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秋の章 揺れる秋桜3
ついに金曜日がやってきた。
白雪さんの誕生日。ウチに泊まりにくる日。
その一大イベントが、ついにやってきた。
日が変わると同時に、「お誕生日おめでとう」ってメッセージは送ったけど、お祝い本番は放課後、ウチに来てからだ。
この日のための準備はバッチリだった。
誕生日プレゼントを用意して、料理を練習して、ケーキやお茶も用意して。
白雪さんに喜んでもらえるようにって、思いつく限りのことを全部やった。
やるだけやり尽くして——それでも、頭からずっと離れなかったことがある。
……白雪さんは、私に、触れてくれるのかなって。
ずっと、花火大会のキスを思い出してた。
ずっと、美樹の初体験の話を思い出してた。
……恋人同士がすること、全部。そういうのを、何度も想像した。
白雪さんがそれを、私と「したい」って思ってくれるのかがわからなくて、どうしても不安になる。
……でも、そう思ってほしい。
この特別な日をきっかけに、「好きだよ」って言ってもらいたい。
そうじゃないと私は……いつまでも、ちゃんとした白雪さんの恋人にはなれないって、そんな気がして……。
——どうしても、焦ってしまう。
「羽澄くん。お待たせ」
「……あっ!白雪さん!」
考えを沈ませてたら、待っていた校門に白雪さんがやって来た。
名前を呼ばれて、反射的に笑顔になる。もう呼ばれ慣れたはずなのに、それでも嬉しくなっちゃう。
……名前を呼ばれるのって、ホントに不思議。
「今日はお世話になるよ。よろしく」
「はい!何もない家ですけど、気楽に過ごしてくださいね!」
張り切って先導して駅に向かう。いつもは駅でお別れだけど、今日は家までずっと一緒だなんて、それだけで贅沢な気がする。
——ううん。これだけで贅沢だなんて言ってられないよね。
だって今日はこれから、明日までずっと一緒なんだから!
ウキウキと足を軽くしながら、白雪さんを家に案内する。
都心部から外れた駅の、離れた場所にある住宅街。白雪さんを招くにはちょっと恥ずかしい、年季の入った一軒家。
前に写真で見せてもらった白雪さんちと比べたらボロい我が家だけど……それでも家の中は、この日のために出来る限り綺麗にしてある。
「ここです。古くて恥ずかしいんですけど、意外と中は広いんですよ。さ、遠慮なくどうぞ!」
玄関の鍵を開けて、白雪さんを中に招く。すると白雪さんは、家の外観を見つめながら、敷居の前で感慨深げに足を止めた。
「……考えてみれば、親族でもない人様の家にお邪魔するなんて、初めてだな」
ぽつりと呟いて、ゆっくりと踏み出して。敷居を跨いだ白雪さんに、私は「いらっしゃいませ」とスリッパを用意する。
「ありがとう。……お邪魔します」
丁寧に言って、靴を脱いで。すぐに靴を揃えるところが、礼儀正しい白雪さんらしい。
荷物を預かった後は、ご飯の支度をするからと言って、白雪さんをリビングに案内した。「何か手伝わせて欲しい」って言われたけど、そこは丁重にお断りする。白雪さんは今日の主役なんですから!って。
渋々リビングに座ってくれた白雪さんに麦茶を出したら、ここからはおもてなしの始まり。
まずは晩ご飯作り!
制服を着替えてお母さんのエプロンをつけて、髪をしっかり束ねたら台所に立つ。
メニューは事前に白雪さんにリサーチ済み。和食系が好きって聞いたから、炊き込みご飯に鮭のみそバター焼、野菜炒めとだし巻き卵。あとはおみそ汁を作ることにした。
栄養バランス的にもバッチリ!材料は買ってあるし、下ごしらえもしてある。あとは作るだけ!
