特務駆逐艦〈ユキカゼ〉の出港

竹岡洋一(yomat)

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超能力者

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 情報のアドバンテージを手に入れた〈ユキカゼ〉陸戦隊は、クルーザーに入り込んでいた海賊たちを一方的に蹴散らした。海賊たちは何れも荒くれ者だったが、ドローンも活用して組織立った行動が行える陸戦隊に対し、些か統制の取れていない反撃しか為し得なかった。接近戦では見るべき動きをする者もいたが、たとえば小銃手に距離を取られて集中砲火を浴び、鎧が耐えきれずに壊れ撃ち殺されてしまったり、和幸に接近されて斬り伏せられてしまったりで、抵抗が実を結ぶことはなかった。
 俄作りの陸戦隊は、流石に戦慣れしたヴェテラン陸戦隊員と比べるとぎこちない動きではあったが、それでも、訓練通りにキビキビとした動きで戦っていた。先の主砲発射とは大違いだ、と和幸は思う。やはり、実際に殺すか殺されるかの場に立たされると、それだけ真剣になるのだろう。和幸はそう思っていたが、それ以上に、艦長に直接指揮されているという感覚が、彼女たちの士気に与えている好影響は無視できなかった。決して自覚していないわけではなかったのだが、想像以上の効果を発揮していた。
 海賊たちはクルーザー側の兵力をよく調べた上で占領に打って出た様子が窺えた。最小に近い人数で襲撃をして、艦橋を占拠し、貴賓室を封鎖した。救難信号も妨害しており、交通量の少ない領域で助けがすぐに来ないことを考えると、何も無ければ彼らの襲撃は成功していた公算が高い。
 しかし彼らにとっては運が悪いことに、その救難信号を〈ユキカゼ〉が拾ってしまったのだ。想定よりもずっと早く救援が到着し、必要最低限の人員で襲撃を行った海賊たちには余裕がなかった。恐らく一か八かの賭けのつもりで、海賊船で駆逐艦を足止めしようと動いてみたのだろうが、賭に負け、何の成果もなく撃沈されてしまった。今や逆に、追い詰められているのは海賊たちの方だった。
 掃討は速やかに進んだ。機関室を奪還し、幾つかの客室を奪い返した。その際に人質にされていた乗員や警備兵も助け出す。
 海賊たちは多少の抵抗を行ったが、戦力差が大きすぎると気付くとすぐに撤退した。この撤退の方法も、正規軍のように適切な戦術を持っているわけではなかったから、バラバラと逃げる潰走のようなものであり、何人もの海賊が後ろから撃ち殺されるか斬り殺されるかした。戦略的な撤退というよりは、敗走だったのだろう。
 確か敵の総数は二〇人くらいだったな、と和幸は思い出す。既に一五、六人は殺害するか、拘束したはずだった。五人くらいしか残っていないことになる。
 その残存勢力は、艦橋に立て籠もっていた。今やそこが海賊たちの最後の拠点だった。

