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兄サミュエルと私は二歳違い。
死に戻った今の私は十六歳だから兄はいま十七歳で、来年通っている王都の学園を卒業する。
まだ、兄は未来で結婚する伯爵令嬢とは婚約を結んでいない。
あの日、兄が冤罪で嵌められ処刑されたのは、きっと誰かに利用され裏切られたからだ。
十八歳で公爵家に嫁ぎ、ほぼ外に出ることが許されなかった私は、父とも兄とも会えることもなく手紙のやり取りすらできなかった。
悔しいことに、処刑されるまでの兄の状況がまったくわからない。
急がなければ、私が復讐するべき相手だろう者たちは、既に兄へと手を伸ばしているかもしれない。
第二王子 ディオン・ラブレ・マルロー様
その王子の親友として常に彼の側にいたのが、イレール・モルヴァン公爵子息
他の側近がシリル・ロパルツ伯爵令息、たしか宰相様のご子息。
もう一人の側近がレイモン・コデルリエ子爵令息、こちらは王国騎士団の騎士団長様の息子だったかしら?
あの日、兄が処刑された日に我が子爵邸も火に包まれた。
屋敷に火を点けたのは、第二王子を護衛する王国第二騎士団の騎士たち。
王族を毒殺した家ならば、当然、爵位ははく奪、家は取り潰し、一族郎党は罰を受けるだろう。
屋敷に火を点けたのも、処罰の一環だったのかもしれない。
でも、あの日、本来なら王都に呼びだされ牢に入れられているはずの父は、子爵家の屋敷にいたように思う。
公爵家に閉じ込められていた私が兄の処刑を意地悪なメイドから教えられたが、もしかしたら兄の処刑は突然の出来事だったのでは?
もし、私と同様に父も知らずにいたのなら……。
なぜだろう?
貧乏子爵家を潰したところで、第二王子になんの益があるというのか?
わからないわ……。
利用する価値があるとしたら兄の能力。
薬草を育て薬を作る能力に秀でている兄は、薬草栽培を主な産業とする子爵家の跡継ぎとしては申し分なかった。
特に、卒業研究として発表したあの新薬は……。
「あっ!」
そうだわ、なんで忘れていたのかしら!
「シャルロット。急に立ち上がってどうしたんだい?」
ソファに座ってお茶とお菓子をゆっくりと味わっていた兄は、サッと自分の分のお菓子を私の前から避難させる。
……失礼ね。
子供じゃあるまいし、兄の分まで食べませんわ。
ストンとソファに座り直し、優雅にティーカップを手に取り口へと運ぶ。
「シャルロット? お父様の分、食べるかい?」
はい、と差し出されたお皿の上には、素朴な焼き菓子が乗っていた。
「コホン。大丈夫です。ちょっと思い出したことがあって」
「思い出したこと?」
「ええ。あとでアンリエッタに手紙を書くわ」
私は父と兄に微笑んだあと、執事のモーリスに手紙の発送をお願いする。
アンリエッタは隣の領地の子爵令嬢で、貧乏な我が家と付き合ってくれる希少な貴族だ。
ふうっと息を吐いて心を落ち着け、私は兄にさり気なく問いかける。
「ところでお兄様。お兄様の学年には第二王子殿下もいらっしゃるとか。お兄様はお話したことかありまして?」
「……シャルロット。いつまで、その固い話し方を続けるんだい? 僕はいつものシャルロットが好きだよ?」
「まあっ!」
確かに子爵家で自由にというか、平民のように暮らしていたときは、もっと雑な話し方だったけど、公爵家で散々笑われた私は必至に話し方や笑い方を修正したのだ。
「僕はもっと素直な話し方が好きだな」
「そうだな。私もシャルロットは元気なほうが好きだな」
「もう、お父様まで!」
ふふふ、あはははと笑い合う家族の変わらない姿に、そっと目尻に滲んだ涙を拭く。
「なんだっけ? 第二王子殿下の話かい? 僕はあまりお会いすることもないし挨拶ぐらいしか接しないよ」
残念だったねと兄にウィンクされて、誤解されたことを知る。
「ち、ちがうわっ。別に第二王子殿下のことを気にしているわけじゃないわ」
「すまないね。子爵家では王家に嫁に出すことはできないよ。トホホホ」
「ちがうったら」
お父様まで兄の軽口に乗っかって!
