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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
4-2人生初のメイド喫茶のバイトはとても奇妙で貴重な体験だった
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会社が休みの、水曜日。私は〈新南区〉に来ていた。滅多に来ない場所だけど、今日は、訳あってここに来ている。私だけじゃなくて、ナギサちゃんとフィニーちゃんも、一緒に来ていた。さらに、キラリスちゃんも、一緒にいる。
実は、先日、ナギサちゃんたちと、一緒に練習飛行をしている時、偶然、キラリスちゃんに出会った。その際に、彼女から、ある頼みごとをされたのだ。『今度、開店する店の、オープニング・スタッフを手伝ってくれないか?』と。
ちなみに、キラリスちゃんが所属している〈アクア・リゾート〉は、シルフィード会社だけが、本業ではない。様々なリゾート施設、スポーツジム、飲食店なんかも、たくさん出店している。
それで、新人のシルフィードは、接客や社会勉強のために、系列のお店で、研修をやることが有るらしい。ただ、近々開店予定のお店の『オープニング・スタッフ』が、足りていないため、探していたようだ。
ちなみに、新しく開店するのは飲食店で、そこのウェイトレスをやるのが、仕事なんだって。
ただ、私たちは〈アクア・リゾート〉の社員じゃないし。『副業は、マズイんじゃない?』という話になった。特に〈ファースト・クラス〉は、そこら辺が、物凄く厳しいみたいだし。
でも、私はウェイトレスとか、ちょっと興味があったんだよね。それで、リリーシャさんに訊いてみたら『接客の勉強になるから、いいんじゃない』と、あっさり許可してもらえた。
フィニーちゃんは『手伝ってくれたら、店のメニュー全品、食べ放題』の言葉につられ、あっさりOK。相変わらず、食べ物が絡む時は、やる気が高い。
ナギサちゃんは『お金がダメなら〈アクア・リゾート〉の系列店で使える、優待券で渡すこともできるから。それなら、副業じゃなくて、ボランティアじゃん?』と言われた。
少し考えていたけど、私たち二人が、OKしたのを見て『社会勉強になるかもしれないから』と、渋々引き受けたのだった。何だかんだで、いつも付き合ってくれるし。ちゃんと、会社にも、許可は取って来たみたい。
そんなこんなで、私たちは、今日オープンする〈アクアリウム〉に、やって来ていた。最初は、普通のカフェだと思っていたけど、ちょっと特殊なお店で『メイドカフェ』だった。
向こうの世界でも、TVなんかでは、見たことあるけど。実物を見るのは、今回が初めてだ。なんでも、向こうの世界の『メイドカフェ』を、モチーフにしてるんだって。なので、私が向こうの世界の出身だと言ったら、店長が大喜びしていた。
でも、私も完全に、ど素人なんですけど……。
お店のオープンは、十時から。でも、今日は八時にお店に行って、各種説明や研修を受けた。仕事は、お客様のお出迎えと、お見送り。ここら辺は、シルフィードの仕事でもやってるから、慣れている。
あとは、オーダーを受けるのと、できあがった料理を、各テーブルに持って行くこと。これについては、完全に初めてだ。でも、ちゃんとマニュアルがあって、対応法は全て、細かく決まっていた。
オーダーは、専用端末を立ち上げ、空中モニターをタッチするだけ。しかも『音声読み取り機能』がある。なので、基本的には、お客様のオーダーと、選択されたメニューが合っているか、確認するだけだ。凄く便利だよね、この機能。
オーダーを受けたあと、送信ボタンを押せば、厨房にちゃんとデータ送信される。つまり、基本的には、接客だけで、覚えることはほとんどない。
あと、料理が完成したら、各端末に、情報が送信されてくる。新規のお客様が入店したり、レジに会計のお客様が来ると、それも端末に送信されてくるシステムだ。端末一つで、全ての状況が確認できるので、思った以上に効率的だった。
なので、研修はシステムの使い方よりも、接客のほうがメインで行われた。実は、このお店は、接客が独特なんだよね。
入店時には『おかえりなさませ』で、出店時は『言ってらしゃいませ』なのは、向こうのメイド喫茶と同じ。ただ、問題は、それぞれのメイドごとに、接客法が違うということだ。
それぞれに、キャラ付けがあって、その性格に合った対応を行う。ナギちゃんは『高飛車のお嬢様』で、フィニーちゃんは『カワイイ妹』キャラ。キラリスちゃんは『中二病』キャラ。まぁ、ここら辺は、いつも通りなので、しっくり行くよね。
もっとも、ナギサちゃんと、キラリスちゃんは、納得が行かないみたいで、ブーブー文句を言っていたけど。
でもって、私はというと、なぜか『元気で、ちょっとお馬鹿な』キャラ。店長に『風歌ちゃんは、そのままでいから』と言われて、非常に複雑な気分になったのは、言うまでもない。
何で、ここでも、お馬鹿なキャラ――?
