円環の蛇 破壊と再生の神印(ギフト)

小狐丸

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九話 海を目指してぶらり旅

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 国境の街ペルディーダで、情報収集や食料や日用品の購入などをしながら数日過ごした僕は、バルディア王国の海側を目指して出発した。本当は図書館のような施設があれば嬉しかったんだけど、国境の街ペルディーダには本屋すらなかった。

「矢張りシグ様の横が安心しますね」

 女性らしい曲線を描く漆黒の鎧に、ヘルムのバイザーで顔は見えないが、女性の声で隣を歩く僕に話しかけるのは、スパルトイのヴァルナだ。
 少しでも武具の知識がある者が見れば、彼女が着るプレートアーマーの異常さが分かると思う。ヴァルナ達の鎧は、見た目が金属製に見えるのに、動く時にガシャガシャとした音を立てていない。

「ヴァルナが珍しくはしゃいでいるな」
「そう言うアグニもなのでは?」
「確かに、スパルトイとして生まれてから、主人を一人にした事はなかったからのう」
「坊の中も悪くねえが、やっぱり側で坊を護るのが俺達の仕事だからな」

 黒に近い紅い革鎧の上に、濃いカーキ色のローブを着た僕と、漆黒の鎧を身に纏った三人が街道を歩く姿は異様かもしれない。実際、すれ違う人はギョッとして振り返る。
 ヴァルナの持つロングソードの龍牙剣と背中に背負うラウンドシールドの龍鱗円盾は比較的マトモな見た目をしているけど、アグニの背にある大剣、龍牙大剣はその存在感が凄いし、インドラの持つ龍牙槍も、龍の牙が魔法金属と融合し変化した穂先から危ない雰囲気が漂っている。
 すれ違う馬車の馭者がギョッとして見るのも仕方ないだろう。
 それでなくてもアグニもインドラも2メートルを超える巨体だし、ヴァルナも女性にしては180センチ以上ある。目立たない訳がない。

「三人分のローブを用意した方がいいかもね」
「ならシグ様と同じ色のローブがいいです」
「主人とお揃いのローブか、それはいいな」
「そうだな。ひと目で俺達が仲間だと分かるしな」

 騎士ならローブよりサーコートだろうけど、アグニ達は騎士じゃないからな。今度、創造魔法の練習がてら創ってみるか。素材は龍の墓場周辺で得た物が大量にストックしてあるしな。



 バルディア王国の北側を西へと向かう街道を歩く僕達だけど、行き交う人の数は少ないような気がする。

「この北側の街道はあまり使われていないのかな?」
「主人、ここからは多少距離はありますが、バルディア王国の北には我等の生まれた地があるのですぞ」
「ああ、そうか、龍の墓場に近いからか」
「イグニート殿が少し寝返りでもしただけで、森の魔物が外へと逃げ出すでしょうからな」

 アグニの説明を聞いて納得した。
 龍の墓場には、墓守の龍が何時も居る訳ではない。悠久の時を生きた龍が、最後の時を迎えるまで、墓守の役目を負うのだから。だから何百年も龍の墓場に、墓守りが不在でも不思議ではなく、それでも魔物達が墓場に近付かないのは、濃密に染み込んだ龍の魔力の所為だと言われている。
 僕はイグニートと出会えて幸運だったとしみじみ思う。出会えた龍が、強く穏やかなイグニートだったという二重の幸運だ。



 柔らかな太陽の光の中、気持ちのいい風を感じながら街道を歩く僕の足取りは軽い。
 日の光を浴びながら、草原を駆け抜ける風を感じるなんて普通の事が嬉しくて仕方がない。
 幼い頃は、暗く狭い地下室が僕の世界の全てだった。それでも母さまの温もりに包まれていた頃はそれでも我慢できた。
 母さまが死んだ後、家族や使用人からの虐待が始まり、ボロボロの身体と精神が耐えられたのは、誰かは知らない違う世界に生きた人の記憶と経験が僕の中にあったお陰で、僕の精神が普通の子供とは違い、成熟していたからだろう。
 だから余計に、龍の墓場での暮らしは楽しかった。実際には鍛錬漬けの日々だったけど、祖父のようなイグニートと支えてくれるアグニ、ヴァルナ、インドラ、そしてもう一人の友達が居たから。

「でもよ坊、人通りが少ないと盗賊や山賊の拠点がありそうだぜ。人通りが少ないとはいえ、定期的に商隊の行き来はあるからな。奴等にとっちゃ、絶好の場所なんじゃねぇのか?」
「あらインドラ、シグ様はそれも狙っているんじゃなくて」
「いや、狙ってはないよ。まぁ、見つけたら狩るのは決定しているけどね」

 ペルディーダの街で色々と話を聞いたけど、バルディア国内でもここ最近の治安は良くないらしい。前回の戦争後、傭兵崩れの盗賊が増え、村や商隊を襲う為、国内経済に影響が出始めていて、ペルディーダも物価が上昇して大変だと宿屋の主人が言っていた。
 旅をするなら気を付けるようにと、親切な宿屋の主人に念を押された。若い強そうに見えない僕みたいなのが一人旅って、よっぽどカモに見えるのかな。

 宿屋の主人が心配してくれた様に、僕が狙われそうなのは、イグニートから貰った装備も原因になっているんだろう。
 イグニートが創ってくれたショートソード龍爪剣とバスタードソード龍牙剣は、拵えこそわざと地味にしているが、それでも見るものが見れば高い価値があるのは分かるだろう。何せイグニートが自分の爪と牙を使って創った、僕の為だけの剣だ。しかも鞘も龍の骨から創られているのだから。醸し出す雰囲気は誤魔化せない。
 僕の持つ龍牙剣は、正確にはバスタードソードと呼ぶには肉厚で剣幅が広い。重量もそれなりにあるので、普通の人では片手では振れないだろう。

 イグニートによれば、僕もウロボロスを使いこなせるようになれば、創造の力で似たような事が出来るだろうと言われている。少しずつ練習がてら物創りにも挑戦しているけど、悠久を生きる古龍に比べれば、僕なんてまだまだだ。
 また時間があればイグニートの元でもう一度修行し直すのも良いかな。

「坊、そろそろ仕掛けて来そうだぜ」
「だね。待ち伏せ組みは弓兵もいそうだね」

 アグニ達とのんびりと話しながら歩いていた僕達だけど、街道から少し離れた場所にある林の中を、一定の距離を保って追って来る数人の気配を感じていた。
 おそらくペルディーダで僕が目を付けられたんだろう。でも街を出て暫くして、急にアグニ達が増えた事に警戒しているようだ。

「林が切れる辺りの反対側に、大きな岩があります。そこに複数の反応があるので、仕掛けてくるならそこでしょう」
「了解、何人かは生かしておいてね」

 林と岩の陰に結構な人数が隠れているようだ。僕達がそこに差し掛かったら包囲するつもりだろう。

 さあ、狩りの時間だ。



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