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再春の章 名もなき春に解ける雪
冬が過ぎて、また春が来た。
新しい春を迎えて二年生に上がった私は、白雪さんと同じクラスになることもなく、一切の交流を絶ったままだった。
一方的に白雪さんをなじって、もう無理だって爆発して逃げたあの日から、私たちが一緒に過ごすことはもうなかった。
お昼を辞め、放課後もひとりですぐ帰るようになって。図書委員の当番だけは続けてたけど、白雪さんを図書室で見かけることはもう、無くなっていた。
……別れを告げて、あれだけ泣いて、終わったんだって悟ったのに。それから先の日々に、心のどこかがずっと、白雪さんを待ち続けてた。
だけどどれだけ待っても、彼女が私に会いにくることはなかった。顔を合わすどころか、メッセージひとつ送られてくることもなかった。
——彼女は、あの冬の日からずっと、私に何も言ってくれないまま。
それでも二年になって、私はまた図書委員になった。
またいつか、図書室に来るんじゃないかって、いつも彼女の姿を探してた。
鳴らないスマホも……もしかしてって、ずっと握りしめてた。
だけどそんな微かな期待も、また次の春が来て、三年になる頃には……
桜の花びらと一緒に、空しく散っていった。
再春の章 名もなき春に解ける雪
私は、白雪さんのことを完全にふっ切るために、いろんなことをした。
受験勉強を頑張って、学校行事も力を入れて、学校での時間や休みの日は、友達付き合いも意識して増やした。
そうして私は——夏が来る頃、美樹の彼氏の友達だという男の子を紹介されて、付き合うことにした。
その男の子……深山くんは、美樹のインスタで私のことを知って、一目で可愛いと気に入ってくれたらしい。
紹介されて知り合って、一度目のデートですぐに告白された時は、さすがに驚いたけど——。
「俺、桜井さんのこと、すごく可愛いって……前から思ってて。気づいたら、好きになってて。だから、あの……よかったら、付き合って、もらえませんか」
……初めての告白だというその言葉に、私は頷いた。
好きって言ってくれる彼なら、私も好きになれると思ったから。
だけどそれから何度デートしても、抱きしめられてキスをしても、心はなぜか何も動かなかった。
彼は、いつかの私のようだった。
彼女という存在に舞い上がって、恋人らしいことにこだわってばかりいた。
デート、手を繋ぐ、キス、エッチ——ひたすら、そんなことばかりを求められた。
……恋人同士って、一体何なんだろう。
彼との日々に、空しくそう思い始めていたのに——私はそのまま、流されるように身体を重ねてしまった。
そして、私は、知ってしまった。
深山くんは、私のことが好きなんじゃない。
彼女という存在が欲しかっただけ。
抱きしめたり、キスしたり、エッチしたりできる子が欲しかっただけなんだって。
私を抱いた彼は、私のことなんて何も見ていなかった。
身体ばかり求めて、私の気持ちなんて無視して、ひとりで夢中になってた。
痛いって言っても、嫌だって言っても。
「俺たち恋人じゃん」って、押し切られて。
——白雪さんの時は、違ったのに。
痛くないかとか、気持ちいいかって、あれだけ気にしてくれたのに。
私のこと……たとえ観察だったとしても、あんなに見てくれたのに。
そんな風に比べて、そこで初めて、私は気がついた。
白雪さんは——白雪さんなりに、私を想ってくれてたんだって。大切にしてくれてたんだって。
……こうして比べないと、そんなことすら気づけなかった私は、なんてバカなんだろう。
白雪さんの気持ちも考えないで、好きだって押し付けて、同じだけの気持ちを求めて。
そんな自分は——なんて、子どもだったんだろう。
——季節は、あまりにも早く過ぎていった。
高校に入って、気がつけば四度目の春。今年の春には、「卒業」という名前がついていた。
校庭の桜はまだ蕾のままで、花開く気配はない。
けれどその代わりに、制服の胸には、ピンク色の胸章が咲いている。
卒業式。
私は今日、この高校を卒業する。
入学したばかりの気持ちを、自然と思い出す。
期待と不安を抱いて始まった高校生活と、それからの日々を浮かべれば、同時に、白雪さんのことを思い出してしまう。
あの春の日。
初めて人を綺麗だと思った——あの、かけがえのない、ときめきを。
だけどその気持ちももう、遠い過去になってしまった。
あれから当然、何かあるわけもなくて。私はダラダラと、深山くんと付き合い続けてて。
