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第4部 理想と現実
4-2闇色の瞳をしたシルフィードはとても愛の深い人だった
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夜、静まり返った、屋根裏部屋の自室。私はマギコンを起動し、恒例の『お勉強タイム』中だった。だが、昼間の出来事がどうにも気になって、なかなか集中できないでいた。
危うく大怪我するところを、助けてもらったし。あんな不思議な感じの人を見るのは、初めてだった。
それに、見た感じ、シルフィードみたいだったんだよね。だとしたら、先輩かも知れないから、ちゃんと把握しておかないと。今度、会った時に、改めてお礼をしなきゃだし。
でも、黒い制服の会社なんて、あったっけなぁ? どこの会社の制服も、ほとんどが白だった。なぜなら、白は幸運の象徴であり、シルフィードの代名詞ともいえる色だからだ。
私は途中で勉強を切り上げると、スピで調べてみることにした。とりあえず『シルフィード 制服』で検索してみる。すると、色んな会社の制服が出て来た。
「へぇー、白が多いけど、やっぱり会社によって、色々あるんだねぇ。あっ、この制服カワイイ! って、違う違う……」
物凄く、バラエティに富んでいるので、一瞬、目的を見失いそうになる。でも、一通り調べてみたけど、黒い制服の会社は、どこにもなかった。
「うーん、シルフィードじゃ、なかったのかなぁ?」
他にも、色んな制服の情報を調べてみるが、どこにも黒い制服は見つからない。私が頭を抱えて悩んでいると、メッセージの着信音が鳴った。この時間のメッセージと言えば――。
「やっぱり、ユメちゃんだ!」
モヤった時のユメちゃん。最近では、すっかり『心の栄養剤』になっている。私は急いでELを起動した。
『風ちゃん、こんばんは。起きてるー?』
『こんばんは、ユメちゃん。超起きてるよ!』
いつも変わらない、このやり取り。凄くホッとする。
『勉強中だった?』
『勉強は終わったから大丈夫。ちょっと、個人的な調べものしてたんだー』
『今日は、何を調べてたの?』
物知りなユメちゃんなら、何か知ってるかも……。
『シルフィードの制服を調べてたんだ。ちょっと、気になる制服があって』
『あー、会社によって微妙に違うよね。でも、制服を気にするなんて珍しい。何かあったの?』
流石はユメちゃん、鋭い。いつも、何かを言おうとする前に訊いてくれるから、物凄く助かる。自分から切り出すより、はるかに言いやすいもんね。
『実は、昼間、会社の備品を買いに行ってね。その時、転びそうになって、助けてくれた人がいたんだよね』
あれは、完全に私の不注意だった。今後は気を付けないと。
『風ちゃん、怪我はなかったの?』
『うん、それは大丈夫。その人が、しっかり抱きとめてくれたから』
妙に落ちついた雰囲気だったから、あの時は、あまり気にならなかったけど。冷静に考えてみると、瞬時に、私と水のケースごと支えてくれたのだから、相当な力と瞬発力があるよね。
あと、女性にしては、背が高かったので、最初は男性かと思った。抱きとめられた時、力強い感じだったし。無口で無表情だったけど、とても優しくて、不思議な安心感のある人だった。
『制服を探しているってことは、相手はシルフィードだったんだよね?』
『うん、たぶんそうだと思う。腕章がついてたし。でも、色々探してみたけど、同じ制服の会社がないんだよねー』
シルフィード以外にも、女性のスカイランナーはいるから、別の業種の人だったのかな? 郵便や運送系の仕事の人もいるからね。
『どんな感じの制服だったの?』
『それがね、すっごく不思議な感じだったんだ。全身黒ずくめで、髪も目も黒。調べたけど、黒い制服の会社なんて無いんだよね』
存在感を薄く感じたのは、表情だけでなく、全て真っ黒だったからだと思う。普通シルフィードって、目立つ格好をするんだよね。自己アピールが、凄く重要な仕事だから。
目立つ格好のほうが、飛んでいても、見つけてもらいやすいし。何より、自分を覚えてもらうために、必要だからだ。
でも、あの人の場合、むしろ自己存在を、消しているような気がした。わざと目立たないようにする、特別な理由でもあるんだろうか?
