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第3部 笑顔の裏に隠された真実
1-5笑いたくない時の笑顔がこんなに辛いとは思わなかった
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お昼の十二時を、少し回ったころ。私は〈東地区〉の海岸に来ていた。〈エメラルド・ビーチ〉より、ずっと北にある場所で、私以外に人の姿は見当たらなかった。
少しの間、一人になりたかったので、わざわざ人のいない場所を、探してやって来たのだ。ちょっと、反省会でもしようかと思って……。
今日の午前中は、全てにおいて、ダメダメだった。仕事はいつも通りやったけど、なかなか集中できず、リリーシャさんへの対応も、ぎこちなかった気がする。
努めて、冷静かつ元気に振る舞っていた。でも『これじゃない感』が、半端なかった。いつもを『100』とするなら、今日は『30』ぐらいかな。体にも気持ちにも、全く力が入っていなかった。
私は今日、初めて、リリーシャさんに『作り笑顔』を向けた。今までは、心からの笑顔だった。でも、今日は、とても楽しく笑える気分では、なかったからだ。
それでも、心の乱れを見せないために、私なりに、精一杯の努力はしてみた。ただ、笑いたくない時の笑顔が、こんなにも辛いものだとは、全然しらなかった。
リリーシャさんは、毎日こんなに辛い想いで、笑顔を浮かべていたのだろうか? だとしたら、私は何て無神経だったのだろう? 私だけ、心から楽しんでいたなんて――。
まだ、午前中の仕事が終わっただけなのに、どっと疲れてしまった。私は、喜怒哀楽が激しく、感情をストレートに出して生きてきた。なので、感情をおさえたり、違う感情表現をするのは、とんでもなく大変だ。
そう考えると、いつでも笑えるリリーシャさんは、やっぱり凄いと思う。いや、感心してる場合じゃないよ。本人は、凄く辛いはずなんだから……。
しかし、このままじゃマズイなぁ――。こんな、モヤモヤした気持ちじゃ、仕事に集中できないよ。
かと言って、リリーシャさん本人に、相談する訳にはいかないし。ナギサちゃんに話したら『何でそんなことも知らなかったの』って、絶対に怒られるもん。
「どうしたもんかなぁ……」
海を見ながら、考えあぐねていると、マギコンの着信音が鳴った。送信者名を見ると、ユメちゃんかからだ。私は急いで『EL』を開く。
『風ちゃん、こんにちは。休憩中かな?』
『こんにちは、ユメちゃん。ちょうど、お昼休憩中だよ』
私は、目の前の海の写真を添付し、メッセージを送る。
『へぇー、海にいるんだ。そこって、どこら辺?』
『エメラルド・ビーチより、ずっと北のほう。ちょっと、一人で考え事したかったので。人のいない場所に来たんだ』
清々しいぐらいに、誰もいない。広々した海と砂浜に、ポツンと私一人だけだ。
『何かあったの?』
私は、その問いに少し迷った。基本、ユメちゃんとは、楽しい話題をすることを、心掛けている。たまに、愚痴を言って、励ましてもらうことも有るけど。今回の件は、さすがに重すぎる。しかも、私より年下の子だし。
はたして、話していいものだろうか? でも、ずっとこの町に住んでいるなら、事故のことは、詳しく知っているよね? うーむ――。
『悩んでることあったら、何でも言ってね。相談に乗るから』
私が返すより早く、ユメちゃんの次のメッセージが届いた。その一言に、フッと心が軽くなる。ユメちゃんなら、私の話を、真剣に聴いてくれるかも。今までだって、ずっとそうだったし……。
私は意を決して、メッセージを打ち込んだ。
『ユメちゃんは、昨年の三月に、西地区であった、ゴンドラの墜落事故は知ってる?』
私はユメちゃんからの返信を、じっと待った。でも、何かおかしい。いつもなら、物凄い速さで返信が来るのに、数分たっても、何の音沙汰もなかった。
んー、やっぱり、触れてはいけない、話題だったのかな? この町の人にとって、アリーシャさんは、特別な存在だから。
私は、ボーッと海を眺めながら、無気力につぶやく。
