?」

 サキがその話に食いつく。さっき紹介した通り面倒見が良すぎるため、人の恋路や悩みにもいろいろ首を突っ込んでいく。決して本人は悪気やからかう気など一切なく、応援しているためである。
 それをシンジもわかっているため、決して嫌がらない。

「いや、前に他校に遠征に行った時にそこでたまたま会ってな。気があったから連絡先交換したんだ」
「......それだけ?」

 サキが驚いていた。いや、実は私も。
 連絡先交換しただけで付き合えると思っていたとしたらサキだけでなく私も口を出さざるを得ない。夢を見すぎ、だと。

「んなわけあるか!三回ほどデートした」

 ホッと私とサキは安堵の息を漏らす。

「それならもう告白しちゃいなよ。その気ないのに三回も二人で出かけたりしないでしょ」

 慈愛に満ちたその笑顔、サキはやはりおかんだ。

「いけるかな!?」
「さぁ、二人の関係を私らはよく知らないから何とも言えんよ。でも話すって事はある程度自信あるんでしょ?」
「う、うん」

 何照れてんねん。男が照れても私の弟以外は可愛くないぞ。私の弟は何しても可愛いがな。
 シンジ以外の三人は特に部活動には入らず、私はバイトと家事を。サキは家が飲食店なのでそこのお手伝いをたまに。それ以外は皆と遊びにいく。ユウは真の自由人の為よく遅くまで出歩いて遊び回っているらしい。何でも親が仕事で忙しくて帰りが遅いのと、放任主義らしい。シンジはやはり、部活動に本腰を入れている。陸上競技の事はよく知らないけど、結構大会とかでもいい成績を残してるとか何とか。その為休日は頻繁に遠征だったり合同練習等で遠出する事が多いらしい。よく知らんけど。その中で話中の人と出会ったそうな。
 シンジは小心者ではあるが、人見知りする訳では無い。特に同じ陸上競技をやっているという共通点があれば同性異性関係なく話しにいける。実際シンジは他校の知り合いも多く、その中には女子もそこそこいる。だからこそクラスの中心グループにいる訳である。
 私は特に恋愛沙汰に興味は無いが、別に失恋すればいい、と呪う様な性格でも無い。上手く行くなら上手く行くに越したことはない。それも学校での時間を共に過ごす友人となれば更にそうだ。

「次、何処かデートする予定はあるの?」

 私はシンジの背中を押してやる事にした。
 ユウは少し茶化しながらも応援する様子。サキも同様の様だ。
 つまり、みんな友達想いという事だ。

「今週の土曜に、お互いの練習着買いに行くって約束はある」

 内容は如何にも運動部らしいものだが、そこは気にすることなかれ。
 私たちが気に掛けるべきは告白のタイミングだ。シチュエーションも大事かもしれない。

「それだけ?その後ご飯とかは」

 サキが尋ねる。

「いや、そこまでは話してない」
「なら今すぐ言いなって。その方がいいよ絶対に」

 と、買い物後にご飯を食べに行く約束をこじつけさせる。私やユウが何かを言う前に既に連絡させていた。この強引さは私達には無いものだ。そして同時に無遠慮とも呼べるそれがサキを「おかん」と周囲に呼ばせる最大の要因だった。
 幸いにも返事は快く了承された様でシンジは一安心していた。三回もデートしてるならご飯ぐらい大丈夫だろ、と私は思うのだが、小心者のシンジだから仕方ないか。
 そして次に始まるのはどのお店が良いかである。
 既にサキとユウはスマホでネット検索をしながら話している。肝心のシンジを放ったらかしにして。何で本人以上にこの二人が熱心なんだ。
 やれこのお店は少し高いだの、やれメニューが良くないだとか、やんややんやとうるさい。

「服装も考えなきゃね」

 お店はこの二人に任せよう。ポカン状態のシンジに私が話す。
 シンジはよくも悪くも無難な服装を好む。確かに体格がスポーツマンらしいしっかりとした身体付きをしているから似合う服というのは難しいのかもしれない。無地のポロシャツにデニムパンツ等が多い。清潔感はあるから普段ならそれで全く問題ないのだが、勝負時というなら話は別だろう。細かな所にも気を遣った方が好印象の筈だ。
 シンジの持っている服を聞きながら組み合わせを考えていく。時には小物をユウに借りれないか聞いたりして。
 ふと、私も本人以上に考え込んでいる事に気付いて、少し可笑しくなってしまう。
 今の私は特に恋愛について興味無いし、彼氏を作ろうとも思っていないが、こんなに夢中になっているシンジを見ると、そういうのも良いのかもしれない、と頭に過ぎった。まぁ、相手が居ないのだけど。
 そしてお店は決まったが、服装が中々決まらない。放課後、シンジの練習が終わった後に皆で買いに行く事になった。私はバイトは休みだが、樹を保育園まで迎えに行かなくてはいけない。残念だが今回は私はここまでの様だ。