『もしかして、胸にスターリメインの花を、つけてたりした?』
『それって、どんな花? 確か、胸に花の飾は付けてたけど』
全身が黒のせいか、白い花だけは目立っていた。
『白くて、綺麗な花だよ。ちょっと背が高めで、無口な人じゃなかった?』
『うん、すらっと背が高くて、まさに、そんな感じだった。もしかして、有名な人だったりする?』
この展開は、まさか――。有名人なのに、私が知らなかっただけのパターン?
『かなり有名だと思うよ。もし、私が知っている人なら、その人「シルフィード・クイーン」だから』
『えぇー?! また、その展開!』
何てこと……。気付かなかったの、これでいったい何回目よ? でも、あの人、雑誌とかでも、見たことないんだよね。
『他に黒い制服の人なんて、誰もいないし。たぶん〈ルミナス・スター〉所属の「エクステリア・ヒューロー」さんだと思うよ』
もし、訊いた相手がナギサちゃんだったら『何でそんなことも知らないのよ』と、激しく怒らていたに違いない――。
今現在『シルフィード・クイーン』は四人。その内、二人は『魔法祭』のパレードで見た。もう一人は、キラリスちゃんの先輩で、直接、会ったことがある。三人とも名前は聞いたことあったし、雑誌でも、ちょこちょこ見かけていた。
でも、あとの一人って、名前すら聞いたことが無かったんだよね。普通『シルフィード・クイーン』ともなれば、あっちこっちに、露出してるはずなんだけど。
『うーむ、私が無知なだけかもしれないけど、初めて聞く名前かも。雑誌でも、見たことないような気が……』
業界専門誌の『月刊シルフィード』だけは、隅々まで欠かさず読んでいる。他にも、会社の待合スペースに置いてある情報誌は、全部、目を通していた。
『それは、しょうがないと思うよ。雑誌やMVとか嫌いな人で、ほとんど情報が流れてないから。それに、かなり地味な性格な人だし』
『そうなんだ。上位階級のシルフィードにしては、物凄く珍しいね』
普通、上位階級の人は、色んなメディアに出ている。リリーシャさんも、あちこちの雑誌に出てるし。メディアに出るのも仕事の一環で、名前が売れたほうが、当然ファンも増えて、業績が上がる。なので、通常は好んで、色んな所に顔を出す。
それに、特別、表に出ようとしなくても、上位階級の人たちは、物凄く目立つ人が多い。皆、何かしらの、特技や優れた能力を持っていて、いやでも目に留まるからだ。
『見た目も地味だけど、史上「最も無口なシルフィード」って言われてるからね』
『へぇー、よくそれで、シルフィード・クイーンになれたね。でも、上位階級になったってことは、相当、人気があるんだよね?』
上位階級になるには、能力や実績だけでなく、人気が非常に重要だ。上位階級の人たちって、みんな昇級前から、飛びぬけて人気があったみたいだからね。
『もちろん、知名度も人気も凄いよ。二つ名は『守護騎士』なんだけど。ファンの人たちは『愛の騎士』『忠義の騎士』『エクス様』とか言ってるみたい』
守護騎士って、何となく分かる気がする。そっと傍についていて、常に守ってくれる感じ。でも、その二つ名はいいとして、他のはどういう意味だろう?
『確かに「騎士」ってイメージは、ピッタリだと思う。でも「愛の騎士」とかって、どういう意味? 愛なんて言葉は、全然、無縁そうに見えるけど――』
だって、物凄くストイックな雰囲気だったもん。愛だの恋だのって、情熱的なタイプじゃないよね。
『あー、風歌ちゃんは、昔、彼女が騒動をおこしたの、知らないよね? まだ、こっちにいなかったから』
『えっ、騒動って、何かやらかしたの?』
仮にも『シルフィード・クイーン』の地位にある人が、何かやらかすとは、とても思えない。しかも、あの人、物凄く思慮深そうな感じだし。
『それがね「カミングアウト」発言があって、一時期、話題騒然になったんだ。ニュースは、毎日その話題ばっかりだったもん』
『へー、そんなことが。それで、何をカミングアウトしたの?』
カミングアウトって、普通、人には言えないような内容を、告白することだよね? 派手なことをするような人には、全然、見えなかったけど。
『彼女の黒い制服には、意味があって。自分の愛する人への、哀悼の意を表しているんだって。つまり、喪服みたいな感じだね』
『なるほど……。それで全身、黒ずくめだったんだ。でも、それなら「愛の騎士」や「忠義の騎士」も分かるかも』
『ちなみに、彼女が愛していた人って、同じ会社の、同期のシルフィードだったんだよね。見習い時代から、同室だったみたい』
ん――ちょっと待って? 相手がシルフィードってことは、つまり……。
『えーと、相手は、女性だよね?』
『うん。シルフィードは全員、女性だからね』
『ん――。あれっ……どゆこと?』
私の頭の上に『?』マークが大量に浮かぶ。
『つまり、同性愛だったことを、カミングアウトしたの。まぁ、女性だらけの職場だから、あっても、おかしくない気がするけど』
『えぇぇぇー?! いやいや、ないでしょ!! 仮にそうだったとしても、普通、言わないよね? 何で言っちゃったの?』
シルフィード・クイーンで、その発言は、流石にマズすぎるでしょ? いや、普通のシルフィードでも、マズイと思うけど。
『それだけ、愛が深かったから、隠しておけなかったんじゃないかな? でも、自分の立場を考えたら、普通は言わないよね』
うーむ、深すぎてよく分からない。上位階級の、物凄く注目されている立場の人が、そんなこと言っちゃったら、とんでもない事になるのは、当然だよね。本人だって、それぐらい、分かってたんじゃないかな?
