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エピローグ
あれから三年が経った。
大学の文学部に通う日々にもすっかり慣れて、私は今、充実した学生生活を送っている。
来年卒業が見えてくるから、そろそろ就職のことも考えなくちゃいけない頃なんだけど……今はまだ、イマイチこれっていう将来が決めきれてない。
でも毎日、ちゃんと勉強には向き合ってる。それに友達付き合いも、前より自然な自分でいられるようになった。
文学部を選んだのは、私の成績で選べるところが少なかったから。
……とは言いつつも、高校の時のことが影響してないとは言えない。
結局、私は三年間、図書委員を続けた。
白雪さんの影響で本に詳しくなって、いつの間にかいろんな本を読むようになって。
そうして知らない間に、文学ってものにちょっと興味が出てたってのは、大学を選ぶときに初めて気がついたんだ。
文学部に入って、勉強のために、さらにいろんな本を読んだ。
文学の歴史を辿ったり、言葉や文化について学んだり——時には哲学書を前に、頭を抱えたりもした。
そうして勉強する毎日に、私は知った。
文学も、普段何気なく使ってる言葉や表現も。過去を生きた人たちが、自分の想いを表すため、伝えるためにたくさん考えて、何十年何百年も試行錯誤してきたんだって。
こうして今も残っている言葉や本は、そんな人たちの努力の結晶なんだって。
——そう思えた自分が、なんとなく大人に思えた。
昔の自分は、感情的な伝え方ばかりだったなって反省した。もっと上手く伝えるための言葉があったんじゃないかって思ったりもした。
……そう考えたら、ちゃんと伝え合えなかった白雪さんとのことを思い出して……今更、後悔なんてしちゃったりもして。
『「学校」という社会の中で、否応なく関わる全ての人や事柄が、「教え」となる』
卒業式の白雪さんの答辞を、今でも覚えてる。
あの言葉通り、新しい学校で出逢った勉強や友達が日々、私にいろんなことを教えてくれる。
私はきっと、昔の私よりも、成長出来てる。
——と、思う。まだ、あんまり自信はないけど。
「桜井さん、お待たせ!待った?」
——なんてぼんやり考えてたら、大学の庭園のベンチに座っていた私の元に、同じゼミの玉置さんがやってきた。
「ううん。私も今、履修登録終わってきたところ」
「そっか。あー、今日めっちゃいい天気だね」
「ホントだね」
ぽかぽか陽気の中、隣に座った玉置さんがうーんと大きく伸びをする。私は晴れ渡る空と桜の木を見上げて、木漏れ日に眩しく目を細める。
「桜、すっかり満開だね。今年はちょっと咲くの遅かったね」
「そうだね。……この時期って、やっぱいいね」
ぽつりとこぼせば、玉置さんが頷く。
「あったかくて過ごしやすいもんね。桜井さん、春好きなの?」
「うん。……なんとなく、ワクワクするから。新しいことに出逢えそうな気がするっていうか」
「あー、わかる。やっぱ入学とか進級の時期だからかなぁ。気持ちが引き締まるとこあるよね」
「卒業シーズンでもあるから、お別れの時期でもあるけどね」
言って、また卒業式の白雪さんのことを思い出す。
——春は、私にとって、白雪さんとの思い出の季節なのかもしれない。
図書室で初めて出逢った日。
卒業式の姿。
一緒に過ごした季節の中で、強く記憶に焼き付いているのは、どれも春の思い出ばかりだから。
——白雪さん、今頃、どこで何してるんだろう。
ふと、そんなことを考えた私の目の前を、ひらりと小さな花びらが舞い踊る。
「あ、そうだ。桜井さんは今日の合コン、来ないんだよね?」
突然話を振られて、私は視線を戻した。そよいだ春風に遊ぶ髪を抑えながら、私は頷く。
「うん。今はあんまり、彼氏とか作る気になれなくて」
「そうなの?もったいないなぁ。桜井さんならすぐ彼氏できそうなのに」
「……入って最初のうちは、友達付き合いも兼ねて合コンも出てたんだけどね。でも、どんな人に会っても、なかなか好きになれなくて」
——卒業式の日に深山くんと別れてから、もう三年。講義やゼミでたくさんの人と知り合ってきたけど、恋の予感はひとつもなかった。
一応、付き合って欲しいって言われたこともあるんだけど……でももう、心が動かない人とお付き合いはしないって決めてたから。そこはちゃんとお断りした。
