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第2部 母と娘の関係
1-8母親だけには一生勝てる気がしないんだけど……
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夕方、私は仕事を終えアパートに帰ってきた。いつもなら、散歩ついで夕飯のパンを買ってくるが、今日は手ぶらのままだった。
駐車場にエア・ドルフィンを停めると、歩きながら真剣に考え込む。考えているのは、今日の夕飯のことだ。『魔法祭』の時に、結構お金を使ってしまったので、今月はかなりの節約が必要だった。
仕送りやお小遣いは、一切もらっていないので、日々の生活だけでも超ギリギリだ。でも、必要なのは生活費だけではない。
友達付き合いもあるし、イベントがあれば、どうしても出費が多くなってしまう。今月は『蒼海祭』があるから、またお金が必要になるし……。
毎月、何かしらのイベントがあるのは、お祭り好きの私にとっては、物凄く嬉しい。でも、毎月、出費がかさむってことでも有るんだよね。
家賃を支払って残るのは、月に『三万ベル』だ。一日『千ベル』で生活する必要があるから、一食『三百ベル』以内に抑える必要がある。三百ベルで買えるものは、かなり限られているので、結局、手ごろなパンになっちゃうんだけどね。
ただ、丸々使ってしまうと、他にお金が残らないから、そのわずかな食費すら、節約が必要だ。なので『特売品』や、賞味期限が間近の『半額セール品』などを、フル活用して暮らしている。
それでも足りない時は、もう食事を抜くしかない。実際、月に何食かは『水だけ』で頑張ることもある。人間、水さえ飲んでいれば、二、三週間は生きられるらしいので――。
ただ、いくら生きられるとはいえ、成長期の私にとって、一食抜くのはかなりキツイ。常に、食費を抑えているので、こっちに来てから、完全に空腹が満たされることは少なかった。
それでも、辛うじてやって行けてるのは、リリーシャさんとノーラさんのお蔭だった。二人には、栄養面でも、大変お世話になっている。
会社には、来客用に、常にお菓子やお茶が常備されていた。また、リリーシャさんは、よくお客様から貰い物をしたり、仕事帰りに、ちょくちょく差し入れを買って来てくれる。なので、足りない分は、会社で栄養補給しているのだった。
あと、ノーラさんも、たまに食事に呼んでくれるので、非常に助かっている。ノーラさんって、ちょっと怖いところもあるけど、料理はすっごく上手いんだよね。しかも、超大盛りに作ってくれるので、物凄く満足感がある。
とはいえ、他の人に頼ってばかりはいられない。自分自身の問題だし、一人暮らしが大変なのは、最初から分かっていたことだ。一人前になるまでは、上手くやり繰りしないと。
うーむ……しばらくの間、夕飯抜こうかなぁ。朝と昼食べてれば、何とかなりそうだし。仕事中は、お腹減ってたら集中できないし、お客様の前でお腹鳴らす訳にも行かないので、朝昼はマストだよね。
夕飯を抜くと、お腹減ってなかなか寝れないけど、水を一杯飲んでおけば何とか耐えられる。とにかく、お金がなくて色々とピンチだから、頑張らないと。
それに、ピンチなのは、お金だけではない。まだ、母親がやってくる件が、全く解決していないからだ。もし来ても、徹底抗戦の覚悟は決めたけど、いつ来るか分からないと、やはりモヤモヤする。
私は色々考えながらアパートの入口をくぐると、左奥の部屋の扉が開き、ノーラさんが出てきた。
「ノーラさん、こんばんは」
私は笑顔を浮かべ、明るく挨拶をする。
どんな時でも、明るく挨拶が基本。たとえ悩み事があろうが、お腹が減っていようが、それは関係ないことだ。
「おう、お帰り。ちょうどいいところに来たね。あんたに荷物が届いてるから、持って行きな」
「えっ、私にですか……?」
私に荷物が届くなんて、珍しい。いったい誰からだろうか?
