12 / 23
夏の章 焦がれる花火6
「花火大会?」
放課後。やってきた日本茶専門カフェで、湯気の立つ緑茶を手に取った白雪さんが、私に聞き返した。
私は背筋を伸ばしながら、両膝の上に手を揃えて、ちらちらと白雪さんを窺う。
「八月の第四水曜日にあるんです。出店も出る、お祭りみたいなやつなんですけど……白雪さんと行けたら嬉しいなって思って」
誘ってはみたものの、白雪さんは来てくれるのかなってすごく不安になる。でも私の中ではもう、何を着ていくかも、出店で何を買うのかも全部決まってるし……どうしても一緒に行きたいんだ。
自信もないまま、大人しく答えを待つ。そうしたら、白雪さんはスクールバッグから手帳を取り出した。手のひらよりもちょっと大きめの、スモーキーブルーのやつ。柄とかデコが一切ないところが白雪さんらしい。
「……うん。その日は予定が今の所ないから、構わないよ」
「ホントですか!?私と花火大会、行ってくれるんですか!?」
「ふふっ。念を押さなくても行くよ。花火は好きだしね」
よかった……!ついつい押しちゃったけど、オッケーもらえた!ていうか白雪さんって花火好きなんだ……心に刻んどこ!
「じゃあ、予定立てたら連絡します!」
「ありがとう。いつも羽澄くんに任せて悪いね」
「そんなことないです!私が白雪さんに会いたくてしてるんですから!」
「羽澄くん」って呼ばれて、またドキッっとしちゃう。
「羽澄」でも、「羽澄ちゃん」でもない呼び方。くん付けされるのは人生初だけど、でもそれが最高に白雪さんらしくてにっこりしちゃう。
……それに、白雪さんだけが呼んでくれる呼び名なんだって思うと——すごく、特別に思えちゃう。
「今日のお店も選んでくれてありがとう。日本茶専門店は来たことがなかったから、良い勉強になったよ。ハンドドリップ式というのは初めてだったから、すごく新鮮だよ」
「喜んでもらえてよかったです!この前カフェでお茶の話になって、お茶って面白いんだなって興味が湧いたから、こういうお店もいいかなって思って」
「あの話に興味を持ってくれたのか。……それなら、話した甲斐があったかな」
溶けるような微笑みに、赤くて形のいい唇がカーブを描く。
艶めいたその部分に視線が吸い寄せられて、ふと、昼間にみんなと話してたファーストキスの話がよみがえってくる。
……やだ、私、めちゃくちゃ意識してる!!
恥ずかしくなって、気を逸らそうと慌ててお茶を飲む。冷ましもしないで飲んじゃったから、あまりの熱さに「あつッ!」って声を出しちゃった。
……うぅ、舌火傷したかも。あ、白雪さんちょっと笑ってる……。
「羽澄くんは、家でよく緑茶を飲んでると言っていたね」
「え……?覚えててくれたんですか?」
「もちろんだよ。家ではどんな時に飲んでいるんだい?」
「ウチでは夕食後に必ず出てくるんです。ちっちゃい頃からそうだったんで、飲むのが当たり前になってる感じで」
「そうか。緑茶のタンニンやカテキンは、消化を良くして胃腸を整えてくれる効果があるからね。理に適った、良い習慣だ」
さらりと披露された知識に、ただの食後のお茶が急に偉くてすごいヤツみたいに思えてくる。
お父さんとお母さんが好きなだけで、そんな深い意味なんてないはずなのにな。
「緑茶ってそんな効果あったんですね。私、知らないで飲んでました」
「ふふっ。知らないことって、周りにたくさんあるからね」
「そうですね……。あ、そうだ白雪さん!もしよかったら、今度私が淹れたお茶飲んでくれませんか?私、家でよく淹れさせられてるんで、ちょっとだけ自信あるんですよ?」
それは、何の気もないお誘いだった。
深い意味もなく、ただ飲んで欲しいなって、そう思っただけ。
——なのに。
「それは……羽澄くんの家に、誘われているのかな」
「えっ!?」
まさかそんな風に解釈されると思ってなくて、危うく飲んでたお茶を吹き出しそうになっちゃった!
そんなの考えてなかったよ!?ホントに!
「そっ、そういうつもりで言ったんじゃないです!」
「ああ、違ったのか。夕食後の習慣だと言うから、てっきりそういう意味かと思ったよ」
「それはたしかに、そう聞こえなくもないですけどっ……!あ、でも!もし来てくれたら、それはそれですごく嬉しいんですけど!」
「そうかい?なら、機会があればお邪魔させてもらうよ」
含みもなく言って、白雪さんが優雅に湯呑みを口に運ぶ。
……白雪さんにとっては、ウチに来ることなんて、そんなに大したことじゃないのかな。
でも、私にとっては……ちょっとだけ、特別な誘いだったんだけどな。
ぽつり、と。
心の中に、雫が落ちたような揺れが生まれる。
それがなんなのかはわからなくて——私は、曖昧に微笑んでしまう。
——それから私たちは、日が暮れるまで、他愛のない話で笑い合っていた。
「長居をし過ぎたね。そろそろ帰ろうか」
「え?」
驚いて時計を見れば、もう十九時近い。……白雪さんと話してると、時間があっという間すぎて怖くなる。
「……そうですね。そろそろ、帰らなきゃですね」
返す声が、しょんぼりと沈む。
まだ帰りたくない。
そう思っても——言葉には出来ない。
……言ったらきっと、白雪さんを困らせちゃうから。
カフェを出て、駅前に着く。改札前まで来れば、もうお別れの時間だ。
「それじゃあ」って笑って、名残惜しい気持ちを飲み込んで、ゆっくりと手を振る。
——この時間は、いつも寂しい。
改札を通って遠ざかっていく背中を、いつも見えなくなるまで見送るけど、白雪さんが振り向いてくれることはない。
それがなんだか——胸を、騒がせる。
「……っ、白雪さん!」
耐えられなくなって、人の群れに飲み込まれそうなその背中を、呼び止めてしまう。
白雪さんが、ゆっくりと振り向く。
その背中が、瞳が——遠く感じる。
「……また、明日!」
寂しいなんて、言えるはずもなかった。
だから私は、一生懸命、笑顔で見送る。
白雪さんが、笑顔で手を振ってくれた。
そしてすぐに前を向き直して、足を止めることなく去っていった。
その姿に、ズキッと胸が痛んで——私は、その場から動けなくなる。
——大丈夫。
花火大会の約束はしたし、休みの間、LINEもしていいって言ってくれた。
そうだ。夏休みの宿題も教えてもらおうかな。花火大会以外にも、会える日がないか聞いてみよう。
うん、そうしよう。
そんな風に考えてる自分が、なんだかやけに必死になってる気がして……
少しだけ、怖かった。
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」
三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。
クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。
中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。
※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。
12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。
身体だけの関係です 原田巴について
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761