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第6部 飛び立つ勇気
4-1昇級してもやる事はほとんど変わらないんだよね
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午後、二時過ぎ。私は〈東地区〉の上空を飛んでいた。でも、今までとは、少し違う。練習用の機体ではなく、お客様を乗せるための、中型エア・ドルフィンだ。後ろにお客様用のシートが付いているが、まだ不慣れなので、1シートタイプだった。
ちなみに、先日の学科試験の翌日。私は、実技試験を受けに行き、見事に一発で合格した。ただ『リトル・ウイッチ』の場合、学科がメインなので、実技はオマケのようなもの。よほど酷くない限りは、ほぼ100%受かるらしい。
無事に『リトル・ウイッチ』のライセンスを取得し、これで私も、れっきとした一人前のシルフィード。何だか、妙に誇らしく、成長した気分だ。
乗れる機体も増えたし、お客様への営業も、正式に認められている。あと、雨天の飛行も、許可されているのが大きい。お蔭で、出来ることが、一気に増えた。
とはいえ、現実は、そんなに甘くないんだよね。早朝に出勤して、会社中を掃除。それが終わると、リリーシャさんと、打ち合わせをして、お客様の対応の準備。
あとは、最初のお客様を、お見送りして、一段落。やってることは、見習い時代と、何一つ変わらない。
それも、そのはず。いくら一人前になっても、すぐに、お客様が付く訳ではない。予約が入るのは、上位階級の、人気シルフィードだけだ。
もちろん、有名企業だと、予約はたくさん入る。でも、お客様は、会社ではなく、シルフィード個人につくものだ。なので〈ホワイト・ウイング〉が、いくら有名な会社でも、すぐに、お客様を獲得できる訳ではない。
結局、今までと同じように、午前の仕事が全て終わったら、街の上空を飛行する。空を飛びながら、お客様を探すためだ。タクシーと、やっていることは、大して変わらない。
ただ、実際にやってみると、そう簡単には、お客様は見つからなかった。たいていの旅行客は、最初から、シルフィード会社に、予約を入れている場合が多い。それに、必ずしも、観光案内を必要としている訳ではないからだ。
一人前になってから、ここ数日、ずっと空を飛び回っていた。でも、いまだに、お客様を見つけられていない。リリーシャさんには『焦る必要はないから』と、言われているけど、少し不安になって来ていた。
これでは、練習飛行の時と変わらず、昇級した意味が全くない。それに、お給料が上がるのに、何も貢献できないのは、非常に心苦しかった。何とかして、お客様を見つけて、会社の売り上げに貢献しないと……。
あちこち飛び回るものの、時間だけが過ぎて行く。途中で、観光客っぽい人を見つけて、声を掛けたが、口頭で道案内をしてあげただけで終了。困った人を見つけたら、力になってあげるのも大事だけど、なかなか営業にはつながらない。
「はぁぁー。今日も、ダメかなぁ――」
私は、空を飛びながら、大きなため息をついた。
時間はすでに、午後の三時半を回っている。この時間から観光をする人は、まずいないので、今日はもう、無理かもしれない。
少しブルーな気分のまま、ホームの〈東地区〉に戻って来た。この地区は、観光客は、ほとんど来ないので、お客様を見つけるには向いていない。でも、一日の締めは、必ずここに来ることにしていた。
「ふぅー、やっぱりホームに来ると、落ち着くよねぇ。明日に備えて、元気を充電しておこーっと」
落ち込んだ時とかでも、ホームに来ると、ホッとして元気が出る。見習い時代も、ずっと、ここばかり飛んでたし。なぜ、多くのシルフィードが、ホームを大切にするのか、ようやく分かって来た。
眼下の様子を眺めながら、ゆっくり飛んでいると、ふと、一人の女性が目に入った。両手で何かを抱えながら、時折り立ち止まって、きょろきょろと、周囲を見回している。
