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石を見つけましょう

アルベールの献身

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時は少し遡り・・・。
ゴダール男爵領地のリュイエの町にヴィーたち一行が戻り、バーベキューで町の人々と再会を喜んだ数日後。
エルフのアルベールは、ゴダール男爵騎士隊の馬を一頭借りて、アラスの町へと移動した。
古くからの知り合い、アラスの町の冒険者ギルドのギルドマスター、鬼人族のヴァネッサに会うために。





パカラパカラとゆっくりとしたスピードで馬を走らせ、心地よい潮風に髪を靡かせながらアルベールは物思いに耽っている。

エルフという種族は、どの種族よりも長命で出生率が低い代わりに病気に強く魔力も膨大な量を身に宿しているため、ほぼその寿命を全うする。
大体のエルフの夫婦は子供をひとり儲けるのが精いっぱいで、兄弟のいるエルフは珍しい。
そのため、子供のエルフは里でとても大事に養育される。

そんな風潮のある世界で、アルベールの子供時代は特殊だった。
彼が子供ながらにとても大人びた、言ってしまえば冷めた感情の子供だったからだ。
泣くことも笑うこともなく、大人でも理解するのが難しい話も容易く覚え、魔獣の命を絶つことにも頓着しない。
あまりに手のかからない、何を考えているか理解できないアルベールに失望した両親は、エルフとしては異例となる第2子を儲けることに必死となる。
アルベールの一族はそのエルフの里の長の一族だったため、里長として失格とされたアルベール以外に後継ぎが必要だったからだ。

アルベールは、子供のころからとても敏く賢かった。
年を重ね閉じられたエルフの里の閉塞感に苛まれるようになると、こっそりと里を下りて人里に行ってみたり、森の危険な魔獣を狩ったりした。
もともと親にも一族の者にも、他のエルフの者たちにも、情が湧くことはなかったからか、ある程度の年齢になると、彼はあっさりと里を捨てた。
里の方でも、自分たちとは慣れ合わない不気味なエルフがいなくなってホッと胸を撫で下ろしたであろう。

あちこち旅をして、冒険者ギルドに登録してからは魔獣狩りをして束の間の仲間と騒いで、それなりに楽しく刹那的に過ごした。
フラッと里に帰ったのは、ほんの気まぐれだった。
ちょっとは意趣返しの気持ちもあったかもしれない。
お前たちが持て余したエルフの子供は、お前たちよりも広い世界に受け入れられ強者として敬まれていると。

しかし、アルベールが里に戻って驚いたのは、自分に弟ができていたことだった。
まだ赤ん坊の、小さな弱い、可愛い赤ん坊。
アルベールはこの日からブラコンを炸裂して、ますますエルフの里の者たちに恐れられることになる。
可愛い弟と触れ合い、また里を出て冒険者として活躍して、疲れたら癒されに弟に会いに行き・・・を繰り返すこと何十年。

ある日、里に帰ったアルベールに両親が告げたのは、「里を出て行ったあの子が帰ってこない」という悲痛な叫び。
古い物に興味を持つようになった弟は、伝説のハイエルフを調べ始め古文書に書かれたハイエルフの里を訪ねる旅に出たという。

慌てて後を追いかけたアルベールは、ハイエルフの里と言われている森の近くの村で女性と結婚した弟の話を聞き、さらに血相を変えて弟の後を追いかけ・・・とうとうミュールズ国の果てで無言の再会をする。
そのまま弟が結婚した女性を放っておけず、冒険者時代の伝手を最大限に活かし、トゥーロン王国に潜入し、彼女と会うことができた。

しかし、彼女は・・・ハイエルフの彼女は、ほとんどのハイエルフがそうであるように感情を失っていた。
それは、ヴィーを産んでも戻ることは無かった。
彼女は弟と共に死んでしまったのだ。

ハイエルフはエルフよりも悠かに長い間生きる。
それこそ神のように長い長い、永久の時を生きるのだ。
果たしてそんなに長い間生きることが幸せなのだろうか?

だからこそ、ハイエルフは心を動かす出会いまで、心を失って生きるのだろう。
ハイエルフはその魂の半身に出会い心を動かすと、その相手と同じ時間だけ生きるという伝説もある。
長い永遠の寿命を失くしても、その相手と添い遂げると。
彼女は・・・自分が産んだ娘に心を取り戻すことなく、儚く微笑みながら消えていってしまった。

ディナールの町の鉱山ダンジョンで、ヴィーはハイエルフの遊び場を守る妖精に呼ばれ、水晶をプレゼントされたと話してくれた。
覚醒したハイエルフだけが訪れることができる水晶の間だそうだ。
覚醒・・・彼女もヴィーも自己が目覚めることを現すことだと思っていたみたいだが、それだけではないと思う。
なぜなら、彼女たちに外見的特徴が現れなかったからだ。
そう、このエルフの耳、尖った長い耳だ。
ヴィーの耳はまだ人族のような丸い小さい耳のまま。
私は、覚醒には2段階あると思っている。
自己の覚醒、そして・・・あとは何だろう?
これ以上、ヴィーを規格外の存在にしたくはないんだが・・・。

王女という偽の身分を、やっと捨て去ることができたというのに。
教会にて鑑定を行う儀式の招待をヴィーに告げず、鑑定を受けさせなかったのは私だ。
そんなものを受けたら、トゥーロン王国の王家の血が一滴も流れていないことがバレてしまう。

その頃から、自分の体調が悪くなっているのを自覚していた私はトゥーロン王国からの脱出を諦め、ただヴィーを守ることだけを考えていた。
幼いあの子を、まだ覚醒していない心を失ったままのあの子を外に出すわけにはいかない。
こんな腐った国でも、まだあの子は守られる。
まさか亜人奴隷の奴隷契約が個人に対して行われるものでなく、「王家直系」と契約するものと知らずに。
今思えば、なんと危ない綱渡りだったことか!
だが、あの奴隷契約の魔法陣を壊すときに垣間見たエルフの古代文字から察すると、血脈ではなくただの王家としての直系だったらしく、国王がヴィーを自分の娘として認識していたことが重要だったらしい。
確かに、王に子が無ければ兄弟などが次の王位を継ぐものだし、そのときに奴隷契約が継続できなければ大問題になるだろう。
同じ理由で、王の子としてその血が疑われているユベール殿下とエロイーズ様も問題なく奴隷を従えることができたということだ。



つらつらとつまらないことを考えている間にアラスの町の冒険者ギルドに着いた。
馬を預けて、案内もなく図々しくもギルマスの部屋へと進む。
コンコンとノックはするが、返事も訊かずに扉を開ける。
書類仕事が大嫌いなヴァネッサが、机に頬杖をついて私を出迎えた。

「なんだクソエルフ。まだいたのか?」


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