唯一、納得していたのは、フィニーちゃんだけ。まぁ、フィニーちゃんは、元々妹キャラだからね。いつも、年上の人たちから、甘やかされてるみたいだし。
結局、少々納得のいかない部分がありながらも、それぞれの役割を果たすべく、各自に渡された接客マニュアルで、セリフを覚える。
研修のあとは、更衣室で、みんなメイド服に着替えた。事前に、サイズを伝えておいたので、大きさはピッタリだ。
黒のメイド服に、白いエプロン。黒のストッキングに、白のカチューシャ。スカート丈も長めで、向こうの世界のいかにも、って感じゃなくて、地味目の普通のメイド服だ。
全員、着替え終わると、何だかんだで、みんな似合っていた。その中でも、抜群に似合っているのが、ナギサちゃんだ。スタイルがいいし、何と言っても、着こなしがビシッとしている。顔もスタイルも抜群だから、何を着ても似合うんだよね。
「うぁー、ナギサちゃんキレイ! 本物のメイドさんみたい」
「おぉー、何か妙に貫禄あるな? お前、経験者か?」
「違うわよ。メイドなんて、初めてに決まってるでしょ」
みんなで服を見せ合いながら、キャーキャーと盛り上がる。服を着替えたら、気分が上がって、楽しくなってきた。
「フィニーちゃんは、すっごくカワイイねぇ。お人形みたい」
「そういや、こんな人形、見たことあるな」
「接客の時は、もっと、しまった顔をしなさいよ」
フィニーちゃんは、特に興味のない様子で、いつも通り、ボーッとした眠そうな表情をしている。ついでに、大きなあくびをした。相変わらずマイペースだけど、接客、大丈夫なんだろうか?
フロアに出て、備品などを、最終チェックしている内に、開店時間の十時になった。開店で扉を開けた途端、外で待っていたお客様たちが、続々と入店して来る。結構、並んでいた人たちがいたようだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様! お嬢様!」
フロアで待機していた、たくさんのメイドたちは、一斉に元気に挨拶をする。それぞれのメイドは、一組ずつ、席に案内していく。私も、二人で来ていたお客様を、奥の席に案内していった。
お客様が席に着くと、私は端末を操作し、二人の前に、メニューの空中モニターを表示する。そのあとは、オーダー画面を、自分の前に開いた。
「ご主人さまー、何が食べたいですかぁー? ご遠慮なくー、何でも言ってくださいねぇー」
私は、元気いっぱいに、二人に声を掛ける。
私の場合は、元気かつ、語尾を伸ばすというのが、接客マニュアルに書いてあったことだ。でも、こんな話し方で、本当にいいんだろうか……?
