名もなき春に解ける雪

天継 理恵

文字の大きさ
6 / 23

白雪汀の手記 春

 新しい学舎での環境は、やはり想定内だった。
 歩いているだけで視線を感じるのは、子供の頃から同様だ。
 教師や女子生徒たちの好奇の目、噂。内容は大方の予想通りで、聞くまでもない。男子生徒の性的視線がないだけ、まだマシと言ったところだろうか。

 入学早々校内で浮いているが、人間関係の構築など、端から望んではいない。
 けれどある日図書室で、少しだけ面白い子に出会った。

 一年一組、桜井羽澄さん。

 彼女の第一印象は、クラスの女子と変わらないものだった。出会い頭に凝視され「またか」と思ったが、しかし彼女の反応は、他の子と少し違った。

 彼女は、私に謝った。
 「じっと見てごめんなさい」と。

 興味本位、噂話の材料。
 嫉妬に羨望、そして欲望。
 私を取り巻くのは盗み見るような視線ばかりで、考えてみれば、真正面から視線を受けることなど滅多になかった。

 私が目を向ければ、大抵の人間は逸らすか、取り繕って笑う。見ていませんでしたと言わんばかりに、人は素知らぬ振りをする。

 けれど、彼女は違った。私が指摘すると、おどおどと視線を迷わせた後、もう一度私にしっかりと目を合わせた。
 私との会話に随分と取り乱していたようだけど、その反応も、くるくる変わる表情も、とても真っ直ぐで素直だった。

 面白い子だなと思った。すると別れ際に呼び止められて、また図書室に来ますかと聞かれた。

 私に向ける関心が深まっているのがわかった。今まで一方的な好意を持たれることも多かったから、彼女もその類になることが予想された。

 ——だが不思議と、私の中に、彼女への警戒心は生まれなかった。

 名前を聞いたのは、彼女への興味を自覚したからだ。また会って、話をしてみるのも悪くないと思ったからだ。

 そうしてその後、何度か接触してみれば、その興味はどんどんと深まっていった。

 彼女の行動は、とてもわかりやすかった。
 当番でもないのに図書室に来て、本を読む素振りをしながら、時々こちらをちらりと見て。
 会話のきっかけを探しているようだから、あえて話しかけてみれば、途端に嬉しそうに乗ってくる。

 そんな無邪気な彼女に、いつの間にか、自然と笑っている自分がいることに気が付いた。
 それと同時に、私は、周囲にどれだけの諦念と猜疑を抱いていたかがわかった。

 人間関係の構築など、端から望んでいない。

 そう思っているのは真実だが、しかしそれは、私の渇望の裏返しでもあったのだと——彼女との触れ合いを通して、思いがけず気付かされた。

 桜井さんは、私の内側を見ている。
 白雪汀という人間の外見だけではなく、私という人格にも好意を向けている。

 ……それを告白された時、心は響いた。
 それまで何度も告白を受けたことはあったが、こんな感覚は生まれて初めてだった。

 しかし同時に、彼女への好意が、正体不明であることも自覚した。

 彼女は恋愛感情だと言う。
 私に向けているのは、特別な想いだと言う。

 だが私は、明言が出来なかった。

 ただ言えるのは、桜井羽澄という人間がとても面白く、好ましくあること。
 それを分類するならば——間違いなく、『興味』なのだと思う。


 人と人が繋がるということは、どういうことなのか。
 多くの人間が欲するその関係構築のメカニズムと、それに連動する心の機微。欲望に至るまでの成長曲線。


 ……私の『興味』は、桜井さんよりも、その構造にある。


 私は彼女に、欲求を感じてはいない。そもそも人に、欲を感じたことがない。
 知覚している類似の欲があるとすれば、対象に対する観察欲および、知的な興奮だ。

 ゆえに私は、世間一般的な『恋』や『愛』、『性的欲求』というものがわからない。

 ——だというのに、私は、彼女の「付き合ってほしい」という提案を、消極的な意味に曲解してまで受け入れた。

 感情分析と、脳内判断を裏切ってまで。
 そう選択したことに、驚きを禁じ得なかった。

 だが、それもまた面白い。
 思考と言動が分離を起こしたのは、おそらく人生で初めてだ。


 私は、彼女と「付き合う」ことにした。
 私の「知りたい」という欲のため。
 彼女の向ける好意に応えるため。
 誠心誠意、向かい合ってみることにした。


 ——私の「知りたい」が、彼女の「好き」に、どこまで応えられるのか。


 その答えがどこにあるのかは、まだわからない。
 けれど私は、それを桜井さんと探していきたいと……今は、そう思っている。

感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
ライト文芸
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761