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第4部 理想と現実
4-6甘く香る友人宅でのわくわくリンゴパーティー
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今日は水曜なので、会社はお休み。けれど、私はナギサちゃんと一緒に〈西地区〉に来ていた。なぜなら、今日はフィニーちゃんの家に、お呼ばれしたからだ。
先日、フィニーちゃんの家に、知り合いの農家から、大量のリンゴが送られて来たらしい。『ノアルージュ』という、果肉まで赤く甘いリンゴ。あと『ゴールドムーン』という、酸味の強い黄色いリンゴだそうだ。
どちらも、地元の農場でとれた、凄く新鮮なもの。しかも、無農薬栽培。そのまま食べても美味しいけど、お菓子や料理にすると、香もよく絶品らしい。地元産の産直なんて、絶対おいしいに決まってるよね。
私はリンゴが大好きなので、もちろん、一発返事でOKした。こっちに来てから、リンゴなんて全然たべてないし。何より、ノア産のリンゴを一度たべてみたかった。
この町って『農業都市』としても有名で、ノアブランドは、かなり人気がある。大陸では、結構、高値で取引されてるみたいだし。
あと、この町に来て、友達の家に行くのって、実は初めてなんだよね。だから、色んな意味で、滅茶苦茶、楽しみだった。
前から、ちょこちょこ聞いてはいたけど、フィニーちゃんは、おばあちゃんと二人で暮らしている。今は、会社のある日は寮暮らしで、二日間の休みの日は、実家に帰っているそうだ。
本当は、実家から通う予定だったけど、おばあちゃんに『一人暮らしをして、少しは成長しなさい』って言われて、渋々寮に入ったんだって。
もっとも、社員食堂があるから、食事には困らないし。メイリオさんが、色々お世話をしてくれてるみたいだから、特に問題はないみたいだ。
私たちは、もらった地図データを頼りに〈西地区〉の住宅街の中を探し、目的の家を発見する。今日は『マップナビ』を使っているので、迷うこともなく、真っ直ぐ来ることができた。
到着したのは、大きな庭のついた、二階建ての一軒家だ。庭には、色んな花や木が植えられて、とても華やかだった。
入り口に着くと、ナギサちゃんがチャイムを押した。ほどなくして、扉が開き、緑色の髪をした、年配の女性が出てきた。髪の色も顔の感じも似ているので、フィニーちゃんの、おばあさんだと思う。
「初めまして。私は〈ファースト・クラス〉所属の、ナギサ・ムーンライトと申します。本日は、お招きいただき、誠にありがとうございます」
ナギサちゃんは、頭を下げながら、とても丁寧なあいさつをした。
「私は〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月風歌です。本日は、よろしくお願いします」
私も彼女に習い、しっかり挨拶をする。
「おやおや、いらっしゃい。私はフィニーツァの祖母のイルマよ。本当に、よく来てくれたわね。さぁさぁ、遠慮しないで入ってちょうだい」
彼女は、とびきり明るい笑顔で、私たちを歓迎してくれる。顔は似てるけど、フィニーちゃんに比べ、物凄く動きがきびきびしていた。それに、おばあちゃんという割には、若い気がする。
私たちは、イルマさんに案内され、家の中に入って行った。家のあちこちの、棚や空いたスペースに、ガラスの瓶が置いてある。
様々な色や形の瓶があり、中には花が入っていたり、ガラス玉や石が入っていたり、どれも物凄くキレイだ。お酒のミニボトルや、香水の瓶なども置いてある。まるで、小物を売っているお店のようだ。
うわぁー、瓶の量すごっ! これ、趣味で集めているのかな? でも、色んなのがあって、見てるだけで楽しい。
私はキョロキョロしながら、イルマさんについて廊下を歩いて行く。少し進むと、彼女は右側の扉の前で立ち止まった。
「さぁ、どうぞ」
イルマさんは、扉を開け中に入って行く。
彼女のあとについて行くと、そこは、とても広々とした、ダイニング・ルームだった。正面には、横長のテーブルが置かれ、右のほうはキッチンになっている。
キッチンはかなり大きめで、キッチン・カウンターには、ケーキやパイなどの手作り菓子が、びっしりと並んでいた。
