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第7部 才能と現実の壁
2-5素直すぎる性格も考えものよね……
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時間は、十八時五分。私は〈南地区〉にあるレストラン〈ロイヤル・クラウン〉に向かっていた。仕事が終わったあとなので、私服に着替えている。いつもよりも、華美な服装で、正装のドレスに、ネックレスとイヤリングもつけていた。
普段は、私服でも、そこまで飾りつけをすることはない。ただ、今から行くのは〈グリュンノア〉の中でも、屈指の高級レストランだ。世界的に有名なシェフが経営しており、政治家や海外からの要人たちも訪れる、格式のある店だった。
いつも行くレストランは、もっと庶民的な店だ。特に、風歌が一緒の時は、リーズナブルな店を、選ぶ場合が多い。私は、値段はあまり気にしないが、普通の店のほうが、気が楽でいい。高級な料理に、特に、興味がある訳ではないので。
だが、今日は『ディナーに、お付き合い頂けないでしょうか?』と、とても丁寧に誘われたので、無下にする訳にもいかなかった。こちらも、最大限の礼節を持って、答えるべきなので、わざわざ着飾って、やって来たのだ。
私は、礼節を、非常に重んじている。人として、社会人として、当然の行為だからだ。目一杯、お洒落してきたのも、礼節の一環だった。高級店に行くなら、それ相応の格好をしないと、相手にも、恥をかかせてしまう。
それに、今後、上位階級に昇進すれば、こういう機会もあるはずだ。シルフィードの、将来のことを考えれば、いい練習になると思う。
ちなみに、今日、私をディナーに誘ってきたのは、ライナー・レイストーン。先日、街中で、エア・ドルフィンが立ち往生していた、新人の配送員だ。
彼は、あの一件のあと、非常に丁寧なお礼のメッセージを、ELに送って来た。正直、連絡が来るとは、思っていなかった。ただの通りすがりだったし、あの程度で、礼を言われる筋合いはないからだ。
しかし、彼は、頼りない見た目に似合わず、とても礼儀正しく、常識的な内容を送って来た。文面は、大人びており、かなりの教養があるようだ。やや大げさな内容だったが、私は、礼儀や常識のある人間は、嫌いではない。
メッセージは、お礼にディナーをご馳走したい、という内容だった。本来なら、見ず知らずの、しかも、異性のお誘いであれば、間違いなく断るところだ。だが、非常に礼儀正しいうえに、誠実な内容だったので、とりあえず受けることにした。
まぁ、一度、食事するぐらいなら、構わないだろう。それに、空で働く者の先輩として、心構えも教えておく必要がある。あの程度の、メンテナンスも出来ないようでは、これから先が、思いやられるからだ。
目的地に近付くと、店の前に、タキシード姿の男性が立っていた。しっかり着こなしてはいるが、小柄なので、あまり威厳は感じられない。だが、以前、会った時とは違い、髪も綺麗に整え、全く別人のように見える。
私と視線が合うと、彼は小さく会釈してきた。
「お待たせしてしまったかしら?」
「いえ。僕も、今来たところですし。まだ、待ち合わせまで、ニ十分以上ありますので」
彼の様子を見ると、おそらく、かなり早く来て、待っていたのだろう。だが、時間に正確かつ、相手を気遣うのは、誘った者として合格点だ。私も、待ち合わせには、かなり早く行くので、ありがたい。
「では、入りましょうか」
「えぇ」
彼のあとについて、店に入って行くが、ずいぶんと、落ち着いた様子だった。先日、出会った時の、あたふたした感じは全くない。ウェイターに名前を告げると、すぐに、奥のほうの席に案内される。
流石に、屈指の高級レストランだけあり、店内は広々として、内装も凝っていた。入っている客層も、そこら辺のレストランとは、全く違う。着ている服や、身につけた装飾品を見る限り、間違いなく、皆、上流階級の人たちだ。
私たちは、ウェイターに椅子を引いてもらい、席に着く。すると、彼は、メニューを見ることなく、すぐに注文を伝えた。ワインもサッと注文し、かなり手慣れた感じだった。
ウェイターが立ち去ると、静かに声を掛けて来る。