まずは鮭を弱火でじっくり焼き上げる。その間に隣のコンロでササっと野菜炒めを作って、すぐにだし巻き卵に取り掛かる。
この卵焼きが難しいんだよ。失敗したやつ和馬に食べさせまくったら、「ヘタクソ」って何度言われたか。
でも、今日こそ成功させてみせる!
味付けした卵を、慎重に何度も巻いていく。そうしたら練習の成果なのか、崩れることなく綺麗に仕上がった。
そのまま最後まで火加減に気をつけて成形して、そっとお皿に移し替える。
……完璧だ。めちゃくちゃ綺麗に出来た……!
思わず感動しちゃったけど、まだ全部終わったわけじゃない。残りも頑張らないと!
気合いを入れ直して、メインの鮭を仕上げる。おみそ汁はすぐ出来るし、ご飯は朝から予約しておいたから、炊けたのを出すだけ。
これで完成!どの料理も、すごく美味しそうに出来てる!
……白雪さん喜んでくれるかな。「美味しい」って言ってくれるかな。
「お待たせしました!たくさん食べてくださいね!」
期待と不安を抱きながら、食卓テーブルについた白雪さんの前に料理を並べる。
白雪さんは私の手からご飯茶碗を受け取りながら、ぐるりとテーブルの上を見回す。
「こんなに色々作ってくれたんだね。大変だったろう?」
「こんなの全然です!ささっ、遠慮なく食べてください!」
「ありがとう。じゃあ……いただきます」
箸を持って丁寧にお辞儀をして、白雪さんが野菜炒めに手を伸ばす。
第一声が気になってドキドキだったんだけど……思っても見なかった感想は、すぐにやってきた。
「……面白い味がするね」
「え?」
面白い?美味しいじゃなくて?
「塩味を予想して食べたら、思いがけず甘味がくるというのは初めてだ。この味覚予測とのズレは新鮮で、ちょっと癖になりそうだよ」
「ちょっ!ちょっと待ってください!甘味!?そんなはずは……っ!」
慌てて私も箸を取る。嫌な予感に一口食べてみれば、白雪さんの言った通りだった。
「うわ、甘ッ!なにこれ、砂糖!?」
あまりのマズさに、慌てて口を押さえる。
何回も作ったことあるからって、味見もしなかったせいだ!あーもう恥ずかしい!こんな初歩的なことミスるなんて!!
「ご、ごめんなさいッ!これは食べなくていいです!他の食べてください!!」
思いもよらない失敗を必死で隠そうとしたけど、白雪さんは、食べる手を止めようとはしなかった。
「私はこれ、好きだよ。甘さに脳が混乱する感じが面白い」
そう言って、楽しそうに笑って。
上品なしぐさで食べ続ける白雪さんに、ぼーっと見惚れてしまう。
……「好き」って、自然と思ってしまう。
「……恥ずかしいです。この日のために練習したのに……」
「わざわざ練習してたのかい?」
「……ちょっとだけ。白雪さんに、美味しいもの食べてもらいたかったから」
しょんぼりしながら白状すれば、白雪さんがふっと笑う。
——その笑顔が、ちょっとあったかく見える。
「……ありがとう。その気持ちが嬉しいよ。正当な味付けじゃなかったとしても、料理を食べて楽しいと思えるなんて貴重な体験だよ。そんなに気を落とさないで」
「うぅ……なんかそう言われると、ダメだったのに救われた気がします……」
私のミスなのに、どうして白雪さんってこんなに優しいんだろう。
……ううん。優しくしてくれてるわけじゃないよね。白雪さんは、白雪さんの考え方や感じ方で素直に思ってるだけで……。
——なんて、いけない。またネガティブなこと考えちゃった。
白雪さんが、他の料理にも手を伸ばす。おみそ汁、鮭、ご飯にだし巻き。一通り口にして、落ち込んだままの私に笑いかける。
「どれもすごく美味しいよ。特に卵焼きは味だけじゃなく、形も綺麗だ。上手に巻けているよ」
