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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
5-8一人前になってもこの三人の友情は変わらないだろうか?
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二十八日の夜。私は〈東地区〉にある、イタリアン・レストラン〈アクアマリン〉に来ていた。今日は、恒例の女子会だけど、特別な意味がある。明日、行われる『送迎祭』の、前夜祭だからだ。
明日の『送迎祭』は、朝からずっと、お祭り騒ぎになる。なのに、しっかり『前夜祭』でも、本番さながらに、盛り上がっていた。これは、この町の、古くからの伝統だ。お祭り好きの私にとっては、凄く素敵な習慣だと思う。
町中のレストランや飲食店は、どこも『前夜祭』のお客さんで、満席だった。最近は、地元の人だけではなく、大陸や向こうの世界から来た人たちも、この前夜祭に参加しているらしい。
あと〈グリュンノア〉の年越し行事は、世界的にも有名だ。わざわざ、年越しのために、この町に来る観光客も、非常に多かった。そのため、人の数が一気に増え、町中がお祭りムード一色に染まり、大変な活気に包まれていた。
普段でも、観光客の人たちで、盛り上がっているけど。今日は、どこもかしこも人だらけ。尋常じゃない数の人たちが、町中にひしめいていた。『魔法祭』の時と同じか、場合によっては、それ以上の、観光客の人たちが訪れるらしい。
年間を通しても、最大級のイベントだ。でも、明日の『送迎祭』が終われば、しばらくは、のんびりなんだよね。というのも、三十日が『仕事納め』だからだ。
シルフィード業界は『三十一日』から翌年の『六日』までは、協会のルールで、丸々一週間、お休みになっている。私たち見習いには、あまり関係ないけど。人気シルフィードたちは、年に一度ゆっくり休める、非常に貴重な期間だ。
私は、家にいても、何もやることないし。できれば、仕事をしてたいんだけどね。でも〈ホワイト・ウイング〉も、一週間、完全に閉めちゃうんだって。
まぁ、街をウロウロするのもいいけど。外は凄く寒いし。屋根裏で、ゴロゴロしているのも、暇なんで。年末年始、どう過ごすかは、まだ決めていなかった。あとで、ユメちゃんにでも、相談してみようかな……。
ちなみに、今座っているテラス席は、私たち三人が、初めて『女子会』をやった時に座った席だ。予約する時に、このテーブルを、お願いしといたんだよね。
今でも、多少の意見の対立はあるけど。この一年、とても楽しくやって来たし。私たちが親しくなる、きっかけになった、大事な場所なので。
ただ、十二月なので、外はかなり寒い。でも、相変わらず、テラス席は満席だった。会議も祝い事も、外でやるのが、この町の伝統だからだ。
でも、テラス席には『ACS』が付いているので、そんなに寒くはなかった。これは『エア・コントロール・システム』のことで、周囲に『マナ・フィールド』を展開して、温風を発生させるものだ。もちろん、夏なら、冷風を流すこともできる。
区切られたフィールドなので、外でも思ったより温まるだよね。あと、透過型フィールドなので、普通に通り抜けられるし、風もある程度は入って来る。なので、外にいる感覚も、普通に味わうことができた。
ま、寒いのは変わらないけど、我慢できる程度にはなる。向こうの世界にはない、とても便利な装置だ。やっぱり、魔法って便利だよねぇ。
食事が一段落して、デザートが来たところで、私は会話を始める。もっとも、フィニーちゃんは、コース以外で注文した、大盛りデザートを食べるのに、夢中になっていた。
この寒いのに、なぜか、特大の『デラックス・パフェ』を食べている。見てるだけで、体が冷えて来そうだ……。
「それにしても、一年って、あっという間だよねぇ。私がこっちに来てから、もう九ヶ月になるんだもんね」
「一年なんて、そんなものよ。だからこそ、計画が大事なのよ」
いかにも、ナギサちゃんらしい、真面目な答えだった。
