ロード・トゥ・ディア 〜神と人と、約束の冠〜

天継 理恵

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最終章・約束の冠

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 ——戴冠と婚姻の儀、当日。

 空は、悲しいほどに青く晴れ渡っていた。

 清々しい晴天の下、国の民は誰もが言祝ぎ、新しき王と妃の誕生を歓迎した。

 ——この結婚は、神に祝福されている。

 マルディーヴァの国はそんな予感に満ち、まだ見ぬ行く末に、明るい未来図を描き抱いていた。
 

 



 はるかに仰ぎ、麗しの

 緑に萌える、神の御座

 森より深き、慈悲と愛

 栄光授けし、神の名を

 かそけき風に、謳いませ

 




 ——マルディーヴァ城の奥宮、神の居所、シンクス。

 国の中枢たる神域には、今、神を讃える聖歌が響いている。

 参列者の歌声が祝福を彩る中、燦然と輝く聖石の前に立つのは、これから若き王となる男と、王妃となる女だ。

 若き王子・レインハールと、妻となる王女・フェルワ。

 婚礼の衣を纏った二人の若き門出を、参列する両国の父王が、マルディーヴァとデルワトールの城の者が、一心に見守っている。

 レインハールが、そっとフェルワの手を取った。

 いつか触れた、マルディーヴァの手とは違う温もりに、レインハールは瞳を沈ませる。


 一歩、二歩。
 足を揃えたふたりが、目前まで歩み寄ったのは——マルディーヴァへと通じる、スピリール。

 幼き頃から、想いを語り続けた聖石。
 その恋の証に、レインハールは今、決別の意を抱き向かい合っている。

「レインハール=マール=ハイエンファルト。王の血を継ぎし、宿命の子よ。汝は今、王冠を戴き、民を導く王となる運命に立つ。剣を以て国を守り、慈愛を以て国を治め、その命の全てを賭して王の勤めを全うする覚悟があるか?この国を守る柱神・マルディーヴァと、今は亡き祖先の前に、誓いを立てる覚悟があるか?」

 神司の問いに、レインハールは答える。

「我、レインハール=マール=ハイエンファルトの名において誓う。この命を国に捧げ、民のために剣を振るい、真なる心で治め、栄えあるこの大地を未来へ継がんことを」

 澱みのない誓いに、神司はさらに続ける。

「更に問う。レインハールよ。汝は、傍らに立つこの者を妃とし、共に在り、共に歩み、共に苦しみ、いかなる時も心を分かち合い、ともに天命を全うする伴侶として迎えると誓うか?」

 突きつけられた問いかけに、レインハールの胸が深く穿たれる。

 懊悩に、目蓋を固く閉じ。
 レインハールは——覚悟に唇を震わせる。

「……我、彼女を心より愛し、敬い、いかなる困難の時も傍に在り、生ある限り……ただ一人の伴侶として、永遠に添い遂げることを誓う」

 ——偽りの愛は、誓いとなる。

 しかしその誓いを、誰もが祝福する。

「ならば、神々と万民の証のもとに此処に宣言する。レインハールは、今より六大国がひとつ、マルディーヴァの新たなる王なり。そしてデルワトールが姫、フェルワは、正妃としてその玉座を共にする者なり」

 神司の宣言と共に、参列者が皆、国の前途を祝し胸に手を当てる。

「新たなる王の証を、その頭頂に」

 恭しく差し出されたのは、王の冠。

 黄金と白金で飾り作られた冠は、白い花の冠のように、枯れることなどありはしない。


 ——その重く輝く王の証が、今、レインハールの頭頂へと降り立つ。


「新たなる王、レインハールよ。ここに、永久の愛を誓う口付けを」

 神司の導きに爪先を変え、純白のドレスを纏ったフェルワと向き合う。
 薄く繊細なベールをめくれば、凛々しくも美しい、深緑の双眸が露わになる。


 ——しかしそこに、レインハールの姿は、映ってはいなかった。


 フェルワの瞳は、アルティスを亡った日から、哀しみに凍ったまま時を止めていたのだ。


『フェルワは少し気の強いところがあるが、根は優しいし、弱い部分だってある。俺はそんなフェルワを、好ましいと思っているよ』


 いつかの兄の言葉が蘇る。
 そして、好ましいと思っていたのは、兄だけではなかったのだと思い知る。

 ——フェルワは、アルティスを愛していた。

 レインハールは、目の前で向き合うフェルワもまた——愛を失った者なのだと知った。


 望まぬ婚姻。
 互いに違う者を愛しているのに、その愛が結実する日は来ない。

 身を裂きちぎる悲しさを。
 胸を押しひしぐ苦しさを。

 同志として分かち合い、背負い合うように——レインハールは、フェルワへと口付ける。


 心を捧げた相手ではない。
 それでも——この痛みだけは、彼女と分かち合える。

 
 ——それは、悲しくもあたたかな、初めての口付けだった。
 


「王と妃に、万と栄光の祝福あれ」
「「王と妃に、万と栄光の祝福あれ」」


 婚姻は結ばれた。
 神司の祝詞を、人々が反唱する。


「マルディーヴァの未来に、万と栄光の祝福あれ」
「「マルディーヴァの未来に、万と栄光の祝福あれ」」


 洋々とした前途を信じ、民は謳い、喝采する。

 
 ——若き二人の恋の死を、誰も知ることないままに。

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