「よし、俺、土曜日、告白してくる」

 放課後、シンジは意気揚々とそう宣言した。


 2


 土日の休日という楽しい二日間の後の、誰もが憂鬱な気分で迎える月曜日。私も皆に倣って欠伸を一つしながら登校する。サキも眠そうな目をしており、船を漕いでいた。ユウはいつも元気で明るい。こいつは精神は小学生のままなのかもしれない。
 そしてSHRが始まる少し前、陸上部の朝練が終わったのだろう、シンジが教室に入ってきた。この世の終わりみたいな絶望じみた顔を浮かべながら。
 普段なら、何かあったのかと騒ぐのだが、今回は予想が着いてしまうというもの。

(((駄目だったのか......)))

 口には出さなかったが、きっと三人の考えはシンクロしたに違いない。

「よ、よう、シンジ。......その、どうだった?」

 恐る恐るユウが聞いた。
 よく聞けたな、と私もサキも驚いた。シンジの顔が全てを物語っているというのに。

「あ、あぁ。それがな......」

 シンジは何も隠さずに話した。
 土曜日、買い物した後、ユウとサキが勧めたお店で食事をした帰り、送っていく最中に告白したそうだ。
 そんな彼女の返事は、「考えさせてほしい」だったそうだ。
 その時の彼女の表情は非常に神妙なものだったそうだ。
 彼女の答えを聞けぬまま、その日は別れ、それからなんと、日曜日まで過ぎてしまったそうだ。
 つまり、丸一日、何も返事がなかったそうだ。

「つまり......」

 軽い性格のユウでさえ、その先の言葉は詰まってしまう。
 そもそも告白の返事が「考えさせて」は断る文言を考える口実だろう。少なくとも私ならそうだろう。
 それなりの回数、二人きりで出かけたり、食事をした相手を振るとなると気を遣って傷付けない様に言葉を選ぶだろう。
 一日経って何も返事が来ないという事ならひょっとしたら自然消滅を願っている可能性もある。
 今日の放課後は慰め会かな。アルバイトは休みだからちょっと付き合ってやるか。
 はぁ、と何回も溜め息を吐くシンジに三人で何とか元気づけようとして、から回ってはを繰り返し、いよいよ昼休み。

「唐揚げ食べる?」

 昨日の晩御飯で多めに作った唐揚げを弁当のおかずに詰めていた。
 男なら肉は好きだろう、という安直な発想である。

「いや、いい。ありがとう」

 しかしシンジは元気なく無理やり笑顔を作る。

「それなら俺が貰____」

 横から伸びてくるユウの手をバシンと強く叩いておく。お前にやるおかずは無い。
 私の手料理はどうも美味しいと評判らしい。普段の元気なシンジやユウからよく強請られる。サキとはよくおかず交換するけど、二人のはサキが禁止している。何故だろう。
 しかし、それにしてもショックなのは分かるけど、ここまでずっと引きずって露骨に傷付いてます感を出されるのはこっちも辟易してくる。いい加減取り繕うぐらいはして欲しい。
 と、思っていた所、シンジのスマホに着信の音が鳴った。
 シンジは行儀悪く、食事中にも関わらず急いでスマホを取り出し、確認する。
 弟達には行儀が悪いと躾しておかなくてはいけないな。
 どうやら着信音はメールのもののようだ。メールを見たシンジは首を傾げ、言った。

「なんだ、これ」
「どうした?」

 と、ユウが確認する。

「なぁ、見てくれ、これ」

 と、スマホの画面を私達に見せてくる。
 メールは予想通り、告白相手からの返信だったようだ。


「件名 あの時の返事です

 『城は頂上のみ残して崩れ去り、
   王は足だけ残して居なくなった』
   ・8×8
   ・PC            」


 本文はそれだけだった。

「何......これ......」

 サキも思わず呟く。
 不気味な文章だけが書かれており、告白の返事と言えるものはどこにも書いていない。
 それに、この文章。まるで......。

「暗号......?」

 翔太や樹がたまにクイズの本を読んでいるのを見た事がある。暗号系のクイズもあってそれなりに難しかった記憶がある。対象の客層が翔太や樹より上の年代を狙っている本だったから当然だけど。

