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第9部 夢の先にあるもの
2-4あまりに非現実的な出来事に理解が追い付かないんだけど……
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私は今、大きな建物の前に立っていた。剣を突き付けられたまま、ここに連行されたのだ。どこにいるのかは、さっぱり分からない。でも、この建物には、何となく見覚えがある。〈中央区〉にある〈旧行政府〉の建物に、そっくりだったからだ。
ただ〈中央区〉にあるのは、歴史的建造物として保存されている、かなり年季の入った、古い建物だ。でも、目の前にあるのは、出来たばかりな感じの、とても綺麗で、真新しい建物だった。
行政府ビルに比べると、だいぶ小さいけど。外観は、なかなか立派な、お屋敷風の建物だ。門も大きく、全体的に、かなり凝った作りになっている。
私は、建物の中に入り、ある部屋に連れて行かれた。扉を開けると、正面の机には、書類が山積みになっており、壁際の棚には、たくさんの本が並んでいる。簡素な内装の部屋だが、どうやら執務室のようだ。
目の前の机には、私を連行してきた女性が、席についている。私は、鋭い視線で睨みつけられながら、机の前に、硬直して立っていた。明らかに、怪しまれているのが分かる。
「名前と年齢は?」
「如月 風歌、十八歳です」
「どこから来たんだ?」
「〈グリュンノア〉です。〈東地区〉の海沿いに住んでいます」
私が答えると、彼女は、小さなため息をついた。
「この町に〈東地区〉はない。嘘をつくにしても、もう少し、ましな話をしたらどうだ? どうやら、本当のことを言うつもりは、なさそうだな」
「えっ?! この町って……?」
えーっと、どういうこと――? 私は、全て本当のことを、話しているんだけど。先ほどから、微妙に、話がかみ合っていない。
その時、扉をノックする音が聞こえた。『どうぞ』と彼女が答えると、静かに扉が開き、一人の女性が入って来た。長く艶やかな青い髪に、澄んだ青い瞳。真っ白な肌の小顔と、ややつり上がった目。知的そうで気品が漂う、美しい女性だ。
「レイアード、いたのね。ちょうど良かったわ。新しい、造成計画について、相談しようと思ったのだけど。来客中だったの……?」
「アルティナか。別に、構わんよ。ただの、不審者の取り調べだ」
「ちょっ――不審者って、なによ? って、あなた何者っ?! 間違いなく、普通の人間じゃないわよね?」
青い髪の女性は、急に身構えた。どうやら彼女にも、私が見えているらしい。
んっ……ちょっと待って――。レイアードに、アルティナ……。何か、見覚えがあると思ったら、町の四方にある『守護女神像』とそっくりだ。
「あぁぁーっ!! 大地の魔女に、水竜の魔女っ?!」
私は、思わず、大きな声をあげてしまった。
私の大声に反応して、二人はサッと、手を前に突き出す。そこには、クルクルと回転する、大きな魔方陣が現れていた。
「あっ……す、すいません。つい、ビックリしちゃって。まさか、伝説の魔女に会えるとは、思ってもなかったもので――」
私は、両手を小さく上げながら、静かに謝る。
二人は、顔を見合わせ頷くと、フッと魔方陣が消えた。
「お前は、我々を知ったうえで、来たのではないのか? 間者、もしくは、暗殺者だと思っていたのだが……」
「おかしな魔力を放っているけど、殺気は、全くないわね。そもそも、暗殺者は、こんな間抜けな顔をしてないわよ」
「んがっ――。間抜けな顔って……」
それにしても、今一つ状況が呑み込めない。やっぱ、コレって夢だよね? だって、ずっと昔の時代の、大魔女たちがいるんだから。最近、よく歴史の勉強をしてたから、きっと、その内容が、夢に出てきたのだろう。
「しかし、今一つ、要領を得ないのだ。そもそも、船が出ていないのに、どうやって、ここに来たのかもな。まさか、大陸から、泳いできた訳でもあるまい」
「あなた、いったい、どうやって、ここに来たのよ?」
水竜の魔女は、いかぶしげな視線を向けてくる。
「先ほども、説明したんですけど。私は、不思議な鏡に触れたら、いつの間にか、ここに来ていたんです。全く見知らぬ場所なので、私も訳が分からなくて――」
「鏡? もしかしたら、空間転移魔法……?」
「少なくとも、私のいた場所では、そんなの聴いたことないです。そもそも、魔法を使える人も、全くいませんし」
「つまり、あなたの国では『魔法使いがいなかった』って、ことかしら?」
彼女は、不思議そうな表情で尋ねて来る。
「魔法機器は、たくさん有りましたけど。もう、魔法を使える人は、ほとんどいないと聴いています」
「その、魔法機器とは、魔道具のこと――? 魔法の杖とか、水晶とか?」
「機械のことなので、ちょっと違います。昔は、魔法の杖とか、あったのかもしれないですけど。私は、そういうのは、歴史書や博物館でしか、見たことがないです」
昔、本物の魔女たちがいた時代は、実際に、魔法の杖とか、空を飛ぶためのほうきとかが、あったらしい。でも、私からすると、完全に、おとぎ話にしか思えない。
「ちょっと、待って……。昔って、いったい、あなたは、いつの時代から来たの? あなたがいたのは、何年?」
「えーっと、世界歴2063年。ノア歴だと、123年ですけど――」
「ちょっ……嘘でしょ?! じゃあ、あなたは、百年以上の時を、超えて来たってこと?」
「えっ――?」
水竜の魔女が、大地の魔女に視線を向けると、
「とうてい、信じられんな。そんなことが、本当に可能なのか? それとも、未来には、時を超える魔法が、発明されたというのか……?」
彼女は、険しい表情で答えた。
「あまりに、突拍子もない話だけど。でも、彼女の不思議な魔力と、不安定で希薄な存在感。それって『この世界の人間ではない』という可能性も、あるのではないの?」
「ふむ。どうやら、我々意外には、存在が見えていないみたいだしな。その線も、ないとは言い切れないか――」
二人の鋭い視線が、私に突き刺さる。
「え……えぇーっと。つかぬことを、お聴きしますが。ここって、本当に〈グリュンノア〉なんですか? 私がいた〈グリュンノア〉とは、全然、違うんですけど。あと、私って、生きてるんでしょうか? 体が、透けたりしてるんですけど――」
頭の中が混乱して、何が何だか、さっぱり分からない。夢なら、一刻も早く覚めて欲しい……。
「どうやら、本人にも、分かっていないみたいね。それに、見た感じ、嘘をついている様子でもないわ」
「とはいえ、手放しに、信じる訳にもいかんな。フィーネに、頼んで見たらどうだ? 確か、彼女は、空気の揺らぎや、風の精霊を通じて、嘘を看破できるのだろ?」
「そうね。でも、どうせ、どこかで油を売っているだろうから。ちょっと、念話で呼び出してみるわ」
水竜の魔女は、目を閉じ、額に手を当てた。すると、薄っすらと、彼女の体が、青い光を帯びる。
しばらくして、
「どうやら、昼寝してたみたいね。まったく、この忙しい時に、何をやってるんだか。とりあえず、今から、こっちに来るらしいわ」
彼女は、話しながら、小さなため息をついた。
「そうか。なら、真偽の確認は、彼女に任せるとしよう。お前には、もうしばらく、付き合ってもらうぞ」
「は、はい――」
私は、訳が分からないまま、立ち尽くすしかなかった……。
******
しばらく待っていると、静かに部屋の扉が開いた。そこからは、緑色の髪をした女性が入って来た。温和な笑顔を浮かべているが、先ほどの話の流れだと、彼女が『旋風の魔女』だと思う。
そういえば、フィニーちゃんの、ご先祖様なんだよね。確かに、彼女と顔が似てる気がする。目も髪も緑色だし、何か、フワッとしたゆるい感じが、フィニーちゃんに、そっくりだ。
「レイちゃんも、アルちゃんも、お疲れさまー。どうしたの、大事な話って? また、小難しい会議?」
「ちょっと、その呼び方は、止めなさいよ。しかも、他人がいるところで」
「あら、お客様? って、あなた凄いわね。物凄く強力な、風の力を感じるわ」
彼女は近づいてくると、私の体を、しげしげと観察し始めた。
「あなたを呼んだのは、他でもないわ。真偽を確かめて貰うためよ。何でも、百年以上、先の未来から、来たらしいんだけど。どう考えたって、怪しいでしょ?」
水竜の魔女は、怪訝な表情で言うが、
「彼女は、嘘をついていないわ」
旋風の魔女は、即答した。
「それは、本当なのか?」
「風の精霊は、嘘をつかないの。それに、彼女は、とんでもなく強力な『風の加護』を持っているわ。加護は、素直で心の清らかな人間にしか、つかないのよ」
彼女は、大地の魔女に、笑顔で答える。
「あの――以前、知り合いの占い師さんに『シルフィードの加護がある』って、言われたんですけど。どうやら、普通の風の加護よりも、強いらしいんです」
「まぁ、凄いじゃない! あなた、女王に認められたのね。どうりで、とんでもなく強力な風の力を、まとってる訳ね。こんなに強い加護は、初めて見たわ」
彼女は、とても嬉しそうに答える。
「ちょっと、それってまさか『蒼空の女王』の加護を、受けているってこと?!」
「そうよ。だから、この子は、嘘はついていないわ。風の申し子に、悪い子はいないもの」
「そんな……。大精霊の加護を受ける人間がいるなんて、信じられない――」
水流の魔女は、唖然とした表情を浮かべた。どうやら『シルフィードの加護』は、本当に特別なものらしい。
「だが、フィーネが言うのだから、間違いはないだろう。実際、先ほどから観察していたが、特に、殺意や敵意は、感じられないからな」
そう言うと、大地の魔女は、静かに立ち上がった。
「疑って、すまなかったな。だが、戦時下ゆえ、許して欲しい。それに、あまりにも、話が荒唐無稽すぎて、信じられなくてな。確か、如月風歌だったか?」
「いえ、私自身も、何が何だか分からなくて……。風歌と呼んでください」
「よろしくねぇ、風歌ちゃん」
「あっ、はい。こちらこそ」
旋風の魔女が、手を差し伸べて来たので、私も手を出し握手する。
どうやら、ようやく、私の話を信じてくれたようだ。だが、水竜の魔女だけは、相変わらず、疑わしそうな視線を向けてきている。
なんか、このジト目には、見覚えがある。そう、ナギサちゃんの視線と同じだ。それに、どことなく、雰囲気や話し方が、彼女に似てるんだよね。
「――つまり、要約すると。謎の鏡に触れたら、百年前の世界に、時空転移した。それで、本来この世界には、いないはずだから、存在が希薄で、一部の者にしか認識されない。こういう事かしら?」
「大筋では、そんな感じだろうな。原理は分からないが、古いの文献で、鏡と鏡の間を、移動する魔法があったと、書いてあるのを読んだことがある。もっとも、時を越えられるかまでは、分からないがな」
難しい表情の水竜の魔女に、大地の魔女は無表情のまま、淡々と答える。
「でも、昔から『鏡は別世界とつながっている』と、言われているわ。きっと、それじゃないかしら? だとしたら、凄く素敵よね」
「それは、あくまでも、童話の類でしょ? 現実には、絶対にあり得ないわ。そもそも、時空転移魔法は、ただの空想上の話よ」
旋風の魔女は、とてもワクワクした表情で語っているが、水流の魔女は、常に難しい顔をしている。どうやら、完全に、正反対の性格のようだ。
「普通なら、無理かもしれないけど。『シルフィードの加護』があるなら、話は別じゃない? 女王の力があれば、人間には不可能なことも、可能になると思うわよ」
「まぁ、あり得ないこともないけど。あまりにも、不確定すぎる話だわ。そもそも、何で過去の世界に、飛ばす必要があったのよ?」
「風の精霊は、気まぐれだから。単なる、いたずらか。もしくは、何らかの、大事な意味があるのかも。もしかしたら、両方って可能性もあるわね」
二人の話を聴いている内に、私は、だんだん不安になってきた。もしかして、これって……。
「あのー、つかぬことを伺いますが――。これって、もしかして、夢じゃなくて、現実なんでしょうか? もし、現実だとしたら、私は、元の世界に、帰れるんでしょうか……?」
私が質問すると、大地の魔女が、静かに口を開いた。
「これは、紛れもない現実だ。我々以上に、当の本人は、それを受け入れがたいだろうがな。あと、帰れるかどうかは、全くの未知数だ。少なくとも、この世界に、時空を越える魔法は、存在していない」
「そんなっ⁈ それじゃ、私は、元の時代に、帰れないんですか――?」
その言葉に、私は、激しく動揺した。
「でも、起こった事象がある以上、必ず原因と仕組みが存在するわ。その逆をたどれば、何か方法があるはずよ。もっとも、その方法を見つけること自体が、とんでもなく、大変そうだけど」
水流の魔女は、何かを考えながら、真剣な表情で答える。
「大丈夫よ。きっと、何とかなるわ。『明日は明日の風が吹く』ってね」
私は、旋風の魔女に、ポンポンと背中を叩かれた。
あまりのショックに、私は、何も言葉が出てこなかった。もし、これが、本当に現実だとしたら。もし、本当に、元の時代に帰れないとしたら。私、これから、どうすればいいの……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『平和を願う強い想いを私は全力で受け継いで行きたい』
平和への道はない。平和こそが道なのだ
ただ〈中央区〉にあるのは、歴史的建造物として保存されている、かなり年季の入った、古い建物だ。でも、目の前にあるのは、出来たばかりな感じの、とても綺麗で、真新しい建物だった。
行政府ビルに比べると、だいぶ小さいけど。外観は、なかなか立派な、お屋敷風の建物だ。門も大きく、全体的に、かなり凝った作りになっている。
私は、建物の中に入り、ある部屋に連れて行かれた。扉を開けると、正面の机には、書類が山積みになっており、壁際の棚には、たくさんの本が並んでいる。簡素な内装の部屋だが、どうやら執務室のようだ。
目の前の机には、私を連行してきた女性が、席についている。私は、鋭い視線で睨みつけられながら、机の前に、硬直して立っていた。明らかに、怪しまれているのが分かる。
「名前と年齢は?」
「如月 風歌、十八歳です」
「どこから来たんだ?」
「〈グリュンノア〉です。〈東地区〉の海沿いに住んでいます」
私が答えると、彼女は、小さなため息をついた。
「この町に〈東地区〉はない。嘘をつくにしても、もう少し、ましな話をしたらどうだ? どうやら、本当のことを言うつもりは、なさそうだな」
「えっ?! この町って……?」
えーっと、どういうこと――? 私は、全て本当のことを、話しているんだけど。先ほどから、微妙に、話がかみ合っていない。
その時、扉をノックする音が聞こえた。『どうぞ』と彼女が答えると、静かに扉が開き、一人の女性が入って来た。長く艶やかな青い髪に、澄んだ青い瞳。真っ白な肌の小顔と、ややつり上がった目。知的そうで気品が漂う、美しい女性だ。
「レイアード、いたのね。ちょうど良かったわ。新しい、造成計画について、相談しようと思ったのだけど。来客中だったの……?」
「アルティナか。別に、構わんよ。ただの、不審者の取り調べだ」
「ちょっ――不審者って、なによ? って、あなた何者っ?! 間違いなく、普通の人間じゃないわよね?」
青い髪の女性は、急に身構えた。どうやら彼女にも、私が見えているらしい。
んっ……ちょっと待って――。レイアードに、アルティナ……。何か、見覚えがあると思ったら、町の四方にある『守護女神像』とそっくりだ。
「あぁぁーっ!! 大地の魔女に、水竜の魔女っ?!」
私は、思わず、大きな声をあげてしまった。
私の大声に反応して、二人はサッと、手を前に突き出す。そこには、クルクルと回転する、大きな魔方陣が現れていた。
「あっ……す、すいません。つい、ビックリしちゃって。まさか、伝説の魔女に会えるとは、思ってもなかったもので――」
私は、両手を小さく上げながら、静かに謝る。
二人は、顔を見合わせ頷くと、フッと魔方陣が消えた。
「お前は、我々を知ったうえで、来たのではないのか? 間者、もしくは、暗殺者だと思っていたのだが……」
「おかしな魔力を放っているけど、殺気は、全くないわね。そもそも、暗殺者は、こんな間抜けな顔をしてないわよ」
「んがっ――。間抜けな顔って……」
それにしても、今一つ状況が呑み込めない。やっぱ、コレって夢だよね? だって、ずっと昔の時代の、大魔女たちがいるんだから。最近、よく歴史の勉強をしてたから、きっと、その内容が、夢に出てきたのだろう。
「しかし、今一つ、要領を得ないのだ。そもそも、船が出ていないのに、どうやって、ここに来たのかもな。まさか、大陸から、泳いできた訳でもあるまい」
「あなた、いったい、どうやって、ここに来たのよ?」
水竜の魔女は、いかぶしげな視線を向けてくる。
「先ほども、説明したんですけど。私は、不思議な鏡に触れたら、いつの間にか、ここに来ていたんです。全く見知らぬ場所なので、私も訳が分からなくて――」
「鏡? もしかしたら、空間転移魔法……?」
「少なくとも、私のいた場所では、そんなの聴いたことないです。そもそも、魔法を使える人も、全くいませんし」
「つまり、あなたの国では『魔法使いがいなかった』って、ことかしら?」
彼女は、不思議そうな表情で尋ねて来る。
「魔法機器は、たくさん有りましたけど。もう、魔法を使える人は、ほとんどいないと聴いています」
「その、魔法機器とは、魔道具のこと――? 魔法の杖とか、水晶とか?」
「機械のことなので、ちょっと違います。昔は、魔法の杖とか、あったのかもしれないですけど。私は、そういうのは、歴史書や博物館でしか、見たことがないです」
昔、本物の魔女たちがいた時代は、実際に、魔法の杖とか、空を飛ぶためのほうきとかが、あったらしい。でも、私からすると、完全に、おとぎ話にしか思えない。
「ちょっと、待って……。昔って、いったい、あなたは、いつの時代から来たの? あなたがいたのは、何年?」
「えーっと、世界歴2063年。ノア歴だと、123年ですけど――」
「ちょっ……嘘でしょ?! じゃあ、あなたは、百年以上の時を、超えて来たってこと?」
「えっ――?」
水竜の魔女が、大地の魔女に視線を向けると、
「とうてい、信じられんな。そんなことが、本当に可能なのか? それとも、未来には、時を超える魔法が、発明されたというのか……?」
彼女は、険しい表情で答えた。
「あまりに、突拍子もない話だけど。でも、彼女の不思議な魔力と、不安定で希薄な存在感。それって『この世界の人間ではない』という可能性も、あるのではないの?」
「ふむ。どうやら、我々意外には、存在が見えていないみたいだしな。その線も、ないとは言い切れないか――」
二人の鋭い視線が、私に突き刺さる。
「え……えぇーっと。つかぬことを、お聴きしますが。ここって、本当に〈グリュンノア〉なんですか? 私がいた〈グリュンノア〉とは、全然、違うんですけど。あと、私って、生きてるんでしょうか? 体が、透けたりしてるんですけど――」
頭の中が混乱して、何が何だか、さっぱり分からない。夢なら、一刻も早く覚めて欲しい……。
「どうやら、本人にも、分かっていないみたいね。それに、見た感じ、嘘をついている様子でもないわ」
「とはいえ、手放しに、信じる訳にもいかんな。フィーネに、頼んで見たらどうだ? 確か、彼女は、空気の揺らぎや、風の精霊を通じて、嘘を看破できるのだろ?」
「そうね。でも、どうせ、どこかで油を売っているだろうから。ちょっと、念話で呼び出してみるわ」
水竜の魔女は、目を閉じ、額に手を当てた。すると、薄っすらと、彼女の体が、青い光を帯びる。
しばらくして、
「どうやら、昼寝してたみたいね。まったく、この忙しい時に、何をやってるんだか。とりあえず、今から、こっちに来るらしいわ」
彼女は、話しながら、小さなため息をついた。
「そうか。なら、真偽の確認は、彼女に任せるとしよう。お前には、もうしばらく、付き合ってもらうぞ」
「は、はい――」
私は、訳が分からないまま、立ち尽くすしかなかった……。
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しばらく待っていると、静かに部屋の扉が開いた。そこからは、緑色の髪をした女性が入って来た。温和な笑顔を浮かべているが、先ほどの話の流れだと、彼女が『旋風の魔女』だと思う。
そういえば、フィニーちゃんの、ご先祖様なんだよね。確かに、彼女と顔が似てる気がする。目も髪も緑色だし、何か、フワッとしたゆるい感じが、フィニーちゃんに、そっくりだ。
「レイちゃんも、アルちゃんも、お疲れさまー。どうしたの、大事な話って? また、小難しい会議?」
「ちょっと、その呼び方は、止めなさいよ。しかも、他人がいるところで」
「あら、お客様? って、あなた凄いわね。物凄く強力な、風の力を感じるわ」
彼女は近づいてくると、私の体を、しげしげと観察し始めた。
「あなたを呼んだのは、他でもないわ。真偽を確かめて貰うためよ。何でも、百年以上、先の未来から、来たらしいんだけど。どう考えたって、怪しいでしょ?」
水竜の魔女は、怪訝な表情で言うが、
「彼女は、嘘をついていないわ」
旋風の魔女は、即答した。
「それは、本当なのか?」
「風の精霊は、嘘をつかないの。それに、彼女は、とんでもなく強力な『風の加護』を持っているわ。加護は、素直で心の清らかな人間にしか、つかないのよ」
彼女は、大地の魔女に、笑顔で答える。
「あの――以前、知り合いの占い師さんに『シルフィードの加護がある』って、言われたんですけど。どうやら、普通の風の加護よりも、強いらしいんです」
「まぁ、凄いじゃない! あなた、女王に認められたのね。どうりで、とんでもなく強力な風の力を、まとってる訳ね。こんなに強い加護は、初めて見たわ」
彼女は、とても嬉しそうに答える。
「ちょっと、それってまさか『蒼空の女王』の加護を、受けているってこと?!」
「そうよ。だから、この子は、嘘はついていないわ。風の申し子に、悪い子はいないもの」
「そんな……。大精霊の加護を受ける人間がいるなんて、信じられない――」
水流の魔女は、唖然とした表情を浮かべた。どうやら『シルフィードの加護』は、本当に特別なものらしい。
「だが、フィーネが言うのだから、間違いはないだろう。実際、先ほどから観察していたが、特に、殺意や敵意は、感じられないからな」
そう言うと、大地の魔女は、静かに立ち上がった。
「疑って、すまなかったな。だが、戦時下ゆえ、許して欲しい。それに、あまりにも、話が荒唐無稽すぎて、信じられなくてな。確か、如月風歌だったか?」
「いえ、私自身も、何が何だか分からなくて……。風歌と呼んでください」
「よろしくねぇ、風歌ちゃん」
「あっ、はい。こちらこそ」
旋風の魔女が、手を差し伸べて来たので、私も手を出し握手する。
どうやら、ようやく、私の話を信じてくれたようだ。だが、水竜の魔女だけは、相変わらず、疑わしそうな視線を向けてきている。
なんか、このジト目には、見覚えがある。そう、ナギサちゃんの視線と同じだ。それに、どことなく、雰囲気や話し方が、彼女に似てるんだよね。
「――つまり、要約すると。謎の鏡に触れたら、百年前の世界に、時空転移した。それで、本来この世界には、いないはずだから、存在が希薄で、一部の者にしか認識されない。こういう事かしら?」
「大筋では、そんな感じだろうな。原理は分からないが、古いの文献で、鏡と鏡の間を、移動する魔法があったと、書いてあるのを読んだことがある。もっとも、時を越えられるかまでは、分からないがな」
難しい表情の水竜の魔女に、大地の魔女は無表情のまま、淡々と答える。
「でも、昔から『鏡は別世界とつながっている』と、言われているわ。きっと、それじゃないかしら? だとしたら、凄く素敵よね」
「それは、あくまでも、童話の類でしょ? 現実には、絶対にあり得ないわ。そもそも、時空転移魔法は、ただの空想上の話よ」
旋風の魔女は、とてもワクワクした表情で語っているが、水流の魔女は、常に難しい顔をしている。どうやら、完全に、正反対の性格のようだ。
「普通なら、無理かもしれないけど。『シルフィードの加護』があるなら、話は別じゃない? 女王の力があれば、人間には不可能なことも、可能になると思うわよ」
「まぁ、あり得ないこともないけど。あまりにも、不確定すぎる話だわ。そもそも、何で過去の世界に、飛ばす必要があったのよ?」
「風の精霊は、気まぐれだから。単なる、いたずらか。もしくは、何らかの、大事な意味があるのかも。もしかしたら、両方って可能性もあるわね」
二人の話を聴いている内に、私は、だんだん不安になってきた。もしかして、これって……。
「あのー、つかぬことを伺いますが――。これって、もしかして、夢じゃなくて、現実なんでしょうか? もし、現実だとしたら、私は、元の世界に、帰れるんでしょうか……?」
私が質問すると、大地の魔女が、静かに口を開いた。
「これは、紛れもない現実だ。我々以上に、当の本人は、それを受け入れがたいだろうがな。あと、帰れるかどうかは、全くの未知数だ。少なくとも、この世界に、時空を越える魔法は、存在していない」
「そんなっ⁈ それじゃ、私は、元の時代に、帰れないんですか――?」
その言葉に、私は、激しく動揺した。
「でも、起こった事象がある以上、必ず原因と仕組みが存在するわ。その逆をたどれば、何か方法があるはずよ。もっとも、その方法を見つけること自体が、とんでもなく、大変そうだけど」
水流の魔女は、何かを考えながら、真剣な表情で答える。
「大丈夫よ。きっと、何とかなるわ。『明日は明日の風が吹く』ってね」
私は、旋風の魔女に、ポンポンと背中を叩かれた。
あまりのショックに、私は、何も言葉が出てこなかった。もし、これが、本当に現実だとしたら。もし、本当に、元の時代に帰れないとしたら。私、これから、どうすればいいの……?
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次回――
『平和を願う強い想いを私は全力で受け継いで行きたい』
平和への道はない。平和こそが道なのだ
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だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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