38 / 363
第1部 家出して異世界へ
5-5早朝から場所取りって花見みたいだよね
しおりを挟む
『魔法祭』の三日目。私は早朝から〈北地区〉のメインストリートの歩道に立っていた。町の中心部から離れ、周囲は田園風景が広がっている。辺りを見回すと、チラホラと人が集まってきていた。
早朝から人が集まっているのは、今日は『シルフィード・パレード』が行われるからだ。『魔法祭』の三日目と六日目に行われる、超目玉イベントだった。
『シルフィード・クイーン』たち、大人気シルフィードが、大型のゴンドラに乗り、メインストリートをゆっくりと移動する。『上位階級』のシルフィードが、全員、参加しているため、物凄い数のファンが押し寄せるのは言うまでもない。
また、その際に、ゴンドラ上のシルフィードが、沿道の観客に『ウイング・マドレーヌ』を投げて渡す。このマドレーヌを受け取ることができると『一年間、幸運に恵まれ、自分の夢が叶う』と言われていた。
昔から続いている伝統行事で、観光客はもちろん、地元の人達も、かなり気合を入れて参加する。ただ、とんでもなく人が集まるため、マドレーヌをゲットするためには、早朝から最前列の場所取りが必須だった。
パレードは、東と西を往復する『東西ルート』と、南と北を往復する『南北ルート』が同時に行われる。
一般人は、自分の好きなシルフィードが通るルートに。現役シルフィードの場合は、同じ会社の先輩が通るルートに参加するのが普通だ。
今回は幸い、リリーシャさん、ツバサさん、メイリオさんが、全員『南北ルート』のパレードに出る。なので、ナギサちゃん、フィニーちゃんと三人揃って、参加することになった。
なお〈南地区〉は非常に混むので、中心部から遠く離れた〈北地区〉の外れで待機する作戦だ。私は〈北地区〉に住んでいて一番近いので、快く場所取り役を引き受けた。
まぁ、早起きして場所取りするのはいいけど、一人で立ってるのは、超暇なんだよね。それに、ちょっぴり寂しい……。
パレード開始は十時だけど、まだ時間は六時半。開始までかなり時間がある上に、お腹も空いてきた。急いで来たから、朝ごはん食べてないんだよね。
ちなみに、今日は〈ホワイト・ウイング〉はお休みだ。リリーシャさんがいないと、営業できないので。ただ、他の会社も、お休みにしているところが多い。
人気シルフィードが、全員パレードに参加しているし、ほとんどの観光客が、このパレードを見に来るからだ。
それにしても、何もしないで立ってるだけって、本当に超ひまー。体を動かさないと、だんだん眠くなってくる――。
「まったく、はしたないわね。いくら仕事が休みでも、シルフィードとしての、自覚を持ちなさいよ」
私が大きなあくびをしていると、お約束の小言と共に、ナギサちゃんが現れた。
「ナギサちゃん、おはよう。いやー、暇で暇で、立ったまま寝そうになっちゃったよ。あははっ」
「気持ちが緩んでいるからでしょ。今日は、私たちシルフィードにとって、非常に大事な行事なのよ。自分の会社の先輩を見守るのが、私たち新人の仕事なんだから。もっと気持ちを引き締めなさい」
いつものお説教モードが始まる。ナギサちゃんは休みの日でも、いつもと変わらず、シャキッとしてるよね。
「もー、分かってるって。でも、始まるまでは、のんびりしててもいいでしょ? 今日は早起きして、ずっと一人で場所取りしてたんだから」
なんか、会社に出勤している時より、疲れている気がする。じっとしてる方が、よっぽど疲れが溜まるんだよね。
「もしかして、手ぶらできたの?」
「なんか必要だった?」
「相変わらず、準備がなってないわね……」
ナギサちゃんは、小言をいいながら、トートバッグから荷物を取り出し、ビニールシートを敷いた。
「へぇー、準備がいいねぇ。流石、ナギサちゃん」
「周りを見てみなさいよ」
周囲を見回すと、ビニールシートを敷いて、くつろいでいる人たちが結構いる。
「みんな、準備がいいね」
「風歌が悪すぎるだけでしょ。少しは、準備することを覚えなさいよ。だから、色々問題が発生するんでしょ?」
「んがっ……」
全く否定できない。でも、思い立ったら即行動が、ポリシーなんだもん。
「ほら、これも持って来たわよ。どうせ、朝ご飯も食べてないんでしょ?」
ナギサちゃんが開いたバスケットには、サンドイッチぎっちりと詰まっていた。さらに、手際よく、ポットのお茶をカップに注いでいく。言い方は色々と厳しいけど、なんだかんだで優しいんだよね。
「うわぁー、美味しそう! ちょうどお腹空いてたんだよね」
私がサンドイッチを取ろうとすると、バシッと手を叩かれた。
「あだいっ」
「ちゃんと、手を拭きなさい」
サッとおしぼりを渡される。って、お母さんか、あんたは!
