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二章(23)
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「いつも待たせてごめん」
「大丈夫よ。ここのケーキ、とっても美味しいもの!」
本当にそう思っていることが見ただけでわかる、感情の明け透けな笑み。
可愛いな、と思いながらも、エリクはそれを押し殺した。彼女とはあと六日の関係。お互いの立場を考えると、それ以降はきっと手紙のやり取りさえ不可能だろう。周囲に知られたら、おそらく止められる。
「――そういえば、アデラ、君って革命祭の日はいつまでいる? 確かその日が帰国日だったよね?」
アデラの対面に座って、エリクは彼女に問いかける。いつだったかそんなふうに話していたはずだ。
彼女はケーキを頬張りながら小さく頷く。そしてきちんと咀嚼し終えると口を開いた。
「ええ、そう。えっと……その日の夕方にこの国を発つってお兄さまが言ってたわ。……たぶん」
その言葉に思わず顔を顰めた。
「じゃあ革命祭は昼間しか無理なのか」
「そうなるわね。どうして?」
「革命祭は夜からが本番なんだよ。花火も上がるし……」
すると彼女はあからさまにがっかりした様子を見せた。あまりの落ち込みように、エリクは「ほら、食べないのか?」とケーキを指し示す。アデラは「食べるに決まってるじゃない!」と言ってケーキを口にし、うっとりとした笑みを浮かべた。元気が出たようでなによりである。
「……でも、本当に残念ね。わたしも楽しみたかったわ」
ケーキを食べ終えると、アデラはカトラリーを置きながらそう呟いた。エリクは彼女の皿などを持つとカウンターへ返しに行く。
「……また来ればいい」
店を出る間際、エリクはそう口にした。
「革命祭は来年も、再来年も、ずっとあるんだから。それで来ることになったら連絡してくれ。案内するから」
「――ええ、確かにそうね」
アデラはエリクを見上げると、ふわりと幸せそうな笑顔を浮かべた。
「そのときは案内をよろしくね、エリク。わたし、あなたと一緒に回りたいわ」
「っ、あ、ああ、もちろん」
頬が熱を持つ。全身が熱くなる。
思わず口元を押さえ、彼女から目を逸らした。――そのとき。
「どけ、どけぇええ!」
路地裏から飛び出してきた一人の男。それが人々を押しのけ、なにかから逃れるかのように全速力で走る。
「待て! 大人しくしろ!」
男に続いて飛び出してきたのは三人の軍人だった。彼らは脇目も振らず男に飛びかかり、取り押さえる。
「くそ、くそっ!」
悔しげな表情を浮かべて叫び続ける男。軍人は男性になにか声をかけると無理やり立たせ、連行していく。おそらく詰所で取り調べを行うのだろう。
シンと静まり返っていた大通りは、少しして活気を取り戻した。しかしあんな場面に遭遇してしまったからだろうか、「最近物騒ねえ……」と不安げな声があちらこちらから聞こえる。
「アデラ、これから――」
どうする? と声をかけたかったのだが、エリクは思わず声を呑み込んだ。
彼女は蒼白な面持ちで先ほどの男と軍人の向かった先を見つめている。その顔色は今にも倒れてしまいそうで。
「……エリク、あの人はなにをしたの?」
震える声。視線を下に向ければ、ぎゅっと握られた血の気のない拳。
彼女はどうしたのだろう? そう疑問に思いつつも、深く考えることなくエリクは口を開く。
「……わかんないけど、普通に盗みを働いたんじゃないか? あと殺人とか違法な薬物を売ったりとか?」
「……それ以外には、なにかある?」
「うーん、あとは……反革命派と接触して、なにか依頼とかを受けたとか? それを軍が嗅ぎとって、捕まえようとしたらあの男が逃げ出した可能性も、まああるよな……」
そこまで言って気づいた。アデラは反革命派に近しい。もしかしたらあの男を見かけたことがあったのかもしれない。
「……そう」
感情を押し殺した声だった。彼女でもこんな声を出すんだと、少しだけ驚く。
「アデラ――」
「エリク、ごめんなさい。今日はもう帰るわ。また明日」
そう言ったかと思うと、アデラはくるりと踵を返して歩き始めた。
――彼女の相談に乗るべきだろう。そう頭の片隅で思う。
けれど。
この関係を崩したくなくて。
反革命派と関わりのあることを彼女から聞いてしまえば、エリクは軍人として見ないふりはできなくなるから。
