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冬の章 雪に散る花
私たちは変わってしまった。
身体を重ねたあの夜から、何もかもが変わってしまった。
……ううん、違う。
白雪さんは何も変わらない。変わったのは、私だけ。
白雪さんに抱かれて、想いを止められなくなった——私、ひとりだけ。
冬の章 雪に散る花
あれから私たちは、今まで通り、休み時間や放課後を一緒に過ごしていた。
週二回の昼休みと、放課後と、帰り道。
そんないつもの時間が、物足りなく感じ始めた。
「白雪さん。お昼休み……もっと会えないんですか?できれば、毎日一緒がいいです」
「毎日?でも、羽澄くんにはクラスで一緒に食べている子たちがいるんだろう?」
「美樹たちのことはいいんです。それよりも、白雪さんと一緒にいたいから」
白雪さんの顔が、ハッキリと曇った。考えるような素振りをしてるけど……どう断ろうか、言葉を選んでるように見えた。
「……クラスの友人は、大切にしたほうがいいよ。……私も、本を読む時間が欲しいしね」
なるべく優しく、柔らかに。私の望みを拒否した白雪さんの笑顔は、やけにぎこちなかった。
——無理を言ってるって、わかってた。
白雪さんの都合とか、ひとりでいたい時間があるんだろうなってわかっていたのに、それでも私は、求めずにいられなかった。
「私といると、楽しいって言ってくれたじゃないですか……」
諦められずに、まるで恨み言みたいにつぶやいた。駄々をこねる子どもみたいに、私の気持ちを押し通そうとした。
それがどれだけ迷惑なことか頭ではわかっていたのに、「でも、恋人同士なんだから」っていう心の声が黙ってなかった。
「私たち、もう、身体を重ねた仲でしょ?」って——。
……結局、白雪さんは私のワガママを受け入れてくれた。
中庭で過ごすにはもう寒すぎる季節になって、私たちは誰も来ない資料室でこっそり食べるようになった。
資料室への廊下の途中、窓から外を見れば、目に入るのは寒々とした裏庭のベンチ。春も夏も秋も、太陽の下のあの場所で、白雪さんとお昼を一緒に食べあった。
そんな記憶が眩しく思い出されて——同時に、あの頃の自分と今の自分を、比べてしまった。
あの頃は、ただ会えるだけで嬉しかった。
言葉ひとつ交わせるだけで嬉しかった。
でも——今は、もう。
振り払うように、裏庭から目を背けた。
……重く歪んでしまった気持ちをこれ以上、知りたくなかったから。
そうやって私は、見ないふりを、わからないふりをし続けた。
いつか、好きになってくれる。
いつか、私だけを見てくれる。
そんな願望だけを支えに、白雪さんの隣に居座り続けた。
「今度の休み、一緒にどこか行きませんか?」
「昨日、LINE返してくれるの遅かったですね」
「冬休みはどこに行きましょうか?」
「来年、同じクラスになれたらいいですね!」
「白雪さん!」
「白雪さん」
「白雪さん……」
——私の毎日は、白雪さんだけだった。
でも、白雪さんは違う。
途切れる会話の端に、そっと外れる視線に、私を遠ざけようとしてるのを感じた。一日、また一日と冷え込んでいく気温のように、私たちの間の空気も、温度を失くして冷たくなっていくようだった。
——冬が深まっていく。
十二月になって、一年の終わりが近づいていく。
世間はクリスマス一色で、街はもう、イルミネーションやクリスマスツリーで賑やかに飾られていた。
道ゆくカップルたちはみんなやたらと幸せそうで、美樹も真由香も、イブは彼氏と過ごすんだって嬉しそうに笑ってた。
なのに私は——まるで、取り残されたみたいだった。
——ある放課後の図書室。
白雪さんと初めて出会ったその場所で、私たちは肩を並べてた。
白雪さんがカバンから本を取り出して、ページを開く。その隙間から取り出されたのは、私がプレゼントした、秋桜の栞だった。
使ってくれてるんだって、すごく嬉しくなった。
