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第2部 母と娘の関係
5-4商店街と言えば揚げたてのコロッケが真っ先に思い浮かぶ
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『蒼海祭』の二日目。私はナギサちゃんとフィニーちゃんの三人で、たくさんの出店を回っていた。昨日は〈南地区〉をめぐり、今日は〈東地区〉に来ている。各地区によって、出店もだいぶ違い、見ているだけでも面白い。
ちなみに〈南地区〉には〈ファースト・クラス〉のお店が出ていた。想像以上の長蛇の列を見て、超ビックリ。やってたのは、クレープの屋台と、人気シルフィードのグッズ販売の出店だった。
一般のお客様に交じって、他社のシルフィードも結構きていた。おそらく、私たちと同じ、見習いの子だと思う。流石は超大手、ファン層が広いよね。
なお、回る順番は、全てナギサちゃんの計画通りだ。見るべき場所は、全て細かく調べてあり、効率よく回るための、順番まで決めてある。
〈南地区〉は『観光客の聖地』のため、物凄く人が多い。二日目以降は、さらに混むそうだ。また『限定ショップ』もあるため、初日に全て回ってきた。
限定ショップは、在庫切れで、すぐに終わっちゃう場合もあるんだって。こんなことまで調べているとは、流石はナギサちゃんだよね。
二日目の今日は、打って変わって、地元の人が多い〈東地区〉にやって来た。観光客は少なく、いつも通り、地元の人がメインだ。でも、この地元感、いつ来ても落ち着くんだよねぇ。
私たちは〈東地区商店街〉の出店を、順に回って行った。ここは、他地区の商店街に比べ、生活感が漂っている。自宅とお店を兼ねている建物がほとんどで、何十年もやっている老舗も多い。
あまりオシャレなお店はないけど、私はこういう飾らない感じが大好き。店主も気さくな人が多く、ほぼ全員と知り合いだった。
あと、この商店街は、何といっても、お値段が安い。普段でも安いけど、出店ではさらに安くなっていたり、増量していたりする。お祭りの時は、採算は度外視でやってるみたい。
昨日、回った〈南地区〉は値段が高くて、かなり腰が引けてたけど、ここなら私でも安心だ。それに、普段から食べ慣れているから『おふくろの味』みたいな感じなんだよね。
ちょっと歩く度に、フィニーちゃんが、スーッと出店に吸い寄せられて行った。その都度、ナギサちゃんに『遊びじゃないのよ』と、たしなめられる。このいつも通りのやり取りを見ると、なんか和むなぁー。
「ねぇ、あそこの出店に、寄って行こうよ」
私の視線の先には〈ゴールデン〉という、馴染みのお肉屋さんがあった。そのすぐ前で、店主のハリスさんが、出店をやっていた。揚げ物の、何とも食欲をそそる香りが漂ってくる。
「肉屋は『蒼海祭』に関係ないでしょ? それに、スケジュールにも、組んでないわよ」
ナギサちゃんは、相変わらず真面目というか、頭が固すぎる。お祭りの時ぐらい、アドリブで楽しめばいいのに……。
「いいから、いいから。ここに来て〈ゴールデン〉に寄らないなんて、あり得ないから」
〈東地区〉に関しては、私が一番、詳しいと思う。節約生活が長いため、安くておいしいものを、熟知しているからだ。
私はナギサちゃんの手を取り、引っ張って行く。だが、それより先に、フィニーちゃんが、屋台の前にピッタリ張り付いていた。
「カレーコロッケとメンチカツ」
フィニーちゃんは、早くも注文している。食べ物が絡む時は、相変わらず動きが素早いよね。
「おや、風歌ちゃん、こんにちは。今日は、お友達とお祭り見物かい?」
「こんにちは、ハリスさん。勉強もかねて、色んな所を見て回っている最中です。あ、私はいつものお願いします」
いつも頼むのは『ゴールデン特製コロッケ』だ。見た目は普通のコロッケだけど、ノア産のジャガイモを使っていて、ほんのりした甘みと、衣のサクサク感が癖になる。
お値段は、お祭り特別価格の五十ベルと、凄く安い。しかも、一個の注文でも、ちゃんと揚げてくれるのが、嬉しいよね。
「ナギサちゃんは?」
「私は、いいわよ。手で食べるのは、何か行儀が悪いし――」
でた、ナギサちゃんのお嬢様体質。実際に、お嬢様かどうかは知らないけど、妙にお行儀がいいんだよね。お茶を飲む時も食事をする時も、とても上品で、仕草がお嬢様っぽい。
たぶん、買い食いなんか、しないだろうし。そもそも、お惣菜屋とかで、買い物したこと無いんじゃないのかな?
「コロッケ、もう一枚お願いします。袋は二つに分けてください」
「はいよ」
ジューッと音を立て、衣がきつね色に揚がって行くの見ると、物凄くワクワクする。隣のフィニーちゃんも、目をキラキラさせ、食い入るように見つめていた。
「ほい、まずはお嬢ちゃんから」
袋を受け取ったフィニーちゃんは、物凄く幸せそうな顔をしている。
「あとこれが、風歌ちゃんの。あと一枚は、もうちょっと待ってね」
私は受け取ったコロッケを、ナギサちゃんに差し出した。
「えっ……何よ?」
「お祭りの案内をしてくれたお礼。食べてみてよ、超美味しいから」
私は困惑するナギサちゃんに、笑顔を向ける。
ナギサちゃんって、かなり頑固だけど、押しには割と弱かった。笑顔でお願いされると、絶対に断れない。あと『お礼』という言葉には、弱いようだ。私もナギサちゃんの性格、だいぶ分かって来たよねぇ。
「まぁ、お礼なら」
そっと受け取ると、しばしジーッと見つめたあと、左手を下に沿えて、静かに口をつけた。最初は怪訝だった表情が、驚きに変わった。
手を口に当てると、
「これ――美味しいわね」
小声で感想をもらす。
「でしょ、でしょ。このお店のコロッケは、この町でも、五本の指に入るほどの美味しさなんだから」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。ほい、コロッケもう一枚お待ち」
私は揚げたて、熱々のコロッケを受けとると、勢いよくガブっとかぶりつく。サクッとした食感のあと、フワッとジャガイモの風味が、口いっぱいに広がった。うーん、やっぱり最高に美味しい!
「お祭り中は、忙しいですか?」
私は食べながら、ハリスさんにきいてみる。
「まぁ、ボチボチだね。ここは観光客があまり来ないし。いつも通り、地元の人ばかりだよ」
「〈南地区〉とまでは言わないにしても、若者受けするお店が何件かあれば、もうちょっと、人が集まると思うんですけど。人気のチェーン店とか、この地区には、全然ないですもんね」
基本〈東地区〉は、個人商店ばかりで、ファーストフードやファミレスなどの、チェーン店が全くない。せめて一件でも、有名チェーンが出来れば、人が増えると思うんだけど……。
「でも、昔はうちの商店街のほうが、若者も観光客も多かったんだ。〈南地区〉は、ただの倉庫街だったし。〈西地区〉なんて、空き地だらけだったからなぁ」
ハリスさんは、遠い目をして語った。
「確か〈南地区〉は、空港ができた時に〈シルフィード・モール〉が作られたんですよね?」
以前〈水晶亭〉に行った時、ライザさんとマスターに、色々教えてもらった記憶がある。
「そう。でも、今みたいに洒落た感じになったのは〈グリュンノア国際空港〉に、改装になった時だね。国際空港が出来てから、観光客が増えて」
「その際に、行政府のほうで、町の開発計画が出てね。実は〈東地区〉も、大幅な改装計画があったんだよ」
ハリスさんは、分かりやすく説明してくれた。やっぱり、学習ファイルで学ぶより、地元の人から直接、聴いたほうが、実感があって分かりやすい。
「でも、その『東地区・再開発計画』は、行われなかったのではないですか? 確か、住民の強い反対があったと、聴いていますが」
じっと黙って聴いていたナギサちゃんが、口を開く。
「お嬢さん、若いのによく知ってるね。町内会で何度も協議をした結果、開発計画を断ることにしたんだ。結果的に〈西地区〉を開発する運びになってね。それで、空き地だらけで、何もなかった〈西地区〉が、今みたいになったのさ」
ハリスさんは、菜箸を置くと、真剣な表情で答えた。
「なぜ、開発を断ったのですか? 行政府が主導なら、開発や修繕・移転資金を、全額、負担してもらえるはずですよね?」
「区域も『市街化区域』に指定してもらえば、自由に開発ができますし。もし、開発計画を進めていたら、かなり発展したと思いますけど」
ナギサちゃんの口から、何やらよく分からない、難しい言葉が出て来た。やはり、ノアーズ同志の会話は、地元の人しか分からない話題が多い。
「えーと、つまり……。その開発計画をしていたら、ここも〈西地区〉みたいになってた、ってこと?」
私、行政のこととか、全く知らないので、部分的にしか話が分からなかった。
「その可能性は、充分にあるわね。そもそも、今ある大きな商店街の中では、ここが一番、歴史が古いのだから。再開発をしていたら〈西地区〉はもちろん、場合によっては〈南地区〉より、発展していたかもしれないわ」
「ほへぇー、じゃあ、何で開発しなかったの――?」
もし開発を進めていたら、物凄い繁華街になっていたかも知れない。〈ホワイト・ウイング〉も、今とは別の会社になってたかもね。
「残したかったのさ。今までの伝統と、我々が生まれ育った、この商店街を。そりゃ、開発すれば、観光客もたくさん来て、繁盛するのは分かってるさ。でも、みんな、この古き良き、静かな街並みが好きでね」
「古臭いと思うかもしれないけど、この町にも、一つぐらいそんな場所があっても、いいと思わないかい?」
ハリスさんは、衣をつけた白身の魚を、油の鍋に入れながら、静かに答える。
何となくだけど、分かるかも、その気持ち。新しくなることが、必ずしもいいとは限らないし。ずっとここに住んでいた人たちにとっては、子供のころからの、大事な思い出の場所だもんね。
「私は〈東地区商店街〉が大好きですよ。みんな気さくで、とても優しいし。私はまだ、こっちの世界に来たばかりですけど。ここに来ると、何か地元にいるみたいな感じで、ホッとするんですよ」
「あははっ、風歌ちゃんは、ここにすっかり馴染んでるからな。まるで、ここで育った、ノアーズみたいだよ」
「えっ、本当ですか? 凄く嬉しいです」
本当に、この商店街には馴染んでるよね。住んでるのは〈北地区〉だけど〈東地区〉が最も来る機会が多く、知り合いも一番、多かった。〈グリュンノア〉の中で、私の最も好きな場所だし。
「ほい、これ。サービスだよ」
ハリスさんは、揚げたてのフライド・フィッシュを、紙に包んで渡してくれた。こういう、人情味あふれるサービスをしてくれるのも、この商店街らしさなんだよね。
「わー、美味しそう。ありがとうございます!」
「お、おぉー!」
「あ、ありがとうございます」
『蒼海祭』限定の、お肉屋さんで食べる、フライド・フィッシュ。衣がサクサク、中はホクホクで、超美味しい!
私たちは、ハリスさんに別れを告げると、出店の見物を再開した。私は行く先々で声を掛けられ、世間話をしたり、サービスで商品をもらったりする。
二人は、少し驚いていたけど、この商店街では、日常の光景だ。お店の人とお客さんって、近所付き合いみたいな感じなんだよね。
「やっぱ、いいよねぇ。古き良き、人情味のある商店街って」
「新しいほうが便利だけど、こういう場所も悪くないわね」
「ここ好き。食べ物おいしければ、古くても問題ない」
ナギサちゃんも、フィニーちゃんも、この商店街が気に入ってくれたようだ。何だか、自分のことのように嬉しい。ちなみに、ナギサちゃんの『悪くない』は、気に入った時に使う、れっきとした褒め言葉だ、
実は、私も昔は、何でも新しいほうがいいと思っていた。向こうの世界にいた時は、コンビニやファーストフード、デパートしか行かなかった。だから、近所の商店街なんて『ダサい』と思って、見向きもしなかったんだよね。
でも、こっちに来てから、考えが変わった。古いものの良さや、人とのつながりの大切さが、少しずつ分かって来たのだ。
古いものって、人の想いや絆が、沢山つまってるんだよね。人情も、その一つだ。こっちに来て、自分の無力さを知ると同時に、人の温かさを知った。この商店街には、その温かさが詰まっていた。
〈グリュンノア〉は、どんどん新しくなっている。私が来てからも、新しい店や建物が増え、古いものが消えて行っていた。これからも、その流れは、どんどん進んで行くと思う。
でも、この商店街だけは、これからも、ずっと変わらないでいて欲しいなぁ……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『スーパーをはしごする主婦の気持ちが最近分かって来た』
優れた主婦は一流の職人の価値がある
ちなみに〈南地区〉には〈ファースト・クラス〉のお店が出ていた。想像以上の長蛇の列を見て、超ビックリ。やってたのは、クレープの屋台と、人気シルフィードのグッズ販売の出店だった。
一般のお客様に交じって、他社のシルフィードも結構きていた。おそらく、私たちと同じ、見習いの子だと思う。流石は超大手、ファン層が広いよね。
なお、回る順番は、全てナギサちゃんの計画通りだ。見るべき場所は、全て細かく調べてあり、効率よく回るための、順番まで決めてある。
〈南地区〉は『観光客の聖地』のため、物凄く人が多い。二日目以降は、さらに混むそうだ。また『限定ショップ』もあるため、初日に全て回ってきた。
限定ショップは、在庫切れで、すぐに終わっちゃう場合もあるんだって。こんなことまで調べているとは、流石はナギサちゃんだよね。
二日目の今日は、打って変わって、地元の人が多い〈東地区〉にやって来た。観光客は少なく、いつも通り、地元の人がメインだ。でも、この地元感、いつ来ても落ち着くんだよねぇ。
私たちは〈東地区商店街〉の出店を、順に回って行った。ここは、他地区の商店街に比べ、生活感が漂っている。自宅とお店を兼ねている建物がほとんどで、何十年もやっている老舗も多い。
あまりオシャレなお店はないけど、私はこういう飾らない感じが大好き。店主も気さくな人が多く、ほぼ全員と知り合いだった。
あと、この商店街は、何といっても、お値段が安い。普段でも安いけど、出店ではさらに安くなっていたり、増量していたりする。お祭りの時は、採算は度外視でやってるみたい。
昨日、回った〈南地区〉は値段が高くて、かなり腰が引けてたけど、ここなら私でも安心だ。それに、普段から食べ慣れているから『おふくろの味』みたいな感じなんだよね。
ちょっと歩く度に、フィニーちゃんが、スーッと出店に吸い寄せられて行った。その都度、ナギサちゃんに『遊びじゃないのよ』と、たしなめられる。このいつも通りのやり取りを見ると、なんか和むなぁー。
「ねぇ、あそこの出店に、寄って行こうよ」
私の視線の先には〈ゴールデン〉という、馴染みのお肉屋さんがあった。そのすぐ前で、店主のハリスさんが、出店をやっていた。揚げ物の、何とも食欲をそそる香りが漂ってくる。
「肉屋は『蒼海祭』に関係ないでしょ? それに、スケジュールにも、組んでないわよ」
ナギサちゃんは、相変わらず真面目というか、頭が固すぎる。お祭りの時ぐらい、アドリブで楽しめばいいのに……。
「いいから、いいから。ここに来て〈ゴールデン〉に寄らないなんて、あり得ないから」
〈東地区〉に関しては、私が一番、詳しいと思う。節約生活が長いため、安くておいしいものを、熟知しているからだ。
私はナギサちゃんの手を取り、引っ張って行く。だが、それより先に、フィニーちゃんが、屋台の前にピッタリ張り付いていた。
「カレーコロッケとメンチカツ」
フィニーちゃんは、早くも注文している。食べ物が絡む時は、相変わらず動きが素早いよね。
「おや、風歌ちゃん、こんにちは。今日は、お友達とお祭り見物かい?」
「こんにちは、ハリスさん。勉強もかねて、色んな所を見て回っている最中です。あ、私はいつものお願いします」
いつも頼むのは『ゴールデン特製コロッケ』だ。見た目は普通のコロッケだけど、ノア産のジャガイモを使っていて、ほんのりした甘みと、衣のサクサク感が癖になる。
お値段は、お祭り特別価格の五十ベルと、凄く安い。しかも、一個の注文でも、ちゃんと揚げてくれるのが、嬉しいよね。
「ナギサちゃんは?」
「私は、いいわよ。手で食べるのは、何か行儀が悪いし――」
でた、ナギサちゃんのお嬢様体質。実際に、お嬢様かどうかは知らないけど、妙にお行儀がいいんだよね。お茶を飲む時も食事をする時も、とても上品で、仕草がお嬢様っぽい。
たぶん、買い食いなんか、しないだろうし。そもそも、お惣菜屋とかで、買い物したこと無いんじゃないのかな?
「コロッケ、もう一枚お願いします。袋は二つに分けてください」
「はいよ」
ジューッと音を立て、衣がきつね色に揚がって行くの見ると、物凄くワクワクする。隣のフィニーちゃんも、目をキラキラさせ、食い入るように見つめていた。
「ほい、まずはお嬢ちゃんから」
袋を受け取ったフィニーちゃんは、物凄く幸せそうな顔をしている。
「あとこれが、風歌ちゃんの。あと一枚は、もうちょっと待ってね」
私は受け取ったコロッケを、ナギサちゃんに差し出した。
「えっ……何よ?」
「お祭りの案内をしてくれたお礼。食べてみてよ、超美味しいから」
私は困惑するナギサちゃんに、笑顔を向ける。
ナギサちゃんって、かなり頑固だけど、押しには割と弱かった。笑顔でお願いされると、絶対に断れない。あと『お礼』という言葉には、弱いようだ。私もナギサちゃんの性格、だいぶ分かって来たよねぇ。
「まぁ、お礼なら」
そっと受け取ると、しばしジーッと見つめたあと、左手を下に沿えて、静かに口をつけた。最初は怪訝だった表情が、驚きに変わった。
手を口に当てると、
「これ――美味しいわね」
小声で感想をもらす。
「でしょ、でしょ。このお店のコロッケは、この町でも、五本の指に入るほどの美味しさなんだから」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。ほい、コロッケもう一枚お待ち」
私は揚げたて、熱々のコロッケを受けとると、勢いよくガブっとかぶりつく。サクッとした食感のあと、フワッとジャガイモの風味が、口いっぱいに広がった。うーん、やっぱり最高に美味しい!
「お祭り中は、忙しいですか?」
私は食べながら、ハリスさんにきいてみる。
「まぁ、ボチボチだね。ここは観光客があまり来ないし。いつも通り、地元の人ばかりだよ」
「〈南地区〉とまでは言わないにしても、若者受けするお店が何件かあれば、もうちょっと、人が集まると思うんですけど。人気のチェーン店とか、この地区には、全然ないですもんね」
基本〈東地区〉は、個人商店ばかりで、ファーストフードやファミレスなどの、チェーン店が全くない。せめて一件でも、有名チェーンが出来れば、人が増えると思うんだけど……。
「でも、昔はうちの商店街のほうが、若者も観光客も多かったんだ。〈南地区〉は、ただの倉庫街だったし。〈西地区〉なんて、空き地だらけだったからなぁ」
ハリスさんは、遠い目をして語った。
「確か〈南地区〉は、空港ができた時に〈シルフィード・モール〉が作られたんですよね?」
以前〈水晶亭〉に行った時、ライザさんとマスターに、色々教えてもらった記憶がある。
「そう。でも、今みたいに洒落た感じになったのは〈グリュンノア国際空港〉に、改装になった時だね。国際空港が出来てから、観光客が増えて」
「その際に、行政府のほうで、町の開発計画が出てね。実は〈東地区〉も、大幅な改装計画があったんだよ」
ハリスさんは、分かりやすく説明してくれた。やっぱり、学習ファイルで学ぶより、地元の人から直接、聴いたほうが、実感があって分かりやすい。
「でも、その『東地区・再開発計画』は、行われなかったのではないですか? 確か、住民の強い反対があったと、聴いていますが」
じっと黙って聴いていたナギサちゃんが、口を開く。
「お嬢さん、若いのによく知ってるね。町内会で何度も協議をした結果、開発計画を断ることにしたんだ。結果的に〈西地区〉を開発する運びになってね。それで、空き地だらけで、何もなかった〈西地区〉が、今みたいになったのさ」
ハリスさんは、菜箸を置くと、真剣な表情で答えた。
「なぜ、開発を断ったのですか? 行政府が主導なら、開発や修繕・移転資金を、全額、負担してもらえるはずですよね?」
「区域も『市街化区域』に指定してもらえば、自由に開発ができますし。もし、開発計画を進めていたら、かなり発展したと思いますけど」
ナギサちゃんの口から、何やらよく分からない、難しい言葉が出て来た。やはり、ノアーズ同志の会話は、地元の人しか分からない話題が多い。
「えーと、つまり……。その開発計画をしていたら、ここも〈西地区〉みたいになってた、ってこと?」
私、行政のこととか、全く知らないので、部分的にしか話が分からなかった。
「その可能性は、充分にあるわね。そもそも、今ある大きな商店街の中では、ここが一番、歴史が古いのだから。再開発をしていたら〈西地区〉はもちろん、場合によっては〈南地区〉より、発展していたかもしれないわ」
「ほへぇー、じゃあ、何で開発しなかったの――?」
もし開発を進めていたら、物凄い繁華街になっていたかも知れない。〈ホワイト・ウイング〉も、今とは別の会社になってたかもね。
「残したかったのさ。今までの伝統と、我々が生まれ育った、この商店街を。そりゃ、開発すれば、観光客もたくさん来て、繁盛するのは分かってるさ。でも、みんな、この古き良き、静かな街並みが好きでね」
「古臭いと思うかもしれないけど、この町にも、一つぐらいそんな場所があっても、いいと思わないかい?」
ハリスさんは、衣をつけた白身の魚を、油の鍋に入れながら、静かに答える。
何となくだけど、分かるかも、その気持ち。新しくなることが、必ずしもいいとは限らないし。ずっとここに住んでいた人たちにとっては、子供のころからの、大事な思い出の場所だもんね。
「私は〈東地区商店街〉が大好きですよ。みんな気さくで、とても優しいし。私はまだ、こっちの世界に来たばかりですけど。ここに来ると、何か地元にいるみたいな感じで、ホッとするんですよ」
「あははっ、風歌ちゃんは、ここにすっかり馴染んでるからな。まるで、ここで育った、ノアーズみたいだよ」
「えっ、本当ですか? 凄く嬉しいです」
本当に、この商店街には馴染んでるよね。住んでるのは〈北地区〉だけど〈東地区〉が最も来る機会が多く、知り合いも一番、多かった。〈グリュンノア〉の中で、私の最も好きな場所だし。
「ほい、これ。サービスだよ」
ハリスさんは、揚げたてのフライド・フィッシュを、紙に包んで渡してくれた。こういう、人情味あふれるサービスをしてくれるのも、この商店街らしさなんだよね。
「わー、美味しそう。ありがとうございます!」
「お、おぉー!」
「あ、ありがとうございます」
『蒼海祭』限定の、お肉屋さんで食べる、フライド・フィッシュ。衣がサクサク、中はホクホクで、超美味しい!
私たちは、ハリスさんに別れを告げると、出店の見物を再開した。私は行く先々で声を掛けられ、世間話をしたり、サービスで商品をもらったりする。
二人は、少し驚いていたけど、この商店街では、日常の光景だ。お店の人とお客さんって、近所付き合いみたいな感じなんだよね。
「やっぱ、いいよねぇ。古き良き、人情味のある商店街って」
「新しいほうが便利だけど、こういう場所も悪くないわね」
「ここ好き。食べ物おいしければ、古くても問題ない」
ナギサちゃんも、フィニーちゃんも、この商店街が気に入ってくれたようだ。何だか、自分のことのように嬉しい。ちなみに、ナギサちゃんの『悪くない』は、気に入った時に使う、れっきとした褒め言葉だ、
実は、私も昔は、何でも新しいほうがいいと思っていた。向こうの世界にいた時は、コンビニやファーストフード、デパートしか行かなかった。だから、近所の商店街なんて『ダサい』と思って、見向きもしなかったんだよね。
でも、こっちに来てから、考えが変わった。古いものの良さや、人とのつながりの大切さが、少しずつ分かって来たのだ。
古いものって、人の想いや絆が、沢山つまってるんだよね。人情も、その一つだ。こっちに来て、自分の無力さを知ると同時に、人の温かさを知った。この商店街には、その温かさが詰まっていた。
〈グリュンノア〉は、どんどん新しくなっている。私が来てからも、新しい店や建物が増え、古いものが消えて行っていた。これからも、その流れは、どんどん進んで行くと思う。
でも、この商店街だけは、これからも、ずっと変わらないでいて欲しいなぁ……。
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優れた主婦は一流の職人の価値がある
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