死に戻りの処方箋

沢野 りお

文字の大きさ
35 / 68
動く

病床の美少女

しおりを挟む
なぜ私はこんなところにいるのだろう。

兄の背中を恨めしげに見つめながら、広い屋敷の赤い高級絨毯が敷かれた廊下をトボトボと黙って歩く。
隣にはこちらを窺うアンリエッタがピタリと寄り添っている。

ここは――モルヴァン公爵王都屋敷。
イレール様とミレイユ様が住む豪奢な屋敷だ。

私は歩きながら、ここを訪れることになった日を思い出していた。

















私が思いもかけず、すべての元凶のオレリアと第二王子たちと出会ったことは、アンリエッタの告げ口で翌日にはイレール様の耳に入ってしまった。

その話を聞いたイレール様の顔は強張り、眉がギュッギュッと寄せられ、ギリッと歯を食いしばる音が聞こえるほど、とっても怖い形相だった。

私とアンリエッタがイレール様の様相に内心怯えていると、彼は別れの言葉もそこそこに速足でフルール様の元へと去っていった。

「なんだったの?」

「さあ?」

アンリエッタと顔を見合わせ首を捻ると、二人で大人しく馬車に乗って帰路に着いた。

その夜、一人の使者が手紙を携えてニヴェール家にやってきた。
どうも、モルヴァン家からの急ぎの手紙らしい。
宛名はサミュエル・アルナルディ……兄宛てだ。

「お兄様、手紙にはなんて書いてあるの?」

わざわざイレール様が手紙を寄越してきたのだから、とっても大事な内容だろう。
もしかしてオレリアのことで何かわかったことでもあったのかもしれない。

「……フルール様と第一王子殿下の名前も書いてある。端的に言うと、僕たちは今後一切、第二王子とその側近たち、オレリア嬢とは接触しないように。やんわりと命じられているね」

「「ええーっ!」」

私アンリエッタの声が重なる。

「そ、そんな! ジョルダン伯爵家と彼女との繋がりを見つけて、かの悪事を曝け出してやるまで、あともう一歩のところですのよ?」

アンリエッタが兄にグイグイと迫るが、兄は下がり眉で困っている。

「イレール様だけでなく、フルール様や面識のない第一王子殿下の名前まで入っているなんて。もしかして、イレール様たちは第二王子たちを警戒しているのかしら?」

父に聞いたときには、二人の王子は同母兄弟だから王位継承争いの心配もなく、特に問題のない兄弟仲だと世間には思われていると教えられた。

第一王子殿下も、弟が愚挙を起こし自分に牙を向けるなど思ってもいないだろうと。
実際、前の時間では最大の後ろ盾であるモルヴァン公爵家の嫡男を第二王子に奪われ、婚約者を毒殺されている。
第一王子殿下の評判はすこぶる良く、賢王になられるだろうと噂されているのだから、弟の裏切りは寝耳に水ってところかしら?

でも、手紙でこちらの動きを牽制してくるのは、自分たちが第二王子たちを疑って身辺を探っている途中だから?

「手紙には、僕たちに危険が及ぶのを心配してとあるね。確かにジョルダン伯爵家が違法物を密輸して売買していたら、僕たちの手には負えないよ」

「……そうですけど」

アンリエッタは悔しそうに唇を噛んだ。
私としても、アンリエッタや兄にこれ以上危険なところに首を突っ込んでほしくはない。
あとは、死に戻った私がこっそりと動けばいいと思う。

「シャルロット? お前も勝手に動いてはダメだよ」

「お兄様!」

まるでお前の考えていることはわかってると言わんばかりの兄の口調に、私は胸が突かれた思いだ。

「だいいち、僕が新薬を開発せず論文発表もしない。第二王子たちとも接触しない。これでだいたいの危機は避けられただろう? シャルロットの悲劇は回避できたはずだ」

「そ……そうかもしれないけど」

「第二王子たちの策略がなんなのかまではわからないけど、あとは上の方々で解決する問題だよ」

このまま何もなければ兄は処刑されることもなく、父が屋敷とともに火に包まれることもなく、私も崖から落ちることもないでしょう。
でも……本当にそれだけでいいの?

「ああ……もう一枚あった。えっと、え? ええ?」

「サミュエル様どうなさったの?」

兄は残りの手紙を凝視したまま、固まった。
どれどれとアンリエッタがひょいと手紙を兄の手から抜き取る。

「あら、イレール様がぜひ妹のミレイユ嬢に会ってほしいって。サミュエル様の目で夢魔病の症状を確認してほしいそうよ」

「え?」

ミレイユ様が闘病している場所って、モルヴァン公爵王都屋敷よね?
そこにイレール様も一緒に生活しているわよね?
あ……。

「ちょっ、ちょっと、どうしたの? シャルロット、顔が真っ青よ!」
















目を瞑って少し前の出来事を思い出し、息をか細く吐く。

ここに来ると思ったら、前の時間でモルヴァン公爵家の使用人たちに甚振られた過去が蘇ってきて体が震えてしまったのよね……。
しかも、アンリエッタたちにうまく誤魔化すことができなかったから、秘密にしていたイレール様と結婚したあとのこともすべて白状させられたわ。

まさか、身分を越えて結婚した私たちが白い結婚で旦那様とは式のあと顔を合わすことは稀で、ほとんどを閉じ込められ虐められて生活していた……と知ったアンリエッタの顔が怖かった。
お兄様も手にしていた手紙をグシャリと握り潰していたし。

結局、イレール様の誘いはお断りすることが難しく、だとしても兄一人で送り出すのも怖くて、アンリエッタの付き添いのもと私もモルヴァン公爵王都屋敷を訪れることにした。

なるべく、使用人たちの顔は見ないように。
見知った顔を見つけたら、過去のフラッシュバックで私がどうなるか、自分でもわからないもの。

恐ろしいほど長く続いた廊下も終わるころ、イレール様が扉の前で足を止めた。

「ここだ」

屋敷の奥に隠されたお姫様、前の時間でも会うことのなかったミレイユ・モルヴァン。
彼女との出会いが、また一つあの凶事の謎を解く鍵となる。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

処理中です...