「突入しますか?」
 艦橋の扉の前に先導ドローンと警戒ドローンを待期させて、最先任下士官が訊いた。和幸は片手で押し留める。
「先任将校、艦橋内の様子は分からないか?」
『監視カメラ、センサは全て切られていますね。ですが、外部からの熱源探知によれば、四人の人間と一機のドローンがいるようです』
「見取り図にプロットしてくれ」
 端末が情報を受信して、ゴーグルのディスプレイに重ね合わせる。和幸たちは壁を透過して、敵の位置を把握した。
『船に動きはありませんが、艦橋を占拠されている以上、急加速の危険性があります』
「妨害できるか?」
『既に電脳ウィルスを注入済みです。船の動かそうとした瞬間に、制御を奪います』
「大変宜しい、先任将校」
 後顧の憂いを先んじて断ってくれるこの優秀な先任将校に、和幸は今すぐキスしてあげたい気分になった。今すぐには無理だが、次に艦長室に呼んだ時は、望むだけキスを与えてやるだろう。説明はしなかったが、友好国の公船に電脳ウィルスを送り込むことについての法的妥当性についてまでも、アイシャはきちんと検討していたのだった。
「最先任下士官、一〇秒後に突入だ。指示は任せる」
「了解しました!」
 既に工作装備から爆薬が取り出され、既に艦橋のドアに設置されていた。隔壁を吹き飛ばす威力であるから、これだけで内部の近くに誰かいれば死傷するだろう。
「三……二……一……爆破!」
 陸戦隊員たちは顔を背けた。凄まじい爆発音が鳴り、艦橋の入り口が吹き飛ばされた。
 すぐに、先導ドローンと警戒ドローンが入り込み、電磁加速小銃を発砲する。和幸はその後ろに続き、足元を四足歩行の相方ドローンが駆け抜けた。後ろから、隊員たちが続く。
 艦橋に乗り込んだところで、床や壁にぐちゃぐちゃになった何かがへばり付いているのに気付いた。哀れにも扉の横で待機していた海賊の肉体の一部だった。すぐにそれを視界から外す。
 艦橋内には煙が立ちこめていたが、生き残った海賊たちは椅子や艦橋内の段差を盾に反撃してくる。そのうちの一人に、相方ドローンが噛みつくようにして取り付き、引きずり出した。陸戦隊員たちの電子加速小銃の集中砲火を浴び、その海賊は撃ち殺される。
 別の海賊は、ドローンの銃撃を両脚に受け、床に倒れて泣き叫んでいた。
 海賊が保有していたドローンは、天井に激突してひしゃげている。
 残るはあと一人……和幸は艦橋内を見回した。
 その時――陸戦隊員たちを圧力が襲った。
「――っ!」
 驚く間もなく、陸戦隊員たちは一斉に吹き飛ばされ、壁へと叩き付けられた。和幸は素早く身を屈めたためか、その「圧力」から逃れた。煙が割れるように晴れていき、左右へと消えて行く。押し寄せてきたその圧力が煙をも押し飛ばしたのだ。
 その圧力の出所は、間違いなく、艦橋の端に立った最後に残った海賊だった。
 そいつは他の海賊達と同じように、古びて傷付きあちこち汚れた装甲服を身に着けていたが、脚や左腕に追加の盾があった。兜は被っておらず、代わりに装甲服の内側にローブのようなものを纏っており、そのフードを被っていた。顔はよく見えないが、無精髭の生えた口許から、男だと思われた。
「怯むな! 全員、狙え!」
 最先任下士官が号令を掛ける。吹き飛ばされた陸戦隊員たちは、身を起こして、小銃を拾って海賊へと狙いを付けていた。和幸の元には部下全員のバイタル情報が表示されている。ちょっとした打撲などはあったようだが、全員大きな怪我はしていない。相当な威力に見えたが、範囲を広く取ったので人を殺す程の圧力が出なかったようだった。
 陸戦隊員たちと相方ドローンたちの銃口が全て、最後に残った海賊を向く。和幸は立ち上がった。
「投降しろ。逃げられないぞ」