テーブルの奥には、ソファーが置いてあり、窓からは庭が一望できる。庭は手入れが行き届いており、花壇にはキレイな花がたくさん咲いていた。壁面は大きなガラス張りで、日の光が差し込んで、部屋はとても明るい。
何より気になったのが、壁に取り付けられた板の棚。その上には、物凄い数の瓶が並んでいた。香辛料・調味料・ハーブ・ジャム・ピクルスなど。数えきれないほどの瓶が置いてあった。
「フィニー、ほら起きなさい! お友達が来てくれたわよ」
よく見ると、ソファーには、ぐでーっと伸びて、気持ちよさそうに寝ているフィニーちゃんの姿があった。普段からよく寝ているみたいだけど、実家のせいか、完全に力が抜けきっている。
うーん、分かる分かる。実家にいる時って、みんなこんな感じだよね。私も実家にいた時って、超脱力してダラダラしてたもん。さすがに、友達が遊びに来る時は、シャキッとしてたけどね。
「うーん……もうご飯?」
「まったく、この子は。食べることしか、考えてないのかね。ほら、ちゃんと、お友達に挨拶しなさい」
フィニーちゃんは、ボーっとした表情で、顔だけこちらに向けると、
「――おはよう」
左手を軽く上げて挨拶した。
「おはようって、もうすぐお昼よ、フィニーツァ」
ナギサちゃんは、ちょっと不機嫌そうに答える。おばあさんもいるので、ちょっと遠慮気味だけど、時間に凄く几帳面だからね。時間のことでは、よくフィニーちゃんと、言い合いになっていた。
「フィニーちゃん、おはよう。すいぶん気持ちよさそうに寝ていたね。夜更かしでもしたの?」
滅茶苦茶、眠そうなフィニーちゃんに、そっと声を掛ける。
「昨日は、二十時にねて……今朝は九時におきた」
「って、十三時間も寝てるじゃん?! そんなに寝たのに、まだ足りないの?」
私は平均睡眠時間が、だいたい六時間ぐらいだ。それでも、頭も体もスッキリしている。逆に、長く寝ると、ダルくなってしまう。
「眠気覚ましついでに、買い物に行ってきておくれ。紅茶が切れてるんだよ」
「んー、分かった。いつもの?」
「そう、いつものだよ。気をつけて行っといで」
フィニーちゃんは、イルマさんに買い物を頼まれると、大きく伸びをしながら立ち上がる。眠そうな目をこすりながら、ゆっくり部屋を出て行った。
相変わらず、マイペースだなぁ、フィニーちゃんは。実家にいる時は、一日中ゴロゴロしてるのかな? 私も実家にいた時は、あんな感じだったけどね――。
私たちが席に着くと、イルマさんが、お茶を淹れてくれた。ほんのりと甘い香りが漂う、アップルティーだ。凄く美味しそう。
「すまないね、いつもあんな感じで。とろいから、あの子に付き合うのは、大変でしょ?」
「いえ、全然そんなこと有りません。フィニーちゃん、空を飛ぶのは、凄く速いんですよ」
空を飛んでいる時は、生き生きしているし、私よりも魔力制御が上手だ。それに、のんびりなのは個性なので、別にいいと思う。私もナギサちゃんも、割とせっかちなので、のんびりした子が一人いたほうが、落ち着くんだよね。
「エア・ドルフィンの操縦だけは、昔から得意なのよね。あとは、サッパリだけど。両親がいないからって、甘やかし過ぎてしまったのかもしれないわね」
イルマさんは、少し心配そうな表情を浮かべた。
「あの……フィニーツァのご両親は、どうなさったのですか?」
ナギサちゃんが、遠慮がちに尋ねる。
「私の娘――つまり、フィニーの母親は、出産のあとすぐに他界してしまってね。元々体の弱い子だったから、お産に体が耐えられなかったの」
「父親のほうは、ショックで塞ぎ込んでしまって、とても子育てできる状態ではなかったわ。だから、私が引き取って、育ててきたの」
イルマさんは、両手を組みながら静かに語った。
フィニーちゃんから、よく、おばあさんの話は出ていた。でも、両親の話が出なかったのは、こういう事だったんだ……。
「お父様は――今は、お元気になられたのですか?」
「さぁ、どうかしら? フィニーの母親が亡くなって、しばらくしてから、姿を消してしまってね。それ以来、ずっと音信不通なのよ。まぁ、元々頼りない男だったから、別にいてもいなくても関係ないんだけど」
ナギサちゃんの質問に、イルマさんは、さばさばと答える。
でも、その話を聴いて、ナギサちゃんは黙り込んでしまった。私も、なんて言っていいのか、言葉が見つからない。
