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第7部 才能と現実の壁
3-6元々人見知りなので距離感が上手くつかめない……
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夕方、十六時過ぎ。私は〈ホワイト・ウイング〉の事務所のデスクで、日報をまとめていた。本日の観光案内の内容を、つぶさに記録していく。これは、非常に重要な作業で、毎日、仕事終わりに、時間を掛けて行っていた。
観光した場所や経路、立ち寄ったお店、お客様の反応など。また、会話の内容や、食べ物の好き嫌いなども、詳細に思い出し、全て記録しておく。ちょっとした、仕草や癖からも、お客様の趣好が、読み取れるからだ。
これらの細かい情報を、データベース化し、改善点を探っていく。それによって、次回、来てくださった時に、より満足度の高い接客をするのだ。
お客様の喜ぶことは、積極的に。好みでないことは、しないように。私は、パターン化された、マニュアル通りの接客は、けっして行わない。個々のお客様ごとに、最善の対応が違うからだ。そのため、一人一人を、しっかり理解し、覚えておく。
私は『気遣いの達人』などと、言われたりもするが、実際には、そうではなかった。母のように、何でもアドリブで出来る、天才肌ではない。なので、細かく分析し、事前に全て、準備をしているだけだ。
世の中には、機転を利かせて、何でもその場で対応できる人もいる。母もツバサちゃんも、風歌ちゃんも、そのタイプだ。でも、私は不器用なので、それが出来ないのは、自覚している。だからこそ、細かな努力が必要だ。
私は、いったん手を止めると、風歌ちゃんが淹れてくれたお茶に、そっと口を付ける。ふと、視線を彼女のデスクに向けるが、姿が見えなかった。
外の掃除でも、しているのかしら……?
風歌ちゃんは、相変わらず、よく働いてくれている。私は、何も言っていないのに、掃除や雑用全般を、嫌な顔一つせずに、やってくれていた。それは、エア・マスターになった今でも、変わらない。
物凄く、気を遣っているようで、私がやろうとすることは、全て先に終わらせてくれている。悪いと思いながらも、彼女の優しさに、日々甘えていた。本人は、活き活きと、楽しそうにやっている。なので、止めるに止められず、今に至っていた。
風歌ちゃんが来てからは、ほとんど、雑用をやった記憶がない。しかも、一切、手を抜かずに、完璧にやってくれている。今はもう、私がやる以上に、上手くできていると思う。
とても助かるが、彼女は、立派な一人前だ。なので、本来なら、お互いに、分担してやるべき仕事だ。そう考えると、たまに、申しわけない気分になる。
私は、少し手伝おうかと思い、席を立ちあがった。だが、ほぼ同時に、風歌ちゃんが、入口から現れた。
「リリーシャさん。お客様が、いらっしゃっています」
風歌ちゃんは、元気に声を掛けて来る。
こんな時間に、誰かしら? 予約は、全て終わっているし。営業終了の間際の、こんな中途半端な時間に、やって来るお客様は、いないはず。だとすると、商店街の方かしら?
色々考えていると、入り口から、一人の年配の女性が入って来た。
「久しぶりね、リリーシャ。元気にしていたかしら?」
「えっ?! 何でここに?」
完全に予想外の人物の登場に、私は、驚きの声をあげてしまった。
「何で、とはご挨拶ね。わざわざ遠くから、可愛い孫の顔を、見に来たというのに」
「あ――すいません。何の連絡もなしに来られるとは、思わなかったもので……」
目の前に現れたのは、私の祖母だった。彼女は、メルヴィーナ・アレキサンドル。〈グリュンノア〉からは、かなりの距離がある、大陸の北部のほうに住んでいる。最後に会ったのは、母の葬儀の時だ。
「ん――孫って? もしかして、リリーシャさんの、おばあ様ですか?」
「そうよ。あなた、ここの新人さん?」
「はい、如月 風歌です。よろしくお願いいたします!」
「あらあら、元気な子ね。いつも、リリーが、お世話になってるわね」
「とんでもない。私のほうが、一方的に、お世話になりっぱなしですので」
二人は、すぐに意気投合して、楽しそうに世間話を始める。お互いに、全く人見知りをしないし。明るく元気なので、性格が似ているのかもしれない。
対して、私は、かなりの人見知りだ。仕事の接客ならまだしも、プライベートは、別問題だった。しかも、祖母とは、ほとんど口を利いたこともなく、微妙な間柄だ。
