名もなき春に解ける雪

天継 理恵

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夏の章 焦がれる花火7

 夏休みは、思っていたよりもあっという間だった。

 入ってすぐ美樹たちと遊園地に行ったし、街でブラブラしたり、プールに行った日もあった。
 家族とは旅行もしたし、親戚の家にも行ったし。気がつけば、なんだかんだ予定はいっぱいだった。

 白雪さんとは、三日に一回くらいの頻度でLINEのやり取りをしていた。一度だけ通話もしたし、宿題を理由に会えた日もあった。
 ……でも、ちゃんと「デート」と呼べる時間は、動物園に行ったあの日以来なかった。


 だから私は、ずっとこの日を待ってた。


 花火大会当日。
 白雪さんと、ふたりで出かける日。
 この日は絶対忘れられないデートにするんだって、私はずっと心の中で意気込んでた。
 

 出掛ける前に、お母さんに頼んで浴衣を着せてもらった。
 淡いサクラ色の浴衣は、中学の時に買ってもらったやつで、柄は朝顔と金魚。帯は細めのミントグリーンで、少しだけ子どもっぽいような気もするけど……でも、可愛くて気に入ってるんだ。

 髪型もメイクも小物も、初デートの時みたいに迷わないように、前々から念入りに計画しておいた。

 髪は軽く巻いて、サイドで結ぶハーフアップに。結んだ箇所には小花のかんざしを挿して、和風を意識してみた。

 メイクは前のデートよりしっかりめ。
 明るめのファンデに、チークはコーラル。アイラインを引いたら、ラベンダーのアイシャドウもちょっとだけ。前はつけなかったマスカラも、今日は思い切ってつけちゃう。
 リップは悩みに悩んで、ピンクベージュのティントにした。コロンも、紅茶が好きって言ってたから、ホワイトティーのに挑戦してみた。
 ちょっとだけ大人っぽく見えるかなと思ったんだけど……浴衣の柄で台無しかなぁ。

 出掛ける直前に、桜模様の巾着を手に取る。玄関で下駄風のサンダルを履けば、準備は万端だった。

「いってきまーす!」

 張り切って家を出た途端、むせ返るような湿気に呼吸が重くなる。日はとっくに沈んだのに、気温は全然下がってない。歩かなくても、すぐにじわっと額に汗が滲んできちゃう。
 ……メイクキープはしてきたけど、大丈夫かな。崩れないか心配だな。

 そんな真夏の夜の始まりに、ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗った私は、待ち合わせの会場最寄り駅に着いた。
 周りは当然カップルだらけ。家族連れとか友達同士もたくさんいるけど、でも目につくのは、やっぱりラブラブな男女が多い。

 ——みんな、すごく楽しそう。
 花火が楽しみなんじゃなくて、好きな人と花火を見ることが楽しみなんだろうな、きっと。
 ……私も、同じ気持ち。

 大きな人の流れから離れて、駅から少しすぎたところにある、小さな公園に立ち寄る。
 いつも通り早く来ちゃったから、白雪さんはまだ来ない。待ち合わせ時間の五分前くらいに来ることが多いから、たぶん後十五分は来ないと思う。
 
 ……白雪さん、どんな格好してくるんだろう。
 きっと普段着だよね。浴衣なんて着て気合い入れてるのって、私だけなんだろうな。

 ——そんな風に考えてたのに。
 私の予想は、大きく裏切られた。
 

「羽澄くん。お待たせ」
「白雪さ……!…………ん……?」


 えっ……?…………浴衣?


 え?えっ??見間違いじゃないよね?私の妄想じゃないよね??それに来るのいつもより早くない??まだ待ち合わせの二十分前だよ???

「早く来すぎたかなと思ったんだけど、やっぱり羽澄くんの方が早いんだね。待ってたのかい?」
「い、いえ、今来たばかりだから全然……ていうか浴衣ッ!!浴衣着てきてくれたんですか!?」

 途中からもう、平静を保ってなんていられなかった。だって、だってだって!白雪さんが……浴衣で来てくれるなんて!!思ってもなかったし!!