「……ホントですか?私のこと、無理に励まそうとしてません?」
「私は嘘もお世辞も言わないよ。羽澄くんは、もっと自分に自信を持っていいと思うよ」
そのまっすぐな褒め言葉のおかげで、気持ちがふわっと軽くなる。
……なんだか、知らないうちに緊張してたみたい。
気を取り直して卵焼きを食べてみたら、「美味しい」って自然に思えた。何度も練習した成果が、ちゃんと出てた。
私……白雪さんに、喜んでもらえたんだ。
じんと胸に実感が湧いて、思わずうるっとしちゃう。
和やかになった空気の中、ふたりで箸を進める。そうしてゆっくりと時間は過ぎて、いつの間にか、並んだ皿は空になっていた。
白雪さんが綺麗に全部食べてくれて、「ごちそうさま」って笑顔で言ってくれた。それだけで何もかも報われて、面倒な後片付けも苦じゃなくなっちゃう。
「食器の片付け、手伝うよ」
「ダメですってば!白雪さんはゆっくり座っててください!」
「……なかなか頑固だね。仕方ない。それじゃあお言葉に甘えるよ」
苦笑いをして、白雪さんはリビングの方へと戻って行く。私はそれを見送ると、冷蔵庫の中から作っておいたシフォンケーキを取り出す。
ここからは第二のおもてなし。
デザートとお茶の時間!
切り分けてお皿にのせて、クリームをデコレーションして、ハッピーバースデーのチョコプレートを飾る。そして白雪さんが楽しみにしてくれてたっていう緑茶を、想いを込めて丁寧に淹れる。
茶葉はちょっと良いやつを買っておいたんだ。ちゃんと淹れ方も勉強したし……これも喜んでくれるといいな。
「お待たせしました!これ、私が淹れたお茶です。あとこれ、ささやかですけど誕生日ケーキです!」
ふたり分のお茶とケーキを、リビングのテーブルに並べる。白雪さんはケーキまで出てくると思ってなかったのか、少し目を丸くしてる。
「……ケーキまで作ってくれてたんだね」
「はい!ケーキはちゃんと事前に味見したんで大丈夫ですよ!」
「ふふっ。そこは心配してないよ。……お茶もありがとう。今日はなんだか、至れり尽くせりだな」
しみじみとつぶやく白雪さんは、本当に喜んでくれてるみたいで。白雪さんのためにって頑張ったことが、ちゃんと届いてるんだって、私も嬉しくなる。
「白雪さんの大切な誕生日ですから。……出来る限りのお祝い、したかったんです」
そう言って私は——ポケットに隠していた、小さなプレゼントを取り出した。
「えっと……改めて。白雪さん、お誕生日おめでとうございます。これ、誕生日プレゼントです」
両手でそっと差し出したのは、柔らかい白のクラフト紙に、レースペーパーを重ねて作った手作りの封筒。ピンクの花模様のマスキングテープで端を留めて、表には手書きで、『Happy Birthday 白雪さん』って書いてある。
「……誕生日プレゼントまで、用意してくれてたんだね」
白雪さんが、そっと手を伸ばして受け取る。私の書いた文字をじっと見つめながら、噛み締めるように一度、ゆっくりと瞬く。
「ありがとう。……ここまで誰かに祝ってもらったのは、初めてだよ。開けてもいいのかな」
「もちろんです!……大したものじゃないけど、喜んでもらえたら嬉しいです」
白雪さんの指が、封をしていたハートのシールを剥がす。そして中から、長方形の紙片を取り出す。
それは、秋桜の花を押し花にして作った——小さな栞。
「これは……」
「……白雪さん、本を読むの好きだから、使ってもらえるかなって思って。手作りなんで、ちょっと不格好なんですけど」
押し花も栞も作るのは初めてで、見栄えは全然良くない。でも買って済ますよりも、少しでも私の気持ちを込めたくて、手作りを選んだ。