『結局、その発言の後はどうなったの?』
『スピはもちろん、MVやマスコミでも大騒ぎになって。協会に呼び出されて、進退問題にまで、発展しちゃったんだ』
『んー、やっぱそうなるよねぇ』
私みたいな無名の見習いが、ちょとMVで目立っただけで、呼び出しが来たんだから。『シルフィード・クイーン』が、そんなことしちゃったら、そりゃ協会もカンカンだよね。
『でも、ファンの人たちの抗議が、大量に協会に寄せられたんだよね。マスコミの報道も、軒並み彼女を擁護する意見が多くて』
『へぇー。割とみんな、好意的に受け取ってくれたんだ』
この世界の人たちは、意外と理解があるんだね。それとも、凄く人気があったお蔭だろうか?
『普通の恋愛とは、ちょっと事情が違うんだよね。二人とも、親や家族が一人もいなくて。ずっと、お互いに支え合って、生きてきたんだって』
『あぁー、そういうこと。それだと、家族に近い感じなのかな?』
確かに、独りぼっち同士だったら、そういう関係も、あり得るのかもしれない。あくまで、家族としてならだけど。
『かも知れないね。お互いに、なくてはならない、欠かせない存在だったんじゃないかな? 何か素敵だよねぇー、そういうの』
『事情は理解したけど。やっぱり、私にはよく分からないなぁ、そういう関係は。私が子供過ぎるのかな――?』
恋愛話に興味はあるけど、同性愛とかは、レベルが高すぎる。
『そんなことないよ。私だって、初めて知った時は、凄く驚いたもん。でも、二人の関係や出会いが、物凄くドラマチックで。小説だと、割とある展開だし』
『そうなんだ……?』
ユメちゃん、いったい、どんな小説を読んでるの?
『あ、言っとくけど、私はノーマルだよ。風ちゃんに恋したりとか、絶対にないから安心して』
『ちょっ、そういう心臓に悪い発言は止めてー!!』
『あははっ。まぁ、何にしても、凄く変わった人で。今までに、そんなシルフィードは、一人もいなかったんじゃないかな』
カミングアウトの件は置いといても、シルフィードで、あれほど無口で無表情で、影のある人なんて、普通いないよね。
フィニーちゃんの、生気のある無表情とは、全く違う。彼女の場合、本当に何もないのだ。表情だけでなく、存在感すらも。
でも、事情を聴いて、何となくその理由が分かった。大事な人を失ってしまって、心に大きな穴が開いてしまったのだと思う。それでも、シルフィードを続けているのは、何か理由があるのだろうか?
