名もなき春に解ける雪

天継 理恵

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夏の章 焦がれる花火2

「あーもう!全然決まんない!」

 放り投げた服が、ベッドの上に出来た服の山に乗る。もうクローゼットから出す服なんて何もない。出し尽くして、小学生の頃の服まで出てきちゃった。

「姉ちゃん、さっきからウルサイんだけど」

 ノックもなくドアが開いて、弟の和馬が部屋に入ってきた。服の山を見た途端に呆れ顔を浮かべて、なにしてんだコイツ、みたいな露骨な顔をしてくる。

「なにこの山。店でも開く気?」
「うるさいなぁ!見るなってば!」
「まさかデートなん?昨日からなーんか浮かれてんなって思ってたけど……ふーん。そういうことかぁ」
「違うッ!いや、違くもないけど!!」
「どっちだよ」

 勝手に入ってきたと思ったら、このいやらしい言い方っ。ホント失礼なヤツ!ニヤニヤ顔がムカつくったらない!

「いいから出てってってば!中一にもなって、勝手に女の子の部屋に入るとかサイテーだからね!」
「はいはい。逆ギレおつー」

 イラっとする態度で和馬が部屋を出ようとする。その間際に、くるっと振り返ってニヤリと嫌な笑みを残す。

「せいぜい恥かかないようにな~」
「余計なお世話ッ!!」

 ヒラっと手を振って出て行く和馬に、カッと血が上る。最近ホント生意気でムカつく!中学の時のクラスの男子そっくり!

 ……もう。無駄に怒ってたら、余計決まんなくなっちゃった。

 改めて服の山に目を移して、そーっと、コットン生地の白ワンピースを引っ張りだす。
 お気に入りだけど、「子どもっぽいかな」って思ってやめたやつ。

 袖はパフスリーブで、スカートは膝丈のフレア。丸襟でくるみボタンがついてて、ウエストにはレースのリボンがついてる。
 ……正直、デザインが甘すぎるんだよね。乙女チックというか。
 美樹たちと出かけるなら、この服は絶対選ばない。みんなもっとカジュアルだったり、大人っぽい格好だったりするから、笑われるのがオチだし。

 ……でも、白雪さんなら。どんな格好でも、絶対笑ったりしないんだろうなって思って——そうしたら、好きな服を着てもいいのかなって思って。

 だから思い切って、このワンピに決めた!

 服を決めたら、すぐに着替える。
 下着も靴下もお気に入りのにして、髪型も頑張って編みこみにしてみる。
 メイクはちょっとだけ。肌色が明るく見えるように薄いファンデと、ほんのり血色がよく見えるベビーピンクのチークを少し。
 まつげはビューラーだけで軽く上げて、グロスはミルキーピンクにした。あとは、サボンのコロンをほんのひと吹き。

 これで完璧!だと思う!

 ……やりすぎてないよね?これくらいがちょうどいいよね?……白雪さん、ちょっとでも可愛いって思ってくれるかなぁ……。


 そわそわと時計を見る。今から出ても、待ち合わせにはちょっと早い。
 でも居ても立っても居られなくて、私はショルダーバッグを手に取って、早々に家を飛び出した。

 外は快晴。梅雨入り前の時期だから心配だったけど、天気の神様が味方してくれたみたい。

 意気揚々と電車に乗って、待ち合わせの駅に向かう。ガタゴトと揺られながら、白雪さんはどんな服で来るのかなって、ふと想像してみる。
 お姉さん風のスタイリッシュな感じかな。ブラウスに、タイトなロングスカートとか。それとも、意外とラフだったりして?Tシャツに細身のジーンズとか……それはそれでカッコいいかも!

 めくるめく白雪さんファッションショーを脳内で開いてたら、あっという間に待ち合わせの駅に着いた。
 降り過ごしそうになって慌てて車内から飛び出した私は、改札を通って駅前の時計の下に辿り着く。

 待ち合わせの時間まで、あと十五分。
 早く着いたけど、白雪さんが来るのを待つのは全然苦じゃない。

 スマホから『着きました』ってメッセージを送る。そしてポーチからコンパクトを取り出して、前髪とメイクをチェックする。
 編みこみ崩れてないかな。ワンピもシワとか出来てないかな。
 ひとつ気にしだすと全部が気になっちゃって、もうてんやわんや。
 今までこんなに緊張した待ち合わせってあったっけ?いや、絶対ない!