……込めたのは、私の一方的な「好き」。白雪さんが本を読む間にさえ見てほしいっていう、私のワガママ。
それを受け取ってもらえるのかなって、すごく心配だったけど——。
「……ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
白雪さんの瞳が、深く輝いて。
ゆっくりと優しく指でなぞっては、じっと見つめたまま、大切そうに封筒に仕舞い込んだ。
「使って……くれるんですか?」
「もちろんだよ。本は常にカバンに入れてあるから、すぐにでも使わせてもらうよ」
「……よかった」
気に入ってもらえたみたいで、心底安心した。これからは白雪さんが本を読むたびに、私の作った栞が使われるんだって思うと嬉しくなった。
……小さなことだけど、私にとっては、独占欲みたいなもので。そんな気持ちの重たさをきっと……白雪さんは、知らないままでいる。
「……さ!ケーキとお茶、遠慮なく食べてください!ハッピーバースデーも歌いたいところですけど、あまり歌が上手くないのでやめときますね」
「ふふっ。そうなんだね。羽澄くんの歌が聴けないのは残念だけど、もう十分してもらっているからね。ケーキとお茶、ありがたく頂くよ」
「はい!どうぞ召し上がれ!」
湯呑みを持って、一口。湯気の向こうで、白雪さんの瞳が、溶けるように細められる。
「……美味しい。すごくホッとするよ」
「ホントですか?良いお茶買った甲斐があったかな?」
「きっと茶葉のせいではないよ。……羽澄くんが、私のために淹れてくれたからだと思う」
「そ、そんな……大げさですよ!でもっ、そう言ってもらえると……すごく嬉しいです!」
ふいに優しい言葉をもらうと、すぐにテンパっちゃう。心臓がドキッ!と跳ねて、顔が熱くなって、ついソワソワしちゃう。
白雪さんは、チョコプレートに小さく微笑んでから、カリッと口に入れた。食べ終えたらケーキにフォークをいれて、お茶と一緒に食べてくれる。
ケーキも美味しいよって褒めてくれて、もう感無量。第二のおもてなしも、大成功だった!
食べ終えたら、次は一緒に宿題。いつもなら面倒でしかない課題も、白雪さんの教え付きなら大歓迎!
目の前で真剣に説明する白雪さんの顔と、さらさら揺れる前髪を見ていたら、こんな時間がずっと続いてほしいって思っちゃう。
だけど現実は、そんなこともなく。むしろ教えるのが上手すぎて、宿題はあっさり終わってしまった。
……残念だけど仕方ないか。
そう思いながら、私はお風呂の用意を整えた。
「お風呂沸いたので、お先にどうぞ!これ、バスタオルです!」
「ありがとう。お借りするよ」
用意しておいたタオルを差し出すと、白雪さんの手が伸びた。
そうしたら、タオルを受け取る指がふと——私の、指の先に触れた。
「……っ!」
たったそれだけで、びくりと身体が驚いた。
慌てて手を引っ込めてしまった私はあまりにも挙動不審で、白雪さんの目が一瞬丸くなる。
「フェ、フェイスタオルは、浴室の近くにあるので好きに使ってください!あと、ドライヤーも洗面台の横にありますから、どうぞ!」
「……うん。じゃあ、お先に入らせてもらうよ」
穏やかに残して、白雪さんがリビングを出ていく。私はまだ落ち着かない胸を撫でながら、触れてしまった指先を見つめる。
——私、意識しすぎてバカみたい。
絶対変に思われたと思う。白雪さんは鋭い人だから、私のヨコシマな気持ちなんて、すでに見透かしてるような気がする。
——触れてくれるかなとか、キスしてくれるかなとか……それ以上のこと、してくれるのかな、とか。