『そんなことが有ったのに、よく辞めなかったね? 普通、問題を起こしたら、そのあと、物凄くやり辛いんじゃない?』
『彼女の場合は、この騒動以降、さらに人気が上がったんだよね。「愛の騎士」とか言われるようになったのも、そのあとだから』
『へぇー。でも、私が会った時、何となく悲しそうな感じがしたんだ。そこまでして、続ける理由があるのかな?』
そんな悲しい想いを抱えてまで、シルフィードに、こだわる理由があるんだろうか? もし、この仕事が好きなら、もっと生き生きしてるはずだもん。少なからず、楽しそうな雰囲気は、全く伝わって来なかった。
『大事な人と「シルフィード・クイーンになって、沢山の人の支えになる」って、約束したんだって。彼女の遺言を、今でも守り続けているんだと思う』
『うわっ、それってまさに「忠義の騎士」だね。好きな人のためだけに、そこまで出来るものなんだ――』
誰かを好きになった経験のない私には、到底、理解できないことだった。
『そもそも、昇級や人気には興味がなくて。でも、彼女の夢を叶えるために、必死に頑張って、シルフィード・クイーンになったんだって。本当に凄いよね』
『そこまで徹底してると、凄いとしか言いようがないね。人気になるのも納得』
おそらく、あの大人しそうな性格からして、目立つのも話すのも、好きじゃないと思う。にもかかわらず、シルフィード・クイーンまで上り詰めたのは、尋常じゃない努力があったはずだ。
『結局、協会からは、何のおとがめも無かったの?』
『うん、あまりにも世間が、同情的だったから。それに、ますます人気になっちゃったから、辞めさせるなんて、出来るわけないよね』
確かに、この業界は人気が全てだ。人気がある上に『シルフィード・クイーン』ともなれば、簡単に罰を与えることは出来ないだろう。いくら協会の理事たちでも、ファンや世論を、敵に回すことはしないと思うので
上位階級の人は、みんな個性の強い人が多い。でも、彼女は群を抜いている。それに、やっぱり他人には真似のできない、独自の凄さを持っていた。
特別、明るいわけでもなく、派手さも華も全くない。見た感じ、とても不器用そうな人だ。でも、自分の信念を貫くために、ただひたすら真っ直ぐ進み続ける姿に、多くの人が共感したんだと思う。
沢山の人の支えになるシルフィードも、しっかり実現していると思う。まさに今日、私自身が、助けてもらったのだから。
本当に深いなぁ、シルフィード業界は。みんながみんな、明るく楽しく、やっている訳じゃないんだね。悲しみを背負いながらも、大事な人との約束を守るためにやっているなんて、驚きだ。
私には、まだ、何の凄さも才能もない。でも、私も自分の信念を強く持って、真っ直ぐ進んで行けば、同じ高見まで、たどり着けるんだろうか……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『私の親友の無邪気な笑顔は何年経っても変わらない』
世の中の大半の人間は笑顔が似合うようにできてるんだよ
危うく大怪我するところを、助けてもらったし。あんな不思議な感じの人を見るのは、初めてだった。
それに、見た感じ、シルフィードみたいだったんだよね。だとしたら、先輩かも知れないから、ちゃんと把握しておかないと。今度、会った時に、改めてお礼をしなきゃだし。
でも、黒い制服の会社なんて、あったっけなぁ? どこの会社の制服も、ほとんどが白だった。なぜなら、白は幸運の象徴であり、シルフィードの代名詞ともいえる色だからだ。
私は途中で勉強を切り上げると、スピで調べてみることにした。とりあえず『シルフィード 制服』で検索してみる。すると、色んな会社の制服が出て来た。
「へぇー、白が多いけど、やっぱり会社によって、色々あるんだねぇ。あっ、この制服カワイイ! って、違う違う……」
物凄く、バラエティに富んでいるので、一瞬、目的を見失いそうになる。でも、一通り調べてみたけど、黒い制服の会社は、どこにもなかった。
「うーん、シルフィードじゃ、なかったのかなぁ?」
他にも、色んな制服の情報を調べてみるが、どこにも黒い制服は見つからない。私が頭を抱えて悩んでいると、メッセージの着信音が鳴った。この時間のメッセージと言えば――。
「やっぱり、ユメちゃんだ!」
モヤった時のユメちゃん。最近では、すっかり『心の栄養剤』になっている。私は急いでELを起動した。
『風ちゃん、こんばんは。起きてるー?』
『こんばんは、ユメちゃん。超起きてるよ!』
いつも変わらない、このやり取り。凄くホッとする。
『勉強中だった?』
『勉強は終わったから大丈夫。ちょっと、個人的な調べものしてたんだー』
『今日は、何を調べてたの?』
物知りなユメちゃんなら、何か知ってるかも……。
『シルフィードの制服を調べてたんだ。ちょっと、気になる制服があって』
『あー、会社によって微妙に違うよね。でも、制服を気にするなんて珍しい。何かあったの?』
