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第壱蟲 『抑蟲』

マヨナカ@ほ~む

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-ミゾレ宅-


「こんな時間まで何処ほっつき歩いていたぁ!!」

 男の怒声が鳴り響き、ミゾレは家内の壁に叩きつけられた。

「うぅ……」

 体を打ち付け唸るミゾレに対し、一人の男が眼前へと立ち、彼女の様を冷徹な眼差しで見下ろす。

 彼女、天空ミゾレは父親である天空ナダレから虐待を受けていた。

 ナダレの会社は近年の不況の波に呑まれ倒産。

 一家の大黒柱である筈の彼は職を失い、酒に溺れる日々を送っていた。

「お父さん……。」

 ミゾレは背に感じる痛みに耐えつつ、眼前の父にそう言葉を漏らす。

「あぁ!?」

 しかしナダレは『お父さん』という単語に苛つきを見せ、彼女を何度も蹴りつける。

「なんだぁ!!文句でもあんのかぁ!?ミゾレェ!!」

 ミゾレは痛みに泣きじゃくり、ただただ父の虐待を和らげんと自らの腕で身体を覆っていた。

「アナタもうやめて!!」

 我が娘を痛めつける夫にミゾレの母、天空コナユキはそう叫び彼の背に抱きつく。

「うるせぇ!!」

 しかしナダレは妻である彼女を力任せに無理矢理振りほどく。
 振り落とされた母は床に倒れ込む。

しかし彼女は半身を起き上がらせ、涙と怒りを浮かべた眼差しで夫を睨みつける。

「ミゾレはねぇ!!毎日学校行くためにアルバイトしているの!!」

 そしてコナユキは叫ぶように夫にそう訴える。
 己が妻の訴えに対し、ナダレは目を見開き驚いた素振り見せる。
 彼はこの日まで知らなかったのである。

「なんでかわかる!?それもこれも全てアナタが会社をクビに……」

 コナユキがそこまで語りかけたその刹那、彼女はナダレの拳を受ける。

「お母さん!!」

 ミゾレは叫び、頬を押さえむせび泣く母のもとへと駆けつける。

「おい。」

 だが母を心配する娘の背に対し、ナダレは威圧的に声を放つ。
 ミゾレは肩をビクつかせ、唇を震わせ背後へと振り返る。

「お前、バイトしてるんだってなぁ?」

 そこにかつての優しさを持った父の姿は有らず。
 悪意に満ちた笑みを浮かべる武将髭の生やした男がそこにいた。

「え……?」

 その瞬間、彼女の中で何かが崩れ去る音が鳴り響く。

「ちょうど酒切らしていたんだったわ。」

「お前……金持ってるんだろ?」

 彼女は信じていた。

 父は今でこそこの有様。

 だが、いつの日か更正し、新たな職に就き、元のような父に戻ってくれるのだと。
 そしてもう一度、家族仲良く食卓を囲む日が来るのだと。
 しかし今、彼女の眼前に広がるは、己が汗水の結晶を食い漁らんとする父の姿。

「出せよ」

 壊れてしまった『父』の姿であった。
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