「そうだと思う」

 シンジはすんなりとそう答えた。
 シンジ曰く、彼女はリアル脱出ゲームが大好きらしく、彼女とのデートで何度か一緒に行かされた事があるらしい。シンジはそういうのが苦手なので、何の力にもなれなかったが、彼女はバンバンと解いていっていたそうだ。
 部類のクイズ好き、という訳だ。

「え、だからって暗号で告白の返事する?」

 私もサキと同感だ。
 つまり何のオブラートにも包まずに言うと、その人、面倒くさい人なのでは。

「なぁ、シンジはその暗号、分かるのか?」

 ユウが心配そうに聞く。確かに解けなければ彼女からの返事が分からない。告白に対して「はい」なら春が、「いいえ」なら豪雪の冬がシンジに訪れる。でもそのどっちかが分からない状態というのは生殺しみたいなものだ。お預けをくらっている犬みたい、とも言える。

「それが、全く............」

 短く清潔に整えられた頭をポリポリと掻く。

「不気味な文章だね」

 改めて文章を読むと、崩れであったり居なくなる、と言ったマイナス表現しかない。しかも王に至っては足だけ残して、という猟奇的とも取れるものだ。
 これは解けた訳じゃないけど、断られたんじゃないだろうか。

「下の二つも何なんだろうな」

 ユウが呟く。

「8×8と、PC......。64とパソコン?」

 サキが答えるように、だけど考え事の様にぶつぶつと小さい声だった。

「PCはパソコン以外に思い付くものは無いからパソコンって断定していいとは思うけど......」

 皆考えながら独り言の様に会話していた。何だろう、この変な会話。

「でも8×8は何?なんで64って書かないんだろう」

 私は普通の声の大きさで言う。囁くような会話が阿呆らしく思うからだ。

「「「............」」」

 私の問いかけに対しては三人とも沈黙で答えた。誰も分からないようだ。

「8×8......はっぱ」

 サキがまた呟く。いい加減普通に会話してくれないだろうか。
 はっぱ、と言ったのは恐らく九九の事だろう。はっぱろくじゅうし、という八の段の覚え方だ。

「それだ!」

 とユウが指パッチンをしながら大きい声で言った。ようやく普通の会話にもどりそうだ。

「はっぱ、つまり葉っぱの事だよ」

 意気揚々とユウが言う。

「......で、葉っぱが何?」

 私がその先を促すが、ユウはえーっと、だったり、その、と繰り返すばかりで何も進展しない。
 そこから誰も口を開く事は無かった。


 3


 アルバイトはお休みだから、私はスーパーに買い出しに行く事にした。
 ユウとサキはシンジの為に暗号を解くと言ってシンジの部活が終わるまで待つため残っていった。
 特売の品等を見ながら今日の献立を考える。椎茸や筍等が安くなっていたので、冷蔵庫に残っているものを思い出しながら今日は炊き込みご飯をしよう、と考えた。炊き込みご飯をするなら蕎麦があったからきつねそばがいいかもしれない。
 と、献立が決まったなら買うものは直ぐに決まり、後はもう早いものだ。決めたものを次々と買い物カゴに入れていく。お出汁を取る用のカツオ節を買おうと乾物の棚に行くと、おや、あれは。

「先輩、奇遇ですね」
「あら、三河さん。こんにちは」

 アルバイト先の先輩である、近野沙月さんがいた。
 身長は女性の中でも平均より少し低い小柄だが、顔付きは眼鏡等で隠されて分かりにくくされているが端正でいて、美人という言葉が正にぴったりというアンバランスさが逆に神秘的なイメージを持たせる不思議な人だ。
 仕事もとてもできる人で、勉強も凄くできるらしい。私の憧れの先輩である。ただまぁ、ちょっと怖い人ではあるけども。

「先輩も晩御飯の買い出しですか?」
「まぁ、そうね」

 聞くまでもなく分かることだが、どうしても間を繋ぐために聞いてしまった。先輩は明言する訳ではないが、きっとこういう無駄なやり取りは嫌いな人だろうなとは思っていた癖に。

「先輩は今日の献立、何にするんですか?」
「そうねぇ......。肉じゃがでもしようかと思っていて」

 ならなぜこの人は乾物のコーナーにいるのか、と口を吐いて出そうだったがそれは飲み込んだ。きっとお味噌汁とかの出汁用だ。
 先輩の事情は全く知らないが、一人暮らしで生活費は自分で全て賄って、学費は成績優秀者の特典である学費免除を必ず勝ち取って大学に通っているらしい、という事からきっと私達の家族よりも酷い事に遭ったのだろう。探りを入れる訳にはいかないので予測でしかないが。