でも、言ってることは、超正論なんだよね。なので、渋々手を拭いて、差し出されたお茶を受け取る。
「冷えてて凄く美味しい!」
カップに入っていたのは、よく冷えたレモンティーだった。
「暑くなるんだから、飲み物ぐらい持ってきなさいよ。熱中症にでもなったら、どうするの?」
「少しでも早く来たほうがいいかなぁーって、手ぶらで来ちゃった。それに、ナギサちゃんが、何か用意してくれると思って。えへへっ」
ナギサちゃんは何をやる時も、驚くほど完璧に準備をしてから来る。例えプライベートでも、それは変わらない。
「毎回、私を当てにしないでよね。私だって、手ぶらで来るかも知れないでしょ?」
『いや、それは絶対にないでしょ……』と心の中で突っ込む。
超がつくほど真面目で、何をやるのも鉄壁の準備するナギサちゃんが、手ぶらとかあり得ないから。でも、そのお蔭で、私が適当でも何とかなってるんだよね。
それはさておき、本当にお腹が空いた。私は再びサンドイッチに手を伸ばす。パクッと一口かみしめると、シャキッとしたレタスと、水々しいトマト、柔らかいハムと、たっぷりのマヨネーズが口の中に広がった。
「何コレ、すっごく美味しいんだけど!」
「朝、あり合わせの材料で作った、ごく普通のサンドイッチよ」
あり合わせと言う割には、使ってる野菜は新鮮だし、ハムもいいものを使っている気がする。
「でも、なんか意外だねぇー」
「何が意外なのよ?」
「だって、ナギサちゃんって、家事とか全然やらないイメージだったから。お嬢様っぽい感じだし」
エプロンを付けて料理をしているところとか、今一つ想像できない。お金も余裕があるみたいだし、いつも外食してるのかと思ってた。
「って、風歌は私のことをどう見てるの? 寮で一人暮らしなのだから、炊事・洗濯・掃除、全部やってるわよ。あと、お嬢様じゃないから!」
ナギサちゃんは、ムキになって否定する。
ナギサちゃんって、基本なんでも出来るし、トゲトゲしい性格さえなんとかなれば、かなりハイスペックだよね。性格を除けば、リリーシャさんと互角かも知れない。でも、何で『お嬢様』ってところを、そんなに否定するんだろ?
それから、約二時間後。ナギサちゃんと世間話をしながら、ゆっくりくつろいでいると、いつにも増して眠そうな顔をした、フィニーちゃんがやって来た。なんだかフラフラして、足取りがおぼつかない。
「まったく、何時だと思ってるの? 大事な行事なんだから、早く来なさいよ」
案の定、ナギサちゃんのお説教が始まった。
「今日は、仕事休み。休みの日ぐらい……ゆっくり寝たい」
「普通の休みとは違うのよ。自分の会社の先輩たちの晴れ姿を、沿道から見守る日なんだから。フィニーツァの先輩も、出ているんでしょ?」
相変わらず、正反対の性格のせいか、とりわけフィニーちゃんに対しては、当たりが厳しい気がする。
「始まったら起こして――」
フィニーちゃんは、シートに座ると、すぐに目を閉じた。
「起きなさい! こんな所で居眠りなんて、はしたない。ちゃんと、シルフィードの自覚を持ちなさいよ」
ナギサちゃんは、フィニーちゃんの肩を掴んで、大きく揺らす。
「まぁまぁ、フィニーちゃん低血圧だから、朝弱いんだよね。とりあえず、これ飲んで。あと、ナギサちゃんが作ってくれたサンドイッチ、フィニーちゃんの分もあるから」
私はお茶を渡したあと、バスケットを開いてフィニーちゃんの前に差し出す。
すると、閉じていた目が開き、サッとお茶とサンドイッチに手が伸びた。食べ物がある時だけは、目に力が入るんだよね、フィニーちゃんは……。
フィニーちゃんは、ハグハグとサンドイッチを食べ始めた。
「食べるなら、早くしなさいよ。九時にはシートを畳むからね」
「でも、パレードって、十時からだよね?」
まだ、パレードの開始まで、一時間半ぐらい時間がある。
「人が増えるから、一時間前にはシートをしまって、立って並ぶのがマナーよ」
「なるほど。確かに、どんどん人が増えてるよね」
早朝に来た時は、閑散としていたけど、今はシートを敷いた場所取りの人たちで、ほぼ埋まっていた。
「こんなものじゃなわよ。始まるころには、周り中人だらけになるし。特に、地元の人達は気合が違うから。『ウイング・マドレーヌ』が配られる時は、戦場のような感じよ」