「一度でいいから、アリーシャさんに、会ってみたかったなぁ――」
私にとっても、アリーシャさんは、神様みたいな存在だ。色んな意味で、けっして手の届かない場所にいる人だから……。
しばらくして、ユメちゃんから返信が届いた。先ほど送ったメッセージから、七分が経過している。
『返信が遅くなってごめんね。もちろん、知ってるよ』
『ユメちゃん、大丈夫?』
いつも高速返信のユメちゃんにしては、珍しい。
『うん、ちょっと呼ばれてただけ』
『そっか、ならよかった』
てっきり、何事かあったのかと思った。
『とても、悲しい事件だったよね。シルフィード史上、最悪の事故って言われているし』
『やっぱり、知ってるよね。実は私、昨日、初めて知ったんだよね――』
地元の人なら、知っていて当然なんだろう。
『でも、風ちゃんは、来たばかりだから、しょうがないと思うよ』
『とはいえ、リリーシャさんのお母さんで、なおかつ、ホワイト・ウイングの創始者だからね。何で今まで、ちゃんと知ろうとしなかったんだろう……』
知る機会は、いくらでもあった。調べればすぐに分かるし、ナギサちゃんたちに訊けば、普通に教えてくれたかもしれない。
『仕事や一人暮らしで、色々忙しかったんだから、無理もないよ。それに、昨日、知ったなら、それでいいんじゃない? そんなに、何でもかんでも、焦って知らなくても』
相変わらず、ユメちゃんは凄く優しい。いつだって、私を認めて、肯定してくれる。
『まぁ、そうなんだけどねぇ――』
『何か、別のことが気になるの? 何でも話して』
考えるのは苦手だし、自分一人じゃ、いい案が浮かぶ気がしなかった。ここは、ユメちゃんの知恵を、借りたほうがいいかもしれない。今までも、ユメちゃんの助言で解決したり、スッキリしたことも色々あったし。
『私にとって、リリーシャさんって、命の恩人なんだよね』
『風ちゃんに、仕事と部屋を、紹介してくれたんだよね?』
『うんうん。他にも、色々とよくしてくれて。リリーシャさんがいなかったら、私は夢破れて、向こうの世界に帰っていたと思うんだ』
リリーシャさんのお陰で、首の皮一枚で、つながった感じだ。
『確かに、命の恩人だね。そのリリーシャさんに、何かあったの?』
『私、全然しらなかったんだ。事故のことも、リリーシャさんが、辛い過去を抱えていたことも……』
他人のことを、全て知るのは不可能だ。それにしたって、私の場合は、1ミリも理解していなかった。いくらなんでも、知らなさすぎだ。
『本人から、その話はなかったの?』
『うん、なにも。しかも、いつも笑顔だから、私全く気付けなくて――』
今思えば、アリーシャさん関連の話題は、全て避けていた気がする。もちろん、私を気遣ってくれていたからだろう。
『アリーシャさんと同じで、笑顔が素敵な人だもんね』
『でも、ツバサさんが言うには、リリーシャさんって、昔から作り笑顔が多かったんだって』
『そうなんだ、あんなに素敵な笑顔なのに。やっぱりプロは凄いね』
『だねー。いつもそばにいるのに、全然、気づかなかったもん』
ツバサさんから話を聴いたあとも、正直、作り笑顔か本当の笑顔かは、判断がつけられなかった。だって、本当に素敵な笑顔だから。
『じゃあ、しょうがないね。風ちゃんが、気付けないんじゃ、誰も気付けないよ』
『そうかなぁー? 単に私が、空気よめないだけでは?』
一応、努力はしてるんだけど。そんなに空気を読むのが、上手いわけじゃないし。特に、自分のことを考えていると、周りが全く見なくなるから……。
『そんなことない! 風ちゃんは、ちゃんと気遣いが出来る人だよ。私いつも元気を貰ってるもん』
『えっ、本当に?』
むしろ、私のほうが、いつも元気づけて貰ってる気がするけど。
『うん、私が保証する。そもそも、人の気持ちなんて、分かる訳ないよ』
『でも、ユメちゃんは、いつも私のこと、励ましてくれるじゃない?』
『それは、風ちゃんが、素直に何でも言ってくれるから。言ってくれなきゃ、何も分からないよ』
『それはまぁ……そうかもだけど』
素直というか、隠し事や嘘が、超苦手なんだよね。隠しても、すぐ顔に出てバレるし。
