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白雪汀の手記 春
新しい学舎での環境は、やはり想定内だった。
歩いているだけで視線を感じるのは、子供の頃から同様だ。
教師や女子生徒たちの好奇の目、噂。内容は大方の予想通りで、聞くまでもない。男子生徒の性的視線がないだけ、まだマシと言ったところだろうか。
入学早々校内で浮いているが、人間関係の構築など、端から望んではいない。
けれどある日図書室で、少しだけ面白い子に出会った。
一年一組、桜井羽澄さん。
彼女の第一印象は、クラスの女子と変わらないものだった。出会い頭に凝視され「またか」と思ったが、しかし彼女の反応は、他の子と少し違った。
彼女は、私に謝った。
「じっと見てごめんなさい」と。
興味本位、噂話の材料。
嫉妬に羨望、そして欲望。
私を取り巻くのは盗み見るような視線ばかりで、考えてみれば、真正面から視線を受けることなど滅多になかった。
私が目を向ければ、大抵の人間は逸らすか、取り繕って笑う。見ていませんでしたと言わんばかりに、人は素知らぬ振りをする。
けれど、彼女は違った。私が指摘すると、おどおどと視線を迷わせた後、もう一度私にしっかりと目を合わせた。
私との会話に随分と取り乱していたようだけど、その反応も、くるくる変わる表情も、とても真っ直ぐで素直だった。
面白い子だなと思った。すると別れ際に呼び止められて、また図書室に来ますかと聞かれた。
私に向ける関心が深まっているのがわかった。今まで一方的な好意を持たれることも多かったから、彼女もその類になることが予想された。
——だが不思議と、私の中に、彼女への警戒心は生まれなかった。
名前を聞いたのは、彼女への興味を自覚したからだ。また会って、話をしてみるのも悪くないと思ったからだ。
そうしてその後、何度か接触してみれば、その興味はどんどんと深まっていった。
彼女の行動は、とてもわかりやすかった。
当番でもないのに図書室に来て、本を読む素振りをしながら、時々こちらをちらりと見て。
会話のきっかけを探しているようだから、あえて話しかけてみれば、途端に嬉しそうに乗ってくる。
そんな無邪気な彼女に、いつの間にか、自然と笑っている自分がいることに気が付いた。
それと同時に、私は、周囲にどれだけの諦念と猜疑を抱いていたかがわかった。
人間関係の構築など、端から望んでいない。
そう思っているのは真実だが、しかしそれは、私の渇望の裏返しでもあったのだと——彼女との触れ合いを通して、思いがけず気付かされた。
桜井さんは、私の内側を見ている。
白雪汀という人間の外見だけではなく、私という人格にも好意を向けている。
……それを告白された時、心は響いた。
それまで何度も告白を受けたことはあったが、こんな感覚は生まれて初めてだった。
しかし同時に、彼女への好意が、正体不明であることも自覚した。
彼女は恋愛感情だと言う。
私に向けているのは、特別な想いだと言う。
だが私は、明言が出来なかった。
ただ言えるのは、桜井羽澄という人間がとても面白く、好ましくあること。
それを分類するならば——間違いなく、『興味』なのだと思う。
人と人が繋がるということは、どういうことなのか。
多くの人間が欲するその関係構築のメカニズムと、それに連動する心の機微。欲望に至るまでの成長曲線。
……私の『興味』は、桜井さんよりも、その構造にある。
私は彼女に、欲求を感じてはいない。そもそも人に、欲を感じたことがない。
知覚している類似の欲があるとすれば、対象に対する観察欲および、知的な興奮だ。
ゆえに私は、世間一般的な『恋』や『愛』、『性的欲求』というものがわからない。
——だというのに、私は、彼女の「付き合ってほしい」という提案を、消極的な意味に曲解してまで受け入れた。
感情分析と、脳内判断を裏切ってまで。
そう選択したことに、驚きを禁じ得なかった。
だが、それもまた面白い。
思考と言動が分離を起こしたのは、おそらく人生で初めてだ。
私は、彼女と「付き合う」ことにした。
私の「知りたい」という欲のため。
彼女の向ける好意に応えるため。
誠心誠意、向かい合ってみることにした。
——私の「知りたい」が、彼女の「好き」に、どこまで応えられるのか。
その答えがどこにあるのかは、まだわからない。
けれど私は、それを桜井さんと探していきたいと……今は、そう思っている。