「おぉー、なんか燃えるね! ナギサちゃんは、毎年とれてるの?」
「……最後にとれたのが、確か三年前だったかしら」
「えぇー?! そんなに競争率が高いの?」
「用意されている量よりも、観客のほうが多いのだから当然よ。それに、地元の奥様方が、物凄く強いから――」
あー、それ何となく分かる。町内会に参加しても、おばさんたちのパワーって凄いもん。でも、運動神経には、私だって自信があるから、負けるつもりはないけどね。
「ナギサちゃんでも捕れないのに、フィニーちゃんは大丈夫かな?」
フィニーちゃんは、黙々とサンドイッチを食べていた。でも、口以外は全く動いていない。そもそも、普段から、必要最低限しか動かないし。
「ちょっと、絶望的ね……。本人が、やる気なさそうだし。でも、私も運動神経には自信がないから、人のことは言えないけれど」
強気なナギサちゃんにしては、えらく弱腰な物言いだ。でも、運動は得意じゃないって、前言ってたっけ。
「よし、なら私が三人分、捕るつもりで頑張るよ! 昔から、運動会ではヒーローだったから、どーんと任せて」
「風歌は、運動神経だけは良さそうね」
「だけってなによ、だけって? 最近は勉強も、凄く頑張ってるんだから」
事実、今のところは、運動だけが取り柄なんだけど。だからこそ、体を使うイベントでは、死んでも負けられない。
私、勝負事で負けるの嫌いだし、元体育会系の意地がある。学校の運動会で、運動部が、絶対に負けられないアレと同じだ。
よーし、今日は張り切って一杯とるぞー!!
私は開始前から、メラメラと闘志を燃やすのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『疾風怒涛のウイングマドレーヌ争奪戦』
誇りだから譲らないんじゃない。譲れないから誇りなのさ
早朝から人が集まっているのは、今日は『シルフィード・パレード』が行われるからだ。『魔法祭』の三日目と六日目に行われる、超目玉イベントだった。
『シルフィード・クイーン』たち、大人気シルフィードが、大型のゴンドラに乗り、メインストリートをゆっくりと移動する。『上位階級』のシルフィードが、全員、参加しているため、物凄い数のファンが押し寄せるのは言うまでもない。
また、その際に、ゴンドラ上のシルフィードが、沿道の観客に『ウイング・マドレーヌ』を投げて渡す。このマドレーヌを受け取ることができると『一年間、幸運に恵まれ、自分の夢が叶う』と言われていた。
昔から続いている伝統行事で、観光客はもちろん、地元の人達も、かなり気合を入れて参加する。ただ、とんでもなく人が集まるため、マドレーヌをゲットするためには、早朝から最前列の場所取りが必須だった。
パレードは、東と西を往復する『東西ルート』と、南と北を往復する『南北ルート』が同時に行われる。
一般人は、自分の好きなシルフィードが通るルートに。現役シルフィードの場合は、同じ会社の先輩が通るルートに参加するのが普通だ。
今回は幸い、リリーシャさん、ツバサさん、メイリオさんが、全員『南北ルート』のパレードに出る。なので、ナギサちゃん、フィニーちゃんと三人揃って、参加することになった。
なお〈南地区〉は非常に混むので、中心部から遠く離れた〈北地区〉の外れで待機する作戦だ。私は〈北地区〉に住んでいて一番近いので、快く場所取り役を引き受けた。
まぁ、早起きして場所取りするのはいいけど、一人で立ってるのは、超暇なんだよね。それに、ちょっぴり寂しい……。
パレード開始は十時だけど、まだ時間は六時半。開始までかなり時間がある上に、お腹も空いてきた。急いで来たから、朝ごはん食べてないんだよね。
ちなみに、今日は〈ホワイト・ウイング〉はお休みだ。リリーシャさんがいないと、営業できないので。ただ、他の会社も、お休みにしているところが多い。
人気シルフィードが、全員パレードに参加しているし、ほとんどの観光客が、このパレードを見に来るからだ。
それにしても、何もしないで立ってるだけって、本当に超ひまー。体を動かさないと、だんだん眠くなってくる――。
「まったく、はしたないわね。いくら仕事が休みでも、シルフィードとしての、自覚を持ちなさいよ」