「風ちゃんは、何がおすすめかな?」
「えーっとぉ、オムライス・セットがー、一番のおすすめでーす」
おすすめを訊かれたら、とりあえず『オムライス・セット』を勧めるというのも、マニュアルに書いてあったことだ。
「じゃあ、それ、もらおうかな」
「僕もそれで」
「はーい。お飲み物はー、何がいいですかぁー?」
「じゃあ、アイスティーで」
「僕はコーラ」
「はーい。かしこまりでーす。ご主人さまー、しばらくお待ちくださーい」
私は、オーダー画面を確認すると、送信ボタンを押した。
何か、セリフに色々と違和感があるし、敬語の使い方が、おかしなところも有る。でもこれ、全部マニュアル通りなんで――。店長さん曰く、ちょっと、おかしな感じがするぐらいが、個性が出ていいらしい。
私が席を離れると、すぐそばでは、他の子たちも接客中だった。
「だから、さっさと決めなさいよ。全く、優柔不断なご主人ね」
「す、すいません。お任せで」
「まったく、しょうがないわね。じゃあ、オムライス・セットでいいわね?」
「はい、それでお願いします」
ナギサちゃんは、しっかり、高飛車のお嬢様を演じている。でも、不思議と妙に似合っていた。ここまでじゃないけど、普段から、あんな感じだもんね。それにしても、厳しい物言いなのに、お客様は、なぜかとても嬉しそうだ。
「お姉ちゃん、おすすめはね。これとこれと、あとこれ」
すぐ隣では、フィニーちゃんが、女性客の二人を接客中だった。
「うんうん。じゃあ、私それ全部ちょうだい」
「私もー。てか、可愛いなぁー、もー」
確かに、フィニーちゃんのメイド服姿は、飛び切り可愛い。本来、お勧めは『オムライス・セット』なのに、自分の好きなものを、どんどんオススメしている。でも、お客様は、それで喜んでいる様子だった。
「クフフッ、御主人よ。今日は、特別に我が接客してやるぞ。こんなこと、滅多にしないんだからな。感謝して注文するがよい。変な物を頼んだら、魂を吸い取るぞ」
「むしろ、吸い取られたいかも。キラちゃんのオススメは?」
「クフフッ。なら、闇の力をたっぷり注いだ、特製ビーフシチューが、オススメだぞ。それから、我のことは、キラ様と呼ぶがいい」
「はい、キラ様。じゃあ、それお願いします」
キラリスちゃんもだけど、何だかんだで、お客様もノリノリだ。
ニ人目のお客様を案内したところで、端末が振動する。確認すると、四番テーブルの料理の、準備ができたようだ。初日は、キッチン・スタッフも増やしているので、作るのがとても速い。
私は急いで、キッチンに料理を受け取りに行く。すでに、トレーが二つ用意してあった。
「四番テーブル、持って行きます」
「よろしくー」
声をかけると、厨房から声が返ってくる。キッチン・スタッフも、忙しそうに動いていた。私は、トレーをワゴンにのせると、ゆっくり押して行った。
「ご主人様ー、お待たせしましたー。オムライス・セットでーす」
四番テーブルに着くと、元気に声を掛ける。
「おぉー、来た来た」
「なるほど、これが、イチオシメニューだね」
二人の前に、料理を置くと、
「ご主人さまー、もっとおいしくなる魔法、いりますかー?」
私は笑顔で声を掛ける。
「もちろん!」
「是非とも!」
「じゃあ、お祈りから、行きますよー」
私が胸の前で手を組むと、二人も同じポーズをとった。
「豊かな恵みに、心より感謝します」
まずは、目を閉じ、祈りを捧げる。お祈りが終わると、目を開けて、人差し指を突き出し、グルグルと回し始めた。
「もーっと、もーっと、おいしくなーれ!」
「もーっと、もーっと、おいしくなーれ!」
1つずつ順番に、オムライスに魔法をかけて行く。
「はーい、私の想い、ちゃーんと込めましたよー」
「おぉー!」
「ありがとー!」
二人とも、とても喜んでくれているようだ。
「それでは、ご主人様ー、ごゆっくりー」
私は、軽く会釈すると、ワゴンを押しながら、テーブルを立ち去った。
練習では、結構、恥ずかしかったけど。実際にやってみると、そうでもない。というのも、お客様のノリがいいからだ。
周りを見ると、他の所でも、美味しくなる魔法をやっている。メイドによって、やり方が少し違う。
ナギサちゃんは、物凄く恥ずかしそうにやっていた。でも、冷たい態度との、ギャップが受けているみたいだ。フィニーちゃんは、無表情でやってるけど、お客様は『カワイイー!』と、大満足のようだった。