「まぁ、そうなんだけど。私の場合は、知らないことだらけで、計画どころじゃなかったよ。毎日が新しい経験の連続で、まるで、冒険してるみたいな感じだったもん」
二つの世界は、とても似ている部分が多い。異世界と言っても、同じ地球が、別の方向に発展した『並行世界』だからだ。でも、文化や習慣、特に魔法に関する知識などは、全く違うものだった。
最初は、魔法機械を使うたびに、滅茶苦茶、驚いてた。でも、今じゃ、ごく当たり前になっている。空を飛ぶのも、光が宙に浮いてるのも、まるで、生まれた時からの、常識のように感じている。どんなことでも、慣れるもんだよね。
「確かに、知らない世界に来たのだから、しょうがない部分もあるけど。風歌は、根本的に、勉強不足なのよ」
「んがっ……。私も、かなり勉強してるもん。覚えることが、多すぎるだけで」
実際、こっちに来てから、すっごく勉強したよね。この九ヵ月で、小中学校の時の数倍、勉強に時間を費やしてきた。
「やってれば、そのうち覚える。勉強はいらない」
特大パフェを食べていた、フィニーちゃんが、ボソッと呟く。
「そんな訳ないでしょ! 勉強しなければ、大事なことは、何も覚えられないわよ」
「そんなことない。勉強はおまけ」
まぁ、勉強が大事なのも、経験が大事なのも、どちらも一理ある。私は、ずっと経験だけで生きて来たから、フィニーちゃん派だ。でも、今では、勉強の大切さを痛感している。一流のシルフィードたちは、みんな、物凄く勉強しているからだ。
リリーシャさんの持つ、豊富な知識や礼儀作法なども、間違いなく、勉強で得た知識だと思う。そもそも、シルフィード学校時代は、首席だったみたいだし。
「フィニーツァは、勉強も仕事も、もう少し、真剣に取り組みなさいよ」
「ほどほどに、やってる。楽しくやるほうが、大事」
いつものことだけど、二人の意見は、見事にすれ違い続ける。価値観が、極端に違うから、一生、意見は合わないと思う。でも、何だかんだで、仲はいいんだよねぇ。もし、本当に嫌いなら、毎度、一緒にいるわけないし。
そもそも、ナギサちゃんもフィニーちゃんも、好き嫌いが、物凄くハッキリしている。それに、自分の主張は、絶対に曲げない性格だ。だから、衝突は避けられない。
「まぁまぁ、前夜祭なんだから、楽しくやろうよ。明日はもう、年越しなんだから」
取りあえず、いつも通り、止めに入る。
「でも、明日の『送迎祭』で、大騒ぎするのに。今日も、凄い大盛況だよね。やっぱり、翌朝まで、ワイワイやってるのかな?」
「ほとんどの人は、そうでしょうね。むしろ、前夜祭のほうが、好きな人もいるぐらいだから」
「この町の人たちは、本当にタフだよねぇ。お祭りのたびに、何日も宴会をやったり、徹夜したりとか。それでいて、しっかり仕事もしてるんだから」
この町は、ただでさえイベントが多いのに、前夜祭も、しっかりやっている。後夜祭は任意だけど、やっぱり、やる人が多いみたいだ。結局『前夜祭』『本番』『後夜祭』の三つを、一つのイベントでやるんだよね。
「非効率的だとは思うけど。この町の伝統なのだから、しょうがないわ。伝統とは、ちゃんとした、歴史的な理由があり、受け継いでいくものなのよ」
真面目なナギサちゃんでも、イベントやお祭りごとには、必ず参加している。それは、伝統を大事にしているからなんだね。
「それって、仕事が終わったあと、毎晩みんなで、宴会をやってたって話?」
「おぉっ、毎晩、おまつり! 食べ放題!」
フィニーちゃんが、激しく反応した。相変わらず、食べ物の部分にだけは、食い付いてくる。でも、毎晩、宴会なんて、凄く楽しそうだよね。
「宴会というほど、立派なものではないわ。昔は何もなかったし。ただ、あり合わせのものを持ち寄って、皆で食事をしていただけよ。会議なども、含めてね」
「昔は、本当に、貧しい町だったのよ。それでも、色々と工夫をして、力を合わせながら、お祭りなども開くようになった。どれも、今に比べれば、とても地味なものだったけどね」
ナギサちゃんは、お茶を飲みながら、淡々と説明する。
「でも、凄いよね。ただの無人島が、ここまで大都会になるなんて。それに、毎月、お祭りをやってる町なんて、ここぐらいだもんねぇ」