だから。
「……ああ、また明日」
そう声をかけることしかできなかった。
「大丈夫よ。ここのケーキ、とっても美味しいもの!」
本当にそう思っていることが見ただけでわかる、感情の明け透けな笑み。
可愛いな、と思いながらも、エリクはそれを押し殺した。彼女とはあと六日の関係。お互いの立場を考えると、それ以降はきっと手紙のやり取りさえ不可能だろう。周囲に知られたら、おそらく止められる。
「――そういえば、アデラ、君って革命祭の日はいつまでいる? 確かその日が帰国日だったよね?」
アデラの対面に座って、エリクは彼女に問いかける。いつだったかそんなふうに話していたはずだ。
彼女はケーキを頬張りながら小さく頷く。そしてきちんと咀嚼し終えると口を開いた。
「ええ、そう。えっと……その日の夕方にこの国を発つってお兄さまが言ってたわ。……たぶん」
その言葉に思わず顔を顰めた。
「じゃあ革命祭は昼間しか無理なのか」
「そうなるわね。どうして?」
「革命祭は夜からが本番なんだよ。花火も上がるし……」
すると彼女はあからさまにがっかりした様子を見せた。あまりの落ち込みように、エリクは「ほら、食べないのか?」とケーキを指し示す。アデラは「食べるに決まってるじゃない!」と言ってケーキを口にし、うっとりとした笑みを浮かべた。元気が出たようでなによりである。
「……でも、本当に残念ね。わたしも楽しみたかったわ」
ケーキを食べ終えると、アデラはカトラリーを置きながらそう呟いた。エリクは彼女の皿などを持つとカウンターへ返しに行く。
「……また来ればいい」
店を出る間際、エリクはそう口にした。
「革命祭は来年も、再来年も、ずっとあるんだから。それで来ることになったら連絡してくれ。案内するから」
「――ええ、確かにそうね」
アデラはエリクを見上げると、ふわりと幸せそうな笑顔を浮かべた。
「そのときは案内をよろしくね、エリク。わたし、あなたと一緒に回りたいわ」
「っ、あ、ああ、もちろん」
頬が熱を持つ。全身が熱くなる。
思わず口元を押さえ、彼女から目を逸らした。――そのとき。
「どけ、どけぇええ!」
路地裏から飛び出してきた一人の男。それが人々を押しのけ、なにかから逃れるかのように全速力で走る。
「待て! 大人しくしろ!」
男に続いて飛び出してきたのは三人の軍人だった。彼らは脇目も振らず男に飛びかかり、取り押さえる。
「くそ、くそっ!」
悔しげな表情を浮かべて叫び続ける男。軍人は男性になにか声をかけると無理やり立たせ、連行していく。おそらく詰所で取り調べを行うのだろう。
シンと静まり返っていた大通りは、少しして活気を取り戻した。しかしあんな場面に遭遇してしまったからだろうか、「最近物騒ねえ……」と不安げな声があちらこちらから聞こえる。
「アデラ、これから――」
どうする? と声をかけたかったのだが、エリクは思わず声を呑み込んだ。
彼女は蒼白な面持ちで先ほどの男と軍人の向かった先を見つめている。その顔色は今にも倒れてしまいそうで。
「……エリク、あの人はなにをしたの?」
震える声。視線を下に向ければ、ぎゅっと握られた血の気のない拳。
彼女はどうしたのだろう? そう疑問に思いつつも、深く考えることなくエリクは口を開く。
「……わかんないけど、普通に盗みを働いたんじゃないか? あと殺人とか違法な薬物を売ったりとか?」
「……それ以外には、なにかある?」
「うーん、あとは……反革命派と接触して、なにか依頼とかを受けたとか? それを軍が嗅ぎとって、捕まえようとしたらあの男が逃げ出した可能性も、まああるよな……」
そこまで言って気づいた。アデラは反革命派に近しい。もしかしたらあの男を見かけたことがあったのかもしれない。
「……そう」
感情を押し殺した声だった。彼女でもこんな声を出すんだと、少しだけ驚く。
「アデラ――」
「エリク、ごめんなさい。今日はもう帰るわ。また明日」
そう言ったかと思うと、アデラはくるりと踵を返して歩き始めた。
――彼女の相談に乗るべきだろう。そう頭の片隅で思う。
けれど。
この関係を崩したくなくて。
反革命派と関わりのあることを彼女から聞いてしまえば、エリクは軍人として見ないふりはできなくなるから。
だから。
「……ああ、また明日」
そう声をかけることしかできなかった。
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