でも——取り出された栞は、すぐに机の上に避けられてしまった。
白雪さんはもう、本しか見ていない。
文字を追う瞳は、栞を見つめたりなんかしない。
押し花になった秋桜は、こんなにも一生懸命咲いてるのに。
見捨てられたようなその栞を見るのが、苦しかった。どうしても声をかけたくなって口を開きかけたけど、没頭する横顔に、何も答えてもらえない恐怖が過ぎった。
「……羽澄くん?」
黙って見つめる私に気がついて、白雪さんが本から視線を上げた。
見つめ返す目が、怖いくらい澄んでる。
初めて見た時から綺麗だと思っていた真っ黒な瞳は、温度が感じられないほどに冷静で、まるで私の反応から心を観測しているようだった。
何もかもを見通して、私を「知って」。
なのに——本当に知ってほしい気持ちは、いつも、見過ごしていく。
「……なんでも、ないです」
小さく呟けば、視線は本へと戻っていく。
やっぱりなって思って……心が折れそうになる。
だけど私は、めげていられないって気持ちを奮い立たせた。
どうしても今日、伝えようと心に決めてたことがあったから。
「イブの日に、デートしましょう」
そう、約束すること。
白雪さんと、クリスマスに飾られた街を一緒に歩きたい。
恋人らしくイブを一緒に過ごして、また忘れられない夜を迎えたい。
そんな夢を、絶対に叶えるんだって思ってた。……ううん。一緒に過ごすのが、当然だと思ってた。
なのに。
「え…….…?イブの日……会えないんですか……?」
——私の誘いは、あまりにもあっさりと断られてしまった。
「クリスマスイブは、毎年家族とコンサートに行くんだ。今年もその予定があるから、その日は会えない」
図書室を出て、学校からの帰り道。葉を落としきった裸の木が並ぶ道の途中で、私は愕然と足を止めた。
「でも……クリスマスイブですよ?ちょっとでも会えないんですか?それか、次のクリスマスの日に会えないんですか?」
白雪さんが振り返る。
断られると思っていなかった私がしつこく食い下がると、その必死さに、白雪さんの眉が曇った。
「……悪いけど、次の日も朝から予定があるんだ」
——クリスマスもダメなの?
………………どうして?
「本当にすまない。他の日ならなんとか——」
「……他の日なんて……そんなの、意味ない」
気がつけば、白雪さんの言葉を遮っていた。
胸が、喉が。込み上げる何かに、焼かれてく。
「私たち、恋人同士なんですよ?なのにイブの日に会えないなんて……そんなの、おかしいですよ」
積もり積もった我慢はもう、止められなかった。
言葉を選ばず責める私に、白雪さんは視線を落として、どこかに言葉を探す。
——ああ、やっぱり。
白雪さんは、私を見てくれないんだ。
そう思った瞬間、胸の奥に閉じ込めていた不満が、重い扉をこじ開けた。
「おかしい……とは、思わないけど」
白雪さんの一言一言に、ジリジリと胸が焦げつく。
導火線に火がついたように、今にも心が破裂しそうになる。
——ふいに、冷たい風が吹き抜けた。
乱れた長い髪に瞳を隠して、白雪さんは、苦しげに口を開く。
「私にも予定があるんだよ。それはわかって欲し——」
「わかりませんッ!!わかりたくないッッ!!」
——爆発は、突然だった。
続けられる拒絶を聞いていたくなくて、反射的に喚いた。
慣れない大声に、喉がひくつく。
浅くなった息が、冬の空気に白く散る。
それでも——責める言葉は、止まらなかった。
「……私たち、付き合ってるんじゃないんですか…………?恋人同士で……手も繋いだし、キスもしたし、エッチだって……してくれたじゃないですか」
「それは………………」
いつも毅然とした白雪さんが、答えを出せずに言い淀む。その曖昧な態度が、私の苛立ちに火を注ぐ。
「……白雪さんにとって、私って、なんなんですか……?」
ずっと抱えていたものをぶつければ、白雪さんが小さく唇を噛んだ。
あんなに私の知らないこと、たくさん知ってたのに。……どうして私が一番知りたいことは、答えてくれないの?