流石はユメちゃん、鋭い。いつも、何かを言おうとする前に訊いてくれるから、物凄く助かる。自分から切り出すより、はるかに言いやすいもんね。
『実は、昼間、会社の備品を買いに行ってね。その時、転びそうになって、助けてくれた人がいたんだよね』
あれは、完全に私の不注意だった。今後は気を付けないと。
『風ちゃん、怪我はなかったの?』
『うん、それは大丈夫。その人が、しっかり抱きとめてくれたから』
妙に落ちついた雰囲気だったから、あの時は、あまり気にならなかったけど。冷静に考えてみると、瞬時に、私と水のケースごと支えてくれたのだから、相当な力と瞬発力があるよね。
あと、女性にしては、背が高かったので、最初は男性かと思った。抱きとめられた時、力強い感じだったし。無口で無表情だったけど、とても優しくて、不思議な安心感のある人だった。
『制服を探しているってことは、相手はシルフィードだったんだよね?』
『うん、たぶんそうだと思う。腕章がついてたし。でも、色々探してみたけど、同じ制服の会社がないんだよねー』
シルフィード以外にも、女性のスカイランナーはいるから、別の業種の人だったのかな? 郵便や運送系の仕事の人もいるからね。
『どんな感じの制服だったの?』
『それがね、すっごく不思議な感じだったんだ。全身黒ずくめで、髪も目も黒。調べたけど、黒い制服の会社なんて無いんだよね』
存在感を薄く感じたのは、表情だけでなく、全て真っ黒だったからだと思う。普通シルフィードって、目立つ格好をするんだよね。自己アピールが、凄く重要な仕事だから。
目立つ格好のほうが、飛んでいても、見つけてもらいやすいし。何より、自分を覚えてもらうために、必要だからだ。
でも、あの人の場合、むしろ自己存在を、消しているような気がした。わざと目立たないようにする、特別な理由でもあるんだろうか?
『もしかして、胸にスターリメインの花を、つけてたりした?』
『それって、どんな花? 確か、胸に花の飾は付けてたけど』
全身が黒のせいか、白い花だけは目立っていた。
『白くて、綺麗な花だよ。ちょっと背が高めで、無口な人じゃなかった?』
『うん、すらっと背が高くて、まさに、そんな感じだった。もしかして、有名な人だったりする?』
この展開は、まさか――。有名人なのに、私が知らなかっただけのパターン?
『かなり有名だと思うよ。もし、私が知っている人なら、その人「シルフィード・クイーン」だから』
『えぇー?! また、その展開!』
何てこと……。気付かなかったの、これでいったい何回目よ? でも、あの人、雑誌とかでも、見たことないんだよね。
『他に黒い制服の人なんて、誰もいないし。たぶん〈ルミナス・スター〉所属の「エクステリア・ヒューロー」さんだと思うよ』
もし、訊いた相手がナギサちゃんだったら『何でそんなことも知らないのよ』と、激しく怒らていたに違いない――。
今現在『シルフィード・クイーン』は四人。その内、二人は『魔法祭』のパレードで見た。もう一人は、キラリスちゃんの先輩で、直接、会ったことがある。三人とも名前は聞いたことあったし、雑誌でも、ちょこちょこ見かけていた。
でも、あとの一人って、名前すら聞いたことが無かったんだよね。普通『シルフィード・クイーン』ともなれば、あっちこっちに、露出してるはずなんだけど。
『うーむ、私が無知なだけかもしれないけど、初めて聞く名前かも。雑誌でも、見たことないような気が……』
業界専門誌の『月刊シルフィード』だけは、隅々まで欠かさず読んでいる。他にも、会社の待合スペースに置いてある情報誌は、全部、目を通していた。
『それは、しょうがないと思うよ。雑誌やMVとか嫌いな人で、ほとんど情報が流れてないから。それに、かなり地味な性格な人だし』
『そうなんだ。上位階級のシルフィードにしては、物凄く珍しいね』
普通、上位階級の人は、色んなメディアに出ている。リリーシャさんも、あちこちの雑誌に出てるし。メディアに出るのも仕事の一環で、名前が売れたほうが、当然ファンも増えて、業績が上がる。なので、通常は好んで、色んな所に顔を出す。
それに、特別、表に出ようとしなくても、上位階級の人たちは、物凄く目立つ人が多い。皆、何かしらの、特技や優れた能力を持っていて、いやでも目に留まるからだ。
『見た目も地味だけど、史上「最も無口なシルフィード」って言われてるからね』
『へぇー、よくそれで、シルフィード・クイーンになれたね。でも、上位階級になったってことは、相当、人気があるんだよね?』
上位階級になるには、能力や実績だけでなく、人気が非常に重要だ。上位階級の人たちって、みんな昇級前から、飛びぬけて人気があったみたいだからね。
『もちろん、知名度も人気も凄いよ。二つ名は『守護騎士』なんだけど。ファンの人たちは『愛の騎士』『忠義の騎士』『エクス様』とか言ってるみたい』
守護騎士って、何となく分かる気がする。そっと傍についていて、常に守ってくれる感じ。でも、その二つ名はいいとして、他のはどういう意味だろう?