「先日は、助けていただき、本当に、ありがとうございました。おかげさまで、業務に支障が出ることなく、無事に配達が完了しました」
「別に、あれぐらいは、構わないわ。ELでも、しっかりお礼は聴いたし。ただ、お礼のディナーにしても、流石に、これは、やり過ぎじゃない?」
私はてっきり、ごく普通の、庶民的なレストランに行くのだと思っていた。そもそも、この店は、とても新人の給料で払えるような、安い金額ではない。一人分だけでも、数万ベルはするだろう。
新人の安月給を考えれば、ファミレスでも、十分なぐらいだ。大事なのは、値段ではなく、気持ちなのだから。
「いえ、助けていただいたお礼としては、足りないぐらいだと思います。子供のころから、困った時に助けて貰ったら、自分の人生を懸けてでも、お返しするように。そう、教えられて来ましたので」
彼は、真顔で答える。
確かに、立派な教えではあると思う。しかし、あの程度のお礼に、人生を懸けるのは、まるで釣り合っていない。お礼をするにしても、限度というものがある。
「誰でも、少し勉強すれば、出来ることだし。自分でやれれば、問題ないレベルのことなのだから。やはり、大げさ過ぎよ。感謝の気持ちは、大事だけど。自分自身を磨くことに、力を入れたら?」
「はい……返す言葉もありません。自分が力不足なのは、重々承知しています。なので、今後とも、精一杯、精進して行こうと思います」
何というか、本当に、素直で謙虚な性格だ。ここまで、素直過ぎると、逆に心配になってくる。
「それより、ずいぶんと、慣れている感じね。いつも、ここに来ているの? 普通、新人は、こんな高級店には、来ないでしょ?」
「父に、何度か、連れて来てもらったことが有ります。テーブルマナーには、うるさい人なので、その練習に」
なるほど、どうりで、落ちついている訳だ。普通、いきなり、こんな高級店に来たら、堂々とした行動はできない。立ち振る舞いを見る限り、相当、厳しくしつけられたのだろう。
それに、一般家庭とも、少し違う気がする。いくら、テーブルマナーをしつけるにしても、普通は、こんな高級店に、来ることはないはずだ。それこそ、安いレストランでも、練習はできるのだから。
「あなたは、なぜ、配送の仕事をしているの? 正直、合っているようには、見えないけれど」
「えっ――?! それは、僕に才能がない、ということでしょうか?」
「そうではなくて。もっと、他に、仕事の選びようがあったのでは? という意味よ。空の仕事だって、色々あるでしょ。今の会社だって、配送員、以外の仕事もあるでしょうし」
彼の立ち振る舞いや教養。そこら辺を考えると、普通の配送員をやるのは、どうかと思う。無論、配送の仕事を、馬鹿にしている訳ではない。だが、配送員は、末端の仕事だし、肉体労働だ。
空の仕事でも、飛行艇や時空航行船のパイロットなど。もっと、上のランクの仕事だって、選べたはずだ。それに、配送会社で働くにしても、デスクワークの仕事だってある。
「その……色々学んでみたかったのです。様々な仕事や、世の中の仕組みなど。あと、たくさんの人に、出会ったりとか。僕は、かなり世間知らずですので。市中を飛び回ったほうが、色々学べるかと思いまして」
「それはまた、ずいぶんと変わった理由ね。何かやりたい仕事とか、将来なりたいものとか、無かったの?」
社会経験は、どんな仕事をやっても、自然に身につくものだ。確かに、少し、世間知らずな感じはするが。それで、わざわざ、空の仕事を選ぶ理由にはならない。空の仕事は、想像以上にハードなので、好きじゃなければ、普通は選ばない職種だ。
「特には、ありませんでした。ただ、漠然と、立派な大人になって、社会貢献したいとだけしか。結局、進路が定まらなかったので、父が働いている会社に、僕も入社することにしました」
「なるほど、そういうことね――」
この選択に関して、私は、何も言えない。なぜなら、私も母の背中を追って、シルフィード業界に入ったからだ。今となっては、本当に、自分の意思でシルフィードを選んだかは、よく分からない。
「お父様も、配送員をやられているの?」
「いえ。父は、デスクワークで、経営の仕事に携わっています」