「地元の人じゃないのかな? でも、それにしては、軽装だよね」
旅行者特有の、トランクなどの大きな荷物を持っていなかった。でも、地元の人なら、メイン・ストリートで、迷うことはないはずだ。
私は、スーッと着陸すると、エア・ドルフィンを降りて、声をかける。迷っている人の道案内も、シルフィードの大事な仕事の一つだ。
「こんにちは。何かお探しですか?」
「えぇ。息子の家を、探しているのだけど。なかなか見つからなくて」
年配の女性は、少し疲れた表情で答える。
「場所は、どちらですか? よろしければ、ご案内いたします」
「それは、助かるわ」
「私、シルフィードですので。この町のことなら、お任せください」
「あら、観光案内のプロの方ね。でも、いいの? ただの道案内なんて」
「はい。結構、多いんですよ。道案内をすることも」
見習い時代もそうだったし。昇級したてのころは、こういう地味な仕事のほうがメインだ。リリーシャさんも『最初のころは、道案内ばかりやっていた』って、言ってたもんね。
「じゃあ、お願いしようかしら」
「かしこまりました。住所は分かりますか?」
「それがね、住所が書いてあった手紙を、置いてきてしまって。〈東地区〉ということしか、分からないの」
年配の方に、割とよくあるパターンだ。来れば分かると思って、何となく来ちゃうんだよね。
「大体の場所は、分かりませんか? もしくは、過去に、やり取りしたメールの、履歴は残っていませんか?」
「ごめんなさい。私マギコンを使ってないし。そういうのは、よく分からなくて」
〈グリュンノア〉では、市民全員に、マギコンを配布している。でも、全ての町が、そういう訳ではない。なので、年配の中には、使っていない人もいるのだ。
「では、周囲の目印になる建物や、風景は分かりませんか?」
「さぁ……。近くに、大きな建物はないみたいだし――」
確かに〈東地区〉は平屋が多く、あまり大きな建物はない。その分、目印が少なくて、住所が分からないと、探すのが難しいんだよね。
「あぁ、そういえば。『海が見える』と言っていたわ」
「なるほど。お住まいは、一軒家ですか?」
「えぇ、大きな庭があるみたい」
「では、海沿いを探してみましょう」
一軒家で海が見えるなら、高台か海のそばだ。でも〈東地区〉は高台がないので、海のそばの可能性が高いと思う。とはいえ、海が見える範囲も、かなり広い。なので、もう少し、絞り込む情報が欲しいところだ。
私は、老婦人に後部シートに乗ってもらうと、ゆっくり上昇した。お客様を乗せるのは初めてなので、慎重に、超安全運転で飛んでいく。
海岸沿いに向かう間に、お客様と世間話をしながら、色んな話を聴いて行った。こういう場合は、無理に情報を訊き出そうとするより、関連のある話をすると、偶然、思い出すことが多い。
これは以前、道に迷っている人の案内のしかたについて、リリーシャさんから、教わった方法だ。
彼女の息子さんの名前は、トム・キングス。女の子のお孫さんが生まれたので、大陸の自宅から会いに来たらしい。大事そうに抱えていたのは、息子さんの大好物の、手作りミートパイだそうだ。
ちなみに、飛行艇にのれば、大陸から三十分も掛からないので、割と気楽に来られる距離だった。軽装なので、日帰り感覚で来たのだろう。
なお、以前、送ってもらった写真には、とても大きな庭に沢山の花が植えてあって、そのすぐ後ろに、海が映っていた。奥さんが、ガーデニングが趣味らしい。
ただ、息子さんの名前も性も、この町では、物凄く多い。それに、時期的に今は、花は咲いていないはずだ。となると『海に近くて庭が大きい』という情報だけが、唯一の頼りだった。
もっとも、そういう家は、かなり多いと思う。海沿いは、お金持ちの人が多いせいか、大きな庭の付いた豪邸が、多いんだよね。
結局、海に着くと、ゆっくり低空飛行しながら、一軒ずつ、チェックして行く。お店や会社と違って、個人宅は、地図に名称登録されていない。なので、目視で確認するしかないのだ。
