私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第2部 母と娘の関係

2-5そんなつぶらな瞳で見つめられても私にも都合が……

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 今日も私は、町の上空を飛んでいた。いつも通り、会社の仕事を完璧に終えると、昨夜、作ったスケジュール表通りに、町を回って行った。

 行き当たりばったりの風歌たちとは違い、回るルート・順番・チェックポイントの全てを、事前に決めてある。私は、適当や不確定要素がある行動は、大嫌いだからだ。

 決められたルートを飛行し、時間的にも、ピッタリ予測通りに進んでいる。このまま順調にいけば、今日のランチで寄る予定のお店に、ちょうど十二時に着くはずだ。

 もちろん、外食する店も、そこで頼むメニューも、下調べが済んでいた。やはり、物事が予定通りに進むと、とても気分がいい。

 私が次の目的地に向かっていると、何やら甲高い声が聞こえてきた。速度をゆるめ、耳を澄ませてみると――これは猫の鳴き声だろうか? 私は目を凝らして地上を確認しながら、少しずつ高度を落として行った。

 予定外の行動だが、シルフィードは、視力や聴力の訓練も大切だ。瞬時にお客様を見つける視力。時には、地上から呼び掛けられる場合もあるので、聴力も必要になる。

 また、安全飛行のためには、風の流れを聴き分ける力も重要だ。なので、少しでも気になることがあれば、その都度、確認をする。

 私は水路の脇にエア・ドルフィンを停めると、声のするほうに進んで行った。どうやら、家と家の隙間にある、小さな裏路地から聞こえてくるようだ。薄暗い路地を、私はそっと覗きこんでみる。

 すると、そこには小さなダンボール箱が置かれていた。
「もしかして……」
 私は慎重に音を立てないように、静かに近付いて行った。

 恐る恐る箱を覗きこむと、そこには、白く小さな生き物がいた。声・容姿・ふわふわ感、どれをとっても間違いなく子猫だった。

「あぁ――やっぱり」
 私は軽くため息をついた。

 正直、私は仕事に関係のない面倒事には、一切、関わりたくなかった。そもそも、会社の寮で飼うことは出来ないし、見習いの私は、やることが多くて忙しい。子猫などを気に掛ける余裕は、全くないのだ。

 覗きこんだ瞬間、子猫と私の目が合った。慌てて少し後ろに下がるが、子猫は私をじっと見つめたまま、鳴き声を上げている。

「悪いけど……私は忙しいから」

 私は振り払うように、サッと背を向けると、速足で路地を出た。しかし、後方からは、まだ鳴き声が聞こえてくる。

 空を見上げると、どんよりした曇り空だった。今日の天気予報は、夕方から雨。なので、早めに切り上げて、会社に戻る予定だ。

 もし、雨が降って来たら、あの子猫は、びしょ濡れになってしまうわよね――。風邪をひくかもしれないし、最悪の場合は死んでしまうかも……。

 私はくるりと方向転換すると、再び子猫のいる場所に戻った。子猫は、また私のことをじっと見つめて来る。しゃがみ込むと、自分の額に手を当て考え込んだ。

「あぁ、もう、どうすればいいのよ? 私は全く関係ないけど、何かあったら目覚めが悪いじゃない――」
 私はしばし考え込んだあと、ふと思いつき、マギコンを起動した。

 ELを開くと、
『緊急事態発生』
 とメッセージを送った。

 送ってから気付いたが、あまりにも言葉足らずで、突飛な内容すぎた。だが、この時の私は、冷静に考えられないほど、動揺していたのだ。

『何があったの?』
『どうした?』

 メッセージを送った直後、すぐに風歌とフィニーツァから返事がきた。反応が速いのは助かるけど『ちゃんと仕事をしているのかしら?』と、少し心配になる。

 私は目の前の子猫を撮影すると、ELで送信した。すると、

『きゃー何この子。超カワイイー!』
『ネコー! 子猫ー!』

 驚くほど速く、返事が飛んでくる。

『練習飛行中に、捨て猫を見つけてしまったのだけれど。どうすればいいかしら?』

 私は慌ててメッセージを打ち込んだ。普段なら、もっと熟考して書くが、今はそれどころではない。私的には、まさに『緊急事態』だったのだ。

『場所はどこらへん?』
『現在地kwsk』

 私は『マイ・ビーコン』のアイコンを押し、メッセージを送った。これは、自分の現在地を、地図上にリアルタイムに表示する機能だ。待ち合わせなどで、よく使われる。

『すぐに向かうね!』
『五分でそっち行く!』

 二人の返信を見て、私は少しホッとした。

 勢いで二人にメッセージを送ってしまったが、私のほうから相談や助けを求めるのは、今回が初めてだ。いつも、教えたり助けたりするのは私のほうで、まさか助けられることが有るとは、思ってもみなかった。

 しかし、二人が来て、状況が変わるのだろうか? かと言って、他に相談できる人もいないし……。

 私は水路まで戻り悶々としていると、スーッと音もなく、エア・ドルフィンが降りて来た。この静かな着陸は、フィニーツァだ。五分と言っていたはずだが、まだ三分も経っていない。

「どこっ? 子猫どこっ?」
「そこの裏路地よ」
 私が建物の隙間を指すと、物凄いスピードで突っ込んで行った。

 普段のノロノロした彼女からは、想像もつかない素早さだ。しかも、妙にテンションが高い。こんなに興奮しているフィニーツァは、初めて見る。

「ネコー! 子猫ー!」 
 直後、路地の奥から、フィニーツァの歓声が聞こえてきた。

 普段から、猫のスタンプを使っているので、相当、好きなのだろう。それにしても、ボキャブラリが、少な過ぎだ。ひたすら『ネコ』という言葉を、連発している。

 ほどなくして、風歌もやってきた。

「ナギサちゃん、ネコはどこ? 子猫どこ?」
「あなたもなの――?」

「えっ?」
「いえ、そこにいるわよ」

 私はフィニーツァがいる、建物の隙間を指さした。

 すると、風歌は路地に走り寄り、
「ねぇー、私にも子猫見せてー!」
 フィニーツァの横に、強引に割り込んだ。

 どうして子猫一匹で、こうも興奮するのだろうか? 私には理解できない。

 私は遠巻きに、しばし様子を見ていたが、いつまで経っても戻って来る気配がなかった。最初は、急に呼び出した手前、許容していたが、だんだん焦れて来た。

「ちょっと二人とも。猫とじゃれ合うために、呼んだ訳ではないのよ。この子をどうするか決めないと、何の解決にもならないでしょ? 夕方から雨が降って来るし、ゆっくりしている時間はないのだから」

 私は路地の前に立つと、少し大きめの声で二人に呼びかける。

「あー、そうだった」
「忘れてた」
 二人はゆっくり立ち上がると、こちらに戻って来た。

 まったく、この二人は……。相変わらず、何も考えていないわね。

「私は会社の寮暮らしだから、ペットは無理なのよ」
「でも、私もアパート暮らしだから、ネコは飼えないよー。フィニーちゃんも、会社の寮だから無理だよね?」

「メイリオ先輩にきいてみる」
 フィニーツァは、マギコンを取り出し起動する。

「フィニーちゃん、メイリオさんとレイアー契約してるんだよね」
「こういう時、お姉様がいると心強いわね――」 
 とはいえ、流石に会社で飼うのは無理だろう。

 フィニーツァは、素早く操作を始める。ELでメッセージを、送っているようだ。普段の動きの緩慢さとは対照的に、マギコンの操作は神業的に速かった。サッと操作を終えると、マギコンをポケットにしまう。

「ダメだったの?」
「返事待ち」

 メイリオさんは、人気シルフィードで忙しいから、昼間は簡単には、連絡が取れないはずだ。となると、夕方までに、間に合わない可能性が高い。

 風歌とフィニーツァは、再び裏路地に入り、箱の前にしゃがみこんで、無邪気に子猫と戯れる。私はその様子を眺めながら、どうしたものかと思案した。

 結局、考えるのは、いつも私の役目だ。知識で解決できる問題ならどうにかなるが、今回の件は非常に難しかった。いくら猫とはいえ、命が掛かっているのだ。

 実家はペット禁止ではないが、潔癖症の母が許すことは、あり得ない。そもそも、家には誰もいないことが殆どだ。かと言って、猫を飼ってくれそうな知人や友人もいない。

 そもそも、まともに友人と呼べるのは、風歌とフィニーツァだけだ。交友関係の狭さが、こんなところで裏目に出るとは……。

 しばし考え込んでいると、裏路地のほうからコール音が聞こえてきた。

 フィニーツァは裏路地から出てくると、通話を始める。相手はどうやら、メイリオさんのようだ。彼女は、いつも通り、少ない口数で会話をすると、マギコンを閉じた。

「里親が見つかるまでの間、会社で飼っていいって」
「おぉー、やったね!」 
「メイリオ先輩が、会社に掛け合ってくれた」

 何事もなかったかのように、フィニーツァは無表情で説明する。あまりにも、淡々と通話していたので、てっきりダメだと思ってしまった。

「相変わらず、自由な会社ね。でも、今回は、本当に助かったわ」
 私は、ようやく一息ついた。

〈ウィンドミル〉の緩やかな社風もあるが『スカイ・プリンセス』が頼んでくれたのが、とても大きい。

 見習いの言葉であれば、軽く一蹴されていただろう。この業界では、階級によって、発言力や信頼性が段違いだからだ。皆がこぞって、上位階級の人と『レイアー契約』したがるのも、そこにある。

 もっとも、フィニーツァの場合は、その有難みが、全く分かっていない。あまり、権威にしがみつくのもどうかと思うが、もう少し、自分がいかに恵まれた立場か、理解すべきだ――。

「手続きあるらしいから、連れて帰る」
 フィニーツァは、裏路地に入ると、少し緩んだ表情で箱を抱えてきた。

「フィニーちゃん、よろしくね」
「落とさないように、気を付けるのよ」
「大丈夫、まかせて」

 フィニーツァは、子猫をジーッと見つめながら答える。すっかり子猫に夢中のようだ。表情はあまり変わらないが、目から喜びが伝わってくる。

 フィニーツァは、エア・ドルフィンに乗ると、静かに上昇して行った。だが、すぐに戻って来る。

「大事なこと、忘れてた」
「どうしたの?」 
「名前決めて」

 フィニーツァは、私に視線を向けて来る。箱の中の子猫も、一緒に見つめて来た。

「えっ、私? そんなの急に言われても、猫を飼ったことなんてないし……」
「最初に見つけた人が、名前を付けるのが決まり」

 初めて聞くけど、そんなルールがあったかしら? 私は額に手を当て、真剣に考え込む。変な名前を付けてしまっては、この子の一生に関わる大問題だ。

「スノウ――はどうかしら? 真っ白な毛並みだし、縁起も良いと思うのだけど」

 この町では、白は幸運の色とされている。そのため、雪が降ると、幸運が舞い込んで来ると言われていた。

「かわいくて、いいんじゃない!」
「分かった。行こう、スノウ」
 フィニーツァの声に、子猫は『ニャー』と答える。

 再びエア・ドルフィンで上昇すると、今度は会社に向かって飛び去って行った。

「はぁ……子猫のせいで、どっと疲れてしまったわ」
「じゃあ、折角だし、一緒にランチに行こうよ」

「そうね。今日は急に呼び出してしまったし、私がご馳走するわ」
「やったー!」

 こうして、子猫騒動は無事に終了した。

 予定が狂うので、イレギュラーな出来事は、本当に勘弁してほしい。とはいえ、子猫を救えたせいか、気分はとても晴れやかだった。

 あと、人付き合いや人脈の大切さが、少しだけ分かったかもしれない……。


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次回――
『気持ちは分かるけどドリル頭は言いすぎよ』

 覚えておけ、 俺のドリルは、宇宙にかざあなを開ける
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