「けん......沢藤君の御家族もよくこのスーパーで買い物するらしいわよ」
「へえ、そうなんですね」

 と、言われても私は沢藤部長しか知らないからお母様に会ったとしても分からないし、向こうも私の存在なんて認知してないだろうに。
 それに生活圏が近いなら必然的に利用する店も自ずと一緒になってくるだろうに。
 何でそんな事を、と思った時にようやく気付いた。先輩も私との会話の間が持たないのを気にして、無理やりにでも話題をふりかけたのだろう、と。
 私と先輩はあくまでバイト先での関係でしかなく、プライベートな関係は無い事を失念していた。つまり、話題が無いのである。
 しかし、それならば、と私は思いついた。

「そうだ、先輩。これ見てもらえませんか」

 自分の携帯を先輩に見せた。あの後、シンジに返ってきた暗号を私達にも転送したのだ。何か思いつきで解けるかもしれないから、と。
 私達とは違って、勉強面でもそれ以外でも頭のいい先輩の事だ。分かるのではないだろうか、と考えた。
 先輩に経緯を話し、暗号文を見てもらう。先輩は決して馬鹿にはせずに暗号文を真剣な眼差しで見つめている。
 こうして見ると、低身長に対して非常にアンバランスなほど整った顔立ちが更に際立つ。同性である私も見蕩れる程に。きっとこれで身長も高く、いや、平均程あれば嫌でも目立って性別関係なく人が集るだろう。
 少しの間、先輩は顎に指を添え、黙りこくっている。流石の先輩と言えど、解けないものもあるか。と思い、携帯を回収しようとしたその時、先輩はクスッと笑った。

「......なるほど。そういう事ですか」
「解けたんですか!?」
「えぇ」

 先輩は私の携帯を閉じて、私に返した。
 答えを教えて貰えると思い私は立ち尽くし、待っていた。さながら餌を前にお預けを食らった犬のように。

「ですがやはりそれは、その告白したという彼が自力で解くべき暗号ですね」

 先輩の妖艶な笑みが私に向けられた。

「えぇっ。私には教えてくれないんですか」
「だって、教えたら貴女、その彼に言っちゃうでしょ?自覚的か、不覚的か問わずに」

 そう言われると私は言葉を喉に詰まらせて、何も言えなくなった。確かに私だと無意識に口を滑らせて言ってしまいそうだ。

「でも、そうね。ヒントの補強ぐらいはしてあげる」
「補強......ですか?」
「そう、補強よ」

 新たなヒントをくれるわけでもない。補強という言葉に私は着いていけていなかった。

「ヒントの表記そのものにもちゃんと意味があるわ。まずはそれを考えなさい」
「............?」

 それだけ言い残して先輩は「じゃあ行くわね」と去っていった。
 乾物コーナーから去っていく先輩の背中は、身長は低いはずなのに、とても大きく見えた。

 4

 私も晩御飯に必要な食材等を買い足し、家に帰った。
 家に帰る道中も、食材を冷蔵庫に片付けている時も、晩御飯の調理をしている時も、先輩の助言以降、ずっとその事が頭から離れないでいる。
 表記そのものにも意味がある。先輩はそう言った。私達がずっと気にしていた「8×8」、これの事なのだろう。この表記に意味があるなら、計算した後の64という数字は関係ないのだろう。8×8で表記する意味って、何なのだろうか。
 と、上の空でもいつもしている自炊はそれでも問題なくできてしまうわけで、すっかり主婦業が板に着いたものだと我ながら感心していた。
 弟三人とテーブルを囲み、晩御飯を食べ、片付けをしていると、弟達の遊んでいる声が聞こえてくる。

「智兄、将棋しよ、将棋!」

 どうやら翔太のクラスでは今将棋が流行っているらしい。私はルールさえもあやふやなので強請られるのは智也の役目だ。智也は面倒見が良いと言っても良いだろう、いつも翔太や樹の遊び相手をしてあげている。テスト期間でも極力相手してあげている程だ。なのにテストは割と良い点を取っているから優秀な弟だ。
 そういえば智也も小学何年生かの時に将棋が流行って、熱中していた時あったっけ。あれ何年生の時だっけ。
 食器洗いも済んだので、暫しの休憩タイムだ。翔太と智也が簡単な折りたたみ式の将棋盤とプラスチック製の駒で将棋をしており、傍で樹がルールも分からないだろうに、ポカンとしながら観戦している。テレビは完全にラジオと化していた。
 私もテレビより二人の将棋を見ていた。ルールさえもあやふやな私が見てもどっちが優位かは分からないけど、でも今まで智也が勝っていたからきっと今回も智也が勝つだろう。実際に翔太は「う~」と唸ってしまっているし。私はこういうボードゲームというやつにはとんと疎い。無理矢理駒の動かし方だけ覚えさせられて智也の相手をさせられた事があったっけ。ものの五分で負けたけど。
 お、どうやら決着したようだ。当然、智也の勝ちだった。そこからは専門用語ばかりの会話が始まった。智也曰く、感想戦というものらしい。