いつも、のほほーんとしているフィニーちゃんに、そんな重い過去があったとは、全く思いもしなかった。フィニーちゃんには、リリーシャさんに感じていたような、影や悲しそうな感情を、一度も感じたことがないからだ。
物凄く素直な性格だから、特に感情を隠してる、って訳じゃないと思う。そもそも、遠慮なんか、しない性格だもんね。それに、いつも、普通に楽しそうにやってるし。
「でも、気にしないで。あの子自身が、全然、気にしてないから。物心つく前に、二人とも、いなくなってしまったから。だから、親の顔を全く知らないのよ。知らないんじゃ、気にもならないわよね」
最初から親がいないと、そういうものなんだろうか? 寂しくなったり会いたくなったり、しないんだろうか? 親がいるのが、当たり前だと思っていた私には、分からない感覚だ。
「まぁ、あんなボーッとした子だけど。根はいい子だから、これからも仲良くしてやってね」
イルマさんは、優し気な表情を浮かべて話す。
「もちろんです。フィニーちゃんといると、凄く楽しいし。何より、私たち親友ですから」
「お任せください。ちょっと頼りない部分もりますが、私がしっかりフォローしますので。とても素直な子ですし」
私もナギサちゃんも、迷わずに答えた。
実際に、フィニーちゃんといると、何か楽しい。自由気ままな感じで、一緒にいても、全く気を使う必要がないし。それに、ナギサちゃんの言う通り、物凄く素直で、裏表がないんだよね。だから、一緒にいると安心するのかも。
その後、お茶を飲みながら、色んな世間話をしていると、袋を手にしたフィニーちゃんが帰って来た。
「ただいま……おなか減った」
「それじゃ、そこのカウンターにあるお菓子の皿を、全部テーブルに運んでおくれ。ほら、テキパキ動かないと、いつまで経っても食べられないよ」
イルマさんは『甘やかし過ぎた』と言ってたけれど。フィニーちゃんには、意外と厳しく接しているように見える。
「私も手伝います」
「いいの、いいの。お客様は座ってて。これぐらいやらせないと、本当にこの子は、何もやらないから」
私は席を立ちあがるが、イルマさんに止められた。
フィニーちゃんは、ゆっくりだけど、お皿を一つずつ運んでくる。何となく、危なっかしい感じで気になるけど、座ったままじっと見守った。隣にいたナギサちゃんも、何か落ち着かない様子で見ていた。
しばらくすると、机の上は、お皿で一杯に埋まった。リンゴジャム・リンゴケーキ・リンゴブレッド・リンゴのタルト・アップルパイ・リンゴクッキー・リンゴのサラダ・リンゴのコンポート・リンゴのゼリー・リンゴジュース。
ビックリするぐらい、リンゴ尽くしだ。こんなに沢山のリンゴ料理って、生れて初めて見た。お皿からは、あまーい香が漂ってきて、食欲をくすぐる。
もう、見ただけで美味しいのが分かった。どれも、とても手が込んでいて、見た目も美しい。
フィニーちゃんが席に着いたところで、
「さて、それじゃあ、ちょっと早いけど、ランチにしようかね。二人とも、遠慮なく食べて。まだ、リンゴは一杯あるから」
イルマさんが声をかけて来る。
と同時に、フィニーちゃんの手が、スーッと伸びた。しかし、バシッとイルマさんに、手を叩かれる。
「お客様より先に手を出して、どうするんだい? それに、食前のお祈りは?」
「う……豊かな恵みに感謝します――」
フィニーちゃんは、両手を組んで祈りを捧げる。
彼女が食前のお祈りをするのって、初めて見た。自由気ままなフィニーちゃんでも、流石におばあちゃんには、逆らえないようだ。
隣では、ナギサちゃんが目を閉じて、いつも通り真剣にお祈りをしている。なので、今日は私もそれにならう。
「豊かな恵みに感謝します」
いつもは『いただきます』だけど、身が引き締まる感じがするので、お祈りの言葉もいいかもしれない。
フィニーちゃんが、物凄く食べたそうにしていたので、私は食前のお祈りのあと、すぐに皿に手を伸ばした。
最初は定番の、アップルパイからだ。私アップルパイって、昔から大好きなんだよね。手に取って、顔に近付けただけで、甘い香りが漂ってきた。パイ生地の、香ばしい匂いもたまらない。
まずは、一口たべてみる。すると、サクッとした歯ごたえの直後、トロっとした、リンゴの甘みと酸味が、口いっぱいに広がった。まだ、焼き立てで、ほんのり温かい。
うーん、超美味しいっ!! これ、私の好きなやつだ!