キラリスちゃんは、闇の波動とやらを込めてるけど、そんなんで、大丈夫なんだろうか? それでも、お客さんは喜んでいる。もう、何でもありだね、このお店……。
最初は、あたふたしたり、ちょっと緊張たりしたけど。お客様が多くて、すぐに、それどころでは無くなった。次々と入って来る、新規のお客様に対応し、あわただしい中、どんどん時間が過ぎて行く――。
******
時間は、十七時。本日の営業は、これで終了だ。想像以上に大盛況で、目の回る忙しさだった。メイドの子たちも、みんな疲れ切った顔をしている。体力には自信のある私も、さすがに疲れた。
普通に、体を動かすだけならいいけど、1日中、接客するって、想像以上に大変だった。しかも、いつもとは違うキャラに、なり切らなければならかったので。普段の何倍も、気を遣っていた。
「はい、はーい。みんなー、お疲れ様でしたー!」
店長のアディ―さんが、手を叩きながら、みんなに声を掛ける。ちなみに、彼はれっきとした男性だが、話し方が、完全にお姉言葉だ。最初は、違和感があったけど、だんだん慣れてきた。それに、指示や指導も的確で、とても有能な人だ。
「今日は、みんなのお蔭で、大成功だったわー。なんと、目標売上の、1.7倍を達成! ちゃんと、みんなのお給料も、色を付けておいたわよー」
アディ―さんは、サッと封筒を取り出して、みんなに見せる。すると『おぉー!!』と、驚きと喜びの声が上がった。
「はいはーい。じゃ、一人ずつ、渡していくわよー!」
彼は、一人一人に、ねぎらいの言葉を掛けながら、お給料を手渡していく。
へぇー、ここって日払いなんだ? しかも、現金の手渡し。今までは、月に一度、振り込みだったので、こういうのは初めてだ。
やがて、私たちの番になり、アディ―さんがやってきた。
「あなたたちは、シルフィードだから、副業はダメなのよね。でも、色々考えてみたんだけど、これだけ頑張ってくれて、優待券はないと思うの。だから、あなたたちの分も、ちゃんと用意したわよ」
「いえ、でも、私は受け取るわけには、行きません。〈ファースト・クラス〉には、厳しい社則がありますので」
ナギサちゃんは、真っ先に断った。規則は絶対順守の、ナギサちゃんらしい。何があっても、ルールは曲げないもんね。
「えぇ、分かってるわ。あの会社、厳しいものね。だから『お礼』にしたから。これ、私の『ポケットマネー』だから、お給料じゃないのよ。私の、個人的な気持ち」
私たちの前に、差し出された封筒には、みんなの『給与』とは違い『お礼』と書かれていた。
彼は、ナギサちゃんの手を取ると、
「本当に、これは、私の感謝の気持ちだから。もし、どうしても嫌なら、使わなくてもいいから。取っておくだけ、取っておいて」
その上に、そっと『お礼』の封筒を置いた。ナギサちゃんは、困惑した表情をしている。彼は、私たちにも、ねぎらいの言葉を掛けながら、封筒を渡して行った。
私も、最初は、タダ働きのつもりで来ていたから、どうしたものかと、ちょっと悩んだ。でも、アディ―さんの優し気な表情を見て、気持ちとして、受け取っておくことにした。
「あとね、あなたたち、物凄くメイドの才能あるわよ。もし、気が向いたら、また来てちょうだい。いつでも、大歓迎だからね」
アディ―さんは、笑顔を浮かべながら、声をかけて来る。あながち、冗談で言ってる感じでもなかった。
「はいはい、みんなー。じゃあ、打ち上げやるわよー」
いつの間にか、厨房のスタッフの人たちが、料理を運んできていた。テーブルの上には、続々と料理や飲み物が置かれていく。
つい先ほどまで、死にかけていたフィニーちゃんが、急に元気になったのは、言うまでもない。
いやー、それにしても、大変な一日だった。まさか、ここまでお客様が来るとは、思わなかったし。こんな、変わった接客をやるのも、完全に予想外だった。でも、滅多にない、貴重な経験ができたし。想像以上に、接客のいい勉強になったと思う。
それに、お客様たちが、みんな喜んでくれて、凄く嬉しかった。結局、どんな仕事をやっても『お客様に喜んでもらう』という、基本は変わらないんだね。
今日みたいな、お客様の笑顔が、たくさん見られるように。シルフィードの仕事も、もっともっと、頑張りまっしょい!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『尖った個性とマイルドな個性ってどっちがいいんだろう?』
癖と言うから駄目なんですよ、個性と呼べばかっこいいではありませんか!