ノーラさんについて部屋に入ると、床には大きなダンボール箱が置いてあった。箱には『時空特急便』の黄色いシールが貼られている。伝票を見ると、差出人は『如月 雪華』になっていた。
「えぇっ、お母さん?!」
意外な送り主に、一瞬、凍り付く。完全に想定外だった。
うーん、何だろ……? 私の部屋の荷物を処分するんで、送って来たのだろうか? それにしては、箱一つでは量が少ないし――。
まさか、爆弾!? な訳ないよね……。いくら怒っていても、娘に爆弾を送る親はいないだろう――たぶん。
でも、特急便を使うということは、かなり急ぎだから、何か重要なものだよね? とりあえず、部屋に持って行って確認してみないと。
私は中腰になって、箱を持ち上げようとする。だが、重くて持ち上がらなかった。引きずって行くにしても、五階よりさらに上の屋根裏まで、階段で持って行くのは、さすがに無理そうだ。
「あのー、重くて持ち上がらないので、ここで開けてみてもいいですか?」
「別に構わないよ」
私は少し緊張しながら、そーっとガムテープをはがし、慎重に箱を開けてみた。
すると、包装された箱が二つと、その下には米袋が入っていた。十キロ入りの米袋が三つで、計三十キロ。どうりで重いわけだ。よく見ると、包装された箱の上には、封筒が置いてあった。中を見ると、一通の手紙が入っていた。
『仕事ぶりは、しっかり見せてもらいました。
あと、リリーシャさんやノーラさんに、
食事などで、大変お世話になっていることも聴きました。
取り急ぎ、菓子折りを送るので、
お二人には、くれぐれもお礼を言って、渡すように。
あと、お米を送るので、ちゃんと自炊しなさい』
この筆跡と内容は、間違いなく、お母さんのものだ。
でも、どういうこと? 仕事を見たとか何とかって……。
「って、えぇー!? お母さん、来てたのっ?」
「うるさい声出すんじゃないよ。母親とは、会わなかったのかい?」
「あ、ごめんなさい――。じゃなくて、いつ来てたんですか? 私、全然しらなかったんですけど。いつ来るか言ってなかったし、全く会ってないですよ」
近々来るだろうとは思っていたけど、まさか抜き打ちで来るとは……。完全に、予想の斜め上を行っていた。
「数日前に、リリー嬢ちゃんと一緒に、挨拶に来たのさ。あんたの部屋も見て行ったよ」
「えぇー?! リリーシャさんも、知ってたんですか? もしかして、知らなかったの、私だけじゃないですか? 何で教えてくれなかったんですかー?」
なんてことだ。さーっぱり気付かなかった。てか、みんなグルだったの……?
「母親の気持ちを、汲んだからさ。お前には会いたくないって」
「うぐっ――。や、やっぱり、すごく怒ってました……?」
会いたくないって、相当、怒ってるよね? こりゃ、仲直りどころじゃないよ。うーむ、どうしよう――。
「死ぬほど怒ってたぞ。全く連絡よこさないって」
「ぎゃー!! どうしよ……どうしよー。連絡しようとは思ってたんですけど、なかなか勇気が出なかったんですよぉ――」
一気に血の気が引いて、背筋が寒くなった。お母さんは、怒るとマジで怖い。これじゃ、ますます連絡が取り辛くなっちゃったよぉ……。
「というのは冗談で、全然、怒っちゃいなかったよ。でも、凄い心配してたぞ」
って、そういう心臓に悪い冗談、本当にやめてー!
「えっ、心配ですか……? あの、お母さんが?」
いつも怒られてばかりだったので、怒った表情以外は浮かんでこない。心配なんて感情を、持ち合わせているのだろうか?
「するに決まってるだろ。リリー嬢ちゃんみたいに出来のいい子ならまだしも、あんたみいな、出来の悪い娘を持つ親は、気苦労が絶えないよな。実家にいた時は、ゴロゴロして、掃除一つしなかったそうじゃないか」
「ぐっ、そんな余計な話を……」
流石にリリーシャさんと比較されると、雲泥の差なので何も言い返せない。それに、向こうにいた時は、かなりフリーダムな生活をしていたのも事実だ。
「何にしても、いい母親じゃないか。娘の様子を、こっそりに見に来たり、こうやって食べ物を送ってくれたりするんだから」
「はぁ――。でも、お母さん、何で私に会って行かなかったんだろう?」
メールでは、今すぐにでも、乗り込んできそうな勢いだったのに。散々なことを言われる覚悟をしていたのに、何も言わずに帰ってしまうなんて……。
「そりゃ、お前が半人前だからさ。一人前になるまでは、親に会わないって、決めてるんだろ?」
「確かに、そうですけど。何でお母さんがそれを?」
家を出て以来、一度も連絡を取っていないし、自分の気持ちを打ち明けてもいない。どうせ言っても、聴いてもらえないだろうし――。
「フッ、全てお見通しなんだよ。それが、母親ってもんさ。何で会わずに帰ったのか。無言で何を伝えたかったのか。よく考えてみな」
うーむ……また、何とも難しい課題を。何にしても、全てを見透かされているのは、よく分かった。昔から、私のこと何でも知ってるからなぁ。
でも、一応、今回の件は、これで解決ってことでいいのかな? 何も言ってこないところを見ると、続けても、いいってことだよね? 何かこう、無言のプレッシャーを感じるけど。
「ところで、炊飯器を貸していただいていいですか? 私持っていないので」
「台所にあるから、好きに使いな」
そういえば、こっちに来てから、炊き立てのご飯って、全然、食べてないんだよね。ピラフとか、炒めたご飯は、たまに食べるけど。おかず無くてもいいから、無性に白いご飯が食べたい。
「もう一つ、お願いがあるんですが……。ご飯の炊き方、教えてもらえますか?」
仕事で毎日やっているので、掃除のしかたは覚えたけど、料理スキルは、からっきしである。実家にいた時は、家事は全てお母さんがやってくれてたし。包丁の使い方すら、知らないんだよね――。
「はぁ? あんた、ご飯も炊いたことないのかい? まったく、自分の娘だったら、殴り飛ばしてるところだよ」
「ひぃっ……お手柔らかにお願いします」
ノーラさんだと、本当にやりそうで怖い。
「ったく、どんだけ甘やかされてたんだか? ほら、ボサッとしてないで、さっさと米袋もってきな」
「イエス・マム!」
「誰がマムだ、こら」
バシッと、ローキックが飛んできた。
「あだぃっ!」
私は慌てて米袋を持ち上げると、少しフラフラしながら、ノーラさんのあとをついて行った。
やっぱり、少しは自炊も覚えたほうがいいかも。向こうにいた時は、ずいぶん甘やかされていたのを、改めて自覚する。あと、今回の一件で、母親は怖いだけでなく、色んな意味で偉大なのだと、思い知ったのであった。
私、一生お母さんには、勝てないかも……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『朝の行動は規則正しく分刻みが基本でしょ?』
ライラのルール第8条!朝起きたら元気におはよう!
駐車場にエア・ドルフィンを停めると、歩きながら真剣に考え込む。考えているのは、今日の夕飯のことだ。『魔法祭』の時に、結構お金を使ってしまったので、今月はかなりの節約が必要だった。
仕送りやお小遣いは、一切もらっていないので、日々の生活だけでも超ギリギリだ。でも、必要なのは生活費だけではない。
友達付き合いもあるし、イベントがあれば、どうしても出費が多くなってしまう。今月は『蒼海祭』があるから、またお金が必要になるし……。
毎月、何かしらのイベントがあるのは、お祭り好きの私にとっては、物凄く嬉しい。でも、毎月、出費がかさむってことでも有るんだよね。
家賃を支払って残るのは、月に『三万ベル』だ。一日『千ベル』で生活する必要があるから、一食『三百ベル』以内に抑える必要がある。三百ベルで買えるものは、かなり限られているので、結局、手ごろなパンになっちゃうんだけどね。
ただ、丸々使ってしまうと、他にお金が残らないから、そのわずかな食費すら、節約が必要だ。なので『特売品』や、賞味期限が間近の『半額セール品』などを、フル活用して暮らしている。
それでも足りない時は、もう食事を抜くしかない。実際、月に何食かは『水だけ』で頑張ることもある。人間、水さえ飲んでいれば、二、三週間は生きられるらしいので――。
ただ、いくら生きられるとはいえ、成長期の私にとって、一食抜くのはかなりキツイ。常に、食費を抑えているので、こっちに来てから、完全に空腹が満たされることは少なかった。
それでも、辛うじてやって行けてるのは、リリーシャさんとノーラさんのお蔭だった。二人には、栄養面でも、大変お世話になっている。
会社には、来客用に、常にお菓子やお茶が常備されていた。また、リリーシャさんは、よくお客様から貰い物をしたり、仕事帰りに、ちょくちょく差し入れを買って来てくれる。なので、足りない分は、会社で栄養補給しているのだった。
あと、ノーラさんも、たまに食事に呼んでくれるので、非常に助かっている。ノーラさんって、ちょっと怖いところもあるけど、料理はすっごく上手いんだよね。しかも、超大盛りに作ってくれるので、物凄く満足感がある。
とはいえ、他の人に頼ってばかりはいられない。自分自身の問題だし、一人暮らしが大変なのは、最初から分かっていたことだ。一人前になるまでは、上手くやり繰りしないと。
うーむ……しばらくの間、夕飯抜こうかなぁ。朝と昼食べてれば、何とかなりそうだし。仕事中は、お腹減ってたら集中できないし、お客様の前でお腹鳴らす訳にも行かないので、朝昼はマストだよね。
夕飯を抜くと、お腹減ってなかなか寝れないけど、水を一杯飲んでおけば何とか耐えられる。とにかく、お金がなくて色々とピンチだから、頑張らないと。
それに、ピンチなのは、お金だけではない。まだ、母親がやってくる件が、全く解決していないからだ。もし来ても、徹底抗戦の覚悟は決めたけど、いつ来るか分からないと、やはりモヤモヤする。
私は色々考えながらアパートの入口をくぐると、左奥の部屋の扉が開き、ノーラさんが出てきた。
「ノーラさん、こんばんは」
私は笑顔を浮かべ、明るく挨拶をする。
どんな時でも、明るく挨拶が基本。たとえ悩み事があろうが、お腹が減っていようが、それは関係ないことだ。
「おう、お帰り。ちょうどいいところに来たね。あんたに荷物が届いてるから、持って行きな」
「えっ、私にですか……?」
私に荷物が届くなんて、珍しい。いったい誰からだろうか?
ノーラさんについて部屋に入ると、床には大きなダンボール箱が置いてあった。箱には『時空特急便』の黄色いシールが貼られている。伝票を見ると、差出人は『如月 雪華』になっていた。
「えぇっ、お母さん?!」
意外な送り主に、一瞬、凍り付く。完全に想定外だった。
うーん、何だろ……? 私の部屋の荷物を処分するんで、送って来たのだろうか? それにしては、箱一つでは量が少ないし――。
まさか、爆弾!? な訳ないよね……。いくら怒っていても、娘に爆弾を送る親はいないだろう――たぶん。
でも、特急便を使うということは、かなり急ぎだから、何か重要なものだよね? とりあえず、部屋に持って行って確認してみないと。
私は中腰になって、箱を持ち上げようとする。だが、重くて持ち上がらなかった。引きずって行くにしても、五階よりさらに上の屋根裏まで、階段で持って行くのは、さすがに無理そうだ。
「あのー、重くて持ち上がらないので、ここで開けてみてもいいですか?」
「別に構わないよ」
私は少し緊張しながら、そーっとガムテープをはがし、慎重に箱を開けてみた。
すると、包装された箱が二つと、その下には米袋が入っていた。十キロ入りの米袋が三つで、計三十キロ。どうりで重いわけだ。よく見ると、包装された箱の上には、封筒が置いてあった。中を見ると、一通の手紙が入っていた。
『仕事ぶりは、しっかり見せてもらいました。
あと、リリーシャさんやノーラさんに、
食事などで、大変お世話になっていることも聴きました。
取り急ぎ、菓子折りを送るので、
お二人には、くれぐれもお礼を言って、渡すように。
あと、お米を送るので、ちゃんと自炊しなさい』
この筆跡と内容は、間違いなく、お母さんのものだ。
でも、どういうこと? 仕事を見たとか何とかって……。
「って、えぇー!? お母さん、来てたのっ?」
「うるさい声出すんじゃないよ。母親とは、会わなかったのかい?」
「あ、ごめんなさい――。じゃなくて、いつ来てたんですか? 私、全然しらなかったんですけど。いつ来るか言ってなかったし、全く会ってないですよ」
近々来るだろうとは思っていたけど、まさか抜き打ちで来るとは……。完全に、予想の斜め上を行っていた。
「数日前に、リリー嬢ちゃんと一緒に、挨拶に来たのさ。あんたの部屋も見て行ったよ」
「えぇー?! リリーシャさんも、知ってたんですか? もしかして、知らなかったの、私だけじゃないですか? 何で教えてくれなかったんですかー?」
なんてことだ。さーっぱり気付かなかった。てか、みんなグルだったの……?
「母親の気持ちを、汲んだからさ。お前には会いたくないって」
「うぐっ――。や、やっぱり、すごく怒ってました……?」
会いたくないって、相当、怒ってるよね? こりゃ、仲直りどころじゃないよ。うーむ、どうしよう――。
「死ぬほど怒ってたぞ。全く連絡よこさないって」
「ぎゃー!! どうしよ……どうしよー。連絡しようとは思ってたんですけど、なかなか勇気が出なかったんですよぉ――」
一気に血の気が引いて、背筋が寒くなった。お母さんは、怒るとマジで怖い。これじゃ、ますます連絡が取り辛くなっちゃったよぉ……。
「というのは冗談で、全然、怒っちゃいなかったよ。でも、凄い心配してたぞ」
って、そういう心臓に悪い冗談、本当にやめてー!
「えっ、心配ですか……? あの、お母さんが?」
いつも怒られてばかりだったので、怒った表情以外は浮かんでこない。心配なんて感情を、持ち合わせているのだろうか?
「するに決まってるだろ。リリー嬢ちゃんみたいに出来のいい子ならまだしも、あんたみいな、出来の悪い娘を持つ親は、気苦労が絶えないよな。実家にいた時は、ゴロゴロして、掃除一つしなかったそうじゃないか」
「ぐっ、そんな余計な話を……」
流石にリリーシャさんと比較されると、雲泥の差なので何も言い返せない。それに、向こうにいた時は、かなりフリーダムな生活をしていたのも事実だ。
「何にしても、いい母親じゃないか。娘の様子を、こっそりに見に来たり、こうやって食べ物を送ってくれたりするんだから」
「はぁ――。でも、お母さん、何で私に会って行かなかったんだろう?」
メールでは、今すぐにでも、乗り込んできそうな勢いだったのに。散々なことを言われる覚悟をしていたのに、何も言わずに帰ってしまうなんて……。
「そりゃ、お前が半人前だからさ。一人前になるまでは、親に会わないって、決めてるんだろ?」
「確かに、そうですけど。何でお母さんがそれを?」
家を出て以来、一度も連絡を取っていないし、自分の気持ちを打ち明けてもいない。どうせ言っても、聴いてもらえないだろうし――。
「フッ、全てお見通しなんだよ。それが、母親ってもんさ。何で会わずに帰ったのか。無言で何を伝えたかったのか。よく考えてみな」
うーむ……また、何とも難しい課題を。何にしても、全てを見透かされているのは、よく分かった。昔から、私のこと何でも知ってるからなぁ。
でも、一応、今回の件は、これで解決ってことでいいのかな? 何も言ってこないところを見ると、続けても、いいってことだよね? 何かこう、無言のプレッシャーを感じるけど。
「ところで、炊飯器を貸していただいていいですか? 私持っていないので」
「台所にあるから、好きに使いな」
そういえば、こっちに来てから、炊き立てのご飯って、全然、食べてないんだよね。ピラフとか、炒めたご飯は、たまに食べるけど。おかず無くてもいいから、無性に白いご飯が食べたい。
「もう一つ、お願いがあるんですが……。ご飯の炊き方、教えてもらえますか?」
仕事で毎日やっているので、掃除のしかたは覚えたけど、料理スキルは、からっきしである。実家にいた時は、家事は全てお母さんがやってくれてたし。包丁の使い方すら、知らないんだよね――。
「はぁ? あんた、ご飯も炊いたことないのかい? まったく、自分の娘だったら、殴り飛ばしてるところだよ」
「ひぃっ……お手柔らかにお願いします」
ノーラさんだと、本当にやりそうで怖い。
「ったく、どんだけ甘やかされてたんだか? ほら、ボサッとしてないで、さっさと米袋もってきな」
「イエス・マム!」
「誰がマムだ、こら」
バシッと、ローキックが飛んできた。
「あだぃっ!」
私は慌てて米袋を持ち上げると、少しフラフラしながら、ノーラさんのあとをついて行った。
やっぱり、少しは自炊も覚えたほうがいいかも。向こうにいた時は、ずいぶん甘やかされていたのを、改めて自覚する。あと、今回の一件で、母親は怖いだけでなく、色んな意味で偉大なのだと、思い知ったのであった。
私、一生お母さんには、勝てないかも……。
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