膨らみすぎた気持ちは、まさに一触即発で。
これから迎える夜の時間を前に、抑えきれない鼓動は、高まり続けていた。
白雪さんの誕生日。ウチに泊まりにくる日。
その一大イベントが、ついにやってきた。
日が変わると同時に、「お誕生日おめでとう」ってメッセージは送ったけど、お祝い本番は放課後、ウチに来てからだ。
この日のための準備はバッチリだった。
誕生日プレゼントを用意して、料理を練習して、ケーキやお茶も用意して。
白雪さんに喜んでもらえるようにって、思いつく限りのことを全部やった。
やるだけやり尽くして——それでも、頭からずっと離れなかったことがある。
……白雪さんは、私に、触れてくれるのかなって。
ずっと、花火大会のキスを思い出してた。
ずっと、美樹の初体験の話を思い出してた。
……恋人同士がすること、全部。そういうのを、何度も想像した。
白雪さんがそれを、私と「したい」って思ってくれるのかがわからなくて、どうしても不安になる。
……でも、そう思ってほしい。
この特別な日をきっかけに、「好きだよ」って言ってもらいたい。
そうじゃないと私は……いつまでも、ちゃんとした白雪さんの恋人にはなれないって、そんな気がして……。
——どうしても、焦ってしまう。
「羽澄くん。お待たせ」
「……あっ!白雪さん!」
考えを沈ませてたら、待っていた校門に白雪さんがやって来た。
名前を呼ばれて、反射的に笑顔になる。もう呼ばれ慣れたはずなのに、それでも嬉しくなっちゃう。
……名前を呼ばれるのって、ホントに不思議。
「今日はお世話になるよ。よろしく」
「はい!何もない家ですけど、気楽に過ごしてくださいね!」
張り切って先導して駅に向かう。いつもは駅でお別れだけど、今日は家までずっと一緒だなんて、それだけで贅沢な気がする。
——ううん。これだけで贅沢だなんて言ってられないよね。
だって今日はこれから、明日までずっと一緒なんだから!
ウキウキと足を軽くしながら、白雪さんを家に案内する。
都心部から外れた駅の、離れた場所にある住宅街。白雪さんを招くにはちょっと恥ずかしい、年季の入った一軒家。
前に写真で見せてもらった白雪さんちと比べたらボロい我が家だけど……それでも家の中は、この日のために出来る限り綺麗にしてある。
「ここです。古くて恥ずかしいんですけど、意外と中は広いんですよ。さ、遠慮なくどうぞ!」
玄関の鍵を開けて、白雪さんを中に招く。すると白雪さんは、家の外観を見つめながら、敷居の前で感慨深げに足を止めた。
「……考えてみれば、親族でもない人様の家にお邪魔するなんて、初めてだな」
ぽつりと呟いて、ゆっくりと踏み出して。敷居を跨いだ白雪さんに、私は「いらっしゃいませ」とスリッパを用意する。
「ありがとう。……お邪魔します」
丁寧に言って、靴を脱いで。すぐに靴を揃えるところが、礼儀正しい白雪さんらしい。
荷物を預かった後は、ご飯の支度をするからと言って、白雪さんをリビングに案内した。「何か手伝わせて欲しい」って言われたけど、そこは丁重にお断りする。白雪さんは今日の主役なんですから!って。
渋々リビングに座ってくれた白雪さんに麦茶を出したら、ここからはおもてなしの始まり。
まずは晩ご飯作り!
制服を着替えてお母さんのエプロンをつけて、髪をしっかり束ねたら台所に立つ。
メニューは事前に白雪さんにリサーチ済み。和食系が好きって聞いたから、炊き込みご飯に鮭のみそバター焼、野菜炒めとだし巻き卵。あとはおみそ汁を作ることにした。
栄養バランス的にもバッチリ!材料は買ってあるし、下ごしらえもしてある。あとは作るだけ!
