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第3部 笑顔の裏に隠された真実
5-12シルフィード業界追放って私これからどうなっちゃうの……?
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『ノア・マラソン』の翌日。いつもとは違い、遅い出勤だった。定時よりも、一時間、早く来てるけど、いつもは、三時間前には来て、掃除しているからね。だから、この時間に出社するのは、何か違和感がある。
昨日、お医者さんに、足を検査してもらった。すると、ねん挫で、全治一ヵ月から二ヵ月と診断された。治るまでは、大人しくしないと、いけないらしい。当然、走ったり運動したりするのは、絶対に禁止だった。
治るまでが、あまりに長すぎるので、激しく動揺した。仕事に支障が出るし、何より、自由に動けないのは、最大の苦痛だからだ。
でも、あれだけ無茶して、これで済んだのは、奇跡に近いらしい。結局、足は包帯でぐるぐる巻きにされ『最低でも1ヵ月は安静に』と言われた。
そのことを、リリーシャさんに連絡したところ、当分の間、早朝出勤を禁止されてしまった。また、掃除や重いものを持つ雑用も禁止。さらには、練習飛行も危険なので、しばらくは中止することに……。
練習飛行はまだしも、掃除や雑用は、私の唯一の仕事だった。なので『自分の責任でケガをしたので、会社に迷惑は掛けられません』と抗議した。
しかし『絶対にダメ。もし、約束を破ったら辞めてもらうから』と、リリーシャさんにしては、珍しく厳しい対応だった。流石に、そこまで言われては、反論できない。
納得はできなかったけど、自分が招いたことだし。心配して言ってくれているので、素直に従うことにする。
とはいえ、いつもより二時間遅い、八時には出勤し、ばれない程度に、ほうきで敷地内をはいた。そのあとは、機体の掃除ができない分、事務所内の清掃を念入りに行う。
いくら、定時出勤でいいと言われても、さすがに大先輩よりあとに来るわけにはいかない。それに、何だかんだで、いつもと同じ時間に、目が覚めちゃったし。
体の痛みは、あちこちに残っていたけど、我慢できないほどじゃなかった。捻挫した左足も、痛みはあるけど、慎重に歩けば大丈夫。昨日のレース後半、死にそうになりながら走っていた時に比べれば、全然、余裕だった。
割とテキパキ動きながら、掃除をしていた。だけど、リリーシャさんが出勤して来ると『大人しくしていなきゃダメでしょ』と、すぐに注意される。私的には、これぐらい平気なんだけどなぁ――。
その後、大人しく席について、会社のマギコンを開く。すると、大変な事態になっていることに気が付いた。
未だかつてないほどの、大量の予約が入っていたのだ。一日、数組しか受けられないうちの会社では、完全にキャパオーバーな数だった。メールも、ごっそりと送られて来ており、私宛のメールも結構きている。
昨日のマラソンの健闘を称えるメールや、中には、私を指名で予約している人もいた。もちろん、見習いの私は、受けることが出来ない。
私は慌ててリリーシャさんに相談し、すぐに予定を組みなおす。受けられない予約分は、二人で手分けして、お断りのお詫びメールを送る作業を始めた。
ちなみに、昨日のレース結果だけど。運営のほうから、ある公式発表があった。
『選手が規定タイムを超過で完走した場合。観客及び大会運営委員のほうで、敢闘したという意見が多数出た場合、公式記録として残すこととする』
この新たなルールが追加されたのだ。
新しいルールのお蔭で、私は無事に完走扱いになった。この情報は瞬く間に広がり、スピで大変な話題になっていた。スピだけでなく、ニュースや新聞でも、大々的に取り上げられ、世に知れ渡ることになった。
MVにばっちり映っていたのも有るけど、一番の理由は『シルフィード史上初のノア・マラソン完走』だ。歴史的な偉業として、賞賛されてはいるものの、私は素直に喜べなかった。
昨日の走りは、反省点だらけなうえに、特別に完走が認められただけ。だから、私の中では、まだ完走していないのだ。
次回こそは、しっかり規定タイム内に走り切って、本当の意味での完走を目指したい。もちろん、今はケガの完治が最優先だし、ほとぼりが冷めるまでは、口に出すつもりはないけど……。
九時を過ぎると、魔力通信のコールが次々と鳴り始め、休みなく通話の対応が始まった。予約はもちろん、雑誌の取材のオファーなども来ていた。
てんやわんやの対応をしている内に、最初のお客様の、予約時間が近づいて来る。いつもなら、私が動き回って準備するんだけど、今日は、全部リリーシャさんがやってくれた。
私が立ち上がって手伝おうとすると、
「今日は、メールと通話対応だけお願いね」
と有無を言わせぬ笑顔で、しっかりと釘を刺された。
結局、お客様のお出迎えも、リリーシャさん一人で行い、目的地に出発していった。考えてみれば、リリーシャさんって、何でも一人で出来ちゃうんだよね。しかも、全てにおいて、私よりも上手いし。