なにひとつ成長することもなく……私はただ、なぁなぁの日々を過ごしていた。
——それでも、大人になれないままの卒業式は、始まる。
『ただいまより、令和八年度、聖上女子高等学院卒業式を行います』
開式宣言が、体育館に広く響いた。
卒業生として前方に並んだ私たちは、揃ってステージを静かに見上げる。
校歌斉唱。
卒業証書授与。
校長先生の式辞に、来賓の祝辞。
それから、在校生の送辞。
粛々と式が進む中、集中力が途切れてきたクラスの子たちは、そわそわと身体を揺らし始めてる。
「早く終わんないかな」なんて、小さな声でおしゃべりを始めたりしてる。
そんな時、次の進行が告げられて——私は一瞬、息を飲んだ。
『卒業生答辞、三年六組、白雪汀』
「はい」
凛とした声が、体育館の静けさに、小さな波を落とした。
久しぶりに聴いたその声の懐かしさに、私の胸が、途端に騒めきだす。
目の前の道を、胸に卒業の花を咲かせた白雪さんが、音もなく歩いていく。真っ直ぐに伸ばした背筋のまま、さらさらの髪を少しだけ揺らして、ゆっくりと登壇していく。
——やっぱり、綺麗。
離れたステージ上で、眩しいくらいのライトに輝く白雪さんに、そう思った。
正面を見据える瞳は、初めて見た日と変わらない、強い瞳で。
時が巻き戻ったような気持ちに、私は思わず胸を抑えた。
——もう、こんな気持ち、忘れたと思ってたのに。
マイクの前に立った白雪さんが、白い原稿用紙を開く。けどなぜかすぐにその用紙を閉じて、そっと手を放した。
『——今日は、卒業の日』
そして、何も見ずに、答辞を始めた。
穏やかで、大人びた彼女の声が、体育館のスピーカーから響き出す。
『私たちはこの学び舎を巣立ち、新たな世界に身を投じます。けれど卒業とは、何を卒業するのでしょうか。
課業か。制服か。校則か。
……私は、考えました』
問いかけから始まった静かな一声に、体育館がざわつき出した。
先生方が、驚いた顔で慌て出してる。
生徒はみんな、何を言い出したのかと顔を見合わせてる。
私はそんな騒めきの中、ひとりだけ、白雪さんをじっと見つめてた。
『この高校生活で、誰もがたくさんの事を経験したことでしょう。
心を動かされ、未知の情感に触れたこともあったでしょう。
けれどいったい、どれだけの人が、その無形のものを得たのだと知ったのか。
名前を与え、形を作ることが出来たのか。
——人は、全てを理解できない。
他人はおろか、自分のことすらろくにわからない。
暗中模索の中で、確固たる答えを得られないまま、時の針は無情に進んでいく。
けれど、私たちは学び舎の中で、その無形の情動に意味や意義を見出す。
それは「学校」という社会の中で、否応なく関わる全ての人や事柄が、「教え」となるのです。
知りたいことを、知れないこともある。
……知りたくないことを、知ることもある。
だが、それもまた全て学びであり、成長であり、人間としての進化で——未来への羽ばたきなのだと。
私は、そう思います』
「……え、何あれ」
「ポエム?哲学?」
「変わってるって聞いてたけど、ホントに変な人なんだ」
——周囲の子たちが戸惑いながら、白雪さんをからかって笑ってる。
でも、そんな声すら、私は、何も聞こえなくて——。
『……私には、名前をつけられないまま終わってしまった感情があります。
それは身に余るほどに大きく、私という人間を揺るがし続けました。
時に喜びを与えられ、時に苦しさをもたらし——しかしその感情の正体を、私は、最後まで理解することが出来ませんでした。
誰にも理解されない想い。
自分でも分からないままの想い。
けれどそれは、確かに私の心を動かした、名もなき熱でした。
今日、私は、その熱に「卒業」という名前を与えて胸にしまい、新たな春へと進みます。
——ご清聴、ありがとうございました』
——体育館中が騒ついていた。
先生も、生徒も、保護者の人たちも、みんな白雪さんのことを理解できずに、騒然とし続けていた。
だけど、私は——
私だけは。
ずっと、涙が、止まらなかった。
「…………しらゆき……さん……っ……!」
初めて触れた気がした。
初めて、白雪さんの本音を聞けた気がした。
この答辞は、あの日、私たちが過ごしてきた日々の全てだった。
彼女の迷い。
彼女の苦しみ。
彼女が抱えていた、本当の気持ち。
私への——想い。
それをきっと、今ようやく、私に届けてくれたんだって——そう思った。
白雪さんは、人の騒めきなんて気にもせず、晴れやかな顔で壇上を降りた。
