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くだらない理由
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カーテンが閉められた薄暗い部屋に天蓋付きのベッドがポツンと置かれている。
私たちと変わりない年齢の貴族子女の部屋としては、殺風景で寂しく感じた。
静かな部屋の豪奢なベッドの上で、上半身を起こしてこちらを見ているのは、折れそうに細い儚げな少女だ。
肩から背中のラインに沿って流れるような長い金髪はキラキラと輝いて、こちらを真っ直ぐに見つめる大きな瞳は晴れた空の色。
青白い顔に赤い唇。
造りは完璧なのに、どこか心もとない、この美しい少女にそんな心象を抱いた。
イレール様はそのまま少女の手を取り、優しい声で話かける。
「ミレイユ。今日は新しく知り合った友達を連れてきたよ。ご挨拶してくれるかい?」
「ええ、お兄様」
ニッコリと笑ってもどこか寂しげな少女はイレール様の妹、ミレイユ・モルヴァン。
命の時間が限られている「夢魔病」に侵された人である。
「サミュエル・アルナルディです」
「……シャルロット・アルナルディです」
「アンリエッタ・ニヴェールです」
兄から順に名を告げ簡単な挨拶をすると、ミレイユ嬢は嬉しそうに眼を細めた。
「ありがとう、わたくしはミレイユ・モルヴァン。こんな格好でごめんなさい」
私たちは無言で頭を振り、なるべくミレイユ嬢の姿を直視しないよう気を配る。
「いま、お茶の用意をさせる。あちらで座っていてくれ」
「お兄様。わたくしもご一緒したいわ」
「……大丈夫か?」
夢魔病は眠気がなく起きているときも、倦怠感に襲われ体がダルくなる。
彼女は無理をしていないだろうか?
「ふふふ。そんなに心配そうにしないで。今日は本当に気分がいいのよ」
かわいらしく笑った彼女は、イレール様に横抱きにされソファーにゆっくりと下ろされた。
兄はそんなミレイユ嬢を気づかれないように観察しているようだった。
「初めまして。私の家、ニヴェール子爵家では商会を持っていまして、いま若い女性に人気のものを持ってきましたの」
さすがアンリエッタ、抜け目がないわ。
しばらく、私とアンリエッタ、ミレイユ嬢で流行りの恋愛小説や匂い袋、髪飾りなどで盛り上がる。
兄とイレール様は優しく見守るだけだ。
ひと通り時間が経つと互いの緊張も緩んできたのか、話題が身の周りの噂話になってきた。
「では、シャルロット様はフルール様とお会いしたのですね」
「ええ。ああ、私のことはシャルロットで構いません。イレール様のおまけでお会いしただけですよ」
ミレイユ嬢は同じ年ごろの同性とのお喋りが楽しいのか、コロコロとよく笑った。
「わたくしも幼いころはフルール様とよくお会いしていたのですけど、いまはお手紙だけなんです」
ちょっとしょんぼりとしたミレイユ嬢に、アンリエッタが外国で手に入れた透かし模様のレターセットの話をする。
高位貴族同士で、フルール様とともに王子の婚約者候補だったのなら、子どものころは王宮とかで顔を合わしていたのだろう。
ミレイユ嬢が元気だったのなら、あの第二王子との婚約が成立していたのかと思うと、彼女にとってどちらがよかったのか。
「フルール様とジュリアン様の婚約は嬉しかったですわ。わたくしにとってジュリアン様もう一人のお兄様みたいな頼もしい存在なのです」
「そうなんですか? じゃあディオン殿下もお兄様みたいな関係なのですね?」
ぐっ!
ア、アンリエッタったら、なんてことを口にするのよ!
驚いて咄嗟に彼女の顔を見ると、アンリエッタは涼しい顔をしているし、兄も慌てた感じがしない。
二人で申し合わせていたのかしら?
私に内緒で?
私がグルグルと考えている間に、ミレイユ嬢はスンッと表情を消し、冷たい声で言い放つ。
「わたくし……あの方は好きじゃありません」
「ミレイユ!」
イレール様が制止する声を上げるけど、ミレイユ嬢はツーンと顔を横に向ける。
「だって、あの方。フルール様に横恋慕しているのに、爵位が高いからとわたくしを婚約者にしてやるって宣ったんですよ? いつもジュリアン様を意識して勝手に僻んで妬んで。お兄様の忠告もずっと無視していたじゃない」
「ミレイユ、やめなさい。あれでも王子なのだ」
イレール様も本音が少し漏れているわ。
「ミレイユ様。ディオン殿下がフルール様のこと好きだったのは本当のことですか?」
好奇心丸出しで身を乗り出さんばかりに質問するアンリエッタに、私は頭が痛くなる思いだった。
公爵令嬢相手に、王族のゴシップに興味を持たないでよ。
「好き……ええ、好きなんでしょうけど、ディオン殿下は兄であるジュリアン殿下への反発心です、あの方、お兄様も自分の側近にしろって命令したんですもの」
ミレイユ嬢は、アンリエッタに話ながら頬を膨らませプリプリと怒り出した。
「ディオン殿下は昔から、兄王子であるジュリアン様を意識し過ぎなのです。なんでも張り合おうとして負けて。なんでも欲しがって奪って。いつか問題を起こすとわたくしは確信していますわ」
グッと握りこぶしで力説するミレイユ嬢に、イレール様は頭を抱え込んでしまった。
「あの方がわたくしを婚約者として諦めていないのは、ひとえにジュリアン殿下より爵位の高い婚約者を得たいという、くだらない見栄なのです」
……もしかして、前の時間の第二王子たちの暴挙の目的って、これが理由なの?
私たちと変わりない年齢の貴族子女の部屋としては、殺風景で寂しく感じた。
静かな部屋の豪奢なベッドの上で、上半身を起こしてこちらを見ているのは、折れそうに細い儚げな少女だ。
肩から背中のラインに沿って流れるような長い金髪はキラキラと輝いて、こちらを真っ直ぐに見つめる大きな瞳は晴れた空の色。
青白い顔に赤い唇。
造りは完璧なのに、どこか心もとない、この美しい少女にそんな心象を抱いた。
イレール様はそのまま少女の手を取り、優しい声で話かける。
「ミレイユ。今日は新しく知り合った友達を連れてきたよ。ご挨拶してくれるかい?」
「ええ、お兄様」
ニッコリと笑ってもどこか寂しげな少女はイレール様の妹、ミレイユ・モルヴァン。
命の時間が限られている「夢魔病」に侵された人である。
「サミュエル・アルナルディです」
「……シャルロット・アルナルディです」
「アンリエッタ・ニヴェールです」
兄から順に名を告げ簡単な挨拶をすると、ミレイユ嬢は嬉しそうに眼を細めた。
「ありがとう、わたくしはミレイユ・モルヴァン。こんな格好でごめんなさい」
私たちは無言で頭を振り、なるべくミレイユ嬢の姿を直視しないよう気を配る。
「いま、お茶の用意をさせる。あちらで座っていてくれ」
「お兄様。わたくしもご一緒したいわ」
「……大丈夫か?」
夢魔病は眠気がなく起きているときも、倦怠感に襲われ体がダルくなる。
彼女は無理をしていないだろうか?
「ふふふ。そんなに心配そうにしないで。今日は本当に気分がいいのよ」
かわいらしく笑った彼女は、イレール様に横抱きにされソファーにゆっくりと下ろされた。
兄はそんなミレイユ嬢を気づかれないように観察しているようだった。
「初めまして。私の家、ニヴェール子爵家では商会を持っていまして、いま若い女性に人気のものを持ってきましたの」
さすがアンリエッタ、抜け目がないわ。
しばらく、私とアンリエッタ、ミレイユ嬢で流行りの恋愛小説や匂い袋、髪飾りなどで盛り上がる。
兄とイレール様は優しく見守るだけだ。
ひと通り時間が経つと互いの緊張も緩んできたのか、話題が身の周りの噂話になってきた。
「では、シャルロット様はフルール様とお会いしたのですね」
「ええ。ああ、私のことはシャルロットで構いません。イレール様のおまけでお会いしただけですよ」
ミレイユ嬢は同じ年ごろの同性とのお喋りが楽しいのか、コロコロとよく笑った。
「わたくしも幼いころはフルール様とよくお会いしていたのですけど、いまはお手紙だけなんです」
ちょっとしょんぼりとしたミレイユ嬢に、アンリエッタが外国で手に入れた透かし模様のレターセットの話をする。
高位貴族同士で、フルール様とともに王子の婚約者候補だったのなら、子どものころは王宮とかで顔を合わしていたのだろう。
ミレイユ嬢が元気だったのなら、あの第二王子との婚約が成立していたのかと思うと、彼女にとってどちらがよかったのか。
「フルール様とジュリアン様の婚約は嬉しかったですわ。わたくしにとってジュリアン様もう一人のお兄様みたいな頼もしい存在なのです」
「そうなんですか? じゃあディオン殿下もお兄様みたいな関係なのですね?」
ぐっ!
ア、アンリエッタったら、なんてことを口にするのよ!
驚いて咄嗟に彼女の顔を見ると、アンリエッタは涼しい顔をしているし、兄も慌てた感じがしない。
二人で申し合わせていたのかしら?
私に内緒で?
私がグルグルと考えている間に、ミレイユ嬢はスンッと表情を消し、冷たい声で言い放つ。
「わたくし……あの方は好きじゃありません」
「ミレイユ!」
イレール様が制止する声を上げるけど、ミレイユ嬢はツーンと顔を横に向ける。
「だって、あの方。フルール様に横恋慕しているのに、爵位が高いからとわたくしを婚約者にしてやるって宣ったんですよ? いつもジュリアン様を意識して勝手に僻んで妬んで。お兄様の忠告もずっと無視していたじゃない」
「ミレイユ、やめなさい。あれでも王子なのだ」
イレール様も本音が少し漏れているわ。
「ミレイユ様。ディオン殿下がフルール様のこと好きだったのは本当のことですか?」
好奇心丸出しで身を乗り出さんばかりに質問するアンリエッタに、私は頭が痛くなる思いだった。
公爵令嬢相手に、王族のゴシップに興味を持たないでよ。
「好き……ええ、好きなんでしょうけど、ディオン殿下は兄であるジュリアン殿下への反発心です、あの方、お兄様も自分の側近にしろって命令したんですもの」
ミレイユ嬢は、アンリエッタに話ながら頬を膨らませプリプリと怒り出した。
「ディオン殿下は昔から、兄王子であるジュリアン様を意識し過ぎなのです。なんでも張り合おうとして負けて。なんでも欲しがって奪って。いつか問題を起こすとわたくしは確信していますわ」
グッと握りこぶしで力説するミレイユ嬢に、イレール様は頭を抱え込んでしまった。
「あの方がわたくしを婚約者として諦めていないのは、ひとえにジュリアン殿下より爵位の高い婚約者を得たいという、くだらない見栄なのです」
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