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番外編
書籍化記念番外編 ~お祭りの日~
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書籍化を記念して番外編をお楽しみください。
まだシルヴィーたちがトゥーロン王国にいて、イザックたちとお互いの正体をバラして協力していたときの話です。
◆◇◆◇◆◇◆◇
路地に乱雑に置かれた空の酒樽の上に座り、膝に頬杖ついて息を吐く。
困ったわ・・・。
路地から覗き見える大通りには、大人も子供も賑やかに行き交っている姿が。
・・・ふうっ。
まさか・・・・・・私が迷子になるなんて・・・。
イザックさんの給仕でオレンジジュースを飲んでいた私は、もう一度聞き直した。
「お祭り?」
「ああ、そうだ。ヴィーは知らないのか? 王都の祭だぞ? 半年に一度開かれるけど、いつもの店以外に出店も出るし、大道芸人や芝居小屋も開かれる賑やかな祭なんだけどな」
イザックさんがきょとんとした顔で私にお祭りの説明をしてくれるけど・・・そりゃ、王都育ちでそんな派手なお祭りを知らないのはおかしいよね。
だけど私は、みそっかすな第四王女なので! 箱入りならぬ王城の離れで軟禁気味な王女なので! 世間のことには疎いのです。
ついでに異世界でアラサーまで生きていた前世持ちなので、こっちの常識はやや乏しいのです。
チラッと隣に座るお爺さん姿のアルベールに視線を送ると、口元をナプキンで拭い一口紅茶を含む。
「ヴィーは王都育ちではありませんので。商会の会頭であるお祖父様も不在ではお祭りなど行けるわけがありませんでした」
しれっと嘘を吐いたよ、この人。
城から抜け出して、亜人を問答無用で奴隷にしてしまうとんでもない祖国であるトゥーロン王国を出て行こうと画策している私たちの王都で活動する際の仮の姿。
大きな商会の会頭であるお祖父様と離れて過ごす孫娘の私と亜人奴隷の使用人たちの設定ですな。
「そうだったのか。じゃあ今回は初参加になるな。珍しい花やアクセサリー、小物も売られるぞ」
「へえーっ」
私が興味のなさそうな相槌を打ったことに、不服そうなイザックさん。
何故に?
「そんな恰好してても女の子なんだから、花とかアクセサリーに目をキラキラさせてもいいんだぞ?」
「あははは。無理無理。諦めろ、イザック。お嬢はそんなのに興味はないよ」
机をバンバン叩きながらアホみたいに大笑いするバカ狼に腹が立ったので、机の下で足を伸ばして奴の脛を思いっきり蹴っ飛ばす。
「イテーッ!」
椅子をバッターンと派手に倒して、ピョコンピョコン片足を押さえて飛び跳ねている。
ふふふ、ざまぁみろ。
「嬢ちゃん。地方の郷土料理や焼き菓子も屋台で売られるぞ」
「にゃんですって!」
・・・もしかして、日本食に近い料理や食材が手に入るかも?
私はグルンと勢いよく首を動かしてアルベールの顔を真っ直ぐ見つめ、逃がさないように胸倉も両手でしっかり握って。
「行きたい! 行きたい! 行きたいったら行きたーい!」
全力で強請ったわよ、子供の特権よね。
「なんとか、全員でお祭りに参加できりゅように交渉したにょに」
離れのお屋敷を空にするのは渋っていたアルベールだったが、祭当日は警備の関係で城の衛兵たちも駆り出され、こちらの監視が手薄になることを衛兵たちの会話を盗み聞きした私のしつこい粘り勝ちで全員参加となった。
ルネとリオネルには、私が口を酸っぱくして「迷子にならないように!」と言い聞かしていたのに・・・その張本人が迷子になるなんて・・・。
「人生、何がありゅか本当にわかりゃないわねぇ」
頬杖をついたまま、悩ましくふうーっと息を吐く。
途中までは順調だった屋台周りも、セヴランが服飾の小物品を取り扱った店で立ち止まったところから歯車が狂い出す。
なんでも、希少な貝殻を使ったボタンとか透明度の高いガラスでつくられたカフスボタンとかが気になったらしい。
全員で立ち止まってセヴランが戻ってくるのを待っている間に、美味しい匂いに刺激を受けリオネルが走りだす。
繋いだ手を振り払われたルネが無言で追い駆けるが、何故か途中で右に曲がっていくルネ。
子供二人が左右に別れ逸れていくのに、慌てたアルベールが二人を追い駆ける。
リュシアンにくれぐれも私から目を離すな! と言い残して。
さすがに呑気にセヴランの見るだけ買い物に付き合っていられないと、リュシアンがセヴランを呼び戻しに行ったその瞬間。
予想もしなかったことが起きた。
ほんのちょっと、私とリュシアンに生じた僅かな隙間に、女性の集団が割り込んできたのだ。
どうやら芝居小屋の演者、しかも主役のイケメン男優さんが舞台衣装で宣伝に歩いていたらしく、追っかけの女性たちの集団に巻き込まれたのだ・・・体の小さい私が。
あれよあれよと押されて躓いて転がって、這う這うの体で辿り着いたのがこの路地だった。
「・・・これって私のせいになりゅの?」
理不尽な思いがフツフツと湧いてくるが、まだアルベールに怒られるとは決まっていないのだから、落ち着こう。
「ちっ」
落ち着くためにも、何かを飲み食いしたいのにお金がないのです。
緊急用のお金は持っているけど、果たしてこの状況はそのお金を遣ってもいいものなのか・・・悩む。
頬杖を止めて両腕を組んでうーんと悩んでいると、遠くからか細い女性の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃーっ!」
「・・・けて・・・だ・・・ー」
声の方向はここよりさらに奥まった場所から聞こえてくる。
ええーっ、この路地でさえ危ないのにさらに奥まった所に女の人が入って行ったらダメだと思うなぁ・・・。
お祭りで気分がふわふわした頭の弱い女性が迷子にでもなって、入り込んでしまったのか?
