私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第6部 飛び立つ勇気

2-1新年って何か生まれ変わった気分になるよね

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 一月七日。私は、朝五時に起きて、身支度を整えた。いつもの早朝出勤よりも、さらに早い時間だ。私にしては珍しく、身支度にも、しっかりと時間を掛ける。制服のしわを伸ばし、髪もとかして綺麗に整えた。

 今日は、一段と気合が入っている。なぜなら、仕事初めだからだ。でも、それだけじゃない。先日の空港でのやり取りが、私の心の中で、熱い原動力になっていた。

 まさか、物凄く常識的なお母さんが、あんなことを言うとは、思いもしなかった。今までは、何かに付けて『夢を見ないで現実を見ろ』と、言っていたのに。よりによって『頂点を獲れ』だなんて……。

 私を認めてくれた、という訳ではなさそうだ。単に、私の心の迷いが、読めていたのかもしれない。私は、こちらに来て、日が経つにつれ、考えが現実的になって来ていた。なぜなら、自分の無力さと、世の中の厳しさを、痛感したからだ。

 それに、大きな問題を立て続け手に起こし、周りに多大な迷惑をかけて、身の程を思い知った。だから、これからは、大人しく、無難に生きようと思っていた。でも、それは、現実を知ったというより、単に弱腰になっていただけかもしれない。

 それを、お母さんは、見抜いたんだと思う。頂点を目指すのが、どれほど大変で無謀なことか、今の私ならよく分かる。それでも、お母さんの一言で、心の中でくすぶっていた目標に、大きな炎が灯った。

 無理でも、無茶でも、無謀でも、真正面からぶつかって行くのが、私のやり方だ。やっぱり、この性格は変えられないし、抑え込むことも出来なかった。そのせいで、また、周りの人に、迷惑を掛けてしまうかもしれない。
 
 だから、ただ無茶をするんじゃなくて、頭を使って無茶しようと思う。頭のいい人なら、そもそも、無謀なことはしないから、物凄く矛盾しているのは分かる。でも、私には、こんな生き方しかできないから。
 
「私は、私だ。何事からも逃げずに、全力でぶつかって行こう。もし、失敗して迷惑をかけたら、全力で謝るだけ。失敗を恐れるな、私。よし、今日も全力で行くぞっ!!」

 私は、鏡の前で、バシッと頬を叩いた。机に置いてあった同意書を、大事に手にすると、ハシゴを降り、物置部屋の外に出る。長い廊下を進むと、全力で階段を駆けおりて行くのだった――。


 ******


 私は、会社に着くと、軽く準備運動したあと、掃除用具を取りに行った。まずは、水路に停めてあるゴンドラに、ハタキを掛け、ほうきとちり取りを使って、ごみをとっていく。そのあと、雑巾で綺麗に磨いて行った。

 外が終わると、ガレージの中に行き、一台ずつ丁寧に掃除をしていく。年末に、念入りに掃除しておいたし、建物の中なので、綺麗なままだ。それでも、一切、手を抜かずに心を込めて、全力で掃除をして行く。
 
 何も考えずに、ただ黙々と。ただ、全力を出すことだけに、意識を向ける。いつ振りだろうか? ここまで、頭を真っ白にして、黙々と仕事をするのは。 

 もちろん、普段だって、全力でやっていた。それでも、慣れてくると、だんだん心に、余裕が生まれて来る。だから、色んなことを考えながら、仕事をやっていた。でも、今は、始めたばかりのころと同じで、ただ無心にやっている。

 おそらく、これが初心なんだと思う。でも、日々やっている内に、つい忘れてしまう、とても大事な気持ちだ。

 ガレージの中が終わると、私はほうき手に、庭を隅から隅まではいて行く。外は寒いのに、いつの間にか、体が熱くなってきていた。

 よし! いい感じで、体が温まって来た。もっと全力で、もっと集中して。私の中の全てを懸けて……。

 ほうきを動かしながら、自分の中の気持ちを、さらに高めて行った。庭の掃除が終わると、掃除用具をかたずけ、一通り、指をさしながらチェックする。

「機体よし! 敷地内よし! 窓ふきは後でやるとして、次は事務所だね」
 私は、グッとこぶしを握り締めると、早足で事務所に向かった。

 扉の魔力関知パネルに触れると、一瞬、青く光ったあと、緑色に変わる。直後、カチッと音がして、扉のロックが外れた。この扉の魔力ロックは、私とリリーシャさんの魔力が登録してあり、魔力認証によって、ロックを解除することが可能だ。

 ただ、管理権限は、リリーシャさんにあるので、制限を掛けられると、私は入れなくなってしまう。一般の企業だと、休日や勤務時間外は、制限が掛かっているらしい。でも、うちは、いつでも入れるように、制限は掛けられていなかった。

 そのお蔭で、早朝出勤しても、事務所内に入ることが出来る。そういえば、私が入社して数日後には、魔力登録してくれたんだよね。それだけ、私を信頼してくれているということだ。

 中に入ると、まずは、照明を付ける。天井に光の玉が現れ、事務所内を明るく照らし出す。年末に綺麗にしたから、特に汚れたり、散らかっている部分はない。

 私は、カーテンを開けて、窓枠に指で触れる。そのあと、机の上も、指でなぞってみた。ほんの少量だけど、ほこりが付いている。目に付きにくいだけで、日数たつと、ほこりが溜まってくるんだよね。

 私は、事務所の奥に行き、ハタキ、雑巾、水の入ったバケツを持って来た。まずは、隅々までハタキを掛けて行く。その際に、汚れがないか、細かくチェックしていった。汚れを見つけたら、あとで念入りに、雑巾がけだ。

