黒兎は月夜に跳ねる

小狐丸

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二十六話 鳥と魚と火竜

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 ハーピークイーンの棲家は、高い崖の途中に巣を作って、そこで繁殖している。

 もうそこはタナトスに全部任せたよ。

 サクッと斃して影に収納して持って来てくれた。ハーピークイーンは、身長が3メートルくらい。羽を広げると10メートル以上あるだろう。その下半身は羽毛に覆われ猛禽類の鉤爪のある脚。上半身は人間の女だと言われているが、実物はとてもじゃないがそうは見えない醜さだ。

 さて、手早く解体するか。別に俺自身が魔物と戦う事が目的じゃない。素材さえ手に入ればいいのだから。

 だから次は、タイラントシザーフィッシュの魔石と鱗だ。

 このタイラントシザーフィッシュという魔物は、淡水に棲む魚の魔物で、その名の通り鋭い刃物の様な鱗と巨体が特徴になる。


 リルもそろそろ飽き始めているので、残りの素材をちゃっちゃと集めてしまおう。





 大きな湖を目の前にして考える。

 どうやって狩るんだ?

 釣るのか?

 腕を組んで思案していると、またタナトスが現れた。

『マスター、我がここまで追い込みましょうか?』
「頼めるか?」
『御意』

 タナトスならタイラントシザーフィッシュを斃す事は簡単だろうが、タイラントシザーフィッシュが大き過ぎて、タナトスの影収納の中に入らないらしい。

 容量の問題じゃなく、一つの大きさが問題だそうだ。

 凄いなタナトス。俺の欲しかった収納系の能力なんて、なんて羨ましい奴。タナトス曰く、闇魔法が使える俺も影収納は使える筈だとか。帰ったら練習しよう。

 例の如く、リル達は危険なので、馬車は後方に下げてもらう。

 さて、どうやって討伐するか……

 ここは土属性魔法と雷魔法でいくか。

 湖の水面が波立ち、大きな水飛沫を上げたかと思うと、巨大なヒレが水面を割って猛然と俺に向け突撃して来る。

 ザッパァーーーーンッ!!

 タイラントシザーフィッシュが浅瀬でジャンプする。

「やっぱり氷魔法でいくか。アブソリュートゼロ」

 湖の湖面が一瞬で凍りつき、タイラントシザーフィッシュの逃げ道を潰す。

 ドッシーーンッ!!

 分厚く張った氷の上にタイラントシザーフィッシュの体が打ちつけられるが、凍りついた湖面は割れない。

 タイラントシザーフィッシュもアブソリュートゼロの対象になっているんだが、流石に水の中で棲む魔物だ。なかなか効きにくい。

 それでもだんだんと動きが悪くなり、やがて冷凍した魚のようにカチコチに固まって動きを止めた。

「タナトス、陸地まで引っ張るから、ロープをかけて来てくれ」
『承知』

 タイラントシザーフィッシュを湖岸まで引き寄せ、湖のアブソリュートゼロを解除する。

 これが魔法の不思議なところで、影響を与えた自然現象をも魔力さえあればキャンセルできる。

 まあ、他人の魔法ならこうはいかない。これも自分の魔法だからだ。

 湖面の氷はまだ一部残ってしまったが、放っておけば融けるだろう。

 これ、凍ってても解体できるかな。

 そこに呆れ顔のザーレさんが近付いて来た。

「とんでもない魔法だな。こんな氷魔法は見た事ないぞ」
「まあ、そこはね。それで、このまま解体できるか? 何なら解凍するけど」
「俺の解体ナイフはガンツ特製だから大丈夫だと思うが、一応解凍してくれるか」
「了解」

 俺が魔法をキャンセルし解凍すると、ザーレさんはスパスパとタイラントシザーフィッシュを切り分け始めた。さすがガンツさん特製ナイフだな。凍ったままでも切れそうだな。

「この魔物は美味いんだよ」
「へぇ、帰ったら皆んなで食べようか」

 俺も鱗を剥がすのを手伝う。

 これは武器にするのではなく、錬金術の触媒になるらしい。




 その日は湖畔で野営だ。

 次が火竜かと考えていると、ザーレさんが次は自分も参戦すると言う。

「流石に火竜相手じゃ、いくらシュートが強くても、万が一があるかもしれんからな」
「確かに。竜って、魔法にも物理にも高い耐性があるんだろ?」
「ああ、レッサードラゴンじゃなく火竜は本当のドラゴンだからな。そこでこれはガンツからだ」