「全ては、先人たちのお蔭。だから、全てのお祭りやイベントも。こういった、前夜祭などの習慣も、馬鹿にはできないのよ」
そう言われてみると、ちょっと厳粛な気持ちになる。
「昔の人、単にたのしいから、お祭りやってただけ」
「そんな訳ないでしょ! 色んな想いや願いがあったのよ」
「お祭りは、たのしければいい」
「違うわよ。神聖な儀式から始まったものも、多いのだから」
またしても、二人がぶつかり合う。どちらも、正論だと思うんだけどね。
「どっちも、同じぐらい大事だよ。私のいた向こうの世界だって、元は神事だったのが、楽しいお祭りに、変わったものもあるし。時代によって、変わっていくのは、しょうがないんじゃないかな?」
「みんなが、楽しいからやってるのは、今も昔も同じだと思う。でも、今の人だって、神聖な気持ちや、感謝の気持なんかは、ちゃんと持ってるよ」
向こうの世界も、年末年始のイベントは、みんな楽しくてやってたもんね。でも、お参りに行く時だけは、妙に信心深い気持ちなったりとか。まぁ、今の人は、大体そんな感じだよね。
「それにしても、変わらないよねぇ、二人とも」
「何がよ?」
「ん?」
二人とも、不思議そうな表情で、私に視線を向けて来る。
「覚えてる? 私たち三人が、初めて顔合わせした日のこと? その日も、ここと同じテーブルだったんだよ」
私は、今でもあの日の出来事は、鮮明に覚えている。二人とも、物凄くぎくしゃくしてて、途中、かなり気まずくなった記憶がある――。
「……そういえば、そんなことも、有ったわね」
「言われてみれば、ここだったかも」
二人とも、周囲を確認したあと、静かに答える。
「あの時は、大変だったよ。二人とも、完全に意見が対立してて。でも、何だかんだで、今はとっても仲良しだもんね」
私は、二人とも大好きだから、二人が仲良くしてくれるのは、凄く嬉しい。
「はっ?! ただの腐れ縁よ」
「仲良くない――ふつう」
そして、この反応である。いやいや、どう考えたって、仲いいでしょ? 仲がいいから、遠慮なく、言いたいことが言えるんじゃん? まぁ、ナギサちゃんは、素直じゃないから、認めないだろうし。フィニーちゃんは、気付いてないだけかも。
「私たち、今年一年の間に、何回、一緒に行動したか覚えてる? お茶に行ったり、イベントに行ったり、一緒に色々準備したり」
二人とも黙り込む。
「向こうの世界でも、そうだったけど。本当に、仲のいい友達って、腐れ縁なんだと思う。あと、本当に身近で大事な人ほど、普通に思えるんじゃないかな? 一緒にいるのが当り前な、まるで、家族みたいな感じで」
私にとって、二人は、大事な親友であると共に、家族のような存在でもあった。いて欲しい時に、いつもいてくれる。そんな、当たり前な存在になっていた。
考えてみたら、学生時代に仲のよかった子たちも、そんな感じだったかな。特別『仲がいい』って、意識してたわけじゃなくて。気付いたら、いつも一緒にいるのが、当り前で。
「来年も、また、その次の年も。私たち、ずっと、一緒にいられるといいね」
私は、笑顔で二人に声を掛ける。
だが、ナギサちゃんは、顔を横に向け、フィニーちゃんは、黙々とパフェを食べ続ける。
って、ここ、超重要なところなのに! ちょっと、その反応は何? まぁ、いつもの二人らしいと言えば、らしいけど……。なかなか、こういう踏み込んだ話題には、乗ってくれない。
「そもそも、来年からは、私たち一人前なのよ。一人前になったら、毎日、お客様の対応をして。もう、練習なんか、している暇ないのだから。分かってるの?」
ナギサちゃんは、咳払いのあと、厳しい表情で話した。
「それは、分かってるけど。一緒にお茶したり、ご飯食べたり、できるじゃない?」
「ご飯! ご飯は、いつでも食べにいく」
こう言うところだけ、しっかり、フィニーちゃんが反応する。
「まぁ、何にしても、私たちが自由にできる、最後のイベントなのよ、今日は。それを、よく覚えておきなさいよ」
ナギサちゃんは、サラッと言い放つ。
確かに、ナギサちゃんの、言う通りなのかもしれない。もう、来年からは、私も一人前になるんだ。自由に練習したり、自由に友達に会ったりも、できなくなっちゃうんだよね。別の会社なら、なおのこと、会う機会が減ってしまう。