私が大きなあくびをしていると、お約束の小言と共に、ナギサちゃんが現れた。
「ナギサちゃん、おはよう。いやー、暇で暇で、立ったまま寝そうになっちゃったよ。あははっ」
「気持ちが緩んでいるからでしょ。今日は、私たちシルフィードにとって、非常に大事な行事なのよ。自分の会社の先輩を見守るのが、私たち新人の仕事なんだから。もっと気持ちを引き締めなさい」
いつものお説教モードが始まる。ナギサちゃんは休みの日でも、いつもと変わらず、シャキッとしてるよね。
「もー、分かってるって。でも、始まるまでは、のんびりしててもいいでしょ? 今日は早起きして、ずっと一人で場所取りしてたんだから」
なんか、会社に出勤している時より、疲れている気がする。じっとしてる方が、よっぽど疲れが溜まるんだよね。
「もしかして、手ぶらできたの?」
「なんか必要だった?」
「相変わらず、準備がなってないわね……」
ナギサちゃんは、小言をいいながら、トートバッグから荷物を取り出し、ビニールシートを敷いた。
「へぇー、準備がいいねぇ。流石、ナギサちゃん」
「周りを見てみなさいよ」
周囲を見回すと、ビニールシートを敷いて、くつろいでいる人たちが結構いる。
「みんな、準備がいいね」
「風歌が悪すぎるだけでしょ。少しは、準備することを覚えなさいよ。だから、色々問題が発生するんでしょ?」
「んがっ……」
全く否定できない。でも、思い立ったら即行動が、ポリシーなんだもん。
「ほら、これも持って来たわよ。どうせ、朝ご飯も食べてないんでしょ?」
ナギサちゃんが開いたバスケットには、サンドイッチぎっちりと詰まっていた。さらに、手際よく、ポットのお茶をカップに注いでいく。言い方は色々と厳しいけど、なんだかんだで優しいんだよね。
「うわぁー、美味しそう! ちょうどお腹空いてたんだよね」
私がサンドイッチを取ろうとすると、バシッと手を叩かれた。
「あだいっ」
「ちゃんと、手を拭きなさい」
サッとおしぼりを渡される。って、お母さんか、あんたは!
でも、言ってることは、超正論なんだよね。なので、渋々手を拭いて、差し出されたお茶を受け取る。
「冷えてて凄く美味しい!」
カップに入っていたのは、よく冷えたレモンティーだった。
「暑くなるんだから、飲み物ぐらい持ってきなさいよ。熱中症にでもなったら、どうするの?」
「少しでも早く来たほうがいいかなぁーって、手ぶらで来ちゃった。それに、ナギサちゃんが、何か用意してくれると思って。えへへっ」
ナギサちゃんは何をやる時も、驚くほど完璧に準備をしてから来る。例えプライベートでも、それは変わらない。
「毎回、私を当てにしないでよね。私だって、手ぶらで来るかも知れないでしょ?」
『いや、それは絶対にないでしょ……』と心の中で突っ込む。
超がつくほど真面目で、何をやるのも鉄壁の準備するナギサちゃんが、手ぶらとかあり得ないから。でも、そのお蔭で、私が適当でも何とかなってるんだよね。
それはさておき、本当にお腹が空いた。私は再びサンドイッチに手を伸ばす。パクッと一口かみしめると、シャキッとしたレタスと、水々しいトマト、柔らかいハムと、たっぷりのマヨネーズが口の中に広がった。
「何コレ、すっごく美味しいんだけど!」
「朝、あり合わせの材料で作った、ごく普通のサンドイッチよ」
あり合わせと言う割には、使ってる野菜は新鮮だし、ハムもいいものを使っている気がする。
「でも、なんか意外だねぇー」
「何が意外なのよ?」
「だって、ナギサちゃんって、家事とか全然やらないイメージだったから。お嬢様っぽい感じだし」
エプロンを付けて料理をしているところとか、今一つ想像できない。お金も余裕があるみたいだし、いつも外食してるのかと思ってた。
「って、風歌は私のことをどう見てるの? 寮で一人暮らしなのだから、炊事・洗濯・掃除、全部やってるわよ。あと、お嬢様じゃないから!」
ナギサちゃんは、ムキになって否定する。
ナギサちゃんって、基本なんでも出来るし、トゲトゲしい性格さえなんとかなれば、かなりハイスペックだよね。性格を除けば、リリーシャさんと互角かも知れない。でも、何で『お嬢様』ってところを、そんなに否定するんだろ?