その一瞬。
ほんの一瞬だけ。
——目が、あった気がして。
でも次の瞬間、白雪さんは前を向いて歩いていた。
その姿が、やっぱり、何より綺麗で。
私はいつまでも——その姿を、目で追っていた。
***
——卒業式が終わった。
クラスに戻った瞬間、みんなの話題になったのは、白雪さんの答辞のことだった。
「あの答辞、マジ意味不明だったよね」
「頭良い人って何考えてるかよくわかんないよね」
「てか、あの場であんな演説する?」
凛が、真由香が、優里が、口々に白雪さんをからかう。
そんな中、美樹がひとり、黙っていた私に目を向けた。
「羽澄……なんか、泣いてた?」
そう言ってきたのはたぶん、私の目が赤くなってたから。美樹はそういうとこ、少しだけ鋭くて……。
ううん。ホントは私のこと、ずっと気にしてくれてたのかもしれない。
私は、まっすぐに顔を上げた。
熱を持ったまぶたも、赤くなった目も隠さずに、美樹たちの顔をちゃんと見た。
そして——
「…………私は、白雪さんのあの答辞……すごく、いいと思ったよ」
初めて、みんなの前で、本当の気持ちを声にした。
みんなが驚いてた。
からかわれることを覚悟してたけど、みんなは目線を交わし合いながら、私に何も言えないでいた。
——私は小さく笑って、その場を離れた。
静かな廊下にひとりで出て、ポケットからスマホを取り出す。
そして……深山くんに、メッセージを打つ。
『ごめんなさい。別れてください』
短く書いて、迷わず送信した。
どうしてとか嫌だとか、いろいろ言われると思う。勝手なこと言ってるなって、私も思う。
——でも、もう、本当の気持ち以外、いらない。
閉じた扉の向こう、クラスの騒めきが、遠く感じた。
——廊下の窓から見える桜は、蕾のまま、花開く時を待ってる。
その姿はまるで、これから大人になっていく、私たちみたいで。
——いつか私も、綺麗に咲けるのかな。
これから先、もっと人を大切にできるのかな。
今度は恋を——好きな人を、大切にできるのかな。
私は、願わずにいられなかった。
この先訪れる新しい季節に、夢を見ずにいられなかった。
私はきっと、進んでみせる。
迷っても、悩んでも、彼女のように、自分を貫いて。
まっすぐ、誇らしくいられる自分のまま——新しい春に、辿り着いてみせる。
そう心に誓って見上げる空は——どこまでも、透き通るように、青かった。
新しい春を迎えて二年生に上がった私は、白雪さんと同じクラスになることもなく、一切の交流を絶ったままだった。
一方的に白雪さんをなじって、もう無理だって爆発して逃げたあの日から、私たちが一緒に過ごすことはもうなかった。
お昼を辞め、放課後もひとりですぐ帰るようになって。図書委員の当番だけは続けてたけど、白雪さんを図書室で見かけることはもう、無くなっていた。
……別れを告げて、あれだけ泣いて、終わったんだって悟ったのに。それから先の日々に、心のどこかがずっと、白雪さんを待ち続けてた。
だけどどれだけ待っても、彼女が私に会いにくることはなかった。顔を合わすどころか、メッセージひとつ送られてくることもなかった。
——彼女は、あの冬の日からずっと、私に何も言ってくれないまま。
それでも二年になって、私はまた図書委員になった。
またいつか、図書室に来るんじゃないかって、いつも彼女の姿を探してた。
鳴らないスマホも……もしかしてって、ずっと握りしめてた。
だけどそんな微かな期待も、また次の春が来て、三年になる頃には……
桜の花びらと一緒に、空しく散っていった。
再春の章 名もなき春に解ける雪
私は、白雪さんのことを完全にふっ切るために、いろんなことをした。
受験勉強を頑張って、学校行事も力を入れて、学校での時間や休みの日は、友達付き合いも意識して増やした。
そうして私は——夏が来る頃、美樹の彼氏の友達だという男の子を紹介されて、付き合うことにした。
その男の子……深山くんは、美樹のインスタで私のことを知って、一目で可愛いと気に入ってくれたらしい。
紹介されて知り合って、一度目のデートですぐに告白された時は、さすがに驚いたけど——。
「俺、桜井さんのこと、すごく可愛いって……前から思ってて。気づいたら、好きになってて。だから、あの……よかったら、付き合って、もらえませんか」
……初めての告白だというその言葉に、私は頷いた。
好きって言ってくれる彼なら、私も好きになれると思ったから。
だけどそれから何度デートしても、抱きしめられてキスをしても、心はなぜか何も動かなかった。