 背伸びをして、高いところまで。膝をついて、低い場所やスキマの奥まで。目に付きにくい場所や、見えないところも、念入りに。掃除で大事なのは、一切、手を抜かないことだ。だから、目に付かない部分も、心を込めて行う。

 私が、入社したてのころ。最初に、リリーシャさんに教わったことだ。昔は『何でそんなところまで?』って思ってたけど、今はその大切さが分かる。大事なのは、気持ちだからだ。

 掃除で手を抜けば、他の仕事も、手を抜くようになる。心を込めて出来なければ、他のことも、心を込めて出来なくなってしまう。要するに、掃除とは、全ての基本で、接客にも繋がっているのだ。

 それが、分かってからというもの、私は全力で掃除をするようになった。掃除すら、全力で出来ない人間が、他のことが、まともに出来るわけがないのだから。

 室内の全てに、はたきを掛け終わると、今度は雑巾を手にした。雑巾を水に浸したあと、思いっ切り水をしぼる。そういえば、最初のころは、びちゃびちゃの雑巾を、平気で使ってたっけ――。

 正しい、雑巾のしぼり方や、雑巾がけのしかたも、全てリリーシャさんが教えてくれた。しかも、嫌な顔一つせずに、とても優しく、いつも笑顔で。

 無知で非常識な私を教えるのは、さぞ大変だったはずだ。そう考えると、リリーシャさんって、本当に凄いよね。うちの母親だったら、一瞬で切れてたと思う……。

 机の上を腰を入れて、しっかりと拭いて行く。結構、腕の力もいるし、中腰なので、足腰にも負担が掛かる。黙々とやっていたら、額に汗がにじんできた。真剣にやると大変だけど、綺麗になるのを見ていると、とても清々しい気分になる。

 黙々と雑巾がけをしていると、ふと後ろから声を掛けられた。

「風歌ちゃん、おはよう」
 この柔らかな声は、リリーシャさんだ。顔を見なくても、優しい表情をしているのは、容易に想像がつく。
 
 私は、手を止めて、サッと振り向くと、すぐに頭を下げた。

「おはようございます、リリーシャさん。今年もまた、一年間、よろしくお願いいたします。今まで以上に、全力で頑張ります!」 
 ビシッと腰から九十度に曲げ、気合の入った、今年、一発目のあいさつをする。

「風歌ちゃん、こちらこそ、よろしくね。今年もまた、一年間、一緒に頑張りましょうね」
「はいっ!」

 ゆっくり頭を上げると、そこには、いつも通りの、柔らかな笑顔を浮かべたリリーシャさんが、静かに立っていた。

 あぁ、この優しい表情を見ると、本当に安心する。この世界に、帰って来たんだなぁーって、実感できる。なぜなら、リリーシャさんこそが、私の帰る場所だからだ。

「相変わらず、元気ね。風歌ちゃんは」 
「はい! それだけが、取り柄ですから」

「でも、以前よりも、もっと元気になった気がするわ。何か、いいことあった?」
「えぇ、まぁ――。あっ、そうだ」

 私は急いで、自分の机に向かう。置いてあった同意書を手にすると、リリーシャさんの前に進み出た。

「遅くなって、申しわけありませんでした」
 頭を下げながら、そっと差し出す。

「遠くまで、ご苦労様。ご両親とは、上手く話せたの?」 
「お蔭様で、この仕事を続けることも、認めてもらいました。まだ、仮ではあるんですけど」

 完全に、認めてもらえた訳ではない。全ては、今後の頑張りと結果しだいだ。

「そう。それは、本当に良かったわ。じゃあ、ちゃんと、全て話せたのね」 
「今の私の気持ちを、全て伝えてきました。お詫びもお礼も、含めて」
「なら、これからは、安心して仕事に専念できるわね」

 リリーシャさんは、飛び切り素敵な笑顔を浮かべる。

「はい。これも全ては、リリーシャさんのお蔭です。もし、リリーシャさんに、帰るように言われなかったら、今もまだ、悶々としていたと思います。これから先も、ずっと親から、逃げ続けていたかもしれませんし」

 あまりにも、いきなり過ぎたし。かなり、強引なやり方だった。しかし、リリーシャさんが、実家に帰る、きっかけを与えてくれなければ、ずっと先延ばしにしていたと思う。

「私は、ちょっと背中を押しただけ。問題を解決したのは、全て風歌ちゃんの力よ」
 リリーシャさんは、静かに答える。
 
「いいえ。全ては、リリーシャさんのお蔭です。あと、私のわがままを認めてくれた、両親たちも。結局、全ては、私を応援してくれた人たちのお蔭なんです。だから、私が今ここにいられるのは、沢山の人の、優しさの結晶だと思います」

「だからこそ、全ての人の、想いや優しさに答えるために。私は、全身全霊を懸けて、頑張ります。それが、一番の恩返しだと思いますので」

 私は、リリーシャさんの目を見ながら、真剣に気持ちを伝えた。これが、今の私の想いの全てであり、ここにいる理由だから。

「やっぱり、変わったわね、風歌ちゃん」
「えっ、そうですか?」
「えぇ、以前とは、別人みたい」 

 たった数日で、何かが変わったとは思わない。でも、気持ちと目標は、少し変わった。というか、一周して、最初に戻って来ただけなんだけどね。

 頂点を獲ると約束してきた以上、もう後戻りはできない。今までとは、比べ物にならないぐらいの、努力と覚悟が必要だ。でも、大丈夫。初めて、こっちの世界に来た時から、そのつもりだったんだから。

 今までは、前に進むだけだったけど。これからは、一段ずつ、階段を上がって行こう。夢を叶えるために、約束を守るために。そして、いつか恩返しをするために……。


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次回――
『大人になるとは何かを捨てることなんだろうか?』

 たぶん大人になる過程を経るうちに何かが鈍くなってしまうんだろう
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