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第2部 母と娘の関係
1-7次に会う時はもっと大人になっているのだろうか?
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〈グリュンノア〉を訪れて三日目。私はリリーシャさんの操縦する機体に乗り、町の上空を飛んでいた。空は青く晴れ渡り、風もちょうどいい、絶好の飛行日和だ。
風を浴びながら、空や街の風景を眺めて飛ぶのは、最高に気持ちがいい。ただ移動するだけの乗り物にはない、楽しさと爽快感があった。
ちなみに、空飛ぶ車みたいな機体を『エア・カート』という。町のあちこちで見掛ける、この町では一般的な乗り物だ。普通に屋根の付いたタイプもあるが、観光用には『オープン・カート』を使うことが多いらしい。
その他にも、バイク型は『エア・ドルフィン』で、船の形をしているのが『エア・ゴンドラ』だ。会社に全種おいてあるし、毎日、風歌の掃除風景を眺めていたら、自然に覚えてしまった。
海から吹いてくる潮風が、とても心地よい。最初は、空を飛ぶことに、大きな恐怖を感じていた。でも、リリーシャさんの運転が上手いせいか、何回か乗ったら慣れてしまった。今では、地上を移動するより、はるかに快適に感じる。
それに、最初は『異世界なんて危険な所に行きたくない』と、頑なになっていたが、たった数日の間で、この町がすっかりお気に入りになっていた。
思えば、風歌に異世界行きを強く反対していたのも、単に私が誤解していたからかもしれない。向こうの世界よりも、はるかに美しく居心地のよい場所だ。治安もよく、何より住んでいる人たちが、とても明るく親切だった。
本当は、風歌の姿を見て、一日で帰ってこようと思っていた。しかし、あまりに居心地がよくて、滞在期間を延長してしまったぐらいだ。
町の良さもあるが、やはり、リリーシャさんの気遣いが、ずば抜けて優れていたのが大きい。こんなに素晴らしいもてなしは、生まれて初めてだった。
今日も帰宅時間に合わせ、わざわざ空港まで送ってくれている。『最後に見ておきたい場所はありませんか?』と尋ねられたので、私は海をリクエストした。
すると、海岸沿いに進路を取り、いつもより、ゆっくり飛んでくれている。私が感傷に浸っているのが分かっているのか、今日は無言のまま、静かに飛行していた。
本当に、何から何まで、細やかなところまで気の周る、素晴らしく優秀な人だ。はたして風歌が、ここまで出来るようになるのだろうか……?
私は昨夜、彼女に借りたマギコンを使い、部屋でずっと調べ物をしていた。『シルフィード業界』について、詳しい情報を見ていたのだ。
向こうにいた時は、たまにテレビで話題を見るぐらいで、単なるアイドル的な存在だと思っていた。だから、シルフィード業界の厳しい現実までは、知らなかった。
色々調べてみたところ、この世界の女子の間では、将来なりたい職業の『第一位』だった。ただ、希望者がとても多いため、物凄い競争率になっている。
また、業界に入っても、大変さに耐えられず、見習い期間中に辞める子も多いそうだ。さらに、一人前になっても、ファンが付かなかったり、昇級できなかったりで、退職する人も多い。
一見、華やかに見える職業だが、その裏側では、非常に厳しい生存競争が行われていた。上位に昇級できるのは、ほんの一握りのエリートだけ。
しかも、毎年、若く才能のある子たちが、次々と業界に入って来る。なので、かなり早いうちに芽が出ないと、成功は不可能だ。結局、大多数の人は、夢破れて立ち去って行く。
風歌は、そんな厳しい世界に、足を踏み入れたのだ。しかも、ギリギリの生活を余儀なくされ、シルフィードの専門学校にも行っていない。他の人たちに比べ、圧倒的に不利な状況だが、唯一の救いは、素晴らしい先輩に出会えたことだ。
なお、色々調べていて分かったのだが、人気シルフィードの一覧に、リリーシャさんの名前が出ていた。大人しく控えめな性格なので、あまり気にしていなかったが、相当な有名人らしい。
彼女の名前で検索すると、ファンサイトなどが、山のように出て来る。どのサイトにも、彼女の素晴らしさを褒めたたえる意見が多く、間違いなく、この町のトップ・シルフィードの一人だった。
常に、予約が一ヵ月以上、先まで埋まっているらしく、本来なら会うことすら難しい。私はそんな凄い人に、三日間つきっきりで、お世話をして貰っていたのだ。
