眠り姫は幸せになりたい

関日向海

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プロローグ

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ぐにゃり、と目の前の景色が歪んだ。

続いてどこからともなく現れた靄が、あたり一面を覆い尽くしてゆく。


(ああ……また来た)


ミーシャは息を飲んだ。

神が己が意志を伝える時は必ず視界が歪んでから、真っ白な靄がかかるのだ。

どのくらいの時間が経ったのかは分からない。
靄は少しずつ薄くなり、やがて消えていった。


靄が無くなり、最初に見えたのは扉だった。
扉を形作る木材はあちこちが薄汚れており、表面が錆びついた鋲でなんとか扉としての体を成していた。

どこかで見たことがあると思ったのは当然の事で、ミーシャがいる塔の入り口だった。

ミーシャは扉の取手に手をかけた。
いつもは誰かが開けてくれていたので、自分で触れる事自体が初めてだ。

ミーシャが取手を引くと、あっさりと扉は開いた。

眩い光が一気に差し込み、思わず瞼に力を入れて目を閉じてしまう。
徐々に力を抜き、光に目を慣らそうと試みる。
数分かかってようやく両目を開けることができた。


(誰……あなたは、誰……?)


真っ先に飛び込んできたのは、黒一色の礼服だった。華美な装飾は一切ない。ある意味地味とも取れそうだが、生地そのものは一流のものだと、世間知らずなミーシャでも理解していた。

視線を上に向けていくと、燃える炎のような瞳を捉えた。

なんて綺麗なんだろう、とミーシャは目が離せなくなっていた。

陽の光を背にしているからだろう。
顔の輪郭や細かいところは暗くて見えないのだが、緋色の瞳は輝きを放っていた。

もっとはっきりと見たい。
こんなに美しい瞳を持つお方を。


「ミーシャ……」


お腹のあたりがずくん、と反応する。

低く抑えられているが、ミーシャの耳には優しい風のように感じられた。
とても心地よいがなぜお腹が反応するのかはわからない。

ミーシャの名を呼んだ相手は右手を差し出してきた。

信じられないという気持ちが大きくて、すぐには声が出なかった。

だって諦めていたから。
この塔から出ることも、人並みの幸せを得ることも。


「……私は……ここを出られるのですか?」


ようやく絞り出した言葉に相手は頷いたようにミーシャには見えた。
差し出された手におずおずと自分の手を重ねると、キュッと握られる。

ドクン!
鼓動が跳ね上がった。

(手を握られただけでどうしてこんなになるんだろう?)

握られた手から伝わる温もりが全身を一気に駆け抜けて、体が熱くなっていく。

こんな事は生まれて初めてだ。
こんなにも五感が反応するなんて。
どうしたらいいのかわからない。



でも。
本当にこれは神のご意志なのだろうか?


ミーシャの問いに神が応える事はなかった。
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