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突然の来訪者(1)
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「魔女様、どうか私を〝魔女〟にしてください」
ある日の夜。ノックの音がして玄関の扉を開けると地面に跪いてこちらを見上げる青年がいた。またいつもの依頼人か、と思っていれば、彼の口から発せられたのはそのような言葉で。
「…………は?」
ルーツィンデは思わず声を漏らす。
声の主は間違いなく、どこからどう見ても男だった。さらさらと夜風に揺れる金髪や深い森のような瞳、白皙の肌に整った顔立ちと、女性顔負けの精細で美しすぎる容姿をしているが、その豪奢な衣服は男性のもので、胸だって平べったく、男性であることはひと目でわかる。間違えようもないだろう。
それなのにこの発言だ。男である彼が、女しかなることのできない〝魔女〟になりたいと言う。
「……あなた、頭大丈夫?」
「はい、もちろんです。……なにかおかしいでしょうか?」
「おかしすぎるわよ!」
不思議そうに首を傾げて尋ねてきた青年に、ルーツィンデは思わず叫ぶ。
しかし青年はどこがどうおかしいのか本当にわからないらしく、真顔で「うーん、何がおかしかったんだろ……?」と小さく呟いていた。
そんな彼の様子にルーツィンデはつい額を押さえて盛大なため息をつく。頭が痛い。今まで〝魔女〟として様々な人と関わってきたが、このような発言をしてきた人物は初めてだった。
「……とりあえず入ってちょうだい。そこだと冷えるでしょう?」
「ありがとうございます」
体をずらして家の中へと導くようにして言えば、青年はそう言って立ち上がった。背はルーツィンデよりも頭二つ分ほど高く、かなりの長身だ。やはり女性である可能性は限りなくゼロに近い。
(そういう人種も世界のどこかにはいるでしょうけど、そうは見えないしね)
心の中でそっと呟きながら青年が家の中に入ると扉を閉め、普段依頼人が来たときのようにすぐそばにあるテーブルへと導く。
そしてテーブルの上に置かれていたものを見て「あ」と思わず声を発した。
木造の小さな家は手狭で、玄関のあるリビングダイニングとルーツィンデの私室、魔法の実験室、そして空き部屋から成り立っている。今回青年を案内したのはもちろんリビングダイニングのテーブルで、いつも食事を摂るのもそこだった。そして今は夜の七時。
つまり、テーブルの上に食べかけの夕食が乗っていたのだ。
「ごめんなさい、すぐに片づけるわ」
ルーツィンデは慌てて人差し指を立て、それを手前から奥――キッチンへと向けて振る。すると指先から髪と同じ薄桃色の粉がわずかに舞ってテーブルの上に置かれていた食事を包み込み、ふわりと宙に浮かび上がらせた。そしてそのまま危なげなく漂って静かにまな板の上に着地する。
隣にいた青年がかすかに息を呑む気配がした。
「美しい魔法ですね」
「そう? これくらい普通よ」
平静を装ってそう言ったけれど、嬉しいという気持ちがないわけではなかった。むしろかなり嬉しくて、誇らしくて、緩んでしまいそうになる口元を引き締めるのに必死なほど。
〝魔女〟といえど、元はただの〝魔法使い〟。魔法を使えるようになるまでに血反吐を吐くような努力をし、その後も流れるような美しい魔法が使えるよう努力してきたのだ。それを認められて嬉しくないはずがない。
そんないい気分だったのだが、すぐに褒めてくれた当人が玄関先で発した言葉を思い出し、改めて頭が痛くなる。
(〝魔女〟のことは一般常識で知っているのが普通だと思うんだけど……)
それだけこの青年が特殊な生い立ちをしているのか、はたまたルーツィンデが積極的に外部と関わらないこの三百年の間に常識ではなくなったのか。
そんなことを思いつつ椅子に腰掛けるよう青年に言ったのだが、彼は「いえ」と言う。
ある日の夜。ノックの音がして玄関の扉を開けると地面に跪いてこちらを見上げる青年がいた。またいつもの依頼人か、と思っていれば、彼の口から発せられたのはそのような言葉で。
「…………は?」
ルーツィンデは思わず声を漏らす。
声の主は間違いなく、どこからどう見ても男だった。さらさらと夜風に揺れる金髪や深い森のような瞳、白皙の肌に整った顔立ちと、女性顔負けの精細で美しすぎる容姿をしているが、その豪奢な衣服は男性のもので、胸だって平べったく、男性であることはひと目でわかる。間違えようもないだろう。
それなのにこの発言だ。男である彼が、女しかなることのできない〝魔女〟になりたいと言う。
「……あなた、頭大丈夫?」
「はい、もちろんです。……なにかおかしいでしょうか?」
「おかしすぎるわよ!」
不思議そうに首を傾げて尋ねてきた青年に、ルーツィンデは思わず叫ぶ。
しかし青年はどこがどうおかしいのか本当にわからないらしく、真顔で「うーん、何がおかしかったんだろ……?」と小さく呟いていた。
そんな彼の様子にルーツィンデはつい額を押さえて盛大なため息をつく。頭が痛い。今まで〝魔女〟として様々な人と関わってきたが、このような発言をしてきた人物は初めてだった。
「……とりあえず入ってちょうだい。そこだと冷えるでしょう?」
「ありがとうございます」
体をずらして家の中へと導くようにして言えば、青年はそう言って立ち上がった。背はルーツィンデよりも頭二つ分ほど高く、かなりの長身だ。やはり女性である可能性は限りなくゼロに近い。
(そういう人種も世界のどこかにはいるでしょうけど、そうは見えないしね)
心の中でそっと呟きながら青年が家の中に入ると扉を閉め、普段依頼人が来たときのようにすぐそばにあるテーブルへと導く。
そしてテーブルの上に置かれていたものを見て「あ」と思わず声を発した。
木造の小さな家は手狭で、玄関のあるリビングダイニングとルーツィンデの私室、魔法の実験室、そして空き部屋から成り立っている。今回青年を案内したのはもちろんリビングダイニングのテーブルで、いつも食事を摂るのもそこだった。そして今は夜の七時。
つまり、テーブルの上に食べかけの夕食が乗っていたのだ。
「ごめんなさい、すぐに片づけるわ」
ルーツィンデは慌てて人差し指を立て、それを手前から奥――キッチンへと向けて振る。すると指先から髪と同じ薄桃色の粉がわずかに舞ってテーブルの上に置かれていた食事を包み込み、ふわりと宙に浮かび上がらせた。そしてそのまま危なげなく漂って静かにまな板の上に着地する。
隣にいた青年がかすかに息を呑む気配がした。
「美しい魔法ですね」
「そう? これくらい普通よ」
平静を装ってそう言ったけれど、嬉しいという気持ちがないわけではなかった。むしろかなり嬉しくて、誇らしくて、緩んでしまいそうになる口元を引き締めるのに必死なほど。
〝魔女〟といえど、元はただの〝魔法使い〟。魔法を使えるようになるまでに血反吐を吐くような努力をし、その後も流れるような美しい魔法が使えるよう努力してきたのだ。それを認められて嬉しくないはずがない。
そんないい気分だったのだが、すぐに褒めてくれた当人が玄関先で発した言葉を思い出し、改めて頭が痛くなる。
(〝魔女〟のことは一般常識で知っているのが普通だと思うんだけど……)
それだけこの青年が特殊な生い立ちをしているのか、はたまたルーツィンデが積極的に外部と関わらないこの三百年の間に常識ではなくなったのか。
そんなことを思いつつ椅子に腰掛けるよう青年に言ったのだが、彼は「いえ」と言う。
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