知らなかったとはいえ、何と贅沢なことか。それに、風歌がこんな凄い人の会社で、お世話になっていること自体が、奇跡的だと言える。
あと、リリーシャさんの母親は『伝説のシルフィード』と言われるほど、凄い人だったらしい。全シルフィードの頂点に立つ、最高位の『グランド・エンプレス』だったのだ。
世界中の人が知っており、教科書や歴史書に、名が載るぐらいの著名人。確かに、それほど偉大な人の娘さんなら、あの器量も頷ける。
しかし、よくよく調べてみると、二人は正反対の性格だったようだ。母は、自由で明るく、行動的な性格。娘は、真面目で大人しく、控えめな性格。また、母は天性の才能の持ち主だったようだが、リリーシャさんは『努力家』の評価が多い。
つまり、親の七光りではなく、彼女自身の力で、ここまでの地位を築き上げてきたのだ。つくづく、凄い人なのだと感心する。
とはいえ、彼女はシルフィード学校を、首席で卒業していた。また、子供のころから間近で、偉大なシルフィードを見て育ったのだ。全く知識もなく、学校すら行っていない風歌とは、そもそも格が違いすぎる。
風歌は、とても良き師に出会えたけれど、これほど厳しい世界で、本当に上手くやって行けるのだろうか? もし、ダメだった場合は、どうするのだろうか? ちゃんと、こちらの世界に戻って来るのだろうか? 心配事は尽きない……。
今日も早朝から、風歌はせっせと働いていた。その姿を見て、やる気や本気は、疑いようがない。ただ、その姿を見ても『頑張りなさい』と言うべきか『帰って来なさい』と言うべきか、まだ私には、判断が付きかねていた。
厳しい世界だと知ってしまった以上、手放しに応援はできない。はたして、あの子にとって、何が最善なのだろうか――?
いったん考えを止め、視線を前に向けると、空港が近づいてきていた。左には大きな青い海が広がり、右には美しい町並みが見える。最初に来た時は嫌々だったが、今では、去るのが名残惜しく感じていた。
とてもよい町だったのもあるが、風歌を置いて行くのが、少し寂しいのかもしれない。次にいつ会えるのかは、全く分からないのだから……。
ほどなくして空港に着くと、リリーシャさんが荷物を持ち、ロビーに案内してくれた。さらに、搭乗手続きも済ませ、荷物の預け入れまでしてくれる。相変わらず、よく気が回り、至れり尽くせりだ。
私はその間に、保安検査と出国審査を受ける。ここら辺は、向こうの世界の飛行場と、同じシステムだ。無事に審査を終えると、ロビーで待機していた彼女と合流した。
手際よく手伝ってくれたおかげで、想像以上に早く、搭乗の準備が終わった。あとは、時空航行船の十二番ゲートに向かうだけだ。
「三日間、何から何まで、ありがとうございました。本当は、風歌の様子を見て、すぐに帰る予定だったのですが、あまりにも居心地がよかったものですから」
私は彼女に向かい合うと、頭を下げ、心からのお礼を伝えた。
「大したお構いも出来ませんで。ご満足いただけたのであれば、幸いです」
彼女は頭を下げながら、物静かに答える。
あれだけしてくれて、大したこと無いはずがない。おそらく、この三日間のことは、一生の思い出に残るだろう。それにしても、どこまでも謙虚な人だ。
彼女の性格も才能も、ただただ『凄い』としか言いようがない。私の人生の中で、間違いなく、最上級のもてなしだった。
「とても素敵な町ですね。それに、シルフィードが、いかに素晴らしい職業かも、よく分かりました。風歌が憧れを抱いたのも、分かった気がします」
観光に来たわけではないので、あまり多くは回れなかったが、それでも、町の魅力が十分に伝わって来た。近代化と自然の見事な調和。また、機械と魔法の融合。最初は戸惑っていたが、慣れてくると、魔法で動く機械は物凄く便利だ。
でも、短時間でその素晴らしさを知れたのは、全てリリーシャさんのお蔭だった。こんな素敵な人に案内して貰えるなら、遠くからでも来たいと望む人は多いだろう。
「本当に……風歌ちゃんには、お会いしなくてよろしいのですか?」
彼女は少し考えてから、言葉を選びつつ訊ねてきた。笑顔に少し影がさす。
私はこの数日間、彼女を見ていて、あることに気付いた。いつも柔らかな表情をしているが、風歌のことを話す時は、飛び切りよい笑顔になるのだ。
いかに、風歌のことを大事に想ってくれているかが、ひしひしと伝わって来た。だから、風歌と私の関係のことも、本当に真剣に考えてくれているのだろう。
「えぇ、今は会わないほうが、いいと思います。風歌も、私とは会いたくないでしょうから――」
