黒兎は月夜に跳ねる

小狐丸

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十二話 黒兎、猛勉強をする

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 マリアさんとパメラさんのお陰で、フランソワーズさん達の服や日用品が揃った。

 勿論、リルの分の服や下着もパメラさんが揃えてくれた。まあ、最低限だけどな。


 俺は師匠からあてがわれた部屋に居る。

 リルは疲れていたのか、今は何故か俺のベッドでお昼寝中だ。

 リルはどういう訳か、完全に俺に懐いたようで、何処にでも着いて来る。

 そして俺はリルの可愛い寝息を聞きながら、師匠が持って来た分厚い本に埋もれていた。

「これが闇魔法の魔法書と神聖魔法の魔法書、土魔法の魔法書だよ。氷魔法と雷魔法はこっち、重力魔法に関しては、レア過ぎて魔法書は無いだろうね」

 重力魔法に関しては、レア過ぎて魔法書自体が存在しないらしい。その辺は自分で何とかしろって事みたい。

「うわぁ、分厚いな」
「因みに、闇魔法と雷魔法、氷魔法の三冊は、術者が少ないからそれでも不完全だと思うよ」

 本の山を前にうんざりしていると、闇、氷、雷の三冊も不完全だと師匠が言う。

 ただ、この魔法書の内容は、大雑把に言うと、その属性に有る魔法の種類と効果、詠唱する呪文が書いてあるだけだ。

 基本的にいちいち詠唱する気なんてない俺には、どんな魔法が有るのか参考程度と割り切っていた。

 どうやら詠唱したからと言って、威力や魔力の消費量に違いはないみたいだからな。

 要するに魔法を発動するには、魔力操作の技術と、その魔力を事象へと変換する為の知識とイメージが重要なんだろう。

 詠唱が全く無駄という訳じゃない。実際、魔法の詠唱を行うと、自動で魔力が動き事象に変換される。

 ただ、これだと自分のイメージ通りの魔法は再現出来ない。画一的な効果の魔法にしかならないようだ。

 特に魔法書に書かれている上級の魔法は、詠唱文も長く、その魔法の意味を把握して詠唱する魔法使いは居ないだろうな。




 教会に到着し、フランソワーズさん達がマリアさんとこれから暮らす部屋の準備をする為に別れた後、俺は師匠から魔道具で鑑定された。

 どういう理屈で鑑定できるのか理解出来ないが、これは魔法適性以外のランクやスキルを見ることが出来るらしい。

 魔法適性に関しては、適性が低くても使えない訳じゃないので、この鑑定の魔道具とは別の師匠が最初に使った板状の魔道具になるそうだ。


 その時の鑑定結果がこれだ。

 シュート age 21

 ランク6

 武の理 ナノマシン

 オーラ操作 魔力操作 魔力感知



 ランクがいつの間にか6に上がっている事を置いといても、色々とツッコミたい所が満載だが、先ずはランク表示の下に表示してあったもののうち、気になったものがこの二つだ。

 武の理……あらゆる武術に精通した者。様々な武器の扱いにも長ける。攻撃力、防御力に高補正。

 ナノマシン……超回復、物理耐性、病毒耐性、頑強、高速思考、並列思考、精神耐性、怪力、反射速度上昇獄大、長寿。

 武の理という程、達人じゃないと思うが、何故かスキルとして発現していた。

 そして問題は、ナノマシンがスキル化していた事だ。

 ナノマシンの能力がスキルになるなんて……

 師匠も驚いていた。普通はスキルを一つも保有していない人の方が多いらしい。高位の魔法使いなら、魔力操作や魔力感知はスキルとして発現するらしいが、俺の〈武の理〉と〈ナノマシン〉なんてのは見た事もないって言ってた。

 ナノマシンのスキル内容も大概だけど、その中で師匠が注目したのは〈長寿〉だ。

 この世界には、エルフやドワーフという長寿種族が存在する。当然、エルフやドワーフは長寿というスキルは持たない。それにもかかわらずスキルに長寿を持つという事は、俺がエルフやドワーフ並み、もしくはそれ以上に長生きするだろうと言われた。しかもランクが上がると、寿命も延びるのはこの世界では常識らしく、俺を人族の括りに入れていいのか分からないが、人族でも高ランクの人間は、三百歳を超えて生きた記録もあるそうだ。

 俺自身、それについては驚きはない。ジジイは不老不死に近い究極の生命体だと自慢してたからな。

 まぁ、俺が一番ビックリしたのは、俺の年齢が21になってた事なんだけどな。

 そう言えば、ジジイに拾われてから年齢って気にした事がなかったな。学校も通ってないから余計に曖昧なんだよな。とはいえ決して21じゃなかった筈なんだが、考えても仕方ないか。

 まぁ、師匠からすると、俺がランク6になってた事に比べれば、あとはどうでもいいと言われたんだけどな。

 エルフの血が入っている自分が、少なくない年月をかけてやっとの事でランク7になったのに、この世界に降り立って二ヶ月足らずでランクが6なんて、ふざけてるのかとキレられた。とても理不尽だ。

 暫くは俺のランクは隠すそうだ。俺もそんな事で目立つのは本意じゃないから了承した。まあ、あえて話さなきゃいけない人も居ないけどな。なんせ、知り合いなんて居ないもの。

 師匠の考察では、稀人はランクの成長が早いのではないかと言う。過去の稀人の正確な記録は少ないらしいが、英勇と呼ばれた者の中に、一定数稀人が居たんじゃないかという事らしい。


