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動く
病床の美少女
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なぜ私はこんなところにいるのだろう。
兄の背中を恨めしげに見つめながら、広い屋敷の赤い高級絨毯が敷かれた廊下をトボトボと黙って歩く。
隣にはこちらを窺うアンリエッタがピタリと寄り添っている。
ここは――モルヴァン公爵王都屋敷。
イレール様とミレイユ様が住む豪奢な屋敷だ。
私は歩きながら、ここを訪れることになった日を思い出していた。
私が思いもかけず、すべての元凶のオレリアと第二王子たちと出会ったことは、アンリエッタの告げ口で翌日にはイレール様の耳に入ってしまった。
その話を聞いたイレール様の顔は強張り、眉がギュッギュッと寄せられ、ギリッと歯を食いしばる音が聞こえるほど、とっても怖い形相だった。
私とアンリエッタがイレール様の様相に内心怯えていると、彼は別れの言葉もそこそこに速足でフルール様の元へと去っていった。
「なんだったの?」
「さあ?」
アンリエッタと顔を見合わせ首を捻ると、二人で大人しく馬車に乗って帰路に着いた。
その夜、一人の使者が手紙を携えてニヴェール家にやってきた。
どうも、モルヴァン家からの急ぎの手紙らしい。
宛名はサミュエル・アルナルディ……兄宛てだ。
「お兄様、手紙にはなんて書いてあるの?」
わざわざイレール様が手紙を寄越してきたのだから、とっても大事な内容だろう。
もしかしてオレリアのことで何かわかったことでもあったのかもしれない。
「……フルール様と第一王子殿下の名前も書いてある。端的に言うと、僕たちは今後一切、第二王子とその側近たち、オレリア嬢とは接触しないように。やんわりと命じられているね」
「「ええーっ!」」
私アンリエッタの声が重なる。
「そ、そんな! ジョルダン伯爵家と彼女との繋がりを見つけて、かの悪事を曝け出してやるまで、あともう一歩のところですのよ?」
アンリエッタが兄にグイグイと迫るが、兄は下がり眉で困っている。
「イレール様だけでなく、フルール様や面識のない第一王子殿下の名前まで入っているなんて。もしかして、イレール様たちは第二王子たちを警戒しているのかしら?」
父に聞いたときには、二人の王子は同母兄弟だから王位継承争いの心配もなく、特に問題のない兄弟仲だと世間には思われていると教えられた。
第一王子殿下も、弟が愚挙を起こし自分に牙を向けるなど思ってもいないだろうと。
実際、前の時間では最大の後ろ盾であるモルヴァン公爵家の嫡男を第二王子に奪われ、婚約者を毒殺されている。
第一王子殿下の評判はすこぶる良く、賢王になられるだろうと噂されているのだから、弟の裏切りは寝耳に水ってところかしら?
でも、手紙でこちらの動きを牽制してくるのは、自分たちが第二王子たちを疑って身辺を探っている途中だから?
「手紙には、僕たちに危険が及ぶのを心配してとあるね。確かにジョルダン伯爵家が違法物を密輸して売買していたら、僕たちの手には負えないよ」
「……そうですけど」
アンリエッタは悔しそうに唇を噛んだ。
私としても、アンリエッタや兄にこれ以上危険なところに首を突っ込んでほしくはない。
あとは、死に戻った私がこっそりと動けばいいと思う。
「シャルロット? お前も勝手に動いてはダメだよ」
「お兄様!」
まるでお前の考えていることはわかってると言わんばかりの兄の口調に、私は胸が突かれた思いだ。
「だいいち、僕が新薬を開発せず論文発表もしない。第二王子たちとも接触しない。これでだいたいの危機は避けられただろう? シャルロットの悲劇は回避できたはずだ」
「そ……そうかもしれないけど」
「第二王子たちの策略がなんなのかまではわからないけど、あとは上の方々で解決する問題だよ」
このまま何もなければ兄は処刑されることもなく、父が屋敷とともに火に包まれることもなく、私も崖から落ちることもないでしょう。
でも……本当にそれだけでいいの?
