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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
2-7二人で飛ぶ空にはとても優しい風が吹いていた
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朝、私は徒歩で〈ホワイト・ウイング〉に向かっていた。会社には、復帰したものの、まだ、リリーシャさんに『飛行の許可』をもらっていない。なので、ずっと内勤をやっている。
練習飛行はもちろん、自前のエア・ドルフィンにも乗れないので、移動は全て徒歩だった。今回は、さすがに反省したので、全て指示に従って、大人しく出来ることだけをやっている。
ちなみに、今日は、水曜で会社がお休みだ。でも、リリーシャさんに呼ばれて、会社に向かっていた。リリーシャさん同伴で『慣らし運転』をするからだ。普段は、忙しいので、わざわざ休みの日に、丸一日、付き合ってくれることになった。
リリーシャさんと練習飛行なんて、初めてだし。一日中、一緒にいられるなら、私としては、凄くラッキーだ。普段は、予約の合間に、ちょこっと話すぐらいしか、時間が取れないからね。
あと、先日、届いたばかりの、おニューの機体が、物凄く気になっていた。毎日、掃除で見かける度に、早く乗りたくて、ワクワクしていたからだ。
色々考えながら歩いている内に〈ホワイト・ウイング〉の入り口が見えてくる。時間は、八時五十分。九時に待ち合わせなので、ちょうどよい時間だ。
うん。早過ぎず、遅すぎずいい感じ。もう、リリーシャさん、来てるかな?
事故の一件があって以来、早く来すぎたりせず、指定された時間を、守るようにしている。ちゃんと、色々考えて時間を指定している訳だし、変に気を遣わせたくないからね。
入り口をくぐると、庭の中央に、機体が二つ置いてあった。一つは、新しく来た練習機。もう一つは、白い流線型の美しい機体だった。私が乗っている、小型のエア・ドルフィンよりも一回り大きい、中型の機体だ。
私が機体をしげしげ観察していると、事務所の中から、リリーシャさんが出て来た。
「おはよう、風歌ちゃん」
「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日よろしくお願いいたします!」
私は、九十度に腰を曲げ、お辞儀をすると、気合を入れて挨拶をする。
「今日は、仕事じゃないのだから。そんなに、畏まらなくても」
「いえ、飛行の指導をしていただくので、仕事と同じです」
朝の元気なあいさつは、とても大切だ。何より、貴重な時間を、割いてもらっているので、感謝の気持ちを忘れてはいけない。
「それじゃあ、これを付けてね」
「こんな感じですか?」
私は、渡された小型の装置を、耳につけた。
『ちゃんと、聞こえているかしら?』
『はい、バッチリです!』
これは『リンク・デバイス』と呼ばれるもので、ハンズフリーで話せる、魔力通信の装置だ。
マイクは付いていないけど、話した時の『思念』を拾って、相手に伝える。『念話魔法』の、応用技術で作られていた。なので、耳に音が聞こえるのではなく、直接、頭の中に、相手の声が聞こえてくる。
空を飛んでいる時は、風切り音やエンジン音で、会話が聞こえない。でも、これを付けていれば、飛びながらでも、普通に会話をすることができる。
最初は、違和感があるけど、慣れると快適だ。雑音が入らないので、物凄くクリアに、相手の声が聞こえる。
『まずは、機体に乗り込んで、マナゲージを回してみて』
『はい』
私は、シートに座ると、言われた通りに、集中して魔力を注ぎ込む。すると、マナゲージが、スーッと上昇して行った。すぐに『グリーンゾーン』一杯まで、溜まっていく。
『では、いったん、手を放して、ゲージを空にして』
『はい』
手を離すと、ゆっくりゲージが落ちて行く。
リリーシャさんは、手にしていたマギコンを見ながら、