「この6四銀は良くなかったな。その後に桂が置かれると受けが一気に厳しくなるから____」

 一切の手加減をしないのが智也だ。弟に勝たせてあげようとかそういう考えがまず無い。どうも勝負の世界では如何なる相手でも手を抜くのは一番失礼なんだとか。スポーツマンらしい考えといえばそうなのかもしれない。
 一通りの感想戦が終わったようで、翔太は将棋盤を眺めながら一人でああだこうだ言いながら考えに耽っていた。

「お疲れ、智也」
「疲れる事なんて何も」

 淹れた紅茶を飲みながら今度は二人でお喋りだ。樹は私の膝の上で寝てしまっている。寝顔可愛い。

「俺も翔太みたいに将棋、ハマってたなぁ」
「一方的にお姉ちゃんを負かしてたもんね」
「相手してくれるの加奈姉しか居なかったから。ごめんて」

 別に怒っている訳ではないが、ちょっと申し訳なさそうにしている智也が可愛いのでフォローはしないでおいた。

「お姉ちゃんはルールも覚えきれてないしね。終わった後の6、四......なんとかって何?」
「あぁ、それは棋譜だよ」
「きふ?」

 智也が詳しく説明を始めた。将棋をする上で駒を動かした後に記録するもので、どこに、何を指したかを示すものらしい。横を筋といい、アラビア数字で表記され、縦を段といい漢数字で表記するらしい。それさえ記録しておけば簡単にその勝負を再現できると。
 将棋以外は詳しくないけど大体のこういうボードゲームは似たようなものがあるらしい。
 私は一切そういうボードゲームには明るくないため、ピンと来ない。

「将棋は9×9の盤でやるから広いんだよね」

 智也が呟く。

「オセロやチェスより盤が広いし、チェスと違って取った駒を何度も使える。戦略の幅が広すぎるからとても難しいんだよ」

 智也の言葉に私は何も返せずにいた。今、智也はなんと言った?

「ねぇ、智也」
「んー?」
「将棋盤って縦横9マスなのよね?」
「そうだよ。それがどうしたの」
「縦横8マスのボードゲームってある?」
「そりゃあ、さっき言ったチェスやオセロとかそうだよ」

 私の中で、カチリ、と鍵が開くような、歯車が噛み合うような、そんな音がした気がした。
 私はスマホを取り出すと、あの三人が入ってるグループに通話を掛ける。

「ごめん、お姉ちゃんちょっと電話してくる」

 そういってベランダに出た。

「どしたー?」

 そう言って真っ先に通話に出たのはユウだった。何故かいつもユウが一番最初に出るんだよね。

「暗号、少しだけ分かったかも」

 そう言い終わるタイミング辺りでシンジも通話に参加してきた。

「加奈、何か分かったのか!?」

 ユウが興奮気味に聞いてくる。シンジは絶妙なタイミングで参加してきたため、なんの事か、状況が飲み込めて無い様子だった。

「え、なに?」
「あのねシンジ、私、暗号について少しだけ分かったかもしれないの」

 それを聞いたシンジも興奮したようだ。結局、今日、私が別れた後、三人で考えていたが何も進展はしなかったそうなので、余計興奮してしまっているのだろう。

「うん、多分、ヒント1の8×8はチェスの事を指してるんだと思う」
「なんでそれがチェスになるんだ?」
「チェスの盤面は縦横8マスらしいの。つまり、縦×横で8×8を表してたんだと思う」

 そこでシンジが私の言葉を遮ってくる。

「待ってくれ。それならオセロも8×8の盤を使う。チェスと断定する要因はなんだ」
「本文よ」

 確かに8×8だけならチェス盤だけでなくオセロ盤も該当する。だけど、チェスと断定していいと私は考えていた。

「そうか、城と王か」

 ユウが呟く。

「チェスには城と王の駒がある」

 え、城もあるの?王は知っていたけど。私は王というワードだけでチェスと断定してしまっていた。

「城はルーク。王はキングだ。8×8もあってるからチェスと見て間違いないんじゃないか?」

 ユウもどうやらチェスと言われ、納得していた。

「それなら本文の意味を照らし合わせると......」
「城は頂上のみ残して、だからルークの頭文字の『ル』」
「王は足だけ残すから、キングの『グ』」

 つまり。

「「「『ルグ』?」」」

 三人の声が夜の街中にハモった。

 5

 翌日。私達はまたしても暗号文と睨めっこをしていた。
 昨晩、サキだけ通話に入ってこなかったのはお店の手伝いをさせられていたせいで忙しかったそうだ。
 なので、昨日の通話の内容をサキに説明した。サキは暗号を少しとはいえ進むきっかけに気付いた私を偉いと褒めながら頭を撫で回す。
 人に頭を撫でられるのは意外と気持ちがいい。でも髪が乱れるから程々にしてほしいものだ。