冷静に考えてみると『私の存在価値ってあるんだろうか?』なんて、少し不安になってくる。
しかし、その後も頻繁に、通話やメールの対応があり、落ち込んでいる暇などなかった。まぁ、忙しいほうが、変なこと考えないでいいかもね。
今日は、会社への連絡が異常に多いので、内勤で正解だった。元はと言えば、私が原因なんだから。リリーシャさんに手間をとらせるのは、非常に心苦しい。
それでも、リリーシャさんじゃないと対応できない件もあるので、結局、手を煩わせてしまっている。
取材の件に関しては、リリーシャさんが『後ほど折り返し連絡をします』と対応していた。でも、私は断って貰おうと思っている。
あんな酷い走りをしてしまったので、気持ち良く取材を受けられるような、心理状態ではなかったからだ。
それに、会社に迷惑を掛けてしまったことが、物凄く辛い。だから、取材なんか受けて、浮かれている場合じゃない。迷惑をかけてしまった分を、少しでも取り返さないと――。
なお、足や体は、思ったよりも元気で、普通に働けそうだ。でも、しばらくは自重して、大人しくしようと思う。ケガは、本人が平気かどうかより、周りの人を心配させてしまうのが、一番の問題なんだよね。
リリーシャさんは、とりわけ私に対して過保護だし。これ以上はもう、余計な心配を掛けたくない。
ナギサちゃんの言う通り、無茶せずに、無難に走ったほうが良かったのだろうか? 絶対にケガだけはしないようにって、うるさく言われてたし。
考えてみれば、ハーフゴールに入っていれば、何事もなく無事に終わってたはずだ。ケガをすることもなかったし、会社に迷惑を掛けることもなかったし……。
私って、昔から何かをやろうとすると、後先考えずに行動しちゃうんだよね。しかも、やり始めると熱くなって、周りが全然、見えなくなっちゃうし。
もちろん、周りに迷惑をかけるつもりも、トラブルを起こすつもりも、全くない。ただ、結果的に、やらかしてしまって、迷惑をかけてしまう。
でも、私って、昔から力加減が苦手なんだよね。やる時は全力でやるし、手を抜くぐらいなら、最初からやらないし。極端かもしれないけど、1か0かの二択なんだよね。どんな時でも、全力でやるのが、私のモットーなので。
いまさら、この生き方を変えるのって、難しいと思う。かと言って、周りの人に、心配や迷惑をかけるのは嫌だし。
もうそろそろ、大人しい生き方を、するべきなのだろうか? それが、大人ってものなんだろうか――?
「頑張り過ぎるのもダメって、難しいなぁー」
私は大きく息を吐きだした。
何か一人で静かな事務所にいると、色々と難しいことを考え、落ち込んできてしまう。私は、かなり前向きな性格で、何事もケロッと忘れちゃうほうだ。それでも、今回の件は、私史上、最大の反省すべき事件だったと思う。
だから、あっさり忘れて、無かったことにはできない。今後も、同じようなこと、平気でしちゃいそうだし……。
その後も、何件かのメールと通話の対応をし、合間に考え事をした。考える度に、自分の浅はかさと、反省点が思い浮かんでくる。
二時間ほどが過ぎ、リリーシャさんが接客を終えて帰って来た。いつもなら、エンジン音で気づくんだけど、考え事に集中して、全く気づいていなかった。
「ただいま、風歌ちゃん」
「あっ、リリーシャさん、接客お疲れ様でした」
「立たないでいいから、そのまま座ってて」
私が立ち上がろうとすると、リリーシャさんは手で制止する。
「でも、そこまで酷くないですし。せめて、お茶の用意ぐらいは」
お茶を淹れるのは、私が唯一、自信を持ってできる仕事だ。それに、リリーシャさんにお茶を淹れるのが、私の生き甲斐みたいなものだし。
「お茶は、今は大丈夫だから、今日はじっとしていてね。お医者様に『しばらくは安静に』と、言われたのでしょ?」
「――はい」
私的には、これでも超安静レベルなんだよね。リリーシャさんに止められなければ、今日も平常通りに早朝出勤して、練習飛行にも行く気満々だったので。それでも、物凄く気を遣ってくれているのが分かるので、大人しく言われた通りにする。
直後、魔力通信のコールが鳴るが、
「私が出るわね」
とリリーシャさんは笑顔で言いながら、サッと通話の対応を始めた。
うーむ、完全に病人扱いだ。甘やかされ過ぎてる気がする……。
お客様の対応中のリリーシャさんを、チラッと確認したあと、マギコンを操作し、メールを確認した。
新着は来ていないようなので、とりあえず、学習ファイルを開く。できる仕事がほとんど無いので、勉強する以外に、やることがないからだ。
私が学習ファイルに目を通していると、通話が終わったリリーシャさんが、声を掛けてきた。
「あの――風歌ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
振り向くと、リリーシャさんは、何やら困った表情をしていた。なんだろう? また、取材の申し込みとか?