 白雪さん、まだかな。
 動物園楽しみだな。
 動物園のあと、どこ行こう。
 やっぱオシャレなカフェかな。
 ……いっぱい話せるかな。

 脳内で、ずっと期待が止まらない。時間が近づくと途端に胸がドキドキしてきて、あちこち人混みの中に白雪さんの姿を探しちゃう。


 ——待ち合わせの三分前。
 電車が着いた音がして、駅の中からまた新しい人波がやってきた。

 人混みに目を向ければ、輪のようにぽっかりと空いた空間がある。
 その不自然な輪の中心には、白雪さんがいた。


 ——その姿は、神々しいと言っても過言じゃなかった。


 みんなが距離を取っちゃうのが、あまりにもわかりすぎる。隣に並ぶと比べられちゃうかもとか、綺麗すぎて近寄り難いとか、存在感がそれくらい神懸かってるレベル。

 風に揺れるまっすぐな黒髪は、今日もツヤツヤ。顔はどう見てもノーメイクなのに、化粧をしてるのかと見間違うくらい整ってる。
 白いシンプルなブラウスが、ひらひらと軽やかな生地をはためかせた。七分袖から見える白い手首は、細いのにしっかりしてて、不思議と華奢な感じはしない。
 清楚な白い服の下は、黒に近いチャコールグレーのテーパードパンツ。スッキリとした細身のラインが、長くてスレンダーな脚を強調してて、足先のバレエシューズと合わせてモデルの脚かと思っちゃう。
 いや、これはもうただの脚じゃない。もはや芸術!

 上から下までガン見して、同時に、あまりのカッコよさに膝から崩れそうになった。
 え?待って、ムリ。思ってたよりカッコいい系で来られて、今心臓がヤバい!

 ドキドキしすぎて声を掛けることも出来ないまま、その場に立ち尽くしてた。汗ばみ出した手でバッグの紐を握りながら、胸の鼓動に落ち着けと言い聞かせる。
 でもやっぱムリ!落ち着くどころか、どんどん速くなってく!

 一歩も歩み寄れず、ただ棒立ちになる。そんな私を、白雪さんが見つけてくれる。

「こんにちは、桜井さん。来るの早かったんだね。待たせてしまったかな」

 そばに来て、穏やかな声でそんな風に言われたらもう、涙さえ出そう。

「こっ、こんにちは!今日は、あ、ありがとう……ございます!全然待ってないです!!私が早く来ちゃっただけ!!」
「それは待ってたって言うんじゃないのかな?」

 くすっと微笑む白雪さんは、いつもの三倍増しで素敵……。ハッ、いけない!また見惚れてる、私っ!

「気にしないでください!それより、あのっ!私服、すごく素敵ですね!!」
「服?そうかな。何も考えずに、適当に着てきただけなんだけど」
「めちゃくちゃ似合ってます!!制服とは違ってすっごくカッコよくて……!大人っぽいし、モデルさんみたいです!!」
「……ありがとう。桜井さんに褒められるのは、悪い気がしないな」

 全力で褒めちぎる私を、白雪さんは笑って受け止めてくれる。その笑顔が眩しくて、思わずうっ!って胸を抑えちゃう。

「桜井さんもその服、似合っているよ。無垢な少女のようで、君のイメージとよく合っている」
「えっ!?む、無垢!?」

 ちょっ、今なんかすごい褒められ方しなかった!?ていうかえっ!?褒めてくれた!?夢じゃなくて!?!?

「あ、あああ、ありがとうございますッ!!」
「そんなに取り乱すことかな」
「取り乱すことですッ!!」
「……ふふっ。やっぱり面白いね、桜井さんは。さぁ、そろそろ行こうか」
「はいっ!!」
 
 テンパった私を見てさらに微笑みながら、白雪さんは颯爽と身を翻す。私はその隣に、慌てて並んで歩き出す。
 揃った足並みに、心がくすぐったくてたまらなくなる。

 ……あぁ、私、今すごく幸せ。

 好きな人と歩幅を合わせて歩く時間が、こんなに嬉しくて楽しいなんて知らなかった。
 デートって最高すぎる……。いや、白雪さんにそんなつもりはないのかもしれないけど……でもでも!私からしたら、好きな人と出かけるのはデートだし!
 
 好きって気持ちに浮き立った心は、どうしたって止まらない。まさに心躍る!って感じで、ずーっとそわそわしっぱなし!
 
 隣に歩く白雪さんを、ちらちらと見つめる。
 ……こんな素敵な人が私と付き合ってくれてるだなんて、ホントに夢のよう。

「着いたら、何から見ます?」
「そうだね。一通り見ようかなとは思っているけど、桜井さんは何が見たい?」
「私はパンダがいいです!ちっちゃい頃に見て以来なんで!」
「じゃあまずはパンダにしようか。あとは順路通りでもいいし、他に見たいのがあるならそこに行ってもいいし。かなり歩くことになるかもしれないけど、平気かな」
「全然平気です!何時間だって歩きます!!」
「ふふっ、元気だね。じゃあ、じっくり周るとしようか」
「はいっ!!」

 楽しみすぎて、足取りがめちゃくちゃ軽い!

 動物園に着いたら、いっぱい白雪さんと動物見るんだ。可愛いねって言い合って、お昼を一緒に食べて、それからそれから……。

 もう、妄想が止まらない!

 にまにましちゃう顔は、どうやっても隠せない。
 私は本格的に始まるデートを前に、隣の白雪さんを見つめながら——これからの時間に、大きな期待を抱かずにはいられなかった。

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