『そもそも、自分の気持ちを、言わないほうが悪いよ。人の気持ちなんて、分かる訳ないんだから。風ちゃんは、何も悪くない』
『でも、そんな単純な問題でも、ないんだよね。私、リリーシャさんのこと、理解してたつもりで、全然できてなかったから』
毎日、顔を合わせていながら、何も分かっていなかったのは、物凄くショックだった。
『風ちゃんって、リリーシャさんみたいに、なりたいんだよね?』
『うん。シルフィードとしても人としても、まさに理想の人だから』
今までもずっと、リリーシャさんを目標にしてきたし。先日のツバサさんの話を聴いてもなお、その気持ちに、全く変わりはなかった。
『でも、それって、なんか違うと思う』
『ん、どういうこと?』
ユメちゃんは、たまに難しいことを言う。物知りのせいか、私よりも、大人びた考えのところがある。
『風ちゃんは、風ちゃんらしいシルフィードになるべきだよ。他の人と同じじゃ、意味なくない?』
『どうなんだろ? ずっとリリーシャさんを、お手本にやって来たから。自分らしくって、よく分からないや』
今やっている仕事のやり方は、全てリリーシャさんの、真似をしたものだ。挨拶・礼儀作法・接客の仕方とかも、全てそっくりに真似してるし。
『リリーシャさんって、大人しくて上品な感じでしょ? 風ちゃんとは、真逆じゃない?』
『んがっ……確かに、私とは似ても似つかない感じだけど。やっぱ、私には無理なのかな?』
そもそも、スペックが違い過ぎるのは、最初からよく分かっていた。技術的な面は、ある程度、真似られる。でも、しとやかさ、女性らしさ、上品さは、そう簡単には身につかない。
『そうじゃなくて「目指す人が違うんじゃないかな」って話。風ちゃんが目指すなら、アリーシャさんの方じゃないの?』
『えっ?! 私があのアリーシャさんを? だって、グランド・エンプレスのうえに「伝説のシルフィード」と言われた人でしょ?』
アリーシャさんは、リリーシャさんより、さらにハイスペックな人だ。色々調べて詳しく知った今、とても真似できるようには思えない。
『伝説とかは置いといて、性格的に近いと思うけど。明るく元気で、とても行動的で、コミュ力高くて。風ちゃんと、そっくりじゃない?』
『そうなの――?』
あまりに、雲の上の人すぎて、アリーシャさんを目指そうという考えはなかった。
『親子で性格が正反対って、よく言われてたみたいだよ』
『へぇー、そうなんだ』
そういえば、スピにも、明るく行動的な人だって、書いてあったよね。
『そもそも、アリーシャさんって、親に猛反対されて、家出して大陸から、この町にやってきたんだって。物凄い行動力だよね』
『えぇっ?! アリーシャさんって、家出してきたの?』
だとしたら、割と後先考えない、無鉄砲な人だった、ってことだよね? なんだか、ちょっと親近感がわいてきた。
『ファンの間では、結構、有名な話みたいだよ。家出して、夢をかなえて、さらに頂点にまで登り詰めたんだもん。まさに、伝説のシルフィードだよね』
なるほど、伝説って、そういう意味も含まれてたんだ。それにしても、何という偶然。アリーシャさんと、境遇まで同じだなんて。やっぱり私は、何か不思議な運命に導かれて、この町にやって来たのかもしれない……。
その後も、ユメちゃんと、色々な世間話で盛り上がった。気付けば、いつの間にかスッキリして、いつも通りの私に戻っていた。また、ユメちゃんに、元気づけられてしまった。私のほうが、年上なんだから、もっとしっかりしないとね。
根本的な問題は、まだ何も解決していない。けど、ユメちゃんの言う通り、私らしくやってみようと思う。あとは、今の私にできる精一杯で、リリーシャさんを支えて行こう。
よし、気持ちを新たに、頑張りまっしょい!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『毎日空を飛んでいるのに空の広さと青さを忘れてた』
青空はホウキ 今日も見上げて 心のおそうじ