「花火大会に行くと言ったら、母が用意してくれたんだ。母のものだから、若い子が着るような柄ではないけどね。……やっぱり、おかしいかな」
「そんなことないですッッ!!!」

 全力で否定したら、あまりの勢いに白雪さんがきょとんとする。
 めちゃくちゃ驚いてる。でも、そんな顔も可愛い……!

「おかしくなんて全然ないです!!藍染の浴衣が最高に似合ってるし、桔梗の柄も大人っぽくて素敵だし、そのアップにした髪型も、めちゃくちゃ綺麗ですッッ!!!」

 一息で褒めちぎれば、白雪さんの驚きが、くしゃっと微笑みに緩む。
 ……あ。その表情は、見たことない表情かも……。

「ふふっ。羽澄くん、ファッションコメンテーターみたいだね。でもありがとう。慣れないものを着たから、そう言ってもらえて安心したよ。羽澄くんも浴衣、よく似合ってるよ」
「え!?あっ、ありがとう……!!」
「やっぱり羽澄くんには明るい色が似合うね。可愛らしい雰囲気が、君にはぴったりだと思うよ」

 ~~~~~~ッッッ!!!
 
 ヤバい、ずるいよ白雪さんっっ!!そんな優しい笑顔で言わないでよっ!!!心臓がッ、きゅーってなるよ!!!!

「あ、う、その……っ!褒めてくれて、すごく嬉しい、ですっ……!」
「喜んでもらえてよかったよ。さぁ、行こうか」
「はいっ!!」

 歩き出した白雪さんと並んで、ふたりで花火大会の会場へ向かっていく。

 ——道行く人が、みんな白雪さんを見てる。

 わかる。こんな綺麗な人、見ないでいられないよね。
 そう思う気持ちと同時に、誇らしいような、自慢したくなるような気持ちが湧いてくる。


 こんなに素敵な人が、私とお付き合いしてるんだよって!

 
 にまにまと頬を緩ませながら、「見て見て!」って見せびらかしたい気分だった。こんなに幸せなんだよ!って、言って回りたい気分だった。
 目立つのは嫌だって思ってたはずなのに、そんな気持ちはどっかいっちゃったみたい。……白雪さんといる時限定だけど。

「白雪さんって、こういうお祭りは好きですか?なんとなく、賑やかなとこは得意じゃないかなって思ってたんですけど」
「そうだね……一人ならまず来ないかな。花火には興味があるし、美しいと思うけど、叶うならひっそり静かに見たいとは思うかな」
「やっぱりそうですよね。……そんな白雪さんのために、私、とっておきの場所見つけておいたんです!あとで楽しみにしといてくださいね!」
「とっておきの場所か。……うん。楽しみにしておくよ」
「任せてくださいっ!」

 胸を張って意気込めば、すぐに会場の入口が見えてきた。
 わかってたけど、すごい人の数!入口の時点でもうすでに、ワイワイガヤガヤと賑わいがあふれてる。

「凄い人出だね」

 想定通りって感じで、白雪さんがぽつりとこぼす。私も覚悟はしてたけど、それでも思ってたより混雑してる。

「……うわっ!」
「あ、すみませーん」

 後ろから来た人にぶつかられて、ぐらりと前につんのめる。
 買ったばかりの下駄風サンダル、背伸びしてヒールがあるのにしたからなぁ……まだ履き慣れないかも。

「羽澄くん、大丈夫かい?」
「あ、はい。なんともないで……わっ!わぁっ!」

 今度は向かい側から男子高生の団体が来て、その人波に押されてしまう。ちょっと!おしゃべりばっかしてないでちゃんと前見てよ!!

 うっかり流されかけたけど、なんとか抜け出して白雪さんの隣に戻る。……すでに人に揉まれすぎて、ちょっと疲れてきちゃった。

「……はぁ。ごめんなさい、お待たせしました……」
「大変だったね」
「トロい私も悪いので……」

 はぁ、と息を軽く切らして謝れば、白雪さんが何か考えるようなそぶりを見せる。

 ……どうしたんだろう?

 そう考えた瞬間——思いもしなかった言葉が、白雪さんの口から飛び出した。


「はぐれるといけないから、手を繋いでおこうか」
「はッ!?!?えっ、ええええっ!?!?」


