283 / 363
第7部 才能と現実の壁
5-8速さ自慢の猛者が集まる予選レースついに開催!
しおりを挟む
時間は、十時を少し回ったころ。私は『ロイヤル・ルーム』にいた。ここは〈グリュンノア国際サーキット〉の最上階にあり、ガラス張りの個室になっている。部屋は広く、大きなふかふかのソファーがあり、料理や飲み物まで置いてあった。
なお、レース場の一階は、屋外の一般観客席。朝早くから、たくさんの人が集まり、予選開始の九時には、満員になっていた。
その観客席の上は、ガラス張りの指定席。ここは有料だが、屋内なので、冷暖房完備。あと、ドリンク・サーバーもある。
その、一階上には『プライベート・シート』という、個室があった。ここは、カラオケルームぐらいの広さだ。数人の貸し切りで、のんびり観戦できる。
さらに、その上の最上階が『ロイヤル・ルーム』だ。一回の使用で、一人、十万ベル以上する。広々して、内装や調度品も、物凄く豪華な部屋だった。有名人やお金持ちだけが利用する、VIPルームのようなものだ。一般人は、まず使わない。
でも、この部屋は、ノーラさんが用意してくれたものだ。事前に『控室はこっちで用意しておく』と言っていた。なので、ごく普通の小部屋か、たくさんの人が、共同で使う部屋だと、想像してたんだよね。
なので、扉を開けた瞬間、唖然として、しばらく固まっていた。場所を間違えたかと思って、いったん部屋を出て、再確認までしてしまった。
部屋は合ってたし、物凄く広いのは、いいんだけど。高価なものには、全く耐性がないので、ちょっと落ち着かない。私の屋根裏部屋より、はるかに広いし。柔らかなソファーが、どうにも馴染まない。
そのため、さっきから、身じろぎしたり、立ったり座ったりを、繰り返していた。レースよりも、部屋の豪華さに、緊張してしまっている……。
ガラス張りの窓の外では、甲高いエンジンを鳴らしながら、超高速で、エア・ドルフィンが飛び回っていた。現在、一次予選の真っ最中だ。下のほうの観客席では、ゴールするたびに、大歓声が上がっている。
このレースは『勝利チケット』を、買うことが可能だ。つまり、競艇などと同じで、どの機体が勝つかを予想して、賭けをすることが出来る。そのせいもあってか、予選から、滅茶苦茶、盛り上がっていた。
なお〈グリュンノア〉では、法律で、賭博は禁止されている。ただし〈新南区〉だけは『特別商業区域』なので、この法律が適用されない。そのため、カジノや賭けレースが、許可されていた。
『ノア・グランプリ』のような、大きなレースの場合、一日の売り上げが、数百億になる。そのため、この町の、大事な税収にもなっているらしい。
目の前では、緊迫感のあるレースが行われていた。しかし、ナギサちゃんは、いつも通り落ちついて、上品にお茶を飲んでいる。フィニーちゃんは、黙々と料理を食べていた。非日常の空間なのに、いつもと変わらない、平和な空気が漂っている。
ちなみに、私たちは、すでに、一次予選を終えていた。フィニーちゃんは、第1レース。ナギサちゃんは、第2レース。私は、第4レース。全員、一位で、危なげなく予選を通過していた。毎日、空を飛んでいるだけあって、みんなレベルが高い。
ただ、ローカルレースの、サファイア・カップとは、規模がまるで違う。世界中から、選手が集まっているため、参加者が非常に多かった。そのため、まずは、一次予選と二次予選を、勝ち抜かなければならない。
一次予選は、三位まで。二次予選は、二位までが、次のレースに進める。なお、予選では、一周六キロのコースを、三周する。
最低基準タイムは、5分24秒。これを下回ると、入賞しても失格になる。このタイムをクリアするには、平均時速200km以上が必要だ。ただ、プロ選手の場合、4分30秒台で回り切る。やはり、プロは、段違いのレベルだ。
ちなみに、ナギサちゃんが乗っている赤い機体は、ツバサさんから借りたものだ。流線形の機体は、とてもカッコイイし、何より物凄く目立つ。ツバサさんも、過去に出場経験があるので、色々レクチャーしてくれたらしい。
一方、フィニーちゃんが乗っている緑色の機体は、会社が用意してくれたものだ。メイリオさんに相談したら、社長に直接、掛け合ってくれたんだって。
機体には『ウィンドミル』の、ロゴや社章が描かれている。流石は、業界最大手だけあり、わざわざ、このレースのためだけに、新品の機体を用意してくれたそうだ。一応は『会社の宣伝のため』という、理由らしい。