まずは鮭を弱火でじっくり焼き上げる。その間に隣のコンロでササっと野菜炒めを作って、すぐにだし巻き卵に取り掛かる。
この卵焼きが難しいんだよ。失敗したやつ和馬に食べさせまくったら、「ヘタクソ」って何度言われたか。
でも、今日こそ成功させてみせる!
味付けした卵を、慎重に何度も巻いていく。そうしたら練習の成果なのか、崩れることなく綺麗に仕上がった。
そのまま最後まで火加減に気をつけて成形して、そっとお皿に移し替える。
……完璧だ。めちゃくちゃ綺麗に出来た……!
思わず感動しちゃったけど、まだ全部終わったわけじゃない。残りも頑張らないと!
気合いを入れ直して、メインの鮭を仕上げる。おみそ汁はすぐ出来るし、ご飯は朝から予約しておいたから、炊けたのを出すだけ。
これで完成!どの料理も、すごく美味しそうに出来てる!
……白雪さん喜んでくれるかな。「美味しい」って言ってくれるかな。
「お待たせしました!たくさん食べてくださいね!」
期待と不安を抱きながら、食卓テーブルについた白雪さんの前に料理を並べる。
白雪さんは私の手からご飯茶碗を受け取りながら、ぐるりとテーブルの上を見回す。
「こんなに色々作ってくれたんだね。大変だったろう?」
「こんなの全然です!ささっ、遠慮なく食べてください!」
「ありがとう。じゃあ……いただきます」
箸を持って丁寧にお辞儀をして、白雪さんが野菜炒めに手を伸ばす。
第一声が気になってドキドキだったんだけど……思っても見なかった感想は、すぐにやってきた。
「……面白い味がするね」
「え?」
面白い?美味しいじゃなくて?
「塩味を予想して食べたら、思いがけず甘味がくるというのは初めてだ。この味覚予測とのズレは新鮮で、ちょっと癖になりそうだよ」
「ちょっ!ちょっと待ってください!甘味!?そんなはずは……っ!」
慌てて私も箸を取る。嫌な予感に一口食べてみれば、白雪さんの言った通りだった。
「うわ、甘ッ!なにこれ、砂糖!?」
あまりのマズさに、慌てて口を押さえる。
何回も作ったことあるからって、味見もしなかったせいだ!あーもう恥ずかしい!こんな初歩的なことミスるなんて!!
「ご、ごめんなさいッ!これは食べなくていいです!他の食べてください!!」
思いもよらない失敗を必死で隠そうとしたけど、白雪さんは、食べる手を止めようとはしなかった。
「私はこれ、好きだよ。甘さに脳が混乱する感じが面白い」
そう言って、楽しそうに笑って。
上品なしぐさで食べ続ける白雪さんに、ぼーっと見惚れてしまう。
……「好き」って、自然と思ってしまう。
「……恥ずかしいです。この日のために練習したのに……」
「わざわざ練習してたのかい?」
「……ちょっとだけ。白雪さんに、美味しいもの食べてもらいたかったから」
しょんぼりしながら白状すれば、白雪さんがふっと笑う。
——その笑顔が、ちょっとあったかく見える。
「……ありがとう。その気持ちが嬉しいよ。正当な味付けじゃなかったとしても、料理を食べて楽しいと思えるなんて貴重な体験だよ。そんなに気を落とさないで」
「うぅ……なんかそう言われると、ダメだったのに救われた気がします……」
私のミスなのに、どうして白雪さんってこんなに優しいんだろう。
……ううん。優しくしてくれてるわけじゃないよね。白雪さんは、白雪さんの考え方や感じ方で素直に思ってるだけで……。
——なんて、いけない。またネガティブなこと考えちゃった。
白雪さんが、他の料理にも手を伸ばす。おみそ汁、鮭、ご飯にだし巻き。一通り口にして、落ち込んだままの私に笑いかける。
「どれもすごく美味しいよ。特に卵焼きは味だけじゃなく、形も綺麗だ。上手に巻けているよ」