「でも、そっからまたすぐに詰まったんだよなぁ」

 シンジがボヤく。
 あれから本文の通りに沿って城の頭文字と王の最後の文字を組み合わせを考えたのだが、どうも言葉にならない。暗号の答えはきっと、もう後ちょっとだと思うのだけど。
 しかし、昨日の会話から分かる通り、チェスについて詳しいのはユウだけ。シンジは少しは分かるが、プレイできる程では無いらしい。私とサキはほぼ皆目と言っていい程知らない。キングとクイーンは分かるけれど。

「もうさ、降参してその子に聞いたら?」

 確かに私もそれは思った。昨日散々皆で考えて、それでも解けない暗号。しかもそれが告白に対する返答というのであれば、早く知りたいものだろう。

「昨日聞いたよ」

 少しブスっとした雰囲気でシンジが答える。

「そしたら『解けるまでいつまでも待つ』ってさ」

 噂の彼女はどうも面倒くさい性格のようだ。
 本人に解答を求めるのは無理。自力で解いた先輩は教えてくれない。私達では解けない。どうすれば良いのだろうか。
 あ、そうだ。あの人になら。
 と一人思い当たった人物に私はすぐさま簡単なあらましと、暗号文を送り付けた。返答は直ぐに返ってきた。

『あぁ、これが沙月さんの言ってた暗号だね。悪いけど、沙月さんに答えが分かっても言わないように、って口止めされてるんだ』

 あの前部長、これっぽっちも使えない男だ。
 いや、分からないのを誤魔化しているだけかもしれない。

『えぇ~、ひょっとして分からないんですかぁ~?』

 煽ってやればある程度乗っかってくるはずだ。さぁ、答えを。

『暗号は解けたよ。でも沙月さんを怒らせると怖いから』

 あの男、先輩に一生尻に敷かれて生きるんじゃ無いだろうか。
 先輩を怒らせると怖いという意見は私も同意するけれど。
 藁にもすがる思いで前部長に聞いたが、先輩にはお見通しの様で、先回りされていた。どうしようかと悩んでいると、メールが来た。

『沢藤君に聞くのは辞めなさい』

 筒抜けだった。怖いよ。
 後で分かったのだけど、この時先輩と前部長は大学で一緒に居たらしい。だからメールが私から届いたのをリアルタイムで見ていたとか。私今日死ぬかもしれん。
 今日はバイトのシフトが入っており、なんと先輩と一緒だ。その時に葬られるかもしれない。
 先輩はクールで理知的で、いついかなる時も冷静沈着な人だ。表情もさほど変わらない。変な客だったり、酔っ払いの客に絡まれたりしても適度にいなしたり、躱したりしてとても対応が上手い。身長さえ除けば、まさにできる大人の女性と言って差し支えないだろう。
 だけどその実、嫉妬深かったり執念深かったり、そして一度その先輩の琴線に触れでもすると、痛い目どころの話じゃない目に遭う事だろう。
 前部長はひょっとしたら女難の相のオプションを引っ提げているかもしれない。
 私もあまり前部長にちょっかいを掛けすぎると先輩に排除されてしまう事だろう。行き先は山の土中か、深い海の底か、その程度の違いでしかない。くわばらくわばら。
 さて、それはさておき、前部長も封じられたとなるとやはり私達四人で解く他あるまい。
 いや、私だって多少なりともあの前部長がいくつかの些細な謎を解くのを見てきたんだ。その経験値を活かせ。
 前部長の解き方はどうだった。先輩は過程を何もかもすっ飛ばす様な人だから私の様な凡人には参考にはならない。だけど前部長はまだ私の様な凡人に近い人だ。思考のプロセスはまだ私の理解の範疇にあるはずだ。
 いつぞやの時、前部長にどうして答えが分かるのか聞いた。その時前部長は何と言った。思い出せ。

『僕は天才でも何でもない。凡人だからね。一つずつ、解いていくんだ。階段を一段ずつ登るように。それと有り得ないものは排除していく。そうして可能性を潰していくんだ』

 前部長はそう言った。
 私も階段をすっ飛ばして登る事ができるような非凡な才は無い。ゆっくり確実に一段一段踏みしながら登るしかない。
 まずはチェス。本文にある単語、城と王というキーワードからして8×8はチェスを指しているというのは直感だけど間違いないと思う。
 なら城の頂上と、王の足元。この二つが暗号を解くための重要なキーワードのはず。だけどどんな組み合わせにしてもちゃんとした単語にならない。
 なぜか?
 それはきっとシンプルな理由のはずだ。どう組み合わせにしても単語にならないなら、単語になるように工夫されているはずだ。
 例えば____。

「ねぇ、ここでPCのヒントを使うんじゃない?」

 可能性。それを一つ一つ辿り、有り得ないという結論にしかならないなら、何処で間違ってる、或いは見落としがあるのではないか。
 そう思って考えた。なら、間違っててもいい。他の可能性を使うべきだ。
 私達が未だ触れずにいた、PCというヒントを。

「PCなぁ......。パソコンをどうするんだ?」

 これについては私に考えがあった。

「実は昨日ね............」

 先輩について、十五秒程度の説明をし、その先輩は答えは教えてくれない事と、教えてくれた、ヒントの補強について話した。

「何だよ、教えてくれないのかよ」

 とシンジは非常に不満そうだった。私も同意見だ。だけど、今はそんな愚痴を零してられない。

「ヒントの表記に意味がある......」

 サキが復唱する。
 そう、パソコンと書かずに態々PCと書いているその理由を考えるべきだ。

「チェスの駒って、PCみたいに略して呼ぶ事できる?」
「いや、そんな事はしないはず」

 ユウに確認をしたが、その可能性はすぐに消えた。いい、可能性を一つ消す。これも大事な一段だ。

「そんな複雑に考えなくてもいいんじゃない?」

 サキが目を細めた。

「これさ、城や王を英語で表記しろって意味なんじゃない?」
「CastleとKing?」
「いや、チェスなんだから城はルークでしょ......」

 シンジは勉強できない訳じゃないけど、時々天然な発言をする事がある。

「ルークならRookだな」
「頂上のRと足元のG?」

 私が首を傾げる。やはり綺麗な単語にはならない。また何処か違うのだろうか。

「うん、でもこれは、あくまでその先輩の言ったヒントの補強についての答え。次はPCそのもののヒントの答えを考えなきゃ」

 とサキが言って、私はハッとした。確かにそうだ。先輩の言葉に囚われすぎていた。ヒントそのものはPCだ。

「でもそのパソコンで何すればいいんだ?実際にチェスをすればいいのか?」

 そこで私たちは詰まる。パソコンで何をすれば良いのだろうか。
 ユウの言った通り、チェスをしてルークとキングで何かすれば良いのか。でもそれは違う気がする。チェスを実際にするにしても何をすればいいのかの指示がまるでない。きっと城と王が駒だという事が分かればそれでいいはずなのだ。
 ならパソコンで何をするのか。

「実際に城の頂上と王の足元をパソコンで打ってみるか......?」

 シンジがダメ元で呟く。
 誰も賛成も反対も言わない。言えないのだ。分からないから。

「いや、やってみよう。違ったらその時また考えればいい」

 私が立ち上がる。可能性を進むにしても潰すにしても、やらなきゃ意味がない。とにかく行き詰まってる私たちに大事なのはやる事だ。
 そして私達は図書室へと移動した。図書室には型が何世代も前のパソコンが一台置いている。サイトへのアクセス制限が掛かりまくっているため、簡単な調べ物しか出来ないようなパソコンだけど。
 図書委員にパソコンを借りる申請をして、普通の生徒ならインターネットエクスプローラーを開くのだろうけど、私達はメモを開いた。
 そして、城の頂上と王の足元の組み合わせを打ち込んでいく。

 『し』と『う』。違う。
 『ル』と『グ』。違う。
 『R』と『G』。

 それをシンジが入力した、その時。

「ああぁ~~~~~!!!」

 ユウが大声を上げたせいで、図書室から私達は全員追い出された。

 6

 私達は相変わらずの毎日を送っていた。
 私はバイトと家事と弟達の世話。サキは時々家の手伝い、基本的には放課後を暇している。ユウは相変わらず暇そうにフラフラしており、時々私のバイト先に来て晩御飯を食べていく。
 そしてシンジは変わらず部活に精を出している。夏が近付くと大会に向けてより一層集中し、練習にも熱が入るようだ。それに今年はどうもやる気が別の方向にも向いているようだ。
 それもそのはず。晴れてお付き合いする事となった噂の彼女と大会で良い成績を残せたら夏祭りにデートと洒落込む約束をしたらしい。本当にデートだけの約束かどうかは触れないでおいで上げた。