スーパーやコンビニのアップルパイだと、単にリンゴジャムやペーストが入っているだけのタイプが多い。でも、このパイは、大きなリンゴが、ゴロゴロ入っていた。
いかにも手作りな感じで、物凄く食べ応えがある。この、形が分かるぐらいの果肉が入っているのが、大好きなんだよね。
「このアップルパイ、滅茶苦茶、美味しいです!」
「それは良かったわ。どんどん、食べてね」
隣にいたナギサちゃんも、口に手を当てながら、驚いた表情を浮かべていた。相当、美味しかったんだと思う。
フィニーちゃんは、相変わらず、表情を変えずに黙々と食べ続けていた。でも、あれは、美味しい時の表情だ。
そういえば、前から、おばあちゃんの作る料理やお菓子が、凄くおいしいって、言ってたもんね。どれも手が込んでいるし、これだけ美味しければ、モリモリ食べる気持ちも分かる。
フィニーちゃんが、物凄くたくさん食べるようになったのって。もしかしたら、おばあちゃんの料理が、美味し過ぎたからじゃないかな?
やっぱり、愛情が料理の最高の調味料って、本当なのかもね……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『牧場のソフトクリームなんて美味しいに決まってる』
人生ってソフトクリームみたいなもんさ。なめてかかることを学ばないとね!
先日、フィニーちゃんの家に、知り合いの農家から、大量のリンゴが送られて来たらしい。『ノアルージュ』という、果肉まで赤く甘いリンゴ。あと『ゴールドムーン』という、酸味の強い黄色いリンゴだそうだ。
どちらも、地元の農場でとれた、凄く新鮮なもの。しかも、無農薬栽培。そのまま食べても美味しいけど、お菓子や料理にすると、香もよく絶品らしい。地元産の産直なんて、絶対おいしいに決まってるよね。
私はリンゴが大好きなので、もちろん、一発返事でOKした。こっちに来てから、リンゴなんて全然たべてないし。何より、ノア産のリンゴを一度たべてみたかった。
この町って『農業都市』としても有名で、ノアブランドは、かなり人気がある。大陸では、結構、高値で取引されてるみたいだし。
あと、この町に来て、友達の家に行くのって、実は初めてなんだよね。だから、色んな意味で、滅茶苦茶、楽しみだった。
前から、ちょこちょこ聞いてはいたけど、フィニーちゃんは、おばあちゃんと二人で暮らしている。今は、会社のある日は寮暮らしで、二日間の休みの日は、実家に帰っているそうだ。
本当は、実家から通う予定だったけど、おばあちゃんに『一人暮らしをして、少しは成長しなさい』って言われて、渋々寮に入ったんだって。
もっとも、社員食堂があるから、食事には困らないし。メイリオさんが、色々お世話をしてくれてるみたいだから、特に問題はないみたいだ。
私たちは、もらった地図データを頼りに〈西地区〉の住宅街の中を探し、目的の家を発見する。今日は『マップナビ』を使っているので、迷うこともなく、真っ直ぐ来ることができた。
到着したのは、大きな庭のついた、二階建ての一軒家だ。庭には、色んな花や木が植えられて、とても華やかだった。
入り口に着くと、ナギサちゃんがチャイムを押した。ほどなくして、扉が開き、緑色の髪をした、年配の女性が出てきた。髪の色も顔の感じも似ているので、フィニーちゃんの、おばあさんだと思う。
「初めまして。私は〈ファースト・クラス〉所属の、ナギサ・ムーンライトと申します。本日は、お招きいただき、誠にありがとうございます」
ナギサちゃんは、頭を下げながら、とても丁寧なあいさつをした。
「私は〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月風歌です。本日は、よろしくお願いします」
私も彼女に習い、しっかり挨拶をする。
「おやおや、いらっしゃい。私はフィニーツァの祖母のイルマよ。本当に、よく来てくれたわね。さぁさぁ、遠慮しないで入ってちょうだい」