ずっと、一人前になることを、望んでいたはずなのに。何だか、ちょっぴり寂しい気がして。もうしばらく、このままでもいいかな、何て思ってしまう――。
「そんなの、関係ない。私は、来年も自由にやる」
「何言ってるの? そんなの、出来るわけないでしょ!」
「シルフィードは、風のように、自由な仕事。だから選んだ」
「逆でしょ。シルフィードは規律正しい、誰もが尊敬する存在なのよ」
やっぱり、二人の価値観は、正反対だ。でも、どっちも、一理あると思う。というか、シルフィードが、どうこうというより、二人の考え方の違いだよね。実際、色んなシルフィードがいるわけだし。
「あははっ、やっぱ変わらなよね。きっと、二人は永遠に変わらない気がする」
「どういう意味よ?」
ナギサちゃんは、複雑な表情を浮かべる。
「来年も、再来年も、十年後も。二人とも『今と同じ感じかなのかなぁー』って思って。もちろん、いい意味でね」
二人が、今と違う性格になっているイメージが、全くわいてこない。
「風歌に言われると、何か、イラッとするわね……」
「んがっ――。何でー?」
徹底して、規律を守るナギサちゃん。全てにおいて、自由なフィニーちゃん。この二人は、今後も変わらないだろう。まぁ、そのほうが、らしくていいけどね。
でも、私は、どうなんだろう? 生活環境が変わって、色々成長したかと思ったけど。性格とか価値観は、ほぼ昔のままだ。相変わらず、勢い重視だし、深いことは考えないし。人って、そう簡単には、変わらないもんだよね。
一人前になれば、少しは大人になるのかな? それとも、一生、この性格のままだったり?
先のことは、まだ、よく分からない。ただ、色んなものが、時と共に、少しずつ変わっていくはずだ。
でも、この三人の関係だけは、永遠に変わらないでいて欲しいなぁ……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『異世界で初めての年越しイベントは最高にハッピーだった』
みんな一緒の未来が、きっと私の…ウルトラハッピーなんだって
明日の『送迎祭』は、朝からずっと、お祭り騒ぎになる。なのに、しっかり『前夜祭』でも、本番さながらに、盛り上がっていた。これは、この町の、古くからの伝統だ。お祭り好きの私にとっては、凄く素敵な習慣だと思う。
町中のレストランや飲食店は、どこも『前夜祭』のお客さんで、満席だった。最近は、地元の人だけではなく、大陸や向こうの世界から来た人たちも、この前夜祭に参加しているらしい。
あと〈グリュンノア〉の年越し行事は、世界的にも有名だ。わざわざ、年越しのために、この町に来る観光客も、非常に多かった。そのため、人の数が一気に増え、町中がお祭りムード一色に染まり、大変な活気に包まれていた。
普段でも、観光客の人たちで、盛り上がっているけど。今日は、どこもかしこも人だらけ。尋常じゃない数の人たちが、町中にひしめいていた。『魔法祭』の時と同じか、場合によっては、それ以上の、観光客の人たちが訪れるらしい。
年間を通しても、最大級のイベントだ。でも、明日の『送迎祭』が終われば、しばらくは、のんびりなんだよね。というのも、三十日が『仕事納め』だからだ。
シルフィード業界は『三十一日』から翌年の『六日』までは、協会のルールで、丸々一週間、お休みになっている。私たち見習いには、あまり関係ないけど。人気シルフィードたちは、年に一度ゆっくり休める、非常に貴重な期間だ。
私は、家にいても、何もやることないし。できれば、仕事をしてたいんだけどね。でも〈ホワイト・ウイング〉も、一週間、完全に閉めちゃうんだって。
まぁ、街をウロウロするのもいいけど。外は凄く寒いし。屋根裏で、ゴロゴロしているのも、暇なんで。年末年始、どう過ごすかは、まだ決めていなかった。あとで、ユメちゃんにでも、相談してみようかな……。
ちなみに、今座っているテラス席は、私たち三人が、初めて『女子会』をやった時に座った席だ。予約する時に、このテーブルを、お願いしといたんだよね。
今でも、多少の意見の対立はあるけど。この一年、とても楽しくやって来たし。私たちが親しくなる、きっかけになった、大事な場所なので。
ただ、十二月なので、外はかなり寒い。でも、相変わらず、テラス席は満席だった。会議も祝い事も、外でやるのが、この町の伝統だからだ。
でも、テラス席には『ACS』が付いているので、そんなに寒くはなかった。これは『エア・コントロール・システム』のことで、周囲に『マナ・フィールド』を展開して、温風を発生させるものだ。もちろん、夏なら、冷風を流すこともできる。
区切られたフィールドなので、外でも思ったより温まるだよね。あと、透過型フィールドなので、普通に通り抜けられるし、風もある程度は入って来る。なので、外にいる感覚も、普通に味わうことができた。
ま、寒いのは変わらないけど、我慢できる程度にはなる。向こうの世界にはない、とても便利な装置だ。やっぱり、魔法って便利だよねぇ。
食事が一段落して、デザートが来たところで、私は会話を始める。もっとも、フィニーちゃんは、コース以外で注文した、大盛りデザートを食べるのに、夢中になっていた。
この寒いのに、なぜか、特大の『デラックス・パフェ』を食べている。見てるだけで、体が冷えて来そうだ……。
「それにしても、一年って、あっという間だよねぇ。私がこっちに来てから、もう九ヶ月になるんだもんね」
「一年なんて、そんなものよ。だからこそ、計画が大事なのよ」
いかにも、ナギサちゃんらしい、真面目な答えだった。
「まぁ、そうなんだけど。私の場合は、知らないことだらけで、計画どころじゃなかったよ。毎日が新しい経験の連続で、まるで、冒険してるみたいな感じだったもん」
二つの世界は、とても似ている部分が多い。異世界と言っても、同じ地球が、別の方向に発展した『並行世界』だからだ。でも、文化や習慣、特に魔法に関する知識などは、全く違うものだった。
最初は、魔法機械を使うたびに、滅茶苦茶、驚いてた。でも、今じゃ、ごく当たり前になっている。空を飛ぶのも、光が宙に浮いてるのも、まるで、生まれた時からの、常識のように感じている。どんなことでも、慣れるもんだよね。
「確かに、知らない世界に来たのだから、しょうがない部分もあるけど。風歌は、根本的に、勉強不足なのよ」
「んがっ……。私も、かなり勉強してるもん。覚えることが、多すぎるだけで」
実際、こっちに来てから、すっごく勉強したよね。この九ヵ月で、小中学校の時の数倍、勉強に時間を費やしてきた。
「やってれば、そのうち覚える。勉強はいらない」
特大パフェを食べていた、フィニーちゃんが、ボソッと呟く。
「そんな訳ないでしょ! 勉強しなければ、大事なことは、何も覚えられないわよ」
「そんなことない。勉強はおまけ」
まぁ、勉強が大事なのも、経験が大事なのも、どちらも一理ある。私は、ずっと経験だけで生きて来たから、フィニーちゃん派だ。でも、今では、勉強の大切さを痛感している。一流のシルフィードたちは、みんな、物凄く勉強しているからだ。
リリーシャさんの持つ、豊富な知識や礼儀作法なども、間違いなく、勉強で得た知識だと思う。そもそも、シルフィード学校時代は、首席だったみたいだし。
「フィニーツァは、勉強も仕事も、もう少し、真剣に取り組みなさいよ」
「ほどほどに、やってる。楽しくやるほうが、大事」
いつものことだけど、二人の意見は、見事にすれ違い続ける。価値観が、極端に違うから、一生、意見は合わないと思う。でも、何だかんだで、仲はいいんだよねぇ。もし、本当に嫌いなら、毎度、一緒にいるわけないし。
そもそも、ナギサちゃんもフィニーちゃんも、好き嫌いが、物凄くハッキリしている。それに、自分の主張は、絶対に曲げない性格だ。だから、衝突は避けられない。
「まぁまぁ、前夜祭なんだから、楽しくやろうよ。明日はもう、年越しなんだから」
取りあえず、いつも通り、止めに入る。
「でも、明日の『送迎祭』で、大騒ぎするのに。今日も、凄い大盛況だよね。やっぱり、翌朝まで、ワイワイやってるのかな?」
「ほとんどの人は、そうでしょうね。むしろ、前夜祭のほうが、好きな人もいるぐらいだから」
「この町の人たちは、本当にタフだよねぇ。お祭りのたびに、何日も宴会をやったり、徹夜したりとか。それでいて、しっかり仕事もしてるんだから」
この町は、ただでさえイベントが多いのに、前夜祭も、しっかりやっている。後夜祭は任意だけど、やっぱり、やる人が多いみたいだ。結局『前夜祭』『本番』『後夜祭』の三つを、一つのイベントでやるんだよね。
「非効率的だとは思うけど。この町の伝統なのだから、しょうがないわ。伝統とは、ちゃんとした、歴史的な理由があり、受け継いでいくものなのよ」
真面目なナギサちゃんでも、イベントやお祭りごとには、必ず参加している。それは、伝統を大事にしているからなんだね。
「それって、仕事が終わったあと、毎晩みんなで、宴会をやってたって話?」
「おぉっ、毎晩、おまつり! 食べ放題!」
フィニーちゃんが、激しく反応した。相変わらず、食べ物の部分にだけは、食い付いてくる。でも、毎晩、宴会なんて、凄く楽しそうだよね。
「宴会というほど、立派なものではないわ。昔は何もなかったし。ただ、あり合わせのものを持ち寄って、皆で食事をしていただけよ。会議なども、含めてね」
「昔は、本当に、貧しい町だったのよ。それでも、色々と工夫をして、力を合わせながら、お祭りなども開くようになった。どれも、今に比べれば、とても地味なものだったけどね」
ナギサちゃんは、お茶を飲みながら、淡々と説明する。
「でも、凄いよね。ただの無人島が、ここまで大都会になるなんて。それに、毎月、お祭りをやってる町なんて、ここぐらいだもんねぇ」
「全ては、先人たちのお蔭。だから、全てのお祭りやイベントも。こういった、前夜祭などの習慣も、馬鹿にはできないのよ」
そう言われてみると、ちょっと厳粛な気持ちになる。
「昔の人、単にたのしいから、お祭りやってただけ」
「そんな訳ないでしょ! 色んな想いや願いがあったのよ」
「お祭りは、たのしければいい」
「違うわよ。神聖な儀式から始まったものも、多いのだから」
またしても、二人がぶつかり合う。どちらも、正論だと思うんだけどね。
「どっちも、同じぐらい大事だよ。私のいた向こうの世界だって、元は神事だったのが、楽しいお祭りに、変わったものもあるし。時代によって、変わっていくのは、しょうがないんじゃないかな?」
「みんなが、楽しいからやってるのは、今も昔も同じだと思う。でも、今の人だって、神聖な気持ちや、感謝の気持なんかは、ちゃんと持ってるよ」
向こうの世界も、年末年始のイベントは、みんな楽しくてやってたもんね。でも、お参りに行く時だけは、妙に信心深い気持ちなったりとか。まぁ、今の人は、大体そんな感じだよね。
「それにしても、変わらないよねぇ、二人とも」
「何がよ?」
「ん?」
二人とも、不思議そうな表情で、私に視線を向けて来る。
「覚えてる? 私たち三人が、初めて顔合わせした日のこと? その日も、ここと同じテーブルだったんだよ」
私は、今でもあの日の出来事は、鮮明に覚えている。二人とも、物凄くぎくしゃくしてて、途中、かなり気まずくなった記憶がある――。
「……そういえば、そんなことも、有ったわね」
「言われてみれば、ここだったかも」
二人とも、周囲を確認したあと、静かに答える。
「あの時は、大変だったよ。二人とも、完全に意見が対立してて。でも、何だかんだで、今はとっても仲良しだもんね」
私は、二人とも大好きだから、二人が仲良くしてくれるのは、凄く嬉しい。
「はっ?! ただの腐れ縁よ」
「仲良くない――ふつう」
そして、この反応である。いやいや、どう考えたって、仲いいでしょ? 仲がいいから、遠慮なく、言いたいことが言えるんじゃん? まぁ、ナギサちゃんは、素直じゃないから、認めないだろうし。フィニーちゃんは、気付いてないだけかも。
「私たち、今年一年の間に、何回、一緒に行動したか覚えてる? お茶に行ったり、イベントに行ったり、一緒に色々準備したり」
二人とも黙り込む。
「向こうの世界でも、そうだったけど。本当に、仲のいい友達って、腐れ縁なんだと思う。あと、本当に身近で大事な人ほど、普通に思えるんじゃないかな? 一緒にいるのが当り前な、まるで、家族みたいな感じで」