「ただの友達のつもりなんですか……?私が好きだって必死に言ってるから、それがあまりにも可哀想で、仕方なく恋人ごっこをしてくれてるんですか?」
酷いことを言ってる。
けど、本当は否定してほしかった。
そう思っても——言葉ひとつ、返ってこない。
「…………嬉しかったのに」
幸せだと思っていた好きの気持ちが、色を無くしてく。
「白雪さんから名前を呼んでくれて……手を繋いでくれて、キスしてくれて、すごく、嬉しかったのに……っ」
満たされていると思っていた想いが、からっぽな夢のように醒めていく。
「白雪さんにとって、私はただの観察対象で、実験動物みたいなものなんでしょ……?エッチした時だって……私の気持ちなんて、なにも考えてなかったんですよねッ!!」
——こんなこと、本当は言いたくなかった。
わかってた。言ったらきっと、取り返しがつかなくなるって。
でももう、止まれなかった。
どうしても、本当の気持ちを知りたくて。
私が大切だって、たった一言だけでも欲しくて。
なのに——言葉にした瞬間。
白雪さんの表情が、瞳が、一瞬にして凍りついた。
「……なにか…………言ってよ……違うって、そんなことないって、どうして言ってくれないんですか!?」
問い詰める私の目に、涙が滲み出す。
振り切れた感情が鼓動を暴れさせる。カバンを強く握る手はもう、凍るように冷たい。
「……ねぇ……白雪さん……っ」
涙に揺れる声で、しがみつくように呼ぶ。
白雪さんは——私から、瞳を逸らす。
それが、全ての答えだった。
「……っ、もう、無理です……っ。白雪さんが、私を見てくれないなら…………」
心はもう、粉々だった。
白雪さんでいっぱいだったはずの器は壊れて、あふれてた気持ちは、全部涙に変わって流れてく。
「もう……っ、白雪さんとは、会いません……っ。ご飯も食べないし……一緒に帰りもしませんっ……」
しゃくり上げながら突きつければ、視線を伏せたままの白雪さんが一瞬、肩を揺らした。
けど、ただ、それだけ。
震える喉で、大きく息を吸った。
肺に冬の空気が満ちて——最後の言葉が、凍ったまま吐き出される。
「…………今まで、付き合ってくれて、ありがとうございました」
静かに、別れの言葉を残して——私はその場から、逃げるように走り出した。
アスファルトを蹴って、白雪さんから離れてく。
遠ざかる不安と悲しみに足を止めそうになって、でも、ここにいちゃいけないって走った。
「…………うっ……あぁ……っ、ぁあ……っ!」
乱れる息の合間に、堪えきれなかった寂しさがこぼれだす。
上手く呼吸ができなくなって、苦しくなった私は、白雪さんと秋に来た公園で足を止めた。
あの日、ふたりでジェラートを食べた銀杏の木の下で、嗚咽をこぼしながら泣き喚いた。
泣いて、泣いて、泣きまくりながら——心のどこかで、白雪さんが追いかけてきてくれるのを待ってた。
『ごめん。羽澄くんの気持ち、考えられてなかった』
『言われて気がついたよ。私には、羽澄くんが必要だ。そばに居て欲しい』
『君が、好きだから』
——都合の良い夢が叶うのを、密かに期待してた。
往生際悪く、ふたりの思い出の場所に縋っていた。
だけど、いつまで待っても、白雪さんが追いかけてきてくれることはなかった。
——私は泣き続けた。
愛してほしいって願いを込めた泣き声を、叫ぶように上げて。
でもそれも、時間が経てば経つほど、ただの絶望に変わっていった。
流れる涙と一緒に、白雪さんとの思い出がこぼれ落ちていく。
春。図書室で初めて出会った時のこと。
一目惚れのように惹かれて、なんとか友達になりたいって頑張って、勢いで告白したこと。
夏。初めてのデートと花火大会。名前を呼ばれて、手を繋いで、キスをしたこと。
一緒の時間を過ごせば過ごすほど、知れば知るほど、好きになっていったあの日。
秋。……白雪さんの誕生日に、ウチでお泊まりをして——身体を重ねたこと。
「好き」と言えない白雪さんに、それでもいいと、傷つけられたいと望んで、抱いてもらったこと。
あの時、見返りは求めないと覚悟したはずだったのに……私は、期待してしまった。