「……ホントですか?私のこと、無理に励まそうとしてません?」
「私は嘘もお世辞も言わないよ。羽澄くんは、もっと自分に自信を持っていいと思うよ」
そのまっすぐな褒め言葉のおかげで、気持ちがふわっと軽くなる。
……なんだか、知らないうちに緊張してたみたい。
気を取り直して卵焼きを食べてみたら、「美味しい」って自然に思えた。何度も練習した成果が、ちゃんと出てた。
私……白雪さんに、喜んでもらえたんだ。
じんと胸に実感が湧いて、思わずうるっとしちゃう。
和やかになった空気の中、ふたりで箸を進める。そうしてゆっくりと時間は過ぎて、いつの間にか、並んだ皿は空になっていた。
白雪さんが綺麗に全部食べてくれて、「ごちそうさま」って笑顔で言ってくれた。それだけで何もかも報われて、面倒な後片付けも苦じゃなくなっちゃう。
「食器の片付け、手伝うよ」
「ダメですってば!白雪さんはゆっくり座っててください!」
「……なかなか頑固だね。仕方ない。それじゃあお言葉に甘えるよ」
苦笑いをして、白雪さんはリビングの方へと戻って行く。私はそれを見送ると、冷蔵庫の中から作っておいたシフォンケーキを取り出す。
ここからは第二のおもてなし。
デザートとお茶の時間!
切り分けてお皿にのせて、クリームをデコレーションして、ハッピーバースデーのチョコプレートを飾る。そして白雪さんが楽しみにしてくれてたっていう緑茶を、想いを込めて丁寧に淹れる。
茶葉はちょっと良いやつを買っておいたんだ。ちゃんと淹れ方も勉強したし……これも喜んでくれるといいな。
「お待たせしました!これ、私が淹れたお茶です。あとこれ、ささやかですけど誕生日ケーキです!」
ふたり分のお茶とケーキを、リビングのテーブルに並べる。白雪さんはケーキまで出てくると思ってなかったのか、少し目を丸くしてる。
「……ケーキまで作ってくれてたんだね」
「はい!ケーキはちゃんと事前に味見したんで大丈夫ですよ!」
「ふふっ。そこは心配してないよ。……お茶もありがとう。今日はなんだか、至れり尽くせりだな」
しみじみとつぶやく白雪さんは、本当に喜んでくれてるみたいで。白雪さんのためにって頑張ったことが、ちゃんと届いてるんだって、私も嬉しくなる。
「白雪さんの大切な誕生日ですから。……出来る限りのお祝い、したかったんです」
そう言って私は——ポケットに隠していた、小さなプレゼントを取り出した。
「えっと……改めて。白雪さん、お誕生日おめでとうございます。これ、誕生日プレゼントです」
両手でそっと差し出したのは、柔らかい白のクラフト紙に、レースペーパーを重ねて作った手作りの封筒。ピンクの花模様のマスキングテープで端を留めて、表には手書きで、『Happy Birthday 白雪さん』って書いてある。
「……誕生日プレゼントまで、用意してくれてたんだね」
白雪さんが、そっと手を伸ばして受け取る。私の書いた文字をじっと見つめながら、噛み締めるように一度、ゆっくりと瞬く。
「ありがとう。……ここまで誰かに祝ってもらったのは、初めてだよ。開けてもいいのかな」
「もちろんです!……大したものじゃないけど、喜んでもらえたら嬉しいです」
白雪さんの指が、封をしていたハートのシールを剥がす。そして中から、長方形の紙片を取り出す。
それは、秋桜の花を押し花にして作った——小さな栞。
「これは……」
「……白雪さん、本を読むの好きだから、使ってもらえるかなって思って。手作りなんで、ちょっと不格好なんですけど」
押し花も栞も作るのは初めてで、見栄えは全然良くない。でも買って済ますよりも、少しでも私の気持ちを込めたくて、手作りを選んだ。