 今、なんて言ったの!?え、聞き間違いじゃないよね!?て、てててて、手!?繋ぐの!?私と!?白雪さんが!?!?

 
「これだけの人出だし、その方が安全だろう?」
「そっ、それはそう……ですけど、でも、その……!!」
「ああ。やっぱり抵抗があるのかな」
「違いますッ!!そんなことないです!!全然ないです!!」

 どんどんパニックになってく私を、白雪さんが笑う。
 ていうか、なんでそんなことサラッと言えちゃうわけ!?白雪さんってそんなキャラだったっけ!?

 思いもよらない展開に、頭の中が爆発しそうになる。
 こめかみから汗がだらだら流れるのは、この蒸し暑さのせいじゃない。絶対絶対、白雪さんのせいだ!

 そんな風にぐるぐるしてたら——ふと、私の手に、白雪さんの手が触れた。


 ——想像してたよりも、あったかい手。


 私よりも少し大きな手のひらが、私の手をぎゅっと掴む。


 細くて、長くて、すべすべした指が、私の指をぎゅっと掴む。


「はぐれないようにね」

 
 ——優しい言葉が、私の心を、ぎゅっと掴む。


「…………ッ!はっ……はぃ……………」

 恥ずかしさで、語尾が掠れて消えちゃう。
 嬉しくて嬉しくて、心臓がさっきからバクバクして止まらない。
 何を食べようかって考えてたのに、そんなの全部ふっ飛んで、頭はもう真っ白。

 全部の神経が、手に集中しちゃってる。
 どれくらいのチカラで握り返していいのかわからなくて、そっと包むように加減するけど、もっと握ってもいいのかなとか、ずっと考えちゃう。

 ——落ち着け、私。
 白雪さんはきっと、そういう意味じゃなくて、迷子の子どもを保護するような気持ちなんだ。
 特に意識してる様子ないし、ていうか気にしてたらこんなにあっさり繋ごうなんて言わないだろうし。だから落ち着け、私。

 ……なんてやっぱ無理!手汗出てきた!!
 どうしよう。ベタベタして嫌がられないかな……!

 
 もう出店だとか、花火どころじゃなかった。

 
 手を繋いでることしか考えられないまま、私は白雪さんと出店を回ってた。
 たこ焼きを買って、りんご飴を買って、わたあめをシェアした——と、思う。

 正直、記憶がたしかじゃない。
 ずっとドキドキしっぱなしで、何を食べたか、何を話したかも覚えてない。


 そんな風に歩き回ってたら——いつの間にか、花火の開始時間が近づいていた。


『お待たせいたしました。まもなく、花火大会が始まります。観覧場所ではまわりの方と譲り合ってご覧いただき、事故やトラブルのないよう、ご協力をお願いいたします』

「そろそろ始まるみたいだね」

 会場内にアナウンスが流れて、人の流れが変わる。指定された観覧エリアへ、みんながぞろぞろ歩いて行く。

『花火の打ち上げ中は、大きな音がします。小さなお子さまやペットをお連れの方は、十分ご注意ください』

「私たちも行こうか」

 そう言った白雪さんにハッとして、私は引き留めるように、繋いでいた手を軽く引いた。

「羽澄くん?」
「あのっ!実は、花火が見えるとっておきの場所があるんです!そこに案内します!」

 それは、和馬に聞いた場所だった。
 前に友達と行って偶然見つけたっていう穴場は、花火の会場から出て少し歩いたところにあるらしい。
 抜け目なく情報料をたかられたけど、白雪さんのためなら安いもの。静かな場所で、花火をふたりきりで眺められるなら、それ以上に嬉しいことなんてない。

 流れる人波を割って、ふたりで逆らうように歩いてく。会場の入口まで戻ると、人混みから抜けて、ようやくまともに空気が吸えたような気がする。
 白雪さんが、横でふぅ、って小さく息をつく。やっぱり人混みは苦手みたい。

「ここまで来ると、人足も落ち着いてきたね」

 そう言って白雪さんは——私の手を、そっと離した。

「………………あ」

 急に離れた温もりに、私の手が、心が、スッと冷えていく。


 さっきまで、ずっと繋がってたのに。

 
 突然突き放されたみたいな気持ちになって、私の指が、白雪さんの温もりを探す。