白雪さんを、信じてしまった。
白雪さんは、好きじゃない人を、抱いたりなんかしないって。
でも、そんなことはなかったんだ。
憐れみで手を差し伸べられるくらい、白雪さんは優しくて——残酷だったんだ。
信じていた気持ちが、震える白い吐息になって空に昇っていく。
白——いつか、彼女みたいだと思った色。
それが霞むように消えていくのを見送りながら、静かに受け止めた。
私たちは、今、確かに終わったんだ、と。
身体を重ねたあの夜から、何もかもが変わってしまった。
……ううん、違う。
白雪さんは何も変わらない。変わったのは、私だけ。
白雪さんに抱かれて、想いを止められなくなった——私、ひとりだけ。
冬の章 雪に散る花
あれから私たちは、今まで通り、休み時間や放課後を一緒に過ごしていた。
週二回の昼休みと、放課後と、帰り道。
そんないつもの時間が、物足りなく感じ始めた。
「白雪さん。お昼休み……もっと会えないんですか?できれば、毎日一緒がいいです」
「毎日?でも、羽澄くんにはクラスで一緒に食べている子たちがいるんだろう?」
「美樹たちのことはいいんです。それよりも、白雪さんと一緒にいたいから」
白雪さんの顔が、ハッキリと曇った。考えるような素振りをしてるけど……どう断ろうか、言葉を選んでるように見えた。
「……クラスの友人は、大切にしたほうがいいよ。……私も、本を読む時間が欲しいしね」
なるべく優しく、柔らかに。私の望みを拒否した白雪さんの笑顔は、やけにぎこちなかった。
——無理を言ってるって、わかってた。
白雪さんの都合とか、ひとりでいたい時間があるんだろうなってわかっていたのに、それでも私は、求めずにいられなかった。
「私といると、楽しいって言ってくれたじゃないですか……」
諦められずに、まるで恨み言みたいにつぶやいた。駄々をこねる子どもみたいに、私の気持ちを押し通そうとした。
それがどれだけ迷惑なことか頭ではわかっていたのに、「でも、恋人同士なんだから」っていう心の声が黙ってなかった。
「私たち、もう、身体を重ねた仲でしょ?」って——。
……結局、白雪さんは私のワガママを受け入れてくれた。
中庭で過ごすにはもう寒すぎる季節になって、私たちは誰も来ない資料室でこっそり食べるようになった。
資料室への廊下の途中、窓から外を見れば、目に入るのは寒々とした裏庭のベンチ。春も夏も秋も、太陽の下のあの場所で、白雪さんとお昼を一緒に食べあった。
そんな記憶が眩しく思い出されて——同時に、あの頃の自分と今の自分を、比べてしまった。
あの頃は、ただ会えるだけで嬉しかった。
言葉ひとつ交わせるだけで嬉しかった。
でも——今は、もう。
振り払うように、裏庭から目を背けた。
……重く歪んでしまった気持ちをこれ以上、知りたくなかったから。
そうやって私は、見ないふりを、わからないふりをし続けた。
いつか、好きになってくれる。
いつか、私だけを見てくれる。
そんな願望だけを支えに、白雪さんの隣に居座り続けた。
「今度の休み、一緒にどこか行きませんか?」
「昨日、LINE返してくれるの遅かったですね」
「冬休みはどこに行きましょうか?」
「来年、同じクラスになれたらいいですね!」
「白雪さん!」
「白雪さん」
「白雪さん……」
——私の毎日は、白雪さんだけだった。
でも、白雪さんは違う。
途切れる会話の端に、そっと外れる視線に、私を遠ざけようとしてるのを感じた。一日、また一日と冷え込んでいく気温のように、私たちの間の空気も、温度を失くして冷たくなっていくようだった。
——冬が深まっていく。
十二月になって、一年の終わりが近づいていく。
世間はクリスマス一色で、街はもう、イルミネーションやクリスマスツリーで賑やかに飾られていた。
道ゆくカップルたちはみんなやたらと幸せそうで、美樹も真由香も、イブは彼氏と過ごすんだって嬉しそうに笑ってた。
なのに私は——まるで、取り残されたみたいだった。
——ある放課後の図書室。
白雪さんと初めて出会ったその場所で、私たちは肩を並べてた。
白雪さんがカバンから本を取り出して、ページを開く。その隙間から取り出されたのは、私がプレゼントした、秋桜の栞だった。