「ならば、なぜ、あなたは、その仕事を選ばなかったの? 特に、配送の仕事が、やりたかった訳でも、ないのでしょ?」
「はぁ……。経営に関わる仕事は、僕には、荷が重いような気がしまして。体を動かす仕事のほうが、合っているように思ったんです」
おそらく、彼の父は、どこかの部署の、管理職をやっているのだろう。なら、なおのこと、彼もその道を行ったほうが、良かったのではないだろうか? 管理職なら、多少なりとも、コネが使えるだろうし。
そもそも、配送員は、心身ともにたくましく、アグレッシブな人が多い。結構な重労働なうえ、一日中、動き回り、力も体力もいるからだ。その点、彼はヒョロヒョロだし、性格的にも、あまりに大人し過ぎる。
「合ってるかどうかなんて、やってみないと、分からないわよ。それに、どんな仕事だって、真剣にやれば、責任の重さは変わらないわ」
「確かに、そうですね。僕の考えが、まだまだ、甘いのかもしれません。もっと、真剣に向き合わないと」
彼は、薄っすらと苦笑いを浮かべた。
何というか、あり得ないほどに、素直すぎる。普通、これだけ言われれば、反論の一つもするはずだ。特に、最近の新人は、反抗的な子が多い。しかし、彼からは、自分の意思や信念が、全く感じられない。
「あなたは、何か目標とかないの?」
「早く一人前になりたい、とは思っています。ただ、日々の業務が、精一杯で。何をすればいいのか、よく分からないんです。勉強も、毎日やってはいるんですが。なかなか、覚えられなくて」
何とも、頼りなさげに答える。その言葉を聴いて、少しイラッとした。私は、煮え切らない人間や、自信のない人間が、大嫌いだからだ。
「それは、目標が曖昧だからよ。本当に成したいことが有れば、自然と、それに向かって努力するのだから。あと、あなたは、自分の意思がなさすぎよ。男なら、もっとシャキっとして、自分の意見をしっかり持ったら?」
「――すいません。よく、そう言われます」
私が、語調を強めて指摘すると、また、薄っすらと笑みを浮かべ、力なく答える。
はぁ……。なんて、弱々しいのかしら。うちの会社にも、危なっかしい新人たちがいるけど。ここまで、なよなよした子は、いないわよ。
特に〈ファースト・クラス〉では、気位が高かったり、プライドの強い人間が多い。社内での激しい競争に加え、良家のお嬢様も多いからだ。気弱な性格では、すぐに淘汰されてしまう。
お礼の食事に誘われたのに、お説教をするなんて。完全に、趣旨が変わってしまっている。ただ、あまりにも、彼が頼りなさ過ぎるから、つい、いつもの癖で。とはいえ、言い過ぎてしまっただろうか――?
彼の顔を見ると、特に、感情を害した様子ではなかった。ただ、彼は、常に笑みを浮かべるのが普通のようで、今一つ、気持ちが読み取れない。
しばしの沈黙のあと、
「あの……ナギサさんは、とてもカッコイイですね。尊敬します」
予想外の言葉を掛けて来た。
「は――?」
私は、意外な言葉に、一瞬、思考が固まる。『かっこいい』など、初めて言われた言葉だ。しかも、男性から言われるなんて、想像もしていなかった。
「あのねぇ、かっこいいなんて、男性が女性に使うべき言葉ではないわよ」
「す……すいません。あまりに、凛々しかったので、つい――」
「あと、安易に謝るのも止めなさい。自分の品格を、落とすだけよ」
「はい、すいませ……」
彼は、慌てて手で口を押さえる。
そうこうしている内に、前菜が運ばれてきた。静かに食事を始めるが、流石にテーブルマナーは、洗練されている。口を開かなければ、とても、しっかりして見えた。しかし、一度、話し始めると、気の弱さが、ありありと伝わって来る。
どんな業界でも、必要なのは強さだ。性格は、素直で真っ直ぐだが、人がいいだけでは、生きて行けないのが世の常だ。
はぁ――、何て頼りのない性格なの。こんなので、これから先、やって行けるのかしら? ただでさえ、空の仕事は、物凄く厳しい世界なのに。
私は、彼の色白の顔を見ながら、小さくため息をつくのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『因縁が渦巻く町内対抗の交流イベント』
人の出会いも「重力」!あんたは因縁がきれなかった!
普段は、私服でも、そこまで飾りつけをすることはない。ただ、今から行くのは〈グリュンノア〉の中でも、屈指の高級レストランだ。世界的に有名なシェフが経営しており、政治家や海外からの要人たちも訪れる、格式のある店だった。
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だが、今日は『ディナーに、お付き合い頂けないでしょうか?』と、とても丁寧に誘われたので、無下にする訳にもいかなかった。こちらも、最大限の礼節を持って、答えるべきなので、わざわざ着飾って、やって来たのだ。
私は、礼節を、非常に重んじている。人として、社会人として、当然の行為だからだ。目一杯、お洒落してきたのも、礼節の一環だった。高級店に行くなら、それ相応の格好をしないと、相手にも、恥をかかせてしまう。
それに、今後、上位階級に昇進すれば、こういう機会もあるはずだ。シルフィードの、将来のことを考えれば、いい練習になると思う。
ちなみに、今日、私をディナーに誘ってきたのは、ライナー・レイストーン。先日、街中で、エア・ドルフィンが立ち往生していた、新人の配送員だ。
彼は、あの一件のあと、非常に丁寧なお礼のメッセージを、ELに送って来た。正直、連絡が来るとは、思っていなかった。ただの通りすがりだったし、あの程度で、礼を言われる筋合いはないからだ。
しかし、彼は、頼りない見た目に似合わず、とても礼儀正しく、常識的な内容を送って来た。文面は、大人びており、かなりの教養があるようだ。やや大げさな内容だったが、私は、礼儀や常識のある人間は、嫌いではない。
メッセージは、お礼にディナーをご馳走したい、という内容だった。本来なら、見ず知らずの、しかも、異性のお誘いであれば、間違いなく断るところだ。だが、非常に礼儀正しいうえに、誠実な内容だったので、とりあえず受けることにした。
まぁ、一度、食事するぐらいなら、構わないだろう。それに、空で働く者の先輩として、心構えも教えておく必要がある。あの程度の、メンテナンスも出来ないようでは、これから先が、思いやられるからだ。
目的地に近付くと、店の前に、タキシード姿の男性が立っていた。しっかり着こなしてはいるが、小柄なので、あまり威厳は感じられない。だが、以前、会った時とは違い、髪も綺麗に整え、全く別人のように見える。
私と視線が合うと、彼は小さく会釈してきた。
「お待たせしてしまったかしら?」
「いえ。僕も、今来たところですし。まだ、待ち合わせまで、ニ十分以上ありますので」
彼の様子を見ると、おそらく、かなり早く来て、待っていたのだろう。だが、時間に正確かつ、相手を気遣うのは、誘った者として合格点だ。私も、待ち合わせには、かなり早く行くので、ありがたい。
「では、入りましょうか」
「えぇ」
彼のあとについて、店に入って行くが、ずいぶんと、落ち着いた様子だった。先日、出会った時の、あたふたした感じは全くない。ウェイターに名前を告げると、すぐに、奥のほうの席に案内される。
流石に、屈指の高級レストランだけあり、店内は広々として、内装も凝っていた。入っている客層も、そこら辺のレストランとは、全く違う。着ている服や、身につけた装飾品を見る限り、間違いなく、皆、上流階級の人たちだ。
私たちは、ウェイターに椅子を引いてもらい、席に着く。すると、彼は、メニューを見ることなく、すぐに注文を伝えた。ワインもサッと注文し、かなり手慣れた感じだった。
ウェイターが立ち去ると、静かに声を掛けて来る。
「先日は、助けていただき、本当に、ありがとうございました。おかげさまで、業務に支障が出ることなく、無事に配達が完了しました」
「別に、あれぐらいは、構わないわ。ELでも、しっかりお礼は聴いたし。ただ、お礼のディナーにしても、流石に、これは、やり過ぎじゃない?」
私はてっきり、ごく普通の、庶民的なレストランに行くのだと思っていた。そもそも、この店は、とても新人の給料で払えるような、安い金額ではない。一人分だけでも、数万ベルはするだろう。
新人の安月給を考えれば、ファミレスでも、十分なぐらいだ。大事なのは、値段ではなく、気持ちなのだから。
「いえ、助けていただいたお礼としては、足りないぐらいだと思います。子供のころから、困った時に助けて貰ったら、自分の人生を懸けてでも、お返しするように。そう、教えられて来ましたので」
彼は、真顔で答える。
確かに、立派な教えではあると思う。しかし、あの程度のお礼に、人生を懸けるのは、まるで釣り合っていない。お礼をするにしても、限度というものがある。
「誰でも、少し勉強すれば、出来ることだし。自分でやれれば、問題ないレベルのことなのだから。やはり、大げさ過ぎよ。感謝の気持ちは、大事だけど。自分自身を磨くことに、力を入れたら?」
「はい……返す言葉もありません。自分が力不足なのは、重々承知しています。なので、今後とも、精一杯、精進して行こうと思います」
何というか、本当に、素直で謙虚な性格だ。ここまで、素直過ぎると、逆に心配になってくる。
「それより、ずいぶんと、慣れている感じね。いつも、ここに来ているの? 普通、新人は、こんな高級店には、来ないでしょ?」
「父に、何度か、連れて来てもらったことが有ります。テーブルマナーには、うるさい人なので、その練習に」
なるほど、どうりで、落ちついている訳だ。普通、いきなり、こんな高級店に来たら、堂々とした行動はできない。立ち振る舞いを見る限り、相当、厳しくしつけられたのだろう。
それに、一般家庭とも、少し違う気がする。いくら、テーブルマナーをしつけるにしても、普通は、こんな高級店に、来ることはないはずだ。それこそ、安いレストランでも、練習はできるのだから。
「あなたは、なぜ、配送の仕事をしているの? 正直、合っているようには、見えないけれど」
「えっ――?! それは、僕に才能がない、ということでしょうか?」
「そうではなくて。もっと、他に、仕事の選びようがあったのでは? という意味よ。空の仕事だって、色々あるでしょ。今の会社だって、配送員、以外の仕事もあるでしょうし」
彼の立ち振る舞いや教養。そこら辺を考えると、普通の配送員をやるのは、どうかと思う。無論、配送の仕事を、馬鹿にしている訳ではない。だが、配送員は、末端の仕事だし、肉体労働だ。
空の仕事でも、飛行艇や時空航行船のパイロットなど。もっと、上のランクの仕事だって、選べたはずだ。それに、配送会社で働くにしても、デスクワークの仕事だってある。
「その……色々学んでみたかったのです。様々な仕事や、世の中の仕組みなど。あと、たくさんの人に、出会ったりとか。僕は、かなり世間知らずですので。市中を飛び回ったほうが、色々学べるかと思いまして」
「それはまた、ずいぶんと変わった理由ね。何かやりたい仕事とか、将来なりたいものとか、無かったの?」
社会経験は、どんな仕事をやっても、自然に身につくものだ。確かに、少し、世間知らずな感じはするが。それで、わざわざ、空の仕事を選ぶ理由にはならない。空の仕事は、想像以上にハードなので、好きじゃなければ、普通は選ばない職種だ。
「特には、ありませんでした。ただ、漠然と、立派な大人になって、社会貢献したいとだけしか。結局、進路が定まらなかったので、父が働いている会社に、僕も入社することにしました」
「なるほど、そういうことね――」
この選択に関して、私は、何も言えない。なぜなら、私も母の背中を追って、シルフィード業界に入ったからだ。今となっては、本当に、自分の意思でシルフィードを選んだかは、よく分からない。
「お父様も、配送員をやられているの?」
「いえ。父は、デスクワークで、経営の仕事に携わっています」
「ならば、なぜ、あなたは、その仕事を選ばなかったの? 特に、配送の仕事が、やりたかった訳でも、ないのでしょ?」
「はぁ……。経営に関わる仕事は、僕には、荷が重いような気がしまして。体を動かす仕事のほうが、合っているように思ったんです」
おそらく、彼の父は、どこかの部署の、管理職をやっているのだろう。なら、なおのこと、彼もその道を行ったほうが、良かったのではないだろうか? 管理職なら、多少なりとも、コネが使えるだろうし。
そもそも、配送員は、心身ともにたくましく、アグレッシブな人が多い。結構な重労働なうえ、一日中、動き回り、力も体力もいるからだ。その点、彼はヒョロヒョロだし、性格的にも、あまりに大人し過ぎる。
「合ってるかどうかなんて、やってみないと、分からないわよ。それに、どんな仕事だって、真剣にやれば、責任の重さは変わらないわ」
「確かに、そうですね。僕の考えが、まだまだ、甘いのかもしれません。もっと、真剣に向き合わないと」
彼は、薄っすらと苦笑いを浮かべた。
何というか、あり得ないほどに、素直すぎる。普通、これだけ言われれば、反論の一つもするはずだ。特に、最近の新人は、反抗的な子が多い。しかし、彼からは、自分の意思や信念が、全く感じられない。
「あなたは、何か目標とかないの?」
「早く一人前になりたい、とは思っています。ただ、日々の業務が、精一杯で。何をすればいいのか、よく分からないんです。勉強も、毎日やってはいるんですが。なかなか、覚えられなくて」
何とも、頼りなさげに答える。その言葉を聴いて、少しイラッとした。私は、煮え切らない人間や、自信のない人間が、大嫌いだからだ。
「それは、目標が曖昧だからよ。本当に成したいことが有れば、自然と、それに向かって努力するのだから。あと、あなたは、自分の意思がなさすぎよ。男なら、もっとシャキっとして、自分の意見をしっかり持ったら?」
「――すいません。よく、そう言われます」
私が、語調を強めて指摘すると、また、薄っすらと笑みを浮かべ、力なく答える。
はぁ……。なんて、弱々しいのかしら。うちの会社にも、危なっかしい新人たちがいるけど。ここまで、なよなよした子は、いないわよ。
特に〈ファースト・クラス〉では、気位が高かったり、プライドの強い人間が多い。社内での激しい競争に加え、良家のお嬢様も多いからだ。気弱な性格では、すぐに淘汰されてしまう。
お礼の食事に誘われたのに、お説教をするなんて。完全に、趣旨が変わってしまっている。ただ、あまりにも、彼が頼りなさ過ぎるから、つい、いつもの癖で。とはいえ、言い過ぎてしまっただろうか――?
彼の顔を見ると、特に、感情を害した様子ではなかった。ただ、彼は、常に笑みを浮かべるのが普通のようで、今一つ、気持ちが読み取れない。
しばしの沈黙のあと、
「あの……ナギサさんは、とてもカッコイイですね。尊敬します」
予想外の言葉を掛けて来た。
「は――?」
私は、意外な言葉に、一瞬、思考が固まる。『かっこいい』など、初めて言われた言葉だ。しかも、男性から言われるなんて、想像もしていなかった。
「あのねぇ、かっこいいなんて、男性が女性に使うべき言葉ではないわよ」
「す……すいません。あまりに、凛々しかったので、つい――」
「あと、安易に謝るのも止めなさい。自分の品格を、落とすだけよ」
「はい、すいませ……」
彼は、慌てて手で口を押さえる。
そうこうしている内に、前菜が運ばれてきた。静かに食事を始めるが、流石にテーブルマナーは、洗練されている。口を開かなければ、とても、しっかりして見えた。しかし、一度、話し始めると、気の弱さが、ありありと伝わって来る。
どんな業界でも、必要なのは強さだ。性格は、素直で真っ直ぐだが、人がいいだけでは、生きて行けないのが世の常だ。
はぁ――、何て頼りのない性格なの。こんなので、これから先、やって行けるのかしら? ただでさえ、空の仕事は、物凄く厳しい世界なのに。
私は、彼の色白の顔を見ながら、小さくため息をつくのだった……。
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