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第2部 母と娘の関係
2-7友人なんて数人いれば十分だと思うんだけど
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午前、九時二十分。私は『第三ミーティング・ルーム』の、窓側の一番前の席に座り、ミス・ハーネスの話を聴いていた。
今日も、いつも通りの朝の挨拶から始まり、張り詰めた空気の中で、ミス・ハーネスが、淡々と連絡事項を伝えていく。
学校の朝のホームルームに似ているが、その重要度がまるで違った。もし、聴き漏らしてミスでもしようものなら、すぐクビになる可能性もあるからだ。
そのため、この時ばかりは、誰もが全神経を研ぎ澄まし、集中して話を聴く。室内は静まり返り、物音一つ聞こえなかった。
伝達事項がすべて終わると、話題が切り替わる。
「今から、前回の定期考査の結果を返します」
この言葉の瞬間、教室内の緊張感が高まるのを感じた。
『定期考査』とは、シルフィードとしての実力を測るための試験だ。〈ファースト・クラス〉では、見習い期間は定期的に行っており、試験の結果で、大体の実力がわかる。
過去の例を見ても、定期考査でよい結果を出していた者から、昇進していた。そのため、極めて重要度が高いものだ。
定期考査では『筆記試験』と『実技試験』が行われる。筆記試験は、ライセンスの昇級試験でも出て来る、シルフィードの各種知識について。実技試験は、操縦技術や接客対応についての実力が試される。
「成績上位者から、成績表を渡して行きます。なお、今回の最高得点は、満点が一名。ただ、全体的な平均点を見ると、前回よりも落ちています。もっと気を引き締めて、学習に励むように」
その言葉に、室内の空気はさらに重くなった。
「それでは始めます……。ナギサ・ムーンライト、満点」
「はい」
私は静かに席を立ちあがると、背筋をピンと伸ばし、講壇の前に進んで行った。
「今後も、この調子で頑張りなさい」
「ありがとうございます」
私は会釈しながら成績表を受け取ると、静かに席に戻る。
その間、多くの視線が浴びせられるが、必ずしも、好意的なものではなかった。特に、アンジェリカの取り巻きたちからは、敵意のある視線を感じた。
「アンジェリカ・ヴァーズ、九十八点」
「はい」
アンジェリカは、誇らしげな顔で立ち上がると、ゆっくりと講壇に向かう。
周りの者たちも、笑顔で温かい視線を送っていた。私の時とは、ずいぶんと反応が違う。だが、私は特に気にしなかった。別に他人に褒めらるために、頑張っている訳ではないからだ。自分さえ納得できれば、それでいい。
成績表が全員に行きわたると、
「定期考査で、よい点数が取れなければ、よい接客などできる訳がありません。それどころか、昇級すら危うい状態です。今一度、気を引き締め、仕事と勉学に励むように。では、本日はここまで」
彼女が言い終えると同時に、皆一斉に立ち上がり、
「ありがとうございました」
ピタリと声を合わせて挨拶をした。
「皆さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ミス・ハーネス」
彼女が部屋を出ていくまで、みな頭を下げた状態を維持する。
ミス・ハーネスがいなくなり、しばし時間が経つと、教室のあちこちから、安堵のため息が聞こえてきた。
さっそく、ワイワイと世間話をしている者たちもいる。今日の合同練習の打ち合わせや、昼食の約束。中には、仕事に全く関係ない、趣味の話で盛り上がっている者たちもいた。
私は特に用がないので、早々に退出する。うるさいのは苦手だし、早く部屋に戻って、定期考査の試験内容を復習したい。だが、廊下に出たところで、呼び止められた。
「ナギサさん、ちょっとお待ちになって」
声を聴いた瞬間、私の全身に不快な気分が満ちあふれた。なぜなら、声の主がアンジェリカだったからだ。
「何かご用かしら?」
私は務めて冷静に答える。
「これからご一緒に、お茶でもいかがかしら? 皆で今回の定期考査についての、反省会を行うと思いますの。もちろん、そのあとは楽しいお話をして、親交を深めようと思いますわ」
「お誘い、ありがとう。でも、私は一人で勉強するのが好きなので。それでは、ごきげんよう」
私は淡々と答えると、すぐにその場を立ち去ろうとした。だが……、
「ちょっと、どういうことなの?」
「アンジェリカ様のお誘いを断るなんて、失礼じゃない?」
目の前を、取り巻きたちに塞がれる。視線を動かすと、横にも取り巻きがたちが立っており、完全に囲まれていた。
「邪魔なので、どいてもらえるかしら?」
私は静かに声を掛けるが、返って来たのは、鋭い視線と攻撃的な言葉だった。
「定期考査で、よい成績を取ったからって、いい気になってるんじゃないわよ!」
「そうよ、自分さえ良ければいいの? 少しは周りの人と足並みをそろえたら?」
「いつも一人のあなたを心配して、アンジェリカ様が声を掛けてくださったのよ」
はぁ――面倒だ。本当に面倒過ぎる。何なの、この馬鹿どもは? だいたい、何で同期の相手に『様』なんて付けてるのよ? それに、いつ私が心配してくれって言ったの?