使ってくれてるんだって、すごく嬉しくなった。
でも——取り出された栞は、すぐに机の上に避けられてしまった。
白雪さんはもう、本しか見ていない。
文字を追う瞳は、栞を見つめたりなんかしない。
押し花になった秋桜は、こんなにも一生懸命咲いてるのに。
見捨てられたようなその栞を見るのが、苦しかった。どうしても声をかけたくなって口を開きかけたけど、没頭する横顔に、何も答えてもらえない恐怖が過ぎった。
「……羽澄くん?」
黙って見つめる私に気がついて、白雪さんが本から視線を上げた。
見つめ返す目が、怖いくらい澄んでる。
初めて見た時から綺麗だと思っていた真っ黒な瞳は、温度が感じられないほどに冷静で、まるで私の反応から心を観測しているようだった。
何もかもを見通して、私を「知って」。
なのに——本当に知ってほしい気持ちは、いつも、見過ごしていく。
「……なんでも、ないです」
小さく呟けば、視線は本へと戻っていく。
やっぱりなって思って……心が折れそうになる。
だけど私は、めげていられないって気持ちを奮い立たせた。
どうしても今日、伝えようと心に決めてたことがあったから。
「イブの日に、デートしましょう」
そう、約束すること。
白雪さんと、クリスマスに飾られた街を一緒に歩きたい。
恋人らしくイブを一緒に過ごして、また忘れられない夜を迎えたい。
そんな夢を、絶対に叶えるんだって思ってた。……ううん。一緒に過ごすのが、当然だと思ってた。
なのに。
「え…….…?イブの日……会えないんですか……?」
——私の誘いは、あまりにもあっさりと断られてしまった。
「クリスマスイブは、毎年家族とコンサートに行くんだ。今年もその予定があるから、その日は会えない」
図書室を出て、学校からの帰り道。葉を落としきった裸の木が並ぶ道の途中で、私は愕然と足を止めた。
「でも……クリスマスイブですよ?ちょっとでも会えないんですか?それか、次のクリスマスの日に会えないんですか?」
白雪さんが振り返る。
断られると思っていなかった私がしつこく食い下がると、その必死さに、白雪さんの眉が曇った。
「……悪いけど、次の日も朝から予定があるんだ」
——クリスマスもダメなの?
………………どうして?
「本当にすまない。他の日ならなんとか——」
「……他の日なんて……そんなの、意味ない」
気がつけば、白雪さんの言葉を遮っていた。
胸が、喉が。込み上げる何かに、焼かれてく。
「私たち、恋人同士なんですよ?なのにイブの日に会えないなんて……そんなの、おかしいですよ」
積もり積もった我慢はもう、止められなかった。
言葉を選ばず責める私に、白雪さんは視線を落として、どこかに言葉を探す。
——ああ、やっぱり。
白雪さんは、私を見てくれないんだ。
そう思った瞬間、胸の奥に閉じ込めていた不満が、重い扉をこじ開けた。
「おかしい……とは、思わないけど」
白雪さんの一言一言に、ジリジリと胸が焦げつく。
導火線に火がついたように、今にも心が破裂しそうになる。
——ふいに、冷たい風が吹き抜けた。
乱れた長い髪に瞳を隠して、白雪さんは、苦しげに口を開く。
「私にも予定があるんだよ。それはわかって欲し——」
「わかりませんッ!!わかりたくないッッ!!」
——爆発は、突然だった。
続けられる拒絶を聞いていたくなくて、反射的に喚いた。
慣れない大声に、喉がひくつく。
浅くなった息が、冬の空気に白く散る。
それでも——責める言葉は、止まらなかった。
「……私たち、付き合ってるんじゃないんですか…………?恋人同士で……手も繋いだし、キスもしたし、エッチだって……してくれたじゃないですか」
「それは………………」
いつも毅然とした白雪さんが、答えを出せずに言い淀む。その曖昧な態度が、私の苛立ちに火を注ぐ。
「……白雪さんにとって、私って、なんなんですか……?」
ずっと抱えていたものをぶつければ、白雪さんが小さく唇を噛んだ。
あんなに私の知らないこと、たくさん知ってたのに。……どうして私が一番知りたいことは、答えてくれないの?