彼は、いつかの私のようだった。
彼女という存在に舞い上がって、恋人らしいことにこだわってばかりいた。
デート、手を繋ぐ、キス、エッチ——ひたすら、そんなことばかりを求められた。
……恋人同士って、一体何なんだろう。
彼との日々に、空しくそう思い始めていたのに——私はそのまま、流されるように身体を重ねてしまった。
そして、私は、知ってしまった。
深山くんは、私のことが好きなんじゃない。
彼女という存在が欲しかっただけ。
抱きしめたり、キスしたり、エッチしたりできる子が欲しかっただけなんだって。
私を抱いた彼は、私のことなんて何も見ていなかった。
身体ばかり求めて、私の気持ちなんて無視して、ひとりで夢中になってた。
痛いって言っても、嫌だって言っても。
「俺たち恋人じゃん」って、押し切られて。
——白雪さんの時は、違ったのに。
痛くないかとか、気持ちいいかって、あれだけ気にしてくれたのに。
私のこと……たとえ観察だったとしても、あんなに見てくれたのに。
そんな風に比べて、そこで初めて、私は気がついた。
白雪さんは——白雪さんなりに、私を想ってくれてたんだって。大切にしてくれてたんだって。
……こうして比べないと、そんなことすら気づけなかった私は、なんてバカなんだろう。
白雪さんの気持ちも考えないで、好きだって押し付けて、同じだけの気持ちを求めて。
そんな自分は——なんて、子どもだったんだろう。
——季節は、あまりにも早く過ぎていった。
高校に入って、気がつけば四度目の春。今年の春には、「卒業」という名前がついていた。
校庭の桜はまだ蕾のままで、花開く気配はない。
けれどその代わりに、制服の胸には、ピンク色の胸章が咲いている。
卒業式。
私は今日、この高校を卒業する。
入学したばかりの気持ちを、自然と思い出す。
期待と不安を抱いて始まった高校生活と、それからの日々を浮かべれば、同時に、白雪さんのことを思い出してしまう。
あの春の日。
初めて人を綺麗だと思った——あの、かけがえのない、ときめきを。
だけどその気持ちももう、遠い過去になってしまった。
あれから当然、何かあるわけもなくて。私はダラダラと、深山くんと付き合い続けてて。
なにひとつ成長することもなく……私はただ、なぁなぁの日々を過ごしていた。
——それでも、大人になれないままの卒業式は、始まる。
『ただいまより、令和八年度、聖上女子高等学院卒業式を行います』
開式宣言が、体育館に広く響いた。
卒業生として前方に並んだ私たちは、揃ってステージを静かに見上げる。
校歌斉唱。
卒業証書授与。
校長先生の式辞に、来賓の祝辞。
それから、在校生の送辞。
粛々と式が進む中、集中力が途切れてきたクラスの子たちは、そわそわと身体を揺らし始めてる。
「早く終わんないかな」なんて、小さな声でおしゃべりを始めたりしてる。
そんな時、次の進行が告げられて——私は一瞬、息を飲んだ。
『卒業生答辞、三年六組、白雪汀』
「はい」
凛とした声が、体育館の静けさに、小さな波を落とした。
久しぶりに聴いたその声の懐かしさに、私の胸が、途端に騒めきだす。
目の前の道を、胸に卒業の花を咲かせた白雪さんが、音もなく歩いていく。真っ直ぐに伸ばした背筋のまま、さらさらの髪を少しだけ揺らして、ゆっくりと登壇していく。
——やっぱり、綺麗。
離れたステージ上で、眩しいくらいのライトに輝く白雪さんに、そう思った。
正面を見据える瞳は、初めて見た日と変わらない、強い瞳で。
時が巻き戻ったような気持ちに、私は思わず胸を抑えた。
——もう、こんな気持ち、忘れたと思ってたのに。
マイクの前に立った白雪さんが、白い原稿用紙を開く。けどなぜかすぐにその用紙を閉じて、そっと手を放した。
『——今日は、卒業の日』
そして、何も見ずに、答辞を始めた。
穏やかで、大人びた彼女の声が、体育館のスピーカーから響き出す。
『私たちはこの学び舎を巣立ち、新たな世界に身を投じます。けれど卒業とは、何を卒業するのでしょうか。
課業か。制服か。校則か。
……私は、考えました』
問いかけから始まった静かな一声に、体育館がざわつき出した。
先生方が、驚いた顔で慌て出してる。
生徒はみんな、何を言い出したのかと顔を見合わせてる。
私はそんな騒めきの中、ひとりだけ、白雪さんをじっと見つめてた。
『この高校生活で、誰もがたくさんの事を経験したことでしょう。
心を動かされ、未知の情感に触れたこともあったでしょう。
けれどいったい、どれだけの人が、その無形のものを得たのだと知ったのか。