 でもそれは、何もない空気を撫でるだけで——。

「……羽澄くん?どうかしたのかい?」

 明らかに気落ちした私に気がついたのか、白雪さんが心配そうに私を覗き込む。

 ——なんでもないですって言いたかった。こっちですよって言って、何気なく案内すればよかった。


 ……だけど私は、上手く、笑えなくて。

 俯いたまま、離された手を、ずっと戻せないままでいて——。


 そして、言ってしまった。


「………………手。繋いでて……ほしい、です」

 
 遠くに聞こえる賑わいに、かき消されそうなほど小さな声で。
 我慢もできず、初めて口にしたワガママに、私はさらに俯くしかなかった。

 こんなこと言って、白雪さん、どう思うんだろう。
 
 顔を見るのが怖かった。
 もしかしたら嫌がられるかもとか、なんで?みたいな顔されたらどうしようとか、悪い想像ばかりが膨らんでた。
 
 さっきまでの手汗が、冷や汗に変わったみたいだった。
 身体がこわばって動かなくて、返事のない間が、永遠にも思えるほど長くて。


 ——そして、私は思い知ってしまった。

 恋って、幸せなだけじゃないんだって。

 相手の気持ちがわからないことが——こんなにも、怖いものなんだって。


 祈るような時間の中、白雪さんの手が、すっと動いた。

「……構わないよ。じゃあ、もう少し繋いでいようか」

 普段よりも優しく答えて、私の手をもう一度握ってくれる。
 私は戻ったあたたかさに安心して、嬉しくなって……でも同時に、「してもらってるんだ」って気持ちに潰されそうになる。

 小さく、「ありがとう」って伝える。
 だけどその声が少しだけ震えていたのは、自分でも気づいてた。
 ……こんなにも嬉しいのに、胸の奥がきゅっと締め付けられるのは、どうしてだろう。


 私は言葉を失くして、手を繋いだまま、秘密の場所へと案内していく。

 白雪さんのために——

 ……ううん。私が、白雪さんとふたりきりになるために、探した場所へ。


「……ここです」


 案内したのは、すぐ近くの小さな神社。
 階段を登って境内に入って、ぐるっと裏手に回る。そこにはひっそりとした小高い丘があって、その中には、空が拓けた場所が一ヶ所だけあるらしい。
 
 和馬が見つけたっていうその場所は、正真正銘、穴場だった。

 辿り着いてみればそこには誰もいなくて、私の願い通り、白雪さんとたったふたりきりだった。


『ふたりきりになって何するんだよ、姉ちゃん』


 教えてもらう時、ニヤニヤと言った和馬の顔が浮かぶ。その時私は、何もしないよ!なんて答えたけど——。

 ……ちらりと、隣の白雪さんの横顔を見上げる。
 私よりも十センチ近く高い身長は、憧れでもあり、近づけない距離にも感じる。

「……こんな所があったんだね。確かにここなら、花火が静かに見られそうだ」

 打ち上がる直前の、どこかそわそわとした夜空を見上げるその横顔は……やっぱり、すごく綺麗で。
 
 ——初めて会った時から、ずっとずっと思ってた。
 人って、こんなに綺麗なんだって。

 でも今は——そう思うのは、白雪さんだからなんだって気がついた。

 白雪さんの心が、瞳が。
 まっすぐで、澄んでいるからなんだってわかった。
 
 
 ——私は、そんな白雪さんが……好き。
 大好き。


「……羽澄くん?」

 気がつけば私は、白雪さんの手を強く握ってた。
 ……それだけじゃない。白雪さんの身体に寄り添って、ぴったりとくっついてもいた。

 浴衣越しに、汗ばむほどに熱い体温が触れる。
 手汗だって、またいっぱいかいてる。
 ——でも、そんなの、構わない。


 もっと触れてたい。
 もっと近づきたい。
 もっと、もっと——


 ——ドーン。

 
 ——花火が打ち上がった。
 花びらのような火花が、薄曇りの夏の夜空に咲いては輝いて、パラパラと散っていく。

 白、赤、緑。
 オレンジに、青。