二人とも、新型の機体で美しいのに対し、私の銀色の機体は、飾りっ気がなく、やや武骨が感じがする。ただ、エンジン・チューンは、最新型にも、引けを取っていなかった。癖は強いけど、上手く乗りこなせば、とんでもなく速い。
ロイヤル・ルームで、しばらく観戦していると、一次予選が終わり、二次予選がスタートした。予選は、全て午前中に終わる。途中、お昼休みを挟んで、準決勝と決勝は、午後一時からスタートだ。
空中モニターで、二次予選の組み合わせを見ると、幸いにして、全員、違うグループだった。私は、第2レース。フィニーちゃんが、第3レース。ナギサちゃんは、第5レースだ。
各レースごとに、選手の戦績データと機体番号。それに加え、人気順やオッズも表示されていた。
「ナギサちゃん、二番人気って凄いね。私なんか、六番人気なのに――」
赤い機体は、物凄く目立っていたし、ナギサちゃんの操縦は、極めて正確だった。安定感のある飛行だったので、妥当な評価だと思う。
「はぁ……何も分かってないわね。オッズを、よく見てみなさいよ」
「ん――? 一番人気が1.2倍で、二番人気は13倍?! 何で、こんなに差があるの?」
私は、賭けをやった事がないので、仕組みは、よく分からない。でも、普通、こんなに差が開かないはずだ。
「それだけ、一番人気が強いのよ。相手は、プロのレーサー。しかも、今回の優勝候補、筆頭よ」
「ほえぇーー。でも、ナギサちゃんなら、勝てるよね……?」
「相手が誰だろうと、関係ないわ。全力で、倒しに行くだけよ」
ナギサちゃんは、何一つ、気負った様子がない。いつも通りの、澄ました表情で、堂々と答えた。
「流石は、ナギサちゃん! なら、安心だね」
「私のことは、どうでもいいから、自分の心配をしなさいよ。最下位人気なんだから、他人を気にする余裕なんて、ないでしょ?」
「んがっ――。これからレースなんだから、少しは励ましてくれても……」
「お世辞を言っても、結果は良くならないわ。いいから、さっさと行きなさい」
「はい、行ってきます――」
ナギサちゃんは、相変わらず、クールで厳しい。一切、お世辞を言わないのが、彼女のいいところなんだけど。たまには、励ましの言葉が欲しい。
フィニーちゃんは、我関せずで、先ほどから、モリモリ食べ続けている。レース前に、あんなに食べて、大丈夫なんだろうか?
まぁ、いっか。これが、いつも通りの私たちだし。よし、気持ちを引き締めて、頑張るぞっ! 練習通りにやれば、いいだけなんだから。
私は、頬をバシッと叩くと、静かに部屋をあとにするのだった……。
******
私は、機体に乗って、スターティング・ゲート前の、カタパルトで待機していた。すでに、エンジンは起動しており、いつでも飛び出せる状態だ。周囲の機体から、エンジンを吹かす、甲高い音が聞こえてくる。
全部で六機。私は、大外枠の六番だ。このレースは、外枠ほど前に位置し、斜めに並んでスタートする。なので、上手く行けば、外枠のほうが、速くコーナーに侵入可能だ。
私は、外枠が得意だし。この機体は、滅茶苦茶、直線の加速性能が高いので、十分、先頭を狙えるはずだ。
競り合いなどの技術は、全く持っていない。なので、可能な限り先頭に出て、最後まで逃げ切るのが作戦だ。ただ、周囲を見ると、みんな強そうだし、どの機体も、物凄く速そうに見える。
基本、500MPのエンジンを積んでいれば、どんなカスタマイズでもOKだ。なので、実際のカタログ・スペック以上の機体が多い。一次予選でも、とんでもないスピードで飛んでいる、モンスター・マシンばかりだった。
シールド・スーツを着ているし、周囲には、緩衝用のマナ・フィールドが張り巡らされている。それでも、高速域での飛行は、物凄く怖い。実際、事故になれば機体は大破し、大怪我や、最悪、命を落とす場合もあるからだ。
しかし、恐怖に負けて、ほんのちょっとでも、スピードを緩めれば、確実に負けてしまう。コンマ一秒を争う世界に、迷いは禁物だ。
私は、高ぶる気持ちと、高鳴る鼓動を抑えるため、ゆっくり呼吸をした。少しずつだが、気持ちが落ち着いてくる。心が穏やかになると、目の前の視界が開けてきた。
よし、行ける! 絶対に、勝てる! 史上最速の人が乗っていた機体で、負けるわけには行かない。でも、熱くなり過ぎないように――。
気持ちを静めている内に、目の前の空中モニターのカウントが、残り十秒を切った。私は、腰を少し浮かせて、カウントを凝視する。
5……4……3……2……1……GO!!
ゲートが開いた瞬間、弾丸が撃ち出されたかのように、物凄い勢いで、カタパルトから飛び出して行った。甲高いエンジン音と、風を切り裂く轟音が鳴り響く。エンジンパワーが、80%を超えたところで、急加速を開始した。
一気に加重が掛かり、体が後方に引っ張られる。私は、必死に機体にしがみつきながらも、チラリと視線を横に向ける。流石に、予選を勝ち上がって来ただけあって、みんな速い。でも、今なら、先頭に立てそうだ。
私は、少しずつ機体をインに寄せながら、ターンの体勢に入った。右向きの赤い矢印の空中モニターが、ずらりと並んでいるのが、見えて来る。私は、息を止めて集中し、タイミングを計った。
ここだっ!
次の瞬間、私は、機体を真横に傾けた。直後、アクセルを緩め、機種を上に傾ける。機体を90度に傾けたまま、上昇を行って旋回する『Fターン』だ。機体が、ガタガタと揺れ、物凄いGが掛かる。
私は、空中ブイの位置を瞬間的に確認すると、機体をもとの姿勢に戻し、アクセルを全開にした。そのまま、スーッと加速を始める。再び、エンジンパワーのメーターが、グイグイと上がって行く。
よし、いい感じ! ちょっと、機体がブレたけど、許容範囲内。予定通り、先頭に立てたし。あとは、落ち着いて操縦すれば、行けるはず――。
物凄い加速なので、後方は振り返れない。ただ、エンジン音で、だいたいの、後続の位置が分かった。一機だけ、物凄く速い機体が、後ろからついて来ているようだ。
後ろの機体、滅茶苦茶、速い。何だろう、この嫌な気配? まるで、様子をうかがっているような……。
ノーラさんが、言っていた。『慣れてくると、見なくても、気配で相手の技量が分かる』と。これが、そうなんだろうか――?
その後も、先頭に立ったまま、次々とコーナーを旋回していく。一つクリアするたびに、調子が上がって、より速くなっていく。でも、後ろの気配は、消えなかった。ピッタリくっついたまま、全く離れない。
三周目の第1コーナーが、見えて来た時。コーナーに侵入する、少し手前で、黒い機体の姿が、横に見えてきた。ずっと、後ろに追い付いて来ていた機体だ。横に張り付いたままの状態で、ほぼ同時に、コーナーに突っ込んで行った。
私は、機体を傾け、素早くFターンを開始しする。二つのエンジン音が、同時に鳴り響く。私は、素早く機体を水平に戻すと、アクセルを全開にした。一瞬、相手の黒い機体が、真横に並びかけるが、加速で上回り、再び先頭に立った。
くっ……速いっ! 抜かれないように、インを締め過ぎたかも。もっと、思い切って行くためには、もう少し、アウト側に出ないと――。よしっ、最終コーナーは、全力で攻める!
基本的には、全力では攻め込まない。安全マージンを確保し、確実にターンを決めるため、七、八割の力で曲がって行く。練習の際にも『旋回は安全第一』『常に余裕をもって』と、散々コーチから言われたことだ。
事故を起こして、大怪我したら、目も当てられないし。そもそも、この機体は、直線加速に特化しているので、旋回性能は高くないからだ。
仮に、二着でも予選通過できるし。決勝までは、抑えていくと決めていた。それでも、やっぱり、負けるのは、私の性に合わない。沸々と心の奥底から、負けん気の熱い炎が、燃え上がって来る。
最終コーナーが見えてくると、私は息を止め、覚悟を決めた。全神経を、ハンドルを握る腕にだけに集中する。
よしっ、行っけぇぇぇぇーーっ!!
機体を横に傾けると、先ほどまでよりも、一段階、速いスピードで、コーナーに侵入した。機体が90度に傾くと、一気に上昇を開始する。直後、物凄いGで、体が押しつぶされそうになるが、必死に耐えた。
『大丈夫、このまま曲がり切れる!』と、思った次の瞬間。私の視界のすぐ上に、黒い機体が現れた。
えっ、嘘っ?! このスピードで、内側からっ?
私のさらにインコースをついて、Fターンを仕掛けてきたのだ。急いで、機体を水平に戻そうとするが、少し外に流れてしまった。流石に、侵入スピードが速過ぎた。
体勢を元に戻して、すぐにアクセルを全開にするが、その時すでに、黒い機体は、私の前方を飛んでいた。それでも、力強い加速で、少しずつ距離を詰めていく。やはり、加速では、こちらの機体のほうが上だ。しかし、最後の直線は短い。
じりじり差を詰めるものの、一歩及ばず。そのまま、少し遅れて、ゴールラインに突っ込んだ。ゴールの直後、場内から、大歓声が沸き上がった。
私は、アクセルを緩めると、上体を起こして、大きく息を吸い込んだ。最終コーナーは、呼吸をする暇すらなかった。それほど、ギリギリの戦いだったのだ。
いつの間にか、全身から、汗が噴き出していた。暑さのためではない。恐怖と緊張による、冷や汗だ。
くぅぅーー、あと、ちょっとだったのに……。いや、相手のほうが、明らかに上手かった。並走したまま、しかも、内側からターンして来るなんて――。
大型の空中モニターを見ると、レースの結果が表示されていた。1着3番、2着6番。着差は、1.2。つまり、機体1.2機分の、差があったということだ。これだけ差があると、とても、惜しいとは言えない。
やっぱり、プロが出てるだけあって、上手い人が多いなぁ。今の私には、あんな飛行、絶対にできないもん。でも、気持ちを、切り替えよう。次は、もっと、上手く飛べばいいんだから。
私は、ゆっくりとコースを流しながら、次のレースに向け、静かな闘志を燃やすのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『風の加護を持つ者どうしの限界を超えた戦い』
風は、心技体が揃わなければ嵐にはならない
なお、レース場の一階は、屋外の一般観客席。朝早くから、たくさんの人が集まり、予選開始の九時には、満員になっていた。
その観客席の上は、ガラス張りの指定席。ここは有料だが、屋内なので、冷暖房完備。あと、ドリンク・サーバーもある。
その、一階上には『プライベート・シート』という、個室があった。ここは、カラオケルームぐらいの広さだ。数人の貸し切りで、のんびり観戦できる。
さらに、その上の最上階が『ロイヤル・ルーム』だ。一回の使用で、一人、十万ベル以上する。広々して、内装や調度品も、物凄く豪華な部屋だった。有名人やお金持ちだけが利用する、VIPルームのようなものだ。一般人は、まず使わない。
でも、この部屋は、ノーラさんが用意してくれたものだ。事前に『控室はこっちで用意しておく』と言っていた。なので、ごく普通の小部屋か、たくさんの人が、共同で使う部屋だと、想像してたんだよね。
なので、扉を開けた瞬間、唖然として、しばらく固まっていた。場所を間違えたかと思って、いったん部屋を出て、再確認までしてしまった。
部屋は合ってたし、物凄く広いのは、いいんだけど。高価なものには、全く耐性がないので、ちょっと落ち着かない。私の屋根裏部屋より、はるかに広いし。柔らかなソファーが、どうにも馴染まない。
そのため、さっきから、身じろぎしたり、立ったり座ったりを、繰り返していた。レースよりも、部屋の豪華さに、緊張してしまっている……。
ガラス張りの窓の外では、甲高いエンジンを鳴らしながら、超高速で、エア・ドルフィンが飛び回っていた。現在、一次予選の真っ最中だ。下のほうの観客席では、ゴールするたびに、大歓声が上がっている。
このレースは『勝利チケット』を、買うことが可能だ。つまり、競艇などと同じで、どの機体が勝つかを予想して、賭けをすることが出来る。そのせいもあってか、予選から、滅茶苦茶、盛り上がっていた。
なお〈グリュンノア〉では、法律で、賭博は禁止されている。ただし〈新南区〉だけは『特別商業区域』なので、この法律が適用されない。そのため、カジノや賭けレースが、許可されていた。
『ノア・グランプリ』のような、大きなレースの場合、一日の売り上げが、数百億になる。そのため、この町の、大事な税収にもなっているらしい。
目の前では、緊迫感のあるレースが行われていた。しかし、ナギサちゃんは、いつも通り落ちついて、上品にお茶を飲んでいる。フィニーちゃんは、黙々と料理を食べていた。非日常の空間なのに、いつもと変わらない、平和な空気が漂っている。
ちなみに、私たちは、すでに、一次予選を終えていた。フィニーちゃんは、第1レース。ナギサちゃんは、第2レース。私は、第4レース。全員、一位で、危なげなく予選を通過していた。毎日、空を飛んでいるだけあって、みんなレベルが高い。
ただ、ローカルレースの、サファイア・カップとは、規模がまるで違う。世界中から、選手が集まっているため、参加者が非常に多かった。そのため、まずは、一次予選と二次予選を、勝ち抜かなければならない。
一次予選は、三位まで。二次予選は、二位までが、次のレースに進める。なお、予選では、一周六キロのコースを、三周する。
最低基準タイムは、5分24秒。これを下回ると、入賞しても失格になる。このタイムをクリアするには、平均時速200km以上が必要だ。ただ、プロ選手の場合、4分30秒台で回り切る。やはり、プロは、段違いのレベルだ。
ちなみに、ナギサちゃんが乗っている赤い機体は、ツバサさんから借りたものだ。流線形の機体は、とてもカッコイイし、何より物凄く目立つ。ツバサさんも、過去に出場経験があるので、色々レクチャーしてくれたらしい。
一方、フィニーちゃんが乗っている緑色の機体は、会社が用意してくれたものだ。メイリオさんに相談したら、社長に直接、掛け合ってくれたんだって。
機体には『ウィンドミル』の、ロゴや社章が描かれている。流石は、業界最大手だけあり、わざわざ、このレースのためだけに、新品の機体を用意してくれたそうだ。一応は『会社の宣伝のため』という、理由らしい。
二人とも、新型の機体で美しいのに対し、私の銀色の機体は、飾りっ気がなく、やや武骨が感じがする。ただ、エンジン・チューンは、最新型にも、引けを取っていなかった。癖は強いけど、上手く乗りこなせば、とんでもなく速い。
ロイヤル・ルームで、しばらく観戦していると、一次予選が終わり、二次予選がスタートした。予選は、全て午前中に終わる。途中、お昼休みを挟んで、準決勝と決勝は、午後一時からスタートだ。
空中モニターで、二次予選の組み合わせを見ると、幸いにして、全員、違うグループだった。私は、第2レース。フィニーちゃんが、第3レース。ナギサちゃんは、第5レースだ。
各レースごとに、選手の戦績データと機体番号。それに加え、人気順やオッズも表示されていた。
「ナギサちゃん、二番人気って凄いね。私なんか、六番人気なのに――」
赤い機体は、物凄く目立っていたし、ナギサちゃんの操縦は、極めて正確だった。安定感のある飛行だったので、妥当な評価だと思う。
「はぁ……何も分かってないわね。オッズを、よく見てみなさいよ」
「ん――? 一番人気が1.2倍で、二番人気は13倍?! 何で、こんなに差があるの?」
私は、賭けをやった事がないので、仕組みは、よく分からない。でも、普通、こんなに差が開かないはずだ。
「それだけ、一番人気が強いのよ。相手は、プロのレーサー。しかも、今回の優勝候補、筆頭よ」
「ほえぇーー。でも、ナギサちゃんなら、勝てるよね……?」
「相手が誰だろうと、関係ないわ。全力で、倒しに行くだけよ」
ナギサちゃんは、何一つ、気負った様子がない。いつも通りの、澄ました表情で、堂々と答えた。
「流石は、ナギサちゃん! なら、安心だね」
「私のことは、どうでもいいから、自分の心配をしなさいよ。最下位人気なんだから、他人を気にする余裕なんて、ないでしょ?」
「んがっ――。これからレースなんだから、少しは励ましてくれても……」
「お世辞を言っても、結果は良くならないわ。いいから、さっさと行きなさい」
「はい、行ってきます――」
ナギサちゃんは、相変わらず、クールで厳しい。一切、お世辞を言わないのが、彼女のいいところなんだけど。たまには、励ましの言葉が欲しい。
フィニーちゃんは、我関せずで、先ほどから、モリモリ食べ続けている。レース前に、あんなに食べて、大丈夫なんだろうか?
まぁ、いっか。これが、いつも通りの私たちだし。よし、気持ちを引き締めて、頑張るぞっ! 練習通りにやれば、いいだけなんだから。
私は、頬をバシッと叩くと、静かに部屋をあとにするのだった……。
******
私は、機体に乗って、スターティング・ゲート前の、カタパルトで待機していた。すでに、エンジンは起動しており、いつでも飛び出せる状態だ。周囲の機体から、エンジンを吹かす、甲高い音が聞こえてくる。
全部で六機。私は、大外枠の六番だ。このレースは、外枠ほど前に位置し、斜めに並んでスタートする。なので、上手く行けば、外枠のほうが、速くコーナーに侵入可能だ。
私は、外枠が得意だし。この機体は、滅茶苦茶、直線の加速性能が高いので、十分、先頭を狙えるはずだ。
競り合いなどの技術は、全く持っていない。なので、可能な限り先頭に出て、最後まで逃げ切るのが作戦だ。ただ、周囲を見ると、みんな強そうだし、どの機体も、物凄く速そうに見える。
基本、500MPのエンジンを積んでいれば、どんなカスタマイズでもOKだ。なので、実際のカタログ・スペック以上の機体が多い。一次予選でも、とんでもないスピードで飛んでいる、モンスター・マシンばかりだった。
シールド・スーツを着ているし、周囲には、緩衝用のマナ・フィールドが張り巡らされている。それでも、高速域での飛行は、物凄く怖い。実際、事故になれば機体は大破し、大怪我や、最悪、命を落とす場合もあるからだ。
しかし、恐怖に負けて、ほんのちょっとでも、スピードを緩めれば、確実に負けてしまう。コンマ一秒を争う世界に、迷いは禁物だ。
私は、高ぶる気持ちと、高鳴る鼓動を抑えるため、ゆっくり呼吸をした。少しずつだが、気持ちが落ち着いてくる。心が穏やかになると、目の前の視界が開けてきた。
よし、行ける! 絶対に、勝てる! 史上最速の人が乗っていた機体で、負けるわけには行かない。でも、熱くなり過ぎないように――。
気持ちを静めている内に、目の前の空中モニターのカウントが、残り十秒を切った。私は、腰を少し浮かせて、カウントを凝視する。
5……4……3……2……1……GO!!
ゲートが開いた瞬間、弾丸が撃ち出されたかのように、物凄い勢いで、カタパルトから飛び出して行った。甲高いエンジン音と、風を切り裂く轟音が鳴り響く。エンジンパワーが、80%を超えたところで、急加速を開始した。
一気に加重が掛かり、体が後方に引っ張られる。私は、必死に機体にしがみつきながらも、チラリと視線を横に向ける。流石に、予選を勝ち上がって来ただけあって、みんな速い。でも、今なら、先頭に立てそうだ。
私は、少しずつ機体をインに寄せながら、ターンの体勢に入った。右向きの赤い矢印の空中モニターが、ずらりと並んでいるのが、見えて来る。私は、息を止めて集中し、タイミングを計った。
ここだっ!
次の瞬間、私は、機体を真横に傾けた。直後、アクセルを緩め、機種を上に傾ける。機体を90度に傾けたまま、上昇を行って旋回する『Fターン』だ。機体が、ガタガタと揺れ、物凄いGが掛かる。
私は、空中ブイの位置を瞬間的に確認すると、機体をもとの姿勢に戻し、アクセルを全開にした。そのまま、スーッと加速を始める。再び、エンジンパワーのメーターが、グイグイと上がって行く。
よし、いい感じ! ちょっと、機体がブレたけど、許容範囲内。予定通り、先頭に立てたし。あとは、落ち着いて操縦すれば、行けるはず――。
物凄い加速なので、後方は振り返れない。ただ、エンジン音で、だいたいの、後続の位置が分かった。一機だけ、物凄く速い機体が、後ろからついて来ているようだ。
後ろの機体、滅茶苦茶、速い。何だろう、この嫌な気配? まるで、様子をうかがっているような……。
ノーラさんが、言っていた。『慣れてくると、見なくても、気配で相手の技量が分かる』と。これが、そうなんだろうか――?
その後も、先頭に立ったまま、次々とコーナーを旋回していく。一つクリアするたびに、調子が上がって、より速くなっていく。でも、後ろの気配は、消えなかった。ピッタリくっついたまま、全く離れない。
三周目の第1コーナーが、見えて来た時。コーナーに侵入する、少し手前で、黒い機体の姿が、横に見えてきた。ずっと、後ろに追い付いて来ていた機体だ。横に張り付いたままの状態で、ほぼ同時に、コーナーに突っ込んで行った。
私は、機体を傾け、素早くFターンを開始しする。二つのエンジン音が、同時に鳴り響く。私は、素早く機体を水平に戻すと、アクセルを全開にした。一瞬、相手の黒い機体が、真横に並びかけるが、加速で上回り、再び先頭に立った。
くっ……速いっ! 抜かれないように、インを締め過ぎたかも。もっと、思い切って行くためには、もう少し、アウト側に出ないと――。よしっ、最終コーナーは、全力で攻める!
基本的には、全力では攻め込まない。安全マージンを確保し、確実にターンを決めるため、七、八割の力で曲がって行く。練習の際にも『旋回は安全第一』『常に余裕をもって』と、散々コーチから言われたことだ。
事故を起こして、大怪我したら、目も当てられないし。そもそも、この機体は、直線加速に特化しているので、旋回性能は高くないからだ。
仮に、二着でも予選通過できるし。決勝までは、抑えていくと決めていた。それでも、やっぱり、負けるのは、私の性に合わない。沸々と心の奥底から、負けん気の熱い炎が、燃え上がって来る。
最終コーナーが見えてくると、私は息を止め、覚悟を決めた。全神経を、ハンドルを握る腕にだけに集中する。
よしっ、行っけぇぇぇぇーーっ!!
機体を横に傾けると、先ほどまでよりも、一段階、速いスピードで、コーナーに侵入した。機体が90度に傾くと、一気に上昇を開始する。直後、物凄いGで、体が押しつぶされそうになるが、必死に耐えた。
『大丈夫、このまま曲がり切れる!』と、思った次の瞬間。私の視界のすぐ上に、黒い機体が現れた。
えっ、嘘っ?! このスピードで、内側からっ?
私のさらにインコースをついて、Fターンを仕掛けてきたのだ。急いで、機体を水平に戻そうとするが、少し外に流れてしまった。流石に、侵入スピードが速過ぎた。
体勢を元に戻して、すぐにアクセルを全開にするが、その時すでに、黒い機体は、私の前方を飛んでいた。それでも、力強い加速で、少しずつ距離を詰めていく。やはり、加速では、こちらの機体のほうが上だ。しかし、最後の直線は短い。
じりじり差を詰めるものの、一歩及ばず。そのまま、少し遅れて、ゴールラインに突っ込んだ。ゴールの直後、場内から、大歓声が沸き上がった。
私は、アクセルを緩めると、上体を起こして、大きく息を吸い込んだ。最終コーナーは、呼吸をする暇すらなかった。それほど、ギリギリの戦いだったのだ。
いつの間にか、全身から、汗が噴き出していた。暑さのためではない。恐怖と緊張による、冷や汗だ。
くぅぅーー、あと、ちょっとだったのに……。いや、相手のほうが、明らかに上手かった。並走したまま、しかも、内側からターンして来るなんて――。
大型の空中モニターを見ると、レースの結果が表示されていた。1着3番、2着6番。着差は、1.2。つまり、機体1.2機分の、差があったということだ。これだけ差があると、とても、惜しいとは言えない。
やっぱり、プロが出てるだけあって、上手い人が多いなぁ。今の私には、あんな飛行、絶対にできないもん。でも、気持ちを、切り替えよう。次は、もっと、上手く飛べばいいんだから。
私は、ゆっくりとコースを流しながら、次のレースに向け、静かな闘志を燃やすのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『風の加護を持つ者どうしの限界を超えた戦い』
風は、心技体が揃わなければ嵐にはならない
0
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる