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第4部 理想と現実
5-6時には理屈よりも想いが大事な時もあるのかもしれない
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夕方、十七時過ぎ。私は練習飛行を終え、会社に戻って来た。ガレージに練習機を停めると〈本館〉の三階に向かった。『第三ミーティング・ルーム』で、退勤の記録をするためだ。
部屋に着くと、すでに人影はなく静まり返っていた。皆、とっくに退勤の記録を済ませて、夕飯なり休憩なりに、行っているのだろう。
私はマギコンを取り出し、レコーダーに軽く触れる。すると『ナギサ・ムーンライト 17:16 退勤記録完了』と表示された。いつもに比べると、十分以上、遅かった。
私は時間には正確なので、普段は移動時間も計算し、十七時ピッタリに、退勤記録をすることが多い。毎日、時間が揃っているほうが、気持ちがいいからだ。しかし、退勤だけではなく、練習飛行中のスケジュールも、大幅にズレていた。
今日は、朝から調子が悪い。目立ったミスはなかったものの、今一つ集中を欠いており、行動に切れがなかった。こんなことは、入社して以来、初めてだ。
だが、理由は分かっている。先日の一件が、ずっと尾を引いているのだ。しかも、今朝のミーティングの際、部屋の中には、エマリエールの姿がなかった。
昨日までは、普通に参加していたのだから、考えられる理由はただ一つ。私が報告したあと、彼女がミス・ハーネスに呼び出され、クビになったということだ。
だが、誰も気にした様子はなかった。ミス・ハーネスも、彼女の件については、一言も話していない。
誰にも知られることなく、今回の無断外出の件は、これで無事に解決だ。会社の名が傷つく心配も、完全になくなった。だが、なんとも後味の悪い終わり方だ。
いくら規則だからとはいえ、もう少し温情があっても、よかったのではないだろうか? それとも、私の対応が、悪かったのだろうか?
ミス・ハーネスは、個人を特定していなかった。ならば、見て見ぬふりをする方法だって、あったはずなのでは? しかし、隠していても、いずれはバレてしまうことだ。他に、いい方法は、なかったのだろうか?
私は、ミス・ハーネスの判断を信じて、エマリエールの名を告げた。しかし、結果は、規則が最優先だった。だが、この結果も、ある程度、予想できたことだ。
そもそも、私自身が、いかなる理由があろうとも、規則順守で生きて来たのだから。私以上に厳しい彼女が、規則を優先するのは当然だ。
それでも、もっと上手く話せば、説得できたのではないだろうか? 単に、私に話術や説得力が、足りなかっただけなのでは?
しかし、やるべきことは全てやり遂げた。頼まれた依頼を果たし、会社の名を守った。さらに、エマリエールの擁護も、やれるだけはやってみた。私は、お互いに対して、十分に務めを、果たしたのではないだろうか?
だが、いくら考えても、スッキリしなかった。結局、私は、一人の将来有望なシルフィードの、夢と人生を潰してしまったのだから……。
私は〈本館〉を出ると、社員寮に戻るべく、東に足を向ける。だが、途中でピタリと足を止めた。今、部屋に戻っても、鬱々とするだけだし、今日は自炊する気力も残っていない。かと言って、特に空腹を感じるわけでもなかった。
「どうしたものかしら――?」
しばし、立ち止まったまま考える。一瞬、帰ろうかとも思ったが、クルリと方向転換し、今度は西に向かう。〈ロズマリン館〉の社員食堂に向かうためだ。
よくよく考えてみたら、今日は朝食も昼食も、ほとんど食べていなかった。このまま夕食まで抜いてしまったら、流石に健康によくない。今回の出来事は、色々と納得の行かない部分も多かったが、いつまで引きずってもしょうがない。
しっかり気持ちを切り替えて、明日からは頑張らないと。私は頂点を目指すのだから、こんな所で、立ち止まってはいられないわ……。
そう、私は上を目指す人間だ。こんな些事で、一々動揺してはいられない。シルフィード業界では、途中で辞めて行く者たちは、いくらでもいる。
最初から、そんな厳しい世界だとは、十分に理解していたはずだ。エマリエールも、その一人だったというだけのこと。私が気に病んでもしょうがない。
「ふぅ――。今回の件は忘れて、気持ちを切り替えていきましょう」
終わったことを、うじうじと悔やんでもしょうがない。私のやるべきことを、忠実に実行するだけだ。
私は背筋を伸ばし、気持ちを引き締めると〈ロズマリン館〉に向かった。
******
社員食堂に着くと、私はトレーを手に取り、いつものコースを進んで行く。サンドイッチ・魚のソテー・サラダをのせると、最後にドリンクサーバーに向かう。アイスティーを用意すれば、夕食の準備は完了だ。
基本、いつも、ほとんどメニューが変わらない。栄養バランスさえ取れていればいいので、料理自体には、あまりこだわらなかった。そのため、毎日ほぼ同じだし、疲れている時は、全く同じメニューになる。
基本、私は無駄なことには、時間を掛けない。だから、メニュー選びは、いつも即決だった。さっさと食事を終わらせて、部屋に戻って勉強をしたい。
勉強をやっている時は、全てを忘れて集中できる。私にとって勉強とは『心の洗浄』をする時間なのだ。だから、特に今日は、早く帰りたかった。
一応、いつもの習慣で、ELを起動する。こちらから発言しないにしても、既読だけは、しておかなければならない。
案の定、風歌とフィニーツァのメッセージが、たくさん溜まっていた。よくこんなに話題が、次々と出てくるものだ。でも、取り立てて、重要な案件は見当たらない。
いつも通り、その日の出来事や、何を食べたかなど、他愛もない内容だ。それでも、内容だけは、一通り確認しておく。万一、何か大きな問題でもあったら、困るからだ。私も以前、子猫の件の時は、何だかんだで助けられた訳だし……。
食事をしながら、メッセージを確認していると、
「へぇー、意外。あなたも、ELやってるんだ」
後ろから声を掛けられた。
私は振り向いた瞬間、目を大きく見開いた。なぜなら、予期せぬ人物が、そこに立っていたからだ。
「なぜ、あなたがここに――? というか、その恰好は?」
私の目の前には、エプロン姿のエマリエールが立っていた。
「あぁー、これね。ここの食堂のユニフォームとエプロン。今日から、ここで働いてるんだ」
「えっ……?! じゃあ、今朝ミーティングに、来ていなかったのって?」
私は唖然としながら、彼女に質問する。
「今日は朝から、食堂の研修を受けてたんだ。まぁ、普段は、昼間の業務が終わったあと、夕方から勤務なんだけど。今日は初日だったからね」
彼女は何事もなかったかのように、淡々と説明した。
「その――ミス・ハーネスは、知っているのよね?」
「もちろん。だって、ここの仕事、彼女に手配して貰ったんだから」
「ミス・ハーネスが?!」
まったくもって、予想外の出来事だった。あの、規則の塊のようなミス・ハーネスが、こんな例外を認めるなんて。しかも、仕事には、一切、私情を挟まない人なのに。いったい、何があったの……?
「ミス・ハーネスに呼び出された時は、もうクビを覚悟してたんだ。だから、こんな配慮をしてもらえるなんて、思っても無かったよ。今回は、本当にありがとう。全て、あなたのお蔭だから」
彼女は深々と頭を下げる。
「いえ、私は何もしていないから――」
結局、私は何もできなかった。たまたま運よく、こうなっただけで。私の意見など、全く聴いてもらえなかった。今回の件はあくまで、ミス・ハーネスの、優れた判断によるものだ。
「ミス・ハーネスから、話は全部、聴いたよ。必死になって、私が残れるように頼んでくれたって。彼女も、驚いていたみたいだよ。誰よりも模範的なあなたが、規則に反する発言をするなんて」
「あれは、その……。事の成り行きで、仕方なかったのよ」
『私が何とかするから』と言った手前、そうせざるを得なかっただけだ。私は嘘をつくのも、約束を破るのも、大嫌いだから。
「本当はクビにするつもりだったけど、あなたに免じて、今回だけは見逃してくれるって。あと『この友情は大事になさい』って、彼女に言われたんだ」
彼女は、私の手を握ると、
「本当に、本当にありがとう。この恩は、一生、忘れないから。もし、あなたに何かあったら、全力で助けるから。だから、私の友達になってもらっていい?」
彼女は真剣な目で見つめながら、予想外の提案をしてきた。
「なっ――、わ、私は別に、構わないけど。ちょっと、大げさ過ぎない? それに、エマリエールとは、つい先日、初めて話したばかりじゃない……」
彼女は、真面目な性格なので、友人になるのは構わない。しかし、友人関係とは、もっと時間をかけて、作るものでは無いだろうか?
「大げさ過ぎることはないよ。私の人生を、救ってくれたんだもん。あと私のことは、エマって呼んで。私も、ナギサって呼ばせてもらうから」
「ちょっ――」
一応、縁があったので、友人になるのは認めたけど。急に、そんな慣れ慣れしい関係になるとは言っていない。何でみんな、そんなに急に、距離を詰めてくるのよ? もっと、距離感とか、順序というものがあるでしょ?
「それじゃ、私まだ、仕事の続きがあるから。またね、ナギサ」
彼女は笑顔でそう告げると、小さく手を振りながら立ち去って行く。
頭の中が混乱していて、すぐには状況が呑み込めなかった。私はてっきり、エマリエールは、辞めたものだとばかり思っていたからだ。どう考えたって、あの状況で、クビにならないはずがない。
となると、私がミス・ハーネスに進言したのは、多少は効果があったと、考えていいのだろうか? あの時は、全く聴く耳を持たないような様子だったのに。あとで、考え直してくれたのだろうか? 彼女の真意がよく分からない――。
今考えてみると、なぜあの時、あんな無茶な発言をしたのか、私自身にもよく分からなかった。普段なら、絶対に言わない台詞なのに。
目上の者に対する礼を失していたし、規則的に考えてもおかしい。それに、明らかに冷静さを欠いていた。いつもはもっと、理論的に考え、冷徹に行動するのに……。
これでは、勢いだけで行動している、風歌と変わらないじゃないの。いつも一緒にいるから、変な影響を受けてしまったのだろうか? 私は、そんな熱い人間じゃないというのに。
何にせよ、無事に解決してよかった。これで、全ての面倒事から解放され、今日からは、仕事にも勉強にも専念できる。もう、こんな厄介事は、二度とゴメンだ。次に頼まれた時は、絶対に断ることにしよう。
でも、まぁ――悪い気はしないわね。
私は、一生懸命、テーブルを拭いているエマリエールの後姿を見て、そっと口元を緩めるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『他の会社って見る物全てが新鮮で楽しいよね』
はじめは新鮮な感動があったんだな、何事も
部屋に着くと、すでに人影はなく静まり返っていた。皆、とっくに退勤の記録を済ませて、夕飯なり休憩なりに、行っているのだろう。
私はマギコンを取り出し、レコーダーに軽く触れる。すると『ナギサ・ムーンライト 17:16 退勤記録完了』と表示された。いつもに比べると、十分以上、遅かった。
私は時間には正確なので、普段は移動時間も計算し、十七時ピッタリに、退勤記録をすることが多い。毎日、時間が揃っているほうが、気持ちがいいからだ。しかし、退勤だけではなく、練習飛行中のスケジュールも、大幅にズレていた。
今日は、朝から調子が悪い。目立ったミスはなかったものの、今一つ集中を欠いており、行動に切れがなかった。こんなことは、入社して以来、初めてだ。
だが、理由は分かっている。先日の一件が、ずっと尾を引いているのだ。しかも、今朝のミーティングの際、部屋の中には、エマリエールの姿がなかった。
昨日までは、普通に参加していたのだから、考えられる理由はただ一つ。私が報告したあと、彼女がミス・ハーネスに呼び出され、クビになったということだ。
だが、誰も気にした様子はなかった。ミス・ハーネスも、彼女の件については、一言も話していない。
誰にも知られることなく、今回の無断外出の件は、これで無事に解決だ。会社の名が傷つく心配も、完全になくなった。だが、なんとも後味の悪い終わり方だ。
いくら規則だからとはいえ、もう少し温情があっても、よかったのではないだろうか? それとも、私の対応が、悪かったのだろうか?
ミス・ハーネスは、個人を特定していなかった。ならば、見て見ぬふりをする方法だって、あったはずなのでは? しかし、隠していても、いずれはバレてしまうことだ。他に、いい方法は、なかったのだろうか?
私は、ミス・ハーネスの判断を信じて、エマリエールの名を告げた。しかし、結果は、規則が最優先だった。だが、この結果も、ある程度、予想できたことだ。
そもそも、私自身が、いかなる理由があろうとも、規則順守で生きて来たのだから。私以上に厳しい彼女が、規則を優先するのは当然だ。
それでも、もっと上手く話せば、説得できたのではないだろうか? 単に、私に話術や説得力が、足りなかっただけなのでは?
しかし、やるべきことは全てやり遂げた。頼まれた依頼を果たし、会社の名を守った。さらに、エマリエールの擁護も、やれるだけはやってみた。私は、お互いに対して、十分に務めを、果たしたのではないだろうか?
だが、いくら考えても、スッキリしなかった。結局、私は、一人の将来有望なシルフィードの、夢と人生を潰してしまったのだから……。
私は〈本館〉を出ると、社員寮に戻るべく、東に足を向ける。だが、途中でピタリと足を止めた。今、部屋に戻っても、鬱々とするだけだし、今日は自炊する気力も残っていない。かと言って、特に空腹を感じるわけでもなかった。
「どうしたものかしら――?」
しばし、立ち止まったまま考える。一瞬、帰ろうかとも思ったが、クルリと方向転換し、今度は西に向かう。〈ロズマリン館〉の社員食堂に向かうためだ。
よくよく考えてみたら、今日は朝食も昼食も、ほとんど食べていなかった。このまま夕食まで抜いてしまったら、流石に健康によくない。今回の出来事は、色々と納得の行かない部分も多かったが、いつまで引きずってもしょうがない。
しっかり気持ちを切り替えて、明日からは頑張らないと。私は頂点を目指すのだから、こんな所で、立ち止まってはいられないわ……。
そう、私は上を目指す人間だ。こんな些事で、一々動揺してはいられない。シルフィード業界では、途中で辞めて行く者たちは、いくらでもいる。
最初から、そんな厳しい世界だとは、十分に理解していたはずだ。エマリエールも、その一人だったというだけのこと。私が気に病んでもしょうがない。
「ふぅ――。今回の件は忘れて、気持ちを切り替えていきましょう」
終わったことを、うじうじと悔やんでもしょうがない。私のやるべきことを、忠実に実行するだけだ。
私は背筋を伸ばし、気持ちを引き締めると〈ロズマリン館〉に向かった。
******
社員食堂に着くと、私はトレーを手に取り、いつものコースを進んで行く。サンドイッチ・魚のソテー・サラダをのせると、最後にドリンクサーバーに向かう。アイスティーを用意すれば、夕食の準備は完了だ。
基本、いつも、ほとんどメニューが変わらない。栄養バランスさえ取れていればいいので、料理自体には、あまりこだわらなかった。そのため、毎日ほぼ同じだし、疲れている時は、全く同じメニューになる。
基本、私は無駄なことには、時間を掛けない。だから、メニュー選びは、いつも即決だった。さっさと食事を終わらせて、部屋に戻って勉強をしたい。
勉強をやっている時は、全てを忘れて集中できる。私にとって勉強とは『心の洗浄』をする時間なのだ。だから、特に今日は、早く帰りたかった。
一応、いつもの習慣で、ELを起動する。こちらから発言しないにしても、既読だけは、しておかなければならない。
案の定、風歌とフィニーツァのメッセージが、たくさん溜まっていた。よくこんなに話題が、次々と出てくるものだ。でも、取り立てて、重要な案件は見当たらない。
いつも通り、その日の出来事や、何を食べたかなど、他愛もない内容だ。それでも、内容だけは、一通り確認しておく。万一、何か大きな問題でもあったら、困るからだ。私も以前、子猫の件の時は、何だかんだで助けられた訳だし……。
食事をしながら、メッセージを確認していると、
「へぇー、意外。あなたも、ELやってるんだ」
後ろから声を掛けられた。
私は振り向いた瞬間、目を大きく見開いた。なぜなら、予期せぬ人物が、そこに立っていたからだ。
「なぜ、あなたがここに――? というか、その恰好は?」
私の目の前には、エプロン姿のエマリエールが立っていた。
「あぁー、これね。ここの食堂のユニフォームとエプロン。今日から、ここで働いてるんだ」
「えっ……?! じゃあ、今朝ミーティングに、来ていなかったのって?」
私は唖然としながら、彼女に質問する。
「今日は朝から、食堂の研修を受けてたんだ。まぁ、普段は、昼間の業務が終わったあと、夕方から勤務なんだけど。今日は初日だったからね」
彼女は何事もなかったかのように、淡々と説明した。
「その――ミス・ハーネスは、知っているのよね?」
「もちろん。だって、ここの仕事、彼女に手配して貰ったんだから」
「ミス・ハーネスが?!」
まったくもって、予想外の出来事だった。あの、規則の塊のようなミス・ハーネスが、こんな例外を認めるなんて。しかも、仕事には、一切、私情を挟まない人なのに。いったい、何があったの……?