私にとって、二人は、大事な親友であると共に、家族のような存在でもあった。いて欲しい時に、いつもいてくれる。そんな、当たり前な存在になっていた。
考えてみたら、学生時代に仲のよかった子たちも、そんな感じだったかな。特別『仲がいい』って、意識してたわけじゃなくて。気付いたら、いつも一緒にいるのが、当り前で。
「来年も、また、その次の年も。私たち、ずっと、一緒にいられるといいね」
私は、笑顔で二人に声を掛ける。
だが、ナギサちゃんは、顔を横に向け、フィニーちゃんは、黙々とパフェを食べ続ける。
って、ここ、超重要なところなのに! ちょっと、その反応は何? まぁ、いつもの二人らしいと言えば、らしいけど……。なかなか、こういう踏み込んだ話題には、乗ってくれない。
「そもそも、来年からは、私たち一人前なのよ。一人前になったら、毎日、お客様の対応をして。もう、練習なんか、している暇ないのだから。分かってるの?」
ナギサちゃんは、咳払いのあと、厳しい表情で話した。
「それは、分かってるけど。一緒にお茶したり、ご飯食べたり、できるじゃない?」
「ご飯! ご飯は、いつでも食べにいく」
こう言うところだけ、しっかり、フィニーちゃんが反応する。
「まぁ、何にしても、私たちが自由にできる、最後のイベントなのよ、今日は。それを、よく覚えておきなさいよ」
ナギサちゃんは、サラッと言い放つ。
確かに、ナギサちゃんの、言う通りなのかもしれない。もう、来年からは、私も一人前になるんだ。自由に練習したり、自由に友達に会ったりも、できなくなっちゃうんだよね。別の会社なら、なおのこと、会う機会が減ってしまう。
ずっと、一人前になることを、望んでいたはずなのに。何だか、ちょっぴり寂しい気がして。もうしばらく、このままでもいいかな、何て思ってしまう――。
「そんなの、関係ない。私は、来年も自由にやる」
「何言ってるの? そんなの、出来るわけないでしょ!」
「シルフィードは、風のように、自由な仕事。だから選んだ」
「逆でしょ。シルフィードは規律正しい、誰もが尊敬する存在なのよ」
やっぱり、二人の価値観は、正反対だ。でも、どっちも、一理あると思う。というか、シルフィードが、どうこうというより、二人の考え方の違いだよね。実際、色んなシルフィードがいるわけだし。
「あははっ、やっぱ変わらなよね。きっと、二人は永遠に変わらない気がする」
「どういう意味よ?」
ナギサちゃんは、複雑な表情を浮かべる。
「来年も、再来年も、十年後も。二人とも『今と同じ感じかなのかなぁー』って思って。もちろん、いい意味でね」
二人が、今と違う性格になっているイメージが、全くわいてこない。
「風歌に言われると、何か、イラッとするわね……」
「んがっ――。何でー?」
徹底して、規律を守るナギサちゃん。全てにおいて、自由なフィニーちゃん。この二人は、今後も変わらないだろう。まぁ、そのほうが、らしくていいけどね。
でも、私は、どうなんだろう? 生活環境が変わって、色々成長したかと思ったけど。性格とか価値観は、ほぼ昔のままだ。相変わらず、勢い重視だし、深いことは考えないし。人って、そう簡単には、変わらないもんだよね。
一人前になれば、少しは大人になるのかな? それとも、一生、この性格のままだったり?
先のことは、まだ、よく分からない。ただ、色んなものが、時と共に、少しずつ変わっていくはずだ。
でも、この三人の関係だけは、永遠に変わらないでいて欲しいなぁ……。
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次回――
『異世界で初めての年越しイベントは最高にハッピーだった』
みんな一緒の未来が、きっと私の…ウルトラハッピーなんだって
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パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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