其れはアガペーなどではない

西浦

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其れは天使などではない

一話 生まれ出たのは

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 この世で最も栄え、最も富み、最も才ある人が集まる最も国土の広い大国『バーグレイ王国』

 北を海、東西南を他国と隣接させているこの国は、その国境線すべてに高い壁を作り、魔法と剣技に長けた門兵が駐在している複数の門以外からは一切の出入りができないよう人の出入りが厳しく管理されている。事前許可を取り人数も申告したのであれば飛行艇で入国を許可される場合もある、が、申請漏れの者や上空から侵入しようと領空侵犯しようという犯罪者は触れれば即消炭になる結界に阻まれるのだ。
 他国からの入国者はすぐに人相と入国証の情報とともに全域へ通達され、万が一犯罪を犯した場合にすぐに対処ができるようになっており、大国の技術、希な才を求めたスパイや人攫いが万が一にも出ないようにとの法律であるが、国民へも自分の情報を登録する義務がかされており、登録の際に配布される国民証を持っていないと医者にかかることも買い物すらできない徹底ぶりである。子供だけでも登録することができるが、基本的に赤子が生まれたらその日に登録する義務が発生するため、あまりに育っていたその時は親の国民証か名前、又は国民証登録者との血縁関係が証明されなくてはならず、それができない場合は隣接する友好国へ送られる事になるのだ。

 


 バーグレイ王国が国境に壁を作り、元々そこまで厳しくなかった国民証や入国証の登録を法で義務化し、ここまで人の管理を徹底し始めたのは16年前から、この国の第二王子が生まれてからだった。



▲▽▲



 バーグレイ王国には二人の王子がいる。その中でも第二王子、リルネール・アマリア=バーグレイの名はバーグレイから遥か離れた国にさえ届くほどの荒唐無稽ともいえる話がある。

 曰く、リルネール第二王子はいっそ神とも思える美貌と魔力の持ち主である。と



▲▽▲




 そも、この国の王族は歴代醜男や醜女は産まれることがなく、また、生きるのに必要不可欠な魔力の基礎量が多いという貴き血を持っている。これは、その昔、バーグレイ王国が建国された際の最初の王へ嫁いだ女神アマリアの血が流れているからと云われている。王城に飾られた初代王と王妃の寄り添う肖像画の美しさを継ぐように、王族の子はそれはもう美しく、才能溢れ、男児であれ女児であれ、素晴らしき聡明さで国をさらに栄えさせてきた。

 第一王子のアレクセイ・オーランド=バーグレイも短く切りそろえられた硬質な黒髪に、目が合えば居住まいを正さずにはいられない鋭く此方を射抜く王族特有の黄金の瞳、まさに上に立つべき者たる威厳さを幼い頃から持っており、第二子がどのようなお子であれ次期王座は揺るがないと誰もが感じ、また当然と思っていた。

 そして、アレクセイ十歳の誕生祭。侍医の言った予定日よりも早く産気づいた王妃がリルネールを産んだ。

 生まれてきたリルネールを見た立会人の誰もが言葉を失った。

 生まれたばかりだというのに体はすでに白い、すわ死産かと驚いたが「ほにゃあ、ほにゃあ」となく声に杞憂だと知る。髪と長い睫毛が白金に輝き、頬と唇は薔薇色に淡く染まっている。容姿があまりに整い過ぎている、天使を胎へ詰めたのだと言われても信じてしまうほどの美しさ魔力の多さ!

 しかし、誰もが口を閉じたのはその姿に見惚れていただけではない。容姿を見ていたのは確かだ、魔力の多さに驚いたのも確かだ。だがその容姿が問題だった。溢れる魔力の色が問題だった。

 目を閉じ、呼吸を整えた王妃が「顔をみせて」と侍医へ声を掛けると、びくりと肩を跳ねさせた侍医は一瞬視線を泳がせ、覚悟を決めたように王妃へそっと抱いていた赤子を渡す。

 王妃が赤子を瞳に移した途端、その顔が、愛しさと母性に溢れた雰囲気が一気に恐れに変わった。赤子を放り投げることはなかったが、抱いた腕が震え体から血の気が引いていく。唇を戦慄かせた王妃が赤子を食い入るように見つめているとそろりと開かれた小さな双眸と視線が絡み合う。その瞳の色を確認した遂に、喉から絞るような声を上げた。

「嗚呼、なんてこと……! このこは、この姿はっ……アマリア様の御色を受け継いでいるわ……!!」






 誰もがアレクセイの王座を疑っていなかった。だからこそ誰もが第二子の誕生をめでたい事と喜び待ちわびていた。







 生まれた赤子の肌は白雪や真珠のように白くまろやかで、柔らかい髪と長い睫毛は白金に輝く。ふくふくとした頬と唇が淡い薔薇色に染まる。

 その双眸は柘榴のように赤い色。



 アレクセイの誕生祭のパーティが終わり、生まれた子を見ようと王が訪ね、絶句し、今の法をさらに厳密にせねばと思考を巡らせる。この子を外に出すことも、中で傷つくことがあったらきっとこの国は終わる。そう思わせるほどに子は美しかった。




 誰もが待ちわびた第二子は王子。

 女神アマリアの色を受け継いだ、あまりに多い魔力を持った御子。

 誰もが疑っていなかったアレクセイの王の座への道が、ぐらりと、揺らいだ瞬間だった。



 
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