「ミス・ハーネスに呼び出された時は、もうクビを覚悟してたんだ。だから、こんな配慮をしてもらえるなんて、思っても無かったよ。今回は、本当にありがとう。全て、あなたのお蔭だから」
彼女は深々と頭を下げる。
「いえ、私は何もしていないから――」
結局、私は何もできなかった。たまたま運よく、こうなっただけで。私の意見など、全く聴いてもらえなかった。今回の件はあくまで、ミス・ハーネスの、優れた判断によるものだ。
「ミス・ハーネスから、話は全部、聴いたよ。必死になって、私が残れるように頼んでくれたって。彼女も、驚いていたみたいだよ。誰よりも模範的なあなたが、規則に反する発言をするなんて」
「あれは、その……。事の成り行きで、仕方なかったのよ」
『私が何とかするから』と言った手前、そうせざるを得なかっただけだ。私は嘘をつくのも、約束を破るのも、大嫌いだから。
「本当はクビにするつもりだったけど、あなたに免じて、今回だけは見逃してくれるって。あと『この友情は大事になさい』って、彼女に言われたんだ」
彼女は、私の手を握ると、
「本当に、本当にありがとう。この恩は、一生、忘れないから。もし、あなたに何かあったら、全力で助けるから。だから、私の友達になってもらっていい?」
彼女は真剣な目で見つめながら、予想外の提案をしてきた。
「なっ――、わ、私は別に、構わないけど。ちょっと、大げさ過ぎない? それに、エマリエールとは、つい先日、初めて話したばかりじゃない……」
彼女は、真面目な性格なので、友人になるのは構わない。しかし、友人関係とは、もっと時間をかけて、作るものでは無いだろうか?
「大げさ過ぎることはないよ。私の人生を、救ってくれたんだもん。あと私のことは、エマって呼んで。私も、ナギサって呼ばせてもらうから」
「ちょっ――」
一応、縁があったので、友人になるのは認めたけど。急に、そんな慣れ慣れしい関係になるとは言っていない。何でみんな、そんなに急に、距離を詰めてくるのよ? もっと、距離感とか、順序というものがあるでしょ?
「それじゃ、私まだ、仕事の続きがあるから。またね、ナギサ」
彼女は笑顔でそう告げると、小さく手を振りながら立ち去って行く。
頭の中が混乱していて、すぐには状況が呑み込めなかった。私はてっきり、エマリエールは、辞めたものだとばかり思っていたからだ。どう考えたって、あの状況で、クビにならないはずがない。
となると、私がミス・ハーネスに進言したのは、多少は効果があったと、考えていいのだろうか? あの時は、全く聴く耳を持たないような様子だったのに。あとで、考え直してくれたのだろうか? 彼女の真意がよく分からない――。
今考えてみると、なぜあの時、あんな無茶な発言をしたのか、私自身にもよく分からなかった。普段なら、絶対に言わない台詞なのに。
目上の者に対する礼を失していたし、規則的に考えてもおかしい。それに、明らかに冷静さを欠いていた。いつもはもっと、理論的に考え、冷徹に行動するのに……。
これでは、勢いだけで行動している、風歌と変わらないじゃないの。いつも一緒にいるから、変な影響を受けてしまったのだろうか? 私は、そんな熱い人間じゃないというのに。
何にせよ、無事に解決してよかった。これで、全ての面倒事から解放され、今日からは、仕事にも勉強にも専念できる。もう、こんな厄介事は、二度とゴメンだ。次に頼まれた時は、絶対に断ることにしよう。
でも、まぁ――悪い気はしないわね。
私は、一生懸命、テーブルを拭いているエマリエールの後姿を見て、そっと口元を緩めるのだった……。
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はじめは新鮮な感動があったんだな、何事も
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