呑気に笑い合ってますけど、第二王子殿下は間違いなくアルナルディ子爵家を破滅させた男ですわ。
「そんなこと言って。お兄様だってお相手はできましたの?」
貧乏子爵家のせいで嫡男である兄はいまだに婚約者がいない。
私? 持参金が用意できないのだから貰い手がいるわけがない。
「いないよ。授業のあとは図書館で植物図鑑を見ているか、薬草園の世話か薬の調合をしているからね」
ほら、ご覧と見せてくれたのは、爪先まで植物の汁で汚れた手だった。
「……素敵な手です。アルナルディ家を守る、素敵な手です」
私の言葉に父やモーリス、リーズまでが深く頷いて賛同してくれた。
でも……その手で作り出した薬こそが、アルナルディ家が悪魔に目をつけられる切欠になるのよ。
難病「夢魔病」を唯一完治することができる新薬「レヴェイエ」が第二王子殿下の名で広まることが、すべての始まりだったのだから。
チャリ。
あの日からペンダントを握りしめるのが癖になってしまった。
今もそっと握りこむ母からプレゼントされたペンダントトップはバラの意匠。
白いバラの花だったペンダントトップが死に戻り目覚めてから青く変わってしまったことを、兄も父も気づくことはなかった……。
死に戻った今の私は十六歳だから兄はいま十七歳で、来年通っている王都の学園を卒業する。
まだ、兄は未来で結婚する伯爵令嬢とは婚約を結んでいない。
あの日、兄が冤罪で嵌められ処刑されたのは、きっと誰かに利用され裏切られたからだ。
十八歳で公爵家に嫁ぎ、ほぼ外に出ることが許されなかった私は、父とも兄とも会えることもなく手紙のやり取りすらできなかった。
悔しいことに、処刑されるまでの兄の状況がまったくわからない。
急がなければ、私が復讐するべき相手だろう者たちは、既に兄へと手を伸ばしているかもしれない。
第二王子 ディオン・ラブレ・マルロー様
その王子の親友として常に彼の側にいたのが、イレール・モルヴァン公爵子息
他の側近がシリル・ロパルツ伯爵令息、たしか宰相様のご子息。
もう一人の側近がレイモン・コデルリエ子爵令息、こちらは王国騎士団の騎士団長様の息子だったかしら?
あの日、兄が処刑された日に我が子爵邸も火に包まれた。
屋敷に火を点けたのは、第二王子を護衛する王国第二騎士団の騎士たち。
王族を毒殺した家ならば、当然、爵位ははく奪、家は取り潰し、一族郎党は罰を受けるだろう。
屋敷に火を点けたのも、処罰の一環だったのかもしれない。
でも、あの日、本来なら王都に呼びだされ牢に入れられているはずの父は、子爵家の屋敷にいたように思う。
公爵家に閉じ込められていた私が兄の処刑を意地悪なメイドから教えられたが、もしかしたら兄の処刑は突然の出来事だったのでは?
もし、私と同様に父も知らずにいたのなら……。
なぜだろう?
貧乏子爵家を潰したところで、第二王子になんの益があるというのか?
わからないわ……。
利用する価値があるとしたら兄の能力。
薬草を育て薬を作る能力に秀でている兄は、薬草栽培を主な産業とする子爵家の跡継ぎとしては申し分なかった。
特に、卒業研究として発表したあの新薬は……。
「あっ!」
そうだわ、なんで忘れていたのかしら!
「シャルロット。急に立ち上がってどうしたんだい?」
ソファに座ってお茶とお菓子をゆっくりと味わっていた兄は、サッと自分の分のお菓子を私の前から避難させる。
……失礼ね。
子供じゃあるまいし、兄の分まで食べませんわ。
ストンとソファに座り直し、優雅にティーカップを手に取り口へと運ぶ。
「シャルロット? お父様の分、食べるかい?」
はい、と差し出されたお皿の上には、素朴な焼き菓子が乗っていた。
「コホン。大丈夫です。ちょっと思い出したことがあって」
「思い出したこと?」
「ええ。あとでアンリエッタに手紙を書くわ」
私は父と兄に微笑んだあと、執事のモーリスに手紙の発送をお願いする。
アンリエッタは隣の領地の子爵令嬢で、貧乏な我が家と付き合ってくれる希少な貴族だ。
ふうっと息を吐いて心を落ち着け、私は兄にさり気なく問いかける。
「ところでお兄様。お兄様の学年には第二王子殿下もいらっしゃるとか。お兄様はお話したことかありまして?」
「……シャルロット。いつまで、その固い話し方を続けるんだい? 僕はいつものシャルロットが好きだよ?」
「まあっ!」
確かに子爵家で自由にというか、平民のように暮らしていたときは、もっと雑な話し方だったけど、公爵家で散々笑われた私は必至に話し方や笑い方を修正したのだ。
「僕はもっと素直な話し方が好きだな」
「そうだな。私もシャルロットは元気なほうが好きだな」
「もう、お父様まで!」
ふふふ、あはははと笑い合う家族の変わらない姿に、そっと目尻に滲んだ涙を拭く。
「なんだっけ? 第二王子殿下の話かい? 僕はあまりお会いすることもないし挨拶ぐらいしか接しないよ」
残念だったねと兄にウィンクされて、誤解されたことを知る。
「ち、ちがうわっ。別に第二王子殿下のことを気にしているわけじゃないわ」
「すまないね。子爵家では王家に嫁に出すことはできないよ。トホホホ」
「ちがうったら」
お父様まで兄の軽口に乗っかって!
呑気に笑い合ってますけど、第二王子殿下は間違いなくアルナルディ子爵家を破滅させた男ですわ。
「そんなこと言って。お兄様だってお相手はできましたの?」
貧乏子爵家のせいで嫡男である兄はいまだに婚約者がいない。
私? 持参金が用意できないのだから貰い手がいるわけがない。
「いないよ。授業のあとは図書館で植物図鑑を見ているか、薬草園の世話か薬の調合をしているからね」
ほら、ご覧と見せてくれたのは、爪先まで植物の汁で汚れた手だった。
「……素敵な手です。アルナルディ家を守る、素敵な手です」
私の言葉に父やモーリス、リーズまでが深く頷いて賛同してくれた。
でも……その手で作り出した薬こそが、アルナルディ家が悪魔に目をつけられる切欠になるのよ。
難病「夢魔病」を唯一完治することができる新薬「レヴェイエ」が第二王子殿下の名で広まることが、すべての始まりだったのだから。
チャリ。
あの日からペンダントを握りしめるのが癖になってしまった。
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