 凡庸な説得だったが、その言葉は真実だった。たとえ先のような超能力をまた使うにしても、これだけ囲まれていればどうやっても逃げられない。蜂の巣にされて殺されてしまうほかない。第一、もう海賊船も撃沈され、相手には帰るべき船もないはずだった。
 その海賊は、艦橋のコンソールに触れると、何か操作して、身を屈めた。
 しかし、何も起きない。
『艦長、ウィルス動作しました。スカハ王室船のコントロールを確保』
「ご苦労」
 ここまでだろう。今のが最後の抵抗だったはずだ。和幸は、もう一度投降を呼びかけようと息を吸った。
 その時だった。男は、真っ直ぐに立ち上がると、腰の剣を抜いた。
「………」
 和幸は海賊を凝視した。フードの奥の瞳が、自分を見つめているのを感じた。そこにあるのは、何か冷静な狂気のようなものに思えた。相手は決して、破れかぶれでも捨て鉢でもないだろうと解った。
「艦長、撃ちますか?」
 最先任下士官が訊く。和幸は少し逡巡した。
 その迷いは、彼が幼少から受けている剣術の修行に由来していた。有名な剣術師範に教え込まれた彼の剣術、今でもカナエと時々稽古を行っているその剣術は、和幸に剣士としての自負を与えていた。正々堂々と相手と戦う、そういう戦士の在り方。
 ……しかしそれは、道場で、安全な竹刀を握っている時に発揮するべき武道家精神だった。
「撃て」
 和幸の命令で陸戦隊員たちが一斉に発砲した。
 海賊は右手に剣を握ったまま、左手を前へと突き出した。圧力が発生する。小銃の銃弾を弾き飛ばし、艦橋の床を揺るがしながら、それは和幸に、陸戦隊員たちに迫った。
 和幸は床を蹴った。軍刀の柄に手を掛け、姿勢を低くしながら、海賊へと向けて走り出した。
 圧力の波を、和幸は跳ね飛ばす。
「……っ!?」
 海賊の顔に、狼狽のようなものが走るのが見えた。彼は慌てて剣を両手で構え直す。
 軍刀を引き抜いた。後ろで、陸戦隊員たちが再び圧力になぎ倒されるのを感じたが、振り向くことはしない。和幸は今、敵だけを真っ直ぐに見据え、来るべき一瞬に備えていた。
 レーザー・ブレード同士が斬り合う。
「うっ……」
 二本の刃が重なり、激しい火花を放つ下で、海賊の男が微かに呻いたのを和幸は聞いた。
 和幸は刀を返して更に打ち込む。二度、三度。海賊は剣を身に引きつけてそれを凌ぐ。
 四度目の攻撃を加える前に、和幸は脚を出して男の腹を蹴り上げた。装甲服を押し上げられ、男は蹌踉よろめく。それでも、剣を払って和幸の攻撃に耐える。
 上段に振り上げて、和幸は再度攻撃を加えようとする。だが今度は男が、肩を出して体当たりを行う。鎧同士がぶつかり、鈍い音が鳴った。
 もつれるように倒れそうになるのを、和幸は堪えて、男に頭突きを喰らわせた。兜を被っている和幸のその一撃は、男の頭に大きなダメージを与える。男はこめかみから出血した。
 そして、和幸は横薙ぎに斬り付ける。しかし男は、身を伏せて辛うじてそれを躱すと、立ち上がりざまに剣を振り上げて和幸の頭を狙った。
 海賊のレーザー・ブレードが和幸の兜をかすめる。刃先は和幸のマスクを切り裂き、その頬を焼き、兜の一部を破壊した。
 面の右半分が吹き飛ぶ。和幸は右目で直接、目の前の海賊の男を見つめた。
 男は振り上げた剣を、そのまま両手で握って、振り下ろそうとした。
 だが和幸が身を屈めると、体ごと男にぶつかっていった。その手には、水平に刀が構えられていた。
 真っ直ぐに突き入れられた軍刀は、男の体の正面の装甲を貫いて、その体に差し入り、心臓と肺と背骨とをかき混ぜて焼き払った。
「が――はッ!」
 男は血を吐いて、和幸の鎧を汚した。そして二人は倒れる。和幸の軍刀は艦橋の床に突き刺さった。