もお、しょうがないなー。
私は座っていた酒樽からぴょんと飛び降りて、悲鳴の聞こえた方向へと足を向けた。
あちこち曲がりタタタと軽快に走って辿り着いた場所は、ちょっとポロい家がひしめきあって建っている区画の路地の突き当り。
怯える少女二人を囲むように大柄な男が四人。
チロッと盗み見れば、少女の服装は明らかに商家の娘風に見せたワンピースと帽子。
でも、質が良いのでキラキラしく見えて、まったく変装して防犯した意味を成してない。
どうやら、貴族子女のお忍びと悪いことをしようとしている・・・でも生粋の悪人というよりお酒を呑んで気が大きくなっているバカ者って感じ。
キョロキョロと自分の足元を見回して、手ごろなサイズの小石を四つ拾う。
下手に手加減するとこっちの身も危ないから、確実に殺るわ! あ、違った・・・気絶させるわっ!
あわよくば、人助けをしていたので迷子になっていないと小姑アルベールを誤魔化すんだから。
「よっ・・・と」
まずは、足で小石を蹴っ飛ばして壁にぶつけ、わざと音を立てる。
コツンと音が聞こえたチンピラ共は酒で赤くなった顔を揃ってこちらに向けた。
「誰だっ!」
私だよーんと心の中で返事をして、手の中の石を【身体強化】した腕で次々に投げていく。
男どものアルコールがたっぷりと入ったお腹へと。
ボスン、ボスンと胃に当たる石の衝撃に前のめりに倒れ、中には胃の中の物を吐き出す奴もいたが、チンピラに向かってダッシュで近づく。
今度は足に【身体強化】をかけ飛び上がり、両手を組んでガツッと男の延髄に振り下ろす。
ひとーり、ふたーり、さんにーん・・・ガツッと殴れば「ぐえっ」と蛙が潰れた声を上げ気を失っていく。
「あれ?」
一人だけ、まだ立っている。
なんでと首を傾げた私の目に映るのは、腹に当てた石が転がっているのと男のポヨヨンなお腹の脂肪。
「ちっ!」
衝撃が足りなかったか・・・。
「こんのガキがーっ!」
チンピラの残りは腹を摩っていた両手を振り上げて、か弱い私を捕まえようとする。
ざけんなっ! 私はさらに身を低くして駆け、奴の足元を【身体強化】したままの足で払う。
「おうっ!」
案の定、デブな奴は重心を崩して後ろへと倒れて行くので、私は奴の胸に飛び乗って両手で顔を掴み地面へと押し付ける。
ズズーンと僅かに砂埃を上げて沈んだチンピラはピクリとも動かない・・・動かないよね?・・・大丈夫だよね?
「ひいいいっ。死んでしまった!」
「死んでにゃい!気を失っただけ!」
物騒なこと言わないでよ! ちゃんと小声で『麻痺・昏倒』と日本語呪文を唱えてやりましたよ。
デカブツの上からどいて、襲われていた少女へくるりと体を向ける。
「うわああぁっ」
美っっっじーん!
明るい金髪が背中を覆う長さの少女はめちゃくちゃ美人だった!
思わず拝みたくなるほどに。
「えーっと・・・大丈夫?」
「はっ! た、助けてくださっのね。ありがとうございます」
ペコリと美人さんは私にお礼を言うと、後ろに控えているもう一人の少女の様子を窺う。
後ろにいる少女も可愛い部類の顔立ちをしているけど、私のこと人殺しみたいな発言したし・・・それに、こっちの子は美人さんのお付きじゃないの?
主人を盾にして自分の身を守る・・・ダメじゃん。
「ここにいたら、危にゃいよ」
「ええ・・・そうですわね」
恐怖から座り込んでいた二人の少女は、恐る恐る立ち上がり服に付いた土埃を手で叩いている。
その様子からも、金髪の美人さんが主人で、甲斐甲斐しく世話をしている風なのがお付きの人だと思うんだけど?
「こいつゅらも目を覚ますかもしれにゃい。あっちに行こうよ」
せめて、大通りから目につく所に居て休んだら?
私の言葉に美人さんは軽く頷き一歩前に進もうとしたが、もう一人の少女が彼女の腕を掴んで引き留めた。
「ダ、ダメです。ここにいましょう。で・・・お兄様が探してくれていますわ」
「そうだけど・・・」
「・・・危にゃいよ。こいつゅらはただの酔っ払い。でも・・・ここにいたら人さりゃいがくりゅ」
人さらいにビクッと反応したのは、意外にもお付きの少女だった。
ふーん、ほー、そういうことなのかな?