『魔力供給・反応速度・安定度、どれも問題ないわね』
柔らかな笑顔で話す。
私はホッとして、フーッと息を吐き出した。〈飛行教練センター〉で、散々練習して来たとはいえ、久々の飛行なので、ちょっと緊張している。
『これから、並走飛行をするので、指示通りの高度と速度を、維持しながら飛んでね』
『分かりました』
リリーシャさんは、静かに白い機体に乗ると、すぐにエンジンを掛けた。流石に起動が速い。行動は、上品でゆったりしてるけど、一切の無駄がないんだよね。
あの機体は、セミ・マニュアル機なので、アクセルだけで『スタータ―・ボタン』が、付いていないタイプだ。つまり、魔力制御だけで、エンジンを起動している。
リリーシャさんは浮上後、空中ホバーしながら、
『エンジンを起動後、高度10。そのあとは、速度20・機体間距離3で』
細かく指示を出して来た。
私は、集中して魔力を注ぎ込む。魔力ゲージが伸びて、すぐに『グリーンゾーン』一杯まで振り切った。私は、一呼吸してから、ゆっくり『スターター・ボタン』を押す。すると、エンジンが起動し、フワッと浮力が発生した。
講習でならった通り、上空も含め、周囲の確認をしっかりと行う。問題がないことを確認すると、ゆっくり上昇を始めた。私は、上昇と下降は、そんなに上手くない。なので、慎重に魔力コントロールを心掛ける。
やがて、行動計が10メートルを指し、私はアクセルを静かに開いた。と同時に、隣にいたリリーシャさんの機体も、ゆっくりと進み始める。
今日は、かなり遅めの飛行スピードだ。でも、ゆっくり飛ぶ方が、難しかったりする。私は、高度と速度を確認しながら、リリーシャさんの機体に合わせることに、全神経を集中した。
『機体の調子は、どうかしら?』
『はい、全く問題ありません。上昇も安定していますし、加速も前の機体より、速い気がします』
機体によって、かなり乗り心地が違う。でも、この機体は、とても操作がしやすく、レスポンスも速い。
『機体重量の、軽さが大きいわね。エンジンも、新しい世代の物だから、パワーが出しやすいと思うわ』
『なるほど、重量が違うんですね。確かに、少し軽くなった気がします』
以前の機体よりも、明らかに、上昇が楽になった気がする。当然、軽いほうが、上昇スピードは速い。見た目が、スマートになった気がしたけど、実際に軽くなってたんだね。
『速度を30まで上昇。その後、ブレーキをかけて、25まで落としてみて』
『はい』
私は、アクセルを開いて、ゆっくり加速する。スピードメーターが、30を指したところで、軽くブレーキを入れた。すぐに減速が始まり、スピード25で、ブレーキを離す。
『減速も、問題なさそうね。違和感やタイミングのズレは、ないかしら?』
『全く問題ないです。加速も減速も、すぐに作動しています。ただ、加速が以前よりも、アクセルを大きめに、開く必要がある感じがします』
『加速し過ぎないように、アクセル精度を、落とし過ぎてしまったのかも。あとで、調整しておくわね』
『はい、お願いします』
各機体には、制御プログラムが入っていた。これは、マギコンを繋ぐことで、調整が可能だ。人によって、魔力量が違うため、ある程度、初期設定が必要になる。
基本設定でも、普通に飛べるけど、特定の人だけが乗る機体は、個人に合わせたほうが操縦しやすい。この調整は、経験や知識が必要なので、全てリリーシャさんに、やってもらっていた。
『それでは、高度15、速度30で〈ドリーム・ブリッジ〉に向かいましょう』
『了解です』
私は、リリーシャさんと並走したまま〈南地区〉の海岸に向かった。しばらくすると〈南地区〉の海沿いまで出て、とても大きな橋が見えてきた。〈ドリーム・ブリッジ〉に差し掛かると、橋の上空を飛行しながら〈新南区〉に向かった。
時折り、指示が来たり、機体の調子をきかれる以外は、無言のまま飛んでいく。でも、すぐ隣に、リリーシャさんがいるだけで、とても楽しい。こんなふうに、一緒に飛ぶのは初めてだし。休日に、一緒にお出掛けするのも、初めてだもんね。
それに、飛んでいる姿が、とても美しい。見ているだけで、幸せな気分になる。やっぱり、私の目指すべき人は、リリーシャさんだなぁーって、つくづく思う。
私たちは〈新南区〉を、海沿いにぐるっと一周したあと〈南地区〉に戻った。結構な距離を飛んだけど、機体は特に問題なし。私の体も魔力も絶好調で、慣らし運転は無事に終了。
事故の恐怖が少し残ってたけど、リリーシャさんが隣にいたから、安心して飛ぶことができた。流石は『天使の羽』だ。一緒にいる時の、安心感が半端ない。
ふー、何とか無事に終わった。最初は緊張したけど、途中からは、普通に楽しんでたし。やっぱり、空を飛ぶって、最高の気分だよね。
慣らし運転のあと、私たちは〈南地区〉にある、レストランにやって来た。初めてのお店だけど、とても綺麗でオシャレだし、お客さんも一杯入っている。あらかじめ、予約をしておいたようで、店員さんに、テラス席に案内された。
席に着くとすぐに、リリーシャさんは、コース料理を頼む。店員さんとも、顔見知りのようだし、どうやら、よく来ているお店のようだ。
「お疲れ様、風歌ちゃん。これで、問題なく乗れるわね」
「リリーシャさんこそ、大変お疲れ様でした。あの、私あまりお金を、持ってないんですけど……」
何か高そうなお店なので、そっちの方が気になってしまう。
「大丈夫よ、ご馳走するから」
「でも、慣らし運転に、付き合っていただいた上に、食事まで、ご馳走していただくなんて。ここのところ、色々やって貰ってばかりで、申しわけないです」
本当に、何から何まで、やってもらっているのに、私は何一つ返せていなかった。優しくして貰えるのは嬉しいけど、お返しが出来るかどうかが不安で、つい焦ってしまう。どんどん、借りが増えていくみたいで――。
「風歌ちゃんは、何も気にしなくていいのよ。私がしたくて、勝手にやっているだけだから」
リリーシャさんは、いつも通りの、優しい笑顔を浮かべた。
きっと、それは本心なんだと思う。初めて出会った時から、ずっとそうだ。何の見返りもなく、ひたすら優しくしてくれる。何でそこまで、人に優しく出来るんだろうか? 私も、そんな人間になりたい……。
世間話をしている内に、料理が運ばれて来た。どれも、美味しそうな魚料理ばかり。しかも、お刺身なんかまであった。私は、魚が大好きなので、物凄くテンションが上がる。
先ほどまでの、慣らし運転中は、かなり気が張っていた。でも、緊張が解けた途端、結構、空腹だったことに気が付く。最初は、遠慮してたけど、料理を目の前にすると、自然と手が伸びてしまった。
「うーん、滅茶苦茶おいしいです!」
食べた瞬間、口の中に広がる素晴らしい味に、思わず笑顔と歓喜の声がもれる。大げさな反応かも知れないけど、いつもパンばかりだし、本当に美味しいので。
身がプリプリしていて、新鮮で、超美味しい。見た目も、味付けも、物凄く凝っていた。ただ、残念なことに、私の表現力のなさのせいで『美味しい』以外の言葉が、見つからなかった。
「やっぱり、似ているわね」
「えっ、誰とですか?」
「食べた時の、反応や表情が、風歌ちゃんのお母様にそっくり」
「って、お母さんも、ここに来たんですか?!」
そういえば、以前うちの母親が、お忍びで来てたんだよね。でも、その時の話は、まだ詳しく聴いていない。
「ちょうど、その席に座っていたのよ。だから、つい姿が被ってしまって」
「えぇ?! お母さんも、この席に?」
偶然、この席になった――という訳でもなさそうだ。お客さんが、沢山いる人気店のようなので、あらかじめこの席を、予約したのかもしれない。
「お母様とは、仲直りできたの?」
「いえ、それがまだ……。あれ以来、全然、連絡もしてませんし」
私に会わずに帰っちゃったし。何か連絡し辛くて――。
「風歌ちゃんは、厳しいから苦手、と言っていたけれど。興味のない人に、厳しくはしないのよ」
「そう……でしょうか?」
興味って、私に対して? それとも、世間体について?
「大事だからこそ、厳しくするの。私もね」
「えぇ? リリーシャさんは、いつも優しいじゃないですか?」
「こないだ、退院してきた時。私、厳しく接したでしょ?」
「あぁ――。でも、あれは、厳しいというより、冷たく感じました。だから、私てっきり『見捨てられちゃったのかも?』と思いました」
厳しく怒鳴られるより、冷たくされる方が、はるかにこたえる。
「えっ、そうなの? ごめんなさい、私、怒るのが下手で。見捨てるつもりなんて、全くないのよ」
「いえ、リリーシャさんは、何も悪くないです。全面的に、私が悪いんですから。それに、何があっても、私はリリーシャさんに、ついて行きますから。たとえ見捨てられたって、しがみついて行きますので」
「だから、見捨てたりなんか、しないから」
二人で顔を見合わせると、くすくすと笑った。
もう二度と、手を煩わせたり、怒らせたりすることは止めよう。やっぱり、リリーシャさんには、優しい笑顔が一番、似合っているから。
お母さんも、私が怒らせるようなことをしなければ、優しく笑ってくれるんだろうか……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『おニューの機体で飛ぶ空はキラキラと輝いて見えた』
女の子は誰でもキラキラ輝く宝石なんだから
練習飛行はもちろん、自前のエア・ドルフィンにも乗れないので、移動は全て徒歩だった。今回は、さすがに反省したので、全て指示に従って、大人しく出来ることだけをやっている。
ちなみに、今日は、水曜で会社がお休みだ。でも、リリーシャさんに呼ばれて、会社に向かっていた。リリーシャさん同伴で『慣らし運転』をするからだ。普段は、忙しいので、わざわざ休みの日に、丸一日、付き合ってくれることになった。
リリーシャさんと練習飛行なんて、初めてだし。一日中、一緒にいられるなら、私としては、凄くラッキーだ。普段は、予約の合間に、ちょこっと話すぐらいしか、時間が取れないからね。
あと、先日、届いたばかりの、おニューの機体が、物凄く気になっていた。毎日、掃除で見かける度に、早く乗りたくて、ワクワクしていたからだ。
色々考えながら歩いている内に〈ホワイト・ウイング〉の入り口が見えてくる。時間は、八時五十分。九時に待ち合わせなので、ちょうどよい時間だ。
うん。早過ぎず、遅すぎずいい感じ。もう、リリーシャさん、来てるかな?
事故の一件があって以来、早く来すぎたりせず、指定された時間を、守るようにしている。ちゃんと、色々考えて時間を指定している訳だし、変に気を遣わせたくないからね。
入り口をくぐると、庭の中央に、機体が二つ置いてあった。一つは、新しく来た練習機。もう一つは、白い流線型の美しい機体だった。私が乗っている、小型のエア・ドルフィンよりも一回り大きい、中型の機体だ。
私が機体をしげしげ観察していると、事務所の中から、リリーシャさんが出て来た。
「おはよう、風歌ちゃん」
「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日よろしくお願いいたします!」
私は、九十度に腰を曲げ、お辞儀をすると、気合を入れて挨拶をする。
「今日は、仕事じゃないのだから。そんなに、畏まらなくても」
「いえ、飛行の指導をしていただくので、仕事と同じです」
朝の元気なあいさつは、とても大切だ。何より、貴重な時間を、割いてもらっているので、感謝の気持ちを忘れてはいけない。
「それじゃあ、これを付けてね」
「こんな感じですか?」
私は、渡された小型の装置を、耳につけた。
『ちゃんと、聞こえているかしら?』
『はい、バッチリです!』
これは『リンク・デバイス』と呼ばれるもので、ハンズフリーで話せる、魔力通信の装置だ。
マイクは付いていないけど、話した時の『思念』を拾って、相手に伝える。『念話魔法』の、応用技術で作られていた。なので、耳に音が聞こえるのではなく、直接、頭の中に、相手の声が聞こえてくる。
空を飛んでいる時は、風切り音やエンジン音で、会話が聞こえない。でも、これを付けていれば、飛びながらでも、普通に会話をすることができる。
最初は、違和感があるけど、慣れると快適だ。雑音が入らないので、物凄くクリアに、相手の声が聞こえる。
『まずは、機体に乗り込んで、マナゲージを回してみて』
『はい』
私は、シートに座ると、言われた通りに、集中して魔力を注ぎ込む。すると、マナゲージが、スーッと上昇して行った。すぐに『グリーンゾーン』一杯まで、溜まっていく。
『では、いったん、手を放して、ゲージを空にして』
『はい』
手を離すと、ゆっくりゲージが落ちて行く。
リリーシャさんは、手にしていたマギコンを見ながら、
『魔力供給・反応速度・安定度、どれも問題ないわね』