少しの間、一人になりたかったので、わざわざ人のいない場所を、探してやって来たのだ。ちょっと、反省会でもしようかと思って……。
今日の午前中は、全てにおいて、ダメダメだった。仕事はいつも通りやったけど、なかなか集中できず、リリーシャさんへの対応も、ぎこちなかった気がする。
努めて、冷静かつ元気に振る舞っていた。でも『これじゃない感』が、半端なかった。いつもを『100』とするなら、今日は『30』ぐらいかな。体にも気持ちにも、全く力が入っていなかった。
私は今日、初めて、リリーシャさんに『作り笑顔』を向けた。今までは、心からの笑顔だった。でも、今日は、とても楽しく笑える気分では、なかったからだ。
それでも、心の乱れを見せないために、私なりに、精一杯の努力はしてみた。ただ、笑いたくない時の笑顔が、こんなにも辛いものだとは、全然しらなかった。
リリーシャさんは、毎日こんなに辛い想いで、笑顔を浮かべていたのだろうか? だとしたら、私は何て無神経だったのだろう? 私だけ、心から楽しんでいたなんて――。
まだ、午前中の仕事が終わっただけなのに、どっと疲れてしまった。私は、喜怒哀楽が激しく、感情をストレートに出して生きてきた。なので、感情をおさえたり、違う感情表現をするのは、とんでもなく大変だ。
そう考えると、いつでも笑えるリリーシャさんは、やっぱり凄いと思う。いや、感心してる場合じゃないよ。本人は、凄く辛いはずなんだから……。
しかし、このままじゃマズイなぁ――。こんな、モヤモヤした気持ちじゃ、仕事に集中できないよ。
かと言って、リリーシャさん本人に、相談する訳にはいかないし。ナギサちゃんに話したら『何でそんなことも知らなかったの』って、絶対に怒られるもん。
「どうしたもんかなぁ……」
海を見ながら、考えあぐねていると、マギコンの着信音が鳴った。送信者名を見ると、ユメちゃんかからだ。私は急いで『EL』を開く。
『風ちゃん、こんにちは。休憩中かな?』
『こんにちは、ユメちゃん。ちょうど、お昼休憩中だよ』
私は、目の前の海の写真を添付し、メッセージを送る。
『へぇー、海にいるんだ。そこって、どこら辺?』
『エメラルド・ビーチより、ずっと北のほう。ちょっと、一人で考え事したかったので。人のいない場所に来たんだ』
清々しいぐらいに、誰もいない。広々した海と砂浜に、ポツンと私一人だけだ。
『何かあったの?』
私は、その問いに少し迷った。基本、ユメちゃんとは、楽しい話題をすることを、心掛けている。たまに、愚痴を言って、励ましてもらうことも有るけど。今回の件は、さすがに重すぎる。しかも、私より年下の子だし。
はたして、話していいものだろうか? でも、ずっとこの町に住んでいるなら、事故のことは、詳しく知っているよね? うーむ――。
『悩んでることあったら、何でも言ってね。相談に乗るから』
私が返すより早く、ユメちゃんの次のメッセージが届いた。その一言に、フッと心が軽くなる。ユメちゃんなら、私の話を、真剣に聴いてくれるかも。今までだって、ずっとそうだったし……。
私は意を決して、メッセージを打ち込んだ。
『ユメちゃんは、昨年の三月に、西地区であった、ゴンドラの墜落事故は知ってる?』
私はユメちゃんからの返信を、じっと待った。でも、何かおかしい。いつもなら、物凄い速さで返信が来るのに、数分たっても、何の音沙汰もなかった。
んー、やっぱり、触れてはいけない、話題だったのかな? この町の人にとって、アリーシャさんは、特別な存在だから。
私は、ボーッと海を眺めながら、無気力につぶやく。
「一度でいいから、アリーシャさんに、会ってみたかったなぁ――」
私にとっても、アリーシャさんは、神様みたいな存在だ。色んな意味で、けっして手の届かない場所にいる人だから……。
しばらくして、ユメちゃんから返信が届いた。先ほど送ったメッセージから、七分が経過している。
『返信が遅くなってごめんね。もちろん、知ってるよ』
『ユメちゃん、大丈夫?』
いつも高速返信のユメちゃんにしては、珍しい。
『うん、ちょっと呼ばれてただけ』
『そっか、ならよかった』
てっきり、何事かあったのかと思った。