私は、一軒ずつ表札をチェックしつつ、彼女には、家の庭などを確認してもらう。しかし、一時間ほど飛んでも、それらしき家は、見つからなった。
キングスさん宅も、何軒かあったけど、どれも違っていた。やはり、情報が少なすぎて、特定するのが難しい。
「ごめんなさいね。お手数を、お掛けして」
「いえ、気にしないでください。他に何か、写真で覚えていることは、ありませんか?」
「そうねぇ。夏だったから、向日葵が咲いていたけど、今は時期が違うし。あと、家の前から撮った写真には、小さな坂があったかしら……」
「ヒマワリに坂――。ありがとうございます。それだけで、充分です」
私は、ふと、ある古い記憶を思い出した。まだ、ナギサちゃんたちと出会う前。一人で練習飛行してたころ。海沿いを飛んでいて、沢山のヒマワリを、見かけたことがあったのだ。しかも、かなり大量の。
ただ、あれは、庭と言うより、原っぱに近い広さだったと思う。その時は、ヒマワリに目が奪われ、家を確認していなかったから、確信はない。でも、ヒマワリで思い浮かぶのは、あの場所だけだった。
私は、進路を変更し、少しスピードを上げた。記憶を頼りに、かつて見た場所に進んで行く。もう、半年以上も前の記憶だけど、印象的な風景は、意外とよく覚えているものだ。飛んで行くうちに、何となく、地形に覚えがあることを思い出す。
やがて、大きな原っぱが、見えてきた。冬なので、当然ヒマワリは咲いてない。でも、原っぱの横には、細い道が続いており、その先のほうには、大きな庭のある家が見えた。庭も家も、かなり大きい。
私は、少し高度を下げると、表札の空中モニターを確認する。すると、そこには『トム・キングス』『ミルラ・キングス』『アンリ・キングス』と書かれていた。普段、目を鍛えているせいで、上空からでも、しっかり読み取れる。
「表札には、トム・キングスさんと、書いてありますけど。ここは、どうですか?」
「あぁ、ここだわ、ここ!! そこの坂は、写真で見た記憶があるわ!」
よく見ると、細い道は、緩やかな坂になっていた。坂の手前に、表札が出ているので、大きな原っぱまで、私有地らしい。家までの道も凄く長いし、相当に大きな土地だ。たぶん、かなりお金持ちの人が、住んでいるんだと思う。
敷地の奥まで飛んで行き、家の玄関のすぐ手前に、静かに着陸する。老婦人は、エア・ドルフィンを降りると、扉に近付き、嬉しそうにチャイムを鳴らした。ほどなくして、中から男性が出て来る。
「あれっ、母さん?! どうして、ここに? というか、よくここまで来れたね」
「あぁ、それなら、あのお嬢さんに、案内してもらったのよ」
「えっ、シルフィードに、お願いしたの?」
男性は、こちらに視線を向けると、ペコリと頭を下げてきた。私も笑顔で、挨拶を返す。
「母さん、連絡してくれれば、迎えに行ったのに。何で、連絡くれなかったの?」
「だって、急に会いたくなっちゃって。それにほら、あなたの大好きなミートパイ、焼いて来たわよ。ずっと、食べたがってたでしょ?」
「そりゃ、久しぶりに、食べたかったけどさぁ……」
包みを渡されると、男性は少し照れくさそうに受け取る。
老婦人は、クルリと振り返ると、こちらに近付いてきた。
「ありがとう、シルフィードさん。本当に本当に、助かったわ。おかげで、三年ぶりに息子と再会できて、ミートパイも渡せたし。これで、無事に孫の顔を見ることも出来るわ」
私の手を取りながら、心から嬉しそうに話す。
「いえ、お役に立てて、凄く嬉しいです」
初めてのお客様が、息子さんとの三年ぶりの再会。さらに、お孫さんとの初対面。しかも、物凄く喜んでくれているし。むしろ、こちらが、お礼を言いたいぐらいだ。
「これで、案内料は足りるかしら?」
彼女は、財布からお金を取り出し、私の前に、そっと差し出した。出されたお金は、一万ベル紙幣が、五枚だった。
「えぇっ?! こんなに沢山、いただけません」
私のような、無名のシルフィードなら、一日中、観光案内したとしも、せいぜい一万ベルだ。ちょっと道案内して、貰えるような金額ではない。