「ああ……もう一枚あった。えっと、え? ええ?」
「サミュエル様どうなさったの?」
兄は残りの手紙を凝視したまま、固まった。
どれどれとアンリエッタがひょいと手紙を兄の手から抜き取る。
「あら、イレール様がぜひ妹のミレイユ嬢に会ってほしいって。サミュエル様の目で夢魔病の症状を確認してほしいそうよ」
「え?」
ミレイユ様が闘病している場所って、モルヴァン公爵王都屋敷よね?
そこにイレール様も一緒に生活しているわよね?
あ……。
「ちょっ、ちょっと、どうしたの? シャルロット、顔が真っ青よ!」
目を瞑って少し前の出来事を思い出し、息をか細く吐く。
ここに来ると思ったら、前の時間でモルヴァン公爵家の使用人たちに甚振られた過去が蘇ってきて体が震えてしまったのよね……。
しかも、アンリエッタたちにうまく誤魔化すことができなかったから、秘密にしていたイレール様と結婚したあとのこともすべて白状させられたわ。
まさか、身分を越えて結婚した私たちが白い結婚で旦那様とは式のあと顔を合わすことは稀で、ほとんどを閉じ込められ虐められて生活していた……と知ったアンリエッタの顔が怖かった。
お兄様も手にしていた手紙をグシャリと握り潰していたし。
結局、イレール様の誘いはお断りすることが難しく、だとしても兄一人で送り出すのも怖くて、アンリエッタの付き添いのもと私もモルヴァン公爵王都屋敷を訪れることにした。
なるべく、使用人たちの顔は見ないように。
見知った顔を見つけたら、過去のフラッシュバックで私がどうなるか、自分でもわからないもの。
恐ろしいほど長く続いた廊下も終わるころ、イレール様が扉の前で足を止めた。
「ここだ」
屋敷の奥に隠されたお姫様、前の時間でも会うことのなかったミレイユ・モルヴァン。
彼女との出会いが、また一つあの凶事の謎を解く鍵となる。
兄の背中を恨めしげに見つめながら、広い屋敷の赤い高級絨毯が敷かれた廊下をトボトボと黙って歩く。
隣にはこちらを窺うアンリエッタがピタリと寄り添っている。
ここは――モルヴァン公爵王都屋敷。
イレール様とミレイユ様が住む豪奢な屋敷だ。
私は歩きながら、ここを訪れることになった日を思い出していた。
私が思いもかけず、すべての元凶のオレリアと第二王子たちと出会ったことは、アンリエッタの告げ口で翌日にはイレール様の耳に入ってしまった。
その話を聞いたイレール様の顔は強張り、眉がギュッギュッと寄せられ、ギリッと歯を食いしばる音が聞こえるほど、とっても怖い形相だった。
私とアンリエッタがイレール様の様相に内心怯えていると、彼は別れの言葉もそこそこに速足でフルール様の元へと去っていった。
「なんだったの?」
「さあ?」
アンリエッタと顔を見合わせ首を捻ると、二人で大人しく馬車に乗って帰路に着いた。
その夜、一人の使者が手紙を携えてニヴェール家にやってきた。
どうも、モルヴァン家からの急ぎの手紙らしい。
宛名はサミュエル・アルナルディ……兄宛てだ。
「お兄様、手紙にはなんて書いてあるの?」
わざわざイレール様が手紙を寄越してきたのだから、とっても大事な内容だろう。
もしかしてオレリアのことで何かわかったことでもあったのかもしれない。
「……フルール様と第一王子殿下の名前も書いてある。端的に言うと、僕たちは今後一切、第二王子とその側近たち、オレリア嬢とは接触しないように。やんわりと命じられているね」
「「ええーっ!」」
私アンリエッタの声が重なる。
「そ、そんな! ジョルダン伯爵家と彼女との繋がりを見つけて、かの悪事を曝け出してやるまで、あともう一歩のところですのよ?」
アンリエッタが兄にグイグイと迫るが、兄は下がり眉で困っている。
「イレール様だけでなく、フルール様や面識のない第一王子殿下の名前まで入っているなんて。もしかして、イレール様たちは第二王子たちを警戒しているのかしら?」
父に聞いたときには、二人の王子は同母兄弟だから王位継承争いの心配もなく、特に問題のない兄弟仲だと世間には思われていると教えられた。
第一王子殿下も、弟が愚挙を起こし自分に牙を向けるなど思ってもいないだろうと。
実際、前の時間では最大の後ろ盾であるモルヴァン公爵家の嫡男を第二王子に奪われ、婚約者を毒殺されている。
第一王子殿下の評判はすこぶる良く、賢王になられるだろうと噂されているのだから、弟の裏切りは寝耳に水ってところかしら?
