死に戻りの処方箋

沢野 りお

文字の大きさ
47 / 68
暴く

悪事を暴く初手

しおりを挟む
ミレイユ様が患っている夢魔病を治癒する薬草として吸魔草が適している。
なぜなら夢魔病とは、既に退化してしまった人体に不必要な魔力が体を巡り内臓機能を停止させてしまう病だから。

吸魔草は、その名のとおり体内にある魔力を吸う効果が見込まれる。
そして、スムーズに集めた魔力を対外に放出させる効能の薬草と混ぜれば、体内の魔力からの影響を最小限に抑えることができる。

兄はこの薬の調合までは成功していた。
あとは、どうでもいいが味のバランスと吸魔草の栽培方法だ。

「まさか、夢魔病の薬の薬草を我が家の温室だけで栽培することはできないし」

物理的に薬草畑が足りない。
あれ? 前の時間のときはどうしていたのかしら?
まさか、あの温室だけで栽培していた?

いいえ、ジョルダン伯爵家がヴォルチエ国と交易をしているなら、母が作った温室に使われている魔道具と同様の物が用意できたはず。
つまり、第二王子の宮殿のどこかに同じ温室を造ったと考えられる。

この吸魔草の栽培に必要な養分は魔力だと想定して、兄は栽培環境を整えるため思考する。
ミレイユ様に提供する薬の分なら我が家の温室で賄えるけど、兄はきっと夢魔病に苦しんでいるすべての人に薬を与えようとする。
それは貴族だけでなく平民にも、孤児にも。

「でも、値段がねぇ」

私は兄が作った夢魔病の薬……ちょっと大きめな飴にしか見えないが、指でつつく。

結局、魔力を補うために魔獣の体内にあるという魔石を使うことにした。
この魔石を砕いて粉にして土に混ぜる。
あとは、一番効果的な配合を試作を重ねて導きだすのみ。

学園に戻った兄は、研究室では夢魔病の薬には一切手を付けないようにしているので、例の論文用の風邪薬の補助剤の試作を重ねている。
ちゃんと監視役の助手さんもいるから、兄も無謀のことはしないだろう。
オレリアの眼があるところで、夢魔病の薬など研究してほしくないわ。

「どう? ジョルダン伯爵家の隣の領地では僻地の村、その隣の領地では町の孤児院とそのシスターたち。ジョルダン伯爵家の領地では牢屋に入っていたならず者たちが、例の薬で死んでいると思うわ」

バサリとニヴェール子爵家の商会と取引している行商人たちの報告書を広げるアンリエッタ。
ジョルダン伯爵は自領でも被害が出ないと怪しまれると思ったのか、重罪確定の犯罪者に薬を飲ませたみたいだ。

「下位貴族といっても派閥に偏りはなかったの?」

「それはこちらで調べましたわ。第二王子と懇意にしている男爵、子爵家にも被害がありましたが……評判のよくない者たちでしたから、ご実家では安堵しているかもしれませんわね」

フルール様は眉を顰められ扇を広げた。
家族の情としてはあり得ないが、貴族であるならば下手したら一族郎党に及ぶ失態をするかもしれない者がいなくなるのは、胸を撫でおろすことかもしれない。
そして、ていよく使われた後に始末されたとも言える。

「第二王子……いいえ、オレリアの手足となって動いていたんでしょうね」

たぶん、その子息たちが他の子息たちに薬を勧め広めていった。

「そうね。顔も知らない者からの薬なんて口にしないわよ。一応貴族なんだから、毒や媚薬、睡眠薬ぐらいは気にしているでしょう」

アンリエッタも私の考えに賛同してくれた。

「ジョルダン伯爵家がヴォルチエ国と交易している薬草ですが……その薬草自体は違法として取り締まる毒草に当たらないのです。となれば、調合したあとの薬、その薬を作った者、その薬を作らせた者として辿るしかありません」

フルール様が悔しそうに唇を噛む。

「薬を手に入れるのはそのサロンに紛れこめばいいけど、薬を捌いている者も捕まえないとダメね」

「確実にジョルダン伯爵家とオレリアまで辿らなければ、また何かを仕掛けてくるわ」

前の時間で奴らの手の内がわかっている今回だけが、あの人たちの罪を暴く唯一の機会なのだ。

「ジョルダン伯爵家のことと薬を広めている者については我がデュノアイエ家とイレール様が動いています。貴方たちは無理をなさらないように」

フルール様に釘をさされ、私たちは深々と頭を下げた。

「でも、オレリアを捕まえるのにジョルダン伯爵家の悪事を暴くだけでいいのかしら」

私は心に残る不安を吐露する。
既にジョルダン伯爵家の養女となっているオレリアは、共に裁かれる可能性が高い。
彼女が関係していたという証拠が出れば、処罰されるのは間違いない。

「だとしても、薬を使って第二王子たちを焚きつけたことは証明できないのでは?」

私はもう、第二王子がオレリアを使って兄や私たちを陥れたとは思っていない。
彼女が、彼女こそが私たちの敵。

第二王子に王位簒奪という野望を抱かせ、王子が好意を抱いていたフルール様を毒殺させ、自分の兄の親友であるイレール様を苦しめるためにイレール様の最愛の妹の命さえ弄んだディオン殿下は、所詮あの女の操り人形だった。
それは、あの女と対峙した私だからわかる直感だ。

「アンリエッタ。オレリアの過去はわかった?」

「いいえ。孤児院に引き取られる前はわからないままだわ。ただし、この孤児院の近くに小さな港があるの。そこにはときおり外国から船が来るそうよ」

外国からの船?
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)

青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。 けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。 マルガレータ様は実家に帰られる際、 「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。 信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!! でも、それは見事に裏切られて・・・・・・ ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。 エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。 元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

処理中です...