柔らかな笑顔で話す。
私はホッとして、フーッと息を吐き出した。〈飛行教練センター〉で、散々練習して来たとはいえ、久々の飛行なので、ちょっと緊張している。
『これから、並走飛行をするので、指示通りの高度と速度を、維持しながら飛んでね』
『分かりました』
リリーシャさんは、静かに白い機体に乗ると、すぐにエンジンを掛けた。流石に起動が速い。行動は、上品でゆったりしてるけど、一切の無駄がないんだよね。
あの機体は、セミ・マニュアル機なので、アクセルだけで『スタータ―・ボタン』が、付いていないタイプだ。つまり、魔力制御だけで、エンジンを起動している。
リリーシャさんは浮上後、空中ホバーしながら、
『エンジンを起動後、高度10。そのあとは、速度20・機体間距離3で』
細かく指示を出して来た。
私は、集中して魔力を注ぎ込む。魔力ゲージが伸びて、すぐに『グリーンゾーン』一杯まで振り切った。私は、一呼吸してから、ゆっくり『スターター・ボタン』を押す。すると、エンジンが起動し、フワッと浮力が発生した。
講習でならった通り、上空も含め、周囲の確認をしっかりと行う。問題がないことを確認すると、ゆっくり上昇を始めた。私は、上昇と下降は、そんなに上手くない。なので、慎重に魔力コントロールを心掛ける。
やがて、行動計が10メートルを指し、私はアクセルを静かに開いた。と同時に、隣にいたリリーシャさんの機体も、ゆっくりと進み始める。
今日は、かなり遅めの飛行スピードだ。でも、ゆっくり飛ぶ方が、難しかったりする。私は、高度と速度を確認しながら、リリーシャさんの機体に合わせることに、全神経を集中した。
『機体の調子は、どうかしら?』
『はい、全く問題ありません。上昇も安定していますし、加速も前の機体より、速い気がします』
機体によって、かなり乗り心地が違う。でも、この機体は、とても操作がしやすく、レスポンスも速い。
『機体重量の、軽さが大きいわね。エンジンも、新しい世代の物だから、パワーが出しやすいと思うわ』
『なるほど、重量が違うんですね。確かに、少し軽くなった気がします』
以前の機体よりも、明らかに、上昇が楽になった気がする。当然、軽いほうが、上昇スピードは速い。見た目が、スマートになった気がしたけど、実際に軽くなってたんだね。
『速度を30まで上昇。その後、ブレーキをかけて、25まで落としてみて』
『はい』
私は、アクセルを開いて、ゆっくり加速する。スピードメーターが、30を指したところで、軽くブレーキを入れた。すぐに減速が始まり、スピード25で、ブレーキを離す。
『減速も、問題なさそうね。違和感やタイミングのズレは、ないかしら?』
『全く問題ないです。加速も減速も、すぐに作動しています。ただ、加速が以前よりも、アクセルを大きめに、開く必要がある感じがします』
『加速し過ぎないように、アクセル精度を、落とし過ぎてしまったのかも。あとで、調整しておくわね』
『はい、お願いします』
各機体には、制御プログラムが入っていた。これは、マギコンを繋ぐことで、調整が可能だ。人によって、魔力量が違うため、ある程度、初期設定が必要になる。
基本設定でも、普通に飛べるけど、特定の人だけが乗る機体は、個人に合わせたほうが操縦しやすい。この調整は、経験や知識が必要なので、全てリリーシャさんに、やってもらっていた。
『それでは、高度15、速度30で〈ドリーム・ブリッジ〉に向かいましょう』
『了解です』
私は、リリーシャさんと並走したまま〈南地区〉の海岸に向かった。しばらくすると〈南地区〉の海沿いまで出て、とても大きな橋が見えてきた。〈ドリーム・ブリッジ〉に差し掛かると、橋の上空を飛行しながら〈新南区〉に向かった。
時折り、指示が来たり、機体の調子をきかれる以外は、無言のまま飛んでいく。でも、すぐ隣に、リリーシャさんがいるだけで、とても楽しい。こんなふうに、一緒に飛ぶのは初めてだし。休日に、一緒にお出掛けするのも、初めてだもんね。
それに、飛んでいる姿が、とても美しい。見ているだけで、幸せな気分になる。やっぱり、私の目指すべき人は、リリーシャさんだなぁーって、つくづく思う。
私たちは〈新南区〉を、海沿いにぐるっと一周したあと〈南地区〉に戻った。結構な距離を飛んだけど、機体は特に問題なし。私の体も魔力も絶好調で、慣らし運転は無事に終了。
事故の恐怖が少し残ってたけど、リリーシャさんが隣にいたから、安心して飛ぶことができた。流石は『天使の羽』だ。一緒にいる時の、安心感が半端ない。
ふー、何とか無事に終わった。最初は緊張したけど、途中からは、普通に楽しんでたし。やっぱり、空を飛ぶって、最高の気分だよね。