「実は、協会から連絡が来て。明日、顔を出すようにと言われたの」
「リリーシャさんがよく行かれている、いつもの仕事のお手伝いですか?」
上位階級のシルフィードは、定期的に、協会の仕事の手伝いや、会議などに参加している。
「いえ、そうではなくて。呼ばれたのは、風歌ちゃんなの」
「新人の私がですか?」
また、魔法祭の時のような、雑用の手伝いでも有るのだろうか? でも、もう『スポーツ・フェスタ』も終わりだし。直近で、シルフィードが参加するイベントは、なかったはずだ。
「それが、査問会を開くらしくて」
「えーと、それって何ですか?」
よく分からないけど、言葉の響きからして、いい感じはしない。
「つまり、査問会とは……。シルフィードとして、不適切な行動や言動を行った人や、規則を破った人などを、問いただす会議なの」
「ええっ?! 私なにか、悪いことしましたっけ?」
日々真面目に仕事はやってるし、礼儀作法なども、しっかりこなしてる。いつも安全運転で、航空法も破った記憶はないんだけど。
「詳しくは、教えて貰えなかったのだけれど。おそらく、昨日の『ノア・マラソン』の件じゃないかしら?」
「うーん、何に問題があったんでしょうか? 特に、違反行為とかは、してないはずなんですけど――」
とはいえ、意識があいまいな部分もあるので、何とも言えなかった。
「私も一緒に同行したいのだけれど、予約が埋まっているし……。風歌ちゃん一人で、大丈夫? もし、無理そうなら、日をずらしてもらうよう、お願いするから」
「いえ、全然、大丈夫ですよ。シルフィード協会には、何度か行っていますし。足だって、普通に歩く分には、全く問題ありませんから」
心配そうな表情のリリーシャさんに、私は笑顔で答える。
「そうではなくて、査問会が心配なのだけれど――」
「たぶん、大丈夫です。最低限の礼儀作法は知ってますし。もし、問題があるようでしたら、誠心誠意、お詫びしてきますので」
「なら、いいのだけど……。でも、過去の査問会では、謹慎処分になったり、ライセンスをはく奪され、業界を追放された人もいるから。凄く心配で……」
「えぇっ?!」
ちょっと呼び出されて注意される、生徒指導的なアレじゃないの――?
私は急にバクバクと心臓が高鳴り始め、背筋がぞわっと寒くなる。これって、いつも何か悪いことが起こる時の、前触れだ。すっごく、嫌な予感しかしないんだけど……。
どうしよう――。もし、ライセンスを、はく奪なんてされたら。シルフィードを辞めなきゃならなくなったら、私生きていけないよ。シルフィードは、私の人生の全てだから、他の道なんて考えられないもん。
目の前が真っ暗になり、私はただ、呆然と立ち尽くすしかできなかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
第4部 予告――
「慰めの言葉が聞きたくて、私を呼んだのではないでしょ?」
「ただ、納得がいかないだけです――」
「私が何かを知っていたとして、部外秘の情報を話すと思うのかしら?」
「その結果、あの醜態をさらしたと?」
『やっぱり、世の中は厳しいなぁ――』
「……えぇ、そうよ。気高いシルフィード、というより、気高く生きたいだけ」
「フッ、誰がお前みたいな、ポンコツに教えるか」
「何ていい加減な――。それじゃ、ほとんど、ぶっつけ本番じゃないのよ?」
「なっ、何事っ?!」
『もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……』
「残念だけど、もう、これぐらいにしましょうか」
「続けたい……やれるなら、続けたいよ! 子供のころからの夢だったんだから」
「何も知らないから、そんなことを言うんです。私は、かなり面倒な性格ですよ」
『私……死ぬの……?』
coming soon
昨日、お医者さんに、足を検査してもらった。すると、ねん挫で、全治一ヵ月から二ヵ月と診断された。治るまでは、大人しくしないと、いけないらしい。当然、走ったり運動したりするのは、絶対に禁止だった。
治るまでが、あまりに長すぎるので、激しく動揺した。仕事に支障が出るし、何より、自由に動けないのは、最大の苦痛だからだ。
でも、あれだけ無茶して、これで済んだのは、奇跡に近いらしい。結局、足は包帯でぐるぐる巻きにされ『最低でも1ヵ月は安静に』と言われた。
そのことを、リリーシャさんに連絡したところ、当分の間、早朝出勤を禁止されてしまった。また、掃除や重いものを持つ雑用も禁止。さらには、練習飛行も危険なので、しばらくは中止することに……。
練習飛行はまだしも、掃除や雑用は、私の唯一の仕事だった。なので『自分の責任でケガをしたので、会社に迷惑は掛けられません』と抗議した。
しかし『絶対にダメ。もし、約束を破ったら辞めてもらうから』と、リリーシャさんにしては、珍しく厳しい対応だった。流石に、そこまで言われては、反論できない。
納得はできなかったけど、自分が招いたことだし。心配して言ってくれているので、素直に従うことにする。
とはいえ、いつもより二時間遅い、八時には出勤し、ばれない程度に、ほうきで敷地内をはいた。そのあとは、機体の掃除ができない分、事務所内の清掃を念入りに行う。
いくら、定時出勤でいいと言われても、さすがに大先輩よりあとに来るわけにはいかない。それに、何だかんだで、いつもと同じ時間に、目が覚めちゃったし。
体の痛みは、あちこちに残っていたけど、我慢できないほどじゃなかった。捻挫した左足も、痛みはあるけど、慎重に歩けば大丈夫。昨日のレース後半、死にそうになりながら走っていた時に比べれば、全然、余裕だった。
割とテキパキ動きながら、掃除をしていた。だけど、リリーシャさんが出勤して来ると『大人しくしていなきゃダメでしょ』と、すぐに注意される。私的には、これぐらい平気なんだけどなぁ――。
その後、大人しく席について、会社のマギコンを開く。すると、大変な事態になっていることに気が付いた。
未だかつてないほどの、大量の予約が入っていたのだ。一日、数組しか受けられないうちの会社では、完全にキャパオーバーな数だった。メールも、ごっそりと送られて来ており、私宛のメールも結構きている。
昨日のマラソンの健闘を称えるメールや、中には、私を指名で予約している人もいた。もちろん、見習いの私は、受けることが出来ない。
私は慌ててリリーシャさんに相談し、すぐに予定を組みなおす。受けられない予約分は、二人で手分けして、お断りのお詫びメールを送る作業を始めた。
ちなみに、昨日のレース結果だけど。運営のほうから、ある公式発表があった。
『選手が規定タイムを超過で完走した場合。観客及び大会運営委員のほうで、敢闘したという意見が多数出た場合、公式記録として残すこととする』
この新たなルールが追加されたのだ。
新しいルールのお蔭で、私は無事に完走扱いになった。この情報は瞬く間に広がり、スピで大変な話題になっていた。スピだけでなく、ニュースや新聞でも、大々的に取り上げられ、世に知れ渡ることになった。
MVにばっちり映っていたのも有るけど、一番の理由は『シルフィード史上初のノア・マラソン完走』だ。歴史的な偉業として、賞賛されてはいるものの、私は素直に喜べなかった。
昨日の走りは、反省点だらけなうえに、特別に完走が認められただけ。だから、私の中では、まだ完走していないのだ。
次回こそは、しっかり規定タイム内に走り切って、本当の意味での完走を目指したい。もちろん、今はケガの完治が最優先だし、ほとぼりが冷めるまでは、口に出すつもりはないけど……。
九時を過ぎると、魔力通信のコールが次々と鳴り始め、休みなく通話の対応が始まった。予約はもちろん、雑誌の取材のオファーなども来ていた。
てんやわんやの対応をしている内に、最初のお客様の、予約時間が近づいて来る。いつもなら、私が動き回って準備するんだけど、今日は、全部リリーシャさんがやってくれた。
私が立ち上がって手伝おうとすると、
「今日は、メールと通話対応だけお願いね」
と有無を言わせぬ笑顔で、しっかりと釘を刺された。
結局、お客様のお出迎えも、リリーシャさん一人で行い、目的地に出発していった。考えてみれば、リリーシャさんって、何でも一人で出来ちゃうんだよね。しかも、全てにおいて、私よりも上手いし。
冷静に考えてみると『私の存在価値ってあるんだろうか?』なんて、少し不安になってくる。
しかし、その後も頻繁に、通話やメールの対応があり、落ち込んでいる暇などなかった。まぁ、忙しいほうが、変なこと考えないでいいかもね。
今日は、会社への連絡が異常に多いので、内勤で正解だった。元はと言えば、私が原因なんだから。リリーシャさんに手間をとらせるのは、非常に心苦しい。
それでも、リリーシャさんじゃないと対応できない件もあるので、結局、手を煩わせてしまっている。
取材の件に関しては、リリーシャさんが『後ほど折り返し連絡をします』と対応していた。でも、私は断って貰おうと思っている。
あんな酷い走りをしてしまったので、気持ち良く取材を受けられるような、心理状態ではなかったからだ。
それに、会社に迷惑を掛けてしまったことが、物凄く辛い。だから、取材なんか受けて、浮かれている場合じゃない。迷惑をかけてしまった分を、少しでも取り返さないと――。
なお、足や体は、思ったよりも元気で、普通に働けそうだ。でも、しばらくは自重して、大人しくしようと思う。ケガは、本人が平気かどうかより、周りの人を心配させてしまうのが、一番の問題なんだよね。
リリーシャさんは、とりわけ私に対して過保護だし。これ以上はもう、余計な心配を掛けたくない。
ナギサちゃんの言う通り、無茶せずに、無難に走ったほうが良かったのだろうか? 絶対にケガだけはしないようにって、うるさく言われてたし。
考えてみれば、ハーフゴールに入っていれば、何事もなく無事に終わってたはずだ。ケガをすることもなかったし、会社に迷惑を掛けることもなかったし……。
私って、昔から何かをやろうとすると、後先考えずに行動しちゃうんだよね。しかも、やり始めると熱くなって、周りが全然、見えなくなっちゃうし。
もちろん、周りに迷惑をかけるつもりも、トラブルを起こすつもりも、全くない。ただ、結果的に、やらかしてしまって、迷惑をかけてしまう。
でも、私って、昔から力加減が苦手なんだよね。やる時は全力でやるし、手を抜くぐらいなら、最初からやらないし。極端かもしれないけど、1か0かの二択なんだよね。どんな時でも、全力でやるのが、私のモットーなので。
いまさら、この生き方を変えるのって、難しいと思う。かと言って、周りの人に、心配や迷惑をかけるのは嫌だし。
もうそろそろ、大人しい生き方を、するべきなのだろうか? それが、大人ってものなんだろうか――?
「頑張り過ぎるのもダメって、難しいなぁー」
私は大きく息を吐きだした。
何か一人で静かな事務所にいると、色々と難しいことを考え、落ち込んできてしまう。私は、かなり前向きな性格で、何事もケロッと忘れちゃうほうだ。それでも、今回の件は、私史上、最大の反省すべき事件だったと思う。
だから、あっさり忘れて、無かったことにはできない。今後も、同じようなこと、平気でしちゃいそうだし……。
その後も、何件かのメールと通話の対応をし、合間に考え事をした。考える度に、自分の浅はかさと、反省点が思い浮かんでくる。
二時間ほどが過ぎ、リリーシャさんが接客を終えて帰って来た。いつもなら、エンジン音で気づくんだけど、考え事に集中して、全く気づいていなかった。
「ただいま、風歌ちゃん」
「あっ、リリーシャさん、接客お疲れ様でした」
「立たないでいいから、そのまま座ってて」
私が立ち上がろうとすると、リリーシャさんは手で制止する。
「でも、そこまで酷くないですし。せめて、お茶の用意ぐらいは」
お茶を淹れるのは、私が唯一、自信を持ってできる仕事だ。それに、リリーシャさんにお茶を淹れるのが、私の生き甲斐みたいなものだし。
「お茶は、今は大丈夫だから、今日はじっとしていてね。お医者様に『しばらくは安静に』と、言われたのでしょ?」
「――はい」
私的には、これでも超安静レベルなんだよね。リリーシャさんに止められなければ、今日も平常通りに早朝出勤して、練習飛行にも行く気満々だったので。それでも、物凄く気を遣ってくれているのが分かるので、大人しく言われた通りにする。
直後、魔力通信のコールが鳴るが、
「私が出るわね」
とリリーシャさんは笑顔で言いながら、サッと通話の対応を始めた。
うーむ、完全に病人扱いだ。甘やかされ過ぎてる気がする……。
お客様の対応中のリリーシャさんを、チラッと確認したあと、マギコンを操作し、メールを確認した。
新着は来ていないようなので、とりあえず、学習ファイルを開く。できる仕事がほとんど無いので、勉強する以外に、やることがないからだ。
私が学習ファイルに目を通していると、通話が終わったリリーシャさんが、声を掛けてきた。
「あの――風歌ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
振り向くと、リリーシャさんは、何やら困った表情をしていた。なんだろう? また、取材の申し込みとか?
「実は、協会から連絡が来て。明日、顔を出すようにと言われたの」
「リリーシャさんがよく行かれている、いつもの仕事のお手伝いですか?」
上位階級のシルフィードは、定期的に、協会の仕事の手伝いや、会議などに参加している。
「いえ、そうではなくて。呼ばれたのは、風歌ちゃんなの」
「新人の私がですか?」
また、魔法祭の時のような、雑用の手伝いでも有るのだろうか? でも、もう『スポーツ・フェスタ』も終わりだし。直近で、シルフィードが参加するイベントは、なかったはずだ。
「それが、査問会を開くらしくて」
「えーと、それって何ですか?」
よく分からないけど、言葉の響きからして、いい感じはしない。
「つまり、査問会とは……。シルフィードとして、不適切な行動や言動を行った人や、規則を破った人などを、問いただす会議なの」
「ええっ?! 私なにか、悪いことしましたっけ?」
日々真面目に仕事はやってるし、礼儀作法なども、しっかりこなしてる。いつも安全運転で、航空法も破った記憶はないんだけど。
「詳しくは、教えて貰えなかったのだけれど。おそらく、昨日の『ノア・マラソン』の件じゃないかしら?」
「うーん、何に問題があったんでしょうか? 特に、違反行為とかは、してないはずなんですけど――」
とはいえ、意識があいまいな部分もあるので、何とも言えなかった。
「私も一緒に同行したいのだけれど、予約が埋まっているし……。風歌ちゃん一人で、大丈夫? もし、無理そうなら、日をずらしてもらうよう、お願いするから」
「いえ、全然、大丈夫ですよ。シルフィード協会には、何度か行っていますし。足だって、普通に歩く分には、全く問題ありませんから」
心配そうな表情のリリーシャさんに、私は笑顔で答える。
「そうではなくて、査問会が心配なのだけれど――」
「たぶん、大丈夫です。最低限の礼儀作法は知ってますし。もし、問題があるようでしたら、誠心誠意、お詫びしてきますので」
「なら、いいのだけど……。でも、過去の査問会では、謹慎処分になったり、ライセンスをはく奪され、業界を追放された人もいるから。凄く心配で……」
「えぇっ?!」
ちょっと呼び出されて注意される、生徒指導的なアレじゃないの――?
私は急にバクバクと心臓が高鳴り始め、背筋がぞわっと寒くなる。これって、いつも何か悪いことが起こる時の、前触れだ。すっごく、嫌な予感しかしないんだけど……。
どうしよう――。もし、ライセンスを、はく奪なんてされたら。シルフィードを辞めなきゃならなくなったら、私生きていけないよ。シルフィードは、私の人生の全てだから、他の道なんて考えられないもん。
目の前が真っ暗になり、私はただ、呆然と立ち尽くすしかできなかった……。
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第4部 予告――
「慰めの言葉が聞きたくて、私を呼んだのではないでしょ?」
「ただ、納得がいかないだけです――」
「私が何かを知っていたとして、部外秘の情報を話すと思うのかしら?」
「その結果、あの醜態をさらしたと?」
『やっぱり、世の中は厳しいなぁ――』
「……えぇ、そうよ。気高いシルフィード、というより、気高く生きたいだけ」
「フッ、誰がお前みたいな、ポンコツに教えるか」
「何ていい加減な――。それじゃ、ほとんど、ぶっつけ本番じゃないのよ?」
「なっ、何事っ?!」
『もっともっと、一杯練習して、必死に頑張らないと……』
「残念だけど、もう、これぐらいにしましょうか」
「続けたい……やれるなら、続けたいよ! 子供のころからの夢だったんだから」
「何も知らないから、そんなことを言うんです。私は、かなり面倒な性格ですよ」
『私……死ぬの……?』
coming soon
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「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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