私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第9部 夢の先にあるもの

5-6まだ大きな目標を果たすためのスタート地点に立ったに過ぎない

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 水曜日の午後一時ごろ。今日は、仕事がお休みだ。私は〈北地区〉の住宅街にある、小さなカフェで、ランチをしていた。テラス席の目の前は、林になっており、鳥のさえずる声が聞こえてくる。緑が多く静かなので、とても落ち着く店だ。

 少し遠いが、目立たない場所にあり、地元の人しか来ない。それに、年配の人が多いせいか、皆のんびりしており、特に、声を掛けられたりもしなかった。周囲の人に、気を使う必要がないので、最近は、よく利用している。

 私は、ボーッと木々を眺めながら、ずっと、あることを考えていた。先日の、エンプレスの昇進面接についてだ。受けに行ってから、すでに、一週間が経過している。しかし、一向に連絡が来ないのだ。

 どんな結果になっても、悔いはない。とはいえ、結果が分からないと、凄く気になって、毎日、悶々としながら過ごしていた。

 徹底的に、準備と練習をした前回とは違い、今回は、何一つ策を用意して行かなかった。つまり、完全に素のままで、ぶっつけ本番で面接を受けたのだ。

 そのため、正しい受け答えが、できたかどうかは、全く自信がない。それに、私は、偉い人と話すのが、昔から物凄く苦手だった。

 自分の言いたいことは、全て言えた。でも、今になって冷静に考えてみると、色々と問題発言があった気もする。

 やはり『風の精霊が見える』という発言は、マズかったのではないだろうか? しかも、みんなの目の前で、風の精霊を呼んでみたりとか。やり過ぎかつ、とても失礼だったのでは?

 あと、異世界人のくせに『誰よりも伝統を大切にしている』というのは、流石に、生意気すぎただろうか? それに、今考えてみると、ずいぶん大きなことを、言っていた気がする……。

 昔から、熱くなると、出来るかどうかも分からないことを、平気で言っちゃうんだよね。あとで冷静になると『でかい口を叩き過ぎたー!』って、焦りながら、必死に努力はするんだけど。

 やはり、もっと抑えた、無難な発言をすべきだったんだろうか――? いくらでも、模範的な回答は、できたはずだ。でも、今回ばかりは、嘘をついたり、飾ったりは、したくなかったし……。

 まぁ、でも、落ちたら落ちたで、しょうがないよね。元々、上位階級の中で、能力的には、私が一番、劣っているんだから。他に、もっと優秀な人たちが、いるわけだし。他の人がなったほうが、むしろ、丸く収まると思う。

 それに、立場は関係ない。私は、私のやれることを、精一杯やるだけだ。これからも、シルフィード業界のため、この町のため、この世界のために、全力で頑張って行こう。別に、エンプレスにならなくたって、色々できるんだから。

「よし、これからも、がんばろう!」 
 私は、席を立ちあがると、静かな闘志を燃やすのだった――。


 ******

 
 私は、エア・カートに乗り、海辺をゆっくり飛んでいた。柔らかな海風が、凄く気持ちいい。今日も、風の精霊たちが、元気に飛び回っていた。ほどよい風と、波の音が、心に染み込んできて、とても癒される。

 ここ最近、物凄く忙しかったし、色んなことがあり過ぎた。だから、この静かなひと時は、とても貴重だった。いくら体力に自信があっても、心の癒しは必要だ。

 海風を浴びながら飛んでいると、前方に自宅が見えて来る。だが、すぐに、違和感を覚えた。自宅の敷地には、見慣れない機体が、停まっていたからだ。かなり離れているけど、相変わらず、視力はいいので、くっきり見える。

 その機体の前には、一人の男性が立っていた。どうやら、私の帰宅を、待っている様子だ。あれって、もしかして……?

 私は、少しスピードを上げると、急いで、自宅に向かった。庭に着陸し、エア・カートを降りると、そこには、スーツ姿の老紳士が立っていた。

「突然、お邪魔して申し訳ありません。ごきげんよう、天使の翼エンジェルウイング
「ごきげんよう。こちらこそ、お待たせして、申し訳ありませんでした」
「アポなしですので、お気になさらずに」

 彼は、シルフィード協会のまとめ役をやっている、理事長さんだ。理事会で、何度か顔を合わせている。個人的に話したことはないけど、とても穏やかな人だ。

「あの――何か問題でも、あったのでしょうか?」
「いえ、そうではありません。本日は、先日の理事会の結果を、お伝えに参りました」

「えっ?! 直接ですか……?」
「エンプレスは、特別ですから。書面でお伝えするような内容では、ありませんので。今、お時間、よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫です。とりあえず、中へどうぞ」
「では、失礼いたします」

 私は、彼をリビングに案内すると、急いで、お茶の用意をする。ソファーに座っている理事長さんに、そっと、焼き菓子とお茶を差し出した。

「とても、素敵な家ですね。内装も落ち着いていますし。何といっても、景色が素晴らしいです」
「ありがとうございます。一番、景色のいい場所を、選びましたので」
 
 彼は、しばし部屋を見回したあと、笑顔で頷く。そのあと、カバンを開くと、一通の封筒を取り出した。

「それでは、早速、本題に入りますが。まずは、こちらをご覧ください」
 彼が差し出して来たのは、大きなサイズの、白い封筒だった。縁には、凝った金色の装飾がしてある。

 私は、静かに受け取ると、慎重に封筒を開いた。いつもとは違い、折りたたまれていない紙が、数枚、入っている。

 私は、書類に目を通し始めた。心臓が高鳴り、否応なしに緊張する。一通り読み終えたところで、私は、ゆっくり顔を上げた。

「あの――これって?」
 私が声を掛けると、彼は静かに頷いた。

「あのあと、再度、皆で協議いたしました。その結果、全会一致で賛成となり、今回の決定に至りました」
「全会一致……⁈ それは、ゴドウィン理事たちも、含めてですか――?」

 全会一致だなんて、信じられない。なぜなら、ゴドウィン理事の他にも、異世界人である私に、批判的な理事たちが、いたはずだからだ。
         
「えぇ、もちろんです。むしろ、彼は率先して、賛成していましたよ」
「えっ……!?」

 その言葉は、あまりにも意外だった。初めて会った時から、私には、敵意をむき出しだったはずなのに――。

「彼は、少々頑固なところもありますが、とても公正な方です。ただ、誰よりも真剣に、この業界や、町のことを考えているのです。あなたの、強い想いや覚悟を聴いて、未来を託すに値する人物だと、判断されたのでしょう」

「ゴドウィン理事に加え『白金の薔薇プラチナローズ』も、賛成していましたから。他に、反対する者などおりません。それに、彼らの意見がなくとも、他の理事たちも、賛成していたでしょう。もちろん、私も、心から賛成しています」

 彼は、柔らかな笑顔を浮かべながら、静かに語る。

「ずいぶんと、時間が空いていたので。私は、てっきりダメだったのかと、思っていました……」

「実際には、あの日に、すぐに決定していました。ただ、今回は、わざと時間を空けたのです。非常に大きな、重責を負いますから。時間が経って、気持ちが変わらないかどうかを、確かめるために」

 なるほど、そういうことだったんだ――。

「改めてお伺いします、天使の翼。あなたの『グランド・エンプレス』就任への気持ちに、変わりはありませんか?」
「はい。全く変わりません」

「そうですか。それは良かったです」
 彼は、静かに頷くと、カバンから、別の書類を取り出した。

 取り出した書類は、二通。一通は、今回の『グランド・エンプレス』選出に関し、承認するという、十五人の理事のサインが書かれたもの。もう一通は、行政府のトップである『評議会議長』のサインが書かれていた。

「全理事と、評議会議長の承認は、すでに得ています。ただ、今後、正式な就任に当たっては、様々な手続きがありますし。エンプレスの就任式は、伝統にのっとり、大々的に行いますので、その打ち合わせも、何度も行われます」 

「色々と大変なこともありますが、あまり、気負わないでください。我々シルフィード協会も、この町の全シルフィードも、あなたを全力でサポートいたしますので。全員、一丸となって、明るい未来を、作り上げていきましょう」

「はい。全力で頑張りますので、ご協力よろしくお願いいたします」

 覚悟は、しっかりできていた。でも、私がエンプレスになるだなんて、いまだに信じらない。特別、喜びの感情などは、浮かんでこなかった。かといって、特に、不安も感じない。不思議と、何の感情も浮かんでこなかった。

 そもそも、こんなに、あっさり決まるとは、思ってもいなかったのだ。てっきり、落ちたものだと、考えていたし……。

「どうやら、まだ、実感が湧かないようですね?」
「えぇ、あまりに、唐突だったので。まだ、現実感がなくて。私自身が、エンプレスをやっている姿が、全く思い浮かばないんです――」
 
 頂点にたどり着くことに、ずっと、強く憧れていた。でも、考えて見たら、自分が頂点に立った姿を、イメージしたことはなかった。あまりにも遠すぎて、想像できなかったからだ。

 でも、現実的に、ここまで来ても、まだ、イメージできない。覚悟は、しっかり、できているはずなのに……。

「きっと、そんなものなのでしょう。どんなことも、実際にその立場になり、体験して初めて、真実が分かるのですから。特に、エンプレスのような、雲の上の存在は、誰にも想像がつきませんので」

「でも、あなたなら大丈夫。異世界から訪れ、完全に一から、叩き上げてきた人ですし。その立場になれば、それに見合った、さらなる成長を遂げるでしょう。現にあなたが、立派に、プリンセスをやっているように」
 
 彼は、優し気な目を向けて来る。

「私は、上位階級として、相応しい人間に、なれているのでしょうか? 本当に、エンプレスが務まるほど、成長しているでしょうか――?」 

 これは、プリンセスになってから、ずっと抱いていた不安だ。正直、自分自身では、まだまだ、力不足を感じている。

「えぇ、あなたは、誰よりも立派な、最高の上位階級です。ちょっと、危なっかしいところも有りますが。それも、あなたの持ち味ですから、いいと思いますよ。おっと、エンプレスに、このような口を利くのは、失礼でしたか?」

「いえ、そんなことは。でも、やっぱり、危なっかしいですか……?」
 私自身も、それは自覚している。でも、この性格は、なかなか直らない。もしかしたら、これから先も、ずっと変わらないのかもしれない。

「時として、ハラハラすることも有ります。ただ『それ以上に何かをやってくれる』と、大きな期待をさせてくれる、秘めた力を持っています。それは、あなたにしか無いものです」

 彼は、ゆっくり立ち上がると、手を差し出して来た。

「どうか、この世界の未来を、お願いいたします。あなたのやり方で、より良い世界に、変えて行ってください」
「はい。全身全霊を懸けて、頑張ります」

 私は、彼の手を強く握り返した。

 私の夢は、頂点に立つことだった。しかし、それで終わりではない。むしろ、ようやく、スタート地点に立ったに過ぎないのだ。

 もう一度、初心に戻って、一から再スタートしよう。『大地の魔女』と交わした、この世界の平和を守るという約束。それに、世界中の人を幸せにするという、壮大な目標があるのだから……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『私が本当に欲しかったのはその一言だったのかもしれない』

 本当に欲しいものは自分でもよく分からないものだ
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