……込めたのは、私の一方的な「好き」。白雪さんが本を読む間にさえ見てほしいっていう、私のワガママ。
それを受け取ってもらえるのかなって、すごく心配だったけど——。
「……ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
白雪さんの瞳が、深く輝いて。
ゆっくりと優しく指でなぞっては、じっと見つめたまま、大切そうに封筒に仕舞い込んだ。
「使って……くれるんですか?」
「もちろんだよ。本は常にカバンに入れてあるから、すぐにでも使わせてもらうよ」
「……よかった」
気に入ってもらえたみたいで、心底安心した。これからは白雪さんが本を読むたびに、私の作った栞が使われるんだって思うと嬉しくなった。
……小さなことだけど、私にとっては、独占欲みたいなもので。そんな気持ちの重たさをきっと……白雪さんは、知らないままでいる。
「……さ!ケーキとお茶、遠慮なく食べてください!ハッピーバースデーも歌いたいところですけど、あまり歌が上手くないのでやめときますね」
「ふふっ。そうなんだね。羽澄くんの歌が聴けないのは残念だけど、もう十分してもらっているからね。ケーキとお茶、ありがたく頂くよ」
「はい!どうぞ召し上がれ!」
湯呑みを持って、一口。湯気の向こうで、白雪さんの瞳が、溶けるように細められる。
「……美味しい。すごくホッとするよ」
「ホントですか?良いお茶買った甲斐があったかな?」
「きっと茶葉のせいではないよ。……羽澄くんが、私のために淹れてくれたからだと思う」
「そ、そんな……大げさですよ!でもっ、そう言ってもらえると……すごく嬉しいです!」
ふいに優しい言葉をもらうと、すぐにテンパっちゃう。心臓がドキッ!と跳ねて、顔が熱くなって、ついソワソワしちゃう。
白雪さんは、チョコプレートに小さく微笑んでから、カリッと口に入れた。食べ終えたらケーキにフォークをいれて、お茶と一緒に食べてくれる。
ケーキも美味しいよって褒めてくれて、もう感無量。第二のおもてなしも、大成功だった!
食べ終えたら、次は一緒に宿題。いつもなら面倒でしかない課題も、白雪さんの教え付きなら大歓迎!
目の前で真剣に説明する白雪さんの顔と、さらさら揺れる前髪を見ていたら、こんな時間がずっと続いてほしいって思っちゃう。
だけど現実は、そんなこともなく。むしろ教えるのが上手すぎて、宿題はあっさり終わってしまった。
……残念だけど仕方ないか。
そう思いながら、私はお風呂の用意を整えた。
「お風呂沸いたので、お先にどうぞ!これ、バスタオルです!」
「ありがとう。お借りするよ」
用意しておいたタオルを差し出すと、白雪さんの手が伸びた。
そうしたら、タオルを受け取る指がふと——私の、指の先に触れた。
「……っ!」
たったそれだけで、びくりと身体が驚いた。
慌てて手を引っ込めてしまった私はあまりにも挙動不審で、白雪さんの目が一瞬丸くなる。
「フェ、フェイスタオルは、浴室の近くにあるので好きに使ってください!あと、ドライヤーも洗面台の横にありますから、どうぞ!」
「……うん。じゃあ、お先に入らせてもらうよ」
穏やかに残して、白雪さんがリビングを出ていく。私はまだ落ち着かない胸を撫でながら、触れてしまった指先を見つめる。
——私、意識しすぎてバカみたい。
絶対変に思われたと思う。白雪さんは鋭い人だから、私のヨコシマな気持ちなんて、すでに見透かしてるような気がする。
——触れてくれるかなとか、キスしてくれるかなとか……それ以上のこと、してくれるのかな、とか。
膨らみすぎた気持ちは、まさに一触即発で。
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