私は、二人が楽しそうに話している様子を、少し釈然としない気持ちで、静かに眺めるのだった……。
******
私と祖母は、お客様用の待合テーブルで、向かい合わせに座っていた。風歌ちゃんは『お茶を淹れて来るので、ごゆっくりどうぞ』と、早々に立ち去って行った。きっと、気を遣って、二人きりにしてくれたのだろう。
だが、私は、祖母のことを、ほとんど知らない。以前、母の葬儀の時に、一度、会ったきりだ。しかも、形式的な挨拶を交わしただけで、まともに話したことがない。
そもそも、母と祖母は、微妙な関係だったのだ。そのため、私は、子供のころから、全く祖母に会ったことがない。話で聴いていただけで、どんな人物かは、実際には、よく知らなかった。
母から聴いた話によると、祖母は、大陸で洋菓子店をやっていた。三百年の歴史のあるお店で、代々その味と伝統が、受け継がれて来ている。王室御用達もしており、大陸では、知らない人がいないぐらいの名店だ。
母は、その家で生まれ育ち、将来は、洋菓子店を継ぐ予定だった。しかし、ある時、家を飛び出し〈グリュンノア〉にやって来た。親の同意を得た訳ではなく、風歌ちゃんと同じ、家出状態だった。
その後、二人は全く会っておらず、ぎくしゃくした関係が続いていた。それは、母が『グランド・エンプレス』として、社会的な地位を手に入れたあとも、変わらなかった。結局、私も、祖母と会う機会が、全くなかったのだ。
ただ、話の中では、よく出てきていた。なぜなら、母のお菓子作りの技術は、全て祖母から教わったものだからだ。
母は、お菓子作りに関しては、プロ並みの腕を持っていた。ただ、実家にいる時は、色々意見が合わずに、納得のいかない部分も、多かったようだ。それでも『祖母のお菓子作りの腕は世界一だ』と、母は誇らしげに語っていた。
「おばあ様、いつ、こちらに?」
「着いたのは、午前中。確か、十時半ごろだったかしら」
「ご連絡をくだされば、お迎えに行きましたのに」
「でも、その時間、あなたは仕事中だったでしょ? それに、回ってみたい店が、一杯あったのよ。お蔭で、美味しいものが、たくさん食べられたわ」
彼女は、とても満足げに語る。
「ところで、今回はどのような、ご用向きでしょうか――?」
一番、気になるのは、そこだった。なぜ、この時期に、急に来たのだろうか? 母のことで、何か話があったのだろうか?
「それはね……これよ!」
祖母は、カバンの中を、ごそごそと探すと、一冊の雑誌を取り出した。パラパラとめくって、開いたページには『グリュンノア・スイーツ特集』と書かれている。カラーのページには、この町の人気スイーツが、所せましと載っていた。
「もしかして、そのためだけに――?」
「そんな訳ないでしょ。可愛い孫の顔を見る、ついでよ」
「ならば、事前にご連絡してくだされば、色々と準備できましたのに」
「だって、この記事を見たら、急に行きたくなっちゃったのよ。行くって決めたの、昨日の夜だったし」
おそらく、スイーツが目当てで、私のほうが、ついでだと思う。しかし、思いついたら、即実行する行動力。あと、この自由過ぎる性格は、母にそっくりだ。
「では、昼間は、スイーツを、食べ歩いていたのですか?」
「ええ、そうよ。でも、一日じゃ回り切れなかったから、明日も行くわ。もちろん、全制覇よ!」
祖母は、こぶしを握り締めながら、熱く語る。
「あの、お店のほうは、大丈夫なのですか?」
「平気平気。旦那もいるし、人も雇ってるから。それより、こっちのほうが大事よ。ちょうど、新作のための、インスピレーションが欲しかったのよね」
お店の新作などは、全て祖母が作っているらしい。有名な菓子コンテストで、何度も金賞をとっており、技術はもちろん、発想が素晴らしいと、母がよく言っていた。
「そんな訳だから、明日は案内、頼むわよ」
「えっ?!」
「明日は、仕事、休みなんでしょ? あと、今夜は、あなたの家に、泊めてちょうだいね。急に来たから、予約も何もしてないし。手ぶらで来ちゃったのよね」
「は、はぁ……」
言われてみれば、小さなバッグ一つと、旅行にしては、あり得ないぐらいの軽装だ。近所に、買い物でも行くような感覚で、あまりにも、準備が不十分すぎる。本当に、思い付きで、やって来たみたいだ。
私が唖然としていると、風歌ちゃんが、トレーを持ってやって来た。
「お待たせしました。お口に合うと、いいんですが」
風歌ちゃんは、ティーカップを二つと、焼き菓子のお皿を、そっと置いた。
「あら、美味しそうね。喜んで、いただくわ」
「メルヴィーナさんみたいな、プロの方にお出しするのは、緊張しますね」
「平気よ。私、好き嫌いないし。何でも、美味しくいただくから」
祖母は、そう言うと、お茶を一口のんだあと、焼き菓子にも手を伸ばす。どちらも、とても美味しそうに、飲食していた。
「うーん、このお茶、いい香りね。温度も濃さも完璧。あと、この焼き菓子も、とても上品な味で、美味しいわね」
「いやー、よかったです。焼き菓子は、買って来たものですけど。このお店のお菓子は、どれも、凄くおいしいんですよ」
「あら、そうなの。これを作った職人は、中々いい腕してるわ。明日は、このお店も回らないとね」
二人は楽しそうに、お茶とお菓子の話で、盛り上がっていた。相変わらず、風歌ちゃんは、順応力が高い。誰とでも、会った瞬間に、仲良くなってしまう。
でも、私は、元々人見知りだったし、かなりの心配性なので。この先のことを考えると、気が気ではなかった。
親しくなった人や、知っている人ならば、普通に話せる。だが、知らない人は、何もデータがないので、上手く距離感が掴めなかった。特に、祖母の場合は、複雑な関係なので、非常に分かりにくい。
あと、祖母には、少し苦手意識があった。私は、一気に距離を詰めて来る人や、強引な性格の人が、好きではないからだ。
人見知りの人間にとって、距離感は、物凄く重要だった。常に、一定の距離を保ち、近付くにしても、時間をかけて、徐々に距離を詰めていく。普通の人には分からない、とても、繊細な問題なのだ。
おばあ様が来た、本当の目的は、いったい何なのかしら? 明日の案内、上手くできるだろうか? それ以前に、おばあ様と、上手く話せるの?
笑顔で話す二人とは対照的に、私の心の中には、暗雲が垂れ込めるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『血の繋がりってやっぱり凄いと思う』
血のつながりは絶対に切れない鎖のようなもの
観光した場所や経路、立ち寄ったお店、お客様の反応など。また、会話の内容や、食べ物の好き嫌いなども、詳細に思い出し、全て記録しておく。ちょっとした、仕草や癖からも、お客様の趣好が、読み取れるからだ。
これらの細かい情報を、データベース化し、改善点を探っていく。それによって、次回、来てくださった時に、より満足度の高い接客をするのだ。
お客様の喜ぶことは、積極的に。好みでないことは、しないように。私は、パターン化された、マニュアル通りの接客は、けっして行わない。個々のお客様ごとに、最善の対応が違うからだ。そのため、一人一人を、しっかり理解し、覚えておく。
私は『気遣いの達人』などと、言われたりもするが、実際には、そうではなかった。母のように、何でもアドリブで出来る、天才肌ではない。なので、細かく分析し、事前に全て、準備をしているだけだ。
世の中には、機転を利かせて、何でもその場で対応できる人もいる。母もツバサちゃんも、風歌ちゃんも、そのタイプだ。でも、私は不器用なので、それが出来ないのは、自覚している。だからこそ、細かな努力が必要だ。
私は、いったん手を止めると、風歌ちゃんが淹れてくれたお茶に、そっと口を付ける。ふと、視線を彼女のデスクに向けるが、姿が見えなかった。
外の掃除でも、しているのかしら……?
風歌ちゃんは、相変わらず、よく働いてくれている。私は、何も言っていないのに、掃除や雑用全般を、嫌な顔一つせずに、やってくれていた。それは、エア・マスターになった今でも、変わらない。
物凄く、気を遣っているようで、私がやろうとすることは、全て先に終わらせてくれている。悪いと思いながらも、彼女の優しさに、日々甘えていた。本人は、活き活きと、楽しそうにやっている。なので、止めるに止められず、今に至っていた。
風歌ちゃんが来てからは、ほとんど、雑用をやった記憶がない。しかも、一切、手を抜かずに、完璧にやってくれている。今はもう、私がやる以上に、上手くできていると思う。
とても助かるが、彼女は、立派な一人前だ。なので、本来なら、お互いに、分担してやるべき仕事だ。そう考えると、たまに、申しわけない気分になる。
私は、少し手伝おうかと思い、席を立ちあがった。だが、ほぼ同時に、風歌ちゃんが、入口から現れた。
「リリーシャさん。お客様が、いらっしゃっています」
風歌ちゃんは、元気に声を掛けて来る。
こんな時間に、誰かしら? 予約は、全て終わっているし。営業終了の間際の、こんな中途半端な時間に、やって来るお客様は、いないはず。だとすると、商店街の方かしら?
色々考えていると、入り口から、一人の年配の女性が入って来た。
「久しぶりね、リリーシャ。元気にしていたかしら?」
「えっ?! 何でここに?」
完全に予想外の人物の登場に、私は、驚きの声をあげてしまった。
「何で、とはご挨拶ね。わざわざ遠くから、可愛い孫の顔を、見に来たというのに」
「あ――すいません。何の連絡もなしに来られるとは、思わなかったもので……」
目の前に現れたのは、私の祖母だった。彼女は、メルヴィーナ・アレキサンドル。〈グリュンノア〉からは、かなりの距離がある、大陸の北部のほうに住んでいる。最後に会ったのは、母の葬儀の時だ。
「ん――孫って? もしかして、リリーシャさんの、おばあ様ですか?」
「そうよ。あなた、ここの新人さん?」
「はい、如月 風歌です。よろしくお願いいたします!」
「あらあら、元気な子ね。いつも、リリーが、お世話になってるわね」
「とんでもない。私のほうが、一方的に、お世話になりっぱなしですので」
二人は、すぐに意気投合して、楽しそうに世間話を始める。お互いに、全く人見知りをしないし。明るく元気なので、性格が似ているのかもしれない。
対して、私は、かなりの人見知りだ。仕事の接客ならまだしも、プライベートは、別問題だった。しかも、祖母とは、ほとんど口を利いたこともなく、微妙な間柄だ。
私は、二人が楽しそうに話している様子を、少し釈然としない気持ちで、静かに眺めるのだった……。
******
私と祖母は、お客様用の待合テーブルで、向かい合わせに座っていた。風歌ちゃんは『お茶を淹れて来るので、ごゆっくりどうぞ』と、早々に立ち去って行った。きっと、気を遣って、二人きりにしてくれたのだろう。
だが、私は、祖母のことを、ほとんど知らない。以前、母の葬儀の時に、一度、会ったきりだ。しかも、形式的な挨拶を交わしただけで、まともに話したことがない。
そもそも、母と祖母は、微妙な関係だったのだ。そのため、私は、子供のころから、全く祖母に会ったことがない。話で聴いていただけで、どんな人物かは、実際には、よく知らなかった。
母から聴いた話によると、祖母は、大陸で洋菓子店をやっていた。三百年の歴史のあるお店で、代々その味と伝統が、受け継がれて来ている。王室御用達もしており、大陸では、知らない人がいないぐらいの名店だ。
母は、その家で生まれ育ち、将来は、洋菓子店を継ぐ予定だった。しかし、ある時、家を飛び出し〈グリュンノア〉にやって来た。親の同意を得た訳ではなく、風歌ちゃんと同じ、家出状態だった。
その後、二人は全く会っておらず、ぎくしゃくした関係が続いていた。それは、母が『グランド・エンプレス』として、社会的な地位を手に入れたあとも、変わらなかった。結局、私も、祖母と会う機会が、全くなかったのだ。
ただ、話の中では、よく出てきていた。なぜなら、母のお菓子作りの技術は、全て祖母から教わったものだからだ。
母は、お菓子作りに関しては、プロ並みの腕を持っていた。ただ、実家にいる時は、色々意見が合わずに、納得のいかない部分も、多かったようだ。それでも『祖母のお菓子作りの腕は世界一だ』と、母は誇らしげに語っていた。
「おばあ様、いつ、こちらに?」
「着いたのは、午前中。確か、十時半ごろだったかしら」
「ご連絡をくだされば、お迎えに行きましたのに」
「でも、その時間、あなたは仕事中だったでしょ? それに、回ってみたい店が、一杯あったのよ。お蔭で、美味しいものが、たくさん食べられたわ」
彼女は、とても満足げに語る。
「ところで、今回はどのような、ご用向きでしょうか――?」
一番、気になるのは、そこだった。なぜ、この時期に、急に来たのだろうか? 母のことで、何か話があったのだろうか?
「それはね……これよ!」
祖母は、カバンの中を、ごそごそと探すと、一冊の雑誌を取り出した。パラパラとめくって、開いたページには『グリュンノア・スイーツ特集』と書かれている。カラーのページには、この町の人気スイーツが、所せましと載っていた。
「もしかして、そのためだけに――?」
「そんな訳ないでしょ。可愛い孫の顔を見る、ついでよ」
「ならば、事前にご連絡してくだされば、色々と準備できましたのに」
「だって、この記事を見たら、急に行きたくなっちゃったのよ。行くって決めたの、昨日の夜だったし」
おそらく、スイーツが目当てで、私のほうが、ついでだと思う。しかし、思いついたら、即実行する行動力。あと、この自由過ぎる性格は、母にそっくりだ。
「では、昼間は、スイーツを、食べ歩いていたのですか?」
「ええ、そうよ。でも、一日じゃ回り切れなかったから、明日も行くわ。もちろん、全制覇よ!」
祖母は、こぶしを握り締めながら、熱く語る。
「あの、お店のほうは、大丈夫なのですか?」
「平気平気。旦那もいるし、人も雇ってるから。それより、こっちのほうが大事よ。ちょうど、新作のための、インスピレーションが欲しかったのよね」
お店の新作などは、全て祖母が作っているらしい。有名な菓子コンテストで、何度も金賞をとっており、技術はもちろん、発想が素晴らしいと、母がよく言っていた。
「そんな訳だから、明日は案内、頼むわよ」
「えっ?!」
「明日は、仕事、休みなんでしょ? あと、今夜は、あなたの家に、泊めてちょうだいね。急に来たから、予約も何もしてないし。手ぶらで来ちゃったのよね」
「は、はぁ……」
言われてみれば、小さなバッグ一つと、旅行にしては、あり得ないぐらいの軽装だ。近所に、買い物でも行くような感覚で、あまりにも、準備が不十分すぎる。本当に、思い付きで、やって来たみたいだ。
私が唖然としていると、風歌ちゃんが、トレーを持ってやって来た。
「お待たせしました。お口に合うと、いいんですが」
風歌ちゃんは、ティーカップを二つと、焼き菓子のお皿を、そっと置いた。
「あら、美味しそうね。喜んで、いただくわ」
「メルヴィーナさんみたいな、プロの方にお出しするのは、緊張しますね」
「平気よ。私、好き嫌いないし。何でも、美味しくいただくから」
祖母は、そう言うと、お茶を一口のんだあと、焼き菓子にも手を伸ばす。どちらも、とても美味しそうに、飲食していた。
「うーん、このお茶、いい香りね。温度も濃さも完璧。あと、この焼き菓子も、とても上品な味で、美味しいわね」
「いやー、よかったです。焼き菓子は、買って来たものですけど。このお店のお菓子は、どれも、凄くおいしいんですよ」
「あら、そうなの。これを作った職人は、中々いい腕してるわ。明日は、このお店も回らないとね」
二人は楽しそうに、お茶とお菓子の話で、盛り上がっていた。相変わらず、風歌ちゃんは、順応力が高い。誰とでも、会った瞬間に、仲良くなってしまう。
でも、私は、元々人見知りだったし、かなりの心配性なので。この先のことを考えると、気が気ではなかった。
親しくなった人や、知っている人ならば、普通に話せる。だが、知らない人は、何もデータがないので、上手く距離感が掴めなかった。特に、祖母の場合は、複雑な関係なので、非常に分かりにくい。
あと、祖母には、少し苦手意識があった。私は、一気に距離を詰めて来る人や、強引な性格の人が、好きではないからだ。
人見知りの人間にとって、距離感は、物凄く重要だった。常に、一定の距離を保ち、近付くにしても、時間をかけて、徐々に距離を詰めていく。普通の人には分からない、とても、繊細な問題なのだ。
おばあ様が来た、本当の目的は、いったい何なのかしら? 明日の案内、上手くできるだろうか? それ以前に、おばあ様と、上手く話せるの?
笑顔で話す二人とは対照的に、私の心の中には、暗雲が垂れ込めるのだった……。
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『血の繋がりってやっぱり凄いと思う』
血のつながりは絶対に切れない鎖のようなもの
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