私はこっそり【鑑定】を使ってそっちの少女を見極める。
「・・・行くよ」
「ええ。ねえ、ジュリアもう少し安全な所でお兄様たちを待ちましょう」
「で・・・ですが・・・。あまりここを離れると・・・」
困るよね、アンタは。
ここで、その美人さんを受け渡す予定になっているんだもんね? 怪しい組織に。
私は予定外のことに焦り挙動不審になっている少女の隙をつき、美人さんの腕を掴み走り出した。
もちろん、反対の腕を掴んでいた少女の手は思いっきり払ってね。
「でんっ・・・。リリお嬢様ーっ!」
追いかけてこようとしても無駄だよ。
私は即座に自分と美人さんに【認識阻害】の魔法をかけ、年のために狭い路地をグルグルと走り回った。
だって、あそこでのんびりしていたら、人さらいの奴らが来ちゃうからね。
「ハアハア。ハアハアーッ」
「ご・・・ごめんね」
すまんかった、我、【身体強化】をかけたまま全力疾走をしてしまいました。
場所は「ミゲルの店」でいつも座る奥の四人掛けのテーブル。
イザックさんが引き攣った顔でジュースを持ってきてくれる。
「ヴィー・・・店は準備中なんだが?」
「・・・迷子みつゅけた」
ズーッとオレンジジュースを一気の飲み、ぷはっ。
「お前が迷子だろうがっ! ったく、リュシアンが今頃焦って探し回っているぞ」
迷子は私ではない。
しょうがないから【鑑定・探査】を張り巡らせる。
むむむ、ルネはアルベールに無事確保されたみたい。
リュシアンとセヴランが追いかけているのは・・・リオネルだね。
あっちこっちの屋台で食べまくっているのかもしれない。
「みんな、屋台で遊んでりゅ」
「はあーっ。今、オーブリーが呼びに行ったから待ってろ」
「うん。おかわり」
ズイッと空のグラスを差し出す。
「・・・待ってろ」
イザックさんが厨房へと戻って行ったが、ミゲルさんの厳しい視線が美人さんから外れることはない。
どうやら、ミゲルさんたちとこの美人さんは知り合いみたい・・・しかも、私には隠しておきたい関係の。
「どうして・・・ジュリアを置いてきてしまったの?」
ちょっと涙目で責めるような口調に、うぐっと胸は突かれるけど・・・説明してあげたほうがいいよね?
「あの子・・・人さりゃいの仲間。青闇の檻っていう犯罪集団の。あしょこで仲間と待ち合わせしてた。さりゃうのは・・・あなた」
「!!・・・まさか・・・」
ブルブルと震える手で口を押さえる美人さんの姿が、痛々しいです。
「ヴィー。それは本当か? 青闇の檻っていえば指名手配の集団だぞ?」
私のおかわりのジュースを持ってきたイザックさんが、やや青い顔で確認してきたのでコクリと大きく頷いてやる。
「その場所・・・わかるか?」
再びコクリと頷けば、イザックさんは王都の地図を広ろげて、私に羽ペンを持たせる。
うんっと、最初に私が居た路地がこの店のここで・・・ここを抜けてそこを曲がって・・・。
「ここりゃ辺」
「でん・・・アンタも、ここで間違いないか?」
「すみません。わたくしではちょっとわかりませんわ」
なんでみんなこの美人さんを、あの人さらいの仲間の少女は「リリお嬢様」と呼んでいたが、名前を呼ぶときに「でん・・・」と声を詰まらせるのだ?
「ヴィーはオーブリーがリュシアンたちを連れてくるまで大人しく待ってろよ。俺は警備の詰め所に行ってくるから!」
「はーい」
じゅるるるとジュースを飲んで待ってますよーだ。
なんとなく顔を見合わせた美人さん、リリさんに向かってニカッと笑ってみせた。
リリお姉さんとはお互いの引き取り人が来るまで色々な話をした。
私の話は言えないことも多いので、ルネとリオネルを猫に変え、アルベールを厳しい家庭教師に変えて話し、料理の失敗談も面白おかしく手振り身振りつきで話した。
厨房で盗み聞きしているミゲルさんが「ぷぷっ」と笑いをもらすほどに。
リリお姉さんもコロコロと可愛い声でお上品に笑ってくれた。
・・・よかった、笑えて。
お付きの人との仲がどの程度だったかわからないけど、知っている人に人さらいに渡されるなんてショックだったろう。
しかも酔っ払いに襲われる寸前だったし・・・。
でも、今はニコニコと笑っているし、破顔したお顔も後光が差すかと見間違えるほどお美しい!
「ああ、坊やの話は本当に楽しいわ。あら・・・坊やのお名前を聞くのを忘れてましたね」
「ヴィーだよ」
坊や・・・イザックさんたちにはとっくの昔に正体がバレているけど。いつも町に来るときは男の子の恰好をしている私は、キャスケット帽を深く被り直した。
「そう、ヴィー君ね。わたくしは・・・リリよ」
「リリ・・・お姉さん?」
お姉さんと呼びかけると、彼女は口に両手を当てて何だか感動しているようだった。
「ええ。・・・でも残念だわ。できればヴィー君とお祭りを楽しみたかったのに、こんなことがあっては真っ直ぐに帰らなくては」
リリお姉さんはがっくりと項垂れてしまった。
私は帰らないけど・・・絶対に帰らないけど・・・まだ買い食いもし足りないし大道芸も見ていない。
でも、商家の娘のフリをしているリリお姉さんは、たぶん貴族の子女だから、護衛の人たちに連れ戻されるだろう。
ちょっと、かわいそう。
そこへ、カチャリと店の扉が外から開けられる。
「・・・ヴィー」
呼ばれて顔を向けるとオーブリーさんが無表情で立っており、右の親指を外に向けている。
どうやら、私の迎えが先に着いてしまったらしい。
「ヴィー君。お別れね。今日は本当にありがとう。お礼をしたいのだけど・・・」
私はフルフルと頭を左右に振って、ズボンのポケットから出すフリで【無限収納】から天使の羽をモチーフにした針金とビーズのブローチを取り出す。
貴族のお嬢さんには似合わないが、町の小汚い男の子が宝石をあしらった豪華な宝飾品を持っているわけがないので、しょうがない。
「これ・・・あげりゅ」
「まあ! とっても素敵」
リリお姉さんの悲し気に伏せていた眼がキラキラと輝き出す。
「お祭りの・・・思い出に」
「あ・・・ありがとう! ヴィー君、わたくし大事にしますわ」
リリお姉さんの差し出された両手にブローチを渡す前になんとなく祈った。
この美人で優しいお姉さんが幸せになりますように。
今日みたいに危ない目に合わず、合ったとしても大事に至らず無事でありますように。
・・・リリお姉さんへの思いが強かったせいか・・・意図せずに守護の魔道具アクセサリーに変貌してしまったが・・・言わなきゃわからん。
「じゃあね」
私は椅子から滑り降りて、オーブリーさんの横を走り抜け、外で待っている家族の元へと走り出す。
感動の再会・・・ではなく、リュシアンには拳で両方のこめかみをぐりぐりと押されるし、セヴランには涙目でしつこくお説教されるし、アルベールは不気味に笑っていて・・・怖かった。
人助けをしていたと主張しても、彼らの心配の裏返しのお説教は翌日まで続いたのである。
いや、お祭りはルネとリオネルと一緒に堪能したからいいけどね!
「リリアーヌ!」
「ヴィクトルお兄様!」
血相を変えて「ミゲルの店」の裏戸から飛び込んできた兄・・・トゥーロン王国第一王子ヴィクトルの腕の中にすっぽりと納まったのは、同じくトゥーロン王国第二王女のリリアーヌ姫だった。
「ジュリアと一緒に居たお前を見失ったときは、肝が冷えたが・・・。まさか彼女が青闇の檻の仲間だったとは・・・。本当にすまなかった」
「いいえ。わたくしも気づきませんでした。でも、いつもと違って彼女が同行すると知ったとき・・・何か違和感がありましたわ」
「青闇の檻については詳しく調べよう。ザンマルタン家と何か繋がっているかもしれない」
王座を狙う第二王子の祖父であるザンマルタン侯爵は、人身売買に深く関わっている人物だ。
「ところで・・・誰かに助けられたとイザックから聞いたが?」
「そうだよ。俺たちの店の常連の連れで、まだガキだぞ」
走ったヴィクトルを慌てて追いかけてきたのか、少し息が乱れたイザックは、グラスに水を注いでゴクゴクと飲んでいる。
「小さな男の子でした。ヴィー君という名前で。イザックさん、わたくし彼にお礼をしたいのですが・・・」
「ああ。あっちもワケありだ。放っておいたほうがヴィーも安心するぜ」
イザックの言葉に肩を落としたリリアーヌは、手の中のかわいいブローチに改めて目を落とす。
「ふふふ」
「リリアーヌ。かわいそうだが、城に戻ろう。また次の機会に町を案内するから」
「まあ、ヴィクトルお兄様ったら。わたくしは婚約が決まり次第ミュールズ国に行くのですよ? そうなったらミュールズ国の王都をアデル様に案内してもらいます」
プイッと拗ねて顔を背ける妹がかわいくて、ヴィクトルは自分とお揃いの明るい金髪の頭を撫でた。
「すまない、すまない」
「・・・ヴィー君・・・。たぶんあの子と同じくらいかしら?」
「あの子?」
「もうすぐ会える、わたくしたちの大事な妹、シルヴィーですわ」
「そうだね。シルヴィーのためにも早くこの国をなんとかしなくては。ミゲル、イザック、オーブリー・・・協力を頼む」
「「「はい!」」」
王都の大通りから外れた場所に構えた店から、こっそりと馬車に乗って城へと帰る王族二人はこの後、運命の嵐に遭い紆余曲折を経てそれぞれが望む幸せを手にすることとなる。
そのきっかけを与えた一人の少女との出会いをそうだと知らないままに。
◆◇◆◇
この後、リリアーヌ王女はあの惨劇から息を吹き返し、王城から逃げるときに大神官様に助けられ、教会で聖女と称えられ、無事にミュールズ国第二王子と再会し、幸せな結婚をすることができます。
命が助かったのは、シルヴィーが何気なく祈ったことでアクセサリーが守護の魔道具に変化したからです。
書籍化の最初の頃、ページ数の関係で埋め合わせするかも?と思い作った話でした。
結果、必要なかったのですが、そのときには連載で「聖女」を出してしまったので、最後はご都合主義展開の極みのようにリリアーヌ王女が復活することになりました。
でも、後悔はしてません!
みんなが幸せになってほしいのです。
ありがとうございました。
まだシルヴィーたちがトゥーロン王国にいて、イザックたちとお互いの正体をバラして協力していたときの話です。
◆◇◆◇◆◇◆◇
路地に乱雑に置かれた空の酒樽の上に座り、膝に頬杖ついて息を吐く。
困ったわ・・・。
路地から覗き見える大通りには、大人も子供も賑やかに行き交っている姿が。
・・・ふうっ。
まさか・・・・・・私が迷子になるなんて・・・。
イザックさんの給仕でオレンジジュースを飲んでいた私は、もう一度聞き直した。
「お祭り?」
「ああ、そうだ。ヴィーは知らないのか? 王都の祭だぞ? 半年に一度開かれるけど、いつもの店以外に出店も出るし、大道芸人や芝居小屋も開かれる賑やかな祭なんだけどな」
イザックさんがきょとんとした顔で私にお祭りの説明をしてくれるけど・・・そりゃ、王都育ちでそんな派手なお祭りを知らないのはおかしいよね。
だけど私は、みそっかすな第四王女なので! 箱入りならぬ王城の離れで軟禁気味な王女なので! 世間のことには疎いのです。
ついでに異世界でアラサーまで生きていた前世持ちなので、こっちの常識はやや乏しいのです。
チラッと隣に座るお爺さん姿のアルベールに視線を送ると、口元をナプキンで拭い一口紅茶を含む。
「ヴィーは王都育ちではありませんので。商会の会頭であるお祖父様も不在ではお祭りなど行けるわけがありませんでした」
しれっと嘘を吐いたよ、この人。
城から抜け出して、亜人を問答無用で奴隷にしてしまうとんでもない祖国であるトゥーロン王国を出て行こうと画策している私たちの王都で活動する際の仮の姿。
大きな商会の会頭であるお祖父様と離れて過ごす孫娘の私と亜人奴隷の使用人たちの設定ですな。
「そうだったのか。じゃあ今回は初参加になるな。珍しい花やアクセサリー、小物も売られるぞ」
「へえーっ」
私が興味のなさそうな相槌を打ったことに、不服そうなイザックさん。
何故に?
「そんな恰好してても女の子なんだから、花とかアクセサリーに目をキラキラさせてもいいんだぞ?」
「あははは。無理無理。諦めろ、イザック。お嬢はそんなのに興味はないよ」
机をバンバン叩きながらアホみたいに大笑いするバカ狼に腹が立ったので、机の下で足を伸ばして奴の脛を思いっきり蹴っ飛ばす。
「イテーッ!」
椅子をバッターンと派手に倒して、ピョコンピョコン片足を押さえて飛び跳ねている。
ふふふ、ざまぁみろ。
「嬢ちゃん。地方の郷土料理や焼き菓子も屋台で売られるぞ」
「にゃんですって!」
・・・もしかして、日本食に近い料理や食材が手に入るかも?
私はグルンと勢いよく首を動かしてアルベールの顔を真っ直ぐ見つめ、逃がさないように胸倉も両手でしっかり握って。
「行きたい! 行きたい! 行きたいったら行きたーい!」
全力で強請ったわよ、子供の特権よね。
「なんとか、全員でお祭りに参加できりゅように交渉したにょに」
離れのお屋敷を空にするのは渋っていたアルベールだったが、祭当日は警備の関係で城の衛兵たちも駆り出され、こちらの監視が手薄になることを衛兵たちの会話を盗み聞きした私のしつこい粘り勝ちで全員参加となった。
ルネとリオネルには、私が口を酸っぱくして「迷子にならないように!」と言い聞かしていたのに・・・その張本人が迷子になるなんて・・・。
「人生、何がありゅか本当にわかりゃないわねぇ」
頬杖をついたまま、悩ましくふうーっと息を吐く。
途中までは順調だった屋台周りも、セヴランが服飾の小物品を取り扱った店で立ち止まったところから歯車が狂い出す。
なんでも、希少な貝殻を使ったボタンとか透明度の高いガラスでつくられたカフスボタンとかが気になったらしい。
全員で立ち止まってセヴランが戻ってくるのを待っている間に、美味しい匂いに刺激を受けリオネルが走りだす。
繋いだ手を振り払われたルネが無言で追い駆けるが、何故か途中で右に曲がっていくルネ。
子供二人が左右に別れ逸れていくのに、慌てたアルベールが二人を追い駆ける。
リュシアンにくれぐれも私から目を離すな! と言い残して。
さすがに呑気にセヴランの見るだけ買い物に付き合っていられないと、リュシアンがセヴランを呼び戻しに行ったその瞬間。
予想もしなかったことが起きた。
ほんのちょっと、私とリュシアンに生じた僅かな隙間に、女性の集団が割り込んできたのだ。
どうやら芝居小屋の演者、しかも主役のイケメン男優さんが舞台衣装で宣伝に歩いていたらしく、追っかけの女性たちの集団に巻き込まれたのだ・・・体の小さい私が。
あれよあれよと押されて躓いて転がって、這う這うの体で辿り着いたのがこの路地だった。
「・・・これって私のせいになりゅの?」
理不尽な思いがフツフツと湧いてくるが、まだアルベールに怒られるとは決まっていないのだから、落ち着こう。
「ちっ」
落ち着くためにも、何かを飲み食いしたいのにお金がないのです。
緊急用のお金は持っているけど、果たしてこの状況はそのお金を遣ってもいいものなのか・・・悩む。
頬杖を止めて両腕を組んでうーんと悩んでいると、遠くからか細い女性の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃーっ!」
「・・・けて・・・だ・・・ー」
声の方向はここよりさらに奥まった場所から聞こえてくる。
ええーっ、この路地でさえ危ないのにさらに奥まった所に女の人が入って行ったらダメだと思うなぁ・・・。
お祭りで気分がふわふわした頭の弱い女性が迷子にでもなって、入り込んでしまったのか?
もお、しょうがないなー。
私は座っていた酒樽からぴょんと飛び降りて、悲鳴の聞こえた方向へと足を向けた。
あちこち曲がりタタタと軽快に走って辿り着いた場所は、ちょっとポロい家がひしめきあって建っている区画の路地の突き当り。
怯える少女二人を囲むように大柄な男が四人。
チロッと盗み見れば、少女の服装は明らかに商家の娘風に見せたワンピースと帽子。
でも、質が良いのでキラキラしく見えて、まったく変装して防犯した意味を成してない。
どうやら、貴族子女のお忍びと悪いことをしようとしている・・・でも生粋の悪人というよりお酒を呑んで気が大きくなっているバカ者って感じ。
キョロキョロと自分の足元を見回して、手ごろなサイズの小石を四つ拾う。
下手に手加減するとこっちの身も危ないから、確実に殺るわ! あ、違った・・・気絶させるわっ!
あわよくば、人助けをしていたので迷子になっていないと小姑アルベールを誤魔化すんだから。
「よっ・・・と」
まずは、足で小石を蹴っ飛ばして壁にぶつけ、わざと音を立てる。
コツンと音が聞こえたチンピラ共は酒で赤くなった顔を揃ってこちらに向けた。
「誰だっ!」
私だよーんと心の中で返事をして、手の中の石を【身体強化】した腕で次々に投げていく。
男どものアルコールがたっぷりと入ったお腹へと。
ボスン、ボスンと胃に当たる石の衝撃に前のめりに倒れ、中には胃の中の物を吐き出す奴もいたが、チンピラに向かってダッシュで近づく。
今度は足に【身体強化】をかけ飛び上がり、両手を組んでガツッと男の延髄に振り下ろす。
ひとーり、ふたーり、さんにーん・・・ガツッと殴れば「ぐえっ」と蛙が潰れた声を上げ気を失っていく。
「あれ?」
一人だけ、まだ立っている。
なんでと首を傾げた私の目に映るのは、腹に当てた石が転がっているのと男のポヨヨンなお腹の脂肪。
「ちっ!」
衝撃が足りなかったか・・・。
「こんのガキがーっ!」
チンピラの残りは腹を摩っていた両手を振り上げて、か弱い私を捕まえようとする。
ざけんなっ! 私はさらに身を低くして駆け、奴の足元を【身体強化】したままの足で払う。
「おうっ!」
案の定、デブな奴は重心を崩して後ろへと倒れて行くので、私は奴の胸に飛び乗って両手で顔を掴み地面へと押し付ける。
ズズーンと僅かに砂埃を上げて沈んだチンピラはピクリとも動かない・・・動かないよね?・・・大丈夫だよね?
「ひいいいっ。死んでしまった!」
「死んでにゃい!気を失っただけ!」
物騒なこと言わないでよ! ちゃんと小声で『麻痺・昏倒』と日本語呪文を唱えてやりましたよ。
デカブツの上からどいて、襲われていた少女へくるりと体を向ける。
「うわああぁっ」
美っっっじーん!
明るい金髪が背中を覆う長さの少女はめちゃくちゃ美人だった!
思わず拝みたくなるほどに。
「えーっと・・・大丈夫?」
「はっ! た、助けてくださっのね。ありがとうございます」
ペコリと美人さんは私にお礼を言うと、後ろに控えているもう一人の少女の様子を窺う。
後ろにいる少女も可愛い部類の顔立ちをしているけど、私のこと人殺しみたいな発言したし・・・それに、こっちの子は美人さんのお付きじゃないの?
主人を盾にして自分の身を守る・・・ダメじゃん。
「ここにいたら、危にゃいよ」
「ええ・・・そうですわね」
恐怖から座り込んでいた二人の少女は、恐る恐る立ち上がり服に付いた土埃を手で叩いている。
その様子からも、金髪の美人さんが主人で、甲斐甲斐しく世話をしている風なのがお付きの人だと思うんだけど?
「こいつゅらも目を覚ますかもしれにゃい。あっちに行こうよ」
せめて、大通りから目につく所に居て休んだら?
私の言葉に美人さんは軽く頷き一歩前に進もうとしたが、もう一人の少女が彼女の腕を掴んで引き留めた。
「ダ、ダメです。ここにいましょう。で・・・お兄様が探してくれていますわ」
「そうだけど・・・」
「・・・危にゃいよ。こいつゅらはただの酔っ払い。でも・・・ここにいたら人さりゃいがくりゅ」
人さらいにビクッと反応したのは、意外にもお付きの少女だった。
ふーん、ほー、そういうことなのかな?
私はこっそり【鑑定】を使ってそっちの少女を見極める。
「・・・行くよ」
「ええ。ねえ、ジュリアもう少し安全な所でお兄様たちを待ちましょう」
「で・・・ですが・・・。あまりここを離れると・・・」
困るよね、アンタは。
ここで、その美人さんを受け渡す予定になっているんだもんね? 怪しい組織に。
私は予定外のことに焦り挙動不審になっている少女の隙をつき、美人さんの腕を掴み走り出した。
もちろん、反対の腕を掴んでいた少女の手は思いっきり払ってね。
「でんっ・・・。リリお嬢様ーっ!」
追いかけてこようとしても無駄だよ。
私は即座に自分と美人さんに【認識阻害】の魔法をかけ、年のために狭い路地をグルグルと走り回った。
だって、あそこでのんびりしていたら、人さらいの奴らが来ちゃうからね。
「ハアハア。ハアハアーッ」
「ご・・・ごめんね」
すまんかった、我、【身体強化】をかけたまま全力疾走をしてしまいました。
場所は「ミゲルの店」でいつも座る奥の四人掛けのテーブル。
イザックさんが引き攣った顔でジュースを持ってきてくれる。
「ヴィー・・・店は準備中なんだが?」
「・・・迷子みつゅけた」
ズーッとオレンジジュースを一気の飲み、ぷはっ。
「お前が迷子だろうがっ! ったく、リュシアンが今頃焦って探し回っているぞ」
迷子は私ではない。
しょうがないから【鑑定・探査】を張り巡らせる。
むむむ、ルネはアルベールに無事確保されたみたい。
リュシアンとセヴランが追いかけているのは・・・リオネルだね。
あっちこっちの屋台で食べまくっているのかもしれない。
「みんな、屋台で遊んでりゅ」
「はあーっ。今、オーブリーが呼びに行ったから待ってろ」
「うん。おかわり」
ズイッと空のグラスを差し出す。
「・・・待ってろ」
イザックさんが厨房へと戻って行ったが、ミゲルさんの厳しい視線が美人さんから外れることはない。
どうやら、ミゲルさんたちとこの美人さんは知り合いみたい・・・しかも、私には隠しておきたい関係の。
「どうして・・・ジュリアを置いてきてしまったの?」
ちょっと涙目で責めるような口調に、うぐっと胸は突かれるけど・・・説明してあげたほうがいいよね?
「あの子・・・人さりゃいの仲間。青闇の檻っていう犯罪集団の。あしょこで仲間と待ち合わせしてた。さりゃうのは・・・あなた」
「!!・・・まさか・・・」
ブルブルと震える手で口を押さえる美人さんの姿が、痛々しいです。
「ヴィー。それは本当か? 青闇の檻っていえば指名手配の集団だぞ?」
私のおかわりのジュースを持ってきたイザックさんが、やや青い顔で確認してきたのでコクリと大きく頷いてやる。
「その場所・・・わかるか?」
再びコクリと頷けば、イザックさんは王都の地図を広ろげて、私に羽ペンを持たせる。
うんっと、最初に私が居た路地がこの店のここで・・・ここを抜けてそこを曲がって・・・。
「ここりゃ辺」
「でん・・・アンタも、ここで間違いないか?」
「すみません。わたくしではちょっとわかりませんわ」
なんでみんなこの美人さんを、あの人さらいの仲間の少女は「リリお嬢様」と呼んでいたが、名前を呼ぶときに「でん・・・」と声を詰まらせるのだ?
「ヴィーはオーブリーがリュシアンたちを連れてくるまで大人しく待ってろよ。俺は警備の詰め所に行ってくるから!」
「はーい」
じゅるるるとジュースを飲んで待ってますよーだ。
なんとなく顔を見合わせた美人さん、リリさんに向かってニカッと笑ってみせた。
リリお姉さんとはお互いの引き取り人が来るまで色々な話をした。
私の話は言えないことも多いので、ルネとリオネルを猫に変え、アルベールを厳しい家庭教師に変えて話し、料理の失敗談も面白おかしく手振り身振りつきで話した。
厨房で盗み聞きしているミゲルさんが「ぷぷっ」と笑いをもらすほどに。
リリお姉さんもコロコロと可愛い声でお上品に笑ってくれた。
・・・よかった、笑えて。
お付きの人との仲がどの程度だったかわからないけど、知っている人に人さらいに渡されるなんてショックだったろう。
しかも酔っ払いに襲われる寸前だったし・・・。
でも、今はニコニコと笑っているし、破顔したお顔も後光が差すかと見間違えるほどお美しい!
「ああ、坊やの話は本当に楽しいわ。あら・・・坊やのお名前を聞くのを忘れてましたね」
「ヴィーだよ」
坊や・・・イザックさんたちにはとっくの昔に正体がバレているけど。いつも町に来るときは男の子の恰好をしている私は、キャスケット帽を深く被り直した。
「そう、ヴィー君ね。わたくしは・・・リリよ」
「リリ・・・お姉さん?」
お姉さんと呼びかけると、彼女は口に両手を当てて何だか感動しているようだった。
「ええ。・・・でも残念だわ。できればヴィー君とお祭りを楽しみたかったのに、こんなことがあっては真っ直ぐに帰らなくては」
リリお姉さんはがっくりと項垂れてしまった。
私は帰らないけど・・・絶対に帰らないけど・・・まだ買い食いもし足りないし大道芸も見ていない。
でも、商家の娘のフリをしているリリお姉さんは、たぶん貴族の子女だから、護衛の人たちに連れ戻されるだろう。
ちょっと、かわいそう。
そこへ、カチャリと店の扉が外から開けられる。
「・・・ヴィー」
呼ばれて顔を向けるとオーブリーさんが無表情で立っており、右の親指を外に向けている。
どうやら、私の迎えが先に着いてしまったらしい。
「ヴィー君。お別れね。今日は本当にありがとう。お礼をしたいのだけど・・・」
私はフルフルと頭を左右に振って、ズボンのポケットから出すフリで【無限収納】から天使の羽をモチーフにした針金とビーズのブローチを取り出す。
貴族のお嬢さんには似合わないが、町の小汚い男の子が宝石をあしらった豪華な宝飾品を持っているわけがないので、しょうがない。
「これ・・・あげりゅ」
「まあ! とっても素敵」
リリお姉さんの悲し気に伏せていた眼がキラキラと輝き出す。
「お祭りの・・・思い出に」
「あ・・・ありがとう! ヴィー君、わたくし大事にしますわ」
リリお姉さんの差し出された両手にブローチを渡す前になんとなく祈った。
この美人で優しいお姉さんが幸せになりますように。
今日みたいに危ない目に合わず、合ったとしても大事に至らず無事でありますように。
・・・リリお姉さんへの思いが強かったせいか・・・意図せずに守護の魔道具アクセサリーに変貌してしまったが・・・言わなきゃわからん。
「じゃあね」
私は椅子から滑り降りて、オーブリーさんの横を走り抜け、外で待っている家族の元へと走り出す。
感動の再会・・・ではなく、リュシアンには拳で両方のこめかみをぐりぐりと押されるし、セヴランには涙目でしつこくお説教されるし、アルベールは不気味に笑っていて・・・怖かった。
人助けをしていたと主張しても、彼らの心配の裏返しのお説教は翌日まで続いたのである。
いや、お祭りはルネとリオネルと一緒に堪能したからいいけどね!
「リリアーヌ!」
「ヴィクトルお兄様!」
血相を変えて「ミゲルの店」の裏戸から飛び込んできた兄・・・トゥーロン王国第一王子ヴィクトルの腕の中にすっぽりと納まったのは、同じくトゥーロン王国第二王女のリリアーヌ姫だった。
「ジュリアと一緒に居たお前を見失ったときは、肝が冷えたが・・・。まさか彼女が青闇の檻の仲間だったとは・・・。本当にすまなかった」
「いいえ。わたくしも気づきませんでした。でも、いつもと違って彼女が同行すると知ったとき・・・何か違和感がありましたわ」
「青闇の檻については詳しく調べよう。ザンマルタン家と何か繋がっているかもしれない」
王座を狙う第二王子の祖父であるザンマルタン侯爵は、人身売買に深く関わっている人物だ。
「ところで・・・誰かに助けられたとイザックから聞いたが?」
「そうだよ。俺たちの店の常連の連れで、まだガキだぞ」
走ったヴィクトルを慌てて追いかけてきたのか、少し息が乱れたイザックは、グラスに水を注いでゴクゴクと飲んでいる。
「小さな男の子でした。ヴィー君という名前で。イザックさん、わたくし彼にお礼をしたいのですが・・・」
「ああ。あっちもワケありだ。放っておいたほうがヴィーも安心するぜ」
イザックの言葉に肩を落としたリリアーヌは、手の中のかわいいブローチに改めて目を落とす。
「ふふふ」
「リリアーヌ。かわいそうだが、城に戻ろう。また次の機会に町を案内するから」
「まあ、ヴィクトルお兄様ったら。わたくしは婚約が決まり次第ミュールズ国に行くのですよ? そうなったらミュールズ国の王都をアデル様に案内してもらいます」
プイッと拗ねて顔を背ける妹がかわいくて、ヴィクトルは自分とお揃いの明るい金髪の頭を撫でた。
「すまない、すまない」
「・・・ヴィー君・・・。たぶんあの子と同じくらいかしら?」
「あの子?」
「もうすぐ会える、わたくしたちの大事な妹、シルヴィーですわ」
「そうだね。シルヴィーのためにも早くこの国をなんとかしなくては。ミゲル、イザック、オーブリー・・・協力を頼む」
「「「はい!」」」
王都の大通りから外れた場所に構えた店から、こっそりと馬車に乗って城へと帰る王族二人はこの後、運命の嵐に遭い紆余曲折を経てそれぞれが望む幸せを手にすることとなる。
そのきっかけを与えた一人の少女との出会いをそうだと知らないままに。
◆◇◆◇
この後、リリアーヌ王女はあの惨劇から息を吹き返し、王城から逃げるときに大神官様に助けられ、教会で聖女と称えられ、無事にミュールズ国第二王子と再会し、幸せな結婚をすることができます。
命が助かったのは、シルヴィーが何気なく祈ったことでアクセサリーが守護の魔道具に変化したからです。
書籍化の最初の頃、ページ数の関係で埋め合わせするかも?と思い作った話でした。
結果、必要なかったのですが、そのときには連載で「聖女」を出してしまったので、最後はご都合主義展開の極みのようにリリアーヌ王女が復活することになりました。
でも、後悔はしてません!
みんなが幸せになってほしいのです。
ありがとうございました。
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