『確かに「騎士」ってイメージは、ピッタリだと思う。でも「愛の騎士」とかって、どういう意味? 愛なんて言葉は、全然、無縁そうに見えるけど――』
だって、物凄くストイックな雰囲気だったもん。愛だの恋だのって、情熱的なタイプじゃないよね。
『あー、風歌ちゃんは、昔、彼女が騒動をおこしたの、知らないよね? まだ、こっちにいなかったから』
『えっ、騒動って、何かやらかしたの?』
仮にも『シルフィード・クイーン』の地位にある人が、何かやらかすとは、とても思えない。しかも、あの人、物凄く思慮深そうな感じだし。
『それがね「カミングアウト」発言があって、一時期、話題騒然になったんだ。ニュースは、毎日その話題ばっかりだったもん』
『へー、そんなことが。それで、何をカミングアウトしたの?』
カミングアウトって、普通、人には言えないような内容を、告白することだよね? 派手なことをするような人には、全然、見えなかったけど。
『彼女の黒い制服には、意味があって。自分の愛する人への、哀悼の意を表しているんだって。つまり、喪服みたいな感じだね』
『なるほど……。それで全身、黒ずくめだったんだ。でも、それなら「愛の騎士」や「忠義の騎士」も分かるかも』
『ちなみに、彼女が愛していた人って、同じ会社の、同期のシルフィードだったんだよね。見習い時代から、同室だったみたい』
ん――ちょっと待って? 相手がシルフィードってことは、つまり……。
『えーと、相手は、女性だよね?』
『うん。シルフィードは全員、女性だからね』
『ん――。あれっ……どゆこと?』
私の頭の上に『?』マークが大量に浮かぶ。
『つまり、同性愛だったことを、カミングアウトしたの。まぁ、女性だらけの職場だから、あっても、おかしくない気がするけど』
『えぇぇぇー?! いやいや、ないでしょ!! 仮にそうだったとしても、普通、言わないよね? 何で言っちゃったの?』
シルフィード・クイーンで、その発言は、流石にマズすぎるでしょ? いや、普通のシルフィードでも、マズイと思うけど。
『それだけ、愛が深かったから、隠しておけなかったんじゃないかな? でも、自分の立場を考えたら、普通は言わないよね』
うーむ、深すぎてよく分からない。上位階級の、物凄く注目されている立場の人が、そんなこと言っちゃったら、とんでもない事になるのは、当然だよね。本人だって、それぐらい、分かってたんじゃないかな?
『結局、その発言の後はどうなったの?』
『スピはもちろん、MVやマスコミでも大騒ぎになって。協会に呼び出されて、進退問題にまで、発展しちゃったんだ』
『んー、やっぱそうなるよねぇ』
私みたいな無名の見習いが、ちょとMVで目立っただけで、呼び出しが来たんだから。『シルフィード・クイーン』が、そんなことしちゃったら、そりゃ協会もカンカンだよね。
『でも、ファンの人たちの抗議が、大量に協会に寄せられたんだよね。マスコミの報道も、軒並み彼女を擁護する意見が多くて』
『へぇー。割とみんな、好意的に受け取ってくれたんだ』
この世界の人たちは、意外と理解があるんだね。それとも、凄く人気があったお蔭だろうか?