「そんな……風歌ちゃんも、きっとお母様に会いたいと思っているはずです。ただ、きっかけが持てないだけで。家を飛び出したのも、喧嘩をしたのも、ただの勢いで、悪気はないと思います」
彼女は、珍しく悲しげな表情を浮かべる。
それは、私も分かっている。あの時は、お互いに感情的になり過ぎていた。風歌も私も、本来なら言わないような酷い言葉も、勢いで言ってしまった……。
「私だって、会いたくない訳じゃないんです。この数日間、何度も声を掛けようと、迷いました」
そう、何度も、あの子の前に出ようとした。何度も、声を掛けようとした。しかし、その都度、私は思いとどまった。
「でも、どうせあの子のことですから『一人前になるまで会わない』とか、変な意地を張っているんだと思います。もし、私が逆の立場なら、同じことを考えるでしょうし。分かってしまうんですよね、親子ですから――」
頑固なところは、間違いなく私譲りだ。
「そうですか……いい親子関係ですね」
「どうですかね? いつも喧嘩ばかりですけど」
苦笑いすると、彼女もそれに合わせて微笑んだ。
私は改めて彼女に向き直ると、
「出来の悪い娘ですが、どうか今後とも、ご指導よろしくお願いいたします」
私は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、責任を持って、お預かりさせていただきます」
彼女も丁寧にお辞儀をしてくれる。相変わらず、上品で美しい動作の挨拶だ。
少し間をおいてから、
「では、そろそろ行きますので」
私は軽く会釈すると、背を向けゲートに向かって行った。
ゆっくり歩みを進めると、背後から柔らかな声が聞こえてきた。
「またのお越しを、お待ちしております」
「えぇ、是非。次は、風歌に町を案内してもらおうと思います」
私が振り向いて答えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
数日前に到着した時とは違い、私はとても軽い足取りで進んで行った。
次にここに来るのは、いつになるだろう? 一年後、それとも数年後? やるなら最後までやり通して、必ず一人前になりなさいよ、風歌……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『母親だけには一生勝てる気がしないんだけど……』
良き母親は、幾百もの教師に匹敵する
風を浴びながら、空や街の風景を眺めて飛ぶのは、最高に気持ちがいい。ただ移動するだけの乗り物にはない、楽しさと爽快感があった。
ちなみに、空飛ぶ車みたいな機体を『エア・カート』という。町のあちこちで見掛ける、この町では一般的な乗り物だ。普通に屋根の付いたタイプもあるが、観光用には『オープン・カート』を使うことが多いらしい。
その他にも、バイク型は『エア・ドルフィン』で、船の形をしているのが『エア・ゴンドラ』だ。会社に全種おいてあるし、毎日、風歌の掃除風景を眺めていたら、自然に覚えてしまった。
海から吹いてくる潮風が、とても心地よい。最初は、空を飛ぶことに、大きな恐怖を感じていた。でも、リリーシャさんの運転が上手いせいか、何回か乗ったら慣れてしまった。今では、地上を移動するより、はるかに快適に感じる。
それに、最初は『異世界なんて危険な所に行きたくない』と、頑なになっていたが、たった数日の間で、この町がすっかりお気に入りになっていた。
思えば、風歌に異世界行きを強く反対していたのも、単に私が誤解していたからかもしれない。向こうの世界よりも、はるかに美しく居心地のよい場所だ。治安もよく、何より住んでいる人たちが、とても明るく親切だった。
本当は、風歌の姿を見て、一日で帰ってこようと思っていた。しかし、あまりに居心地がよくて、滞在期間を延長してしまったぐらいだ。
町の良さもあるが、やはり、リリーシャさんの気遣いが、ずば抜けて優れていたのが大きい。こんなに素晴らしいもてなしは、生まれて初めてだった。
今日も帰宅時間に合わせ、わざわざ空港まで送ってくれている。『最後に見ておきたい場所はありませんか?』と尋ねられたので、私は海をリクエストした。
すると、海岸沿いに進路を取り、いつもより、ゆっくり飛んでくれている。私が感傷に浸っているのが分かっているのか、今日は無言のまま、静かに飛行していた。
本当に、何から何まで、細やかなところまで気の周る、素晴らしく優秀な人だ。はたして風歌が、ここまで出来るようになるのだろうか……?