 とはいえ、当初、俺は成長の限界が上がった程度に思ってたから、それ程ランクが6になった事にピンとこなかったんだよな。

 ところが、ランクが上がるっていう事は、存在の進化。より上位の存在になる事らしく、その変化は確かにあった。

 あの魔王種のスライムを倒した後、急激に力が強くなったりはしなかったが、魔力の総量とオーラの総量が大幅に増加してたんだ。

 身体能力に関しても、これから訓練すればランク上限にまで成長できるだろうけど、魔力なんかの成長が一番重要なんだろうな。

 師匠が魔力操作の訓練を一番重要視するのも理解できたよ。



 取り敢えず師匠から渡された魔法書は全て読破した。
 ナノマシンの能力のお陰で、速読した書物の内容は一度で完全に記憶できる。

 そこからは、魔法で何が出来るのか試行錯誤しながら試していく。

 勿論、リルが寝ている部屋の中では魔法は使えないので、イメージした魔法を構築し、発動直前でキャンセルする。それの繰り返しだ。

 一度、目的の魔法の術式を構築できれば、あとはどれだけしっかりとしたイメージを持つか、そして適切な魔力の操作が出来るかが重要らしいからな。

 その間も、並列思考で重力魔法で全身に負荷を掛け体を鍛えながら、違う魔法を幾つも同時に使う訓練を兼ねる。


 実は師匠から闇魔法の訓練を優先するように言われている。

 おそらくフランソワーズさんを拐った奴らを探る仕事を任されるんだろう。

 人狩りの犯罪組織を潰すだけじゃ、根っこの悪を野放しだからな。ユミルさんとルルースさんも同じ人狩りに拐われている事を考えると、その組織を潰すのは決定事項だけどな。

 兎に角、潜入や情報の収集が必要だと師匠は考えているようで、その為に役立つ闇魔法の修得をという訳だ。

 闇魔法には、直接的な攻撃魔法の数は少ないが、隷属の契約魔法や認識を阻害する魔法、影に潜む魔法に強制的に眠らせる魔法などなど、癖のある魔法が多い。俺からすれば色々と使える魔法が揃っていると言える。

 この闇魔法が日本に居た頃に使えてたら、敵地への潜入が楽だったのにな。

 その時、コンコンとドアを控えめにノックする音がした。

「どうぞ師匠」

 聞くまでもなく、師匠が近付いて来る気配を感じていたので、俺も小さな声で招き入れる。

「ふむ、なかなか熱心に勉強しているじゃないか」
「勉強はいいんですけどね。ちょっと放り投げ過ぎじゃないかと思うんだけどな」
「なに、シュートと私の共通する属性は光と土だけだからな。結局は自分で学ぶしかないからね」
「いや、そうなんですけどね。と言うより師匠は神聖魔法って言わないとダメだと思うよ」
「いいのさ。何でも分かりゃ」

 教会関係者は、光魔法を神聖魔法と言って有難がる。それを師匠は面白くないみたいだ。

 確かに光魔法には、治癒の他にも浄化や魔物を寄せ付けない結界なんかの神聖と呼んでも良さげな魔法があるのは事実だからな。教会関係者が傲るのも多少は分かる。

「それで何か用があったんじゃないのか?」
「おお、そうだった。明日、パメラと一緒にリルの服や必要な日用品をもう少し買っておいで。リルも教会に閉じ籠もってばかりじゃ気も滅入るだろうしね」

 師匠はそう言ってテーブルに革の袋を置いた。

 手に取るとズッシリと重さが伝わる。

「多くないか?」
「シュートの分の下着や替えの服も買っておいで」
「了解。助かるよ」
「なに、道中、シュートが狩った魔物をパメラに売りに行かせたからね。シュートが稼いだお金だよ」
「へぇ、結構な額で売れるもんなんだな」

 師匠と会った場所から、道中極力魔物を討伐して来た。俺的には肉の確保の為だったが、色々と売れる素材があったようだ。

「それと私専属の鍛治師を呼ぶから、どんな得物が欲しいか考えておきな」
「えっ、俺にはグルカナイフが有るが?」
「武器なんて、シチュエーションによって使い分けるもんだろ」
「それもそうか。分かったよ」

 確かに師匠の言う通りだ。俺は暗殺系の仕事もよくあったが、犯罪組織に正面から殴り込む系の仕事も多かった。だから様々な武器は勿論、暗器や徒手空拳から銃の扱いまで身に付けたんだから。

「……ん、にぃ、にぃ……」

 その時、俺のベッドで寝ているリルが、耳がピクピクさせ寝言を言う。

「クックッ、もうすっかりお兄ちゃんだな」
「まあな。俺もこんな気持ちになるなんて思ってなかったよ」

 実際、親の顔すら思い出せない俺にとって、ジジイが唯一の家族だったんだろうけど、ジジイを家族とも思えなかった。
 当たり前だろう。ジジイにとって、俺は便利なモルモット。好きに身体を弄って研究欲を満たす対象でしかない。
 そんな俺が、懐かれたくらいで庇護欲にかられるとは自分でも思ってもいなかったからな。

「じゃああまり夜更かしして寝坊するんじゃないよ」
「分かってるよ」

 そう言って師匠は足音を消して部屋から出て行った。

 師匠の隠密行動もなかなかのもんだな。教会でも偉いさんの司祭が隠密行動が上手いってどうかと思うが。とはいえ、師匠のこの技術、俺が教えてからなんだよな。短期間でよくここまで上達したよ。


 深夜まで本を読み込み師匠から渡された分を全て読破した。テーブルの上の魔法書を片付け、リルを起こさないよう、そろりとベッドに入る。

 触れ合うくらい直ぐ横に、人の気配を感じながら寝るなんて、俺も変わったな。

 ただ、そんな自分も嫌じゃないって思えるのは、良い事なのかまだ分からないな。





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『いずれ最強の錬金術師?』のコミック版6巻が、7月19日より順次書店にて発売予定です。

お手に取って頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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