「いいの、いいの。チップも、込みだから。それに、あなたは、私みたいな老人のワガママに、嫌な顔一つせず、最後まで、親身に付き合ってくれたでしょ。だから、そのお礼。そうだ、あなたの名刺を、いただけるかしら?」
結局、無理やり手に、お金を握らされてしまった。
「あの――私、紙の名刺は持っていなくて」
この世界では、名刺もデータ化されており、通常は、マギコンでやり取りする。
「それなら、僕が受け取っておくよ」
すぐ後ろにいた息子さんが、マギコンを手に近づいて来た。私は、マギコンを操作すると、息子さんに、名刺を送信する。
「あぁ〈ホワイト・ウイング〉の方でしたか。こんな、凄い会社のシルフィードに、道案内なんかさせてしまって、すいません」
「いえ、凄くなんて有りませんので。それに、道案内も、よくやっていますから」
私は、微笑みながら答える。今はまだ、観光案内というより、道案内が本業みたいな感じだもんね。
軽く言葉を交わしたあと、別れを告げ、再びエア・ドルフィンに乗り、ゆっくり空に舞い上がった。二人は、ずっと手を振って見送ってくれた。すでに、空は暗くなり始めていたが、心の中は、とても明るく晴れやかだった。
観光ではないけど、初めて、お客様を乗せることが出来て、満足感で胸が一杯だ。これでようやく、初の仕事を果たせたのだから。でも、一番は、お客様が喜んでくれたことが、心の底から嬉しい。
ここ最近、結果ばかり気にして、お客様を見つけることに、躍起になっていた。でも、その本質は、お客様の役に立って、喜んでもらうことだ。どんな時でも、初心を忘れちゃいけないよね。
これからも、人の役に立つことを考えて、精一杯、頑張って行こう。私が目指すのは、みんなを笑顔にするシルフィードなのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『目指すは伝説のシルフィード!』
伝説を超えるから、新しい伝説が生まれる!
ちなみに、先日の学科試験の翌日。私は、実技試験を受けに行き、見事に一発で合格した。ただ『リトル・ウイッチ』の場合、学科がメインなので、実技はオマケのようなもの。よほど酷くない限りは、ほぼ100%受かるらしい。
無事に『リトル・ウイッチ』のライセンスを取得し、これで私も、れっきとした一人前のシルフィード。何だか、妙に誇らしく、成長した気分だ。
乗れる機体も増えたし、お客様への営業も、正式に認められている。あと、雨天の飛行も、許可されているのが大きい。お蔭で、出来ることが、一気に増えた。
とはいえ、現実は、そんなに甘くないんだよね。早朝に出勤して、会社中を掃除。それが終わると、リリーシャさんと、打ち合わせをして、お客様の対応の準備。
あとは、最初のお客様を、お見送りして、一段落。やってることは、見習い時代と、何一つ変わらない。
それも、そのはず。いくら一人前になっても、すぐに、お客様が付く訳ではない。予約が入るのは、上位階級の、人気シルフィードだけだ。
もちろん、有名企業だと、予約はたくさん入る。でも、お客様は、会社ではなく、シルフィード個人につくものだ。なので〈ホワイト・ウイング〉が、いくら有名な会社でも、すぐに、お客様を獲得できる訳ではない。
結局、今までと同じように、午前の仕事が全て終わったら、街の上空を飛行する。空を飛びながら、お客様を探すためだ。タクシーと、やっていることは、大して変わらない。
ただ、実際にやってみると、そう簡単には、お客様は見つからなかった。たいていの旅行客は、最初から、シルフィード会社に、予約を入れている場合が多い。それに、必ずしも、観光案内を必要としている訳ではないからだ。
一人前になってから、ここ数日、ずっと空を飛び回っていた。でも、いまだに、お客様を見つけられていない。リリーシャさんには『焦る必要はないから』と、言われているけど、少し不安になって来ていた。
これでは、練習飛行の時と変わらず、昇級した意味が全くない。それに、お給料が上がるのに、何も貢献できないのは、非常に心苦しかった。何とかして、お客様を見つけて、会社の売り上げに貢献しないと……。
あちこち飛び回るものの、時間だけが過ぎて行く。途中で、観光客っぽい人を見つけて、声を掛けたが、口頭で道案内をしてあげただけで終了。困った人を見つけたら、力になってあげるのも大事だけど、なかなか営業にはつながらない。
「はぁぁー。今日も、ダメかなぁ――」
私は、空を飛びながら、大きなため息をついた。
時間はすでに、午後の三時半を回っている。この時間から観光をする人は、まずいないので、今日はもう、無理かもしれない。
少しブルーな気分のまま、ホームの〈東地区〉に戻って来た。この地区は、観光客は、ほとんど来ないので、お客様を見つけるには向いていない。でも、一日の締めは、必ずここに来ることにしていた。
「ふぅー、やっぱりホームに来ると、落ち着くよねぇ。明日に備えて、元気を充電しておこーっと」
落ち込んだ時とかでも、ホームに来ると、ホッとして元気が出る。見習い時代も、ずっと、ここばかり飛んでたし。なぜ、多くのシルフィードが、ホームを大切にするのか、ようやく分かって来た。
眼下の様子を眺めながら、ゆっくり飛んでいると、ふと、一人の女性が目に入った。両手で何かを抱えながら、時折り立ち止まって、きょろきょろと、周囲を見回している。
「地元の人じゃないのかな? でも、それにしては、軽装だよね」
旅行者特有の、トランクなどの大きな荷物を持っていなかった。でも、地元の人なら、メイン・ストリートで、迷うことはないはずだ。
私は、スーッと着陸すると、エア・ドルフィンを降りて、声をかける。迷っている人の道案内も、シルフィードの大事な仕事の一つだ。
「こんにちは。何かお探しですか?」
「えぇ。息子の家を、探しているのだけど。なかなか見つからなくて」
年配の女性は、少し疲れた表情で答える。
「場所は、どちらですか? よろしければ、ご案内いたします」
「それは、助かるわ」
「私、シルフィードですので。この町のことなら、お任せください」
「あら、観光案内のプロの方ね。でも、いいの? ただの道案内なんて」
「はい。結構、多いんですよ。道案内をすることも」
見習い時代もそうだったし。昇級したてのころは、こういう地味な仕事のほうがメインだ。リリーシャさんも『最初のころは、道案内ばかりやっていた』って、言ってたもんね。
「じゃあ、お願いしようかしら」
「かしこまりました。住所は分かりますか?」
「それがね、住所が書いてあった手紙を、置いてきてしまって。〈東地区〉ということしか、分からないの」
年配の方に、割とよくあるパターンだ。来れば分かると思って、何となく来ちゃうんだよね。
「大体の場所は、分かりませんか? もしくは、過去に、やり取りしたメールの、履歴は残っていませんか?」
「ごめんなさい。私マギコンを使ってないし。そういうのは、よく分からなくて」
〈グリュンノア〉では、市民全員に、マギコンを配布している。でも、全ての町が、そういう訳ではない。なので、年配の中には、使っていない人もいるのだ。
「では、周囲の目印になる建物や、風景は分かりませんか?」
「さぁ……。近くに、大きな建物はないみたいだし――」
確かに〈東地区〉は平屋が多く、あまり大きな建物はない。その分、目印が少なくて、住所が分からないと、探すのが難しいんだよね。
「あぁ、そういえば。『海が見える』と言っていたわ」
「なるほど。お住まいは、一軒家ですか?」
「えぇ、大きな庭があるみたい」
「では、海沿いを探してみましょう」
一軒家で海が見えるなら、高台か海のそばだ。でも〈東地区〉は高台がないので、海のそばの可能性が高いと思う。とはいえ、海が見える範囲も、かなり広い。なので、もう少し、絞り込む情報が欲しいところだ。
私は、老婦人に後部シートに乗ってもらうと、ゆっくり上昇した。お客様を乗せるのは初めてなので、慎重に、超安全運転で飛んでいく。