心の中で、怒りが沸々と湧き上がってくる。
「私はあなた達のように、群れるのが大嫌いなの。それに、こんな出来て当たり前の定期考査ぐらいで、いい気になんてならないわよ。他人の心配の前に、自分の心配をしたらどう? あなたたち、本当に一人前になる気があるの?」
しまった……。言ってから、心の中で舌打ちする。だが、あまりにもイライラする連中なので、つい本音が出てしまったのだ。
「何よ、その上から目線の言い方は?」
「あんたみたいのがいるから、空気が悪くなるのよ!」
刺すような視線が全身に浴びせられ、周囲の温度が急激に高まった。どう見ても、素直に通してくれそうな雰囲気ではない。適当な理由をつけて、この場を立ち去らねば――。
私がどうすべきか思案していると、場の空気にそぐわない、軽やかな声が割り込んで来た。
「カワイイお嬢様方、ごきげんよう」
全員の視線が、声を掛けてきた人物に集まる。
「ツバサお姉様!」
「ごきげんよう、ツバサお姉様」
今まで怒りを顕わにしていた者たちが、一瞬で笑顔に変わった。
彼女はスーツにスラックス、襟元を少し緩めてネクタイを付けている。会社の制服とは違うし、男性用の服装だが、彼女だけは特別に許されていた。
以前、雑誌に男装の写真が掲載されたところ大好評。その後、女性のお客様たちから、男装での接客の要望が、大量に会社に寄せられたからだ。
お堅い社風ではあるが、あまりにも要望が多く、大人気だったため、男性用のスーツに手を加えた、ツバサお姉様専用の制服が作られた。自分専用の制服を持っているシルフィードは、業界広しと言え、ごく数人しかいない。
ツバサお姉様は、柔らかな笑みを浮かべながら近づいてくると、
「怒ったりしたら、折角のカワイイ顔が台無しだよ」
私の目の前いた子の頬に、そっと手を当て顔を近づけた。
「は……はい」
その子は頬を赤らめ、恍惚の表情を浮かべる。
周りにいた取り巻きたちも、ボーっとした表情でその光景を眺めていた。
何なの、この緩んだ空気は――? 重かったこの場所が、急にふんわりとした空気に変わり、私は困惑する。
今度は、こちらのほうを向くと、私の手を取った。
「実は、仕事のサポートをしてもらう約束をしていてね。彼女を借りて行ってもいいかな?」
「はい、もちろんですわ、ツバサお姉様」
アンジェリカは素直に答える。周りの取り巻きたちも、皆すぐに頷いた。
「それでは、ごきげんよう、カワイイお嬢様方」
「ごきげんよう、ツバサお姉様」
訳の分からぬまま、私はツバサお姉様に手を引かれ、その場を立ち去った。
私たちは、フローターに乗って一階に降りていく。
「あの……何も約束はなかったはずですが?」
一階のロビーに着くと立ち止まり、私はツバサお姉様に尋ねた。何が何だか、さっぱり状況が分からない。
「あれは、ただの方便だよ。何だか面倒な状況のようだったから。もしかして、余計なお世話だったかな?」
「いえ、とても助かりました」
実際あの状況はまずかった。ツバサお姉様が割って入って来なかったら、かなり揉めていたかもしれない。
「そう、ならよかった。予約の時間まで、少し時間があるんだ。ちょっとだけ付き合ってよ」
ツバサお姉様は、柔らかな笑顔を浮かべる。
「はい――」
勧められるまま、私は長椅子に座った。すぐ隣にツバサお姉様も腰掛ける。
「仕事は上手く行ってる?」
「通常業務も勉強も、滞りなく進んでいます」
「うん、それは知ってる。定期考査、いつも一番だもんね」
「なぜ、それを?」
「だって、一階の掲示板に、成績優秀者の一覧が出てるから」
ツバサお姉様は、少し離れたところにある、空中の掲示板に視線を向けた。
「あぁ、そういえば……」
以前、一度見た切り、まったく見ていなかった。
成績表の返却の際に順位と点数は分かるし、他人の成績に興味はないからだ。
「そうじゃなくて、人間関係のこと。さっきの彼女たち、同期の子でしょ? よくあるの、ああいうこと?」
「いえ、今日はたまたまです。単に、お茶のお誘いを断っただけなんですが――。業務上の連携は取れていますし、プライベートでの関係性は、必要ないと思います」
毎日、ミーティングで顔を合わせ、雑用の仕事も一緒に行っている。それで、充分だ。
「同期の子とは、仲良くしたほうがいいよ。いずれ、助けが必要な時があるし。結局、困った時に助けてくれるのって、いつも同期の子なんだよね」
「それは、そうですが……」
母にも同じことを言われたし、大事なのは分かる。でも、今のところ、仕事で助けを必要としたことは一度もない。先日、子猫の一件で風歌たちに助けられたが、あれは仕事とは関係ない、ただのイレギュラーだ。
「シルフィードって、個人技に見えるけど、実は仲間たちと共にやってる仕事なんだよね」
「会社の仲間は、同じ看板を背負い、会社の名声を高めて行く。他社の人たちとは、切磋琢磨しながら、シルフィード業界を盛り上げる。だから、皆と共に歩むために、仲良くしないとね」
確かに、それは一理あるかもしれない。でも……、
「私は、強くなりたいんです。何でも一人で出来るように。ツバサお姉様だって、ご自分の力だけで、ここまで登り詰めたのでは有りませんか?」
ツバサお姉様は、どんなことでもサラッとこなす、器用万能で強い人だ。
「ナギサちゃん、それは買いかぶり過ぎだよ。僕は見習い時代、定期考査や昇級試験では、いつも同期の子に、勉強を教えてもらってたんだ」
「一人前になってからも、何かトラブルがある度に、周りの人に助けてもらってる。今の僕は、沢山の人に支えられてあるんだ」
その時、ツバサお姉様のマギコンから、コール音が鳴った。彼女はマギコンを起動して確認すると、スッと立ち上がった。私も共に立ち上がる。
「お客様が、いらっしゃったようだ。また今度、時間がある時にゆっくりお話ししよう」
「今日は、色々とありがとうございました」
私が礼を述べると、彼女は微笑みを浮かべ、軽やかな足取りで立ち去って行った。
『皆と共に歩む』って、どういうことなんだろうか? 私は寮に戻る道すがら、ずっと言われたことを考え続けていた……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『敵じゃなく友達になりたいって訳が分からないんだけど?』
お前もまさしく強敵(とも)だった
今日も、いつも通りの朝の挨拶から始まり、張り詰めた空気の中で、ミス・ハーネスが、淡々と連絡事項を伝えていく。
学校の朝のホームルームに似ているが、その重要度がまるで違った。もし、聴き漏らしてミスでもしようものなら、すぐクビになる可能性もあるからだ。
そのため、この時ばかりは、誰もが全神経を研ぎ澄まし、集中して話を聴く。室内は静まり返り、物音一つ聞こえなかった。
伝達事項がすべて終わると、話題が切り替わる。
「今から、前回の定期考査の結果を返します」
この言葉の瞬間、教室内の緊張感が高まるのを感じた。
『定期考査』とは、シルフィードとしての実力を測るための試験だ。〈ファースト・クラス〉では、見習い期間は定期的に行っており、試験の結果で、大体の実力がわかる。
過去の例を見ても、定期考査でよい結果を出していた者から、昇進していた。そのため、極めて重要度が高いものだ。
定期考査では『筆記試験』と『実技試験』が行われる。筆記試験は、ライセンスの昇級試験でも出て来る、シルフィードの各種知識について。実技試験は、操縦技術や接客対応についての実力が試される。
「成績上位者から、成績表を渡して行きます。なお、今回の最高得点は、満点が一名。ただ、全体的な平均点を見ると、前回よりも落ちています。もっと気を引き締めて、学習に励むように」
その言葉に、室内の空気はさらに重くなった。
「それでは始めます……。ナギサ・ムーンライト、満点」
「はい」
私は静かに席を立ちあがると、背筋をピンと伸ばし、講壇の前に進んで行った。
「今後も、この調子で頑張りなさい」
「ありがとうございます」
私は会釈しながら成績表を受け取ると、静かに席に戻る。
その間、多くの視線が浴びせられるが、必ずしも、好意的なものではなかった。特に、アンジェリカの取り巻きたちからは、敵意のある視線を感じた。
「アンジェリカ・ヴァーズ、九十八点」
「はい」
アンジェリカは、誇らしげな顔で立ち上がると、ゆっくりと講壇に向かう。
周りの者たちも、笑顔で温かい視線を送っていた。私の時とは、ずいぶんと反応が違う。だが、私は特に気にしなかった。別に他人に褒めらるために、頑張っている訳ではないからだ。自分さえ納得できれば、それでいい。
成績表が全員に行きわたると、
「定期考査で、よい点数が取れなければ、よい接客などできる訳がありません。それどころか、昇級すら危うい状態です。今一度、気を引き締め、仕事と勉学に励むように。では、本日はここまで」
彼女が言い終えると同時に、皆一斉に立ち上がり、
「ありがとうございました」
ピタリと声を合わせて挨拶をした。
「皆さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、ミス・ハーネス」
彼女が部屋を出ていくまで、みな頭を下げた状態を維持する。
ミス・ハーネスがいなくなり、しばし時間が経つと、教室のあちこちから、安堵のため息が聞こえてきた。
さっそく、ワイワイと世間話をしている者たちもいる。今日の合同練習の打ち合わせや、昼食の約束。中には、仕事に全く関係ない、趣味の話で盛り上がっている者たちもいた。
私は特に用がないので、早々に退出する。うるさいのは苦手だし、早く部屋に戻って、定期考査の試験内容を復習したい。だが、廊下に出たところで、呼び止められた。
「ナギサさん、ちょっとお待ちになって」
声を聴いた瞬間、私の全身に不快な気分が満ちあふれた。なぜなら、声の主がアンジェリカだったからだ。
「何かご用かしら?」
私は務めて冷静に答える。
「これからご一緒に、お茶でもいかがかしら? 皆で今回の定期考査についての、反省会を行うと思いますの。もちろん、そのあとは楽しいお話をして、親交を深めようと思いますわ」
「お誘い、ありがとう。でも、私は一人で勉強するのが好きなので。それでは、ごきげんよう」
私は淡々と答えると、すぐにその場を立ち去ろうとした。だが……、
「ちょっと、どういうことなの?」
「アンジェリカ様のお誘いを断るなんて、失礼じゃない?」
目の前を、取り巻きたちに塞がれる。視線を動かすと、横にも取り巻きがたちが立っており、完全に囲まれていた。
「邪魔なので、どいてもらえるかしら?」
私は静かに声を掛けるが、返って来たのは、鋭い視線と攻撃的な言葉だった。
「定期考査で、よい成績を取ったからって、いい気になってるんじゃないわよ!」
「そうよ、自分さえ良ければいいの? 少しは周りの人と足並みをそろえたら?」
「いつも一人のあなたを心配して、アンジェリカ様が声を掛けてくださったのよ」
はぁ――面倒だ。本当に面倒過ぎる。何なの、この馬鹿どもは? だいたい、何で同期の相手に『様』なんて付けてるのよ? それに、いつ私が心配してくれって言ったの?
心の中で、怒りが沸々と湧き上がってくる。
「私はあなた達のように、群れるのが大嫌いなの。それに、こんな出来て当たり前の定期考査ぐらいで、いい気になんてならないわよ。他人の心配の前に、自分の心配をしたらどう? あなたたち、本当に一人前になる気があるの?」
しまった……。言ってから、心の中で舌打ちする。だが、あまりにもイライラする連中なので、つい本音が出てしまったのだ。
「何よ、その上から目線の言い方は?」
「あんたみたいのがいるから、空気が悪くなるのよ!」
刺すような視線が全身に浴びせられ、周囲の温度が急激に高まった。どう見ても、素直に通してくれそうな雰囲気ではない。適当な理由をつけて、この場を立ち去らねば――。
私がどうすべきか思案していると、場の空気にそぐわない、軽やかな声が割り込んで来た。
「カワイイお嬢様方、ごきげんよう」
全員の視線が、声を掛けてきた人物に集まる。
「ツバサお姉様!」
「ごきげんよう、ツバサお姉様」
今まで怒りを顕わにしていた者たちが、一瞬で笑顔に変わった。
彼女はスーツにスラックス、襟元を少し緩めてネクタイを付けている。会社の制服とは違うし、男性用の服装だが、彼女だけは特別に許されていた。
以前、雑誌に男装の写真が掲載されたところ大好評。その後、女性のお客様たちから、男装での接客の要望が、大量に会社に寄せられたからだ。
お堅い社風ではあるが、あまりにも要望が多く、大人気だったため、男性用のスーツに手を加えた、ツバサお姉様専用の制服が作られた。自分専用の制服を持っているシルフィードは、業界広しと言え、ごく数人しかいない。
ツバサお姉様は、柔らかな笑みを浮かべながら近づいてくると、
「怒ったりしたら、折角のカワイイ顔が台無しだよ」
私の目の前いた子の頬に、そっと手を当て顔を近づけた。
「は……はい」
その子は頬を赤らめ、恍惚の表情を浮かべる。
周りにいた取り巻きたちも、ボーっとした表情でその光景を眺めていた。
何なの、この緩んだ空気は――? 重かったこの場所が、急にふんわりとした空気に変わり、私は困惑する。
今度は、こちらのほうを向くと、私の手を取った。
「実は、仕事のサポートをしてもらう約束をしていてね。彼女を借りて行ってもいいかな?」
「はい、もちろんですわ、ツバサお姉様」
アンジェリカは素直に答える。周りの取り巻きたちも、皆すぐに頷いた。
「それでは、ごきげんよう、カワイイお嬢様方」
「ごきげんよう、ツバサお姉様」
訳の分からぬまま、私はツバサお姉様に手を引かれ、その場を立ち去った。
私たちは、フローターに乗って一階に降りていく。
「あの……何も約束はなかったはずですが?」
一階のロビーに着くと立ち止まり、私はツバサお姉様に尋ねた。何が何だか、さっぱり状況が分からない。
「あれは、ただの方便だよ。何だか面倒な状況のようだったから。もしかして、余計なお世話だったかな?」
「いえ、とても助かりました」
実際あの状況はまずかった。ツバサお姉様が割って入って来なかったら、かなり揉めていたかもしれない。
「そう、ならよかった。予約の時間まで、少し時間があるんだ。ちょっとだけ付き合ってよ」
ツバサお姉様は、柔らかな笑顔を浮かべる。
「はい――」
勧められるまま、私は長椅子に座った。すぐ隣にツバサお姉様も腰掛ける。
「仕事は上手く行ってる?」
「通常業務も勉強も、滞りなく進んでいます」
「うん、それは知ってる。定期考査、いつも一番だもんね」
「なぜ、それを?」
「だって、一階の掲示板に、成績優秀者の一覧が出てるから」
ツバサお姉様は、少し離れたところにある、空中の掲示板に視線を向けた。
「あぁ、そういえば……」
以前、一度見た切り、まったく見ていなかった。
成績表の返却の際に順位と点数は分かるし、他人の成績に興味はないからだ。
「そうじゃなくて、人間関係のこと。さっきの彼女たち、同期の子でしょ? よくあるの、ああいうこと?」
「いえ、今日はたまたまです。単に、お茶のお誘いを断っただけなんですが――。業務上の連携は取れていますし、プライベートでの関係性は、必要ないと思います」
毎日、ミーティングで顔を合わせ、雑用の仕事も一緒に行っている。それで、充分だ。
「同期の子とは、仲良くしたほうがいいよ。いずれ、助けが必要な時があるし。結局、困った時に助けてくれるのって、いつも同期の子なんだよね」
「それは、そうですが……」
母にも同じことを言われたし、大事なのは分かる。でも、今のところ、仕事で助けを必要としたことは一度もない。先日、子猫の一件で風歌たちに助けられたが、あれは仕事とは関係ない、ただのイレギュラーだ。
「シルフィードって、個人技に見えるけど、実は仲間たちと共にやってる仕事なんだよね」
「会社の仲間は、同じ看板を背負い、会社の名声を高めて行く。他社の人たちとは、切磋琢磨しながら、シルフィード業界を盛り上げる。だから、皆と共に歩むために、仲良くしないとね」
確かに、それは一理あるかもしれない。でも……、
「私は、強くなりたいんです。何でも一人で出来るように。ツバサお姉様だって、ご自分の力だけで、ここまで登り詰めたのでは有りませんか?」
ツバサお姉様は、どんなことでもサラッとこなす、器用万能で強い人だ。
「ナギサちゃん、それは買いかぶり過ぎだよ。僕は見習い時代、定期考査や昇級試験では、いつも同期の子に、勉強を教えてもらってたんだ」
「一人前になってからも、何かトラブルがある度に、周りの人に助けてもらってる。今の僕は、沢山の人に支えられてあるんだ」
その時、ツバサお姉様のマギコンから、コール音が鳴った。彼女はマギコンを起動して確認すると、スッと立ち上がった。私も共に立ち上がる。
「お客様が、いらっしゃったようだ。また今度、時間がある時にゆっくりお話ししよう」
「今日は、色々とありがとうございました」
私が礼を述べると、彼女は微笑みを浮かべ、軽やかな足取りで立ち去って行った。
『皆と共に歩む』って、どういうことなんだろうか? 私は寮に戻る道すがら、ずっと言われたことを考え続けていた……。
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お前もまさしく強敵(とも)だった
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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