実は、先日、ナギサちゃんたちと、一緒に練習飛行をしている時、偶然、キラリスちゃんに出会った。その際に、彼女から、ある頼みごとをされたのだ。『今度、開店する店の、オープニング・スタッフを手伝ってくれないか?』と。
ちなみに、キラリスちゃんが所属している〈アクア・リゾート〉は、シルフィード会社だけが、本業ではない。様々なリゾート施設、スポーツジム、飲食店なんかも、たくさん出店している。
それで、新人のシルフィードは、接客や社会勉強のために、系列のお店で、研修をやることが有るらしい。ただ、近々開店予定のお店の『オープニング・スタッフ』が、足りていないため、探していたようだ。
ちなみに、新しく開店するのは飲食店で、そこのウェイトレスをやるのが、仕事なんだって。
ただ、私たちは〈アクア・リゾート〉の社員じゃないし。『副業は、マズイんじゃない?』という話になった。特に〈ファースト・クラス〉は、そこら辺が、物凄く厳しいみたいだし。
でも、私はウェイトレスとか、ちょっと興味があったんだよね。それで、リリーシャさんに訊いてみたら『接客の勉強になるから、いいんじゃない』と、あっさり許可してもらえた。
フィニーちゃんは『手伝ってくれたら、店のメニュー全品、食べ放題』の言葉につられ、あっさりOK。相変わらず、食べ物が絡む時は、やる気が高い。
ナギサちゃんは『お金がダメなら〈アクア・リゾート〉の系列店で使える、優待券で渡すこともできるから。それなら、副業じゃなくて、ボランティアじゃん?』と言われた。
少し考えていたけど、私たち二人が、OKしたのを見て『社会勉強になるかもしれないから』と、渋々引き受けたのだった。何だかんだで、いつも付き合ってくれるし。ちゃんと、会社にも、許可は取って来たみたい。
そんなこんなで、私たちは、今日オープンする〈アクアリウム〉に、やって来ていた。最初は、普通のカフェだと思っていたけど、ちょっと特殊なお店で『メイドカフェ』だった。
向こうの世界でも、TVなんかでは、見たことあるけど。実物を見るのは、今回が初めてだ。なんでも、向こうの世界の『メイドカフェ』を、モチーフにしてるんだって。なので、私が向こうの世界の出身だと言ったら、店長が大喜びしていた。
でも、私も完全に、ど素人なんですけど……。
お店のオープンは、十時から。でも、今日は八時にお店に行って、各種説明や研修を受けた。仕事は、お客様のお出迎えと、お見送り。ここら辺は、シルフィードの仕事でもやってるから、慣れている。
あとは、オーダーを受けるのと、できあがった料理を、各テーブルに持って行くこと。これについては、完全に初めてだ。でも、ちゃんとマニュアルがあって、対応法は全て、細かく決まっていた。
オーダーは、専用端末を立ち上げ、空中モニターをタッチするだけ。しかも『音声読み取り機能』がある。なので、基本的には、お客様のオーダーと、選択されたメニューが合っているか、確認するだけだ。凄く便利だよね、この機能。
オーダーを受けたあと、送信ボタンを押せば、厨房にちゃんとデータ送信される。つまり、基本的には、接客だけで、覚えることはほとんどない。
あと、料理が完成したら、各端末に、情報が送信されてくる。新規のお客様が入店したり、レジに会計のお客様が来ると、それも端末に送信されてくるシステムだ。端末一つで、全ての状況が確認できるので、思った以上に効率的だった。
なので、研修はシステムの使い方よりも、接客のほうがメインで行われた。実は、このお店は、接客が独特なんだよね。
入店時には『おかえりなさませ』で、出店時は『言ってらしゃいませ』なのは、向こうのメイド喫茶と同じ。ただ、問題は、それぞれのメイドごとに、接客法が違うということだ。
それぞれに、キャラ付けがあって、その性格に合った対応を行う。ナギちゃんは『高飛車のお嬢様』で、フィニーちゃんは『カワイイ妹』キャラ。キラリスちゃんは『中二病』キャラ。まぁ、ここら辺は、いつも通りなので、しっくり行くよね。
もっとも、ナギサちゃんと、キラリスちゃんは、納得が行かないみたいで、ブーブー文句を言っていたけど。
でもって、私はというと、なぜか『元気で、ちょっとお馬鹿な』キャラ。店長に『風歌ちゃんは、そのままでいから』と言われて、非常に複雑な気分になったのは、言うまでもない。
何で、ここでも、お馬鹿なキャラ――?
唯一、納得していたのは、フィニーちゃんだけ。まぁ、フィニーちゃんは、元々妹キャラだからね。いつも、年上の人たちから、甘やかされてるみたいだし。
結局、少々納得のいかない部分がありながらも、それぞれの役割を果たすべく、各自に渡された接客マニュアルで、セリフを覚える。
研修のあとは、更衣室で、みんなメイド服に着替えた。事前に、サイズを伝えておいたので、大きさはピッタリだ。
黒のメイド服に、白いエプロン。黒のストッキングに、白のカチューシャ。スカート丈も長めで、向こうの世界のいかにも、って感じゃなくて、地味目の普通のメイド服だ。
全員、着替え終わると、何だかんだで、みんな似合っていた。その中でも、抜群に似合っているのが、ナギサちゃんだ。スタイルがいいし、何と言っても、着こなしがビシッとしている。顔もスタイルも抜群だから、何を着ても似合うんだよね。
「うぁー、ナギサちゃんキレイ! 本物のメイドさんみたい」
「おぉー、何か妙に貫禄あるな? お前、経験者か?」
「違うわよ。メイドなんて、初めてに決まってるでしょ」
みんなで服を見せ合いながら、キャーキャーと盛り上がる。服を着替えたら、気分が上がって、楽しくなってきた。
「フィニーちゃんは、すっごくカワイイねぇ。お人形みたい」
「そういや、こんな人形、見たことあるな」
「接客の時は、もっと、しまった顔をしなさいよ」
フィニーちゃんは、特に興味のない様子で、いつも通り、ボーッとした眠そうな表情をしている。ついでに、大きなあくびをした。相変わらずマイペースだけど、接客、大丈夫なんだろうか?
フロアに出て、備品などを、最終チェックしている内に、開店時間の十時になった。開店で扉を開けた途端、外で待っていたお客様たちが、続々と入店して来る。結構、並んでいた人たちがいたようだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様! お嬢様!」
フロアで待機していた、たくさんのメイドたちは、一斉に元気に挨拶をする。それぞれのメイドは、一組ずつ、席に案内していく。私も、二人で来ていたお客様を、奥の席に案内していった。
お客様が席に着くと、私は端末を操作し、二人の前に、メニューの空中モニターを表示する。そのあとは、オーダー画面を、自分の前に開いた。
「ご主人さまー、何が食べたいですかぁー? ご遠慮なくー、何でも言ってくださいねぇー」
私は、元気いっぱいに、二人に声を掛ける。
私の場合は、元気かつ、語尾を伸ばすというのが、接客マニュアルに書いてあったことだ。でも、こんな話し方で、本当にいいんだろうか……?