彼女は、とびきり明るい笑顔で、私たちを歓迎してくれる。顔は似てるけど、フィニーちゃんに比べ、物凄く動きがきびきびしていた。それに、おばあちゃんという割には、若い気がする。
私たちは、イルマさんに案内され、家の中に入って行った。家のあちこちの、棚や空いたスペースに、ガラスの瓶が置いてある。
様々な色や形の瓶があり、中には花が入っていたり、ガラス玉や石が入っていたり、どれも物凄くキレイだ。お酒のミニボトルや、香水の瓶なども置いてある。まるで、小物を売っているお店のようだ。
うわぁー、瓶の量すごっ! これ、趣味で集めているのかな? でも、色んなのがあって、見てるだけで楽しい。
私はキョロキョロしながら、イルマさんについて廊下を歩いて行く。少し進むと、彼女は右側の扉の前で立ち止まった。
「さぁ、どうぞ」
イルマさんは、扉を開け中に入って行く。
彼女のあとについて行くと、そこは、とても広々とした、ダイニング・ルームだった。正面には、横長のテーブルが置かれ、右のほうはキッチンになっている。
キッチンはかなり大きめで、キッチン・カウンターには、ケーキやパイなどの手作り菓子が、びっしりと並んでいた。
テーブルの奥には、ソファーが置いてあり、窓からは庭が一望できる。庭は手入れが行き届いており、花壇にはキレイな花がたくさん咲いていた。壁面は大きなガラス張りで、日の光が差し込んで、部屋はとても明るい。
何より気になったのが、壁に取り付けられた板の棚。その上には、物凄い数の瓶が並んでいた。香辛料・調味料・ハーブ・ジャム・ピクルスなど。数えきれないほどの瓶が置いてあった。
「フィニー、ほら起きなさい! お友達が来てくれたわよ」
よく見ると、ソファーには、ぐでーっと伸びて、気持ちよさそうに寝ているフィニーちゃんの姿があった。普段からよく寝ているみたいだけど、実家のせいか、完全に力が抜けきっている。
うーん、分かる分かる。実家にいる時って、みんなこんな感じだよね。私も実家にいた時って、超脱力してダラダラしてたもん。さすがに、友達が遊びに来る時は、シャキッとしてたけどね。
「うーん……もうご飯?」
「まったく、この子は。食べることしか、考えてないのかね。ほら、ちゃんと、お友達に挨拶しなさい」
フィニーちゃんは、ボーっとした表情で、顔だけこちらに向けると、
「――おはよう」
左手を軽く上げて挨拶した。
「おはようって、もうすぐお昼よ、フィニーツァ」
ナギサちゃんは、ちょっと不機嫌そうに答える。おばあさんもいるので、ちょっと遠慮気味だけど、時間に凄く几帳面だからね。時間のことでは、よくフィニーちゃんと、言い合いになっていた。
「フィニーちゃん、おはよう。すいぶん気持ちよさそうに寝ていたね。夜更かしでもしたの?」
滅茶苦茶、眠そうなフィニーちゃんに、そっと声を掛ける。
「昨日は、二十時にねて……今朝は九時におきた」
「って、十三時間も寝てるじゃん?! そんなに寝たのに、まだ足りないの?」
私は平均睡眠時間が、だいたい六時間ぐらいだ。それでも、頭も体もスッキリしている。逆に、長く寝ると、ダルくなってしまう。
「眠気覚ましついでに、買い物に行ってきておくれ。紅茶が切れてるんだよ」
「んー、分かった。いつもの?」
「そう、いつものだよ。気をつけて行っといで」
フィニーちゃんは、イルマさんに買い物を頼まれると、大きく伸びをしながら立ち上がる。眠そうな目をこすりながら、ゆっくり部屋を出て行った。
相変わらず、マイペースだなぁ、フィニーちゃんは。実家にいる時は、一日中ゴロゴロしてるのかな? 私も実家にいた時は、あんな感じだったけどね――。
私たちが席に着くと、イルマさんが、お茶を淹れてくれた。ほんのりと甘い香りが漂う、アップルティーだ。凄く美味しそう。
「すまないね、いつもあんな感じで。とろいから、あの子に付き合うのは、大変でしょ?」
「いえ、全然そんなこと有りません。フィニーちゃん、空を飛ぶのは、凄く速いんですよ」
空を飛んでいる時は、生き生きしているし、私よりも魔力制御が上手だ。それに、のんびりなのは個性なので、別にいいと思う。私もナギサちゃんも、割とせっかちなので、のんびりした子が一人いたほうが、落ち着くんだよね。
「エア・ドルフィンの操縦だけは、昔から得意なのよね。あとは、サッパリだけど。両親がいないからって、甘やかし過ぎてしまったのかもしれないわね」
イルマさんは、少し心配そうな表情を浮かべた。
「あの……フィニーツァのご両親は、どうなさったのですか?」
ナギサちゃんが、遠慮がちに尋ねる。
「私の娘――つまり、フィニーの母親は、出産のあとすぐに他界してしまってね。元々体の弱い子だったから、お産に体が耐えられなかったの」
「父親のほうは、ショックで塞ぎ込んでしまって、とても子育てできる状態ではなかったわ。だから、私が引き取って、育ててきたの」
イルマさんは、両手を組みながら静かに語った。
フィニーちゃんから、よく、おばあさんの話は出ていた。でも、両親の話が出なかったのは、こういう事だったんだ……。
「お父様は――今は、お元気になられたのですか?」
「さぁ、どうかしら? フィニーの母親が亡くなって、しばらくしてから、姿を消してしまってね。それ以来、ずっと音信不通なのよ。まぁ、元々頼りない男だったから、別にいてもいなくても関係ないんだけど」
ナギサちゃんの質問に、イルマさんは、さばさばと答える。
でも、その話を聴いて、ナギサちゃんは黙り込んでしまった。私も、なんて言っていいのか、言葉が見つからない。
いつも、のほほーんとしているフィニーちゃんに、そんな重い過去があったとは、全く思いもしなかった。フィニーちゃんには、リリーシャさんに感じていたような、影や悲しそうな感情を、一度も感じたことがないからだ。
物凄く素直な性格だから、特に感情を隠してる、って訳じゃないと思う。そもそも、遠慮なんか、しない性格だもんね。それに、いつも、普通に楽しそうにやってるし。
「でも、気にしないで。あの子自身が、全然、気にしてないから。物心つく前に、二人とも、いなくなってしまったから。だから、親の顔を全く知らないのよ。知らないんじゃ、気にもならないわよね」
最初から親がいないと、そういうものなんだろうか? 寂しくなったり会いたくなったり、しないんだろうか? 親がいるのが、当たり前だと思っていた私には、分からない感覚だ。
「まぁ、あんなボーッとした子だけど。根はいい子だから、これからも仲良くしてやってね」
イルマさんは、優し気な表情を浮かべて話す。
「もちろんです。フィニーちゃんといると、凄く楽しいし。何より、私たち親友ですから」
「お任せください。ちょっと頼りない部分もりますが、私がしっかりフォローしますので。とても素直な子ですし」
私もナギサちゃんも、迷わずに答えた。
実際に、フィニーちゃんといると、何か楽しい。自由気ままな感じで、一緒にいても、全く気を使う必要がないし。それに、ナギサちゃんの言う通り、物凄く素直で、裏表がないんだよね。だから、一緒にいると安心するのかも。
その後、お茶を飲みながら、色んな世間話をしていると、袋を手にしたフィニーちゃんが帰って来た。
「ただいま……おなか減った」
「それじゃ、そこのカウンターにあるお菓子の皿を、全部テーブルに運んでおくれ。ほら、テキパキ動かないと、いつまで経っても食べられないよ」
イルマさんは『甘やかし過ぎた』と言ってたけれど。フィニーちゃんには、意外と厳しく接しているように見える。
「私も手伝います」
「いいの、いいの。お客様は座ってて。これぐらいやらせないと、本当にこの子は、何もやらないから」
私は席を立ちあがるが、イルマさんに止められた。