 いろんな色の光が輝いて——でも、すぐに消えていく。


 ——ドーン。ドーン。


 空に咲く花火に、私も白雪さんも、自然と視線を奪われてた。

 打ち上がるたびに響く音が、身体を突き刺して心臓を強く震わせる。
 この胸が熱いのは、花火のせいなのか、白雪さんのせいなのかわからないまま、限られた時間は過ぎていく。

 ——私は、もう一度、白雪さんの横顔を見た。
 
 透き通るような頬に、変わるがわる、花火の色が映ってる。
 夜色の瞳にも花火がきらめいて——そこに、私が映っていないことが寂しくなる。

 
 ——ドーン。ドーン。ドーン。


 花火が最高潮を迎える。
 だけど私はもう、白雪さんしか見てなかった。
 ……白雪さんは、ずっと黙ったまま、花火を見上げてる。いつもなら花火の知識を披露しそうなのに、それもしない。

 ——何か言って欲しい。
 手を繋いで、寄り添ってる私に……何か、言って欲しい。

 じりじりと焦がれるような想いが、胸の奥を焼いていく。
 その熱さを視線に込めれば、ようやく、ゆっくりと白雪さんが私に瞳を向けた。


「…………羽澄くん」


 戸惑いが、私を呼んだ。
 私は、答えもせずに瞳を見つめ返す。

「……君は、私に……物足りなさを感じているのかな」
 
 探るような言葉だった。
 初めて聞く、わからなさに揺れるような、不安な声だった。

 でも、それでも……白雪さんは、私の手を振り解いたりしない。触れたままの身体を、離したりしない。
 
 だけどそれはたぶん——好きだから、じゃなくて。

「…………私、は」

 もう、嘘はつけなかった。
 何でもないふりはできない。何も求めてないふりはできない。

 だって私は、白雪さんが好きだから。
 もっと近づきたいし、もっと触れたい。

 私のこと、好きになってほしい。
 白雪さんから、もっともっと触れてほしい。
 見つめて、抱きしめて、そして——
 

 ……キス、して、ほしい。


 「…………羽澄くん」


 何も言わないままの私に、白雪さんが困ってる。それがわかってるのに、いけないって思ってるのに、私は言葉を出せなかった。

 口を開けば、きっと……何もかも、望んでしまうから。


 ——ふと、重たく湿った空気が揺れた。


 蒸されて漂う濃い緑の匂いが、どこか懐かしい香りに遮られた。


 これって、白檀……?


 そう思った瞬間、目の前に、白雪さんの顔があって————


 唇に、柔らかな感触が、して。


「……………………え?」



 …………いまの、って。



「………………キス……しました…………?」


 離れていった顔に、瞬きも忘れて呆然と問いかける。
 
 ——夢かと思った。
 あまりに望みすぎた私が、都合のいい夢を見てるんだと思った。

 でも、白雪さんの瞳が迷うように揺れ動いて——それでも、私を見つめようとしてて。

「…………こういうことかなと思ったんだけど……違ったかな」
 
 白雪さんの表情は、どこか自信なさげだった。
 いつも堂々としてるはずの声はどこか弱気で、心配するように私をずっと見てて……。


 そこで、もう、なにもわからなくなった。

 幸せなのか。
 不安なのか。
 嬉しいのか。
 怖いのか。

 なにひとつわからなくて——
 気づけば私は、泣いてしまっていた。

 やけに熱い雫が頬を滑って、ぽたぽたと土に吸い込まれてく。
 白雪さんの瞳が、驚きに開かれていく。


「羽澄くん…………」
「白雪さん……っ、私……わたし……っ」


 声が涙に負ける。

 抑えきれなくなった気持ちが、涙と一緒に、あふれてく。


「しらゆきさんのことが……すきです……っ!だいすきなんです……っ!」

 
 花火はもう、終わっていた。


 静けさを取り戻した夜に、二度目の告白は響いて——


 返事おともなく、散っていった。
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