「風ちゃんは、何がおすすめかな?」
「えーっとぉ、オムライス・セットがー、一番のおすすめでーす」
おすすめを訊かれたら、とりあえず『オムライス・セット』を勧めるというのも、マニュアルに書いてあったことだ。
「じゃあ、それ、もらおうかな」
「僕もそれで」
「はーい。お飲み物はー、何がいいですかぁー?」
「じゃあ、アイスティーで」
「僕はコーラ」
「はーい。かしこまりでーす。ご主人さまー、しばらくお待ちくださーい」
私は、オーダー画面を確認すると、送信ボタンを押した。
何か、セリフに色々と違和感があるし、敬語の使い方が、おかしなところも有る。でもこれ、全部マニュアル通りなんで――。店長さん曰く、ちょっと、おかしな感じがするぐらいが、個性が出ていいらしい。
私が席を離れると、すぐそばでは、他の子たちも接客中だった。
「だから、さっさと決めなさいよ。全く、優柔不断なご主人ね」
「す、すいません。お任せで」
「まったく、しょうがないわね。じゃあ、オムライス・セットでいいわね?」
「はい、それでお願いします」
ナギサちゃんは、しっかり、高飛車のお嬢様を演じている。でも、不思議と妙に似合っていた。ここまでじゃないけど、普段から、あんな感じだもんね。それにしても、厳しい物言いなのに、お客様は、なぜかとても嬉しそうだ。
「お姉ちゃん、おすすめはね。これとこれと、あとこれ」
すぐ隣では、フィニーちゃんが、女性客の二人を接客中だった。
「うんうん。じゃあ、私それ全部ちょうだい」
「私もー。てか、可愛いなぁー、もー」
確かに、フィニーちゃんのメイド服姿は、飛び切り可愛い。本来、お勧めは『オムライス・セット』なのに、自分の好きなものを、どんどんオススメしている。でも、お客様は、それで喜んでいる様子だった。
「クフフッ、御主人よ。今日は、特別に我が接客してやるぞ。こんなこと、滅多にしないんだからな。感謝して注文するがよい。変な物を頼んだら、魂を吸い取るぞ」
「むしろ、吸い取られたいかも。キラちゃんのオススメは?」
「クフフッ。なら、闇の力をたっぷり注いだ、特製ビーフシチューが、オススメだぞ。それから、我のことは、キラ様と呼ぶがいい」
「はい、キラ様。じゃあ、それお願いします」
キラリスちゃんもだけど、何だかんだで、お客様もノリノリだ。
ニ人目のお客様を案内したところで、端末が振動する。確認すると、四番テーブルの料理の、準備ができたようだ。初日は、キッチン・スタッフも増やしているので、作るのがとても速い。
私は急いで、キッチンに料理を受け取りに行く。すでに、トレーが二つ用意してあった。
「四番テーブル、持って行きます」
「よろしくー」
声をかけると、厨房から声が返ってくる。キッチン・スタッフも、忙しそうに動いていた。私は、トレーをワゴンにのせると、ゆっくり押して行った。
「ご主人様ー、お待たせしましたー。オムライス・セットでーす」
四番テーブルに着くと、元気に声を掛ける。
「おぉー、来た来た」
「なるほど、これが、イチオシメニューだね」
二人の前に、料理を置くと、
「ご主人さまー、もっとおいしくなる魔法、いりますかー?」
私は笑顔で声を掛ける。
「もちろん!」
「是非とも!」
「じゃあ、お祈りから、行きますよー」
私が胸の前で手を組むと、二人も同じポーズをとった。
「豊かな恵みに、心より感謝します」
まずは、目を閉じ、祈りを捧げる。お祈りが終わると、目を開けて、人差し指を突き出し、グルグルと回し始めた。
「もーっと、もーっと、おいしくなーれ!」
「もーっと、もーっと、おいしくなーれ!」
1つずつ順番に、オムライスに魔法をかけて行く。
「はーい、私の想い、ちゃーんと込めましたよー」
「おぉー!」
「ありがとー!」
二人とも、とても喜んでくれているようだ。
「それでは、ご主人様ー、ごゆっくりー」
私は、軽く会釈すると、ワゴンを押しながら、テーブルを立ち去った。
練習では、結構、恥ずかしかったけど。実際にやってみると、そうでもない。というのも、お客様のノリがいいからだ。
周りを見ると、他の所でも、美味しくなる魔法をやっている。メイドによって、やり方が少し違う。
ナギサちゃんは、物凄く恥ずかしそうにやっていた。でも、冷たい態度との、ギャップが受けているみたいだ。フィニーちゃんは、無表情でやってるけど、お客様は『カワイイー!』と、大満足のようだった。
キラリスちゃんは、闇の波動とやらを込めてるけど、そんなんで、大丈夫なんだろうか? それでも、お客さんは喜んでいる。もう、何でもありだね、このお店……。