慣らし運転のあと、私たちは〈南地区〉にある、レストランにやって来た。初めてのお店だけど、とても綺麗でオシャレだし、お客さんも一杯入っている。あらかじめ、予約をしておいたようで、店員さんに、テラス席に案内された。
席に着くとすぐに、リリーシャさんは、コース料理を頼む。店員さんとも、顔見知りのようだし、どうやら、よく来ているお店のようだ。
「お疲れ様、風歌ちゃん。これで、問題なく乗れるわね」
「リリーシャさんこそ、大変お疲れ様でした。あの、私あまりお金を、持ってないんですけど……」
何か高そうなお店なので、そっちの方が気になってしまう。
「大丈夫よ、ご馳走するから」
「でも、慣らし運転に、付き合っていただいた上に、食事まで、ご馳走していただくなんて。ここのところ、色々やって貰ってばかりで、申しわけないです」
本当に、何から何まで、やってもらっているのに、私は何一つ返せていなかった。優しくして貰えるのは嬉しいけど、お返しが出来るかどうかが不安で、つい焦ってしまう。どんどん、借りが増えていくみたいで――。
「風歌ちゃんは、何も気にしなくていいのよ。私がしたくて、勝手にやっているだけだから」
リリーシャさんは、いつも通りの、優しい笑顔を浮かべた。
きっと、それは本心なんだと思う。初めて出会った時から、ずっとそうだ。何の見返りもなく、ひたすら優しくしてくれる。何でそこまで、人に優しく出来るんだろうか? 私も、そんな人間になりたい……。
世間話をしている内に、料理が運ばれて来た。どれも、美味しそうな魚料理ばかり。しかも、お刺身なんかまであった。私は、魚が大好きなので、物凄くテンションが上がる。
先ほどまでの、慣らし運転中は、かなり気が張っていた。でも、緊張が解けた途端、結構、空腹だったことに気が付く。最初は、遠慮してたけど、料理を目の前にすると、自然と手が伸びてしまった。
「うーん、滅茶苦茶おいしいです!」
食べた瞬間、口の中に広がる素晴らしい味に、思わず笑顔と歓喜の声がもれる。大げさな反応かも知れないけど、いつもパンばかりだし、本当に美味しいので。
身がプリプリしていて、新鮮で、超美味しい。見た目も、味付けも、物凄く凝っていた。ただ、残念なことに、私の表現力のなさのせいで『美味しい』以外の言葉が、見つからなかった。
「やっぱり、似ているわね」
「えっ、誰とですか?」
「食べた時の、反応や表情が、風歌ちゃんのお母様にそっくり」
「って、お母さんも、ここに来たんですか?!」
そういえば、以前うちの母親が、お忍びで来てたんだよね。でも、その時の話は、まだ詳しく聴いていない。
「ちょうど、その席に座っていたのよ。だから、つい姿が被ってしまって」
「えぇ?! お母さんも、この席に?」
偶然、この席になった――という訳でもなさそうだ。お客さんが、沢山いる人気店のようなので、あらかじめこの席を、予約したのかもしれない。
「お母様とは、仲直りできたの?」
「いえ、それがまだ……。あれ以来、全然、連絡もしてませんし」
私に会わずに帰っちゃったし。何か連絡し辛くて――。
「風歌ちゃんは、厳しいから苦手、と言っていたけれど。興味のない人に、厳しくはしないのよ」
「そう……でしょうか?」
興味って、私に対して? それとも、世間体について?
「大事だからこそ、厳しくするの。私もね」
「えぇ? リリーシャさんは、いつも優しいじゃないですか?」
「こないだ、退院してきた時。私、厳しく接したでしょ?」
「あぁ――。でも、あれは、厳しいというより、冷たく感じました。だから、私てっきり『見捨てられちゃったのかも?』と思いました」
厳しく怒鳴られるより、冷たくされる方が、はるかにこたえる。
「えっ、そうなの? ごめんなさい、私、怒るのが下手で。見捨てるつもりなんて、全くないのよ」
「いえ、リリーシャさんは、何も悪くないです。全面的に、私が悪いんですから。それに、何があっても、私はリリーシャさんに、ついて行きますから。たとえ見捨てられたって、しがみついて行きますので」
「だから、見捨てたりなんか、しないから」
二人で顔を見合わせると、くすくすと笑った。
もう二度と、手を煩わせたり、怒らせたりすることは止めよう。やっぱり、リリーシャさんには、優しい笑顔が一番、似合っているから。
お母さんも、私が怒らせるようなことをしなければ、優しく笑ってくれるんだろうか……?
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次回――
『おニューの機体で飛ぶ空はキラキラと輝いて見えた』
女の子は誰でもキラキラ輝く宝石なんだから
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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