海岸沿いに向かう間に、お客様と世間話をしながら、色んな話を聴いて行った。こういう場合は、無理に情報を訊き出そうとするより、関連のある話をすると、偶然、思い出すことが多い。
これは以前、道に迷っている人の案内のしかたについて、リリーシャさんから、教わった方法だ。
彼女の息子さんの名前は、トム・キングス。女の子のお孫さんが生まれたので、大陸の自宅から会いに来たらしい。大事そうに抱えていたのは、息子さんの大好物の、手作りミートパイだそうだ。
ちなみに、飛行艇にのれば、大陸から三十分も掛からないので、割と気楽に来られる距離だった。軽装なので、日帰り感覚で来たのだろう。
なお、以前、送ってもらった写真には、とても大きな庭に沢山の花が植えてあって、そのすぐ後ろに、海が映っていた。奥さんが、ガーデニングが趣味らしい。
ただ、息子さんの名前も性も、この町では、物凄く多い。それに、時期的に今は、花は咲いていないはずだ。となると『海に近くて庭が大きい』という情報だけが、唯一の頼りだった。
もっとも、そういう家は、かなり多いと思う。海沿いは、お金持ちの人が多いせいか、大きな庭の付いた豪邸が、多いんだよね。
結局、海に着くと、ゆっくり低空飛行しながら、一軒ずつ、チェックして行く。お店や会社と違って、個人宅は、地図に名称登録されていない。なので、目視で確認するしかないのだ。
私は、一軒ずつ表札をチェックしつつ、彼女には、家の庭などを確認してもらう。しかし、一時間ほど飛んでも、それらしき家は、見つからなった。
キングスさん宅も、何軒かあったけど、どれも違っていた。やはり、情報が少なすぎて、特定するのが難しい。
「ごめんなさいね。お手数を、お掛けして」
「いえ、気にしないでください。他に何か、写真で覚えていることは、ありませんか?」
「そうねぇ。夏だったから、向日葵が咲いていたけど、今は時期が違うし。あと、家の前から撮った写真には、小さな坂があったかしら……」
「ヒマワリに坂――。ありがとうございます。それだけで、充分です」
私は、ふと、ある古い記憶を思い出した。まだ、ナギサちゃんたちと出会う前。一人で練習飛行してたころ。海沿いを飛んでいて、沢山のヒマワリを、見かけたことがあったのだ。しかも、かなり大量の。
ただ、あれは、庭と言うより、原っぱに近い広さだったと思う。その時は、ヒマワリに目が奪われ、家を確認していなかったから、確信はない。でも、ヒマワリで思い浮かぶのは、あの場所だけだった。
私は、進路を変更し、少しスピードを上げた。記憶を頼りに、かつて見た場所に進んで行く。もう、半年以上も前の記憶だけど、印象的な風景は、意外とよく覚えているものだ。飛んで行くうちに、何となく、地形に覚えがあることを思い出す。
やがて、大きな原っぱが、見えてきた。冬なので、当然ヒマワリは咲いてない。でも、原っぱの横には、細い道が続いており、その先のほうには、大きな庭のある家が見えた。庭も家も、かなり大きい。
私は、少し高度を下げると、表札の空中モニターを確認する。すると、そこには『トム・キングス』『ミルラ・キングス』『アンリ・キングス』と書かれていた。普段、目を鍛えているせいで、上空からでも、しっかり読み取れる。
「表札には、トム・キングスさんと、書いてありますけど。ここは、どうですか?」
「あぁ、ここだわ、ここ!! そこの坂は、写真で見た記憶があるわ!」
よく見ると、細い道は、緩やかな坂になっていた。坂の手前に、表札が出ているので、大きな原っぱまで、私有地らしい。家までの道も凄く長いし、相当に大きな土地だ。たぶん、かなりお金持ちの人が、住んでいるんだと思う。
敷地の奥まで飛んで行き、家の玄関のすぐ手前に、静かに着陸する。老婦人は、エア・ドルフィンを降りると、扉に近付き、嬉しそうにチャイムを鳴らした。ほどなくして、中から男性が出て来る。
「あれっ、母さん?! どうして、ここに? というか、よくここまで来れたね」
「あぁ、それなら、あのお嬢さんに、案内してもらったのよ」
「えっ、シルフィードに、お願いしたの?」
男性は、こちらに視線を向けると、ペコリと頭を下げてきた。私も笑顔で、挨拶を返す。
「母さん、連絡してくれれば、迎えに行ったのに。何で、連絡くれなかったの?」
「だって、急に会いたくなっちゃって。それにほら、あなたの大好きなミートパイ、焼いて来たわよ。ずっと、食べたがってたでしょ?」
「そりゃ、久しぶりに、食べたかったけどさぁ……」
包みを渡されると、男性は少し照れくさそうに受け取る。
老婦人は、クルリと振り返ると、こちらに近付いてきた。
「ありがとう、シルフィードさん。本当に本当に、助かったわ。おかげで、三年ぶりに息子と再会できて、ミートパイも渡せたし。これで、無事に孫の顔を見ることも出来るわ」
私の手を取りながら、心から嬉しそうに話す。
「いえ、お役に立てて、凄く嬉しいです」
初めてのお客様が、息子さんとの三年ぶりの再会。さらに、お孫さんとの初対面。しかも、物凄く喜んでくれているし。むしろ、こちらが、お礼を言いたいぐらいだ。
「これで、案内料は足りるかしら?」
彼女は、財布からお金を取り出し、私の前に、そっと差し出した。出されたお金は、一万ベル紙幣が、五枚だった。
「えぇっ?! こんなに沢山、いただけません」
私のような、無名のシルフィードなら、一日中、観光案内したとしも、せいぜい一万ベルだ。ちょっと道案内して、貰えるような金額ではない。
「いいの、いいの。チップも、込みだから。それに、あなたは、私みたいな老人のワガママに、嫌な顔一つせず、最後まで、親身に付き合ってくれたでしょ。だから、そのお礼。そうだ、あなたの名刺を、いただけるかしら?」
結局、無理やり手に、お金を握らされてしまった。
「あの――私、紙の名刺は持っていなくて」
この世界では、名刺もデータ化されており、通常は、マギコンでやり取りする。
「それなら、僕が受け取っておくよ」
すぐ後ろにいた息子さんが、マギコンを手に近づいて来た。私は、マギコンを操作すると、息子さんに、名刺を送信する。
「あぁ〈ホワイト・ウイング〉の方でしたか。こんな、凄い会社のシルフィードに、道案内なんかさせてしまって、すいません」
「いえ、凄くなんて有りませんので。それに、道案内も、よくやっていますから」
私は、微笑みながら答える。今はまだ、観光案内というより、道案内が本業みたいな感じだもんね。
軽く言葉を交わしたあと、別れを告げ、再びエア・ドルフィンに乗り、ゆっくり空に舞い上がった。二人は、ずっと手を振って見送ってくれた。すでに、空は暗くなり始めていたが、心の中は、とても明るく晴れやかだった。
観光ではないけど、初めて、お客様を乗せることが出来て、満足感で胸が一杯だ。これでようやく、初の仕事を果たせたのだから。でも、一番は、お客様が喜んでくれたことが、心の底から嬉しい。
ここ最近、結果ばかり気にして、お客様を見つけることに、躍起になっていた。でも、その本質は、お客様の役に立って、喜んでもらうことだ。どんな時でも、初心を忘れちゃいけないよね。
これからも、人の役に立つことを考えて、精一杯、頑張って行こう。私が目指すのは、みんなを笑顔にするシルフィードなのだから……。
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次回――
『目指すは伝説のシルフィード!』
伝説を超えるから、新しい伝説が生まれる!
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第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
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異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
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