名もなき春に解ける雪

天継 理恵

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白雪汀の手記 秋

 一体何を書くべきなのか。私は今、深く悩んでいる。

 自分の愚かさか、彼女への後悔と懺悔か。どちらにせよ、自責を重く綴ることに違いはない。
 

 ——私は、彼女を抱いた。


 何ももらえなくていいと。
 傷つけられたいと。 
 覚悟を持って望まれてしまえば、もう、見ないふりは出来なかった。

 私はまた、応えることを選んだ。

 それが彼女をどれだけ傷つけることか、理解していたのに。
 踏み込むべきではないと、あれほどわかっていたのに。
 なのに私は——彼女の望みを、受け入れた。
 

 今にも泣きそうな彼女を、ただ、見ていたくなくて。
 そうまで思い詰めさせてしまった私の罪を、見ていたくなくて。


 ……愚かな選択だった。そう思っても、何もかもが遅い。


 私は、罪を重ねた。


 自分の呵責に背中を押されて、彼女の初めてに手を伸ばしてしまった。
 「彼女のため」という欺瞞を、正当化するために。
 心を通わせた先にあるべき行為に、心を伴わせずに。


 そして恐ろしいことに——その行為に、興奮している自分がいた。


 その興奮は、性的な意味でも、愛が高じてでもない。
 私は、彼女の——いや、人の身体を「知る」ことに興奮したのだ。
 
 己の指で触れて探る、女性の内なる構造。
 彼女の性的興奮の発露と、その反応。
 表層する情動と言動——。

 私の感じた快感は、「知る」ということから生まれた。それは、否定しようのない事実だった。


 ……私は、心の底から、自分の好奇心を呪いたくなった。


 この好奇心は、けだものだ。


 人の心など解さず、自分の知的欲求のためにのみ他者を貪る、そんな悪魔のような衝動だ。


 ——私は、ここまで自分が、人から外れているとは思わなかった。
 彼女の持つ愛情の一片すら持ち合わせていないのだと知って、初めて思った。


 こんな自分を、「知りたくなかった」と。


 ありのままの私が、彼女を傷つける。
 寄り添おうとすれば、また傷つける。
 人と距離を取り、関係を構築することを忌避してきた己の稚劣さが、初めて大切にしたいと思った人を傷つける。

 ——反吐が出るほどの嫌悪が湧く。
 何もかもを知ったような、高慢な自分が憎かった。
 高尚を気取っていた、無知蒙昧な私を糾弾したかった。
 けれど、どれだけ己を責めても、彼女を苦しめている事実は変わらない。

 彼女は今も、私に縋りついている。
 その先に実るものはないと突きつけられても——それでもいいと。


 私のことが大好きだと、そう言って。

 
 ——想いの純粋さが、私の胸を深く刺す。
 桜井羽澄という美しい鏡が、醜い私の本性を照らす。

 彼女は、私に綺麗だという。
 けれど本当に美しく綺麗なのは、彼女の方だ。

 真っ直ぐで、感情に素直で、愛が溢れていて。

 人として在るべきものが、彼女には満ちている。それがどれだけ眩しく、稀有で——焦がれるほどに、羨ましいか。


 ……彼女に触れて、私は人の温かさを知った。
 初めて出会った日の、春の陽を思わせるような温もりに、自分がどれだけ凍てついた人間だったのかを知った。


 私たちは、道を間違えた。
 いや——そもそも、道を交わらせるべきではなかった。
 
 私たちはきっと、この先どこかで、破綻を迎える。
 仮初の恋人関係は、本物に成ることもなく、その脆さを露呈する。


 その日が来たら、私は一体、何を思うのだろうか。

 羽澄くんは私に、何を告げるのだろうか。


 ……彼女との明日が怖い。
 傷つくこと以上に、傷つけることが怖い。


 避けられないだろう未来予測に——それでも、思ってしまう。


 羽澄くんに出会えて、本当に良かったと。

 羽澄くんに愛を与えられて、本当に幸せだったと。

 
 
 ——そう思ってしまう自分だけは、許していたい。

 
 
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