 ザーレさんが、マジックバッグから武骨な大剣を取り出した。

 柄まで入れると2メートル以上の巨大な剣。

 身幅も太い場所は20センチ以上あり、重ねも2センチはある。

「これっ、俺以外に振れる奴なんて居るのか?」

 ランク6となってからも師匠達との模擬戦は続けている。

 それとは別に、魔物との戦闘経験を積む為に、積極的にベルガドの周辺の魔物を討伐してまわっていた。

 ナノマシンで強化され、更にランク6になり鍛え続けている今の俺の身体能力は、ランク6どころじゃない。

 その俺をもってズッシリとくる重量感。オーラと魔力で身体強化すれば、重さは気にならないだろうけど……

「そうか、これって魔力で身体強化する事が前提の剣なんだな」
「正解だ。身体強化せず振り回すシュートがおかしいんだよ」

 この剣なら竜でもダメージを与える事が出来るだろう。

 実に大雑把な武器だ。

「面白え」

 ひと通り手にしっくりくるまで振ると、ピタリと大剣を止める。

「リルや馬車は心配ない。馬車には強固な結界を魔導具で張るし、念のためマリアが重ねて障壁を張ってくれる」
「了解。速攻で片付けるさ」





 赤い鱗に覆われた体長15メートルを超える巨体。

 拡げると50メートルにも届こうかという両翼。

 鋭い爪に凶悪な牙、この世界での力の代名詞。

 その姿は、東洋の龍ではなく西洋のドラゴンそのもの。

 その爬虫類に似た目が、縄張りを侵す矮小な存在を威圧する。

 俺は、大剣を肩に担いで、その威圧を正面から受け止める。

 GUOOOOOOOO!!

 火竜からすれば矮小な存在にしか見えない俺が、威圧に屈しないのにイラついたのか、火竜が咆哮をあげた。

 開戦の狼煙を上げたのは俺じゃなく、サイドに回り込んでいたザーレさんの投げ槍だった。

 ブォンッ!!

 グサッ!

 GYAAAA!!

 強固な鱗をものともせず、深々と突き刺さる投げ槍に、火竜は悲鳴をあげる。

 その間に、俺は全身に魔力とオーラを練り上げ、グッと腰を落とす。

 GYAAAA!!

 ザーレさんの二本目の投げ槍が突き刺さり、火竜がザーレさんの居る方向に顔を向けた。

 ドンッ!

 足下の地面が爆ぜ、弾けるように駆け出す。

 肩に担ぐ大剣に、濃密な魔力とオーラを纏わせ、加速しながら跳躍する。

 視界の広さから俺に気づき、顔を俺の方に向けようとするがもう遅い。

「ふんっ!」

 全ての力を凝縮した大剣が大上段から一閃。

 魔力とオーラを練り合わせて纏わせた大剣は、強靭な筈の鱗をバターのように斬り裂き、その頸を斬り落とした。

 ドォォォォーーンッ!!

 俺が着地するのと同時に、頭を失った火竜の巨体が音を立てて地面に倒れ伏す。

 一太刀。

 ザーレさんに投げ槍で横に意識を向ける手伝いがあったとしても、たった一太刀で巨大な火竜の頸を落とした。

 この大剣を持たせてくれたガンツさんに感謝だ。

「やったな!」

 駆け寄って来たザーレさんが、珍しく興奮した口調で声を掛けてくれた。

「ザーレさんのサポートとガンツさんの大剣があってこそさ。俺一人じゃ苦戦は免れないよ」
「それを冷静に判断できるシュートが凄いのさ」

 そこにルルースさんが馭者をする馬車が近付いて来た。

「ほわぁ~! にぃにぃ、すごぉーい!」
「リ、リルちゃん、危ないですよぉ!」

 身を乗り出してリルが大騒ぎし、マリアさんが抱きついて飛び降りないよう必死だ。

 馬車が止まるとピョンとリルが馬車から飛び降り、テトテトと俺に駆け寄り俺に飛び付いた。

「にぃにぃ! おっきなまもの、やっつけたの?」
「ああ、何とかザーレさんが手伝ってくれたからやっつけれたよ」

 ぐしぐしと頭を撫でてあげるとリルも頭を俺の胸にグリグリ擦り付ける。

 そこにザーレさんが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

「おーい! 解体するぞぉ!」
「分かった! リル、馬車でマリアさんとルルースさんと良い子で待ってるんだぞ」
「うん! りる、いいこにしてる!」

 マリアさんとルルースさんにリルをお願いし、俺は火竜の解体へと向かう。

「このクラスのドラゴンの解体は慎重にしなけりゃダメなんだ。手順は俺が指示するからその通りにしてくれ」
「了解。先ずは何する?」
「先ずは、血を抜いて専用の容れ物に入れる」