「ただの友達のつもりなんですか……?私が好きだって必死に言ってるから、それがあまりにも可哀想で、仕方なく恋人ごっこをしてくれてるんですか?」
酷いことを言ってる。
けど、本当は否定してほしかった。
そう思っても——言葉ひとつ、返ってこない。
「…………嬉しかったのに」
幸せだと思っていた好きの気持ちが、色を無くしてく。
「白雪さんから名前を呼んでくれて……手を繋いでくれて、キスしてくれて、すごく、嬉しかったのに……っ」
満たされていると思っていた想いが、からっぽな夢のように醒めていく。
「白雪さんにとって、私はただの観察対象で、実験動物みたいなものなんでしょ……?エッチした時だって……私の気持ちなんて、なにも考えてなかったんですよねッ!!」
——こんなこと、本当は言いたくなかった。
わかってた。言ったらきっと、取り返しがつかなくなるって。
でももう、止まれなかった。
どうしても、本当の気持ちを知りたくて。
私が大切だって、たった一言だけでも欲しくて。
なのに——言葉にした瞬間。
白雪さんの表情が、瞳が、一瞬にして凍りついた。
「……なにか…………言ってよ……違うって、そんなことないって、どうして言ってくれないんですか!?」
問い詰める私の目に、涙が滲み出す。
振り切れた感情が鼓動を暴れさせる。カバンを強く握る手はもう、凍るように冷たい。
「……ねぇ……白雪さん……っ」
涙に揺れる声で、しがみつくように呼ぶ。
白雪さんは——私から、瞳を逸らす。
それが、全ての答えだった。
「……っ、もう、無理です……っ。白雪さんが、私を見てくれないなら…………」
心はもう、粉々だった。
白雪さんでいっぱいだったはずの器は壊れて、あふれてた気持ちは、全部涙に変わって流れてく。
「もう……っ、白雪さんとは、会いません……っ。ご飯も食べないし……一緒に帰りもしませんっ……」
しゃくり上げながら突きつければ、視線を伏せたままの白雪さんが一瞬、肩を揺らした。
けど、ただ、それだけ。
震える喉で、大きく息を吸った。
肺に冬の空気が満ちて——最後の言葉が、凍ったまま吐き出される。
「…………今まで、付き合ってくれて、ありがとうございました」
静かに、別れの言葉を残して——私はその場から、逃げるように走り出した。
アスファルトを蹴って、白雪さんから離れてく。
遠ざかる不安と悲しみに足を止めそうになって、でも、ここにいちゃいけないって走った。
「…………うっ……あぁ……っ、ぁあ……っ!」
乱れる息の合間に、堪えきれなかった寂しさがこぼれだす。
上手く呼吸ができなくなって、苦しくなった私は、白雪さんと秋に来た公園で足を止めた。
あの日、ふたりでジェラートを食べた銀杏の木の下で、嗚咽をこぼしながら泣き喚いた。
泣いて、泣いて、泣きまくりながら——心のどこかで、白雪さんが追いかけてきてくれるのを待ってた。
『ごめん。羽澄くんの気持ち、考えられてなかった』
『言われて気がついたよ。私には、羽澄くんが必要だ。そばに居て欲しい』
『君が、好きだから』
——都合の良い夢が叶うのを、密かに期待してた。
往生際悪く、ふたりの思い出の場所に縋っていた。
だけど、いつまで待っても、白雪さんが追いかけてきてくれることはなかった。
——私は泣き続けた。
愛してほしいって願いを込めた泣き声を、叫ぶように上げて。
でもそれも、時間が経てば経つほど、ただの絶望に変わっていった。
流れる涙と一緒に、白雪さんとの思い出がこぼれ落ちていく。
春。図書室で初めて出会った時のこと。
一目惚れのように惹かれて、なんとか友達になりたいって頑張って、勢いで告白したこと。
夏。初めてのデートと花火大会。名前を呼ばれて、手を繋いで、キスをしたこと。
一緒の時間を過ごせば過ごすほど、知れば知るほど、好きになっていったあの日。
秋。……白雪さんの誕生日に、ウチでお泊まりをして——身体を重ねたこと。
「好き」と言えない白雪さんに、それでもいいと、傷つけられたいと望んで、抱いてもらったこと。
あの時、見返りは求めないと覚悟したはずだったのに……私は、期待してしまった。
白雪さんを、信じてしまった。
白雪さんは、好きじゃない人を、抱いたりなんかしないって。
でも、そんなことはなかったんだ。
憐れみで手を差し伸べられるくらい、白雪さんは優しくて——残酷だったんだ。
信じていた気持ちが、震える白い吐息になって空に昇っていく。
白——いつか、彼女みたいだと思った色。
それが霞むように消えていくのを見送りながら、静かに受け止めた。
私たちは、今、確かに終わったんだ、と。
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