『とても、悲しい事件だったよね。シルフィード史上、最悪の事故って言われているし』
『やっぱり、知ってるよね。実は私、昨日、初めて知ったんだよね――』
地元の人なら、知っていて当然なんだろう。
『でも、風ちゃんは、来たばかりだから、しょうがないと思うよ』
『とはいえ、リリーシャさんのお母さんで、なおかつ、ホワイト・ウイングの創始者だからね。何で今まで、ちゃんと知ろうとしなかったんだろう……』
知る機会は、いくらでもあった。調べればすぐに分かるし、ナギサちゃんたちに訊けば、普通に教えてくれたかもしれない。
『仕事や一人暮らしで、色々忙しかったんだから、無理もないよ。それに、昨日、知ったなら、それでいいんじゃない? そんなに、何でもかんでも、焦って知らなくても』
相変わらず、ユメちゃんは凄く優しい。いつだって、私を認めて、肯定してくれる。
『まぁ、そうなんだけどねぇ――』
『何か、別のことが気になるの? 何でも話して』
考えるのは苦手だし、自分一人じゃ、いい案が浮かぶ気がしなかった。ここは、ユメちゃんの知恵を、借りたほうがいいかもしれない。今までも、ユメちゃんの助言で解決したり、スッキリしたことも色々あったし。
『私にとって、リリーシャさんって、命の恩人なんだよね』
『風ちゃんに、仕事と部屋を、紹介してくれたんだよね?』
『うんうん。他にも、色々とよくしてくれて。リリーシャさんがいなかったら、私は夢破れて、向こうの世界に帰っていたと思うんだ』
リリーシャさんのお陰で、首の皮一枚で、つながった感じだ。
『確かに、命の恩人だね。そのリリーシャさんに、何かあったの?』
『私、全然しらなかったんだ。事故のことも、リリーシャさんが、辛い過去を抱えていたことも……』
他人のことを、全て知るのは不可能だ。それにしたって、私の場合は、1ミリも理解していなかった。いくらなんでも、知らなさすぎだ。
『本人から、その話はなかったの?』
『うん、なにも。しかも、いつも笑顔だから、私全く気付けなくて――』
今思えば、アリーシャさん関連の話題は、全て避けていた気がする。もちろん、私を気遣ってくれていたからだろう。
『アリーシャさんと同じで、笑顔が素敵な人だもんね』
『でも、ツバサさんが言うには、リリーシャさんって、昔から作り笑顔が多かったんだって』
『そうなんだ、あんなに素敵な笑顔なのに。やっぱりプロは凄いね』
『だねー。いつもそばにいるのに、全然、気づかなかったもん』
ツバサさんから話を聴いたあとも、正直、作り笑顔か本当の笑顔かは、判断がつけられなかった。だって、本当に素敵な笑顔だから。
『じゃあ、しょうがないね。風ちゃんが、気付けないんじゃ、誰も気付けないよ』
『そうかなぁー? 単に私が、空気よめないだけでは?』
一応、努力はしてるんだけど。そんなに空気を読むのが、上手いわけじゃないし。特に、自分のことを考えていると、周りが全く見なくなるから……。
『そんなことない! 風ちゃんは、ちゃんと気遣いが出来る人だよ。私いつも元気を貰ってるもん』
『えっ、本当に?』
むしろ、私のほうが、いつも元気づけて貰ってる気がするけど。
『うん、私が保証する。そもそも、人の気持ちなんて、分かる訳ないよ』
『でも、ユメちゃんは、いつも私のこと、励ましてくれるじゃない?』
『それは、風ちゃんが、素直に何でも言ってくれるから。言ってくれなきゃ、何も分からないよ』
『それはまぁ……そうかもだけど』
素直というか、隠し事や嘘が、超苦手なんだよね。隠しても、すぐ顔に出てバレるし。
『そもそも、自分の気持ちを、言わないほうが悪いよ。人の気持ちなんて、分かる訳ないんだから。風ちゃんは、何も悪くない』
『でも、そんな単純な問題でも、ないんだよね。私、リリーシャさんのこと、理解してたつもりで、全然できてなかったから』
毎日、顔を合わせていながら、何も分かっていなかったのは、物凄くショックだった。
『風ちゃんって、リリーシャさんみたいに、なりたいんだよね?』
『うん。シルフィードとしても人としても、まさに理想の人だから』
今までもずっと、リリーシャさんを目標にしてきたし。先日のツバサさんの話を聴いてもなお、その気持ちに、全く変わりはなかった。
『でも、それって、なんか違うと思う』
『ん、どういうこと?』
ユメちゃんは、たまに難しいことを言う。物知りのせいか、私よりも、大人びた考えのところがある。
『風ちゃんは、風ちゃんらしいシルフィードになるべきだよ。他の人と同じじゃ、意味なくない?』
『どうなんだろ? ずっとリリーシャさんを、お手本にやって来たから。自分らしくって、よく分からないや』
今やっている仕事のやり方は、全てリリーシャさんの、真似をしたものだ。挨拶・礼儀作法・接客の仕方とかも、全てそっくりに真似してるし。
『リリーシャさんって、大人しくて上品な感じでしょ? 風ちゃんとは、真逆じゃない?』
『んがっ……確かに、私とは似ても似つかない感じだけど。やっぱ、私には無理なのかな?』
そもそも、スペックが違い過ぎるのは、最初からよく分かっていた。技術的な面は、ある程度、真似られる。でも、しとやかさ、女性らしさ、上品さは、そう簡単には身につかない。
『そうじゃなくて「目指す人が違うんじゃないかな」って話。風ちゃんが目指すなら、アリーシャさんの方じゃないの?』
『えっ?! 私があのアリーシャさんを? だって、グランド・エンプレスのうえに「伝説のシルフィード」と言われた人でしょ?』
アリーシャさんは、リリーシャさんより、さらにハイスペックな人だ。色々調べて詳しく知った今、とても真似できるようには思えない。
『伝説とかは置いといて、性格的に近いと思うけど。明るく元気で、とても行動的で、コミュ力高くて。風ちゃんと、そっくりじゃない?』
『そうなの――?』
あまりに、雲の上の人すぎて、アリーシャさんを目指そうという考えはなかった。
『親子で性格が正反対って、よく言われてたみたいだよ』
『へぇー、そうなんだ』
そういえば、スピにも、明るく行動的な人だって、書いてあったよね。
『そもそも、アリーシャさんって、親に猛反対されて、家出して大陸から、この町にやってきたんだって。物凄い行動力だよね』
『えぇっ?! アリーシャさんって、家出してきたの?』
だとしたら、割と後先考えない、無鉄砲な人だった、ってことだよね? なんだか、ちょっと親近感がわいてきた。
『ファンの間では、結構、有名な話みたいだよ。家出して、夢をかなえて、さらに頂点にまで登り詰めたんだもん。まさに、伝説のシルフィードだよね』
なるほど、伝説って、そういう意味も含まれてたんだ。それにしても、何という偶然。アリーシャさんと、境遇まで同じだなんて。やっぱり私は、何か不思議な運命に導かれて、この町にやって来たのかもしれない……。
その後も、ユメちゃんと、色々な世間話で盛り上がった。気付けば、いつの間にかスッキリして、いつも通りの私に戻っていた。また、ユメちゃんに、元気づけられてしまった。私のほうが、年上なんだから、もっとしっかりしないとね。
根本的な問題は、まだ何も解決していない。けど、ユメちゃんの言う通り、私らしくやってみようと思う。あとは、今の私にできる精一杯で、リリーシャさんを支えて行こう。
よし、気持ちを新たに、頑張りまっしょい!
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次回――
『毎日空を飛んでいるのに空の広さと青さを忘れてた』
青空はホウキ 今日も見上げて 心のおそうじ
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冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、ともに生き抜き、そして別れることとなった。
2021/06/27 無事に完結しました。
2021/09/10 後日談の追加を開始
2022/02/18 後日談完結しました。
2025/03/23 自己満足の改訂版をアップしました。
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