 そう言ってザーレがマジックバッグから20ℓくらいの容量がありそうな容れ物を幾つも取り出す。

「竜の血は、薬の素材や錬金術の触媒、革製の鎧を染める塗料の材料にも使える。だから凄い金額で売れるんだ」
「竜の血か、凄いのか?」
「ああ、これから作る精力剤は凄いぞ」
「精力剤かよ」
「勿論、精力剤以外にも難病の治療薬にもなるさ」

 ザーレさんが言うには、難病の治療薬も大事だが、貴族にとって精力剤は御家存続の為に重要なものらしく、効果の高い精力剤なら貴族は金を惜しまないのだとか。

「下位竜のケイブドラゴンやワイバーンでも、その素材は高値で取引されるんだ。ましてやコレは竜だ。鱗から牙や爪に骨、心臓、肝臓、火袋に胆嚢。捨てるところが少ないな」
「そりゃ凄いな。ガンツさんが喜びそうだ」
「そうだな。この上に古竜が居るんだが、基本的に古竜は理知的で賢者みたいな奴だからな。素材として手に入るクラスではコレが最高だ。それと喜ぶのはガンツだけじゃなくバルカもだぞ」

 古竜は高い知能と永い永い時間の中で蓄えた知識を持ち、争わなければ理性的で人間を害する存在じゃないそうだ。

 勿論、古竜の中にも狂犬のような竜も居るそうだが、そもそも古竜は全てあわせても五頭居るか居ないからしい。

 それに人の近寄れない場所に棲んでいるので、実際に見た事のある人はほぼ居ないんだとか。

 それと俺は火竜の素材と聞くと武器や防具の素材なのかと思ったのだが、血や内臓関係の方が手に入れ難いので希少らしい。

 普通、内臓にダメージも無く竜を斃すのはほぼ無理で、更に時間停止機能付きマジックバッグが無ければ、直ぐに内臓は傷んでしまう。

 特に血が貴重なのは俺でも分かる。直ぐ固まってしまうからな。



 ザーレさんの指示に従い、血を抜き確保し、鱗を剥がして皮を剥ぎ、爪や牙を取り外す。

 火竜の体を氷魔法で冷やして傷まないようにしながら、解体を急ぐ。

 途中から火竜の巨体に固まっていたルルースさんも手伝ってくれたので、解体のスピードがあがる。

「わ、私が火竜の解体をするなんて……」
「いや、土竜の解体も手伝ってくれたじゃん」
「ケイブドラゴンと火竜では格が全然違います!」
「おおぅ、ごめん」

 ルルースさんがぶつぶつ呟きながらも解体の手を止めない。
 俺が竜なら土竜の解体も手伝ってくれたのを言うと、火竜と土竜を一緒にするなとキレられた。

 普段ポワンとした癒し系のルルースさんに叱られるのは、……アリかもしれない。

 ときどきリルの相手をしながら、火竜の解体を急ぐ。

 リルも見ているだけだから飽きてきたみたいだな。

 ルビーを相手に遊んだり、マリアさんに遊んでもらったり、俺に抱きついてきたりとか、チョコチョコと動きまわっていた。

 そんなリルが疲れて寝てしまった頃、ようやく火竜の解体を終えた。

「ふぅ、ゆっくりしたいところだが、馭者を交代しながら戻ろうか」
「馭者なら俺がするよ。俺にはそれ程休憩は必要ないからな」
「じゃあシュート、頼むぞ」

 ナノマシンで全身を強化された俺は、数日寝なくても平気だ。


 馬車をベルガドへと向ける。

 しかし、ベルガドから数日圏内なのに、ちょっと強力な魔物が多過ぎないか? 廃墟から出て来ないデュハランや、鉱山地帯から動かないケイブドラゴン、湖に棲むタイラントシザーフィッシュは動けないから大丈夫だろうけど、ハーピークイーンと取り巻きのハーピーは次いでに駆除しろって事だよな。

 何だか良いように使われた気もしないではないが、師匠が言うなら否はない。

 その為にランク6のザーレさんに加え、マリアさんまでついて来たんだ。

 帰ったらゆっくりと読書でもしたいな。

 リルとルビーを連れてピクニックでも良い。

 この世界に、そんな呑気な事が出来る場所があるか分からないけどな……





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『いずれ最強の錬金術師?』のコミック版6巻が、7月19日より順次書店にて発売予定です。

お手に取って頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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