名前を与え、形を作ることが出来たのか。
——人は、全てを理解できない。
他人はおろか、自分のことすらろくにわからない。
暗中模索の中で、確固たる答えを得られないまま、時の針は無情に進んでいく。
けれど、私たちは学び舎の中で、その無形の情動に意味や意義を見出す。
それは「学校」という社会の中で、否応なく関わる全ての人や事柄が、「教え」となるのです。
知りたいことを、知れないこともある。
……知りたくないことを、知ることもある。
だが、それもまた全て学びであり、成長であり、人間としての進化で——未来への羽ばたきなのだと。
私は、そう思います』
「……え、何あれ」
「ポエム?哲学?」
「変わってるって聞いてたけど、ホントに変な人なんだ」
——周囲の子たちが戸惑いながら、白雪さんをからかって笑ってる。
でも、そんな声すら、私は、何も聞こえなくて——。
『……私には、名前をつけられないまま終わってしまった感情があります。
それは身に余るほどに大きく、私という人間を揺るがし続けました。
時に喜びを与えられ、時に苦しさをもたらし——しかしその感情の正体を、私は、最後まで理解することが出来ませんでした。
誰にも理解されない想い。
自分でも分からないままの想い。
けれどそれは、確かに私の心を動かした、名もなき熱でした。
今日、私は、その熱に「卒業」という名前を与えて胸にしまい、新たな春へと進みます。
——ご清聴、ありがとうございました』
——体育館中が騒ついていた。
先生も、生徒も、保護者の人たちも、みんな白雪さんのことを理解できずに、騒然とし続けていた。
だけど、私は——
私だけは。
ずっと、涙が、止まらなかった。
「…………しらゆき……さん……っ……!」
初めて触れた気がした。
初めて、白雪さんの本音を聞けた気がした。
この答辞は、あの日、私たちが過ごしてきた日々の全てだった。
彼女の迷い。
彼女の苦しみ。
彼女が抱えていた、本当の気持ち。
私への——想い。
それをきっと、今ようやく、私に届けてくれたんだって——そう思った。
白雪さんは、人の騒めきなんて気にもせず、晴れやかな顔で壇上を降りた。
その一瞬。
ほんの一瞬だけ。
——目が、あった気がして。
でも次の瞬間、白雪さんは前を向いて歩いていた。
その姿が、やっぱり、何より綺麗で。
私はいつまでも——その姿を、目で追っていた。
***
——卒業式が終わった。
クラスに戻った瞬間、みんなの話題になったのは、白雪さんの答辞のことだった。
「あの答辞、マジ意味不明だったよね」
「頭良い人って何考えてるかよくわかんないよね」
「てか、あの場であんな演説する?」
凛が、真由香が、優里が、口々に白雪さんをからかう。
そんな中、美樹がひとり、黙っていた私に目を向けた。
「羽澄……なんか、泣いてた?」
そう言ってきたのはたぶん、私の目が赤くなってたから。美樹はそういうとこ、少しだけ鋭くて……。
ううん。ホントは私のこと、ずっと気にしてくれてたのかもしれない。
私は、まっすぐに顔を上げた。
熱を持ったまぶたも、赤くなった目も隠さずに、美樹たちの顔をちゃんと見た。
そして——
「…………私は、白雪さんのあの答辞……すごく、いいと思ったよ」
初めて、みんなの前で、本当の気持ちを声にした。
みんなが驚いてた。
からかわれることを覚悟してたけど、みんなは目線を交わし合いながら、私に何も言えないでいた。
——私は小さく笑って、その場を離れた。
静かな廊下にひとりで出て、ポケットからスマホを取り出す。
そして……深山くんに、メッセージを打つ。
『ごめんなさい。別れてください』
短く書いて、迷わず送信した。
どうしてとか嫌だとか、いろいろ言われると思う。勝手なこと言ってるなって、私も思う。
——でも、もう、本当の気持ち以外、いらない。
閉じた扉の向こう、クラスの騒めきが、遠く感じた。
——廊下の窓から見える桜は、蕾のまま、花開く時を待ってる。
その姿はまるで、これから大人になっていく、私たちみたいで。
——いつか私も、綺麗に咲けるのかな。
これから先、もっと人を大切にできるのかな。
今度は恋を——好きな人を、大切にできるのかな。
私は、願わずにいられなかった。
この先訪れる新しい季節に、夢を見ずにいられなかった。
私はきっと、進んでみせる。
迷っても、悩んでも、彼女のように、自分を貫いて。
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