「意外と高望みするタイプ?」
「どうかなぁ。特にこういう人がいい、みたいな理想はないんだけど」
「あー、なるほど?好きになった人がタイプ的なやつだ」
「ふふっ。そうかも」
なんて笑ったけど、あまりのときめかなさに、もう恋なんて二度と出来ないんじゃないかってさえ思ってる。
でも、こういうのは巡り合わせだから。今は焦らないって決めてるんだ。
「そういえばゼミの課題図書決めた?あの、『印象に残っている一冊を選んで、あなたに与えた影響について考察してください』ってやつ」
「……うん、決めた。でもその本かなり古いやつだから、探すところからスタートなんだけどね」
「なんて本?」
「えっとね……」
——『けだものの檻』。
その本の名前を伝えたら、玉置さんは知らないなぁって首を捻った。
……やっぱりあの本、マイナーなんだな。
「どんな本なの?それ」
「実は読んだことなくて。でも思い出の一冊だから、これを機にちゃんと読んでみたいなって思ったんだ」
「読んだことないのに、思い出の本なの?」
「……うん。すごく、大切な思い出」
白雪さんと初めて出逢ったきっかけ。
白雪さんに近づきたくて読もうとしたら、止められたあの本。
グロいって言われて、あの時の私は躊躇したけど……今ならもう、読める気がするから。
「……そっか。肝心の本は見つかりそう?」
「調べたら、都内の図書館にあるの見つけたんだ。ちょっと遠いんだけど、今日この後行って、借りてこようと思って」
「じゃあお昼はしない?」
「うん、ごめん。また今度ね」
「オッケー。また休み明け、ゼミでね」
「今度ランチしようね」って約束して、大学を出た。スマホで時刻表を調べれば、ゆっくり歩いて着く頃にちょうどいい電車がありそうだ。
ちょっとツイてるかもなんて顔を上げたら、向かう先の空には、大きな虹まで浮かんでて——。
さすがに幸運、重なりすぎじゃない?
そんな風に思わず笑っちゃった。だけどきらきらした明るい空を見上げてたら……自然と、笑顔はあふれてた。
今日はなんだか、良いことありそう。
そんな予感は、間違いじゃなかった。
——郊外の、古い図書館。
平日の午後、人気のない小さな本の棲家で、私は『けだものの檻』を探していた。
静けさの中、ブラインドカーテンからは春の陽がすり抜けて、狭い室内を照らしてる。
足音しか響かないような、異世界めいたその場所で——私は、目当ての本を見つけた。
背表紙を確かめて、本と本の間から、そっと抜き出す。
古びた布張りの本がずしりと手に落ちて、なんだか懐かしいような、嬉しいような気持ちも胸に落ちて。
そうして、顔を上げた瞬間——
時が、止まった。
——きれい。
息をするように、ただそれだけを思った。
瞬きも忘れて、目の前に現れた子だけをじっと見つめてた。
透き通るような白い肌。
ぱっちりとした凛々しい瞳。
均整の取れた目鼻立ち。
いつかと同じようなその姿には——けれど、変化もあった。
日差しに透ける艶やかな黒髪は、前より少しだけ短くなってる。
白くなめらかな肌には薄い化粧が施されていて、赤い唇には、控えめなリップが塗られてる。
服装も紺色のセーラーから、白いブラウスと紺のパンツに変わってる。
それでもその姿は、あの日と変わらず、絵画から抜け出てきたみたいに綺麗で——現実感がなくて。
彼女がいる周りだけが、切り取られた別世界みたいだった。
そこだけ、時間がずっと止まっていたんじゃないかって……そう、疑っちゃうくらい。
「…………羽澄、くん?」
彼女が振り向いた。
懐かしい呼び名と一緒に、強く優しい瞳が私を見つめた。
——私は、白雪さんに見惚れ続けていた。
奇跡ってあるんだとか、やっぱりその呼び名好きだなとか、いろんなことが頭に浮かんだ。
でも、話しかけようとしても、何も言葉にできなくて。
……ただ、ひたすら、高鳴ってく胸の鼓動を聴いてた。
——もう恋なんて、できないかもって思ってたのに。こうして私はまた、一瞬で恋に落ちてしまう。
きっと、あの春の日を、繰り返すみたいに。
何度だって私は——彼女に、恋をする。
了
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