歩いているだけで視線を感じるのは、子供の頃から同様だ。
教師や女子生徒たちの好奇の目、噂。内容は大方の予想通りで、聞くまでもない。男子生徒の性的視線がないだけ、まだマシと言ったところだろうか。
入学早々校内で浮いているが、人間関係の構築など、端から望んではいない。
けれどある日図書室で、少しだけ面白い子に出会った。
一年一組、桜井羽澄さん。
彼女の第一印象は、クラスの女子と変わらないものだった。出会い頭に凝視され「またか」と思ったが、しかし彼女の反応は、他の子と少し違った。
彼女は、私に謝った。
「じっと見てごめんなさい」と。
興味本位、噂話の材料。
嫉妬に羨望、そして欲望。
私を取り巻くのは盗み見るような視線ばかりで、考えてみれば、真正面から視線を受けることなど滅多になかった。
私が目を向ければ、大抵の人間は逸らすか、取り繕って笑う。見ていませんでしたと言わんばかりに、人は素知らぬ振りをする。
けれど、彼女は違った。私が指摘すると、おどおどと視線を迷わせた後、もう一度私にしっかりと目を合わせた。
私との会話に随分と取り乱していたようだけど、その反応も、くるくる変わる表情も、とても真っ直ぐで素直だった。
面白い子だなと思った。すると別れ際に呼び止められて、また図書室に来ますかと聞かれた。
私に向ける関心が深まっているのがわかった。今まで一方的な好意を持たれることも多かったから、彼女もその類になることが予想された。
——だが不思議と、私の中に、彼女への警戒心は生まれなかった。
名前を聞いたのは、彼女への興味を自覚したからだ。また会って、話をしてみるのも悪くないと思ったからだ。
そうしてその後、何度か接触してみれば、その興味はどんどんと深まっていった。
彼女の行動は、とてもわかりやすかった。
当番でもないのに図書室に来て、本を読む素振りをしながら、時々こちらをちらりと見て。
会話のきっかけを探しているようだから、あえて話しかけてみれば、途端に嬉しそうに乗ってくる。
そんな無邪気な彼女に、いつの間にか、自然と笑っている自分がいることに気が付いた。
それと同時に、私は、周囲にどれだけの諦念と猜疑を抱いていたかがわかった。
人間関係の構築など、端から望んでいない。
そう思っているのは真実だが、しかしそれは、私の渇望の裏返しでもあったのだと——彼女との触れ合いを通して、思いがけず気付かされた。
桜井さんは、私の内側を見ている。
白雪汀という人間の外見だけではなく、私という人格にも好意を向けている。
……それを告白された時、心は響いた。
それまで何度も告白を受けたことはあったが、こんな感覚は生まれて初めてだった。
しかし同時に、彼女への好意が、正体不明であることも自覚した。
彼女は恋愛感情だと言う。
私に向けているのは、特別な想いだと言う。
だが私は、明言が出来なかった。
ただ言えるのは、桜井羽澄という人間がとても面白く、好ましくあること。
それを分類するならば——間違いなく、『興味』なのだと思う。
人と人が繋がるということは、どういうことなのか。
多くの人間が欲するその関係構築のメカニズムと、それに連動する心の機微。欲望に至るまでの成長曲線。
……私の『興味』は、桜井さんよりも、その構造にある。
私は彼女に、欲求を感じてはいない。そもそも人に、欲を感じたことがない。
知覚している類似の欲があるとすれば、対象に対する観察欲および、知的な興奮だ。
ゆえに私は、世間一般的な『恋』や『愛』、『性的欲求』というものがわからない。
——だというのに、私は、彼女の「付き合ってほしい」という提案を、消極的な意味に曲解してまで受け入れた。
感情分析と、脳内判断を裏切ってまで。
そう選択したことに、驚きを禁じ得なかった。
だが、それもまた面白い。
思考と言動が分離を起こしたのは、おそらく人生で初めてだ。
私は、彼女と「付き合う」ことにした。
私の「知りたい」という欲のため。
彼女の向ける好意に応えるため。
誠心誠意、向かい合ってみることにした。
——私の「知りたい」が、彼女の「好き」に、どこまで応えられるのか。
その答えがどこにあるのかは、まだわからない。
けれど私は、それを桜井さんと探していきたいと……今は、そう思っている。
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