私は昨夜、彼女に借りたマギコンを使い、部屋でずっと調べ物をしていた。『シルフィード業界』について、詳しい情報を見ていたのだ。
向こうにいた時は、たまにテレビで話題を見るぐらいで、単なるアイドル的な存在だと思っていた。だから、シルフィード業界の厳しい現実までは、知らなかった。
色々調べてみたところ、この世界の女子の間では、将来なりたい職業の『第一位』だった。ただ、希望者がとても多いため、物凄い競争率になっている。
また、業界に入っても、大変さに耐えられず、見習い期間中に辞める子も多いそうだ。さらに、一人前になっても、ファンが付かなかったり、昇級できなかったりで、退職する人も多い。
一見、華やかに見える職業だが、その裏側では、非常に厳しい生存競争が行われていた。上位に昇級できるのは、ほんの一握りのエリートだけ。
しかも、毎年、若く才能のある子たちが、次々と業界に入って来る。なので、かなり早いうちに芽が出ないと、成功は不可能だ。結局、大多数の人は、夢破れて立ち去って行く。
風歌は、そんな厳しい世界に、足を踏み入れたのだ。しかも、ギリギリの生活を余儀なくされ、シルフィードの専門学校にも行っていない。他の人たちに比べ、圧倒的に不利な状況だが、唯一の救いは、素晴らしい先輩に出会えたことだ。
なお、色々調べていて分かったのだが、人気シルフィードの一覧に、リリーシャさんの名前が出ていた。大人しく控えめな性格なので、あまり気にしていなかったが、相当な有名人らしい。
彼女の名前で検索すると、ファンサイトなどが、山のように出て来る。どのサイトにも、彼女の素晴らしさを褒めたたえる意見が多く、間違いなく、この町のトップ・シルフィードの一人だった。
常に、予約が一ヵ月以上、先まで埋まっているらしく、本来なら会うことすら難しい。私はそんな凄い人に、三日間つきっきりで、お世話をして貰っていたのだ。
知らなかったとはいえ、何と贅沢なことか。それに、風歌がこんな凄い人の会社で、お世話になっていること自体が、奇跡的だと言える。
あと、リリーシャさんの母親は『伝説のシルフィード』と言われるほど、凄い人だったらしい。全シルフィードの頂点に立つ、最高位の『グランド・エンプレス』だったのだ。
世界中の人が知っており、教科書や歴史書に、名が載るぐらいの著名人。確かに、それほど偉大な人の娘さんなら、あの器量も頷ける。
しかし、よくよく調べてみると、二人は正反対の性格だったようだ。母は、自由で明るく、行動的な性格。娘は、真面目で大人しく、控えめな性格。また、母は天性の才能の持ち主だったようだが、リリーシャさんは『努力家』の評価が多い。
つまり、親の七光りではなく、彼女自身の力で、ここまでの地位を築き上げてきたのだ。つくづく、凄い人なのだと感心する。
とはいえ、彼女はシルフィード学校を、首席で卒業していた。また、子供のころから間近で、偉大なシルフィードを見て育ったのだ。全く知識もなく、学校すら行っていない風歌とは、そもそも格が違いすぎる。
風歌は、とても良き師に出会えたけれど、これほど厳しい世界で、本当に上手くやって行けるのだろうか? もし、ダメだった場合は、どうするのだろうか? ちゃんと、こちらの世界に戻って来るのだろうか? 心配事は尽きない……。
今日も早朝から、風歌はせっせと働いていた。その姿を見て、やる気や本気は、疑いようがない。ただ、その姿を見ても『頑張りなさい』と言うべきか『帰って来なさい』と言うべきか、まだ私には、判断が付きかねていた。
厳しい世界だと知ってしまった以上、手放しに応援はできない。はたして、あの子にとって、何が最善なのだろうか――?