でも、手紙でこちらの動きを牽制してくるのは、自分たちが第二王子たちを疑って身辺を探っている途中だから?
「手紙には、僕たちに危険が及ぶのを心配してとあるね。確かにジョルダン伯爵家が違法物を密輸して売買していたら、僕たちの手には負えないよ」
「……そうですけど」
アンリエッタは悔しそうに唇を噛んだ。
私としても、アンリエッタや兄にこれ以上危険なところに首を突っ込んでほしくはない。
あとは、死に戻った私がこっそりと動けばいいと思う。
「シャルロット? お前も勝手に動いてはダメだよ」
「お兄様!」
まるでお前の考えていることはわかってると言わんばかりの兄の口調に、私は胸が突かれた思いだ。
「だいいち、僕が新薬を開発せず論文発表もしない。第二王子たちとも接触しない。これでだいたいの危機は避けられただろう? シャルロットの悲劇は回避できたはずだ」
「そ……そうかもしれないけど」
「第二王子たちの策略がなんなのかまではわからないけど、あとは上の方々で解決する問題だよ」
このまま何もなければ兄は処刑されることもなく、父が屋敷とともに火に包まれることもなく、私も崖から落ちることもないでしょう。
でも……本当にそれだけでいいの?
「ああ……もう一枚あった。えっと、え? ええ?」
「サミュエル様どうなさったの?」
兄は残りの手紙を凝視したまま、固まった。
どれどれとアンリエッタがひょいと手紙を兄の手から抜き取る。
「あら、イレール様がぜひ妹のミレイユ嬢に会ってほしいって。サミュエル様の目で夢魔病の症状を確認してほしいそうよ」
「え?」
ミレイユ様が闘病している場所って、モルヴァン公爵王都屋敷よね?
そこにイレール様も一緒に生活しているわよね?
あ……。
「ちょっ、ちょっと、どうしたの? シャルロット、顔が真っ青よ!」
目を瞑って少し前の出来事を思い出し、息をか細く吐く。
ここに来ると思ったら、前の時間でモルヴァン公爵家の使用人たちに甚振られた過去が蘇ってきて体が震えてしまったのよね……。
しかも、アンリエッタたちにうまく誤魔化すことができなかったから、秘密にしていたイレール様と結婚したあとのこともすべて白状させられたわ。
まさか、身分を越えて結婚した私たちが白い結婚で旦那様とは式のあと顔を合わすことは稀で、ほとんどを閉じ込められ虐められて生活していた……と知ったアンリエッタの顔が怖かった。
お兄様も手にしていた手紙をグシャリと握り潰していたし。
結局、イレール様の誘いはお断りすることが難しく、だとしても兄一人で送り出すのも怖くて、アンリエッタの付き添いのもと私もモルヴァン公爵王都屋敷を訪れることにした。
なるべく、使用人たちの顔は見ないように。
見知った顔を見つけたら、過去のフラッシュバックで私がどうなるか、自分でもわからないもの。
恐ろしいほど長く続いた廊下も終わるころ、イレール様が扉の前で足を止めた。
「ここだ」
屋敷の奥に隠されたお姫様、前の時間でも会うことのなかったミレイユ・モルヴァン。
彼女との出会いが、また一つあの凶事の謎を解く鍵となる。
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