『普通の恋愛とは、ちょっと事情が違うんだよね。二人とも、親や家族が一人もいなくて。ずっと、お互いに支え合って、生きてきたんだって』
『あぁー、そういうこと。それだと、家族に近い感じなのかな?』
確かに、独りぼっち同士だったら、そういう関係も、あり得るのかもしれない。あくまで、家族としてならだけど。
『かも知れないね。お互いに、なくてはならない、欠かせない存在だったんじゃないかな? 何か素敵だよねぇー、そういうの』
『事情は理解したけど。やっぱり、私にはよく分からないなぁ、そういう関係は。私が子供過ぎるのかな――?』
恋愛話に興味はあるけど、同性愛とかは、レベルが高すぎる。
『そんなことないよ。私だって、初めて知った時は、凄く驚いたもん。でも、二人の関係や出会いが、物凄くドラマチックで。小説だと、割とある展開だし』
『そうなんだ……?』
ユメちゃん、いったい、どんな小説を読んでるの?
『あ、言っとくけど、私はノーマルだよ。風ちゃんに恋したりとか、絶対にないから安心して』
『ちょっ、そういう心臓に悪い発言は止めてー!!』
『あははっ。まぁ、何にしても、凄く変わった人で。今までに、そんなシルフィードは、一人もいなかったんじゃないかな』
カミングアウトの件は置いといても、シルフィードで、あれほど無口で無表情で、影のある人なんて、普通いないよね。
フィニーちゃんの、生気のある無表情とは、全く違う。彼女の場合、本当に何もないのだ。表情だけでなく、存在感すらも。
でも、事情を聴いて、何となくその理由が分かった。大事な人を失ってしまって、心に大きな穴が開いてしまったのだと思う。それでも、シルフィードを続けているのは、何か理由があるのだろうか?
『そんなことが有ったのに、よく辞めなかったね? 普通、問題を起こしたら、そのあと、物凄くやり辛いんじゃない?』
『彼女の場合は、この騒動以降、さらに人気が上がったんだよね。「愛の騎士」とか言われるようになったのも、そのあとだから』
『へぇー。でも、私が会った時、何となく悲しそうな感じがしたんだ。そこまでして、続ける理由があるのかな?』
そんな悲しい想いを抱えてまで、シルフィードに、こだわる理由があるんだろうか? もし、この仕事が好きなら、もっと生き生きしてるはずだもん。少なからず、楽しそうな雰囲気は、全く伝わって来なかった。
『大事な人と「シルフィード・クイーンになって、沢山の人の支えになる」って、約束したんだって。彼女の遺言を、今でも守り続けているんだと思う』
『うわっ、それってまさに「忠義の騎士」だね。好きな人のためだけに、そこまで出来るものなんだ――』
誰かを好きになった経験のない私には、到底、理解できないことだった。
『そもそも、昇級や人気には興味がなくて。でも、彼女の夢を叶えるために、必死に頑張って、シルフィード・クイーンになったんだって。本当に凄いよね』
『そこまで徹底してると、凄いとしか言いようがないね。人気になるのも納得』
おそらく、あの大人しそうな性格からして、目立つのも話すのも、好きじゃないと思う。にもかかわらず、シルフィード・クイーンまで上り詰めたのは、尋常じゃない努力があったはずだ。
『結局、協会からは、何のおとがめも無かったの?』
『うん、あまりにも世間が、同情的だったから。それに、ますます人気になっちゃったから、辞めさせるなんて、出来るわけないよね』
確かに、この業界は人気が全てだ。人気がある上に『シルフィード・クイーン』ともなれば、簡単に罰を与えることは出来ないだろう。いくら協会の理事たちでも、ファンや世論を、敵に回すことはしないと思うので
上位階級の人は、みんな個性の強い人が多い。でも、彼女は群を抜いている。それに、やっぱり他人には真似のできない、独自の凄さを持っていた。
特別、明るいわけでもなく、派手さも華も全くない。見た感じ、とても不器用そうな人だ。でも、自分の信念を貫くために、ただひたすら真っ直ぐ進み続ける姿に、多くの人が共感したんだと思う。
沢山の人の支えになるシルフィードも、しっかり実現していると思う。まさに今日、私自身が、助けてもらったのだから。
本当に深いなぁ、シルフィード業界は。みんながみんな、明るく楽しく、やっている訳じゃないんだね。悲しみを背負いながらも、大事な人との約束を守るためにやっているなんて、驚きだ。
私には、まだ、何の凄さも才能もない。でも、私も自分の信念を強く持って、真っ直ぐ進んで行けば、同じ高見まで、たどり着けるんだろうか……?
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次回――
『私の親友の無邪気な笑顔は何年経っても変わらない』
世の中の大半の人間は笑顔が似合うようにできてるんだよ
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引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
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