最初は、あたふたしたり、ちょっと緊張たりしたけど。お客様が多くて、すぐに、それどころでは無くなった。次々と入って来る、新規のお客様に対応し、あわただしい中、どんどん時間が過ぎて行く――。
******
時間は、十七時。本日の営業は、これで終了だ。想像以上に大盛況で、目の回る忙しさだった。メイドの子たちも、みんな疲れ切った顔をしている。体力には自信のある私も、さすがに疲れた。
普通に、体を動かすだけならいいけど、1日中、接客するって、想像以上に大変だった。しかも、いつもとは違うキャラに、なり切らなければならかったので。普段の何倍も、気を遣っていた。
「はい、はーい。みんなー、お疲れ様でしたー!」
店長のアディ―さんが、手を叩きながら、みんなに声を掛ける。ちなみに、彼はれっきとした男性だが、話し方が、完全にお姉言葉だ。最初は、違和感があったけど、だんだん慣れてきた。それに、指示や指導も的確で、とても有能な人だ。
「今日は、みんなのお蔭で、大成功だったわー。なんと、目標売上の、1.7倍を達成! ちゃんと、みんなのお給料も、色を付けておいたわよー」
アディ―さんは、サッと封筒を取り出して、みんなに見せる。すると『おぉー!!』と、驚きと喜びの声が上がった。
「はいはーい。じゃ、一人ずつ、渡していくわよー!」
彼は、一人一人に、ねぎらいの言葉を掛けながら、お給料を手渡していく。
へぇー、ここって日払いなんだ? しかも、現金の手渡し。今までは、月に一度、振り込みだったので、こういうのは初めてだ。
やがて、私たちの番になり、アディ―さんがやってきた。
「あなたたちは、シルフィードだから、副業はダメなのよね。でも、色々考えてみたんだけど、これだけ頑張ってくれて、優待券はないと思うの。だから、あなたたちの分も、ちゃんと用意したわよ」
「いえ、でも、私は受け取るわけには、行きません。〈ファースト・クラス〉には、厳しい社則がありますので」
ナギサちゃんは、真っ先に断った。規則は絶対順守の、ナギサちゃんらしい。何があっても、ルールは曲げないもんね。
「えぇ、分かってるわ。あの会社、厳しいものね。だから『お礼』にしたから。これ、私の『ポケットマネー』だから、お給料じゃないのよ。私の、個人的な気持ち」
私たちの前に、差し出された封筒には、みんなの『給与』とは違い『お礼』と書かれていた。
彼は、ナギサちゃんの手を取ると、
「本当に、これは、私の感謝の気持ちだから。もし、どうしても嫌なら、使わなくてもいいから。取っておくだけ、取っておいて」
その上に、そっと『お礼』の封筒を置いた。ナギサちゃんは、困惑した表情をしている。彼は、私たちにも、ねぎらいの言葉を掛けながら、封筒を渡して行った。
私も、最初は、タダ働きのつもりで来ていたから、どうしたものかと、ちょっと悩んだ。でも、アディ―さんの優し気な表情を見て、気持ちとして、受け取っておくことにした。
「あとね、あなたたち、物凄くメイドの才能あるわよ。もし、気が向いたら、また来てちょうだい。いつでも、大歓迎だからね」
アディ―さんは、笑顔を浮かべながら、声をかけて来る。あながち、冗談で言ってる感じでもなかった。
「はいはい、みんなー。じゃあ、打ち上げやるわよー」
いつの間にか、厨房のスタッフの人たちが、料理を運んできていた。テーブルの上には、続々と料理や飲み物が置かれていく。
つい先ほどまで、死にかけていたフィニーちゃんが、急に元気になったのは、言うまでもない。
いやー、それにしても、大変な一日だった。まさか、ここまでお客様が来るとは、思わなかったし。こんな、変わった接客をやるのも、完全に予想外だった。でも、滅多にない、貴重な経験ができたし。想像以上に、接客のいい勉強になったと思う。
それに、お客様たちが、みんな喜んでくれて、凄く嬉しかった。結局、どんな仕事をやっても『お客様に喜んでもらう』という、基本は変わらないんだね。
今日みたいな、お客様の笑顔が、たくさん見られるように。シルフィードの仕事も、もっともっと、頑張りまっしょい!
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次回――
『尖った個性とマイルドな個性ってどっちがいいんだろう?』
癖と言うから駄目なんですよ、個性と呼べばかっこいいではありませんか!
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最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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