 和幸が立ち上がり、軍刀を抜いて収めると、ようやく陸戦隊員たちが駆け寄ってきた。
「艦長! お怪我は?」
 壊れた兜を脱ぎ捨て、面も外し、汗を掻いた髪をかき上げると、和幸は流し目で部下達を見つめる。その頬には黒く焼け焦げた傷が付いている。
「かすり傷だ。治療すりゃ治るよ。それより……」
 と、艦橋を見回す。凄惨たる様相だったが、とにかく危機は排除できた。
「――最先任下士官、安全を確保しろ」
「はい」
 次に和幸は首筋に手を当てて通信を行う。
「先任将校、聞こえるか?」
『艦長、お怪我は大丈夫ですか?』
「大丈夫だって。それより、カナエ……航宙長を通じて、王国の警備隊に連絡を。海賊は完全に排除した」
『承知しました。艦長、すぐに戻って治療を受けて下さい』
「ああ、そうする。大丈夫だから」
 和幸は少し鬱陶しそうな様子で、一方的に通信を切った。
 埃っぽいその戦いの後の空間で、和幸は息を吐く。鼻に、ムッとするような焦げ臭い臭いが漂ってきた。タンパク質の焦げる臭いだった。そう言えば面を外したんだったな、と思い出した。
 足元に転がっている死体を見下ろす。それは自分と同じくらいの身長の海賊の死体だ。たった今、自分が殺した。年齢はどのくらいだろうか、見た目から判断するのは難しいが、自分とそう違わないのかもしれない。
 フードが半ば捲れて顔が見えた。端正な顔立ちだが、雄々しい喉元や荒々しい目鼻立ちが自分とは大きく違っていた。
 和幸はその場にしゃがみ込んで、男の顔をじっくりと見た。何一つ自分とは似ていないように見えるその男の、目を見つめた。
 その目からは光が失われて、木の虚のようにぽっかりと空いた暗黒だけが埋まっていた。この男が剣を抜き、自分を睨みつけた時に、そこにあったのは何だったのだろう。和幸はそれが知りたかったが、残念ながら永遠に失われてしまっていた。今はもう虚空のみが残っており、あの時男が抱いたであろう何らかの決意や、どこかへ向かっていく切実な意志は、宇宙の果てよりも遠い場所へと持って行かれてしまっていた。
(お前の気持ちが……俺には解ったかもしれなかったのにな)
 何挺もの小銃の銃口を突き付けられ、死刑囚が銃殺刑を執行されるように、殺されようとしたあの瞬間。仮にあの圧力が和幸すらも捕らえていたとしても、それでもやはり、男は逃れられなかっただろう。分かっていたはずだ。逃げ場などないと。分かっていたはずだ。ここで終わりだと。それなのに何故、こいつは立ち向かったのか。
 破れかぶれとも、捨て鉢とも違う、確りと地面を踏みしめるような確かな行動。目逸らすことなく前を向いて、見ないことではなくむしろ見ることで、爆発した活力。悲劇的な結末に向かって引き絞られた弓を、そっと発するような指の微細な動き。焼け爛れた自分の腕に食い付く蛆を見つめる熱心な視線。押しつぶされ、ひしゃげて、金属と混ざり合う自分の体。一瞬の永遠。
 それは和幸の同族かもしれなかった。

 しかしそれも全て幻のように消えてしまった。今ここに残っているのは、かつてそこにあったかもしれないという名残だけ。持ち去られた後の、空虚な穴だけだった。

 次に思い出したのは、あの圧力の波を潜り抜けた時に、相手が見せた驚愕の表情だった。
 和幸は、頭に手をやって掻く。少しだけ、ばつの悪い気分だった。

(すまんな、俺も超能力者なんだ)

 超能力の原理は未だに解明されていないが、その能力が発揮される時、脳から一種の電磁波が発せられていることは分かっている。超能力の作用は、この電磁波が起こしているのだ。
 超能力者同士が向かい合った場合、この電磁波同士が干渉するので、たとえ全く別の能力を持つ超能力者同士であったとしても、お互いへの作用は大きく減衰してしまうことが知られていた。
 大半の人間は超能力者でもなければ超能力者と関わることもないから、こんな知識は役に立たない。
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