それから、約二時間後。ナギサちゃんと世間話をしながら、ゆっくりくつろいでいると、いつにも増して眠そうな顔をした、フィニーちゃんがやって来た。なんだかフラフラして、足取りがおぼつかない。
「まったく、何時だと思ってるの? 大事な行事なんだから、早く来なさいよ」
案の定、ナギサちゃんのお説教が始まった。
「今日は、仕事休み。休みの日ぐらい……ゆっくり寝たい」
「普通の休みとは違うのよ。自分の会社の先輩たちの晴れ姿を、沿道から見守る日なんだから。フィニーツァの先輩も、出ているんでしょ?」
相変わらず、正反対の性格のせいか、とりわけフィニーちゃんに対しては、当たりが厳しい気がする。
「始まったら起こして――」
フィニーちゃんは、シートに座ると、すぐに目を閉じた。
「起きなさい! こんな所で居眠りなんて、はしたない。ちゃんと、シルフィードの自覚を持ちなさいよ」
ナギサちゃんは、フィニーちゃんの肩を掴んで、大きく揺らす。
「まぁまぁ、フィニーちゃん低血圧だから、朝弱いんだよね。とりあえず、これ飲んで。あと、ナギサちゃんが作ってくれたサンドイッチ、フィニーちゃんの分もあるから」
私はお茶を渡したあと、バスケットを開いてフィニーちゃんの前に差し出す。
すると、閉じていた目が開き、サッとお茶とサンドイッチに手が伸びた。食べ物がある時だけは、目に力が入るんだよね、フィニーちゃんは……。
フィニーちゃんは、ハグハグとサンドイッチを食べ始めた。
「食べるなら、早くしなさいよ。九時にはシートを畳むからね」
「でも、パレードって、十時からだよね?」
まだ、パレードの開始まで、一時間半ぐらい時間がある。
「人が増えるから、一時間前にはシートをしまって、立って並ぶのがマナーよ」
「なるほど。確かに、どんどん人が増えてるよね」
早朝に来た時は、閑散としていたけど、今はシートを敷いた場所取りの人たちで、ほぼ埋まっていた。
「こんなものじゃなわよ。始まるころには、周り中人だらけになるし。特に、地元の人達は気合が違うから。『ウイング・マドレーヌ』が配られる時は、戦場のような感じよ」
「おぉー、なんか燃えるね! ナギサちゃんは、毎年とれてるの?」
「……最後にとれたのが、確か三年前だったかしら」
「えぇー?! そんなに競争率が高いの?」
「用意されている量よりも、観客のほうが多いのだから当然よ。それに、地元の奥様方が、物凄く強いから――」
あー、それ何となく分かる。町内会に参加しても、おばさんたちのパワーって凄いもん。でも、運動神経には、私だって自信があるから、負けるつもりはないけどね。
「ナギサちゃんでも捕れないのに、フィニーちゃんは大丈夫かな?」
フィニーちゃんは、黙々とサンドイッチを食べていた。でも、口以外は全く動いていない。そもそも、普段から、必要最低限しか動かないし。
「ちょっと、絶望的ね……。本人が、やる気なさそうだし。でも、私も運動神経には自信がないから、人のことは言えないけれど」
強気なナギサちゃんにしては、えらく弱腰な物言いだ。でも、運動は得意じゃないって、前言ってたっけ。
「よし、なら私が三人分、捕るつもりで頑張るよ! 昔から、運動会ではヒーローだったから、どーんと任せて」
「風歌は、運動神経だけは良さそうね」
「だけってなによ、だけって? 最近は勉強も、凄く頑張ってるんだから」
事実、今のところは、運動だけが取り柄なんだけど。だからこそ、体を使うイベントでは、死んでも負けられない。
私、勝負事で負けるの嫌いだし、元体育会系の意地がある。学校の運動会で、運動部が、絶対に負けられないアレと同じだ。
よーし、今日は張り切って一杯とるぞー!!
私は開始前から、メラメラと闘志を燃やすのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『疾風怒涛のウイングマドレーヌ争奪戦』
誇りだから譲らないんじゃない。譲れないから誇りなのさ
0
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる