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第2部 母と娘の関係
5-6生まれて初めて来た魚市場でテンション爆上げ
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『蒼海祭』の四日目。私は〈北地区〉にある〈セベリン市場〉に来ていた。普段は、入ることが出来ないせいもあり、観光客や一般の人たちが、大勢おし寄せている。
想像していた以上に人が多く、今まで回った中では、最も混雑していた。ある意味、ここが『蒼海祭』の、メイン会場ともいえる。
本当は、初日に来たかったんだけど、ナギサちゃんの予定表では、四日目になってたんだよね。
ナギサちゃんが『効率よく回るには、順番が大事なのよ』と力説してたので、大人しく従うことにした。今までも、彼女の言う通りにして、間違ったことはないので。
フィニーちゃんは、基本、流れに身を任すタイプなので、何も文句を言わず、大人しくついて来ていた。美味しいものさえ食べられれば、細かいことは、どうでもいいみたい。本当に、ブレないよね。
なお『蒼海祭』の間、市場の駐車場は使えない。なので〈北地区〉にある駐車場に、エア・ドルフィンを停めて、出島までの橋を、歩いて渡ってきた。
市場に向かう側と、戻る側の流れがあり、滅茶苦茶、混み合っている。市場に到着するだけでも、大変な苦労だった。
長い橋を越え、やっとの思いで市場の敷地に入ると、辺り一面に出店が並んでいた。テントを張らずに、机だけとか、箱を積んでるだけの店も多い。
でも、他地区とは違い、どれも全て魚介類のお店だ。どこを見回しても、魚だらけ。辺り一面から、磯の香りが漂ってくる。
普段、駐車場として使われている大きなスペースは、全て出店で埋まっており、奥の巨大な建物内にも、沢山の店があった。
橋を移動中、ぐったりしていたフィニーちゃんも、目をキラキラと輝かせ、すっかり元気になっていた。無表情だったナギサちゃんも、興味深げに見回している。
私は、何か凄すぎて、感動していた。こんなに沢山の魚を見るのって、生まれて初めてだもん。しかも、見たことのない魚も、たくさんあるし。
「凄いねこれ! ここまで沢山の店と魚があるとは、思わなかったよ」
「確かに壮観ね。私も今まで、資料でしか見たことが無かったから……」
「食べきれないぐらい、魚がある!」
普段は、ボーッとしているフィニーちゃんも、興奮気味だ。
「どうやって回る? 市場の建物内も見るとなると、かなり広いよね」
今までは、細かく回るルートが計画してあったが、市場については、特に予定が決まっていなかった。普段は非公開だから、中がどうなってるか、分からないもんね。
「流れに沿って、端から順に見ていくしかなさそうね。一通りは見ておかないと」
ナギサちゃんは、辺りを見回しながら答える。
「奥の方に、料理の屋台があるみたいだから、そっちを先に回らない?」
「屋台、さんせい!」
食べ物のこととなると、フィニーちゃんの反応が超早い。見るからに、食べる気満々だ。ま、私もここに来た一番の理由は、美味しい魚を、お腹いっぱい食べるためなんだけどね。
「何度も言ってるけど、遊びじゃないのよ。今後のための、実地研修であって。イベントの様子を逐一、見学するのが、目的なんだから」
こんな所でも、ナギサちゃんの真面目モードが発動する。いつのものことなので、もう慣れており、対処法もだいたい理解していた。
「でもほら、食べるのだって大事だよ。味が分からなければ、お客様にオススメできないし。『その土地を知るには、食べ物から』って言うじゃない」
「あなたたちは、ただ食べたいだけでしょ?」
図星ではあるんだけど、お祭りの時ぐらい、素直に楽しもうよー。
私はフィニーちゃんに、そっと目配せをする。それを察したフィニーちゃんも、すぐに行動に移った。
「お店は逃げないから、大丈夫。見学はあとあと」
「まずは、はらごしらえ」
私とフィニーちゃんは、ナギサちゃんの手をガシッとつかみ、引っ張って行く。
「ちょっと、待ちなさいよ。一つずつ、順番に見て行かないと……」
軽く抵抗するが、私たちは気にせず、彼女の手を引っ張りながら、先に進んでいった。
色々とうるさく言うけれど、強引にこちらのペースに巻き込めば、ちゃんと付き合ってくれるのが、ナギサちゃんだ。基本、付き合いがいいんだよね。
先に進むにつれて、辺りから香ばしい匂いが漂ってくる。焼きたての魚介類や、様々な海の幸の料理。どれもこれも、全てが美味しそうだ。特に、ここしばらくは、かなりの節約生活をしていたので、余計に美味しそうに見えた。
「みんなで回るのは、効率悪いから。分かれて各自で買い物して、あっちの飲食スペースで、集まるのはどう?」
私は、奥のほうにある、椅子とテーブルを指さして提案する。
「まかせて!」
「まぁ、いいけど――」
「三人分、買うの、忘れないでねー。じゃ、またあとで」
フィニーちゃんは、ぴゅーっと、海鮮焼きそばの屋台に向かって行く。私はイカ焼きの屋台に。ナギサちゃんは、迷ってキョロキョロしていたけど、まぁ大丈夫だと思う。
私は、本能の赴くままに、美味しそうなものを見つける度に、次々と買いながら移動した。どれも美味しそうなだけでなく、とにかく安い。流石は市場価格だ。
ついつい、色んな物を買ってしまったけど、みんなと被らないかな? でも、同じのがあっても、食べればいいだけだし、問題ないよね。
私は両手に袋を持ち、満足げに飲食スペースに向かう。辺りを見回すが、二人はまだのようなので、とりあえずテーブルを一つ確保した。袋を置いて椅子に座ると、周囲を眺めながら、二人が来るを待つ。
うーん、何かじれったいなぁー。他にも買いたいものが有ったから、もっと時間を掛けても良かったかも。もう一回、買いに行っちゃおうかなぁ? でも、席を外す訳にもいかないし。それにしても、おなか空いたなぁー……。
ヤキモキしていると、フィニーちゃんが、こっちに向かってくる姿が見えた。両手いっぱいに荷物を抱えている。何となく予想はしてたけど、とんでもなく量が多い。
「フィニーちゃん、こっちこっち! って、これ何人分?」
「三人分――足りなかった?」
「いや、多過ぎじゃない?」
「大丈夫、全部たべるから」
フィニーちゃんは、自信ありげな表情を浮かべた。確かに、一人でも全部、食べそうだよね。普段の食欲を見る限り……。
少し遅れて、ナギサちゃんも、こちらに向かってきた。量は、程々かな。元々ナギサちゃんって、少食だからね。
「ナギサ、遅い」
「しょうがないでしょ。どこも、混んでいるのだから」
「早く早く」
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
のんびり歩いてきたナギサちゃんを、フィニーちゃんがせかす。
「じゃ、とりあえず、戦利品を広げようか」
私が袋から、各種料理を取り出すと、みんなもテーブルの上に広げていく。
私の戦利品は、イカ焼き・貝のバター焼き・エビの塩焼き・干物の網焼き・お刺身・あら汁。素材を生かした料理が多い。
フィニーちゃんは、海鮮焼きそば・たこ焼き・エビチャーハン・パエリア・お好み焼き・海鮮ビーフン・フライドフィッシュ・イカフライ。カロリーが高そうな、ボリュームのあるものが多い。すっごく、おなかに溜まりそうだよね。
ナギサちゃんは、マリネ・カナッペ・アクアパッツァ・海鮮ジュレ。どれもレストランで出て来そうな、オシャレな料理ばかりで、とてもヘルシーだ。
やっぱり、それぞれに好みというか、性格が出るよね。私のは、ちょっと地味すぎたかな? 新鮮だから『シンプルな調理法のほうが、美味しいかなぁー』と思って。
「では、いただきます!」
私が手を合わせると、隣ではナギサちゃんが、胸の前で両手を組み、
「豊かな恵みに感謝します」
目をつむり、真剣に祈りをささげていた。
この世界では『いただきます』じゃなくて、黙って祈りをささげてから食事をする。丁寧なやり方だと、ナギサちゃんのように『豊かな恵みに感謝します』と言葉に出す。
ただ、完全な決まり事ではないので、中には何もしない人もいる。フィニーちゃんは、そのタイプで、早くも料理に手を伸ばし、食べ始めていた。
行儀正しいナギサちゃんは、フィニーちゃんを、一瞬にらみつける。でも、もう言い飽きたのか、特に強要はしなかった。
私は朝食を抜いて、空腹を思いっ切り我慢してたので、次々と料理に手を伸ばしていった。やっぱり、素材を生かした料理は、とてもおいしい。新鮮で、濃厚かつ甘みがある。
でも、フィニーちゃんの買って来た、ボリューム系の料理も、ガッツリした食べ応えで、凄く美味しい。ナギサちゃんの選んだ、オシャレな料理も、繊細な優しい味で、とても美味しかった。
「うーん、どれも美味しいー。こんな美味しいの、この町に来て初めてかも。超感動!」
あまりにもおいし過ぎて、何と表現していいか分からない。でも『生きてて幸せー』って感じがする。
「美味しいけれど、感動というのは、大げさでしょ? 元々この町は、魚介類の料理の店が多いし。社員食堂でも、魚料理が多いのだから」
「そうなんだけど、私は基本、毎食パンだから。生活ギリギリだし、うちは社員食堂がないから。こんなふうに、海鮮料理を一杯食べるの、初めてだもん」
確かに、ナギサちゃんの言う通り、普通の人は、感動するほど凄い料理では、ないかもしれない。
でも、日々の食事がやっとの私にとっては、どんな料理も、感動するぐらい美味しく感じる。こっちの世界に来てから、何でもおいしく感じるのは、食べ物のありがたみが、よく分かったからだと思う。
「相変わらず、苦労しているようね。生活は大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。パンを食べてれば、生きて行けるし。リリーシャさんが、いつもお菓子の差し入れ、持って来てくれるから」
お金がない時は、差し入れで持ってきてくれるお菓子が、物凄く重要な栄養源になっていた。甘いものは、結構カロリー高いし。これで、1日分のカロリーは、十分まかなえている。
「それ、大丈夫とは言わないわよ。パンとお菓子だけなんて、栄養バランス、悪すぎでしょ?」
「いやー、先立つものがないので。仕送りもないし、貯金もないし、生きるのだけで精一杯みたいな。アハハッ……」
本当に、驚くぐらいお金がない。学生時代は気楽に食べていた、お菓子やジュースも買えないし。こっちに来てから、服や小物、趣味の物なんかも、何一つ買っていなかった。
お給料のほとんどが、食費だけに消えるので、エンゲル係数は、超高めだよね。
「私は、パンだけでも生きられる」
「あなたには、言ってないわよ。というか、むしろフィニーツァは、栄養摂り過ぎでしょ?」
ボソッと呟くフィニーちゃんに、ナギサちゃんは、的確な突っ込みを入れる。
「一人前になるまでの、辛抱だから。それに、お祭りの時は、こうして美味しいものが、食べられるんだし。十分に幸せだよ」
「どうしても困った時は、ちゃんと言いなさいよ」
ナギサちゃんは言いながら、自分の前にあった料理を、さりげなく私のほうに寄せてくれた。相変わらず、態度はそっけないけど、優しいんだよね。
「困ったら、うちに来るといい。ご飯もお菓子も、いっぱいある」
フィニーちゃんは、両手に食べ物を持ちながら、満足げな表情で語る。
「ありがとう、二人とも。干からびそうになったら、お願いするね」
美味しい海鮮料理を、たくさん食べて、おなかも満たされたけど、胸も一杯になった。ご飯も大事だけど、優しさも大事だよね。この町に来てから、いつも色んな人の優しさに、救われている気がする。
沢山あった料理も、何だかんだで完食。というか、ほとんど、私とフィニーちゃんで平らげた。ナギサちゃんは、焼きイカとか焼きえびとか、形が丸ごと残ってるのは、ダメみたい。
それに、大きく口を開いて、ガブっとかぶりつくのも、ダメなんだよね。相変わらず、お行儀がいい。
「そろそろ、行こうか」
私が立ち上がると、フィニーちゃんも立ち上がり、
「うん、おかわり買いに行く」
と真面目な顔で答える。
「えっ、まだ食べるの?」
「まだまだ、行ける。屋台ぜんぶ、食べて回りたい」
あれだけ食べて、まだまだ余裕の表情だ。本当に、そのちっちゃな体の、どこに入ってるの……?
「ちょっと、もう充分に食べたでしょ? 食べに来たんじゃなくて、研修に来ているのを忘れたの? さっさと他を見に行くわよ」
「やだ、屋台まわる!」
腕を引っ張るナギサちゃんと、それに抵抗するフィニーちゃん。何か駄々をこねる子供と、それをたしなめる母親みたいな構図になっていた。外でたまに見かけるよね、親子のこんなシーン。
私は思わず笑いそうになるが、こらえて口元を押さえた。
「フィニーちゃん、屋台は逃げないから。全部、見終わったら、ここに戻って打ち上げしよ。全て終わったあとに食べるご飯は、また格別だよ」
「おぉー、うち上げ! わかった、先に見にいく」
フィニーちゃんは目をキラキラさせ、すぐに納得してくれる。単純で助かった。
私がナギサちゃんに笑顔を向けると、
「ほら、さっさと回るわよ。建物の中も広いのだから」
彼女は、軽くため息を吐いてから、先頭を歩き始める。
私たちは、周りを見回しながら、あとからついて行った。基本、いつもお出掛けの時は、ナギサちゃんが先頭だ。でも、彼女のあとをついて行くのが、最も安心なのは、私たちも良く知っている。
結局、食べ物に吸い寄せられるフィニーちゃんと、それをたしなめるナギサちゃん。いつも通りの光景だけど、やっぱり彼女たちと一緒にいると、凄く楽しい。
二人のやり取りを眺めがら『こんな時間が、永遠に続いたらいいなぁ』と、密かに想うのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『熱く燃え上がるサファイアカップついに開戦』
まだ怒りに燃える闘志があるなら~
想像していた以上に人が多く、今まで回った中では、最も混雑していた。ある意味、ここが『蒼海祭』の、メイン会場ともいえる。
本当は、初日に来たかったんだけど、ナギサちゃんの予定表では、四日目になってたんだよね。
ナギサちゃんが『効率よく回るには、順番が大事なのよ』と力説してたので、大人しく従うことにした。今までも、彼女の言う通りにして、間違ったことはないので。
フィニーちゃんは、基本、流れに身を任すタイプなので、何も文句を言わず、大人しくついて来ていた。美味しいものさえ食べられれば、細かいことは、どうでもいいみたい。本当に、ブレないよね。
なお『蒼海祭』の間、市場の駐車場は使えない。なので〈北地区〉にある駐車場に、エア・ドルフィンを停めて、出島までの橋を、歩いて渡ってきた。
市場に向かう側と、戻る側の流れがあり、滅茶苦茶、混み合っている。市場に到着するだけでも、大変な苦労だった。
長い橋を越え、やっとの思いで市場の敷地に入ると、辺り一面に出店が並んでいた。テントを張らずに、机だけとか、箱を積んでるだけの店も多い。
でも、他地区とは違い、どれも全て魚介類のお店だ。どこを見回しても、魚だらけ。辺り一面から、磯の香りが漂ってくる。
普段、駐車場として使われている大きなスペースは、全て出店で埋まっており、奥の巨大な建物内にも、沢山の店があった。
橋を移動中、ぐったりしていたフィニーちゃんも、目をキラキラと輝かせ、すっかり元気になっていた。無表情だったナギサちゃんも、興味深げに見回している。
私は、何か凄すぎて、感動していた。こんなに沢山の魚を見るのって、生まれて初めてだもん。しかも、見たことのない魚も、たくさんあるし。
「凄いねこれ! ここまで沢山の店と魚があるとは、思わなかったよ」
「確かに壮観ね。私も今まで、資料でしか見たことが無かったから……」
「食べきれないぐらい、魚がある!」
普段は、ボーッとしているフィニーちゃんも、興奮気味だ。
「どうやって回る? 市場の建物内も見るとなると、かなり広いよね」
今までは、細かく回るルートが計画してあったが、市場については、特に予定が決まっていなかった。普段は非公開だから、中がどうなってるか、分からないもんね。
「流れに沿って、端から順に見ていくしかなさそうね。一通りは見ておかないと」
ナギサちゃんは、辺りを見回しながら答える。
「奥の方に、料理の屋台があるみたいだから、そっちを先に回らない?」
「屋台、さんせい!」
食べ物のこととなると、フィニーちゃんの反応が超早い。見るからに、食べる気満々だ。ま、私もここに来た一番の理由は、美味しい魚を、お腹いっぱい食べるためなんだけどね。
「何度も言ってるけど、遊びじゃないのよ。今後のための、実地研修であって。イベントの様子を逐一、見学するのが、目的なんだから」
こんな所でも、ナギサちゃんの真面目モードが発動する。いつのものことなので、もう慣れており、対処法もだいたい理解していた。
「でもほら、食べるのだって大事だよ。味が分からなければ、お客様にオススメできないし。『その土地を知るには、食べ物から』って言うじゃない」
「あなたたちは、ただ食べたいだけでしょ?」
図星ではあるんだけど、お祭りの時ぐらい、素直に楽しもうよー。
私はフィニーちゃんに、そっと目配せをする。それを察したフィニーちゃんも、すぐに行動に移った。
「お店は逃げないから、大丈夫。見学はあとあと」
「まずは、はらごしらえ」
私とフィニーちゃんは、ナギサちゃんの手をガシッとつかみ、引っ張って行く。
「ちょっと、待ちなさいよ。一つずつ、順番に見て行かないと……」
軽く抵抗するが、私たちは気にせず、彼女の手を引っ張りながら、先に進んでいった。
色々とうるさく言うけれど、強引にこちらのペースに巻き込めば、ちゃんと付き合ってくれるのが、ナギサちゃんだ。基本、付き合いがいいんだよね。
先に進むにつれて、辺りから香ばしい匂いが漂ってくる。焼きたての魚介類や、様々な海の幸の料理。どれもこれも、全てが美味しそうだ。特に、ここしばらくは、かなりの節約生活をしていたので、余計に美味しそうに見えた。
「みんなで回るのは、効率悪いから。分かれて各自で買い物して、あっちの飲食スペースで、集まるのはどう?」
私は、奥のほうにある、椅子とテーブルを指さして提案する。
「まかせて!」
「まぁ、いいけど――」
「三人分、買うの、忘れないでねー。じゃ、またあとで」
フィニーちゃんは、ぴゅーっと、海鮮焼きそばの屋台に向かって行く。私はイカ焼きの屋台に。ナギサちゃんは、迷ってキョロキョロしていたけど、まぁ大丈夫だと思う。
私は、本能の赴くままに、美味しそうなものを見つける度に、次々と買いながら移動した。どれも美味しそうなだけでなく、とにかく安い。流石は市場価格だ。
ついつい、色んな物を買ってしまったけど、みんなと被らないかな? でも、同じのがあっても、食べればいいだけだし、問題ないよね。
私は両手に袋を持ち、満足げに飲食スペースに向かう。辺りを見回すが、二人はまだのようなので、とりあえずテーブルを一つ確保した。袋を置いて椅子に座ると、周囲を眺めながら、二人が来るを待つ。
うーん、何かじれったいなぁー。他にも買いたいものが有ったから、もっと時間を掛けても良かったかも。もう一回、買いに行っちゃおうかなぁ? でも、席を外す訳にもいかないし。それにしても、おなか空いたなぁー……。
ヤキモキしていると、フィニーちゃんが、こっちに向かってくる姿が見えた。両手いっぱいに荷物を抱えている。何となく予想はしてたけど、とんでもなく量が多い。
「フィニーちゃん、こっちこっち! って、これ何人分?」
「三人分――足りなかった?」
「いや、多過ぎじゃない?」
「大丈夫、全部たべるから」
フィニーちゃんは、自信ありげな表情を浮かべた。確かに、一人でも全部、食べそうだよね。普段の食欲を見る限り……。
少し遅れて、ナギサちゃんも、こちらに向かってきた。量は、程々かな。元々ナギサちゃんって、少食だからね。
「ナギサ、遅い」
「しょうがないでしょ。どこも、混んでいるのだから」
「早く早く」
「ちょっと、落ち着きなさいよ」
のんびり歩いてきたナギサちゃんを、フィニーちゃんがせかす。
「じゃ、とりあえず、戦利品を広げようか」
私が袋から、各種料理を取り出すと、みんなもテーブルの上に広げていく。
私の戦利品は、イカ焼き・貝のバター焼き・エビの塩焼き・干物の網焼き・お刺身・あら汁。素材を生かした料理が多い。
フィニーちゃんは、海鮮焼きそば・たこ焼き・エビチャーハン・パエリア・お好み焼き・海鮮ビーフン・フライドフィッシュ・イカフライ。カロリーが高そうな、ボリュームのあるものが多い。すっごく、おなかに溜まりそうだよね。
ナギサちゃんは、マリネ・カナッペ・アクアパッツァ・海鮮ジュレ。どれもレストランで出て来そうな、オシャレな料理ばかりで、とてもヘルシーだ。
やっぱり、それぞれに好みというか、性格が出るよね。私のは、ちょっと地味すぎたかな? 新鮮だから『シンプルな調理法のほうが、美味しいかなぁー』と思って。
「では、いただきます!」
私が手を合わせると、隣ではナギサちゃんが、胸の前で両手を組み、
「豊かな恵みに感謝します」
目をつむり、真剣に祈りをささげていた。
この世界では『いただきます』じゃなくて、黙って祈りをささげてから食事をする。丁寧なやり方だと、ナギサちゃんのように『豊かな恵みに感謝します』と言葉に出す。
ただ、完全な決まり事ではないので、中には何もしない人もいる。フィニーちゃんは、そのタイプで、早くも料理に手を伸ばし、食べ始めていた。
行儀正しいナギサちゃんは、フィニーちゃんを、一瞬にらみつける。でも、もう言い飽きたのか、特に強要はしなかった。
私は朝食を抜いて、空腹を思いっ切り我慢してたので、次々と料理に手を伸ばしていった。やっぱり、素材を生かした料理は、とてもおいしい。新鮮で、濃厚かつ甘みがある。
でも、フィニーちゃんの買って来た、ボリューム系の料理も、ガッツリした食べ応えで、凄く美味しい。ナギサちゃんの選んだ、オシャレな料理も、繊細な優しい味で、とても美味しかった。
「うーん、どれも美味しいー。こんな美味しいの、この町に来て初めてかも。超感動!」
あまりにもおいし過ぎて、何と表現していいか分からない。でも『生きてて幸せー』って感じがする。
「美味しいけれど、感動というのは、大げさでしょ? 元々この町は、魚介類の料理の店が多いし。社員食堂でも、魚料理が多いのだから」
「そうなんだけど、私は基本、毎食パンだから。生活ギリギリだし、うちは社員食堂がないから。こんなふうに、海鮮料理を一杯食べるの、初めてだもん」
確かに、ナギサちゃんの言う通り、普通の人は、感動するほど凄い料理では、ないかもしれない。
でも、日々の食事がやっとの私にとっては、どんな料理も、感動するぐらい美味しく感じる。こっちの世界に来てから、何でもおいしく感じるのは、食べ物のありがたみが、よく分かったからだと思う。
「相変わらず、苦労しているようね。生活は大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。パンを食べてれば、生きて行けるし。リリーシャさんが、いつもお菓子の差し入れ、持って来てくれるから」
お金がない時は、差し入れで持ってきてくれるお菓子が、物凄く重要な栄養源になっていた。甘いものは、結構カロリー高いし。これで、1日分のカロリーは、十分まかなえている。
「それ、大丈夫とは言わないわよ。パンとお菓子だけなんて、栄養バランス、悪すぎでしょ?」
「いやー、先立つものがないので。仕送りもないし、貯金もないし、生きるのだけで精一杯みたいな。アハハッ……」
本当に、驚くぐらいお金がない。学生時代は気楽に食べていた、お菓子やジュースも買えないし。こっちに来てから、服や小物、趣味の物なんかも、何一つ買っていなかった。
お給料のほとんどが、食費だけに消えるので、エンゲル係数は、超高めだよね。
「私は、パンだけでも生きられる」
「あなたには、言ってないわよ。というか、むしろフィニーツァは、栄養摂り過ぎでしょ?」
ボソッと呟くフィニーちゃんに、ナギサちゃんは、的確な突っ込みを入れる。
「一人前になるまでの、辛抱だから。それに、お祭りの時は、こうして美味しいものが、食べられるんだし。十分に幸せだよ」
「どうしても困った時は、ちゃんと言いなさいよ」
ナギサちゃんは言いながら、自分の前にあった料理を、さりげなく私のほうに寄せてくれた。相変わらず、態度はそっけないけど、優しいんだよね。
「困ったら、うちに来るといい。ご飯もお菓子も、いっぱいある」
フィニーちゃんは、両手に食べ物を持ちながら、満足げな表情で語る。
「ありがとう、二人とも。干からびそうになったら、お願いするね」
美味しい海鮮料理を、たくさん食べて、おなかも満たされたけど、胸も一杯になった。ご飯も大事だけど、優しさも大事だよね。この町に来てから、いつも色んな人の優しさに、救われている気がする。
沢山あった料理も、何だかんだで完食。というか、ほとんど、私とフィニーちゃんで平らげた。ナギサちゃんは、焼きイカとか焼きえびとか、形が丸ごと残ってるのは、ダメみたい。
それに、大きく口を開いて、ガブっとかぶりつくのも、ダメなんだよね。相変わらず、お行儀がいい。
「そろそろ、行こうか」
私が立ち上がると、フィニーちゃんも立ち上がり、
「うん、おかわり買いに行く」
と真面目な顔で答える。
「えっ、まだ食べるの?」
「まだまだ、行ける。屋台ぜんぶ、食べて回りたい」
あれだけ食べて、まだまだ余裕の表情だ。本当に、そのちっちゃな体の、どこに入ってるの……?
「ちょっと、もう充分に食べたでしょ? 食べに来たんじゃなくて、研修に来ているのを忘れたの? さっさと他を見に行くわよ」
「やだ、屋台まわる!」
腕を引っ張るナギサちゃんと、それに抵抗するフィニーちゃん。何か駄々をこねる子供と、それをたしなめる母親みたいな構図になっていた。外でたまに見かけるよね、親子のこんなシーン。
私は思わず笑いそうになるが、こらえて口元を押さえた。
「フィニーちゃん、屋台は逃げないから。全部、見終わったら、ここに戻って打ち上げしよ。全て終わったあとに食べるご飯は、また格別だよ」
「おぉー、うち上げ! わかった、先に見にいく」
フィニーちゃんは目をキラキラさせ、すぐに納得してくれる。単純で助かった。
私がナギサちゃんに笑顔を向けると、
「ほら、さっさと回るわよ。建物の中も広いのだから」
彼女は、軽くため息を吐いてから、先頭を歩き始める。
私たちは、周りを見回しながら、あとからついて行った。基本、いつもお出掛けの時は、ナギサちゃんが先頭だ。でも、彼女のあとをついて行くのが、最も安心なのは、私たちも良く知っている。
結局、食べ物に吸い寄せられるフィニーちゃんと、それをたしなめるナギサちゃん。いつも通りの光景だけど、やっぱり彼女たちと一緒にいると、凄く楽しい。
二人のやり取りを眺めがら『こんな時間が、永遠に続いたらいいなぁ』と、密かに想うのだった……。
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次回――
『熱く燃え上がるサファイアカップついに開戦』
まだ怒りに燃える闘志があるなら~
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だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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