 暗号の答えはこうだった。
 8×8はやはりチェスを表しており、本文の城と王をルークとキングに置き換える事。そしてPCはルークとキングを英語表記、即ちRookとKingに変え、その頭文字と尻文字であるRとGにする。
 そのRとGが書かれているパソコンのキーボードには別の文字が書いている。
 平仮名で『す』と『き』だ。

 答えに辿りつけばそこまで複雑ではないような気がする。実際人の助けはありとはいえ、二日で解けたのだから。
 それに、今となれば暗号が解けずとも答えは明るいものだったと予想できるポイントはいくつかあった。彼女は解けるまでいつまでも待つと返事した。ノーなら待つ訳がない。先輩も告白したシンジが解くべきだ、と言った。そりゃそうだ。相手の気持ちが記された暗号なんだから。むしろ相手の気持ちを告白してきた相手以外に五人にも見られたと知ったら彼女は恥ずかしがるか怒るかするだろう。それが原因で別れたりしなければ良いのだが。

「でも何で彼女さんは暗号で返事なんかしたんだろうな」

 何故か三日連続私のバイト先で晩御飯を食べているユウが食後に注文されたコーヒーを運んできた私に言う。

「それは知らないけど。ってかユウ。あんた家で食べなさいよ。三日連続でしょ」

 私の言葉には「んー」と気の抜けた返事しか返さない。何なんだ、こいつは。

「聞いてる?」
「んー......」

 腹立つな、こいつ。お盆で殴ってやろうか。
 そんな考えが頭を過っていると、後ろを先輩が通る。その時に先輩が言った。

「その人、脱出ゲームが趣味なんでしょ?これぐらい付き合ってくれる人じゃないと難しいって考えで、テストしたんじゃない」

 ユウと私は先輩をポカンと見る。
 しかし先輩はこちらを見る事なく、スタスタとキッチンの方に歩いていく。かっこいい......。
 しかし、なるほど。暗号解けなきゃ趣味が合わないという事でお断りされていたのかもしれないのか。だとしたら結構グレーゾーンでは無いだろうか。

「あれ?じゃあ俺達四人で解いたの不味くね?」

 どうやらユウも同じ考えをしたらしい。

「ね。あれが試験だったとしたらカンニングしたようなもんだもんね」

 少しの沈黙が流れる。
 ひょっとしたら私達は重大な過ちを犯してしまったのではないか。
 すると先輩が戻ってきた。

「貴方達、ひょっとして暗号解いてその人に教えてあげたの?」

 関わりのないユウには分からないかもしれない。
 だけど私には分かる。先輩の声がいつもより冷たい。目が少し淀んでる。
 ヤバいかもしれない。

「いやぁ、教えたっつーか、一緒に解いたんですよ。皆で考えて」
「みんな?」

 ユウの馬鹿、阿呆。

「ねぇ、三河さん。私言ったわよね?告白したっていう人が解くべきだって」
「いや、その、私達友達が一緒に解くのは良いかなぁ、って思いまして」

 背筋がゾワッとする。冷や汗が出てくる。先輩ってやっぱり怖い。
 まるで黒いオーラが滲み出てる錯覚まで起こしてきた。
 と思ったらそのオーラはスっと消えた。

「はぁ......。もういいわ。見ず知らずの人の為に私がそこまでする義理ないもの」

 そうだ、先輩は怖いけど、こういう良く言えばストイックな人でもあった。

「ま、精々応援して上げなさいな」

 また先輩はキッチンの方に戻って行った。

「なんか、凄い迫力ある人だったな」
「私の尊敬してる先輩よ」

 憧れはするけど、なりたいとまでは思わなくなった先輩でもある。

「ひょっとして、先輩に惚れた?」
「......え?いやぁ、タイプとは違うかなぁ」

 どうやら誤魔化している感じでは無さそうだ。

「あ、加奈はバイトもう終わる?家まで送るよ」
「後少しで終わるけど、いいわよ別に」
「夜道危ないから。な?」

 本当に要らないのだけど、以前断ろうとしたらしつこく食い下がらなかった。だから今回もだろう。
 さっさと諦めて送って貰う方が無難だと私はさっさと結論付けた。

「はいはい、じゃあボディガードよろしくね」
「おう!」

 めちゃくちゃ良い笑顔だった。
 本当にユウは何なんだろうか。
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