いったん考えを止め、視線を前に向けると、空港が近づいてきていた。左には大きな青い海が広がり、右には美しい町並みが見える。最初に来た時は嫌々だったが、今では、去るのが名残惜しく感じていた。
とてもよい町だったのもあるが、風歌を置いて行くのが、少し寂しいのかもしれない。次にいつ会えるのかは、全く分からないのだから……。
ほどなくして空港に着くと、リリーシャさんが荷物を持ち、ロビーに案内してくれた。さらに、搭乗手続きも済ませ、荷物の預け入れまでしてくれる。相変わらず、よく気が回り、至れり尽くせりだ。
私はその間に、保安検査と出国審査を受ける。ここら辺は、向こうの世界の飛行場と、同じシステムだ。無事に審査を終えると、ロビーで待機していた彼女と合流した。
手際よく手伝ってくれたおかげで、想像以上に早く、搭乗の準備が終わった。あとは、時空航行船の十二番ゲートに向かうだけだ。
「三日間、何から何まで、ありがとうございました。本当は、風歌の様子を見て、すぐに帰る予定だったのですが、あまりにも居心地がよかったものですから」
私は彼女に向かい合うと、頭を下げ、心からのお礼を伝えた。
「大したお構いも出来ませんで。ご満足いただけたのであれば、幸いです」
彼女は頭を下げながら、物静かに答える。
あれだけしてくれて、大したこと無いはずがない。おそらく、この三日間のことは、一生の思い出に残るだろう。それにしても、どこまでも謙虚な人だ。
彼女の性格も才能も、ただただ『凄い』としか言いようがない。私の人生の中で、間違いなく、最上級のもてなしだった。
「とても素敵な町ですね。それに、シルフィードが、いかに素晴らしい職業かも、よく分かりました。風歌が憧れを抱いたのも、分かった気がします」
観光に来たわけではないので、あまり多くは回れなかったが、それでも、町の魅力が十分に伝わって来た。近代化と自然の見事な調和。また、機械と魔法の融合。最初は戸惑っていたが、慣れてくると、魔法で動く機械は物凄く便利だ。
でも、短時間でその素晴らしさを知れたのは、全てリリーシャさんのお蔭だった。こんな素敵な人に案内して貰えるなら、遠くからでも来たいと望む人は多いだろう。
「本当に……風歌ちゃんには、お会いしなくてよろしいのですか?」
彼女は少し考えてから、言葉を選びつつ訊ねてきた。笑顔に少し影がさす。
私はこの数日間、彼女を見ていて、あることに気付いた。いつも柔らかな表情をしているが、風歌のことを話す時は、飛び切りよい笑顔になるのだ。
いかに、風歌のことを大事に想ってくれているかが、ひしひしと伝わって来た。だから、風歌と私の関係のことも、本当に真剣に考えてくれているのだろう。
「えぇ、今は会わないほうが、いいと思います。風歌も、私とは会いたくないでしょうから――」
「そんな……風歌ちゃんも、きっとお母様に会いたいと思っているはずです。ただ、きっかけが持てないだけで。家を飛び出したのも、喧嘩をしたのも、ただの勢いで、悪気はないと思います」
彼女は、珍しく悲しげな表情を浮かべる。
それは、私も分かっている。あの時は、お互いに感情的になり過ぎていた。風歌も私も、本来なら言わないような酷い言葉も、勢いで言ってしまった……。
「私だって、会いたくない訳じゃないんです。この数日間、何度も声を掛けようと、迷いました」
そう、何度も、あの子の前に出ようとした。何度も、声を掛けようとした。しかし、その都度、私は思いとどまった。
「でも、どうせあの子のことですから『一人前になるまで会わない』とか、変な意地を張っているんだと思います。もし、私が逆の立場なら、同じことを考えるでしょうし。分かってしまうんですよね、親子ですから――」
頑固なところは、間違いなく私譲りだ。
「そうですか……いい親子関係ですね」
「どうですかね? いつも喧嘩ばかりですけど」
苦笑いすると、彼女もそれに合わせて微笑んだ。
私は改めて彼女に向き直ると、
「出来の悪い娘ですが、どうか今後とも、ご指導よろしくお願いいたします」
私は深々と頭を下げた。
「こちらこそ、責任を持って、お預かりさせていただきます」
彼女も丁寧にお辞儀をしてくれる。相変わらず、上品で美しい動作の挨拶だ。
少し間をおいてから、
「では、そろそろ行きますので」
私は軽く会釈すると、背を向けゲートに向かって行った。
ゆっくり歩みを進めると、背後から柔らかな声が聞こえてきた。
「またのお越しを、お待ちしております」
「えぇ、是非。次は、風歌に町を案内してもらおうと思います」
私が振り向いて答えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
数日前に到着した時とは違い、私はとても軽い足取りで進んで行った。
次にここに来るのは、いつになるだろう? 一年後、それとも数年後? やるなら最後までやり通して、必ず一人前になりなさいよ、風歌……。
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『母親だけには一生勝てる気がしないんだけど……』
良き母親は、幾百もの教師に匹敵する
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