フィニーちゃんは、ゆっくりだけど、お皿を一つずつ運んでくる。何となく、危なっかしい感じで気になるけど、座ったままじっと見守った。隣にいたナギサちゃんも、何か落ち着かない様子で見ていた。
しばらくすると、机の上は、お皿で一杯に埋まった。リンゴジャム・リンゴケーキ・リンゴブレッド・リンゴのタルト・アップルパイ・リンゴクッキー・リンゴのサラダ・リンゴのコンポート・リンゴのゼリー・リンゴジュース。
ビックリするぐらい、リンゴ尽くしだ。こんなに沢山のリンゴ料理って、生れて初めて見た。お皿からは、あまーい香が漂ってきて、食欲をくすぐる。
もう、見ただけで美味しいのが分かった。どれも、とても手が込んでいて、見た目も美しい。
フィニーちゃんが席に着いたところで、
「さて、それじゃあ、ちょっと早いけど、ランチにしようかね。二人とも、遠慮なく食べて。まだ、リンゴは一杯あるから」
イルマさんが声をかけて来る。
と同時に、フィニーちゃんの手が、スーッと伸びた。しかし、バシッとイルマさんに、手を叩かれる。
「お客様より先に手を出して、どうするんだい? それに、食前のお祈りは?」
「う……豊かな恵みに感謝します――」
フィニーちゃんは、両手を組んで祈りを捧げる。
彼女が食前のお祈りをするのって、初めて見た。自由気ままなフィニーちゃんでも、流石におばあちゃんには、逆らえないようだ。
隣では、ナギサちゃんが目を閉じて、いつも通り真剣にお祈りをしている。なので、今日は私もそれにならう。
「豊かな恵みに感謝します」
いつもは『いただきます』だけど、身が引き締まる感じがするので、お祈りの言葉もいいかもしれない。
フィニーちゃんが、物凄く食べたそうにしていたので、私は食前のお祈りのあと、すぐに皿に手を伸ばした。
最初は定番の、アップルパイからだ。私アップルパイって、昔から大好きなんだよね。手に取って、顔に近付けただけで、甘い香りが漂ってきた。パイ生地の、香ばしい匂いもたまらない。
まずは、一口たべてみる。すると、サクッとした歯ごたえの直後、トロっとした、リンゴの甘みと酸味が、口いっぱいに広がった。まだ、焼き立てで、ほんのり温かい。
うーん、超美味しいっ!! これ、私の好きなやつだ!
スーパーやコンビニのアップルパイだと、単にリンゴジャムやペーストが入っているだけのタイプが多い。でも、このパイは、大きなリンゴが、ゴロゴロ入っていた。
いかにも手作りな感じで、物凄く食べ応えがある。この、形が分かるぐらいの果肉が入っているのが、大好きなんだよね。
「このアップルパイ、滅茶苦茶、美味しいです!」
「それは良かったわ。どんどん、食べてね」
隣にいたナギサちゃんも、口に手を当てながら、驚いた表情を浮かべていた。相当、美味しかったんだと思う。
フィニーちゃんは、相変わらず、表情を変えずに黙々と食べ続けていた。でも、あれは、美味しい時の表情だ。
そういえば、前から、おばあちゃんの作る料理やお菓子が、凄くおいしいって、言ってたもんね。どれも手が込んでいるし、これだけ美味しければ、モリモリ食べる気持ちも分かる。
フィニーちゃんが、物凄くたくさん食べるようになったのって。もしかしたら、おばあちゃんの料理が、美味し過ぎたからじゃないかな?
やっぱり、愛情が料理の最高の調味料って、本当なのかもね……。
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次回――
『牧場のソフトクリームなんて美味しいに決まってる』
人生ってソフトクリームみたいなもんさ。なめてかかることを学ばないとね!
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お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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